18 魔族自治区へ

 車窓の外を荒野の風景が流れていく。

 今、ヘレンはフードの女性と二人で大陸鉄道に乗っている。 
 あの時、わけのわかんない大司教と騎士団に、無理矢理に犯人にさせられそうになった時、ヘレンは走って逃げ出した。騎士団が慌てて広域非常線を張ったが、まんまとそれをすり抜け、路地を進んでいた。
 街の外へ向かっていたヘレンの前に一人の女性が声をかけた。目が覚めるような銀髪の妙齢の女性。そう、ルーネシアで占ってくれた女性だ。
 女性は、自分をティティスと名乗り、今なら一緒に鉄道に乗って魔族自治領に行けると告げたのだ。

 そのティティスは、フードをかぶったままで窓の外を眺めている。なんだか楽しそうだが、それをヘレンがうらめしそうに見ている。
 ティティスが外を見ながら、
 「ねぇ。この鉄道って奴はすごいわね。どんどんと景色が流れていくわよ」
と感心していると、ヘレンはつとめて興味なさそうに、
 「そう……」
とこたえる。

 ヘレンの内心は、ティティスのお陰で王都を脱出できたが、ジュンの顔を思い浮かべるたびに切なさで心が締め付けられていた。
 しかしヘレンは、ジュンに迷惑を掛けたくなかった。だから、この大陸横断鉄道に飛び乗ったのだ。同時に、きっとジュンは怒っているだろうし心配もしているだろう。それがわかってはいるけど、という心境だ。

 ぐるぐると思考が空回りをしつづけているヘレンは、目の前のティティスを見ながら、不意に路地裏で遭遇したときのことを思い出していた。

――――。
 「えっと……。あの時の占い師?」
 「……ティティスと呼んで。あなた危ないわよ」
 「そんなことはわかってるわ!」
 ティティスは、ヘレンの目をじっとのぞきこんでから、一人で腕を組んでうなづいている。
 「ふむふむ。よろしい」
 一人で納得しているティティスが、おもむろに人差し指をビシィッと突きつけた。
 「私と一緒に魔族の自治区へ行くわよ。……闇の神殿に行きましょう!」
 「えっ? 何? 魔族……自治区? 闇の神殿? なにそれ?」

 急いでいるヘレンだが、ポカンとした表情になった。……一体、この人は何をいうんだろう。そんなことより早く王都を脱出しないと、と焦りがうかんでいる。

 「うふふ。まったく話が読めていないって顔ね。……いいわ。説明してあげる」
 ヘレンと並んで歩きながら、ティティスはそういうと、
 「ヘレン。あなたは今、連続殺人事件の容疑者……というより、大司教によって犯人に仕立てあげられているわ。このままだと犯人として処刑されてしまう。……だから、真犯人を捕まえるのよ。それしか無いわ」
 「それはわかるけど、何故、魔族自治区……。まさか! 犯人は魔族なの?」

 なるほど、そう考えれば、魔族自治区へ行こうっていう意味がわかるだろう。しかし、ティティスは手をひらひらと降って、顔を横に振っていた。

 「違うわ。……何故、闇の神殿に行くかっていうのは、そこに真犯人がこれから現れるからよ」
 「これから現れる?」
 「そう。……私の占いによればね」
 それって、信じて大丈夫なのだろうか? ヘレンは、口には出さないけれど疑っているようだ。
 「ふふふ。まだ疑っている? でも行くしかないわよ。……もう王都には手配が回りつつあるしね」

 そういったティティスは、急にヘレンの手をとると、駅の方向へ引っ張って歩き出した。
 「今なら、私と一緒に大陸横断鉄道に乗ることができるわ」

――――。
 そうして二人は今に至る。

 しばらく無言のままに、向かいのティティスをながめる。ガタンゴトンと音がする。
 「この列車はね。一〇〇〇年前の大戦の後に、もともとミスリル鉱石を運ぶために作られた。今は、こうして人も運ぶけどね」
 「ふうん。さすがアーク王国ね。これも魔導機械なんでしょ?」
 機工王国っていうぐらいだ。すごい技術だがそこまで驚くことでもないだろう。ところが、ティティスは急に物憂げな表情になった。
 「まあね。でもね……。その技術開発は、大きな犠牲の上に成り立っているのよ。とてもとても大きな、悲劇の上にね」
 「……そう」
 なんだか急に重い空気が二人に漂う。ヘレンは、よっぽど難事業だったんだろうと当たりをつけた。
 話題を変えるように、ヘレンは、
 「ねぇ。ティティス。なぜ私について来てくれるの?」
 窓の外を見ていたティティスがヘレンをじっと見て、思案しているかのように考えている。
 「とある方からの依頼よ。名前は明かせないけれどね。貴方を手助けしろってね」
 「ある方?」
 「そうよ。貴方達なら、いつかお会いすることになるでしょう」
 「……」

――――。
 俺たちの目の前のスクリーンには、こうして銀髪の美人占い師ティティスと一緒に鉄道に乗っているヘレンが映しだされている。
 最初に口から出てきた言葉は、
 「この世界にも電車ってあったんだな……」
というありきたりなものだった。いやちがうな。電車でなく魔力車とでもいうのだろうか。
 とはいえ、こっちに来てからすでに一年以上過ぎている。かつて出勤時や帰宅時に、満員のギュウギュウ詰めにされながらも利用していた環状線。地方への出張や旅行に利用した新幹線やローカル線。
 もっとも一人旅では、密かにローカル線の旅も好きだったりする。きっと祖母に連れられて乗った電車で、冷凍みかんを食べたり、プラスチックのパックに入った温かいお茶を飲んだことが、楽しい記憶として残っていたからだろう。
 目の前のスクリーンに映し出されている鉄道は、俺の記憶にある電車にそっくりだった。
 「電車? ジュンはあれ知ってるの? ……私は初めて見たわ」
とノルンが言うと、サクラとシエラも、
 「私もです。マスター」「うん。初めて見るね。あれって何の乗り物ですか?」
と興味津々の様子できいてくる。
 ……どうやら他の人は鉄道とかは知らないようだ。もしかしたら、今、スクリーンに映っているのが、ヴァルガンド唯一の鉄道なのかもしれない。

 そんな俺たちの会話を、クロノが微笑ましいものを見たように、
 「あれがアークの誇る大陸横断鉄道。魔導機械の列車だよ。魔力を込めた魔石に複雑な回路を組み込んで動いているんだよ」
と解説してくれた。
 「……それにヘレンが乗っているんだな。あの女性って例の占い師だよな?」
 俺はノルンに確認すると、ノルンは頷いている。
 「そうね。あの綺麗な銀髪は間違いないわ。……まさかね」
 何が「まさかね」なのかはわからないが、やはりルーネシアでヘレンを占ってくれた占い師に間違いなさそうだ。

 「よし! じゃあ、早速、テーテュースの飛行形態で……」
と言おうとしたとき、クロノが、
 「それはだめ。やめた方がいいよ」
と割り込んできた。
 「何故だ?」
と聞き返すと、クロノは少し目をつぶって集中して何かを探っているような表情をして、
 「……ごめんね。お兄ちゃん。本当はずっと先のことも教えたいんだけど、ここから先の未来はひどく不安定なんだ。だけど一つだけ。お兄ちゃんたちも鉄道で行ったほうがいい。そして、闇の神殿をまっすぐ目指して。……大丈夫。運命は紡がれるものだから」

 むう。クロノがそういうならば、鉄道で未来にかかわる何かがあると考えた方がいいだろう。本当はすぐにでもヘレンに追いつきたい。だが、確かにテーテュースの飛行形態は仲間うちならいいが、外部の人には見られたくはない。
 運命は紡がれる、か……。

 ニコニコしているクロノに、俺たちは改めてお礼を言った。クロノはうなづくと、
 「じゃあ、転送するよ。頑張ってね。……バイバイ!」
と言った。途端に光が俺たちを包む。
 いくどか体験した転移特有の浮遊感が落ち着くと、気がついたらフェリシアも一緒に時計台の入り口の部屋に戻っていた。

 気合いを入れて、
 「よし! みんな行くぞ! 魔族自治区の闇の神殿へ」
と、俺たちは時計台の出口に向かった。

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