07 精霊の試練

 扉をくぐると真っ黒な空間にぽっかりと浮かんだ正方形の小ステージの上だった。
 はるか頭上高くよりスポットライトのような明かりが、ステージ上を照らしている。
 不意に、
 パラパラ、パッパッ、パーン
とラッパの音が鳴った。
 目の前の空間に、クロノが現れた。
 うやうやしく一礼すると、
「お兄ちゃんたち。時の精霊の試練へようこそ!」
 時の精霊だと! それって精霊の中でも上位の存在じゃないか?
 隣を見ると、ノルンもおどろいてポカンとした表情をしていた。……これはこれでレアだ。
 俺が見ているのに気がついたノルンが、あわてて口を閉じる。
「お、お兄ちゃん。つづけてもいいかな?」
とクロノの声に、あわてて正面を向く。
 クロノはコホンとせき払いをして、
「この時の精霊の試練を通り抜けたら、ヘレンお姉ちゃんの運命と行き先について教えるよ」
「ちょ、ちょっと待て。ヘレンの運命?」
と聞き返すと、
「うん。それを知らないと助けられないよ。絶対にね」
「そうか……、わかった。クロノ、待っててくれな」
「うん。じゃ、がんばってね」
 陽気な声を残してクロノの姿が消えると、小ステージの正面に、水平方向に回転している大きな歯車がいくつも浮かび上がった。カタカタカタカタと音が聞こえてくる。
 ……まるでどこかの配管工のアクションゲームの3Dステージみたいだ。金色のボックスとか、キノコとかカメのモンスターが出てこないだろうな。
 背後のサクラが、
「うわぁ。おもしろそう!」
というと、その隣のシエラが、
「ちょ、ちょっと不謹慎だよ。……私はちょっと怖いけど」
とステージの下をのぞき込んでいた。
 ノルンがやさしく、
「大丈夫よ。シエラ。その時はフェリシアがつかまえてくれるわよ」
というと、シエラが両手を合わせて、
「よろしくお願いします。フェリシア様」
とノルンの肩のフェリシアに向かって拝んでいた。
 ……どうやら、ヘレンがいなくなって、みんなも余裕がない様子だったが、少しは精神的に落ち着いてきたようだ。
 どれだけこの試練の突破に時間がかかるかわからないが、大陸横断鉄道とはいえ、神船テーテュースの飛行モードならば、十二分に追いつけると思う。それよりむしろ問題は目的地、ヘレンがどこの駅で降りるかだ。……というのも、デウマキナでは探索ナビゲーションができなかったわけで、何らかの原因でナビゲーションが効かなくなる可能性があるからな。
 みんなの方を振り向いて、
「さてと、行くしかないな。……みんな、大丈夫か?」
 ノルンが腰に手を当て、
「もちろんよ」
 続いてサクラがキランッといい笑顔になり、
「はい! マスター! いつでも行けます!」
 そして、シエラが両手を握って、
「行きましょう! ヘレンさんを迎えに!」
 どの顔も力のこもった目をしている。俺は、一つ大きくうなづいた。
「よし! では、ミッションスタートだ!」
「「「おお!」」」

 俺は早速、一つ目の歯車に飛び乗った。すぐにほかのみんなも続いて飛び乗ってくる。
 歯車はゆっくりと回転していき、次の歯車を通り過ぎていく。……これは、ずっと乗っていると目が回りそうだ。
 「マスター。目が回りそうですね」
 「そうだな。サクラ。どんどん行ったほうがいいな」
 目の前には、同じように横方向に回転する大きな歯車が十個ぐらい続き、その先で縦型に回転する歯車に突き当たっている。どう見ても配管工のステージに見えるのは気のせいでは無いと思う。

 慎重に、2つ目、3つ目と歯車を渡っていき、4つ目に飛び乗ったとき、
「危ない!」
とシエラが小さく鋭く叫ぶと同時に、盾を手に俺の前に飛び出した。
 ボフンっ
 何かが盾にぶつかって破裂したようだ。……危なかった。完全に気を抜いていた。
 シエラに礼を言おうとしたとき、
「……くしゅん! は、は、はっくちゅん! ごほっごほっ……」
 シエラの様子が変だ。あわててサクラがシエラに近づいていくので、俺は敵を警戒しながらシエラの前に立ちふさがった。
 背後から、サクラが、
「シエラちゃん大丈夫?」
「は、鼻がムズムズして……、くしゃみが……」
 そこへノルンが、
「どれどれ。これは……、こしょう?」

 その時、俺の目の前に大きなブリキの人形が歯車の上に飛び乗ってきた。
 ブリキ人形のボディは部位ごとにカラフルにペイントされていて、笑いながら、かついでいた大きな袋を足下に置いた。
「うふふ。こしょう爆弾。成功!」
 どこか抑揚の欠けた声を出すと、次に見た目どうみても漫画に出てきそうな黒い爆弾を取り出した。ご丁寧にドクロマークがついていて、長い導火線にはすでに火花が散っている。
 あれはマズイ。この歯車の上で爆発に巻き込まれるのは碌なことにならないだろう。
「次はこれ! そうれ!」
 気の抜けそうな声と共に爆弾が投げつけられた。
 俺は、自ら爆弾に近づき、剣を一閃。火花を残して導火線が切り取られる。
 歯車の上に着地した俺が左手を上に向けると、そこに丁度おさまるように爆弾が落ちてきた。
「ふぅ。危なかった。っていうか、お前は敵か?」
 ブリキ人形は笑顔のまま、続いて袋の中からナイフを取り出した。
「侵入者! 侵入者!」
と叫びながら、ナイフを横に払うように切りつけてくる。
 ナイフをよけながら、
「問答無用か。じゃあ悪いが行かせてもらおう!」
 俺は、ナイフの一閃をはじき飛ばすと、そのまま袈裟斬りの一撃をお見舞いする。
 体を切り裂かれたブリキ人形は、歯車から落ちていった。
「むきー! 次は負けないぞ!」
とプンスカと怒っている声を上げながら……。

「今のは、一体なに?」
 戦闘を見ていたノルンが俺に尋ねる。
「そうだなぁ。試練の敵のようだ。あの口調だと破壊してもすぐに復活できるような雰囲気だな」
 なんだか力の入らない敵だが、この足場で爆弾攻撃とはなかなか厄介だ。
 サクラやシエラも同じ意見のようで、
「マスター。でもあの爆弾はやばそうですよ」
「私は、……わけのわかんない攻撃を受けました」
と言ってくる。
「ああ、シエラ、あれは胡椒が詰まった胡椒爆弾だ。衝撃で割れると、中に詰まった胡椒が辺りに振りまかれるんだ」
 俺の言葉にシエラが愕然とした表情になった。
「こ、胡椒。……大盾の弱点を思い知った気がします」
 そりゃ、粉物は防げないよな。しかも危険なものじゃないから結界も無理だろう。
 ノルンが周りを警戒しながら、
「ただ進むだけじゃなくて敵がいるってわけね。……フェリシアも警戒を」
(はい。了解です。マスター!)
 ただっぴろい広大な空間だから、どこから襲われるかわかったものではない。しかもどういうわけか、俺の気配感知の範囲も通常より狭い範囲しかわからない。
「うんうん。警戒しないとね」
と、俺の隣にいつの間にか一体のブリキ人形が現れて、腕を組んでうんうんとうなずいている。
「おわぁ! 何だお前!」
 俺はびっくりして飛びすさった。と、それを見たブリキ人形もびっくりして、
「うひゃあ! なになに!」
と言いながら後ろにジャンプした。ブリキ人形の飛びすさった先は、歯車の外の虚空だ。
「あ……」
 ブリキ人形は、ジャンプの勢いのまま歯車から踏み外して落ちていった……。
 俺は、歯車の端によって落ちていくブリキ人形を見ながら、ちょっとビビる。
「おいおい。こりゃあマジで油断も隙もないぞ。……少しずつでいいから進んでいこう」
 ノルンが、賛同する。
「そ、そうね。その方が良さそうね」
 こうして俺たちは歯車の上を、時間を掛けて慎重に進んでいった。

 そうして、十個目の歯車に来ると、次は縦回転の歯車が目の前にある。そして、その歯車の側面には大きな台座がついていて、そこに飛び乗れるようだ。大きさは俺たち全員が乗れるくらい。
 次のルートを探すと、どうやらこの台座に乗って上まであがり、その先の出っ張りに飛び乗らなければ行けないようだ。
 空からフェリシアに警戒をお願いし、サクラに先行してもらう。
「では、行ってきます!」
と明るくサクラが、タイミングよく台座に飛び乗った。そのまま台座が上に行くまで待機。ぐんぐんと台座が高く上がっていき、出っ張りに近づいたタイミングでサクラがひょいっと飛び移っていった。
 少しして出っ張りからサクラが顔をのぞかせて手を振る。
「マスター! 大丈夫みたいですよ!」
 俺も手を振り替えして、
「じゃあ、順番に行こう。……シエラが行くか?」
とシエラ、ノルンと、一人ずつ順番に台座にのって上の出っ張りに飛び乗っていく。
 最後の俺の番だ。みんなが上から手を振っている。それを苦笑しながら見上げたとき、唐突に手が止まった。
 なんだかあわてたように後ろを指さしている。
 「なんだ?」
 不思議に思って振り返ると、……は?
 「ジュン! 急いで!」
ノルンの叫びが聞こえる。
 俺の背後、今まで来たルートでは、順番に歯車が支えていた軸ごと倒れていく。
 「やばっ!」
 あわてて台座に飛び乗る。後ろを見ると、すでに六つ目の歯車が倒れて、七つ目の歯車がグラグラと揺れている。
 「はやく! はやく!」と上からノルンたちが騒いでいる。七つ目が倒れ、八つ目……。台座がもう少しで歯車の一番高いところにさしかかった。
 「もうちょっと。……もう最後の歯車が落っこちたわ。はやく!」
とノルンが叫んだとき、この台座のある縦回転の歯車がグラグラと揺れだした。
 「ジュン! 飛んで!」
 「おお!」
 グラグラと揺れる台座の端から、助走をつけてノルンたちのいる出っ張りに向かってジャンプした。それと同時に歯車がガコンッと外れ、下の虚空に落ちていく。
 「のわあぁぁ」
と叫びながら出っ張りに転げ込むと、手を伸ばしていたノルンを押し倒していた。お約束どおり、俺の顔は二つの柔らかい膨らみに突っ込んでいる。
 そのまま、顔を上げた姿勢で息を整える。おそるおそる背後を見ると、この出っ張りを残してすべての歯車が下に落っこちていた。
 出っ張りの端っこにフェリシアが降りてくる。
(危機一髪ですね)
とフェリシアの念話にだまって親指を立ててみせた。
 「今さら嫌じゃないけど、そろそろ降りてよ」
と俺の下でノルンが言う。
 「いやあ、柔らかくて思わず……」
と言いながら、軽くキスをして立ち上がった。
 「うん?」
 視線に気がついて顔を上げると、サクラとシエラが頬をふくらませて、
 「ずるいですよ! マスター、私にもキスを要求します」
 「え、え~と、私も心配したし、キスして欲しいかなぁ……、なんて」
 苦笑しながら、サクラ、シエラと順番にキスをすると、サクラが、
 「あそこのドアが出口ですよ。たぶん」
と出っ張りの先に見えるドアを指さした。
 改めて装備を確認し、扉の前でみんなの顔を見回す。
 「よし。じゃあ、行くぞ」
 全員がうなずくのを確認して、俺は扉を開いた。

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