16 シアタールーム 7

 真紅の甲冑に身を包み、真紅の鉄仮面をつけた人物が戦場に現れた。

 その後ろには、アーク軍の重歩兵の中規模分隊が控えている。目の前には炎の壁に包まれ、逃げ惑う連合軍の姿がある。

 炎と黒煙の渦巻く炎の壁から、一人の女性の姿が現れる。
 真っ赤な髪をなびかせ、漆黒の鎧に身をまとい、体全体から黒いオーラを噴き出す。まさしく死を招く炎の魔王という出で立ち。ベアトリクスだ。

 真紅の鉄仮面の人物はベアトリクスを確認すると、おもむろに腰をかがめ、一瞬のための後、飛ぶように襲いかかった。
 赤い光が流れるように黒いオーラに突撃していく。

 ドゴオオオオォォォォ……

 次の瞬間、そこを中心とした爆心地のように、衝撃が波動となって吹き荒れる。

 男の赤いオーラとベアトリクスの黒いオーラとがぶつかり合い、弾けるように双方が後方に後ずさる。

 ベアトリクスは真紅の騎士を睨みつける。
 「……きさまぁ。何者だ」
 しかし、真紅の騎士は何も言わずに幅広の長剣を構えた。
 それを見たベアトリクスは、周囲にいくつもの火球を浮かべるとともに、右手に魔力を集め剣に炎をまとわせる。

 真紅の騎士が飛び出す瞬間を捉え、火球からいくつもの火弾が打ち出される。波状攻撃の火球の弾幕を、真紅の騎士は何でもないことのように突き進んでいく。その身体に火弾がいくつも命中するが、真紅の鎧には傷が一つもつかない。
 真紅の騎士は勢いのままに長剣を突き出し、全身でベアトリクスを貫く一本の槍のように突っ込んでいく。
 目の前に迫った長剣をベアリクスは、横に避け、横から騎士に斬りかかる。
 刺突を避けられた騎士は、すぐさまベアトリクスの斬撃を長剣で左に受け流すと、今度は左下段に切っ先を落としたまま踏み込んで切り上げる。その剣閃が一瞬、三日月のように見えた。

 今度はベアトリクスがその斬撃を剣で受け止めるが、衝撃を殺しきれずに、ズザザザっと後ろに後ずさる。
 真紅の騎士は左手をベアトリクスに向けて差し伸べると、手のひらから火弾を発射する。火弾が命中し、ベアトリクスが炎に包まれる。
 しかし、ベアトリクスの覆う黒いオーラに阻まれ、ベアトリクスには傷ひとつなかった。

 スクリーンが映し出すそのシーンに、俺は驚いた。当時のアーク軍にあのベアトリクスに対抗できる人間が、勇者の他にいたという事実に。
 あの真紅の騎士が一体どういう人物かわからないが、非常に優れた魔法騎士、または魔法剣士であることは間違いない。
 「凄いな。あの騎士。ベアトリクスと拮抗している」
 「そうね。ジュン。……でも貴方の方が強いでしょ?」
 「そうはいうがな、ノルン。まだ力を隠しているんじゃないか」
 ノルンは俺のほうが強いと評価してくれる。確かに見た感じだと、リミッターを外すほどじゃなさそうだが、あれが力の全部というわけでもないだろう。

 俺とノルンが話をしている横では、サクラとシエラが話し合っている。
 「……ねえ。シエラちゃん。あれも防げる?」
 「う~ん。バハムート様にいただいた神竜の盾ならば大丈夫だけど、シールダーとしての役目を果たせるかというと……、どうかなぁ」
 「あの範囲魔法って、ちょっと厳しいよね」
 「そうだね。サクラちゃん。ヘレンさんの結界なら防げるけどね……」
 「あ、そうだよね。ヘレンさんの結界ってすごもんね」
 冷静にそんな戦力分析をしている内に、スクリーンのベアトリクスと真紅の騎士の戦いは佳境に入っていた。
 ベアトリクスが頭上に手をかざす。
 と、その全身から炎が立ち上り、巨大な炎のドラゴンとなって空高く舞い上がる。ドラゴンは真紅の騎士に狙いを定めると一気に急降下し、ファイヤーブレスと共に真紅の騎士に突撃した。
 騎士は剣を足元に突き刺すと、両手を体の前に伸ばす。と、その両手を中心に赤い球体の膜が現れる。
 ブレスの炎の奔流に巻き込まれたが、球体がその熱波を防いだようだ。

 ドラゴンが再び空に舞い上がっていくと、騎士は足元の剣を抜き、左手を柄に添えて魔力を込めると、長剣を光のオーラがまとわりつく。
 ドラゴンが再び急降下し口を大きく開く。騎士はドラゴンの噛み付き攻撃を前転して避けると同時に、すれ違いざまにドラゴンに切りつけた。
 すれ違ったドラゴンはそのまま二十メートルほど滑空したが、バラバラに千切れ消滅していった。
 と、その隙をついて、騎士の背後からベアトリクスが炎の剣を一閃した。その斬撃に騎士の首が高く飛んでいった。

 首を失った、騎士の身体がその場に崩れ落ちると、その脇に刎ねられた首がドサッと落ちてきた。
 地面に落下した衝撃で鉄仮面が外れる。
 その首を一瞥したベアトリクスは世にも恐ろしい物を見たように、顔を歪め、その場にへたり込む。

 「いやあああぁぁぁぁ!」
 その首はソロネのものだった。
 ベアトリクスは四つん這いで首ににじり寄ると、首を自らの胸に掻き抱く。
 「ソロネ! ソロネぇぇぇぇぇ!」
 ベアトリクスは狂ったようにソロネの名前を呼び、泣き叫ぶ。そのベアトリクスをアークの軍勢が遠巻きに囲む。

 ザシュッ!
 その時、一人の魔族が背後からベアトリクスに切りつけた。

 ベアトリクスの背中から凄まじい量の血が吹き出る。
 のけぞった姿勢のまま、その場に崩れ落ちた。
 「ソ、ソロネ……」
 その目から光が少しずつ消えていく。

 切りつけた魔族はベアトリクスに近寄ると、今度はその胸に剣をつきたてて、とどめを刺した。

 すると周りの地面から、プシューっと音を立てて黒い霧が吹き出し、ベアトリクスとソロネの遺体を包む。ベアトリクスにとどめを刺した魔族は慌てて霧から逃げ、その場を離れる。

 アーク軍の側まで下がった魔族に、いつの間にかアーク騎士団長オファが近寄る。
 「よくやったぞ。これで戦争が終わる。……お前が次の族長だ」
 オファは、そういって魔族にささやいた。
 その頃、ようやく黒い霧が晴れていった。が、ベアトリクスとソロネの遺体は消え去っていた。

――――。
 映像が終わり、クロノがスクリーンに現れた。

 「……アーク王国は魔族を抑えきれないと知るや、魔族が対人族の侵略戦争を起こしたとして他国に救援を依頼したんだ。エストリアはアーク王国の被害を聞き、勇者召喚を行って勇者と共に、ウルクンツル帝国も騎士団を派遣し、連合して魔族と戦った。
 ソロネはさらわれた後、魔道具によって精神を支配され、本人の意志が無いままベアトリクスと戦わされたんだ。ベアトリクスが倒れてから魔族軍は総崩れとなって、寝返った魔族が中心となって今の魔族居住地に押し込められている。しかも、ミスリル鉱脈はアーク王国のものとなった。
 ……これが一〇〇〇年前の人魔大戦の真実。そして、もうわかっているかもしれないけど、ヘレンお姉ちゃんは、ベアトリクスの生まれ変わりだよ。お姉ちゃんは孤児だったけど、その出自は、本当は人族じゃなくて魔族。お兄ちゃんたちは、それでもお姉ちゃんを探しに行く?」

 クロノが俺に問いかける。しかし、そんなことはもうわかりきっている。
 「当たり前だ。ヘレンは俺たちの大切な仲間で……、そして、俺の婚約者だ! 何があっても必ず救い出す」
 クロノは俺に答えに満足したように、ニコニコしている。
 「うん。それでこそ、お兄ちゃんだ。じゃ、次の映像が終わったら最後の試練だよ」
 そういうとクロノの姿は消えていく。

 ここは……グレートキャニオン。
 大峡谷の崖の上に、一人の女性が立っている。……エクシアだ。

 「ああ……ソロネ。なんてことに。……私は絶対許せません。お父様を。ピレト様とオファ様を。……そして、人族を」
 そういうと、エクシアは崖の上から、身を投げた。
 意識が薄れるなか、エクシアの唇が動く。
 「ソロネ。私も、貴方のところに……」

 崖の下。
 血だまりの中にエクシアが倒れている。
 それを、一匹の黒いドラゴンが眺めていた。

 カタカタカタカタ……。

 そのシーンを最後にスクリーンが消えていき、ホールにふたたび光が差し込む。
 前方左側に扉が現れ、その隙間から光りが差している。
 あの向こうに最後の試練が待っているのだろう。

 人魔大戦の真実。
 それは魔族の侵略戦争なんかじゃなかった。
 欲にまみれた人による、魔族への侵略戦争だった。その影に埋もれ、散ってしまった悲しい愛の物語。
 ベアトリクスじゃなくても、俺も憤激しただろう。

 そんなことを考えていると、心配そうにみんなが俺を見上げている。
 愛する女たちだ。
 「ジュン。行くわよ。ヘレンを救けに!」
 「マスター。行きましょう。ヘレンさんのもとに!」
 「ジュンさん。救けに、行きましょう!」
 きっとここにいないセレンも同じことを言うだろう。
 そして、もう一人の婚約者、救けを待っているだろうヘレン。
 何も迷うことはない。待っていろ! ヘレン!

 俺たちは、決意もあらたに扉に向かっていった。

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