27 戦いのはじまり

 「団長! カトリーヌから連絡がきました!」

 そういって天幕に飛び込んできたのは、今回の軍事行動のために副官に任命したセドリックと呼ばれる騎士だった。
アーク軍は、400台を超える輸送車による移動を終え、今、魔族の集落より50キロの地点に、約4万の軍勢がそろい陣地を作っていた。
ノートン騎士団長は、内心で、魔族の調査をおこなっているはずのカトリーヌからの連絡を心待ちにしていた。魔族の実情を調査しているカトリーヌを、今回の愚かな軍事行動を水際で止めるためのカードと考えていたのだ。……もっとも、同行している大司教のラウムを説得できるかどうかは自信がなかったが。
けれど、その大司教のラウムは、この荒野に到着してから確認したところ、どこかに行ってしまっているようで姿が見えない。それがノートンにとっては不安ではあったものの、一方でホッとしていた。
「そうか! で、なんだと?」
「まず、連絡は、例の秘匿回線を利用した魔道具で暗号化されています。報告内容ですが、「ガセ。話し合い求む」です」
「……そうか。やはりな。おい、セドリック。どうやらこの戦は無意味のようだ。ラウムがいない今のうちに、気取られぬように撤退準備をしておけ」
「は!」
「それと、俺はカトリーヌのところへ行ってくる。戻るまで、指揮はお前に預けるが無断で軍を動かすことはならん」
「は!」
「何かあれば通信魔道具で連絡をくれ。……では、頼んだぞ」
天幕を出たノートンは2人の護衛の兵士を引き連れて、馬に乗ると陣地を飛び出した。

 一方、ノルンは、カトリーヌと族長と一緒に、魔族の町の入り口にいた。
アークの侵攻の連絡がギルドに入るや、直ちに族長へ一報。そして、老人、女性、子供は直ちに闇の神殿に避難となり、警備隊、冒険者、独立派、そして有志の若者が町の入り口で防衛の準備をすることになった。
カトリーヌが、不思議なカードのようなものに話しかけている。
「報告。……ガセ。話し合い求む。オーバー」
しばらくカードに向かって話しかけていたカトリーヌが、こちらを振り向いた。
「族長。私のツテにより、アーク騎士団長ノートンがこちらに向かっています。話しあいましょう」
族長が怪訝な顔をしていたのだろう。そりゃそうよね。「ツテ」なんていわれたらね。カトリーヌが申しわけなさそうな表情をする。
「ごめんなさい。実は、私は……、アーク騎士団副団長。それが私の正式な肩書なんです」
「えっ? 副団長ですと? そんなに偉い方だったのですか?」
「いいえ。そうかしこまらないで下さい。でも。今回はこの肩書で、何とか軍を押しとどめてみせます」
その時だった。
急に、ノルンの心に喜びがあふれてきた。……ソウルリンクから歓喜が伝わってくる。光に包まれたヘレンの姿が見えるような気がした。
ジュンから念話がとどく。
(ノルン。……一時は危なかったヘレンだが、トリスティアと闇の精霊の力で復活したよ)
(本当? よかった。本当によかったわ!)

 カトリーヌと族長は、今度は急に涙を流し出したノルンを見て不思議そうな顔をする。
そんな二人を見てノルンがはにかむように笑顔を見せた。
「えっと……。ノルン? 大丈夫? 泣き笑いしているけど?」
「ええ。今、とてもうれしい知らせが届いたの。ジュンからね。死んだと思った仲間が命を取り留めたの」
「それはよかったわね。でも、通信魔導機もなく、どうやって……」
「うふふ。ジュンと私は心がつながっているから、どこにいてもわかるのよ」
「そ、そう。……こんな大変な時になんなんだけど……ご馳走さま」

 そういったカトリーヌの表情は、微妙にひきつっていた。
そりゃそうだ。どうやってアーク軍の侵攻を止めるかって時だ。けれどヘレンが命を取り留めた。それは見つかって戻ってくるということでもある。
何があったのか、後でしっかり問い詰めよう。そう心に誓うノルンだった。
「うぬ? どうやら来たようだの」
族長さんが荒野の向こうを指をさした。その方向には、近づいてくる三人の騎士が見える。
先頭はヘレンを捕縛しに来た大柄の男性。団長のノートンだ。また別の一人はアーク王国の旗を持っていて、三人が公式な使者であることを示している。
少し離れたところで馬から下りた三人の騎士は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。それを見たカトリーヌも近づいていき、ノルンと族長もついていった。
カトリーヌはビシッと敬礼をして、
「団長。もうお聞きと思いますが、魔王復活の動きはまったくありません。ガセです。少なくともこちらは、いつもどおり平和でのんびりとしたものですわ」
その報告をノートンがうなづきながら聞いている。
「そうか。ご苦労だったな。カトリーヌ」
ノートンはカトリーヌさんの労をねぎらうと、族長の方を向いて挨拶を交わす。
「私はアーク機工騎士団団長のノートンです」
続いてノートンはノルンの方を見る。何かを言われる前にノルンが、
「……事情を話していただけるんですよね」
ノートンさんが苦笑しながら、
「ああ。もちろんだ。ただし、あまり時間をかけられないから、かいつまんで話そう」

 ノートンが今までの状況の説明をはじめた。
王都マキナクラフティで変死事件が続き、不思議な呪印が確認された。その時、過去にもたらされた魔王復活の予言と合致する星見が現れたこと。
ラウム大司教の強い要請でヘレンに嫌疑がかけられたこと。しかし、ノートンはそれに反対であった。そもそも入国事前から殺人事件が起きているから、犯人とは考えられない。
ともあれ、国王の命令でカトリーヌを使わして、魔王復活の動きを調査させた。
そして、突然、国王が軍事行動を命令したということ。普段は冷静な国王だが、何か様子がおかしく、ラウム大司教があやしいと考えていること。
これからについては、潜入捜査を指示していたカトリーヌさんの帰還と証言をもって、一旦、軍事行動を停止し、通信魔導機を利用して、リヒャルト国王に建言する予定であること。
一方で族長さんからは、魔族側としては、アーク軍が撤退するまでは防備は継続することが告げられた。

 カトリーヌが、
「じゃあ、行ってくるわ。今までありがとうね」
と、ノルンと握手をしながら言うと、
「いいえ。こちらこそ。……しっかりね」
と別れた。
その時だった。
「くはははははは」
空から急に、大きな笑い声が一帯に響き渡る。
「何だ!」
ノートンたちが当たりを警戒する。よく見ると、その鎧にオレンジ色の光線を浮かび上がっている。これが魔道鎧なのだろう。
全員が空を見上げると、そこには巨大なラウム大司教の幻影が現れていた。

 「さあさあ、宴の始まりよの。狂い、殺し、滅するがよいぞ。……ほうれ!」

 その言葉が終わると、ずっと向こうのアーク軍の陣地が黒い光に包まれた。
それを見たノートンや騎士たちがいきどおる。
「奴め! 一体何をしやがった。……みんな急いで戻るぞ!」
「「「はっ」」」
ノートンたちが馬に乗ろうとしたとき、アーク軍の陣地から、何だかよくわからない声が聞こえてきた。土埃が立ち、何か異変が起こったのは確かだろう。
と、その時、土埃の中から、アーク軍の人々が隊列を組むこともなく、まっすぐに進軍してきたのが見えた。次々に土埃の中から、オレンジ色の光線の浮かび上がった鎧を来た騎士たちの姿が現れる。
その光景を見た全員が息を飲み込んだ。
誰かが、
「……えっ? 何あれ?」
とつぶやいた。
空中でラウムの幻影が、
「バカな者どもよ。本物の大司教などとっくに生け贄として死んでいるというのに。くっくっくっく。……ようやく魔族も今日で最後。さあ、我が手先となって進軍じゃ」
と哄笑をあげている。
ノルンが、
「どうやら洗脳か暗示をかけられたようね」
とつぶやき、族長に、
「族長様。まずいかもしれない。防衛ラインまで下がりましょう」
と提案した。
アロネが族長の指示を受けて、すぐさま魔族の町の中に戻っていく。防衛の指示のためだ。

 こうして、ラウム大司教の姿をした狂死の天災ピレトに踊らされて、一〇〇〇年ぶりの戦いが始まろうとしていた。

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