22 闇の神殿

 闇の神殿は、再び狭くなった谷間を抜けたところにあった。グレートキャニオンの岸壁に刻まれた磨崖の神殿だった。地球のペトラ教のバラの神殿のように、光を浴びて入り口の柱が輝いている。

 入り口のそばに数匹の馬のいる柵があった。俺はそのそばに馬をつなぎ、水と飼葉を与えて休ませると、自分たちも装備を確認しつつ小休憩を取った。

 「マスター。さっきの黒剣を使われるんですか?」
 二本の剣を腰に下げている俺に、サクラが聞いてくる。
 正直言って迷っているんだよ。いきたり使い慣れていない剣に頼るのもなぁ。
 苦笑いしながら、
 「使い慣れていない剣をいきなり使うわけにも行かないだろ?」
 「そうですね。……こういう時にノルンさんがいると、アイテムボックスで簡単なんですけどねぇ」
 「ははは。サクラのいうとおりだ。……だが、仕方ない。サブウェポンとして腰に下げておくよ」
 そういって俺は入り口に向かった。
 神殿だからそれほど危険はないと思うが……、念のため、サクラ、シエラ、俺の順番で中に入る。これなら即座に対応ができるだろう。

 重厚な柱と柱の間を通って入り口をくぐる。思ったほど中は暗くないようだ。魔道具かもしれないが、どこからか明かりが漏れてきて内部をうっすらと照らしている。
 最初の部屋でいきなり、倒れている人を見つけた。灰色のローブを着た男性のようだ。
 サクラが慎重に近寄って、男性を調べる。
 「マスター。命に別状は無いですが、意識不明ですね。外傷も見当たりません。魔法かも知れません」
 シエラが男性のローブを手にとって、
 「これは儀式用のローブみたいですね」
 シエラの指摘に周辺を警戒しながら、ローブを調べてみた。。

――儀式用のローブ――。
 闇の精霊アーテルに使える神官の制服。特別な材質というわけではないが、それなりに高価。闇精霊アーテルの加護がかかっている。

 やや厚めの灰色の布地に、よく見ると銀色の糸で細かい模様が縫われている。確かに、普段使いのものじゃないし、儀式用としても高位の聖職者を思わせる。
 「ここの神官か。しかし、この人が倒れているということは……、何かがあったとみてまちぎないな」
 男性の様子を確認しながら、俺はつぶやいた。サクラもシエラもいきなりの状況の変化に、否応なく気を引き締めざるを得なくなっている。どうやら闇の神殿自体に何か異変、それも高確率で誰かの襲撃が生じているようだ。
 それが侵入者か、魔物か、それ以外のなにかかはわからない。

 その時、ノルンから念話が入った。

 (ジュン、今いい?)
 (いいぞ。そっちはどうだ)
 (あれから、ギルドのアロネさんと、カトリーヌさんと一緒に族長さんに会ったわ。普通の田舎の村長っといった感じね。代々つづく族長の家柄みたいで、一〇〇〇年前の大戦時の日記なんかも、きちんと保管しているみたいよ)
 (へぇ。一〇〇〇年前のものが残っているってすごいな。魔王復活にかかわりありそうなことは?)
 (日記には、クロノに見せてもらった真実に近いことが書いてあったわ。それにどうやら今の族長さんの家柄は、ベアトリクスにとどめを刺した魔族の子孫みたい。アーク王国によって
族長の地位に据えられ、その立場を利用して大戦に参加した魔族も保護して、ミスリル鉱山は奪い取られたものの、魔族自体は守り通したみたいね)
 (……なるほどな。ベアトリクスを裏切ってアーク側についたのは、魔族全体を守るだったのかもしれないな)
 (そうね。で、今の魔族の状況だけど、確かに若い魔族がアークから独立しようっていうグループがあるみたいだけど、やはり、魔王復活なんて絵空事えそらごとを考えている人はいないだろうって)
 (ま、普通はそうだよな。魔王復活の手段もそうだし、目的も見えないんだよな)
 (いくら強い魔力を持ち、様々な魔法を使ってきた魔族でも、死んだ者を復活させる魔法の伝承はないって。……はっきりいって与太話に過ぎないわね)
 (そっちの状況は了解したよ。……こっちは、今、闇の神殿に入ったところだ。ただな。いきなり神官らしき男性が意識不明で倒れていた。外傷は無し、原因は不明。魔法によるものかもしれない)
 ソウルリンクの向こうにいるノルンが、はっと息を飲んだように感じる。
 (……ジュン。気をつけてよ)
 (わかってるさ。何かあったことは間違いない。慎重に行くよ)

 どうやらノルンの調査の方は順調のようだ。念話が終わるのを待っていたサクラとシエラに、ノルンたちの現状を伝え、神殿奥の廊下を進むことにした。

 魔族の人々の信仰を集める神殿なので、迷宮のような罠はないようだ。岸壁を繰り抜いた廊下を進むと途中でいくつかの部屋があった。一部屋ずつ確認したが、特段気になるものもない。談話室、食堂、事務室、図書室、神官たちの寝室などだ。人の姿は、遺体も含めて見当たらない。

 そうして廊下を進むと、かなり広い部屋に到着した。……ここは、人々が祈祷するところだろう。前方中央に、大きな丸いリングをかたどったシンボリックなオブジェがある。きっとあれに向かって祈るんだろう。
 それにこの部屋はどこかで見たことがある気が……。
 考えこんでいると、サクラが、
 「マスター。ここは魔族の人たちが避難していたところじゃないですか?」
 あ、そうか。確かに避難所だった空間に広さが似ている。魔族の避難所としての機能はここで果たすのだろうか。
 今は広間には長椅子が並んでいるので死角が多い。俺たちは、分かれてゆっくりと異変がないかを確かめた。

 「別に変わったところはないな」 
 「そうですね」「異常なしです」
 特段の変わったところも何もない。というか、掃除が行き届いて綺麗なもんだ。

 とすると問題はこれからだな。
 俺は、ふたたびナビゲーションでヘレンの居場所を探る。
 ナビゲーションの表示が視界に現れた。どうやら祭壇の左手に見えるドアの奥にいるようだ。 俺の記憶が確かなら、その方向は一〇〇〇年前にベアトリクスが進んでいった通路だ。
 「向こうのようだ。みんな行くぞ」
 言葉少なく俺たちは扉を開くと、そこには下に下っていく天然の洞窟になっていた。
 シエラが、
 「ここってベアトリクスさんが進んでいった通路ですよね」
と言うので、だまってうなづく。
 慎重に一〇〇〇年後の今、俺たちもベアトリクスの進んだ通路を進む。
 地下の神殿特有の湿った空気ではあったが、不思議と淀んだ感じはしない。そもそもこの神殿はいつ頃から存在するのだろうか。

 廊下は少しずつ更に地下へと下がっていく。途中に部屋もなく一本道になっている。この奥まではクロノも見せてはくれなかったが、何があるのだろうか。
 ナビゲーションの距離表示が、ヘレンまで100メートルと知らせてくれる。
 先頭を行くサクラが、小さい声で、
 「マスター。先の方に気配がします。突き当たりに部屋があるみたいです」
 「よし。ここから先は慎重に。音を立てないように。気配を殺していくぞ」
 こういう時にノルンのステルスがあると便利なのになんて考えながらも、気配を殺していくと、通路は扉もなく大きな部屋につながっていた。その入口近くまで進み、中の様子を探る。

 部屋の奥には一段高くなっていて再び円形のオブジェがあるが、それよりも目に付くのは、祭壇より手前、部屋のほぼ中央に設えられた石造りの祭壇だ。
 ……これもまたどこかで見たような気がする。その上には一人の人が寝かされている。よく見えないが、ヘレンじゃないことは確かだ。その下の祭壇にはヒビが入り、ところどころが崩れてしまっている。
 気配感知と室内の音に神経をすませると、どうやらヘレンと占い師は右手の奥にいるようだ。その前にもう一人、誰かの気配がする。

 その時、話し声が聞こえてきた。

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