25 せまるアーク軍

 「……やっぱり魔王復活の企みなんてガセね」

 ノルンの前に座っているカトリーヌが、そう結論付ける。
ギルドの中のカフェスペースだ。
その時だ。ノルンの身体が震えた。
突然、ソウルリンクを通して、猛烈な悲しみがノルンの体を通り抜けたのだ。……あたかも大きな何かを喪失したかのように。

 ジュン! ……一体何があったの?
そう思って、ノルンはジュンに念話をつなごうとした時。脳裏に一つの光景が浮かび上がってきた。
目の前で背中を大きく切り裂かれたヘレンの姿。
「!!!」
ノルンの目が大きく開かれ、顔色が白くなっていく。
頭のなかが空っぽになり何も考えられない。……ヘレンが死んだ?

 「ノルン! ちょっとどうしたの? 大丈夫? ねぇ」
急に様子の変わったノルンを見て、カトリーヌが驚いて、心配する。
が、ノルンの返事はない。
あわてたカトリーヌはノルンの両肩を強くつかんだ。
「ノルン! 一体どうしたの? 何があったの?」
はっとしたノルンが、力なくカトリーヌの顔を見上げる。
ただただ、見開いた目から涙が止めどなく流れ続ける。
震える唇から、数語の言葉を発するのが精一杯だ。
「な、仲間が………死んだわ」

 それを聞いたカトリーヌははっとすると、あわててノルンを抱きしめる。あたかも大切なものが散らばっていかないように、胸にかき抱くように。 
受付にいたアロネさんが、ノルンの異常を見て受付からこっちに来ようとした時だった。

 バアァァン!

 ギルドのドアが勢いよく開けられ、魔族の冒険者パーティーが飛び込んできた。

 「た、大変だ! アークの軍勢がこっちに来ているらしいぞ!」

 飛び込んできたパーティーは、男3人に女1人。全員が二十代から三十代ほどの冒険者だ。
そのリーダーの言葉を聞いて、アロネさんは一瞬ビクッとするものの、冷静に対処する。
「わかりました。一人はすぐに族長のところへ! ほかは、マスターのところへ行きます!」
アロネさんの指示を聞いて男の一人がギルドから飛び出していく。他の三人はアロネさんと一緒に受付の奥の扉へ入っていった。

 取り残された形になったカトリーヌとノルン。
今度は、カトリーヌが驚きの表情を見せている。
「アークの軍勢? なぜ? 今?」
カトリーヌに抱きしめられていたノルンは、
「もう大丈夫よ。それよりカトリーヌさん。大変なことが起きたようね」
そう言って、ノルンはカトリーヌと一緒に受付の奥の扉を見つめた。

 (ジュン!あなたは……大丈夫? こっちは大変なことが起きたわよ)
ノルンは念話を飛ばしながら、突然の事態の変化に不吉な空気が立ちこめているのを感じた。

――――。
魔族の集落の西方、50キロメートルの地点。
そこには続々と大きなトレーラーが集結し、開かれたコンテナから続々とアークの騎士団が降りてきた。
大量輸送用魔導車。
大陸横断鉄道の軌道にも乗ることができ、一台に付き100人の兵士を一度に運ぶことができる。もちろん、このヴァルガンドの世界では、アーク王国のみが保有する魔道兵器である。
車から下りた兵士たちは、すぐさま陣地を形成しはじめる。
いくつもの天幕が作られ、五つほどの小隊が陣地から出て行く。魔族の動向を探るために。
一番大きな天幕からは、ひときわ立派な鎧を着た男性が現れた。騎士団長ノートンだ。
その表情にはどこかやるせない。疲れが滲んでいる。一方で、何かを心配するような目線を、ずっと東方に向けている。その口から一人の女性の名前がこぼれた。
「カトリーヌ……。無事か」

 周りの兵士たちがあわただしく行き交うなか、ノートンのつぶやきはかき消されていく。
アーク軍の到着。……事態は、風雲急を告げる。

――――。 
闇の神殿では、狂死の天災ピレトが去った後、ジュンがヘレンを抱きしめ、そのまわりをサクラとシエラが寄り添っていた。
悲しんでいる三人に、ゆっくりと二人の人影が近づいていく。

 一人はローブを着込んだ美しい銀髪の妙齢の女性。……ルーネシアの占い師ティティスだ。
もう一人は、ゴスロリファッションに身を包んだ中学生ほどの少女。真っ赤な長い髪を頭の後ろで二つに縛り、肌は不健康なほど色白く、その目は吸血鬼のように赤い。
ヘレンの亡骸を抱きしめながら、ジュンは近づいてくる二人を見つめる。
「これが……、これがヘレンの運命なのか? 死ぬことが……、彼女の運命だったのか!」

 そのジュンの慟哭に、二人は無表情のままに近寄っていく。
少女が口を開いた。
「我は魔族の始祖にして、闇の精霊アーテル。……ジュンと言ったな。ヘレンを……、我が子孫を、ここまで愛してくれて礼を言おう。サクラとシエラにも礼をいう。ありがとう」
アーテルの声に、サクラとシエラも顔を上げる。自分を見つめる三対の目に、アーテルは言葉を続けた。
「今、アーク軍が攻めてきておる。そのそばには……、狂死の天災ピレトの奴もおる。奴を止めねばならん。何としても」
アーテルの言葉が、どこか別の世界のことのようにジュンには聞こえる。現実感がないのだ。
それはサクラとシエラも同じようだった。どこかぼんやりとアーテルの話を聞いている。
そんな三人を見て、ルーネシアの占い師……、ティティスと呼ばれていた女性が強く語りかける。
「あなたたち! ……しっかりしなさい! 貴方たちがそんなんでどうするの!」
その声が俺の胸を打つ。その時、耳元で、
「――今、行くわ」
とヘレンの声がしたような気がした。思わず腕の中のヘレンを凝視する。
アーテルが突然、右手を挙げた。
「ふむ。そなたにも聞こえたか? さあ、娘たちよ。悲しむのはやめじゃ! 今、ヘレンは道を選んだ! トリスティア様と私の力を合わせよう」
突然のアーテルの言葉に、サクラとシエラがびっくりしてアーテルを見つめる。
アーテルの周りを闇色の霧が吹き出すと、その霧がヘレンへと吸い込まれていく。
「闇の力とは、魔力の力。そして、万物を生み出す生命の力なるぞ。……さあ、ヘレン。目覚めるが良い!」

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