01 ゾヒテ到着

新章です。


 

 春特有の高い空に通り抜ける風が少し肌寒い。

 神船テーテュースは今、エストリア王国港湾都市ベルトニアとゾヒテ大陸をつなぐ航路上にいる。

 海の旅も早や一ヶ月。

 エストリア王国の王国立学園で新たに婚約者になったハイエルフのカレンが無事に卒業し、もともと彼女の使命としていた麒麟の霊水もサクラのお陰で入手することができた。

 早速、その麒麟の霊水を持って、ハイエルフの里まで向かうことになったのだ。

 自動航行に設定して、後部のダイニングデッキでイスに座りながら海を眺めている。

 「ココアよ。どうぞ」

とノルンがマグカップを俺の前に置いた。

 ありがとうと言って、あたたかいカップに両手を当てる。じんわりとしたココアの温かさが、冷たくなった両手をじんじんと温めてくれる。

 ノルンと一緒にやってきた深紅の髪の魔族ヘレンが、

 「そんなに寒いなら、温度調整すれば良いのに」

と笑う。彼女らはちゃんと暖かそうなコートに身を包んでいた。

 俺は苦笑いしながら、

 「まあ、そうなんだけどさ。あんまり快適にしすぎると季節を忘れてしまいそうでな」

と返すと、ヘレンも「まあそうね」とつぶやいた。

 ヘレンもアークで自らの運命と正面から向き合い。前世である爆炎の魔王ベアトリクスと融合し、新たな力を得た。種族も人族であったのが魔族として覚醒し、その身に宿る魔力が数倍にふくれあがっている。

 そのとき、

 「船内の温度調整をしますか?」

とサポートシステムの声がした。

 さすがにここのデッキの気温が十三度というのは寒い。季節がどうのこうのと言っておきながらなんだが、二十五度まで上げるように指示をする。

 海神セルレイオスから譲ってもらったこの船には驚かされてばかりだが、お陰で快適な船旅をすることができている。

 今、この場にはいないが、ネコマタから仙猫となったサクラと、竜王の騎士として鍛えられたシエラに、新たな婚約者のカレンがキャビンの一室で女子トークをしているようだ。

 日本にいた頃は彼女もいないで独身だったが、まさかヴァルガンドに来て婚約者が六人もできるとは思わなかった。最も一夫多妻制が浸透している文化背景で、日本の倫理観を持つ俺にとっては戸惑いも多かったわけだが。

 ここにはいないが、婚約者の一人である人魚族のセレンは海竜王から与えられた使命により、現在は海底王国ミルラウスに戻っている。どうやら故国ミルラウスと海洋王国ルーネシアにある石碑について調査をすると共に、ミルラウス王家秘伝の魔法を習得する必要があるらしい。

 サポートシステムによれば、目的地のゾヒテ大陸の玄関口であるコーンウェルには、今日か明日のうちに到着する予定だ。

 こうして長期間の航海はルーネシアからアーク大陸への航海に続いて、これで二回目だ。

 もう後一月もすると、地球と同じく熱帯地方で台風が発生するシーズンとなる。今の時期でもごくたまに台風が発生するらしいので、気圧の変化には注意をさせていた。

 ダイニングデッキから、ココアを片手によく晴れた空と海面を眺める。遠いところでは、イルカの群れがジャンプを披露している。横回転、縦回転、ムーンサルト……。波と戯れるかのようにイルカたちがジャンプを繰り返す。

 そのまた遠くには鯨らしき巨大な尾びれが海面から見えた。

 そうそう。王国立学園での戦いの後、エストリア王国第四〇代国王フィリップ・フォルト・エストリア王と謁見することとなったが、名誉爵位と騎士団への打診があった。

 安定的な地位は魅力的ではあったが、できればまだまだ自由の立場でいたい。もっと世界を見て周りたいと申し上げて丁重にお断りをした。

 まあその影響で、貴族たちから余計な干渉を受ける前に逃げるようにエストリア王国から出航したわけだ。――どうもノルンたちを囲おうとする奴らもいたようで、何を企んでいるのかわからないから、注意が必要だろう。最悪、いざとなれば別の国に拠点を移すまでだ。

 船の周囲を一回りしてきたフェリシアが、ノルンのそばに降り立った。

 (マスター。遠くに島が見えました。おそらくゾヒテではないかと)

 「お! 到着したか!」

 俺はイスから立ち上がった。

 何しろエストリア王国の貴族たちを心配して、一ヶ月かけて船旅を続けてきたんだ。……まあ、半分ぐらいは俺たちの保有する島「楽園パラディースス」で過ごしていたけれどね。

 ともあれ、これでようやく町に行けるぜ。

 そのとき、カランッカランッとメインマストの上の方から鐘の音が聞こえる。つづいて艦内アナウンスが、

 「ゾヒテが見えてきました。あと六時間ほどで到着します」

と告げた。

 それからようやく見えてきた大陸がゾヒテだ。

 獣人たちの国ゾヒテは大陸の名前でもあり、中央にある世界樹を中心にほとんどを密林に覆われているらしい。

 まだ大陸の端の方だというのに、緑の森の上にうっすらと世界樹らしき大樹が霞んで見える。さすがは世界樹。この距離からもその姿が見えるとは。

 カレンが俺の隣に寄り添ってきて、うれしそうに笑みを浮かべる。

「あれがゾヒテです。……もう少しですね」

 ちなみ、この航海中はカレンと結ばれてはいない。実年齢では向こうの方が上だが見た目が中学生ぐらいだというのもあるし、まだそこまでの関係ではないからね。

 島に近づいていくと、カモメらしき白い海鳥が飛んできて、船にたむろしはじめた。どこか郷愁をさそう鳴き声に、思わず湘南や伊豆の海を思い出した。

 船べりによりかかりながら、カレンに、

 「なあ、カレン。ゾヒテに着いたらどうしたらいいんだ?」

ときくと、

 「大丈夫ですよ。港でチータが待っているはずです。合流したら、まず私たちハイエルフの集落を目指し、……その、私とジュン様の婚約を報告しないといけないので」

と恥ずかしそうに説明してくれた。うん。照れている様子が可愛い。

 すでに空があかね色に染まり、どうやらゾヒテへと到着よりもサンセットの方が先になりそうだ。西の海に太陽が沈み空が群青色に染まり、俺たちのチームの星である北極星ステラポラリスが輝き出す。

 やがて満天の星空のしたで黒々としたゾヒテ大陸に近づき、目的地の港町コーンウェルを目指す。

 夜になり漆黒のようにみえるゾヒテの森を右に眺めていくと、進行方向に明るい灯台と港町の灯りが見えてきた。

 船はそこへ向かって進み、内湾に入っていった。

 ここコーンウェルは、ゾヒテ唯一の大陸間航路の街として、夜遅くとも港の灯りがが煌々(こうこう)と点っており、まるで大都市の港のように明るくなっている。

 国際港であるため、ここでは昼夜を分かたずに出航したり到着したりできるように、港の管理員が交代で運営しているそうだ。

 俺たちの船がゆっくりと港に入り、係員の誘導灯のもとで一つの桟橋に到着した。

 船べりからタラップを降ろすと、コーンウェルの犬人族の係員が、

 「この紋章は……、もしやミルラウス王家の船ですか?」

と尋ねてきた。

 ……しまった。セレンは別件で不在だった。

 「ミルラウスの歌姫が船長代理です。ただ……、今回の航海には帯同していません」

と説明すると、その脇からカレンがぴょこんと顔を出した。

 「ご苦労様。ハイエルフのカレンよ。……迎えが来てると思うんだけど」

と声をかけると、犬人族が驚いてピシッと直立した。

 「は、ハイエルフ様? ……はい。確かにお迎えの方々がすでに来ております。少々お待ち下さい」

と言って、笛を吹いた。俺の耳には聞こえないところから犬笛の一種のようだ。

 事前に何らかの合図が決めてあったのだろう。何人かの集団が桟橋を渡ってやってきた。

 それを見てカレンが手を振った。

 「チータ! こっちよ!」


 

 

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