9-1 ミルラウスへの航海

 真っ白の極寒の世界。

 極地の海を一匹の竜が泳いでいる。魚に似たエラを持つ海竜王リヴァイアサンだ。

 海氷を閉ざされた静謐の海を海竜王は、何かを探しながら進んでいく。

「むぅ。……やはりか」

 その視線の先には瘴気に犯され黒く変色した氷柱が海氷から海底までのびていた。

「大きな海流の流れが変わり、澱んだところがあちこちに……。厄介だな」

 そういいながら、口に魔力をチャージしていく。

 その時、黒い氷柱が内側から破裂した。その後から現れた極彩色の巨大ウミウシを見て海竜王がうめく。

「許せよ」と一声かけてブレスを吐くと、ウミウシは何もできずにその光の奔流に飲み込まれた。

 そのまま黒い氷の破片も浄化するようにブレスで消滅させた。

「海流の流れ……。やはりフォラスを倒さねばならぬであろうな」

 そうつぶやいた海竜王は、ふたたび北海の緑の海を泳ぎはじめた。

――――

 俺たちの船テーテュースが海を進む。

 人馬の12月。

 ただでさえ寒い季節に入ったというのに、遮るもののない海の上ではダイレクトに寒い風が吹きつけてくる。

 身を切る寒さにコートのえり元をあわせて首をすくめながら、空を見上げる。鈍色の雲に覆われた空。今にも雪が降ってきそうだ。

 現在地はエストリア王国港湾都市ベルトニアから西へ行ったところ。

 なんでこんなところにいるかって?

 今から海底王国ミルラウスへ行くんだよ。人魚たちの国だ。

 なんでもエストリア大陸とアーク大陸の中間、地球でいうところの大西洋のど真ん中にあるらしいんだ。

 TVでしか見たことがない深海の世界。地球の常識ならば、そこは想像を絶する圧力と闇黒に包まれた静寂の世界だ。

 しかし、ここは魔法の世界ヴァルガンド。どうやら、そこらへんのことは魔法の道具で解決できる。

 人魚の国だぜ? ワクワクするだろ?

 地球からここヴァルガンドに転移してから早や1年半。冒険者になって世界のあちこちを訪れた。

 冒険の中でかけがえのない仲間。いやすまん。婚約者たち・・・・・ができた。

 薄紫がかった白銀の美しい髪を持つノルン、真紅の髪をした修道女のヘレン、ネコマタ忍者拳士のサクラ。二つ大きな盾を背中に抱えた竜人族の美女シエラ。世界樹の巫女に就任したハイエルフのカレン。そして――、

「どうしたの考えごとしちゃって」

 振り向くとそこにはもう一人の婚約者、人魚族のセレンがいた。

 今年の恋人の日に、俺は聖女ローレンツィーナ様の立ち会いのもとで彼女たちと婚約を結んだ。これもこの世界が一夫多妻制だからできること。

 なんでも男女の人口比が1:2で女性の方が多いもんだから、自然とそういう社会になっているらしい。

 ……え? それにしては婚約者が多くないかって? それは頼む。察してくれ。

 正直いって、他の冒険者から「ハーレム野郎」といわれるのは当然だと思う。

 だけどね。俺とみんなとの絆は、彼女たちが困難を乗り越えていくなかで強くなったものだ。

 決して後ろ指をさされるような下世話な関係じゃない。ここまで俺たちの物語を読んでくれたみんなにはわかってもらえると思う。

「ああ、セレンの親になんて挨拶しようかと思ってさ」

 なにしろ、セレンは人魚族の姫。つまり、挨拶の相手は国王夫妻だからな。そんな高貴な人々にどう挨拶すればいいのか……。

 セレンは美貌の歌姫の称号の通りに、美しい顔をほころばせて笑う。

「海神セルレイオス様が私たちを取り持ったんですからね。……心配する必要はまったくないって」

 いや、まあ、確かに海神セルレイオスが強引に婚約させたんだけど、それってセレンの内心の希望を海神がくみ取ったんだろ?

「そうだけど、まだセレンの両親や国の人々は俺のことを知らないだろ? それに俺は自分の言葉で結婚の許可をもらいたいんだよ。そんな無理矢理みたいなやり方じゃなくさ」

 どこの誰かもわからぬ人物に一国の姫君である娘を嫁がせる。神さまの指示でなければ絶対にありえないだろう……。

 俺の言葉を聞いたセレンが頬を染める。

「あなたって、時々すごい女たらしになるよね。……ノルンも大変だわ」

「え?」

「でも、うれしいわ。……ありがと」

 スッと近寄ったセレンが俺の頬に風のようにそっとキスをした。

 水色の美しい髪に整ったセレンの横顔。透き通った声。しかし、その実、その性格はグイグイと迫るかなりの積極派肉食だ。

 俺は照れているのを誤魔化すように、

「肉食のセレンには言われたくないな」

とつぶやいた。するとセレンは心外という表情で、

「あら? 私はこれでもあなただけなんだからね」とジトッと俺を見た。

 これだよ。このコロコロ変わる表情に、男を虜にしそうな魔性を感じるよ。

 そう思いながらキャビンの窓越しに他のみんなの姿を見つめた。

 この世界には神様がいる。そして、また神の力の源泉といえる聖石という宝玉が存在している。

 俺とノルンはその聖石をこの身に宿し、いつしか「半神半人」という種族になっていた。その聖石の力は、俺と深い絆を持つ他のみんなにも影響を与えている。

 その絆の力、それがソウルリンクという魂の絆だ。この絆のお陰で、俺たちは互いに念話で会話ができるようになっている。

 とまあ、説明はこれくらいにしておこう。

 俺の視線に気がついたノルンが、キャビンのドアを開けて、

「二人とも食事の用意ができたわよ!」

と手を振っている。

 うなづいて、俺とセレンが船室に向かう時、とうとう風に雪が交じってきた。

 先月のウルクンツル帝国で知った邪神の復活。ギルドの情報網によれば、あれから世界各地の魔物の強さが一段階上がっているらしく、新種の魔物の目撃情報もあるようだ。

 ……これから世界がどうなっていくのだろうか。

 一刻も早く天災を倒さないと。改めてそう思いながら船室に向かった。

――――

 俺たちが、ミルラウスへ行く目的は2つある。

 1つは人魚族のセレンとの結婚の挨拶をするため。

 そして、もう1つは今まで遭遇してきた天災と名乗る敵を打ち倒すヒントを求めて。

 期待している理由は2つ。

 1つはセレンがおよそ半年も海竜王様の依頼で別行動を取っていたことで、それが天災の一人海の悪魔フォラスに関わることらしいこと。

 そして、もう1つはエストリア王国図書館で見つけた隠者パティスのメッセージに「ミルラウスへの道を探しなさい」とあったことだ。

 ……あきらかにミルラウスには何らかの手がかりがある。そう確信させるものがある。

 セレンは言う。

「やっぱり海竜王様にお会いするのがいいでしょうね?」

 するとそれを聞いていた竜人族のシエラが、

「私も海竜王様にお会いしなければならないので、ちょうど良かったです」

という。

 うん。シエラはまた別の事情で海竜王に会う必要がある。彼女は竜王たちの試練を受けている最中だからな。

 セレンは続ける。

「あとはミルラウスの資料室をもう一度調べてみるくらいかな……」

 ということは、つまり、海竜王様以外の心当たりはないということだ。

 ノルンが残念そうに「これは調べるのに苦労しそうだわ」とつぶやいた。

 さて、もう一つの問題も打ち合わせしないといけない。

 それは海中での活動がどこまでできるかということだ。今までの地上と同じようにはいかないからな。

 セレンが言うには、

「もちろん海中だけど、みんなに渡した通行証の指輪をしていれば大丈夫よ」

とのこと。

 通行証の指輪はその名の通り、地上の人をミルラウスへ招待するときに使われる魔導具だそうだ。

 身につけているだけで海中での呼吸や会話ができるほか、深海でも明るく見えたり、体温を保持するなどの効果があるらしい。

 ただし、もとは超古代文明の遺産らしく国宝なので絶対に無くさないようにとのこと。

 ……おい。国宝かよって思ったのは俺だけじゃないと思う。

 となると後は海中での戦い方とかだな、問題は。海の中は不規則な流れがあるから、湖のなかとも違うんだよ。

 結局俺たちは、ミルラウスへ行く途中の浅い海で訓練をすることにした。

 サクラが唐突に、

「質問!」

とびしっと手を挙げた。苦笑しながら、

「はい。サクラくん。どうぞ」

と言うと、サクラはぴょこんっと立ち上がり、

「マスター。フェリシアは海の中でも大丈夫なんですか?」

とノルンの左肩に止まっている赤い鳥を見た。

 ……確かに。

 フェニックス・フェリシア。不死鳥でノルンのガーディアンのステータスを持つ鳥だ。

 俺のイメージでは火属性という印象だが……。

 そう思っていると、フェリシアが、

(マスター・ジュン。私なら大丈夫ですよ。神鳥ですから! 海中であろうと虚空であろうと活動は可能です)

と念話を飛ばしてきた。

 それってすごいな。海の中を飛ぶ深紅のフェリシアか。不思議な絵づらだが、それもありなのかもしれない。

 なお、すでに俺たちの間では念話のラインが結ばれているので、フェリシアの念話も普通に伝わったようだ。

 サクラが「おおー」といい、

「さすがはフェリシアですね。……ワクワクしてきました!」と褒める。

 すかさずハイエルフのカレンは、

「海の中ってすごいです。まさかミルラウスへ行けるなんて」

と眼をキラキラと輝かせた。森の民にとって海は未知の世界だしね。

 サクラはいつも楽しそうだが、みんなの顔を見渡すと、全員が期待に胸をふくらませているようだ。

 ふふふ。そうだな。あれこれ悩んでも仕方がない。俺も楽しんでいこう。

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