17 時精霊クロノの試練

 扉を抜けると、そこは広い闘技場コロッセウムだった。
 円形の闘技場の周りに、かがり火が並んでいる。
 空は漆黒の闇に覆われていて、観客席はがらんとしていた。
 中央ではクロノが待っている。

 「やっほー! お兄ちゃんたち。いよいよ最後の試練だよ」
 ゆっくりとクロノの前に俺たちは並んだ。
 「……最後の試練は何だ?」
 そう聞くと、クロノはニッコリと笑って、
 「最後の試練はね。僕と戦ってもらうよ」
 「クロノと?」
 「うん、そうだよ。……言っておくけど、僕って四大精霊の上位に位置する精霊だからね。強いよ。最初っから本気を出してね」
 クロノはえっへんと胸を張って、俺たちに宣言した。そして、おもむろに右手をパチンと鳴らす。
 と、ノルンの肩にとまっていたフェリシアの姿が消えた。
 ノルンが、
 「えっ?」
と驚いた声を上げた。
 クロノが、
 「大丈夫だよ。ほら」
と指を指した先には、観客席の一番前に白いカゴに入れられたフェリシアの姿があった。
 フェリシアも突然のことに驚いて、羽をばさばさと動かしている。……レアな光景だ。
 クロノがにこやかに、
 「フェリシアにはおとなしくしていてもらうよ。あっ! もちろん、試練が終わったら、きちんと解放するからね」
 フェリシアのあわてている様子を横目にクロノが説明をする。
 「それから、ノルンお姉ちゃん。この試練は時の精霊たる僕の試練。だから、他の精霊を召喚することはできないからね」
 ふむ。それはそうだよな。精霊の試練を受けるってのに、他の精霊の力を借りてちゃ意味ないよな。
 見るとノルンも首肯し、
 「わかったわ」
 その返事を聞いたクロノは満足そうにうなづくと、
 「じゃあ、準備がよければ始めるけど、どう?」
ときいてくる。
 さてと……。みんなの顔を見る。サクラが忍者刀の青竜と白虎を構え、シエラも神竜の盾を構えて俺を見ている。ノルンの方を見る。目を合わせ、
 「封印術式解放! 真武覚醒!」
 「封印術式解放! 真魔覚醒!」
 同時に封印解除し、神力を解放。戦闘モード神装舞闘を発動した。
 最初のころは、力に振り回されることもあったけれど、今では呼吸をするように自然と使いこなせるようになった。
 ノルンのモードは神衣光輪。俺と同じように光の衣をまといながらも、その背中にリング状の光背が浮かび上がっている。
 クロノの方を向き、
 「ああ。いつでもいいぞ」
と告げた。

 俺の返事を聞いたクロノが、
 「じゃあ、始めようか」
というと、うっすらと姿を消していった。
 そして、かわりに大人のピエロが現れた。腰にトランペットを引っかけて、手にはバトンを持っている。
 あのピエロは……クロノか?
 ピエロはうやうやしく一礼すると、バトンをクルクルと回し、
 「じゃあ、いっくよ!」
というと、バトンの端から次々に光球が生まれ、ヒュン! ヒュン! と飛んでくる。
 「させません!」
 微妙にタイミングをずらして発射された光球を、シエラの神竜の盾が防ぐ。

 即座にサクラがクナイを連投した。クロノがそれをバトンではじいた瞬間、
 ドガン!
と爆発が生じた。きっとクナイに起爆札を縫いつけていたのだろう。
 「コホッコホッ」
とせきこんだクロノは腰に手をやってトランペットを取り出した。
 ぱぱあぁ!
と吹いた音が、強大な衝撃波となって俺たちを襲う。
 ノルンの魔法障壁を通り抜けて、音が俺の全身をつらぬく。指先の血管が切れて血が吹き出る。鼓膜が破れて音が聞こえなくなるが、すぐに治癒能力が傷を癒やしていく。
 しかし、俺とノルンならわかるが、サクラとシエラは……。
 ノルンがすぐさま、
 「エクストラ・ヒール」
と回復魔法をかけている。
 俺はすぐさま分身三つ身を作り、クロノにむかって真空波を放った。三つの真空波が合わさって一つの大きな真空斬撃となって、飛んでいく。
 同時にミスリルソードを神力の炎でおおって、真空斬撃とともに突進していく。
 「バスター・プロミネンス!」
 クロノがバトンではじこうとするが、そのバトンを切り捨てたところでクロノの姿がかき消えた。
 「ぬっ。……そこか!」
 消えたクロノの気配を感じ取り、そこへ飛びかかる。
 背後からノルンが、光弾をバルカン砲のように連続で放つ。
 シュドババババ!
 「のわー!」
 クロノが情けない声を上げながら吹っ飛んでいく。

 全身の神力を高め、剣に乗せてぶっ飛ばした。
 「マキシマム・ノヴァ!」
 剣先から神力が小型の太陽となってクロノに襲いかかった。
 ピカッと閃光が走り、衝撃波がこの空間を揺らす。
 みんなは俺のそばに駆け寄ってきて、周りを警戒している。

 「ぷはー。さすがは半神半人デミゴット。しかも神力を使いこなしてるよ」

 とあちこちの衣装が破れたピエロ姿のクロノが、中空からゆっくりと降りてきた。手にしたトランペットも大きな穴が開いている。
 それを無造作にぽいっと放り投げ、あごに手をやりながら俺とノルンを見た。
 「ふむふむ。なるほど。よく見るとまだ聖石の力が定着しているわけでもないんだね」
 そして唇をなめると、
 「これからまだまだ強くなるってことだね。……じゃあ、こっちも一段階ギアを上げるよ」
 そういうクロノを光りが覆い、ふたたび傷ひとつないピエロの姿に戻る。

 クロノがおもむろに指をパチンとならした。
 その瞬間。世界が止まった――。

 か、からだが動かない。なんだこれは?
 気配を感知すると、俺の後ろのノルンやサクラ、シエラも同じようだ。
 そのとき、
 (ジュ、ジュン? これって……)
 (ノルンは動けるか?)
 (無理よ……)
 どうやらノルンとは念話ができるようだ。けれどサクラとは無理のようだ。これは……。
 そこへクロノが踊りながら目の前を横切った。
 「おっやぁ。やっぱりお兄ちゃんとノルンお姉ちゃんは、この状態でも意識があるみたいだね? この完全なる停止世界フリーズ・ワールドの中で」
 む? ま、まさか時が止まっているのか?
 クロノが鼻歌を歌いながら、俺たちからはなれていく。
 「そうだよ。……さあ、試練だよ。早く動けるようにならないと、これは防げないよね」
と言いつつ、クロノはいつの間にか小太鼓を腰のベルトに引っかけていて、それをドラララララと鳴らしはじめた。
 その音とともにクロノの頭上に圧縮された魔力のかたまりが、どんどん大きくなっていく。
 (ちょ、ちょっとまずいわよ!)
 焦るノルンの念話がするが、どんどん大きくなる魔力に冷や汗が出てきそうだ。
 俺とノルンは大ダメージで済むだろうが、サクラとシエラはまずい。
 くそっ……。動け、動け、動けぇ!
 神力を高め、身体に循環させる。――ダメだ。動かない!
 クロノが楽しそうに、
 「ん~。それじゃダメだよ。お兄ちゃん。神力をそんな風に使うだけじゃだめだよ。もっと認識を変えないとね。時は空間でもある。そして、世界でもある。……わっかるかなぁ」
といいながら、鼻歌を歌い出した。
 認識か。……時は空間、そして世界。それってアインシュタインの時空のことか。とするとクロノの管轄は時、空間、重力に及ぶのだろう。確かに世界といえる。
 俺は目をつぶる。神と世界。力の根源は通じているはず。心の中を深く見つめる。自らの神力の根源を探す。深く深く心の中へ。そして、同時に広く広く周りの空間へと感覚を広げていく。
 まるでヴァーチャル・リアリティの世界の中にダイブしていくように、心の奥へ潜っていくと、前方に八角に光る巨大な聖石が見えてきた。
 近づいてそっと手を添えると、聖石の表面にうつったのは俺の姿ではなく、ノルンの姿だった。俺と同じように聖石に手を添えていて、同じように驚きの表情を浮かべている。
 (ノルン)
 (ジュン)
 互いに呼びかけながら見つめると、聖石が光を強めていった。光が俺の体を包み、目がくらんで何も見えなくなる。と、同時に俺の体に暖かな力が浸透してきて、新たな力の広がりを感じる。
 その時、俺はクロノの作り出した空間と一体になった。
 闘技場の砂粒一つ一つの組成から位置がわかる。そして、クロノの集めている魔力がどこから流れ込んでいるのか。空間の隅々まで意識が行き渡り、その過去・現在・未来を感じた。
 クロノの作り出した亜空間。異世界ヴァルガンドとは別の精霊の世界につながっている。クロノの集めている魔力も、目に見えないリンクを通して、精霊の世界から集めているのだ。
 このヴァルガンドを作った創造神の法則が、俺の中にもあることを感じる。足りないのヴァルガンドのあらゆる事象、想念、感情を記した元始以来の世界記録アカシックレコードのみ。重力や熱量エネルギーなどの世界の法則は俺の中にも存在していることが、手に取るようにわかる。今なら、体を動かすように自然とアクセスできそうだ。

 ゆっくりと意識を戻していく。目の前ではクロノが相変わらずにドラムを鳴らして魔力を高めている。すでに魔力球は直径3メートルになろうとしていて、その内部の圧力は想像を絶するほどだ。
 クロノが、
 「んん~。どうやら一つレベルアップしたみたいだね。そろそろこっちの準備もいいから、行くよ!」
と言って、ドラムをダンっダンっと強く二回叩いた。
 魔力球がまっすぐに俺たちに向かって飛んでくる。
 大丈夫。停止する時間のなかでも、今なら……体が動く!
 俺は魔力球の前に立ちふさがり、両手で受け止める。スパークが手を貫き、俺の体を貫いていく。しかし、神力と同化した今は痛くもなければ、ただ衝撃だけが響いてくるだけだ。
 「お待たせ!」
と声がして、ノルンも俺の横で魔力球を抑えはじめた。さすがは俺のパートナーだ。すでにこの時の止まった空間でも俺と同じく動けるようになったようだ。
 俺にかかる圧力が半分になると同時に、魔力球のエネルギーが両手を通して俺の中に流れ込んできた。
 この力は……もしかして。クロノの権能?
 すべてのエネルギーを吸収したところで、ふたたび時が動き始めた。
 俺とノルンの背後で、
 「あ、あれ?」「……はっ」
 サクラとシエラが戸惑っているような声を上げた。
 頭上からパチパチと拍手の音がして、見上げると、クロノが足を組んで何かに座っているように空中に浮かんでいた。
 「よくできました。時の精霊クロノの試練はこれで終わりだよ」
 俺とノルンは苦笑いしながら、神力の解放を止めた。
 サクラが戸惑って、
 「え、ええっと。まだ何もしていないけど?」
と言うと、クロノが下りてきて、
 「うん。サクラお姉ちゃんとシエラお姉ちゃんは、この先、別の人から試練があるよ。……でも愛の力があれば大丈夫だよ!」
 クロノはそういうが、二人は「はあ」と要領を得ないようだ。それも無理はない。おそらくクロノは未来視をしていっているのだろうから、今の時間軸にある俺たちにはわからない話だ。
 さすがにクロノの権能の一部を身につけたとはいえ、先のことは見えない。そうそう、問屋がおろさないってわけだ。
 クロノはノルンの方を向いて、
 「試練を乗り越えたので僕の力を貸すっていいたいけど、ジュンお兄ちゃんはもう自分で把握してるよね? じゃあ、ノルンお姉ちゃんには召喚契約だね
というと、その右の手のひらに七色の光の玉が浮かび上がり、ノルンの胸に吸い込まれていく。
 見た目は変わらないが、内包する何かの力が大きく強くなったのが感じられる。そして、腕にしている妖精王の腕輪にはめられた七つの球が、今までの赤、青、黄、緑の四つに加えて、五つめの球が光り始めた。固定的な色ではなく一定時間ごとに変化していて、神秘的だ。

 ちなみに俺の方は、クロノの使った「完全なる停止世界フリーズ・ワールド」を体感で数秒だけ再現できるようになった。おそらく聖石との融合度や神力の使い方によって、より長く時を止めておけるようになるだろう。
 そして、もう一つは任意の空間の重力を操作する力だ。しかし、これは空間歪曲の仕方が難しく、すぐに自在に使えるというわけではなさそうだ。

 「……ありがとう。クロノ」
 ノルンが礼儀正しくクロノに礼をいった。クロノはうなづくと、
 「それでヘレンお姉ちゃんの居場所だったね。……どうやら、魔族自治区に向かっているようだよ。正確には魔族自治区にある闇の神殿」

 クロノがそういうと、その背後の空間にスクリーンが現れた。

 スクリーンには、フードを深くかぶった人物と一緒にいるヘレンの姿が映しだされている。
 二人は……、電車らしきものに乗って座席から外を見ているようだ。

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