08 シアタールーム 1

 扉の中は、半円状の広い部屋で中央に行くに従って低くなっている、まるでコンサートをするような大ホールとか映画館のようだ。
 低い位置にある中央のステージに向かって、たくさんのイスが並んでいる。
 もしかして日本に戻ってしまったってことはないか。そう思いつつ、慎重に室内を見回した。
 「……なんだか不思議な部屋ですね」
 サクラがそんなことをいっている。
 こういう屋内のホールは、ヴァルガンドに来てから初めてだ。王都エストリアとかに行けばあるのかもしれないけれど、珍しいものかもしれない。
 そのとき、クロノの声でアナウンスが流れた。
 「ブー。上映をはじめますので、早くお好きな席にお座りください。ちなみに敵は出てきませんので、安心して座ってね!」
 するとステージの上からゆっくりと大きなスクリーンがおりてくる。
 なるほど。映画の上映をするってことか。……でも何の映画だろう?
 俺の腕をぐいっとサクラが引っ張る。
 「ほらっ。マスター! 行きましょう。どこがいいんでしょうか?」
 「わかったから引っ張るなって。……好みがあるけど、最前列の真ん中でいいんじゃないか?」
 「了解です!」
 サクラとシエラに手を引かれながら、俺は最前列の席に向かった。ノルンがフフフと笑いながら後ろからついてきている。
 席に座ると、目の前の大スクリーンにクロノの姿が映し出された。
 人差し指を立てたクロノが、ニッコリ笑い、
 「お兄ちゃんたち、無事に第1ステージはクリアしたわけだね」
と言い、ぐいっと顔をアップにすると、
 「ポップコーンはいるかな? ドリンクとか自分たちで用意してね。これからちょっと長い映画を上映するよ」
 するとサクラが手を上げて、
 「はい! 質問!」
 スクリーンのなかのクロノが指を指して、
 「どうぞ。サクラお姉ちゃん」
 「うん。映画ってなあに?」
 「あ~。そっか。……まあ始めればわかるかな」
 あっ、説明するのが面倒になったな。サクラが頬をふくらませて「ぶー」って言ってるぞ。
 「では第一部を上映します。……これは過去のこと。過ぎ去りし話。もうどうにも変えることのできない物語です。はるか一〇〇〇年前の悲恋の物語――」
 シアタールームの証明が暗くなっていく。
 カタカタカタカタとフィルムが回る音がして、ジジジとカメラのランプの音がする。
 正面の大スクリーンに、大きく5、4、3、2、1と数字が順番に映し出される。

 始まりは一人の男性の笑顔だった。
 その男性の髪はヘレンと同じく真紅の赤い髪。スポーツマンのように短髪でイケメンだ。歳は二十代半ばで細身だが、ひょろひょろした感じではなく、猫のようなしなやかさを感じる。

 どうやら男性は一人の女性と話をしているようだ。恋人同士だろうか、見ているこちらの気持ちが温かくなるようなほんわかした様子が伝わってくる。
 女性はブロンドの長い髪を頭の後ろでまとめている。歳の頃は男性と同じくらいで、ややほっそりした体型で、ぱっちりした目がチャーミングだ。美人というより可愛いという言葉が似合う。ピンクを主体にしたドレスを着ており、いかにもいいところのお嬢さんという雰囲気だ。

 どうやら男性の名はソロネといい、女性の名はエクシアというらしい。

 「ねえ。ソロネ。もう帰っちゃうの?」
 「ああ。ピレト様のところに納品が終わったからね。……持って帰る品もあらかたまとまったから……、明日にはアークを出発するよ」

 「そう、あ~あ、寂しいなぁ。……今度はいつ来てくれるのかしら?」
 「ははは。まあ、そういうなよ。エクシア。俺だって一緒にいたいんだ。……そうだなぁ。次は二月後かな」
 エクシアは唇をとがらせて、
 「二月も……。いい加減、迎えに来て欲しいなぁ。でないと、また縁談が来ちゃうよ」
 女性はそういって恨めしそうな目を男性に向ける。ソロネは気まずそうな表情を見せる。

 「う、うん。……でも、いいんだろうか。だって君は……、第三王女じゃないか」
 「またそれをいう!いいのよ。どうせ身分違いの妾の子よ。兄が次の王になるのは決まってるし、お姉様方も、もうそれぞれ嫁いで行っているわ。お父様も、私のことなんか気にかけてはいないわよ。……それにね。貴方のところに行けば、ミスリルの安定供給にも繋がるわ。だから、政治的にも旨味があるのよ」

 ソロネはうなづきながらも気弱な笑顔で、
 「で、でもさ。それでも王女様を嫁にもらうのは緊張するというか……」
 「ええい! もう! はっきりしないわね。……それで私のことが好きなの? 愛してくれてるの?」

 どうやら煮え切らないソロネの態度に、エクシアが苛立っているようだ。エクシアにつめられて、ソロネがビクビクしている。

 「う、うん。エクシアのことは、ずっと好きだったよ。……愛してるよ」
 それを聞いたエクシアがニッコリと笑って、
 「じゃあ、いいじゃないの! ……いい機会だわ。お父様に話を通しておくから、次に来た時は覚悟しておいてね」
 どうやらこのエクシアも、ノルンたちのようにぐいぐいと男を引っ張っていくタイプのようだ。すでにソロネが尻に敷かれるすがたが目に浮かぶようだ。
 「え? えええ? ……よ、よし! わかったよ。次に来た時はプロポーズと挨拶……、のつもりでくるよ」
 「まったくねぇ。そういうことは男の方からどんどん進めて欲しいなぁ。っていってもしょうがないか。……そんな貴方を好きになったのは私だしね」
 そういうと、二人は見つめ合って軽やかに笑い合うのだった。

 なんだかラブストーリーの映画を見ているようだ。甘酸っぱい関係に、見ている俺の胸がくすぐられているようだ。
 隣に座っているノルンが、
 「何だかあのソロネっていう人、貴方に似ているわね」
 「え? そうか? どこらへんが?」
 「気づいてなかった? ジュンって、色恋の一番大事な時ってヘタレるじゃない」
 えっと……。それを言われると何だか男としてどうなんだろうと思う。それに俺ってそんなにヘタレてるか?
 ノルンが苦笑しながら、
 「でも、一線を越えちゃうと平気になるのよね。……うふふ。私もそんな貴方を好きになったから。そんなこと気にしなくていいわよ」
と言うと、サクラとシエラが、
 「私たち・・、ですよ。ノルンさん」
と補足した。ノルンが微笑みながらうなづいた。
 いや。俺はあそこまでヘタレっぽくはないぞ? と一人で憮然ぶぜんとした表情をしていると、三人がクスクスと笑い始めた。
 「おいおい。シエラまで……。って、まあいいか。愛されてるなぁ、俺」
とつぶやいた。
 まあ。それだけ愛されているってことでいいよな。今さら恥ずかしがる必要もないし。

 そんなふうに、イチャイチャしていると、スクリーンは次のシーンに移ったようだ。

 ソロネは眼深にフードをかぶり、馬に乗って荒野を進む。その後ろには三台の馬車と十五人ほどの護衛が同じように馬に乗ってついてきている。
 砂塵が一向に吹き付けるが、一行はお構いなしに馬の歩みを進める。周りには灌木が点々と生え、ようくみると灌木の影にはオオトカゲ、遠くの丘にはジャッカルらしき姿も見える。

 ソロネの隣に護衛の一人が並んだ。二人は並んで、会話をしながら進んでいく。

 「若様。あともう少しですね。……今回もアークとの取引は上手く行きました。お父上や姉君も心待ちにしているでしょう」
 「ああ。そうだな……。ただ、個人的にはちょっと緊張しているよ」
 「ははは。エクシア様との事ですな。……案じなされるな。若様とエクシア様が相思相愛なのは、お父上も姉君もすでにご存知なれば、後はケジメをつけるだけですよ」
 「父上も姉上も知ってるのか? 俺とエクシアの事を?」
 「えっ? ご存じなかったのですか? ……こうして戻る度に、若様とエクシア様はどうだったと根掘り葉掘り尋ねられましたよ?」
 護衛の言葉にソロネは愕然がくぜんとした表情で、
 「し、知らなかった……。で、お前はどこまで話したんだ?」
 「それはもう、あることないことすべてを……」
 その瞬間、ソロネはぶっと何かを吹き出した。
 「おいおい! プライバシーなんてあったもんじゃないな。っていうか、無いことって何を話してくれてんだ?」
 「はっはっはっ。大丈夫ですよ。せいぜいお二人が情熱的に抱きしめ合って、とろけるようなあつい口づけを交わしたとか。その程度の話ですからな」
 それを聞いたソロネがあきれたように、
 「だから、それは! ……ちょっと待てよ。かえって好都合なのか?」
と文句を言いかけて考えこんだ。
 護衛の男は笑いながら、
 「若様のことですからな。そういうケジメはご自分からなかなか言い出せないタイプということは、わかっております! 不肖ふしょう。私めが少しばかりのお手伝いをさせていただいたまでですよ」
 「余計なお世話だ! ……といいたいところだが、そう言われると怒るに怒れん……」
 ソロネが憮然ぶぜんとした表情でそういうと、護衛は大声で笑うのだった。
 ソロネはそれを無視するように馬のたづなを握りなおし、
 「さあ、休憩は終わりにしよう。帰るぞ、俺たちの国に。そして、父上……族長殿にこの度の取引の報告だ」

 ソロネは声高らかに宣言すると、その後ろに続いていた護衛たちが、
「「「おう!」」」
と大きな声で返事をした。

 一行の進む道の先。砂塵で霞むその先には、素朴だが大きな街が遠くに見える。
 ソロネは、帰還のはやる気持ちを抑えつつも、着実に馬の歩を進ませるのであった。

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