11-18 激突

 財務大臣のダリウスは、バローラムが滞在している部屋から出ると、外で待機していた魔道士団長のリンフォスと目配せを交わした。

 帝城から少し離れたところにある大きな屋敷には、ダリウスが領地から呼び寄せた私設騎士団が駐留している。
 しかも要国にいる古参貴族たちが、各地で新興貴族たちからの攻撃に備えて、それぞれの抱える騎士団を動員していた。

 ダリウスは、リンフォスを引き連れて廊下を歩いて行く。
「大丈夫です。魔道士団もここに詰めていますから、いかに帝国騎士とはいえそう簡単に責めては来られませんよ」
「当たり前だ。――それで、例の方はどうなっている?」
 途端にリンフォスの口元がニヤリと笑った。

「ええ。どうやら座標をつかめました。――|通路《パス》を開けそうです」
 それを聞いたダリウスの口元も歪んだ。
「……そうか。ならば後は」
「ええ。その通りです」

 2人はそのまま階段を降りていった。

◇◇◇◇
 前方を飛んでいるフェリシアを追いかけるように、私たちは早歩きで回廊を走っている。

 気配感知を発動しながらではあるが、危険はない。ただただ、危険を感じさせるような張り詰めた空気がただよっているだけで。

 こんな時になんだけれど、帝城はやはり凄かった。空島の一つということも驚いたけれどスケールが違う。見渡す限りの建物群を見下ろし、しかも建物がとても重厚で荘厳さがただよっていた。
 ただ残念なことに、ここには暗く張り詰めた空気、暗闇が忍び込んできていて、今にもその暗闇に包み込まれそうなそんな不吉な空気に支配されている……。

 唐突に、パティが立ち止まった。
「待って! 今――」
 あわてて私たちも停まってパティを見つめる。彼女は、突然、胸に手を当ててひざまずいた。
 どうしたのだろう?

 うつむいて、小さく何かをつぶやいた。そしてゆっくりと目を開け、立ち上がる。
 振り向いた彼女が言った。その表情は真剣そのものだ。

「神託がおりたわ。――いにしえの封印が解け、眠りし神が目を覚ますと」

 ルザミアは何のことかわかっていない。おそらく初めて神託に触れたのだろう。
 だが私は違う。そして、その神託は不吉な響きがある。パティが聖女になったときの話と合わせれば、意味するところは一つしか考えられない。

 災いの使者。その活動がはじまるのだろう。
 そして、私には予感があった。おそらくだけど、それはあの天災の6人なのではないかと。

 再び私たちは走り出した。
 やがて廊下の先に、近衛騎士たちが詰めている一角が見えてきた。パティスとルザミアを見た騎士たちが道を開ける。私もじろりと見られはしたが、そのまま中に通された。
 医師たちだろうか。白い服を着た医師たちがベットの周りに集まっている。何人もが回復魔法をかけ続けているその真ん中に、皇帝陛下が横たわっていた。

 火球の攻撃魔法を受けたと聞いていたが、さすがにその外傷はすでに回復しているようだった。だが、生命力が弱まっている。

――ガルバドス・ブラフマーギリー――
  種族:三ツ目族
  年齢:78才  職業:ブラフマーギリー皇帝
  称号:皇帝
  スキル:……………(省略)………
  状態:衰弱、生命供物の呪い(隠蔽、ランク7)

 その数字を見た時、戦慄が背中に走った。
 呪いだ。それもランク7。勇者スキルを越える、神の御技レベルの……。本当に、何が起きているの?

 見たところ、少しずつ生命力が吸い取られる呪いのようだ。供物ということは、吸い取られた生命力が何かに捧げられているということだろうか。

 それに……、このランクの呪いでは……。
 私の浄化魔法も、ステータス上ではランク7だけれど、ランク7にどんな魔法があるのかまったく知らないし、一度も発動できた|例《ため》しがない。封印を解除して、神力を使えばどうにかなるかもしれないけれど、……それでもこのランクでは本当に浄化できるのか自信がない。

 その時、皇帝陛下が弱々しく手を伸ばした。
 パティが泣きそうな顔でその手を取り、自らの額に当てる。それを柔らかく微笑みながら見つめる皇帝。そして、その視線はルザミアに向けられた。
「ルザミアよ。……お腹の子どもは順調か?」
 その言葉に周囲の人々が驚愕の目でルザミアを見た。ルザミアの目からみるみるうちに涙がこぼれる。
「はい……。陛下」
「元気な子どもを産むのだぞ」

 ちょっと待って。
 悪いけれど、ここに私がいる以上、そう簡単に死なせはしない。
 私は前に出た。それに気がついた皇帝陛下が私を見る。同時に、医師たちも近衛騎士たちも一気に警戒しているのがありありとわかった。

「そなたは」と言いかけた皇帝に、パティが、
「私の魔法の先生よ。ノルン・エスタ・ハルノ」
「魔法の先生? お前の?」
「ええ。――ノルン?」
「お初にお目に掛かります。ですが、そのような挨拶をしている時間はありません。陛下は呪いに掛けられています。それが回復魔法を阻害しているのでしょう」

 それを聞いた医師が、
「馬鹿な。鑑定には何も。それに浄化魔法も掛けているのだぞ」
「ランクが足りないのでは」
「何を言うか。ランク5で足りないなどと……」
「それ以上の呪いです」
 パティがすがるような目で私を見た。
「ノルンなら浄化できるかしら?」

 けれど、私は首を横に振る。
「いいえ。無理だと思う。それほど巧みで強固な呪いなのよ」
 悔しそうな顔になったパティに、私は言った。
「それでもできることはある。医師団の人たちがやっているのがその対処の1つ。……けれど、そろそろ皆さんの魔力も危ないでしょう」
 マナポーションも飲んでいるのでしょうけど、限界は近そう。だからね。
「私がやるわ。回復魔法を継続して掛ける」
 え? という顔をするパティと医師団。
「大丈夫。私の魔力量は果てしないから」
 魔力無限スキル持っているからね。そして、皇帝陛下を見て「よろしいですか?」と尋ねる。

 今、現在進行で回復魔法を唱えている医師たちが、干渉されることを恐れて私を止めようと動く。だが、パティがそれを手で止め、私を見た。
「ノルン。お願い」

 皇帝陛下を見る。陛下が無言のままでうなずいた。
「では――」

 継続回復魔法シナクティ・ヒール。

 陛下の頭上に緑の光が輪を描くようにクルクルと回り出した。その軌跡から回復魔法の光のかけらがパラパラとこぼれ落ちる。

 浄化の効果も意識しているせいで、医師団の魔法とは光の色が異なっているが、あとは吸い取られる生命力ときっ抗する程度に回復量を調整できれば、理論上は問題ないはずだ。

「他の方は少しずつ魔法を解いて下さい」
 私がそう言ったけれど、医師たちは良いいんですかという顔で皇帝の顔を見る。それにうなずいた皇帝。
 医師団の団長だろう男性の指示で1人ずつ回復魔法を止めていく。その度ごとに、私の魔法の負担がグンと増えた。……さすがは帝国の医師団というべきでしょうね、この必要魔力量は。

 心配そうな表情をするパティに、「大丈夫」と言って微笑む。
「パティ。いくつかの錬金素材を持って来て欲しいの。この魔法を付与した腕輪かなにかを作るから。……それとそれが完成するまでは、ルザミアさんにはここにいて欲しいんだけど、いいかしら?」
「あなた……。まさか、そんなことまでできるの?」
「魔法の方は魔力供給さえ途切れなければ大丈夫だし、魔法陣を利用した魔法付与は、かつてあなたに教わったことだしね。
 それにこの室内に貴女たちがいるかぎり、護衛もできるわ」

 問題はしばらくここから動けそうにないということなんだよね。

 ルザミアさんが、私に深く頭を下げた。「ああ、ノルンさん! よろしくお願いします」
 この場にいる人たちの、皇帝陛下に対する思いに触れると、正直、迷ってしまう。そう。神力を使おうかどうかと。
 今まで無節操に使っているようにみえて、それでも神力を使う場面を制限してはいた。それを……。

 結局、決断できないまま、そのまま魔法をかけ続ける私だった。

◇◇◇◇

 一方、帝国騎士団本部。
 そこでは騎士たちが慌ただしく動き回っていた。
 喧噪に包まれた空気が、ニンバスのいる部屋にも扉を通り抜けて伝わってくる。

 ニンバスが見つめる先にはベッドに横たわる妻パターシャの姿があった。毒で命を落としたパターシャは今、状態保持の魔法陣によって死んだ直後の状態を維持してあった。

 本来ならば葬儀の準備を進めなくてはならないが、どうやらそれは当分先のことになりそうだ。

 控えめなノックがして、中に騎士団長のボルテスが入ってきた。
「殿下。……2時間後には編成が終了する予定です」
「わかった」
「ですが、本気でやるのですか? 相手はっ」
「くどいぞ。ボルテス」
「し、しかしっ」
「財務大臣ら古参貴族の悪事もつかんでいるだろう。……この機会に、帝国に巣くったウジ虫どもを一斉に駆除する。兄上とともにな」

 だがその時、大きな爆発音が響いて建物全体が震えた。無言で騎士団長を見るニンバス。わかっているとばっかりに、ボルテスはすぐに部屋を出て行った。

 その頃、騎士団本部は帝都上空に転移してきた軍用飛空船によって砲撃を受けていた。
 本来、飛行禁止地区であるのに、これはもはや戦争である。誰も止めるものも、止められるものもいない。

「障壁を張れ! エネルギーを回せ!」
「砲撃班。狙いは上空の飛空船。対障壁集中砲撃で1隻ずつ狙え!」
「はっ」

 本部の作戦室では、次々にボルテスの指示が出されている。
「先行部隊は?」
「はっ。第3急襲部隊を後詰めにおいて、残りの部隊はこちらに向かっております」
「よし。先手は取られたが、初撃を凌げば次はこっちの番だ。まずは奴らの軍船を破壊して打撃を与えるぞ」
「はっ」

 騎士団本部に設置されている魔道砲からビームのような砲撃が発射される。障壁を張ってそれを防ぐ飛空船側だが、1隻に砲撃を集中させることにより、その障壁を破壊し船を貫く。次の瞬間、砲撃を浴びた船が爆発した。
 1隻、また1隻と、巧みな砲撃技術により確実に破壊していく騎士団。

 だが、その隙に襲撃部隊が本部に入り込んでいた。
 本部内廊下に急遽バリケードを作る騎士たち。襲撃者たちのルートを制限し、追い詰めていくつもりなのだ。

 今もまた襲撃部隊の1つが廊下の突き当たりに追い込まれた。近くには窓もなくドアが1つだけ。そのドアを蹴破って中に侵入していく襲撃者たち。

 そこへ10人の騎士たちが駆けつける。先頭の者が扉の脇で中の様子をうかがい、ウエストポーチから手投げ弾を取り出すと、その安全装置を外して、わずかに扉を開けると、そのすき間から部屋の中に放り投げた。

 中から、「――くっ」「け、結界ぃ」という叫び声があがるとほぼ同時に、ボンッと部屋が爆風に包まれた。炎が唯一扉のすき間からも、わずかに漏れ出た。
 つづいて騎士の中でも透明な盾を持っている者たちが中に侵入。壁を作り、さらに魔道銃を持った騎士たちがそれに続く。

 あの爆風に普通なら生き残りなどいないだろうけれど、もし強固な結界を作る魔法使い、または魔道具があればわからない。
 案の定、生き残りが居たようで、中に入ってきた騎士たちに銃撃が加えられる。しかし、そのいずれも盾に防がれた。

 やがて銃撃戦の末に襲撃者は全滅した。その1人が持っていた通信用魔道具から、誰かの声が聞こえるが、それに応える者は誰もいなかった。

「よし。クリア! 次に行くぞ」
 騎士の班長がそう言い、部屋から出て行く騎士たち。しばらくして、またどこか遠くから戦っている音が伝わってくる。

 動くもののなくなったその部屋に転がっている遺体から、うっすらと黒い煙が立ってきた。しかしその黒い煙は、すぐに空気に溶け込んで無色透明になっていった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。