11-19 牙をむく黒幕たち

 第4皇子ニンバスが本部の作戦室に入ってきたとほぼ同時に、不吉な報告が飛び込んで来た。

「こちら防衛第3班。敵が毒を撒いた模様。隊員が次々に倒れていく。万能解毒薬の効き目がない。未知の毒。しかも空気感染の可能性大――」

 それを聞いた騎士団長が盛大な舌打ちをする。
 すでに飛空船部隊はすべて撃墜したものの、毒とは厄介な。

「換気装置を吸気モードに設定。――皇子はっ。おお。ちょうど良いところに」
「状況は?」
「はっ。敵飛空船による砲撃を受けていましたが、すべて撃墜しました。侵入部隊もほぼ壊滅しましたが、毒ガスを撒いたようで、今、その対策をしたところです」
「帝都への被害は?」
「残念ながら、飛空船の墜落したところには……。市街地用の障壁は張ってあるでしょうが」
「くっ。……そうか」

 帝都の臣民への被害が出てしまった。これで帝城内で争いが起きていることが人々に知られてしまうだろう。

 その時、何もない空中に魔法陣が現れた。
「殿下! さがって。全員、敵襲に備えよ!」

 本部は転移妨害の設置型魔道具を常時稼働させている。
 そのため、自分たちも各地に出動する際は、あらかじめ設置してある魔法陣を利用しなければならなかった。
 それがどうやったのか、何ものかがここに転移してこようとしている。

 だが転移方法を追求するのは後だ。ここにはニンバスがいるのだから、なんとしても守らねばならない。

 カッと光った魔法陣から出てきたのは、閃光爆弾だった。それを見た瞬間、騎士団長のボルテスが、
「目を閉じろ!」
と指示を出したが、それより一瞬早く爆弾が破裂し、室内が凄まじい光と音に包まれた。

 幸いに、ここにいるのは精鋭中の精鋭である。目を閉じて、その爆弾をやり過ごした騎士が何人も居た。当然、騎士団長もそうだが、その目の前に5人の暗殺者が転移を果たしていた。
 すぐに動き出した暗殺者を見て、すぐにボルテスは殿下の前に立ちはだかった。

 そこへ蹴破るような勢いで扉が開かれ、副騎士団長ハフトンが騎士の一団を引き連れて現れた。
 ボルテスが暗殺者の1人と切り結びながら、ハフトンに殿下を守るように命じる。
 ハフトンはその指示通りボルテスとニンバスの間に入る。そして自分の魔導銃を抜くと、それで騎士団長のボルテスを背中から打ち抜いた。

「がぁっ」

 まさかの背後からの狙撃に、ボルテスが目を丸くする。だが、その次の瞬間、さらにハフトンがナイフでボルテスの背中に突き立た。刃の先は筋肉を突き抜け、ボルテスの心臓に達していた。
 口から血をはき出す騎士団長。信じられないといった表情で後ろを振り返ると、肩越しにハフトンと目が合った。

「き、貴様。裏切るのか」
 ボルテスは見た、ハフトンの更に向こうで、ニンバスが騎士たちに囲まれて、銃弾の集中砲火を為す術もなく受けているのを。

 もはや身体から力が抜けていく。だが、ハフトンだけは許せぬ。怒りに突き動かされ、道連れにしようと腰から手投げ爆弾を取り上げたが、次の瞬間、暗殺者によって腕ごと切り落とされた。

 すでに作戦室にいた騎士たちは床に倒れ伏し、生きているのは暗殺者とハフトン、そしてハフトンが連れてきた裏切りの騎士たちだけだった。
 全員の死亡を確認し終えたハフトンが、
「では次だ。――行くぞ。悪魔を呼び出し、我らが望みを叶えるためにはまだまだ生け贄が必要だ」

 ハフトン率いる反逆の騎士たちは、何食わぬ顔で本部内にいる他の騎士たちに近づき、次々に抹殺していった。

◇◇◇◇
 財務大臣ダリウスの屋敷に避難していたバローラムは、騎士団本部に攻め込んでいった大臣や古参貴族軍、帝国魔道士団からの報告を今か今かと待っていた。

 逆賊となったニンバスをここで討ち取らねば、もしも地表の国々に逃がしてしまえば、より大きな内乱となり、多くの血が流れることになってしまう。
 なんとしても、それは阻止しなければならない。

 妻のルミネシアも、ニンバス陣営の襲撃を恐れて、今この場にいる。
 室内には他に、ルミネシアの父である財務大臣ダリウス、魔道士団長リンフォスが待機をしており、壁際には警護役として近衛騎士団副団長のシムスが待機をしていた。

「まだか……、まだなのか」
 大臣が皇子をなだめるように言った。
「殿下、そのように焦るものではありません。こちらは飛空船まで出しましたから、いかな帝国騎士団とはいえ防衛に精一杯でしょう」

 それに|追従《ついしよう》したのがリンフォスである。
「向こうの副団長ハフトンらも既にこちらに引き込んでありますし、奴のお陰で大臣が秘匿する凄腕の暗殺者を転移で送り込むことができました。
 ……向こうも、まさか自分たちの仲間の内に敵がいて、しかも館内に直接転移していくなど、想像もしていないでしょう。必ず勝てますよ」

 ただ1人、納得がいっていないのか、青白い顔色になって怯えているのがルミネシアだった。
 彼女にとっては、第4皇子ニンバスもその妻パターシャも敵などではなかった。むしろパターシャに至っては、他の帝室の女性とともに女子会をしあう仲であったのに、今では決定的に敵対してしまっていた。

 ほとんど説明をしてくれないが、本当に皇帝陛下をニンバス陣営の手の者が襲撃したのだろうか? 内心では、そんな疑念を懐いている。

 けれど――。
 隣のバローラムの表情を窺うが、バローラムはバローラムで余裕がない。手が震えている。それを見たルミネシアは、無意識のうちにバローラムの手をさすってあげようと手を延ばした。

 その時だった。不意にルミネシアがその場で崩れ落ちた。

 ギョッとしたバローラムが、
「な、なんだ! どうした!」
と声を挙げ、まるで何かから逃げようとするかのようにソファから立ち上がりかけた。

 次の瞬間、その胸から剣先が生えた。目を丸くしたバローラムの口から血が流れる。その正面では、財務大臣ダリウスが笑っていた。

「ど、どうし、て……」
「我らが宿願のために贄となっていただきますぞ。……すでにニンバス殿下も先に逝っているでしょうし、寂しくないようにルミネシアもすぐに追いかけますからな」
 バローラムが虚空に手をのばし、がくんと倒れた。その目からは既に光が失われていた。

 バローラムを背後から刺した副団長のシムスを見て、リンフォスが1つうなずいて命令をした。
「――自害せよ」
 シムスはリンフォスの言葉の通り、バローラムを突き刺した剣を逆手に持ち、自らの胸の真ん中に突き刺した。

 それを見届けたダリウスが、
「では行こうか。……みなが待っている。いよいよだぞ」
「はい。第2皇女を捧げられませんでしたが、生け贄はもう充分でしょう。必ずや我らが神、――|魔神《デーモン》さまが応えて下さるでしょう」

 部屋の扉を内側からロックしたダリウスは、暖炉の飾りの一部を押した。すると壁の本棚の一部が動き、下り階段が姿を現す。
 ダリウスとリンフォスは、惨劇の現場となった部屋をそのままにして、その階段を降り、暗がりに消えていった。

 2人が降りている階段の先には地下に隠された部屋に続いていた。
 今、その部屋には20人ほどの貴族の男女が並んで、来たるべき時を今か今かと待っていた。
 部屋の中央には大きな魔法陣があり、それをぐるっと囲むように立っている。その顔には、誰もが顔の上半分を隠すような装飾のあるマスクをしていた。

 そこへダリウスとリンフォスが入っていった。そのまま一段高い祭壇に行き、ダリウスが振り返った。
「諸君。とうとうこの日が来た。魔力の高い帝室直系3人の命、そして、我らの障害となり得る皇帝に帝国騎士団も、もはや死に体だ。
 ……さあ、我らが同志リンフォスよ。儀式をはじめよう!」

 命じられたリンフォスが、魔法陣の手前に進んでいく。周囲に集まっていた人々も魔法陣に向きなおった。
 人々の手には不思議な色の石が握られている。
「ダルファ、ダルファ、ネフェシス、オーブリエン、ダーラム、ダーラム――」
 まったく未知の呪文がリンフォスの口から紡がれ、詠唱が進むにつれ人々が手に持っている石が光りはじめた。
「帝国騎士の遺体を糧に、天地を流れる魔力を糧に、我らが呼び声に応えよ」

 さらに詠唱が続いていく。1分、2分と続き、やがて魔法陣が輝きだした。
 それを見た1人の男が歓喜の声を上げた。
「おお。反応が!」

 急に魔法陣から黒い霧のようなものが吹き出した。彼らは知らなかったが、それは濃厚な瘴気だった。
 吹き出た瘴気は瞬く間に部屋の中を覆い隠す。

「こ、これは……。ぐおっ。ぐううおおぉぉぉ――」
 その場にいた人々が苦悶の声を上げた。全身を襲っている苦痛に身をよじりながら、地面に倒れ込む女や膝をつく男たち。

 やがてベリベリと彼らの服が破ける音がして、さらにメキョメキョと不気味な音を立てながら彼らの身体が変化していった。
 あまりにも濃密な瘴気に反応し、身体が魔物化していったのだ。

 ダリウスの身体からはもう一対の腕が生え、髪が全て抜けるとともに2本の角が生え、全身の肌の色が黒くなっていった。
 同じように化け物の姿に変化したリンフォスは、全身に赤く輝く宝石が埋め込まれたような姿になり、おなかにもう一つの顔ができた。全身から魔力があふれ出し、三つある目が赤く染まった。

 やがて変化が完全に止まると、化け物になった人々全員がいいようのない幸福感と快楽に襲われた。

「ふはははは。素晴らしい! これが人を超越するということか! ははははは」「おおっ。力の使い方がわかるぞ。すごいっ」

 自らの身体を見下ろし大笑いするダリウス。異形と化した人々。一斉に魔法陣を見るが、不気味に脈動するように黒く、赤くその光を変化させているだけだった。

 それを見たダリウスだった化け物が、
「どうやら力の一端は授かったようだが、デーモン様の降臨にはまだ血が足りぬようだ。もう一歩のようだが。魔力の籠もる血を、この魔法陣に流し込み、向こうの世界との通路を開かねばならん」
と言うや、別の化け物が、
「今の我らならば、帝国騎士が何人来ようと平気だ。人々の血を、――いや皇帝陛下の高貴な血を捧げ、完全なる顕現を願おうぞ」
と応えた。ダリウスはそれにうなずいた。

「お前の言うとおりだ。――ゆくぞ。目標は陛下の部屋だ。奴の血と魂ならば、常人の1000人分にはなろう」
「「おおっ」」

 異形と化した人々の周囲を黒い魔素が小さな竜巻のように包み込み、それが晴れるとそこには元の人の姿になった人々がいた。
 これは人化の術ではなく擬態だった。それも獲物を刈り取ろうという捕食者の、化け物が人知れず人間社会の中に潜むためのそれだった。

 よこしまな笑みを浮かべたダリウスたちは、もはや仮面をしていない。貴族の素顔のまま、転移魔法陣のある部屋に向かって行ったのだった。

「……デーモン様。今しばらくお待ちを」

 目指すは帝城。帝都の一般人では魔力が少なく贄になりえない。それよりも帝城にいる人間。――それも大きな魔力を持つ貴族、特に死にかけの皇帝はいい生け贄になる。
 たとえ近衛騎士とはいえ、今の自分たちならばたやすく屠ることができる。そう確信していた。

 誰もいなくなった部屋では、魔法陣から瘴気が噴き出し続けていた。
 どれくらいの時間が経っただろうか。しばらくして、その瘴気の中に一人の女性のシルエットが浮かび上がった。

 ――こ、こ、は。ここ、は。ここはヴァルガンドか。…………。そう。目覚めの時が来たのか。

 その女性の目が赤く光る。それの呼応するように魔法陣が、部屋が、屋敷が振動しはじめた。

◇◇◇◇
 パティが用意してくれた錬金素材は、さすがは帝国、実に多くの稀少な素材が集められていた。
 でも、呪いを完全に払うわけではないから、そこまでの素材は必要ない。

 心配そうなパティとルザミアさんが見守る中、また多くの医師たちが見ている前で、皇帝陛下への回復魔法に魔力供給をしながら魔道具作成に取りかかることにした。

 選んだのは、安定の魔導金属ミスリル。それと魔力貯蔵用としてマギテライト鉱石。デウマキナ山脈のほかでは隠者の島でしか採取できる場所を、私は知らない。
 この鉱石は魔素を魔力に変換する効率が最も良く、かつ膨大な量の魔力を貯蔵しておける鉱石だった。

 あとは魔法陣を刻めば良いんだけれど、破損の自動修復や回路の安定化を考えて触媒として、ユニコーンの抜け落ちた角、フェリシアの羽を一枚使わせてもらうことにした。

 もちろん回路は2重にしておくけれど、フェニックスであるフェリシアの羽を触媒にしておけば、どちらかの回路が破損しても時間経過で元どおりになるという寸法。

「じゃあ、始めるわね」
 私はそう言って、ミスリルに魔力を流して変形させ、腕輪型にし始めた。この後はマギテライト鉱石を埋め込んで、継続回復魔法の魔法陣と大気中から魔素を吸収する魔法陣を刻み、回路を作るだけ。

 作業を進めるうちに、新たなお客さんが来た。なんでも、ここ帝都のトリスティア神殿の神殿長で、総大司教の役目にある人でブラハムさんという。
 なんでもアトランティスの大司教カルディナさんに命じられたそうで、パティの護衛として神殿騎士を引き連れて来ていた。

 まだ公式にパティスが聖女であると発表はされていない。そのせいか、突然の神殿騎士の訪れに近衛騎士たちは警戒していたが、パティが許可を出して、今は近衛とともに病室の外を警護している。

「――完成しました」

 見た目はシンプルな腕輪だけれど、機能はしっかりしている。あとはこれを身に付けてもらって稼働させればよいはず。

 ところがそこへ不作法な人たちがやってきた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。