13 精霊の試練 3

「……なんだか、見ていて気分が悪くなるわね」
 シアタールームで俺の隣に座っていたノルンが、吐き捨てるようにつぶやいた。
「ああ……。あれが過去の話だって事だが、人間の方がよっぽど黒いぜ」

 俺とノルンが会話をしている間に第二部の上映が終わり、部屋全体が少し明るくなっていく。
 イスから立って、思い思いに伸びをして体をほぐしていると、スクリーンが再び明るくなり、時精霊のクロノが映し出された。
「お兄ちゃんたち。真実を見つめるってことは、そういうことだよ。いずれにしろ、今はもう変えることのできない過去の話だからね。……次のステージも頑張ってね。」
 クロノの姿が消えると、前方のにふたたびドアが現れ、その隙間から光が漏れ出した。

 そう。クロノのいうとおり既に終わってしまった過去の話。一〇〇〇年前の人魔大戦の引き金となったエピソードなのだろう。
 ミスリルの利権、ソロネとエクシアの悲劇……。そして、ヘレンそっくりなベアトリクス。運命に翻弄される人たち。

 俺たちは気を取り直してドアに向かった。

――――。
 目の前にいくつもの踊り場がある。踊り場と踊り場ははしごでつながっており、踊り場にはいくつものドアが設置されている。
 サクラがうんざりしたように、
 「うっわぁ。もしかしなくても、あの中から正しいドアを見つけろってことですよね」
 「たぶんそうだな。で、失敗したらトラップが発動するパターンだろうな」
 「って、一〇〇枚くらいありますよね。……マスター。どうします?」
 「開けまくるしかないだろ? 気配感知も無効になっているだろうから」
 ため息をついたところでしょうがない。一つずつ開けるか……。

 一番近いところのドアの前に立つ。案の定、気配感知や魔力感知ではドアの向こうのようすはわからない。
 「サクラ。罠はわかるか?」
 サクラがドアを慎重に調べる。ドアの表面に手の平を当てて、神経を集中している。
 目を開けて、
 「……ダメですね。罠はないですが、このなかの様子はわからないです」
 「やっぱりか。俺の気配感知でもわからない」
 そうそう、うまくはいかないか……。
 シエラが神竜の盾を構え、
 「では予定通りですね」
と笑った。
 みんなが打ち合わせ通りの位置についたのを確認してから、俺はドアの横に行く。振り返ってみんながうなづくのを確認してから、
 「開けるぞ。3、2、1……」
 カウントダウンしてから勢いよくドアを開けた。

 「うん?」
 正面で盾を構えているシエラの変な声が聞こえる。見ると間抜けな表情をしていた。
 そうっと開けたドアをのぞくと……。

 そこは浴室だった。床も壁も水色のタイルが貼ってある。
 シャワーの音が聞こえる。浴槽でシャワーを浴びているのは……、女性型のブリキ人形だった。
 「ふんふんふ~ん。…………うん?」
 鼻歌を歌っていたブリキ人形が、ギギギと音を立てて振り返る。目が合うとそのままフリーズした。
 「…………きゃー! ちかんよ!」
 誰がだ! 
 俺が怒鳴り返す前に、サクラが、
 「失礼しましたぁ」
といってドアを閉めた。

 微妙な沈黙がただよう。
 「今のなに?」
 ノルンがつぶやいた。俺だって知らんよ。
 もしかして、俺たちのやる気をそぐトラップの可能性は……、無いな。
 サクラが、
 「どうやら必ずしも危険なトラップでもないと。なら二手に分かれます?」
ときいてきた。
 そうだな。さすがに一人ずつだと本当にトラップだった時にまずいが、二人ずつなら対処できるだろう。
 「そうだな。じゃあ俺とノルン、サクラとシエラで行こう。何かあったら大声を出せよ。すぐに行くから――」

 二手に分かれて、ばんばんとドアを開けて中を確認する。
 ある部屋では、開けた瞬間に鉄砲水が飛び出してきたり、ミラーボールの回転するクラブになっていたり、はたまたブリキ人形の家になっていたりする。
 倉庫では鋼鉄製のロングソードや動きをなめらかにする機械油を見つけたが、そのまま放置しておいた。
 見た感じではサクラとシエラのペアも、問題もなく順調に調査を進めているようだ。
 このままなら、それほど時間もかからないうちに、すべての部屋を調べることができるだろう。
 次のドアを無造作に開く。熱気が俺の顔をぶわっと撫で、おどろいて中を確認すると、そこは劫火の燃えさかる部屋だった。巨大なファイヤーボールが飛んでくる。
 やばっ! 気を抜きすぎたか。
 けれどすぐさまノルンが、
 「マナバリア!」
と魔法の障壁を展開する。ファイヤーボールが障壁にぶつかって四散していった。
 即座にドアを閉めると、ノルンが、
 「今のはちょっと危なかったわね」
 「ありがとう。ノルン。ちょっと気を抜きすぎていたよ」
 ノルンに礼を言うと、上の踊り場から、
 「マスター! ちょっと来てください!」
と俺を呼ぶサクラの声が聞こえた。
 ノルンと目を合わせてうなづく。いそいで上の踊り場に向かう。
 踊り場にのぼると、一枚のドアがあいていて、そこでサクラが中を指さしていた。
 「何があった?」
と言いながら近づいていき、部屋の中をのぞき込む。

 「む?」

 空っぽの部屋の真ん中に台座があり、そこにスイッチが見える。

 振り返るとサクラが、
 「どうです? マスター」
とうなづく。……たしかにこのスイッチが、ドア出現のトリガーの可能性はあるな。
 「あせるな。まだそうと決まったわけじゃないからな」
と言いながらもスイッチに近づいていく。
 みんなが息をのんで俺の一挙手一投足に注目する。
 「行くぞ」
 一声かけてから、スイッチを押した。

 次の瞬間、ガラアァァンという音とともに、俺の頭にすさまじい衝撃が走った。脳天から体を貫く衝撃に思わず膝をつきそうになる。
 俺の足元に転がったのは、大きな金属製のたらいだった。
 ふたたび微妙な沈黙がただよう。

 「ドリフか?」
とタライを見下ろしながらつぶやくと、ノルンが、
 「ドリフ?」
と聞き返してきたので、手を振って「いや。なんでもない」と答える。
 俺たちの背後から、
 「やった! ひっかかった!」
と声がして、複数の人物笑い声がする。
 むっとしながら急いでドアから出ると、踊り場に三〇体ほどのブリキ人形が集まっていて、俺を指さして大笑いしている。
 こめかみに青筋が浮かんでいるのがわかる。
 俺は黙って両手に魔力を集めると、
 「うらうらうらうら!」
とラッシュを放つ。拳の魔力が弾丸となってブリキ人形に襲いかかる。
 次々にブリキ人形が踊り場から虚空に落ちていった。
 「ププププ……」
 なにも抵抗せずに、笑いながら落ちていくブリキ人形に、拳を握りしめて怒りを抑える。

 ドアから出てきたみんなが、気遣わしげに俺のそばにやってきて、たおやかな手で怒りに震える俺の拳を包むように握ってくれた。
 ノルンが、
 「落ち着いた? ……あなたのお陰で、ほら」
と言って指を指した先には、さっきまで無かったドアが現れていた。
 俺は深呼吸を三度繰り返して、力を抜いて拳を開く。ドアを見据えて、
 「どうやらここのステージもクリアのようだな」
というと、無造作にそのドアを開いた。

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