20 闇の胎動

 ベリアスの襲撃後、もと獅子人族の集落があった場所は悲惨な状態だった。

 あちこちの大地は割れ、建物は軒並み破壊されて瓦礫となっている。

 ここに詰めかけていた千人規模の獣人もほとんどが重傷を負っていた。まあ、ヘレンの回復魔法のお陰で怪我は全快しているんだが、瘴気による攻撃は体の芯に重いダメージを残しているようだ。

 ベリアスと戦った五人の獣王は、幸いに命に別状はない。ただ満身創痍という言葉も生ぬるいほど重傷を負っている。

 全身を打ち砕かれたかのように瀕死の重傷を負っている雷角王ライノ。聞くところによると、巨大化したベリアスの一撃からティガロを守ろうと盾になったらしい。

 チータの伯父さんの猛虎王ティガロもひどい有様だ。

 二人の全身骨折や怪我は、回復魔法最上位のエクストラ・ヒールで治ってはいるものの、いまだに立ち上がることができない状態だ。

 幸いに意識はあるので一安心だが、しばらくは療養生活が必要だろう。

 なお石竜王シノンと猿猴王ゴクウもひどい怪我をしていたが、こちらはライノとティガロほどひどくなく、生き残った獣人たちを指揮して、聖地の復興作業を進めている。

 一番ひどかったのが獅子王ライオネルだ。

 どうやら最後までベリアスにあがらったらしく、意識はあっても言葉をしゃべることができない状態だ。彼はヘレンのエクストラ・ヒールのほか、カレンの兄キアランが持参した世界樹の雫を飲んで安静状態となっている。

 聞くところによると、ベリアスは瘴気弾を雨のように降らせたらしい。

 その猛悪な攻撃により、獣人も陣地も壊滅状態となったとのこと。

 キアランは、幸いに瓦礫の下じきにこそなったが、大きな怪我をすることもなく俺たちと再会した。

 どうやら、別の世界樹のお告げにより、エルフの戦士たちを伴ってここに駆けつけたそうだ。

 祭壇で行った浄化の儀式の時、光の波紋が生じたが、あの波紋はゾヒテ中を駆け巡っていったそうだ。……おそらく、あちこちにベリアスが仕込んだ瘴気溜まりを浄化したのだろう。

 ベリアスの攻撃で犯された聖地の周りも、この光の波紋によって浄化されたようだ。

 世界樹も元気を取り戻してきているそうで、ひと安心といったところ。

 多くの死者を出してしまったが、無事に聖地を守り抜くことができた。

 獣王たちはしばらくここで療養を続けるようで、俺たちは先に世界樹へと戻ることになった。

――――。

 再びハイエルフの集落に戻ると、転移魔方陣の前にもう一人の世界樹の巫女ユーリさんが待っていた。

 「この度は、皆様のおかげで聖地を守り抜くことができました。ありがとうございます」

 ユーリさんはそういって深々と頭を下げた。俺は、あわてて、

 「いいえ。俺たちよりも、獣王たち、そして戦ってくれた獣人たちにお言葉をかけてください。……俺たちは遅れて駆けつけたに過ぎません」

と言うと、ユーリさんは頭を上げ、

 「それでも皆さんがいなければ儀式の執行は不可能であったでしょう。それに治療までしてくださったのです」

と再び頭を下げた。俺は息を吐くと、

 「わかりました。お礼の言葉を頂戴します。……これでゾヒテの危機は去ったので、良かったですよ」

と言う。

 ユーリさんのいた祠に向かいながら、ユーリさんがカレンに話しかける。

 「カレン。どうやら無事にゾヒテ六花とソウルリンクを結べたようですね」

 俺は首をかしげて、

 「ゾヒテ六花?」

と言うと、ユーリさんが微笑んで、

 「はい。ゾヒテを代表する六つの花。その花の妖精ですわ。……きっとカレンの力となるはずです」

 「はい! ユーリ様」

 元気に返事をしたカレンを見ると、その肩にオレンジ色の服を着た女性の妖精が腰をかけていた。

 俺に見られているのに気がついた妖精が手を振っている。

……ガーベラよ。よろしくね。安心して、あなたとカレンの夜の生活には邪魔しないから。

 俺は頬を引きつらせながら、「お、おう」とつぶやくと、隣でそれを見ていたノルンがブッと吹き出した。

 妖精視などのスキルを持たないヘレンたちは、頭に?を浮かべていたが、俺は笑って誤魔化す。

 前を歩くユーリさんが満面の笑みを浮かべ、

 「ああ、そうそう。前にも言いましたが、カレンとの婚姻は了承されています。……ぜひ今夜から寵愛を与えてさい」

 「ぶっ!」「ひぇっ! ちょ、寵愛」

 俺とカレンが同時に吹き出した。

 祠に戻ったユーリさんは、俺たちを外のテーブルセットに待たせたままで、いちど祠の中に入っていった。

 戻ってくると、俺に一通の手紙を差し出した。

 「あなたに渡すようにと、ゾヒテの冒険者ギルドを通して届いています」

 受け取ってしげしげと封筒を見つめる。

 かなり上質な紙が使われているな。

 裏を返すとそこに、

 「シン」

の二文字が見えた。

 「し、シンさんから?」

 思わず上げた声に、ヘレンとサクラが食いついた。

 「ええ? あの人たちどこに行ってたの?」「本当ですか?」

 俺は二人を手で制止しながら、ゆっくりと封を切って中の封筒を取りだした。

――親愛なるジュンくんへ

 ウルクンツルへ行きたまえ。君たちの成長を楽しみにしているよ。

                         シン

 「え? たったこれだけ?」

 その文面を読んだヘレンがそうつぶやいた。

 ……シンさんたちもウルクンツルに行くのだろうか。

 俺はノルンとシエラとカレンを見つめた。この三人とセレンは、まだシンさんたちに会っていない。もしウルクンツルで会えるなら……。

 サクラが、

 「これで次の目的地が決まりましたね。確か皇太子の結婚の祭典があるんでしたよね」

と俺に告げた。俺はうなづいて、

 「ああ。次はウルクンツルだ」

 そして、ノルンたちを見て、

 「そこでシンさんたちと会えたら、ノルンたちを紹介しないとね」

と微笑んだ。

――――。

 その日の夜。

 ヴァルガンド西南の海上にある隠者の島。

 空には満月がのぼり、黒い海を照らしている。

 その上空に六つの黒い人影が浮かんでいた。

 一人が口を開く。

 「まったく。遊びすぐないように言っておいたはずだけど」

 すると影の一人が頭を掻きながら、

 「いやぁ。悪い。熱くなり過ぎちまってよ」

 「バカ! お陰で計画を変更しないといけなくなったのよ!」

 そこへ一番体の大きい影が、

 「ははは! ベリアスともあろうものを退けるとはな!」

と大笑いすると、頭を掻いていた影、ベリアスが、

 「ふっ。ゴルダン。お前とやりあったという冒険者さ」

と答えた。

 「おお! あいつらか。……なるほど。熱くなるのもわかる」

 するとボロボロのローブを着た影が、

 「……だからといって失敗は困るぞ」

と冷たい声で言うと、ベリアスが、

 「すまねぇ。ピレト」

と謝る。

 別の影が、

 「構わぬ。……あの厄介な奴らだろ? お楽しみがなくてはな」

と言うと、ベリアスがうれしそうに、

 「だろ? フォラスは案外話がわかるじゃないか!」

と言った。

 「クフフフ。そうですか。あの竜人族の娘は元気でしたか?」

 「お前が前に言っていた奴か? グラナダ。なかなか強かったぜ」

 「クフフフ。それは重畳。再会するのが楽しみですねぇ。クフフフ」

 はじめに口を開いた影が、

 「まったくこれだから。こいつらは」

とつぶやくと、ゴルダンが、

 「モルドよ。貴様が一番おいしいところを取っていったんだから、これくらいの楽しみはないとよ」

と言い訳する。

 モルドは苦笑しながら、

 「はいはい。わかったわよ。……でも今日は、真剣にやんなよ」

 「「「「「おう!」」」」」

 六人は輪になって中央を向いた。それぞれの体から瘴気を出して、中央に集める。我の中央には漆黒の闇が生まれていった。

 モルドが手を空に掲げて、

 「予言の時は来たれり! 我らが主よ! 来臨したまえ!」

 その叫びと共に、六人を頂点とする黒い六芒星が宙に浮かんだ。

 中央の漆黒の闇が六芒星の中心でうごめく。なかで紫色のスパークがほとばしり、一呼吸おいて、カッという轟きを上げて、天地を結ぶ巨大な漆黒の柱が生まれた。

 柱が消えた後、六人の中央には一つの大きな黒い卵が出現している。

 六人はその卵に向かって、空中でひざまづいた。

 「我ら、主の来臨を心より喜びたてまつる。我らが主、――邪神よ!」

 その声に応えるように、卵の内部が不気味に光った。

 モルドが顔を上げ、

 「わかっております。今日は滅びの第一歩。我ら誠心誠意、より瘴気を集めましょうぞ」

と歓喜に打ち震える様子で卵に話しかけた。

 彼らの足下。隠者の島があったはずの場所には、巨大な穴が生まれ、海の水がそこに流れ込んでいた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。