09 シアタールーム 2

――――。
「帰ってきたか? ソロネ!」

 街に入り、一番立派な建物の前で、ソロネを迎えたのは真紅の髪をした女性だった。
その顔を見て、俺たちは思わず叫んだ。
「「「「ヘレン!」」さん!」」
そう。その女性はヘレンだった。……いや。これは過去の映像なら、別人なのか? そっくりどころの話ではないぞ。声も含めて、まったくの同一人物じゃないか!
驚きに目を開いていると、目の前のスクリーンの中で、
「ただいま! 姉さん!」
と、ソロネが馬を下りてヘレンの側に歩いて行く。
「姉さん」……か。とするとやはりそっくりなだけで、ヘレン本人ではないということ。むしろヘレンがこの女性の子孫なのだろう。
女性は、ソロネの後ろにいる護衛の人たちにも、ねぎらいの声をかける。
「そなたたちも、よくぞ無事で帰ってきた」
こうして聞いてみると、この女性は尊大な口調で、聞き慣れたヘレンの口調とは違う。正直いってすごく違和感がある。
護衛の人たちも馬から降りると、にこやかに女性に挨拶をした。
「ベアトリクス様。今回も滞りなく、万事うまくいきましたよ」
なるほど。ベアトリクスというのか……。
ヘレンと瓜二つの女性がうれしそうにうなづいている。
「うむ。それは有難いことだな。……さあ、父上が待っている。早く報告に行くが良い」
「はい。姉さん。また後ほど」
ソロネはそういうとベアトリクスの前を通り過ぎ、護衛の人たちも一礼して通り過ぎていった。
それを見送ったベアトリクスは、安堵した様子で、
「あの子も、もう一人前ね。……次期族長さんか」
とつぶやくと、一行の後をついていくのだった。

 次のシーンは、一人の老人の前に、ソロネをはじめとする一行が並んでいるシーンだ。老人の隣にはベアトリクスが控えている。
老人の目はどことなくベアトリクスに似ている。きっとこの人が、ベアトリクスとソロネの父親なのだろう。
老人は鷹揚おうように、
「ソロネよ。よく戻った。……で、首尾はどうだったのだ?」
尋ねられたソロネは、笑顔を見せながら族長に報告する。
「はい。族長。こちらから持っていたミスリル八〇〇キロは、こちらの言い値で引き取ってもらいました。合計で八億ディールです。その金額で、こちらで必要な食料などの物資を購入して戻りました。次は二ヶ月後に向かう予定です」
それを聞いた族長は、
「うむ。よくやった。これで今年も無事に過ごせそうだ」
と、安心して大きくうなづいた。その表情は明るい。
「皆のものもご苦労だった。今日はゆっくり休むがいい」
族長がそう声をかけると、ソロネの横に座っている人々がうれしそうに返事をして、部屋を退出していく。
部屋に残ったのは、族長とベアトリクス、ソロネの三人だけだった。

 三人だけになると、ソロネが族長に話しかける。
「実は、父上。……折り入ってお願いがありまして」
老人は、さきほどまでの族長としての顔から、父親としての顔になり、
「どうした?」
とたずねると、ソロネが言いずらそうに、
「ええっと、その……。実は以前よりお付き合いをしている女性がおりまして」
と言うと、族長はベアトリクスと顔を見合わせて嬉しそうな表情になった。
と、ベアトリクスが横から、
「知っているわよ。アーク第三王女のエクシア様でしょ?」
と口を挟むと、ソロネは恥ずかしそうに、
「ううっ。やっぱりご存知でしたか。……そのう。こ、この度、エクシア様に結婚を申し込みたいと考えております」
と告白した。
それを聞いた族長とベアトリクスは、しばし顔を見合わせる。
「……」
「……」

 えっと……なんだ? この沈黙は?
見ている俺の方が心配になってくるが、スクリーンの中のソロネも沈黙に耐えられずに、おそるおそる何かを言おうと口を開いた。
そのとたん、
「はっはっはっは!」「うふふふふ!」
族長とベアトリクスは大笑いをし始めた。ぽかーんとするソロネ。その顔を見て、ますます腹を抱えて笑い出す二人。目からは涙が出ている。
ベアトリクスが、何とか息を整えて、絞り出すように声を出す。
「ひーひー。……ようやく報告ってわけね」
族長もすぐに、
「くくく。あぁ、苦しい。……そうだな。やっと言ってきおったか」
そういってソロネの背中をばんばんと叩いた。
叩かれたソロネは、はじめはぽかんとしていたが、徐々にあきれた表情になっていく。
ソロネは不機嫌な声で、
「あのねぇ。……そんなに笑わなくてもいいじゃないか!」
そういうと口をとがらせて、明後日の方向を向いた。ベアトリクスはまだ笑いをこらえながら、ソロネをなだめる。
「まあまあ。ソロネいい? ……私とお父様は、ずっと待ってたのよ。あなたがお付き合いの報告をするのを。それなのにあなたったら、お付き合いの報告どころか、いきなり結婚の承認がほしいって言ってくるんだもの」
「ベアトの言うとおりだ。くっくっくっ。私もな、いつお前が言ってくるかとな。ベアトと二人で楽しみに待っておったんじゃぞ」

 二人の話を聞いて、ソロネは機嫌を直したようだ。族長が、表情を真剣な物にかえて再び口を開く。
「ソロネ。いいか。お前も知ってるとおり、人族から我らは魔族と呼ばれておる。それは我らが人族よりもはるかに高い魔力を持ち、強力な魔法を伝承しているからだ。
だが、我らは隣国のアークとは長年の協調体制を築いてきた。ミスリルと引き替えに日常物資を交易し、互いに利益を得てきたのじゃ。……アーク国王はミスリルの安定供給のために、お前とエクシア様の結婚をお認めになるだろう。だがな、そんな政治的なことは置いておいたとしても、父親としてワシは、お前とエクシア様の結婚を祝福しよう。人族と魔族の新しい絆じゃ」

 そこまでいうと、族長は傍らのベアトリクスを見ていう。
「それにベアトは、まだまだ結婚するつもりはないようじゃしな。……ワシは早く孫の顔が見たい。というわけで、お前の嫁さんの顔も早くみたいのう」
ベアトリクスは、それを聞いて一瞬むっとするものの、同じように笑顔になって、
「そうよ。私だって義理の妹の顔は早く見たいわね」

 親子のあたたかい会話を見て、俺は、
「そうか。彼らが魔族か……。こうしてみると、俺たち人族と何ら変わらないじゃないか」
と、つぶやいた。そのつぶやきが聞こえたのだろう。頭上からクロノの声が聞こえてきた。

 「そうだよ。どっちも毎日あくせくと働き、日々の糧を得て生活をする。違いなんて些細なものさ。……でもね。ちょっとの違いが色んな差別を生んだりするんだ。馬鹿だなぁって思うけど。いつまでたっても、そういう争いは無くならないんだよ……」
どことなく寂しげな声音。きっと長い時の流れの中で、クロノはそういう争いを際限なく見つめてきたのだろう。
そんな寂しそうなクロノの声が終わると、スクリーンの映像は終わり、シアタールームの承明が明るくなった。
スクリーンの右側にドアが現れ、光を放っている。

 「次に行けってことだな」
そのドアを確認して、ゆっくりと観客席から立ち上がった。

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