23 運命の時

 「ほっほっほっ。よくぞここまで来たもんじゃな」

 しわがれた声を出すのは大司教のラウムだ。奴が何故ここにいる?
 ……しかも、ヘレンに話しかけているようだ。犯人に決めつけられたというのに、ヘレンは存外、冷静に対面しているようだ。残念ながらここからはよく見えない。

 「貴方の狙いは何? なぜ私を犯人に決めつけるのかしら?」
 ヘレンの声だ。しかし、ラウムは急におかしそうに笑い出した。
 「なんじゃ、まだわからんかったか? そうじゃのう。教えてやっても良いか……。なぁに、簡単なことじゃよ。一つには魔族とアークとの間に再び戦争を起こすためじゃな。そなたたちがすんなりとアークを脱出してここまでこれたのは、そうなるように警備の手をゆるめたからじゃよ」
 「……くっ」

 ヘレンの怒りを抑えた声がする。きっと拳も握って震えているに違いない。その様子を見たのだろう。ラウムは肩を揺らしてより一層楽しそうだ。
 ……この下衆野郎。
 自然と腰にぶら下げた剣に手が伸びる。が、その俺の手をサクラがそっと抑えた。
 (マスター。まだ駄目です。)
 サクラからの念話に、俺はどうにか気持ちを抑える。
 だがラウムは驚くべき告白を続けた。

 「それにじゃ。お前が連続殺人事件の犯人じゃないことは、わしはようく知っておる。……なぜならばな。儂が犯人だからじゃよ。ほっほっほっ。都合よく、真紅の髪をしたお主が現れおったからの。これも天の配剤ってやつじゃな。感謝するぞい」

 その告白を聞いて、サクラの制止を振りきって飛び出していた。
 「この野郎。貴様が犯人か! 貴様のせいでヘレンは!」
 そういいざま、鞘のままに剣をラウムの背後から振りかざす。……しかし、俺の攻撃をラウムはひょいっと交わした。そして、そのまま距離を取る。
 「ほっほっほっ。そんな攻撃じゃ、わしにはきかんわい」

 飛び出した俺のところに、あわててサクラとシエラがやってくる。それを見たヘレンが驚いている。
 「ジュン! あなた! ……それにサクラとシエラも!」
 ヘレンと占い師を守るようにラウムと対峙し、背中越しにヘレンに、
 「ヘレン。お前にも言っておきたいことがあるが、それは後だ。それよりもこいつを捕まえるぞ」
 そういって、俺たち三人はラウムを包囲した。出入口は俺たちの後ろにあるのみ。

 「ふむぅ。そなたも律儀じゃのう。わざわざ追いかけてくるとは、さすがはハーレムの主といったところか」
 ラウムは髭をいじりながら、あざけるように俺に話しかける。随分と余裕をぶっこいてるじゃないか。
 「そんなことより自分の心配をするんだな。サクラ! シエラ! いく……」
 ラウムを取り押さえようとした、その時、ラウムが右手を上げると、俺たちの体が急に重くなった。
 「ぐっ。……こいつ。重力を操作しやがったな」
 「ま、マスター。体が重いです」「ジュンさん」
 あわてる俺たちをラウムは笑って見据える。

 「あわてるでないわ。もうひとつ。面白いことを教えてやろうか。……本当の大司教はの。そこで死んでおるわ。お陰でこの地の封印を解くことができたぞ。ほっほっほっ」
 ラウムがおしゃべりをしている間に、重力の権能を慎重に行使する。ぶっつけ本番となるとは、少しは練習しておくべきだった。
 しかし、俺たちにかかる圧力が減るより先に、ラウムの右手に闇が集まっていき、一本の大きな鎌へと変わった。漆黒の鎌。
 「さあての。そろそろアーク軍もやってくる頃じゃろう。この確実な死を与えるデスサイズで楽にしてやろう。……安心するがいい。そこの女どもも一緒に殺してやるから寂しくはないじゃろう。ほっほっ」

 そういって、ラウムはゆっくりと近づいてくる。その時、ヘレンが結界を張る。
 「ホーリーフィールド!」
 俺たちを包む光の結界が、ラウムの重力を和らげる。……まさか結界で重力魔法を防げるとは。ってそんな分析をしている余裕はない。
 ラウムはほんの僅かに目を見開いた。今だ!
 その隙をついて、俺は剣でラウムに斬りかかった。
 ガキィィィィ。
 澄んだ音がする。何かの金属片が回転しながら飛んでいく。俺の剣の半ばから奴のデスサイズによって切り飛ばされていた。まさか、ミスリルソードが!
 一瞬の俺の気のゆるみ。
 奴はそれを見逃すほど甘くはなかった。
 奴の振り上げたデスサイズが、俺の目の前で不気味な光を放つ。
 「ジュン!」「マスター!!!」
 サクラとシエラの叫び声がする。
 何もかもがゆっくりになった視界の中で、奴のデスサイズが振り下ろされる。
 黒い閃光に俺の目は閉ざされ、衝撃と共に俺の体は後ろにふっ飛ばされた。

 致死の武器デスサイズ。俺の人生はここまでなのか。
 すまん。みんな。

 一瞬の後、俺の体は床に激突した。衝撃で一瞬息ができなくなる。が、俺の体は無事だった。……俺の腰にヘレンが抱きついている。
 「ヘレン!」
 そのヘレンの背中は切り裂かれ、赤い血がドクドクと流れ出していた。
 「……ジュン。ああ、良かった。無事だったのね」
 「ヘレン!しゃべるな!」
 俺はあわててヘレンを抱きかかえる。が、ヘレンの体からどんどんと力が抜けていく。
 俺とヘレンを守るようにシエラが前に立ちふさがる。サクラがヘレンのそばにひざまずいて、
 「ヒール! ヒール! ヒール!」と連続で回復魔法を唱えた。その都度、ヘレンの傷がふさがっていく。
 しかし、ヘレンの意識は朦朧としてきたようだ。体温もどんどん失われていく。俺は、ヘレンを強く抱きしめる。くそっ。死ぬな! ヘレン!
 ヘレンは俺の顔を見上げ、ゆっくりをキスをする。そのキスには死の匂いがする。ヘレンが死んでしまう!
 そんな俺たちを、ラウムはニヤニヤしながら見ていた。
 「ほっほっほっ。無駄じゃよ。このデスサイズの一撃を受けた以上、死は免れぬよ。……美しいのう。花が散ろうとする瞬間は実に美しい。……一〇〇〇年前の爆炎の魔王だとかいう小娘も良かったが、お主の最後も実に美しいわい。さすが儂じゃの。……さあ、この狂死の天災ピレト様をもっと楽しませるのじゃ」
 しかし、奴の声は、俺には耳に入らなかった。どんどん生気の失われていくヘレン。俺にはただ強く抱きしめるしかできない。いつのまにか頬から涙が流れていた。
 「ジュン……。わたし。あなたにあえて良かった。短いあいだ、だったけど。これが、私の、運命、だった、の、よ」
 「そんなことをいうな! ヘレン。俺たちはまだまだこれからじゃないか! みんなで暮らして、子供も産んで、幸せになっていくんだろう! 諦めるな。気をしっかり持て!」
 「ああ。ここまでよ。ジュン。あいして……る……わ」

 ヘレンの体は、糸が切れたように力を失った。ヘレンは……、穏やかな顔をして、夢を見ているように目を閉じていた。
 ……くっ。
 「へ、ヘレェェェェン!」
 俺は、叫び声をあげて、ヘレンの頭を抱きかかえる。涙が、声が、ほとばしる。
 その時。急に周りに黒い霧が立ちこめた。黒い霧は、俺たちの周りを取り囲む。
 ラウムの姿も霧に包まれ消えていった。

 「むぅ。結界がとけてしまったか? まぁ、よいわ! 今頃、精霊ごときがのこのこ出てきたところで何もできまい。ほっほっほっ」

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