10 精霊の試練 2

 扉を開いた第二ステージは、同じように果てしなく広い空間のなかに、階段が入り組んで迷路となって浮かんでいた。まるでエッシャーのだまし絵のように、どこまでも階段が続いているばかりでなく、階段と階段が複雑に交差したり、からまるように続いている。
 それを見たサクラがうんざりしたように、
「うわあ。なにこの迷路は……」
とつぶやいた。
 ノルンも、
「……ねえ。これって何かのアスレチックかしらね?」
とつぶやいている。
 どこまでも続くような階段。さっそく目の前には二つの階段がある。
「どっちにしろ、俺たちには進むしか道がないさ。……とはいったものの、さてどうするか」
 俺は腕を組んで考える。
 二手に分かれるか? いや、この先も分岐があるだろうし、合流できる保証がない。よくある左手の法則も時間がかかりすぎるし、この不思議空間だとループしている可能性もある。
 むむむとうなりながら、周りを見回すと、ノルンの肩にいるフェリシアが目に入った。
 そうか。フェリシアがいるじゃないか。先にゴールになる出口を探してもらえば……。

 フェリシアを見つめている俺に、ノルンが、
「ジュン。それはダメよ」
「え? まだ何も言っていないけど……」
「考えていることくらいわかるわよ。フェリシアに先に出口を見つけてもらおうって考えていたんでしょ?」
 そりゃそうか。ソウルリンクしているノルンなら、俺の考えなどお見通しだろう。……でも以前よりつながりが太くなっている気がする。
 ノルンは得意そうに胸を張り、
「何かのトリガーが条件になって出口が現れるタイプだと、いくらフェリシアでも無理よ。ここは私にまかせて」

 ああ、確かにそのタイプだとスイッチとか特定のボスを倒すとかしないと出口が出てこないから、いくらフェリシアを先行させても無理だ。だがまあ、ここは視界が見通せない場所が多い。この迷路はどうも不思議な力が働いていて、俺の気配感知がいつもよりぼんやりとしている。それに注意が散漫になる可能性がある。
 「フェリシア。悪いが、俺たちの頭上から周辺の警戒を頼む」
 (はい! マスター・ジュン)
 フェリシアはノルンの方から飛び上がると、そのまま少し高いところを旋回しはじめた。これで奇襲はかなり防げるだろう。
 ノルンがハルバードを杖のように持つと、
 「じゃあ、私が先導するわ。行きましょう」
と、右側の階段を登りはじめた。
 ううむ。俺にはルートがよくわからない。ノルンに任せよう。

 階段の幅はおおよそ二メートル。左右に手すりや壁はなく空中を歩いているような錯覚を覚える。こんなに狭いところで襲われたら、かなり危険だ。
 そのまま二十分ほど階段をのぼって踊り場に出ると、今度は三つに分岐していた。
 さらに登る階段が二つ、下に降りていく階段が一つ。さて……、とっとと? ノルンが迷いなく真ん中の登る階段に足を進めた。
 「ノルン。行き先がわかるのか?」
 ノルンは振り返って微笑んだ。
 「あら? まだ気がつかない? ……ナビゲーションよ」
 「あっ」
 思わず間抜けな声が出てしまった。忘れてたよ。さっそく心の中で、「探索ナビゲーション 出口」と念じる。
 ピコーン。視界の端っこで方位磁針がぐるぐると回る。青い矢印がたしかにノルンの選んだ階段を指し示していた。残念ながら距離は「?」となってはいるが……。

 それから三つの踊り場を何事もなく通過したところで、シエラが、
 「この登り降りをあと何回繰り返さなきゃならないのかなぁ」
とつぶやく。苦笑しながらシエラの方を振り向こうとしたとき、
 (マスター!)
と、するどくフェリシアの警戒が聞こえた。
 左手の上方から何かが飛来する。
 ヒュン! ヒュン! ヒュン!
 あわててよけながら、武器をかまえた。
 俺の目の前に落ちてきたのは……、ブリキの兵隊だった。
 ガチャンと音を立てて、立ち上がったブリキの兵隊が槍を構える。
「……お覚悟!」
と言いながら、三体の兵隊が槍を突き込んでくる。
 シエラが神竜の盾をかまえて踏み出し、兵隊の槍を受け流す。体勢を崩した兵隊がたたらを踏んだ。
 すかさず、サクラが目に止まらぬスピードで飛び出し、忍者刀で右の兵隊に斬りつける。
 「十文字斬り!」
 兵隊に十文字の傷が刻まれると、そのまま足場から落下していった。
 俺は左側の兵隊の槍をすかさず掴んで、そのまま力任せに兵隊ごと槍をふっとばす。
 「あわわわわ……」
 左の兵隊は、そのまま足場から虚空へと落ちていった。
 残された一体の兵隊が悔しそうにうなった。
 「うぬぬぬ! お主らやるな!」
 ふたたび槍をかまえる兵隊の頭上に閃光が走る。雷撃が兵隊に襲いかかる。
 「アガガガガ……」
 全身から煙を出した兵隊が、よろよろと後ろにさがり、そのまま階段から落ちていった。
 振り返るとノルンがハルバードをかまえて、ニッコリ笑っていた。
 「どうやらこのステージにもちゃんと敵がいるみたいね」

 俺は剣を納め、頭上の暗い空間を見上げた。一体どこからブリキの兵隊は落ちてきたのか?
 見上げてもそこには虚空と、いくつかの階段が見えるだけ。
 「今みたいに、上から落ちてくるなら、いくら警戒しても無駄かもな」
 (すみません。マスター。今のは対応できませんでした)
 (いいさ。フェリシア。連絡貰っても、その頃にはもう戦闘に入っているだろう。……気づいたことがあれば教えてくれ)
 フェリシアをなだめ、ふたたび階段を登った。

 次の踊り場は奥行きが三十メートルほどあって、その真ん中にテーブルセットが用意されて三人ほどの人影が見える。
 警戒をしながら近づいていくと、カチャカチャと音が聞こえてくると同時に、人影の正体がわかった。
 テーブルでお茶会をしていたのは、夫人の姿をした三人のブリキ人形だった。
 「ねぇねぇ。奥様。お聞きになりました? ……ですってよ」
 ピンク色のドレスを模した人形がそういうと、紺色のドレスの人形が、
 「ああ。先ほど聞きましたわ。なんでも……だそうですわね」
 すると三体目の赤いドレスの人形が、驚いたように口に手をやる。
 「ええ! そうなんですの! 私。全然知りませんでしたわ」
 三体の人形の前のテーブルにはティーカップがそれぞれ用意され、白いティーポットとクッキーの入った皿が見える。どうやら優雅にお茶会をしているようだ。
 というか、これは一体なんの茶番だ? 

 五メートルほど手前まで近づいた俺たちは、警戒しながら話しかける。
 「失礼。ここを通っていいかな?」
 俺の声が聞こえたのだろう。三体のブリキ人形が一斉に俺の方を向いた。
 「おや? どうやら冒険者の方のようですわよ」
 「そのようでございますわね」
 「……ですが、私どもには関係ございませんわね。ね。奥様?」
 三体の人形は順番にそういうと、興味をなくしたように再びお茶会を始めた。
 ……ふむ。どうやら、敵対するわけではなさそうだな。
 「お邪魔したようで、失礼」
 俺はそう声をかけると、警戒はゆるめないままに次の階段に向かう。ノルンたちも頭を下げながら、こそこそとお茶会をよけていく。
 俺たちの背後で人形がちが、
 「……ふふふ。奥様。そろそろ頃合いでございますわよ」
 顔をわずかにうつむかせた紺色の人形が、ピンクの人形につぶやいた。
 「……そのようですわね。……では、がんばって行ってらしてネ」
 ピンクの人形はそう呟くと、密かに右手をテーブルの下に取り付けられたスイッチに伸ばす。

 ガコン!
 階段の手前まで来た俺たちの足元から、気になる音が聞こえた。
 「みんな気をつけろ! 何かおかしいぞ!」
 あわてて注意をうながし、ノルンを中心に俺とサクラとシエラで警戒をする。
 ところが、急に俺たちの足元の足場がせり出して、俺たちは問答無用に高いところに押し上げられていく。
 「おわわわ……」「きゃ!」「ほわわ」「ふへえぇ」
 上に押し上げていく圧力が、ふいに消えた。どうやら二十メートルくらい押し上げられたところで止まったようだ。
 下を見下ろすと、さっきまでいた踊り場が小さく見える。これは容易に飛び降りることができるような高さではないぞ。
 シエラが、
 「うっわ~。高っ!」
と下をのぞき込んでつぶやいた。
 フェリシアがあわてて飛んできて、ノルンの肩に停まる。降りる相談をする間もなく、不穏な気配が近寄ってきた。
 ガチャガチャ。
 どこかからブリキが鳴る音が聞こえてきた。
 「今度はなんだ?」
 俺のつぶやきに呼応するように、周囲をブリキの鳥が上から降りてきて俺たちの周りを旋回する。その背中にはロープがついているところをみると、どこかからか吊されているのだろうか。

 「きます!」
 シエラの声とともに三羽のブリキの鳥が、こちらに向けて口を開く。カっとその口が光って、ファイヤーボールが飛んできた。
 剣に魔力をまとわせ、迫ってくるファイヤーボールを両断する。左右に分断されたファイヤーボールはすぐに霧散していった。
 シエラは神竜の盾でふせぎ、サクラは妖気をまとわせたクナイを投げて、ファイヤーボールを打ち消す。
 「……私の出番がない」
 中央にいるノルンがつまらなさそうにつぶやいた。
 「じゃあ、あの三匹は頼む」と言うと、ノルンはハルバードをトンっと足元に軽く打ち付ける。
 次の瞬間、三匹のブリキの鳥は、一瞬のうちにピキンと凍りついて、眼下に落ちていった。

 ううむ。相変わらず、さすがの魔法の腕だ。
 サクラがほれぼれと、
 「さすがはノルンさんです」
 次は何が来る? それにどうやってここを降りようか……。
 そう考えながら警戒を再開したとき、ガクンと音がして、せり上がった足場が少しずつ下にさがりはじめた。
 うむ。どうやら下の踊り場に戻るようだ。たいした罠じゃなくてよかった。
 ……そう思っていた時期がありました。
 「ちょ、ちょっとマスター。下にブリキの兵隊がむっちゃいますよ!」
 サクラの指摘に見下ろすと、降りていく先にブリキの兵隊がひしめき合っているのが見えた。
 ブリキの馬に乗ったブリキの将軍が俺を見上げて、
 「ふっふっふ。今度こそ。やっつけるぞ! ……皆のもの! 油断するな!」
と勇ましく命令をしていた。ブリキの兵隊たちが「おおー!」といらえを返している。
 ノルンがそれを見て、
 「面倒だからやっちゃうわね」
と言って、ハルバードを下に向けた。
 「ウインドバースト・ブレッド!」
 ハルバードの先から風が渦巻く球が現れて、次々に下のブリキの兵隊にむかって打ち込まれた。
 風球があたったところが瞬間的な爆発をおこして、そこにいたブリキの兵隊たちを吹っ飛ばしていく。
 何隊もの兵隊が踊り場から虚空へと落ちていった。
 サクラもクナイに札を縫い付けて投擲すると、次々に爆発が起きた。
 「のわわー」チュドーン。「ひえぇぇ」
 爆発音にまぎれて、落ちていく兵隊のなさけない声が聞こえる。……あ、将軍も馬ごと吹っ飛んでいった。
 「ぬううう。次こそは! 次こそはあぁぁぁ」

 俺たちが下の踊り場に戻ったときには、すでに兵隊は一体もいなかった。
 ……一瞬あせったけど、こいつらも敵になりえないな。
 「……見て。あそこよ」
 ノルンが指を指す先を見ると、すでに誰もいなくなったテーブルセットの向こうに、一枚の扉が出現していた。

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