11-1 ノルン 小国家群戦争時代 1

 川のせせらぎの音が聞こえる。どうやら随分と眠り込んでしまったようだ。
 そっと目を開けると、大きな岩の上で横になっていた。
 どうやら森の中を流れている川のそばのようで、川の流れる音が心地よい。身体を起こして見下ろすと、思いのほか大きな川で、岸にはゴツゴツとした岩場が続いていた。

 すぐ隣の岩の上には、私のガーディアンであるフェニックス・フェリシアが私を見つめている。

(ようやく目を覚ましましたね)

 心配させちゃったかな。

「ここはどこかしら? 私はいったい……」

 記憶を辿ってみるが、ゾヒテの世界樹のところで炎の巨人と化した天災ベリアスを倒し、その後、光に包まれたところまでは覚えている。
 そういえば、セレンとカレンは? 姿が見当たらないようだけれど……。

 私が誰を探しているのかわかったのだろう。フェリシアが、
(ここにいるのはマスターお1人です)
と教えてくれた。

 そう。1人……。

 周りの木々を見るに、明らかにここはゾヒテではない。どこかに転移したとなれば、やはり原因はあの光だろう。

 空に現れた巨大な眼。そして、世界樹を貫いて飲みこんだ巨大な光の柱。あの眼の正体は邪神だと思うけれど、よくもまあ無事だったものだ。
 けれど私1人ってことは、セレンやカレンも同じように転移させられている可能性が高い。あの2人は大丈夫だろうか。

 ――探索ナビゲーション。「セレン」

 自分の持つユニークスキルでセレンの居場所を探る。……あれ? 該当なし?

 スキルが教えてくれた結果に首を捻りながら、今度は「カレン」で検索をするも、その結果はやはり該当なしだった。

 嫌な予感が全身を襲う。該当なしの意味するところは……と考えたところで、不吉な考えを振り払うように頭を横に振る。そんなわけはない。きっと。

 かつて隠者の島で修行したように、岩の上で座禅を組む。精神を統一して、自らの心に潜り込むように意識を内側に向ける。

 自らの力の根源たる聖石。
 そのさらに奥にある自分の魂と、そこからどこかにつながっている絆。紐をたどるように、そっとその絆の先へと意識をのばしていくと、そこには夫のジュンやヘレンたちの力を感じ取ることができた。もちろん、その中にはセレンとカレンの力もある。

 それを確認したところで、安堵のため息をつく。どうやら無事では居るようだ。
 しかし、それはまた別の問題を浮き彫りにすることでもある。すなわち、なぜナビゲーションが反応しないのかと。

 答えは明確だ。同じ空間にいないということ。
 認めがたいし、さらにその理由を考えると思わず眉をしかめざるをえない。

 なぜならば、自分と皆とが違う世界にいる可能性、または別の時間軸に飛ばされた可能性があるからだ。

 いずれにしろ最寄りの町なり村なりを探して、情報収集をすればそのどちらなのかがわかるはず。岩の上から川を見下ろす。この川を下っていけば、どこかの集落に辿りつくだろう。

 最初に確認すべきだったけれど、特に怪我は無いようだし、自分の武器である白銀のハルバードはアイテムボックスの中に収納されている。装備に問題は無さそうだ。

「フェリシア。行こう」
 私は岩から飛び降りた。

◇◇◇◇
 川沿いを下っていくうちに幾度か魔物の気配を感じたけれど、特に襲われることもなく森の出口に到着した。
 ここからは草原が広がっている。川はその草原を緩やかに蛇行しながらのびていて、直角に街道らしき道が横切っている。
 それは大きな街道のようで、途中から分かれた脇道が川に沿ってのびていて、その先に小さな町が見える。

 石造りの建物に、教会らしき尖塔のある建物。その最上階に大きな鐘がぶら下がっている。
 ここまで常緑樹ばかりだったので気がつかなかったけれど、向こうの町や遠くの山々では木々が少し色づいているようだ。
 ここがどの地方なのかにもよるけれど、それほど肌寒さを感じないことからすれば、今は|乙女の月《9月》中旬といったところだろうか。

 すぐに町を見つけられたことに胸をなで下ろしたものの、今は1人だ。面倒事は極力避けたいので、フード付きの外套を取り出して頭からかぶることにした。

 街道に出て、更に川沿いの脇道に入って歩くこと約1時間。太陽が中天に差し掛かる頃に無事に町に到着した。

 門番にギルドカードを見せると、ランクAということで驚かれたものの、特段の問題もなく中に入ることができた。
 その場で宿と冒険者ギルドの場所を教えてもらい、まずは宿屋で部屋を借り、ついでギルドに向かう。

 昨日は雨だったのだろうか。石畳は若干湿っているようだ。気にするほどのことでもないけれど。

 通りすがる人々が私をチラチラと見ているのを感じる。フードをかぶっているせいで不審がられているのだろうか。
 もっとも白銀のハルバードを杖代わりにし、肩に停まっている真紅のフェリシアを見れば、高ランクの冒険者と判断できると思う。

 ギルドに到着し、そのまま中に入る。
 冒険者は誰もいない。受付にいる2人の女性がこっちを見ていた。1人は人族だけれど、もう1人は犬人族だった。
 がらんとしたギルド内で少し暇そうにしているけれど、時間帯からして、この町を拠点にしている冒険者は、依頼を受注して出払っているのだろう。

「旅の途中で寄らせてもらったわ」
と言いながらギルドカードを提示する。

 カードに刻まれたランクAの文字に、目を見開いた女性であったが、「ようこそ。エストリア王国トランジ支部へ」と挨拶してくれた。

 エストリア王国トランジ支部?
 たしかエストリア中西部の町だったはず……。アルからちょうど4日ほどのところの。王国学園の学園長がトランジ姓で、当主である彼が治めている町だ。
 ということは、ここはエストリア王国。正直、転移先がエストリア王国内で良かったというべきか。

 安堵しつつも、まずは情報収集が先決だ。
「しばらく森に籠もっていたので、最近の情勢を少し教えてくれるかしら」
と曖昧な表現で尋ねてみた。犬人族の受付嬢が「そうですねぇ」と言いながらも教えてくれた内容に、私はめまいを覚えそうになった。

 驚くべきことに、今はヴァルガンド歴211年らしい。これじゃあ、探索ナビゲーションでセレンたちを探しても、反応が無いのは当然だ。

 さらに私の知っているエストリア王国の都市の大部分は、それぞれが1つの都市国家として独立しているらしい。
 北部から中部に位置する首都エストリアから交易都市アルにかけては、エストリア王国として成立しているようだけれど、南東部の諸都市が東部連合、南西部の諸都市が南部同盟をそれぞれ組んでいて、三つ巴の勢力争いになっているという。

 そういえば聞いたことがある。かつて小国家群戦争の時代があったと。
 ちなみに冒険者ギルドとしては国家間の戦争には加わらないし斡旋もしないというが、ギルドを通さずに冒険者個人が義勇兵として参加するのは自由とのこと。

 そんな戦争の時代だけれども、ここ数年は定時会戦ともいえる春先の小競り合いのほかに、大きな戦いはないという。
 ギルドの見立てでは、2勢力間で戦争をした場合、それは残り1勢力が漁夫の利を狙う状況となる。そのため、余程の国力に差が無い限りは本格的な戦争にはなりにくいのではないかとのこと。

 それには安堵したけれど、先日、東部連合の盟主ヒュポリテ王国内で、とある冒険者が古代の遺跡を発見し、国王の勅令で騎士団と学術技師団とで調査が行われているとか。
 詳細は不明ながらも、大破壊以前の超帝国と呼ばれる古代王朝時代の遺蹟で、貴重な遺産が発掘されているのではないかという。

「これは噂レベルの情報ですが、その遺産は何かの兵器らしく、東部連合が大々的に攻勢に出るのではないかと見られています」

 兵器発掘など、あまり良い情報ではない。戦いは激しくなるだろう。ただし、それ以上の情報はギルドに無いとのこと。
 本当は軍事動員が始まっているのかとかも知りたかったけれど、ギルドは諜報機関ではないので、そこまで求めるのは酷というものだろう。

 ともあれ一通りの情報は得られたので、礼を言ってからギルドを退出した。
 少し情報を整理しておきたいので、かなり早いけれど宿に戻ろう。
 そう思って昼下がり特有の、気だるげな太陽の光の中に足を踏み出した。

 宿に戻り、さっそく2階にとった部屋に籠もる。
 窓を開けて、外で待機していたフェリシアを中に入れ、そのまま窓辺に運んだイスに座る。
 アイテムボックスから冷やした陶器製のボトルとカップを取り出し、アイスティーで喉を潤した。

 私にはこのアイテムボックスの腕輪があるから助かっているけれど、みんなは大丈夫だろうか? チームの物もいろいろ入れてあったけれど。

 窓の外を眺めると、青い空に白い雲が浮かび、その下に教会の尖塔と石造りの家々が建ち並んでいる。そのずっと向こうには草原と森、山々の稜線が横にのびていた。
 こうして見ると、なかなか調和のとれた美しい町だと思う。

 それにしても、まさか過去に飛ばされてしまうとは。
 再びため息をつきたくなってくる。どうすれば元の時代に戻れるのだろう……。
 まさかこのままジュンたちと会えなくなるのでは。そう思うと、途端に強い孤独感が押し寄せてくる。
 ぽっかりと身体が空洞になったような、それでいてその中を冷たい風が吹いていくような気持ち。
 寂しい。ただひたすら寂しくて心が冷えていく。

 そんな私を心配したのか、フェリシアが膝の上にやってきた。
「そうね。あなたはいてくれるものね」

 でもね。本当は……。本当にいて欲しいのはジュンなのよ。ヘレンたちでもない。ただ、ジュンにそばにいて欲しい。

 あの人の顔を思い浮かべる。ヘレンやセレンに左右から迫られて満更でもないような困ったような顔。私を見て少し照れてはにかむ顔。抱かれているときの熱の籠もった目差しに、満ち足りたような優しげな顔。
 いくつもの表情が思い浮かぶたびに、胸の奥が温かくなっていく。

 一時だけ別々に行動するときには、こんな気持ちになることはないのに。なんだかジュンと会えないとわかっただけで、自分は弱くなってしまったみたいだ。

 思わず、くすりと自嘲する。膝の上のフェリシアの瞳を見る。つぶらな瞳に泣き笑いを浮かべている私の顔がうつっていた。

 何としてもジュンのところに戻ろう。あの人のもとに。
 そのためには落ち込んではいられない。幸いにもフェリシアが傍にいてくれるし、自分には一人でも戦える力がある。戻る方法は必ずあるはず。そう信じよう。

 そうと覚悟が決まれば、当面どうするかが問題となる。
 また一口、紅茶を飲んで考えこむ。過去の時代か……。いや、待てよ。
 私は契約しているじゃないの。時の精霊クロノと。

 この時代のクロノを呼び出せるかどうか、また私のことを知っているかわからないけれど、召喚に挑戦する価値はあるだろう。

 そっと妖精王フレイから貰った腕輪を撫でる。そこにはめられた宝玉には、今、6つまで光が宿っている。残りは光の精霊との契約だけ。
「――召喚、時精霊クロノ」

 部屋の中央の空中に魔法陣が現れた。この感覚、――行ける!

 いつもの召喚のように、光り輝く魔法陣。そして輝きを増していく魔法陣の上に、突然スッと……1枚の紙が現れた。

「え?」

 どういうことだろうと思いながらその紙を拾い上げると、そこには「時を待ってね」の一言だけが書いてあった。

「なにこれ……」

 思わず独り言が漏れる。けれどもそれを見たフェリシアが、
(この時代でなすべきことか、何かがあるということでしょう)
と言う。
 そう言われ、ますます混乱してしまう私だった。

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