24 対話

 ……ここはどこだろう?
 意識がうっすらと浮かび上がるが、私の周りは真っ暗だ。……いや。目が見えていないのか?
 どうやら私は横になっているようだ。周りは街中のようで騒がしい雑踏が、いつも以上に身に迫って聞こえる。
 思わず私は寂しくなってしまった。

 「あらあら。あなたも……」

 不意に、私の頭の上から優しい女の人の声がする。よく知っている声。聞くと何故か安心をおぼえる慈愛に満ちた声。……ああ。ローレンツィーナ修道院長さまの声だ。
 懐かしい声を聞いて思わず涙が零れ落ちる。

 「はいはい。もう大丈夫よ」

 その声と共に、私の体は抱き上げられた。って、あれ?よく大人の私の体を抱き上げられたわね。もうとっくに修道院長さまの背は追い越しているはずなのに……。
 ひょっとして……、ああ。そうだ。これは私が赤ちゃんの時、修道院の入り口に捨てられていた時のことじゃないだろうか。

 「うふふ。大人しい子ね。よしよし。……それに美しい赤い髪。貴方の名前を考えなくちゃねぇ。う~ん。……ヘレン。そう。貴方はヘレンよ」

 そういって修道院長さまは、私をあやしながら建物に入っていくのがわかった。

 しばらくすると、いつのまにか私はぼんやり明るいところに座っていた。
 昼間の霧の中のように、ぼんやりと明るい。けど、前も後ろも右も左もわからない。足元も地面がない。

 やっぱり。私は死んでしまったのだろうか。……でも、ジュンを守れたのなら。……ううん。やっぱり悔しい。もっとジュンと一緒に。みんなと一緒にいたかった。

 そんなことを考えていると、私の頭上から声がする。私は声に釣られるようにその場で立ち上がった。

 「すみません。冒険者のジュンといいます。自分の加護について知りたいんですが」
 ジュンの声だ。……これは、初めてジュンに会った時のね。そういえばびっくりしたわ。まさか創造神の祝福の称号を持つ人が、本当にいたなんてね。

 「私は、ヘレン・シュタイン。僧侶よ。武器はメイス。治療魔法と回復魔法が使えるわ」

 今度は、初心者合宿の時の私の声。そうそう。結局、私もジュンも院長様の手のひらの上だったのよね。一緒のチームにって。
 うふふ。……思い出すと、なんだか楽しかったわね。それに、サクラもまさか妖怪だなんてね。

 「ねぇ。ジュンさん」
 「どうしました?」
 「私に敬語を言うのはもうやめて」
 「え?でも修道女ですから……」
 「ううん。そうじゃなくて、もう一人の冒険者だし」

 ああ。これは夜中の見張りの時のだ。……くすっ。ジュンは気づいていないと思っているでしょうけど、ちらちらと私の胸を見てたわね。まあ、僧侶服だから、扇情的なわけじゃないけど。

 「わかった。俺のチームに入ってくれ。敬語もやめる」
 「ふうぅ。よかった。なんて切り出そうって思ってたから」
 「サクラにつづいてこんなに美人なシスターといられるなら願ってもないさ」
 「そ、そう?私ってそんなに美人かしら?」
 「美人だよ。それに……スタイルも良いしね」

 まったくジュンったら、美人なんてね。ふふふ。……でもうれしかった。
 次は院長のローレンツィーナ様の声が聞こえてきた。

 「ジュンさん。ヘレンをよろしくお願いします。予言を聞いたと思いますが、この子には大きな宿命が立ちふさがっています。あなたのお力で導いてやって下さい」
 「聖女様。それはちょっと私には重すぎます。せめて、ともに歩くメンバーとして接したいと思います」
 「ふふふ。そうね。……それとこの子はまだ赤ちゃんの時に私が拾い、育て上げました。言わば娘も同然です。この私の娘をあなたに差し上げますわ。大事に扱き使ってやってください」

 「さあ、おゆきなさい。ヘレン。忘れてはだめよ。何があっても、ここがあなたの生まれ育った家。あなたのおうち。いつでも私たちは歓迎するわ」

 ああ。今度は、修道院を出るときの。院長さまの声。……すみません。院長さま。私は……、結局、運命を乗り越えることができなかったみたい。

 「ねえ。ジュン。やっぱりリビングのカーテンは緑より藍色の方がいいわよ」
 「そうか?緑も落ち着いていいとは思うけど。……っていうか、実際の現場見てからだって」

 次は私たちステラポラリスのホームになる家を下見に行ったときのことね。
 このときはノルンが気を遣ってくれて、私とジュンとが二人っきりになれるようにしてくれたのよね。
 そして、この日の夜――。
 「一年間にいろんな事があったわね」
 「ああ。修業は大変だったが楽しかったな」
 「あ、あのね。……ずっと一年間アタックしてたのよ? ……知ってると思うけど、別に複数の人と婚姻を結ぶことは認められているの。今の私みたいにフリーの修道女もね」

 「俺の第二夫人になって、ノルンと一緒に俺を支えてくれ」
 「……はい。喜んで」
 私は初めてジュンと結ばれた。
 ああ。ジュン……。もっと抱きしめて欲しかったなぁ。

 それからも走馬灯のように、今までの出来事が、みんなの声が、私に降り注ぐように聞こえてくる。
 その声を聞いていると、ジュンやみんなへの愛情がこみ上げてくる。と同時に、どうしようもない悔しさと寂しさを感じる。

 急に、私の周りの霧がすうっと晴れていく。……と、ここは……。私のよく知っている場所。私の育った修道院の大広間だわ。
 私の前には、大きな翼を広げた女神トリスティア様の像が、天窓から差し込む光に照らされて、神々しくそびえていた。
 私はその御前に進むと膝を突いて祈りを捧げる。

 「トリスティア様。今までありがとうございます。お陰様でわずかな時間ではありましたが、愛する人と一緒にいることができました……」
 そうして私は、しばらく祈りを捧げた。
 ……どれくらい時間がたっただろうか。祈りつづける私に呼びかける声が急に聞こえてきた。

 「……ヘレン・シュタイン。それが貴方の名前ね」

 私は、びっくりして立ち上がり、声のした後ろを振り向いた。
 そこには……。黒いローブを着たもう一人の私がいた。
 えっ? 私がもう一人いる?

 「えっ? 私がもう一人? ……あなたは?」

 呆然とする私の顔を見て、目の前の私が微笑んだ。

 「ああ。私はベアトリクス。……あなたの先祖の一族であり、あなたの……前世よ」

 えっ? 私の前世? うまく話が飲み込めていない私の様子を見て、ベアトリクスと名乗った女性は説明を続けてくれた。
 「我々に限らず、この大地に生きる生物は、死んだ後、トリスティア様の導きにより、他の生命へと姿を変えて生まれ変わるのよ。……今から一〇〇〇年ほど前に死んだ私は、貴方として生まれ変わったのよ」

 ベアトリクスは近くの長椅子に座って手招きをしている。ゆっくりと近づいて隣に座った。

 「貴方が私。なら、今の私は何? ここは修道院じゃないの?」
 「……ヘレン。ここは、あなたの心の中よ。魂の中っていったほうがいいかしら。私がこうして貴方に話せるのは……、貴方の魂の中って理由と、トリスティア様と闇の聖霊様のお力によるものよ」
 「トリスティア様の……。それに闇の精霊?」
 「そう。私たち魔族の守護者にして、始祖である闇の聖霊様。トリスティア様とは別に創造神様によって生み出された世界の秩序の担い手の一人よ。貴方は今は人族だけど、その祖先をずっとたどれば魔族と人族の夫婦に行き当たるわ。……言い方を変えると、私は死んだ後、ずっと後の子孫の貴方として生まれ変わったということでもあるわ」
 「なるほど」
 「ま、それは別にどうでもいいの。それよりも、貴方に伝えなくてはいけないことがあるのよ。……いや。その言い方は違うわね。……貴方は知らなくてはいけないの。一〇〇〇年前。この地で何が起こったのか。私に何があったのか。……悲劇と絶望の輪を、今度こそ断ち切るために」
 「えっ? 一〇〇〇年前? 悲劇と絶望を断ち切る?」
 「さあ、言葉はいらないわ。私の手を取りなさい。貴方の心に直接見せてあげましょう」
 そういうと、ベアトリクスは、両の手の平を上にして私に差し出した。私は、その手のひらの上に自分の手のひらを合わせる。
 と、次の瞬間、私の脳裏に様々な光景が去来する。………………これが、千年前の悲劇。

 どれくらいの時間がかかったかわからないけど、私は、ベアトリクスと手をつないだまま、涙を流しながらぼうっとしていた。

 「そんな。そんなことって……」
 私の心に怒りと悲しみが溢れだす。
 ベアトリクスは優しく私の手を下ろすと、私を抱きしめた。
 「ヘレン。私は、愛する人たちを守れなかった。……闇の聖霊様に祈って、力を得ても、結局、悲劇を止めることはできなかったの。……でもね。今、再びこの地に悲劇が起ころうとしている。一〇〇〇年前と今。時間が違うけど、同じ邪悪な存在が裏で人間も魔族も操っているのよ」
 「邪悪な存在……」
 私の脳裏には、闇の神殿の最奥で私の命を奪った人物が浮かび上がる。自然と、唇からその名前がこぼれた。
 「……狂死の天災ピレト」
 その名前を聞いた、ベアトリクスは私から離れると、強い意志を持った目で私の顔を覗きこんだ。
 「そうよ。一〇〇〇年前にアーク王国宰相として人々を操り、ソロネとエクシアをもてあそんだ張本人。この世界に災いをもたらす天災の一人。死と狂気をもたらす悪魔よ。奴を倒さなくてはならない」
 ああ。ベアトリクス。もう間に合わないの。私はもう。死んでしまったのよ。
 私は悔しさをにじませながら、ベアトリクスに告げた。
 「もう間に合わないのよ。ベアトリクス。私は、奴のデスサイズで……。死んでしまったのよ」

 ベアトリクスは私の肩を強くつかむ。
 「いいえ! 大丈夫。ここはどこ? あなたの魂の中には修道院が、トリスティア様と繋がっているのよ。それに、闇の聖霊様とも。……選びなさい。ヘレン。このまま死を迎えるか。蘇って奴を倒し、ふたたび愛する人たちと一緒に戦うのか」
 蘇る? そんなことができるのだろうか? でも、できるのなら、ジュンと……。
 私の心は決まっていた。
 「私は……、またジュンのとなりに立ちたい。みんなと一緒に戦いたいわ。ベアトリクス! さあ、どうすればいいの?」

 私の返事を聞いたベアトリクスは、にっこり笑う。
 「さすがは私ね。大丈夫。すでにトリスティア様と闇の聖霊様が貴方の決意を聞き遂げてくださったわ。……今こそ、真に貴方と私は一つになるのよ。そうすれば、貴方は真の力を取り戻す。そして、今度こそ悲劇を終わりにしましょう」
 ベアトリクスは、私の顔を両手で挟むと、ひたいとひたいを触れさせる。光が溢れだし、私の中に力が湧いてくる。
 視界が光で溢れ、何も見えなくなるなかで、ベアトリクスの声がこだまする。
 「ヘレン。貴方と一緒に私も、今度こそ」

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