12 シアタールーム 4

 シーンが切りかわる。

 もう夕方なのだろう。窓から入ってくる光も弱々しく、どこか薄暗い部屋。
 そこは族長とベアトリクスを前にして、ソロネとエクシアたちが並んで座っていた。

 「族長! ただいま無事に戻りました。……それと紹介します。エクシア様です」

 ソロネが、大きな声で報告する。その隣でエクシアは緊張して身を縮こまらせている。
 族長は、満面の笑顔でソロネとエクシアを見やった。
 「うむ。よく戻ったな。ソロネ」
 族長は、おもむろに立ち上がるとエクシアの前に座った。
 「エクシア様。話はとうに聞いております。……愚息をよろしくお願い申し上げます」
 そういうと深く頭を下げる。
 エクシアは、ワタワタとしながら、
 「ぞ、族長様。頭をお上げください。私の方こそ、よろしくお願い申し上げます」
 族長は、頭をあげエクシアと目を合わせると、それを合図に大きな笑い声をあげた。

 「はっはっは。これはめでたい! この後、すぐに宴を開かせていただきますぞ」
 その族長の言葉を聞いて、緊張していたソロネとエクシアは互いの顔を見ると、ホッとしたような表情を見せた。

 その時、族長の隣にベアトリクスがやってきて座り、エクシアの方を向く。
 「エクシア様。ソロネの姉のベアトリクスですわ。こんな弟ですが、よろしくお願いしますね」
 「あっ、はい! ベアトリクス様ですね。よろしくお願いします。……まさかソロネにこんなに綺麗なお姉さんがいたなんて……」
 そういうとエクシアは、思わず自分の胸を見下ろす。……うん。ベアトリクスは、ヘレンと一緒で立派な胸をしている。
 ソロネはそれに気がつかずに、
 「族長様。お父様より、皆様とアーク王国の友好の証として、国宝の宝玉をお預かりしております」
と報告した。それを聞いたエクシアが持参した木箱を取り出して、族長の目の前に置く。慎重な手つきで箱の蓋を開ける。
 箱の中には、光を放つ宝玉がビロードの台座に鎮座していた。宝玉の光が、部屋やそこにいる四人の顔を照らす。
 「おおお! なんと美しい輝きじゃ」
 族長は感動で声が続かない。ベアトリクスは、見入ったように光を放つ宝玉を見つめている。
 「私も、はじめて宝玉を見ましたので、びっくりしました」
 エクシアは、そういうと箱の蓋を閉めた。と、宝玉の光が収まっていき、部屋はもとの薄暗さに戻る。
 「このように大切な宝玉をお持ちくだされたとは……、我らには過分の宝よの」
 族長はつぶやいた。

 「お父様。そろそろ行きませんと、皆がまっていますよ?」
 ベアトリクスのその声に、族長はピクリと我に返る。
 「おお。そうであった。宴の準備ができておるんじゃ。行こうぞ」
 そういうと族長は立ち上がり、ついでソロネ、エクシア、ベアトリクスの順に、部屋から出て行った。

 画面が切り替わり、町外れの家の裏に二人の男の姿がある。
 「……手はずはよいな?」
 一人が問いかけると、もう一人は黙ってうなづいた。
 街の遠いところから、大きな歓声が聞こえてくる。
 二人の男は街の暗がりに消えていく。

 中央広場では、大きな篝火がたかれ、正面に一段高い席が設けられている。そこには族長、ベアトリクス、そして並んで座るソロネとエクシアの姿があった。

 広場に集まった人々は、端の方に並んだ露店や、あちこちに設けられたテーブル席に集まって騒いでいる。老若男女、みな料理を楽しみ、酒を飲み、思い思いに過ごしている。
 篝火の側に十人ほどの人たちが集まり、笛や太鼓などの楽器の演奏をはじめた。
 その音楽に誘われるように、若い男女が前に出てきて、篝火を囲むように踊りを踊る。伝統的な踊りなのだろう。躍動するようなリズムに、力強いダンスが生きる喜びを表しているようだ。
 激しいリズムの次は、哀愁の調べのスローテンポの曲となり、恋のバラードへと移り変わる。 その間に、数人の魔族が交代で族長やソロネたちに挨拶をしていた。

 曲が終わって小休止となったのだろう。今まで踊っていた人たちが、一度自分たちの席へと戻っていく。

 その時だった。突然、閃光が広場を包み、黒い服に身を包み剣や槍を手にした一団が広場に突入してきた。
 怒号や叫び声が起き、その場は騒然となる。
 「何ごとじゃ! 貴様らは何者じゃ!」
 族長の大きな声が響くが、それに答えるものはいない。
 慌てて近くにある物を持って何人かが立ち向かい、その間に、近くの自宅に戻って武器を取り、一団と戦う男たち。
 女たちは子どもたちを後ろに下げると、男たちを援護するように、魔法の壁を作ったり火矢を放ったりする。
 黒ずくめの襲撃者の一人が、杖を族長たちの席へと向けた。
 次の瞬間、族長たちの席を閃光が襲った。
 「うわ! なんじゃ!」「うわぁ!」「きゃあ!」
 閃光の中から叫び声がする。その声に、一団と戦っていた者たちの気がそれてしまった。後ろから大きな火球がかがり火を直撃し、火柱が夜空に立ち上る。思わず、周りの人たちが火柱から距離をとる。

 ……気がつくと、黒づくめの一団は撤退していた。

 「エクシア! エクシアがいない!」
 ソロネの叫び声が響く。

 「なに! ……男衆。奴らを追え! エクシア様がさらわれた! 取り戻すんじゃ!」
 続いて族長の鋭い声が響くと、村の若い男衆が広場から三々五々に走り、闇に消えていった。

 「ソロネ。お前はここにいろ。私が探しに行く」
 ベアトリクスがソロネにそう言うと、家に向かって歩き出す。と、ソロネが飛び上がって、ベアトリクスを追いかける。
 「姉さん! 俺も行く。エクシアを探さないと!」
 それを見ていた族長は、後ろから二人に指示を出す。
 「二人とも行け! わしはここで待っている」
 ベアトリクスとソロネは、後ろを振り向いてうなづくと、走って闇の中へ消えていった。

 残された族長が呆然とした表情で、広場の惨状を眺める。
 「なんということじゃ……。やつらは一体何者じゃ」

 映像が止まり、ふたたびクロノのナレーションの声がする。

「残念ながら、エクシアは連れ去られてしまったよ。それも宝玉と共に。
 魔族は三日間探したんだけど、遂に見つからなかった。四日目の朝。村の入り口の柱に一本の矢がつき刺さり、手紙が括りつけられているのが見つかったんだ。そこにはエクシアを返して欲しければ五億ディールを用意せよとあった。期限は一週間後」 

――――。
 「駄目だ! 王国に助けをお願いしよう!」
 ソロネがいきり立って叫んだ。

 そこは襲撃を受けた中央広場。多くの魔族が集まって相談している。

 族長は、ずっと眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。
 「……ソロネよ。我らは守れなかったのじゃぞ? エクシア様と宝玉を。せめてエクシア様だけでも守り抜いておれば良かったのじゃが……」
 「ですが父上! このままでは、エクシアが!」

 その時、一人の魔族の若い男性が発言する。
 「族長。いずれにしろ遅かれ早かれ王国には伝わるでしょう。むしろソロネのいうように助けを求めたほうがいいでしょう」
 「じゃがな。それは我らと彼らの間に決定的な対立を生むかもしれんぞ」

 どうやら族長は、今回の事件が魔族と王国との間の亀裂になることを恐れていうようだ。三日間探しても見つからなかった襲撃者たち。かなりの手練であることは明白だ。まず魔族だけでは取り返すのは、ほぼ不可能だろう。

 族長が唸るようにいう。
 「せめて! せめて! エクシア様だけでも引き渡してもらった後でなら……」

 ソロネが我慢できないという様子で立ち上がった。
 「わかった。父上。五億ディール。国王様にでなく、宰相様に相談してみる。とにかく、そのお金でエクシアを助けよう! 国王様に助けをお願いするのは、それからにしよう!」

 族長は、それを聞いてまだ難しい顔をしているが、納得したようだ。

 「む……むう。そうじゃのう。五億ディールは次にミスリルを倍以上採掘すれば良いじゃろう。……すまぬな。ソロネ。我らに五億ディールのお金があれば、そのようなことをせずとも良いものを」
 「父上。俺だって自分たちのことはよくわかってる。不相応なお金は災いをもたらす……、だろ? 大丈夫。きっと宰相様なら上手くいくよ」
 族長はほかの魔族を見つめ、
 「みんなにも迷惑をかけるが、よろしく頼む。……ソロネよ。期限までに必ず戻ってくるんじゃぞ!」
 「ああ!わかってる」

 ソロネは、そういうとすぐにその場を退出していった。その後を、若い魔族の男性が二十人ほどついていく。きっといつもの交易メンバーだろう。

 シーンは変わって、王城の一室と思われる豪華な部屋だ。
 部屋に居るのは、執務机にいる宰相ピレトと、その向かいに立っているソロネの二人だ。
 「なんと!」
 ソロネの報告を聞いた宰相は驚きの声をあげたきり、考えこむ。と、その宰相の前に、ソロネが突然土下座をした。

 「宰相様! お願いがあります。どうか! 何も言わずに私に5億ディールをお貸しください」
 「……そのお金でエクシア様を取り戻す」
 ソロネが、床に正座したまま顔を上げる。
 「はい!」
 「宝玉はどうするのです?」
 「いずれにしろ、今回の事件は国王様のお耳に入るでしょう。ですから、先にエクシア様をお助けしてから、国王様に救援をお願いします」
 「ふむ。そして、五億ディールはミスリルでお返しするというわけですな。……よろしい。エクシア様の命がかかっていることです。すぐにお金を用意させます」

 宰相の言葉にソロネは平伏する。
 「あ、ありがとうございます。宰相様。必ずエクシア様を助けだしてみせます」

 「お願いしますよ。それから、このお金の件は陛下には内密に王国からの貸出とします。……エクシア様を救出したら、すぐにご報告するのです。こちらは騎士団の準備を内々に進めておきましょう」
 そういう言い放った宰相の顔は心配気であったが、ソロネを安心させるように優しいものであった。

 馬車の一団が荒野を走る。空には星が輝く夜だ。今日は月が欠けており、真っ暗ではないが明るくもない。

 「若さま。そろそろ一時休憩を取ったほうがいいです」
 先頭を走るソロネに、一人の魔族が馬を寄せて進言する。
 「……そうだな。ハッサンの言うとおりだ。では、あそこの大木の下まで行ったら少し休憩にしよう」

 一団は無事に大木の下にたどり着いた。誰もが責任と疲労とで口が重い。自ら少しの水を口にしたあとは、馬たちに水をやっている。

 「このペースだと明日には着くだろう。……どうにか間に合いそうだな」
 大木の幹に背中を預けていたソロネは、傍らに立っているハッサンと呼ばれた魔族に話しかけた。
 「そうですね。ですが、油断は禁物ですよ。若さま」
 「勿論だ。エクシアを取り戻すまでは……、油断などするものか!」
 ハッサンの言葉に頷くソロネ。月の光に照らされたその顔には、疲労の影が濃い。

 ヒュン! ヒュン! ヒュン!

 突如として風切り音が三度すると、ドタンと何かが倒れる音がした。

 慌ててハッサンは周囲を見回し、ソロネは馬車の方を見る。
 「馬が!」
 馬車を引く馬の頭に矢が尽き立ち、その場に倒れていた。

 「襲撃だ! 馬車を護れ!」
 ソロネは叫ぶと、自ら佩刀を抜き、馬車に向かって駆け出す。

 月の光だけでは弓矢の飛んできた方角がわからない。が、よく見ると大木から一〇〇メートルほど離れたところに、五〇人ほどの黒ずくめの騎馬団がこちらに突撃して来ている。
 「奴らだ! ちくしょう! 騎馬団か!」
 誰かの叫び声がする。

 「ハッサンの組は騎乗しろ! 後は馬車を中心に防御陣形だ!」

 ソロネの指示の声が通り、急いで馬に乗る者と馬車を囲む者とに別れる。

 再び、風切り音がヒュン! とすると、騎乗した魔族が五人ほど馬から落ちた。
 「くそ! 大木からもだ!」
 再び誰かの声がする。見ると大木の枝に何人かの黒ずくめの人影が見えた。

 まずいぞ。あそこから狙われたら防ぎようがない。
 ソロネがそう思ったが、その間もなく騎馬団が突撃してきた。

 そこかしこで剣と剣とが打ち合う音がする。何人かの人が倒れる音がする。はたして魔族か襲撃者か……。
 ソロネは、ハッサンが無事であることを祈りつつ大声で指示を出した。

 「ハッサン! 村へ行け! この襲撃を伝え……がふ!」

 しかし、その指示は途切れた。袈裟切りの斬撃を受けたのだ。肩口から血が迸り、口からも血が吹き出る。
 足から力が抜け、ソロネが崩れ落ちたその瞬間、ハッサンが叫び声をあげた。

 「くっくっくっ。予定通りだ」
 襲撃から少し離れた地点。襲撃を眺めていた一人の男が、顔を隠す黒い布を緩めてそう呟いた。
 月光に照らされたその顔は、アーク王国騎士団長オファのものだった。

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