35 穏やかな時間

 あたりはすっかり暗くなり、道の脇に等間隔で設置されたガス灯が柔らかな明かりを灯している。
 どの家も、戦さが無事に終わったことに感謝し、和やかな夕食をとっている。

 暗闇の中にまるでスポットライトに照らされたように、ぽっかりと明るい駅のホームが浮かび上がっている。
 ここは大陸鉄道の魔族側の駅。
 そこに黒い金属でつくられた列車が止まっている。昼間の混乱で運行停止していた鉄道が、大幅に遅れて出発することになったのだ。

 もう時期は初冬にさしかかり、夜にはかなりの寒さになる。
 吹きさらしのホームならば、なおのこと寒い。そのホームのベンチに、厚手のマントで風を防ぎながら、ノルンがじっと座っていた。
 ……じっと誰かを待っていて動かないでいる。

 コツコツコツコツ……。
 ブーツの音が聞こえる。

 駅の改札から、一人の銀髪の女性が、やはりマントを羽織って歩いてきた。

 「……あら。お見送りかしら。ノルン」
 銀髪の女性は、ノルンの手前で立ち止まると、にこやかに話しかけた。
 声を掛けられたノルンは顔を上げて立ち上がり、そっと女性に近寄る。
 「まあ。そんなものよ。……元気そうでよかったわ。パティス・・・・

 ノルンの声を聞いて、ニコニコしていた女性が、一瞬驚いた顔をするが、すぐに笑顔に戻る。その銀髪の女性は、ヘレンと共にここに来た女占い師ティティスだった。
 「くすっ。ノルンには、やっぱりわかっちゃうわね。どう?この姿は」
 いたずらっぽく笑うティティスのひたいに第三の目が開かれる。
 そう。このティティスと名乗っていた若い銀髪の女性の正体。それはノルンと一年間過ごした三ツ目族の老婆パティスだった。
 「もちろん綺麗だわ。それが若い頃の姿なのね。……いつ、隠者の島を出たの?」
 「くすくす。あなたが出発した後、一ヶ月後くらいかな。再びこの世界を見て回りたくなってね。魔力を循環させて身体を若返らせたのよ。……それに、あなたの運命の人にも会いたかったし」
 そういってパティスはノルンをハグすると、そっとベンチに座った。すぐにノルンもその隣に座る。
 ―運命の人―。その言葉を聞いて、ノルンはなんだか照れ恥ずかしい表情をする。そんなノルンに、嬉しそうなパティスが言葉を続けた。
 正体がわかった途端、急に親子のような雰囲気になる二人。

 「……ジュンさんね。なかなかの才能を秘めた男性ね。ノルンとお似合いよ。……まぁ、他に三人も若い娘がいるのが気にはなったけど」
 「あ。パティ。でもね。みんな、仲良しなのよ。それに……、私が第一夫人ってことになってるわ」
 「うふふ。ノルン。あなたのお婆ちゃんとしては、気にはなるのよ。って、主導権は女性陣が握っているみたいだから、しっかり尻に敷いておきなさいよ」
 「え、ええ。それは大丈夫」
 「それにしても、あなた、ますます綺麗になったわね。やっぱり彼のお陰かしら」
 パティスが、ノルンの全身を眺める。
 「もう! パティったら。……ねぇ。パティはこれからどうするの?」
 「私? ふふふ。あなたと一緒に居たいところだけど、いつまでもお姑さんがいると、お邪魔になっちゃうしね。……それに、世界を見て回りつつ、とある方から依頼も受けているのよ」
 「ふ~ん。依頼?」
 「そ。大事な依頼をね。ノルン、大丈夫よ。またいつでも会えるわよ」
 「う、うん。そうね」

 その時、駅舎に発車の近いことを知らせるアナウンスが響いた。
 「まもなく発車となります。お乗りになる方はご乗車ください。お見送りの方は白線の内側に下がってください」

 アナウンスを聞いて、パティスが乗車口に入ってから、ノルンに振り返る。
 そのパティスを見つめるノルンは、どこか寂しそうだ。
 「はいはい。ノルン。私も若返って、この世界を楽しむわ。うふふ。どこかにいい男性がいたら恋に落ちるかもね。……次に会えるのを楽しみにしているわよ」
 「うん。パティ。元気でね。あ、そうだ。結婚式挙げる時には来てよ!」
 「もちろんよ。占いで時期は分かるから、必ず行くわよ」

 リリリリリリリリ……。
 駅のホームにベルの音がなり、パシューと音が鳴って、ゆっくりとドアが閉まった。
 ドアの窓から、パティスがにこやかにノルンを見て、手を振っている。
 それを見て、ノルンも笑顔で手を振りかえした。

 「「じゃあ。またね」」

 二人同時に、同じ言葉を送った。ノルンの目の前を、ゆっくりと鉄道が動き出す。
 暗闇の中を列車の光が駆けていく。ノルンは、見えなくなるまで手を振り続けるのだった。

――――
 「ただいま」
 俺たちが宿の食堂でだべっていると、ノルンがドアを開けて帰ってきた。
開いたドアの隙間から、すっかり冷えてきた空気がわずかに入ってくる。
 ノルンは寒そうに両手をすりながら、俺の前の席に座った。
 「お帰り。ノルン」「「おかえんなさい。ノルンさん!」」
 ヘレンが、ノルンに温かい紅茶のカップを手渡した。
 「寒かったでしょう。……はい。これ」
 「ありがと。ヘレン。ふぅぅぅ。寒かったぁ」
 そういうとノルンは、おそるおそるカップに口を付ける。
 ……ああ、ようやく日常が戻ってきたなぁ。これが幸せって気持ちだよね。
 俺は、周りにいる将来の嫁たちを見て、胸の中で一人つぶやく。きっと知らずのうちに、穏やかな顔をしていたのだろう。俺の顔見てみんなもほほ笑んでいる。
 突然、ヘレンが何かを思い出したように、口を開いた。
 「あっ。今晩は、私がジュンと一緒ってことでいいわよね」
 何を言い出すかと思えば……、それに周りに聞こえているよ? 特に男どもの視線が突き刺さる。
 声が聞こえたのだろう。カウンターの向こうからは宿の女将さんが、ニヤニヤとして見ている。
 視線を感じたのか、ヘレンが、あうぅとか言いながら縮こまった。恥ずかしいなら言うなって。
 それを見て、ノルンがヘレンの頭をなでた。
 「もちろんよ。今晩はゆっくり甘えたらいいわ」
 そういって、俺の方をチラッと見て微笑むノルン。
 ……任せたわよ。
 そのノルンの視線から、メッセージを読み取る。これくらいは念話じゃなくてもわかる。
 サクラとシエラもニコニコしてうなずいていた。
 宿の暖かい空気のなか、俺たちは他愛もないおしゃべりをもう少し続けるのだった。
 この穏やかな時間がいつまでも続けばいい。そう思いながら。

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