29 荒野の決戦 1

 一心不乱に、無表情のままで歩き続けるアークの騎士たち。
 その間を、馬に乗ったノートンたちが大声を上げながら、駆け抜けていた。
 「止まれぇ! 全軍! 止まれ!」
 しかし、その声など聞こえないかのように、いや、そもそもノートンたちの姿が見えないかのように、もくもくと騎士たちは歩き続ける。
 ノートンが舌打ちをした。
 「ちぃ! らちがあかん! セドリック! どこだ!」
 ノートンの叫びが虚しく響くが、何の反応を示すことなく、騎士たちは進み続ける。
 ただひたすらに、魔族の町をめざして。

――――。
 町の入り口では、続々と魔族の若者たちが集まってきた。が、その顔は青い。それもそうだ。目の前には4万の大軍勢。対する自分たちは一五〇名ほどだ。勇気じゃない。蛮勇でもない。無謀でもない。ここにいる魔族たちの目的はただ一つ。自らの命をとして、仲間が避難する時間をわずかでも稼ぐこと。その決意が、どの魔族の顔にも現れていた。

 その前でノルンは、
 「……召喚。シルフ。サラマンデル。ウンディーネ。ノーム。クロノ」
と精霊たちを召喚する。
 ノルンには、後ろにいる魔族の若者たちの決意がわかっていた。だが、ノルンは最後まで
諦めない。
 「ノーム、お願い。防護壁を作って。クロノはもしもの時、魔族の人たちを助けてほしいわ。ほかのみんなは、迎撃を。……真魔覚醒」

 ノルンは、精霊たちに指示を出すと、そのまま封印術式リミッターを解除する。ノルンの体に光輝く衣が現れた。
 そのノルンの周りには、フェニックス・フェリシアが飛んでいる。
 ノルンにはわかっていた。もう間もなくジュンたちがやってくることを。
 それでも4万の軍勢を被害なしに止めることは困難だ。

 その時、アーク軍の群れの中からノートンたちが飛び出して、こっちに向かってくる。きっとノートンやカトリーヌさんたちだろう。……あの様子だと、やはり止められなかったのだろう。
 やはり何らかの洗脳か、魅了状態のようなもので自分の意識もないと見ておいた方がいいだろう。

 ノームの力により、魔族の町を囲むように、高さ5メートル、幅3メートルの石壁が次々に建っていく。その現実離れをした光景に、魔族の人たちは驚いている。
 ノルンは後ろを向いて、
 「さあ、この防壁を利用してちょうだい」
と指示をすると、魔族の若者たちは次々に階段を上っていく。アロネさんともう一人の魔族の男性が若者たちに色々と指示を出している。きっとあれがギルマスなのだろう。
 その時。待望の人がやってきた。
 「ノルン! 待たせた!」
 ジュンたちが、おおきなシャボン玉のような光球に包まれて、空から下りてきたのだ。

――――。
 ノルンが自重しないで精霊たちを使役して石壁を作り上げた。
 ガイアが、「ほお」とつぶやいて、
 「お主ら。ついたぞ」
と言うと、俺たちを運んでくれた光球がノルンのそばへ下りていった。

 下ではノルンが笑顔で、
 「ジュン! よかった! ……ヘレンも無事ね」
と待っていてくれた。ノルンがヘレンの方をみる。
 「ごめんなさい。ノルン。心配をかけて」
 「いいのよ。無事なら。……それより、そんなことを言っている暇はないわよ」
 ヘレンはうなづいて、
 「わかってるわ。……ベアトリクス、いくわよ」
とつぶやいた。
 その途端、膨大な魔力がヘレンから発せられた。ヘレンの体を赤い魔力が包みこみ、小さな炎がチラチラと飛んでいる。その中でヘレンは、強い意志を込めた真剣な表情をして、アーク軍を見つめていた。
 俺もつづいて封印術式を解除する。
 「……真武覚醒」
 いつものように光り輝く衣が俺を包む。そして折れてしまったミスリルソードの代わりに、漆黒の大剣テラブレイドに左手を添えた。
 サクラも妖力を身にまとい、シエラは神竜の盾を構えている。
 サクラが、おもむろにしゃがんで右手を地面に添えた。

 「来臨急々! 口寄せ! 木の葉天狗!」

 サクラの目の前の地面から光が立ち上り、錫杖を持った一人のカラス天狗が現れた。
 「おう! サクラ! 元気かって……、なんじゃこりゃ。戦場か?」
 「兄ちゃん。そうなの。だから、力を貸して!」
 「わかった。……ふむ。あの彼が、噂のサクラのパートナーか」
 ほほぉ。カラス天狗とは、またサクラは不思議な妖怪を口寄せしたな。この緊迫した状況だが、いずれは妖怪の里のようなものがあれば、行ってみたいものだ。
 カラス天狗は妖術に優れた妖怪だったはず。戦う力のある妖怪で頼もしい。
 そのカラス天狗は飛び上がって、空中でホバリングしている。

 俺たちの準備ができたところで、俺はみんなの顔を見渡した。
 「いいかみんな。防衛は精霊たちと魔族の人たちにまかせて、俺たちは元凶を叩くぞ」
 そのまま、俺は自らの頭上を見上げる。そこにはガイアがホバリングして、何かを探している。
 「どうやらガイアも探しているようだ。俺たちも、ピレトの奴を叩く」

 その頃、ようやくノートン騎士団長らが石壁の外側に到着した。
 「すまぬ! 止められない! どこか魅入られたようで、何の反応もないんだ」
 ノームが石壁にトンネルを作り、俺たちはそこを通って石壁の外側に出た。
 ノートンがヘレンを見て、あわてて馬を下りる。
 「君たちは! いや、君は! ……すまない。こんなことになってしまって。すべて俺たちの責任だ」
 ヘレンのもとに近づき謝罪するノートンを見て、ヘレンは微妙に顔をひきつらせている。
 「いいんです。これも私の運命だったのです。……それに貴方たちも操られていたのです。あの大司教は偽物でした。本当の大司教はすでに殺されています。あの偽物の大司教こそ、連続殺人事件の犯人。私たちの敵……、狂死の天災ピレトだったんですよ。だから、まだ終わっていません」
 ノートンさんやカトリーヌさんたちは、その言葉を聞いて愕然とする。まさか司教が偽物。しかも陰謀の根本だとは思いもしなかったろう。
 「ほ、本当か! あの司教が犯人……。狂死の天災? なんだそれは?」
 ノートンさんたちは、愕然としたまま思考停止状態だ。
 「しっかりしろ! ここは戦場だ!」
 怒鳴りつけると、ノートンさんたちはビクッとして我に返ったようだ。
 「すまん! そうだった」
 「いいか。ノートンさん。ここの防衛は精霊たちと魔族の人たちに任せる。ノートンさんたちも一緒に頼む。……俺たちはピレトを探す」
 「うむ。わかった。俺たちも防衛戦に合流しよう」
 ノートンさんたちは、そういうとトンネルをくぐっていった。通り過ぎた後は、ふたたびノームによってトンネルがふさがれていく。

 「さあ、みんな! いくぞ」
 俺たちはアーク軍を右側に迂回して走りだした。
 「ノルン! フェリシア! 感知最大で頼む!」
 「了解!」(了解です!)
 空にはフェリシアとカラス天狗がついてくる。
 ピレトめ、今度こそ倒す!

――――。
 ジュン達が走りだしてから二〇分後。ついにアーク軍の第一陣が石壁に押し寄せてきた。

 どの鎧も縁取るようなオレンジ色の光が浮かび上がっている。何か特殊なギミックがありそうだが、騎士たちは一心不乱に石壁を殴りつけて削ろうとしている。
 それを見ながら、ノートンは、
 「どうやら思考能力もないようだ。身体強化ぐらいしか使っていないな」
と眼下の騎士たちの状況を分析した。
 「だが、自動防御機能も働いているはずだ。要注意だ」

 その頭上から、矢の一斉射撃が降り注ぐ。続いて、火の矢、そして、下からは冷気が吹き出して足元を凍らせようとする。
 不意に土埃をあげて大きな竜巻がいくつも作られ、兵士たちをふっ飛ばしていく。
 しかし、残った兵士たちによって、少しずつ防壁が削られていく。もっともノームの力で、削られる側から再生していくのではあるが。無表情で、一つの声を出すこともなく、ただ黙々と壁を削ろうとする兵士たち。あり得ない様子に魔族たちの気力はすり減らされていた。

 ゴオオオオォォォ!

 その時、空に大きな吠え声が響いたかと思うと、ガイアのブレスが吐き出された。
 ブレスの白い光がスパークをまとわせながら、空の一点で何かにあたって拮抗するかのように砕ける。
 突然。ブレスがそのまま突き抜けて空の向こうまで伸びていった。
 そこから黒い人影が地面に降りてきた。
 ボロのローブを纏わせ、大きな鎌を手にした人影が。

 「見つけたぞ! ピレトだ!」
 その人物めがけて、俺たちは一直線に走る。強化された身体で飛ぶように速く。
 そして、空からは地竜王ガイアが降りてきた。
 さあ、決戦の時だ。

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