14 シアタールーム 5

 三度目のシアタールームは、前とは雰囲気が異なっていた。

 今までのシアタールームが現代日本の映画館に非常によく似た作りになっていたのに対し、今回のシアタールームはイスこそ映画館のイスだが、壁や通路は大理石でできており、壁には一定間隔でギリシアのパルテノン神殿にあるような石柱が立っており、天井の高さもやや高くなっている。
天井に明かり取りの窓だろうか、明るい光が室内に差し込んできており、厳かさを引き立てている。
シエラが周りを見渡して、
「なんだか雰囲気が変わりましたね……」
落ち着かなげに言った。確かにこれだけ変化していると、戸惑う気持ちもよくわかる。
ノルンがゆっくりと歩きながら、
「神聖な気が満ちているような気がする。聖域なのかもね」
そう。俺も同じ意見だ。ここは聖域だと思う。

 「マスター。それはそうと、早く座りましょう」
サクラは、どこでも変わらない様子だ。とはいえ、ぼうっとしていても仕方あるまい。

 俺たちが座ったと同時に、上映を知らせる合図の音が鳴る。
ブブー。
上映の始まる合図と思われる音が響くと、差し込んできていた光が消えて、ホール全体が薄暗くなっていく。

 スクリーンにふたたびクロノが映し出された。
「お兄ちゃんたち、もう少しだよ。楽しんでる?」
俺は思わず苦笑を浮かべた。
まあ今までの行程を考えると、どのステージも精霊の試練って大々的なものというより、何らかのアトラクション的なものがあるな。
「まあな……」
俺の返事を聞いたクロノは、うれしそうな顔をしながら、うんうんとうなづいている。
「これから第三部の上映になるよ。それが終わったら、最後の試練……。あともうちょっとだから頑張ってね」
お、次のステージが最終試練か、っていっても今までのステージから考えると本当に試練になっているのか微妙だとは思うけど。
「じゃあ……、第三部行くよ。隠された歴史」
ふたたびフィルムがカタカタいうように、3、2、1と数字のカウントダウンが映しだされた。

 最初のシーンは、族長とベアトリクスの二人の会話だ。
「……父上。本当に大丈夫でしょうか?」
「ベアトリクス。心配なのはわかる。……だが、彼らの力を考えると、我々が行かざるを得ないだろう」
族長は、もはや半分諦めたような、思い切ったような柔らかい笑顔でベアトリクスを見つめた。
……一体何があったんだろう?
スクリーンの中では、不安に駆られたベアトリクスが族長に詰め寄る。
「ですが! どうもおかしいわ。……ハッサンがただ一人戻ってきて、結局、エクシアをさらった一団からは何も音沙汰がないうちに、アーク王国が軍勢を向けてくるなんて!」
「ベアト……。だからこそ。話し合いが必要なんだ」
族長は、自分の背と同じくらいのベアトリクスの頭をやさしくなでる。その不安をやわらげるように、慈しむように。その仕草には深い愛情が見て取れる。
ベアトリクスはしばらく撫でられるままにしていたが、その瞳から涙があふれている。
「父上。母上なく、ソロネも戻ってこない。その上、父上までいなくなってしまっては、……私は! 私は!」
族長は頭を撫でていた手を下ろすと、ベアトリクスをやさしく抱きしめた。
「我が愛する娘よ。心配ない。私は必ず戻る。……それにソロネも死んだと決まったわけじゃないぞ。今は苦境に立たされているが、皆も居る。だがな私にもしもの時は、お前が皆を導くんじゃ」
「父上……」
そのまま、しばらく二人は動かなかった。

 その姿にクロノのナレーションが入る。
「ハッサンは、なんとか無事に戻ってきたんだ。だけど、それ以外の人は行方不明。お金も届かなかった。……しかも、エクシアをさらった一団からは、交渉の場の連絡どころか、一切の接触がなかった。
そのまま三日すると、突如アークからの使者がやってきたんだ。エクシアと宝玉を強奪したのは魔族の策略と国王が断じていること。そして、アーク王国軍を魔族の都市に向かって進軍すること。……ただし、弁疏の機会を儲けるから、魔族族長、および各氏族の長たち、魔族の有力者勢揃いの上で、二日後に西部にある荒野の指定する場所に、大きな天幕を張っているからそこまでくるようにとのこと。
ベアトリクスは、自分たちの周囲を悪意が充満していることを感じているんだよ。それで、話し合いにいく族長を心配している。
結局、天幕に向かった彼らは二日たち、三日目になっても一人として戻ってこなかった」

 クロノのナレーションが終わると、スクリーンは真っ暗になった。暗闇の中、ベアトリクスの声がする。

 「父上! ……父上! 入りますよ!」
相変わらず暗いなかで天幕をくぐったんだろう、がさがさと音がした次の瞬間。

 「いやあぁぁぁぁぁぁ!」

 ベアトリクスの叫び声が響いた。
まるでまぶたを開けるように、画面に戦慄すべき光景が浮かぶ。
――天幕の中に、梁に吊るされた魔族、魔族、魔族、魔族……。
どの顔も苦悶の表情を浮かべ、首を吊るされている。

 ベアトリクスは、叫びながら魔族の死体の間をかき分けるように、どこかに逃げるように走り回る。知らずのうちに涙がこぼれ、鼻水が出て、切羽詰まった表情だ。

 と、何かにつまずいたベアトリクスが地面に倒れこんだ。遺体からこぼれ落ちた、不浄の液体を顔や身体にまとわりつかせ、顔をあげたベアトリクスの眼に飛び込んできたのは……、吊るされた族長の遺体だった。

 「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 先ほど以上の叫び声をあげたベアトリクスは、そのまま白目をむいて後ろ向きに倒れた。気を失ったのだろう。
静けさを取り戻した天幕は、魔族の遺体の揺れるギシギシという音がいつまでも鳴っていた。

 ベアトリクスが目を覚ますと、どこかの洞窟にいた。

 汚れた顔は丁寧に拭かれ、汚れた衣服は清潔なローブに着替えさせられた状態で、平らな地面に引かれた毛布の上に横になっていた。

 「あれは夢? ……そうよね。あんなことあるわけないわよね」
上半身を起こしたベアトリクスは、明るく照らされた洞くつのなかを見回す。唯一の出口から人々の声がする。
「ここはどこかしら」
そういうと、ゆっくりとベアトリクスは立ち上がったが、立ちくらみをして、よろよろと壁に手を付いて身体を支える。
気を取り直すと、今度は慎重に出口に向かって歩き出した。

 そこは洞くつの広い広間だった。壁際にはいくつかのかがり火がたかれ、多くの魔族が集まっていた。

 ベアトリクスが出てきたのを気づいたんだろう。ハッサンが声をかけた。
「おお! お嬢! 気がついたか!」
そのハッサンの声に、魔族の視線がベアトリクスに集中する。

 「みんな……。ここは? 私はどうしたの? ……父上、族長は?」

 そのベアトリクスの問いかけに、誰もが下を向いた。よく見ると、どの魔族も疲れきって悲痛な顔をしている。

 しばらくすると沈黙に耐えかねたかのように、ハッサンがベアトリクスに説明をはじめた。その声は暗い。

 「お嬢。気をしっかりもってくださいよ。……族長は亡くなりました」
「亡くなった? どうして? あれは……夢よね。私の悪夢」
「悪夢じゃ、ありません、お嬢。……現実です」
「え? 現実? そ、それじゃ」
ベアトリクスはその場でへたり込んだ。じっと自分の手を見つめている。その表情は暗く、目からは光が失われている。
そのベアトリクスの側にハッサンはゆっくりと近づいた。しゃがみこんだハッサンは、ベアトリクスの肩に手をやると、残酷な真実を突きつける。

 「お嬢。それだけじゃありません。やつら……、アークの軍勢がいきなり襲ってきました。俺たちの街だけじゃない、あちこちの集落も攻撃された。……ここにいるのは、なんとか生き
残ったのが闇の神殿に逃げこんできたんです」

 ベアトリクスは呆然と、「闇の神殿……」とつぶやく。その声には生気はない。
「そうです。闇の神殿です。……どうやら最初っからアークの奴らの謀略だったみたいです。アークの奴ら、俺たちを無視して先に他の集落を潰しに行ってます。……お嬢。このままじゃ俺たちは滅亡だ」
その時、ベアトリクスはものすごい勢いで顔をあげた。そして、そのまま立ち上がる。
「させない! 絶対にさせません!」
そのベアトリクスの脳裏には、族長の言葉が蘇っていた。「……お前が皆を導くんじゃ」

 瞳には光が蘇ってきているが、その表情は険しく鬼気迫るものがある。その感情はただ一つ。復讐だろう。
「お嬢!」
ハッサンは驚くが、お嬢の前に膝をついた。
「ハッサン。皆をまとめて。……ここが闇の神殿っていったわね。私は、闇の精霊にこの身を捧げる。その力でやつらに復讐を!」
「お、お嬢。身を捧げるって……」
とまどうハッサンを置いて、そのまま返事をすることもなく、ベアトリクスは通路の奥に向かって進んでいった。

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