21 グレートキャニオンの男

 王都マキナクラフティにあるアーク王城の玉座の間。国王の前にひざまずいていた騎士団長のノートンは驚いて思わず聞き返していた。
 「恐れながら申し上げます。陛下。それはまことにございますか」
 普段ならばこのようなことはしないし、してしまったら無礼として処刑されても文句は言えないことである。なぜなら、相手は自らの仕えるべき国王のリヒャルト陛下であり、ここは玉座の間であるから。
 しかし、今ばかりはそうもいっていられなかった。

 「そうじゃ。大司教からの情報じゃ。……一〇〇〇年の時を経て、魔王信奉者どもが魔王を復活させ、魔族を率いて再び戦火を起こそうというのじゃ。ノートンよ。先手を打ち奴らの企みを阻止するのじゃ」
 「はっ」
 ノートンは王に一礼すると、脇に立つラウム大司教を見つめた。しかし、大司教は国王を止めるでもなく、ノートンに、
 「団長殿。こたびの行軍にはワシも従軍するぞ。今度こそ、忌々しい奴らを一掃するのじゃ」
と告げた。
 それを聞いてノートンは顔をしかめた。今の大司教は魔族を滅ぼすつもりだ。

 前のヘレンという女性を逮捕に向かった際から、どうもこの大司教はおかしい。まるで別人になったかのようだ。
 それにノートンは、進軍の命令があったものの、適当に魔族の状況を確認して平和的に解決すればよいだろうと考えていたのだ。それなのに大司教が従軍するとは、自分を見張るつもりであろうか。

 しかし、ノートンは疑念を露わにすることなく、
 「陛下。現在、カトリーヌが向こうに潜伏して情報を収集しております。すぐに報告させ、軍事作戦を練り、即座に出発いたします」
 ノートンは軍の編成をして時間を稼ぎつつ、副団長を帰還させて情報を検討しようと考えた。しかし、それに反対したのは国王ではなく大司教だった。ラウムは、王より先に口を挟む。
 「何をいうか! 団長殿。そなたは陛下の命令通り、すぐに進軍すればよいのだ。向こうに潜伏しているのなら好都合。そのまま軍事作戦に入ればよいではないか」
 ノートンは内心煮えるような怒りを覚え、拳を握る。大司教はどうしても今の平和な関係をぶち壊し、戦争をしたいようだ。
 しかし、国王の無情な言葉がノートンにかけられる。
 「ノートンよ。ラウム大司教のいうとおりだ。すぐに編成して、奴らを殲滅せよ」
 やむを得ない。この場でこれ以上の態度は、自らが危険になるだけでなく、より多くの血を流させることになろう。
 ノートンは即座に頭を下げ、
 「はっ。かしこまりました。編成次第、進軍いたします」
と答えた。

 その言葉を聞いて、ラウム大司教がニヤリと嗤う。
 「ほっほっ。陛下。奴らなどすぐに殲滅し、我らの神のもとに統一してみせましょうぞ」
 それを聞いてノートンは、得体の知れないものをみたかのように背筋がぞっとするのを感じた。

――――。
 そのころ、ジュンは馬上の人となり、サクラとシエラとともに、グレートキャニオンにいたる街道を走っていた。
 午後の日差しに、乾いた風。まるでアメリカ西部のモニュメントバレーのように荒野が広がっていて、遠くに不思議な台地が見える。街道の両サイドにはところどころにブッシュがあるが、赤茶けた大地が広がっている。
 ギルドの受付嬢のアロネさんにきいておいて何だが、俺のナビゲーションから計算すれば、闇の神殿までは馬で一日の距離がある。今日は途中で野宿をしなければならないだろう。
 クロノが見せてくれた一〇〇〇年前の映像のとおり、闇の神殿はいざという時の避難地にもなっているそうだ。とはいえ、魔族の聖地でもあるので、巡礼者のために、今俺たちが乗っているように、馬が貸し出されていた。
 走りながら、ノルンに念話を送る。

 (ノルン。そっちは頼むぞ。……何かが起こる気がする。注意してくれ)
 (わかってるわ。そっちもしっかりね。ヘレンを頼むわよ)
 (フェリシアも、何かあったらノルンをしっかり守ってくれ)
 (お任せ下さい。マスター・ジュン)

 ノルンのガーディアンであるフェニックス・フェリシアがいれば、よほどのことが無い限り、ノルンの身は安全だろう。しかし、今回の事件の裏に、今まで対峙してきた天災の奴らが潜んでいるような気がする。
 俺は気を引き締め、フードを深くかぶると、砂風のうずまく街道をひたすらに走り続けた。

 やがて日が陰り、徐々に暗くなっていく。一番星が輝いていた空も、いくつもの星がきらめき出している。今日は、月明かりもないようだ。
 これ以上は暗くて進めないというところで、俺たちはグレートキャニオンの入り口にたどりついた。
 ここから先の街道は谷の底に向かって、くだっていっている。ちょうどそこに休憩用の小屋があった。今は誰もいないようだが、今晩はそこで休ませてもらおう。

 今日はノルンがいないから、アイテムボックスは使えない。ある程度の食料は俺のマジックバッグに入っているが、結界道具は持って来ていなかった。
 「こういうときは、ノルンさんがいないと大変ですね」
とサクラが言いながら、小屋を中心に四神結界を張る。
 それを見ながら、俺は最初のサクラとヘレンとでチームを組んでいたことの頃を思い出していた。

 日本から不思議な部屋を経由して、ヴァルガンドにやってきてエストリア王国アルの街へたどりついた。そこで修道院でヘレンに出会い、そして、聖女ローレンツィーナとの語らい。エビルトレント事件後にスピーからサクラを託され、初心者合宿でヘレンと再会。そのまま三人でチームを組んだ。
 シンさんのもとで過ごした修業の一年間。夜はトウマさんやイトさんとともに、バカをやったり、いろいろなことを語り合った。俺のそばにはサクラと一緒に、ヘレンがいてくれたんだ。
 俺の脳裏に、アル近郊のセバン湖でヘレンから聞いた予言がよみがえる。

 ――聖女に育てられし真紅の髪の少女。人魔の戦争にて邪悪な影に殺される。
 ――創造神の祝福を持ちし黒髪の男に導かれ聖女となり、一〇〇〇年の悲しみをとめるだろう。

 ヘレンの運命を表すとされた聖女ローレンツィーナの予言。
 まさにその予言の地こそ、ここアーク王国であり、闇の神殿なのだろう。
 しかし、「邪悪な影に殺される」……。これがヘレンの運命ならば、俺は絶対に受け入れることはできない。
 守ってやる。そう誓った思いは、今も変わらずに胸の内でマグマのように熱く渦巻いているのだ。
 小屋の外に出て、闇に沈んだグレートキャニオンを眺めながら、
 「ヘレン。待っていろよ。……絶対に、俺が守る」
そうつぶやいた。

――――。
 翌朝、まだ日も昇らないうちから、俺たちは出発して谷底へと下りていった。

 サクラが両側の崖を見上げて、
 「グレートキャニオンの下ってこんな風になっているんですね」
と興味深そうにしている。

 狭いところは両側から岸壁が迫っているが、長年、その間を吹き抜けていく風によって岩が侵食され、美しい風紋を描いていた。そこに朝の光が差し込み、自然の不思議で美しい景色が開けてくる。まるでどこかの焼酎のCMに出てきそうな光景だ。
 しかし、その狭い間道を抜けると急に視界が晴れ、谷川に沿うように道が続いていく。その脇には灌木が生えており、灌木の向こうには綺麗な層を見せる岸壁がつづく。

 二時間ほど進むと、川沿いに小さな小屋が見えてきた。馬をつなぐところもあり、ちょっとした休憩所なのだろう。ちょうど馬に休憩が必要な時間だ。
 俺たちはその休憩所で馬を止めて水をやると共に、少し休憩を取ることにした。
 俺たちは軒下のベンチに座り、少しのパンと水で簡単な朝食を済ませる。
 その時、向こうの道から一人の壮年の男性が歩いてきた。巡礼の帰りなのだろうか。

 「おや。巡礼者……じゃなさそうだな。旅人なんて珍しい」
 男性は白くなってしまった髪を頭の後ろで縛り、皮の服を着込んで、その上からマントをかぶっている。年のころは五〇代といったところか。その顔に刻まれたシワが、笑顔を綺麗に見せてくれる。年齢を重ねても好奇心にあふれているような、どこかお茶目な様子で俺たちを見ている。
 巡礼者ならば挨拶をするのがマナーだろう。
 「どうも。俺たちはエストリアから来ました。ランクC冒険者のジュンです」
 「サクラです」「ドラゴニュートのシエラです」
 男は笑顔で一礼すると、
 「おお。これは失礼。私は……、そうだなガイと呼んでくれ。私も巡礼者ではないんだよ。ここから東に行ったところに住んでいてね」
と言いながら、ベンチに座る。
 なんとガイさんは、このグレートキャニオンに住んでいるそうだ。こんなところで生活などできるのだろうか。
 「ははは。こんなところで生活できるのかって顔だな。まあ、楽ではないさ。でも動物も植物もある。それに、ここは美しいんだ。朝の光も、谷間を抜ける風も。星降る夜も、月に照らされた川も。大変に美しい。私はここが好きでね」
 ……確かにそうかもしれない。さっきの谷間もきれいだったし、俺も歳を重ねたらこういうところに住みたくなるかもしれない。
 「失礼しました。確かに、ここは美しいですね。住みたくなる気持ちもわかりますよ」
 俺がいうと、ガイさんは嬉しそうに破顔した。そして、じっとシエラを見つめた。

 「えっと……、ガイさん?」
 シエラがとまどって、恐る恐るガイさんに声をかける。
 「おっと、失礼。竜人族に会うのは随分と久しぶりなものでね。……時に君の家名は何かな?」
 「リキッドです。……もしかしてご存じですか?」
 「いや、そういうわけでもないんだが、そうか。リキッド家ね。ゾヒテ大陸には行ったことがあるかい?」
 「いえ。無いですね」
 「そうか。いつか行ってみるといい」

 そんな会話をしながら、ガイさんの視線が俺のペンダントに止まる。
 「おや? ジュンくん。君のペンダントを見せてくれないかい?」
 「大切な物ですから、ちゃんと返して下さいよ」
 俺は神竜王のペンダントを外すと、ガイさんに渡した。ガイさんがペンダントを手に取った瞬間、ペンダントがうっすらと光る。それを見て、ガイさんは目を開いた。
 そして、何かを探るように少し目を細めてペンダントを見る。その視線が流れて、サクラとシエラの腕にある神竜のブレスレットを見て、さらにシエラの神竜の盾に目が止まる。
 なにか納得したような表情で、ガイさんがペンダントを返してくれた。
 「ありがとう。素晴らしいペンダントだな。不思議な力を感じるよ。大切にし給え」

 せっかくガイさんと出会えたが、俺たちも急いでいる。そろそろ出発したほうがいいな。
 俺は、サクラとシエラに合図をすると、立ち上がる。
 「ガイさん。それではそろそろ俺たちは出発します」
 目を閉じていたガイさんは、俺の声に目を開く。
 「うん。そうか。……また会うこともあるだろう。よし。これを君にやろう」
 ガイさんは、そういうと腰につけていた剣を俺に渡そうとする。って、これがないと魔物に襲われた時どうするんですか。
 「いやいや。それがないと困るでしょ。受け取れませんよ」
 「別に構わんよ。私は剣よりも魔法の方が馴染んでおってな。……それにすぐにこの剣が必要になる。さあ受け取ってくれ」
 俺は、恭しくガイさんから剣を受け取る。はじめて握る剣だというのに手にしっくりくるだ。
 鞘からゆっくり剣をぬくとその刀身は黒かった。
 「ふふふ。珍しいだろう黒い刀身の剣。銘をテラブレイドという。……さ、急ぐのだろう。行くがいい」
 テラブレイド。銘付の剣と知り、なおのこといいのかと思うが、ガイさんはさっさと行けというように手をひらひらさせている。うん。返そうとしても受け取ってくれなさそうだ。
 「ガイさん。大事にします。じゃ、またいずれ」
 「ああ。……闇の神殿に向かうのなら、馬であと一時間ほどだ。頑張れ」
 「はい!」

 俺たち三人は馬に乗り、再び走りだした。

――――。
 その後に残されたガイが、三人が行ってしまった方向を見てつぶやいた。

 「ふむふむ。バハムートの奴め。彼奴らに何をさせるつもりかな。……いや違うか。何ごとか動いているのか」
 そういうと男性は、座ったままで空を見上げた。 
 「俺もこっそりついていった方が良さそうだな」

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