11-20 目覚め

 廊下が騒がしくなった。室内に控えていた騎士の1人、他の人の態度からおそらく近衛騎士団長だと思われる、が険しい表情をしながら外に出ていった。
 あっちは任せて、できたばかりの腕輪をパティに渡した。

「空気中からマナを集め、内部に刻まれた継続回復の魔法陣を発動させる腕輪よ。……ただし体力回復に特化しているから、怪我とかまでは回復できないけれど、呪いに対抗するにはこっちの方がバランスが良いでしょ」

「ノルン。ありがとう。――私はあなたに返せるものが何もないわね」
「将来に返してもらうから大丈夫。……それより早く、それを」

 着けてあげてと言おうとしたところで、外の様子が変わった。
「大臣! これは一体どういうことだ!」
 先ほど出て行った騎士が怒鳴る声が聞こえてきた。と同時に、今まで感じたことのない気配が生まれるのがわかった。

「――パティ。早くそれを皇帝陛下に。……フェリシアはアーケロンとここにいる人々を守って」
 本来は私のガーディアンだけれど、状況の変化を感じ取ったのだろう、素直に引き受けてくれた。
(わかりました)

 アーケロンは何が起きているのかわからない様子だけれど、水球をそのままの位置で固定しておき、こっちを見ているパティとルザミアにアイコンタクトを取ってから、私は部屋の入り口に向かった。

 とたんに誰かが吹き飛ばされてきた。部屋の中にいる医師たちや、近衛、神殿両騎士たちが驚いている。あわててこちらに向き直る騎士たちの気配を感じながら、壁に激突して崩れ落ちた騎士の姿を見た。
 鎧が切り裂かれている。その断面から僅かながら瘴気の残滓が見えた。

「騎士団、前へ。元貴族だろうと構わん。謀反である。奴らを誅せよ!」

 その声を聞きながら外を覗くと、そこには部屋を守るように陣形を組んでいる騎士たちと、その背中越しに何体もの異形の悪魔の姿が見えた。

 あの姿、雰囲気。とてもヴァルガンドにあるような気配ではなく、ひどく歪で異質。それなのに、どこかで感じたことがある気配。
 ――これは。

「悪魔ね。確かウルクンツルで……、天災モルドが引き連れていた……」
 知らずつぶやきが漏れるが、それを気にしている人はいなかった。

 なぜなら、すでに戦いは始まっていたからだ。
 前列の騎士たちが盾を構えて通路を塞いだままで前進し、悪魔とぶつかり合っている。腕が四本の悪魔や、翼を広げた悪魔、ゴツゴツした触手のようなものを生やした悪魔が騎士たちに襲いかかる。

 鋭い爪の攻撃、口から吐き出された炎。一転して戦場となった廊下であるが、騎士たちの武具も相当のものらしく、盾で攻撃を防ぐことができていた。

「フィジカル・グロウ・アップ」

 そんな騎士たちに、さらに身体強化魔法をかける。同時に悪魔たちの攻撃を防ぐためにマナバリアの障壁を張ることにした。

 騎士たちの指揮を執っているのは、さっき外に出て行った男の騎士だった。やはり近衛騎士団長のようだ。
 その彼は、自らのいかにも特別な宝剣と思われる武器に魔力を通し、一番近くにいる悪魔に襲いかかっていった。

 あの動き。私の身体強化魔法の影響もあるけれど、さすがは近衛騎士の団長といえる動きだ。技だけならば、ジュンとも互角に打ち合えるんじゃないだろうか。
 ……あくまで人の範籌の力に制限した場合は、だけど。それに相手も人ではなかったようだ。

「ぐわぁっ」
 腕が細長い剣のようになった化け物の一撃を受けた騎士が、一直線に横に吹っ飛び、仲間を巻き込みながら壁に激突した。
 さらに青白い肌の女性型悪魔のような化け物が、その目を光らせると、その足元から何本もの氷の柱が突き出て、まるで津波が迫るように襲いかかってきた。
 吹き飛ばされる騎士たちを横目に、私は前に飛び出すとハルバードを床にドンと突き立てた。
 魔力を流し込み魔法陣を構築。瞬時に結界を張った。

 光の壁が私たちを囲んだ瞬間、突き上げる氷柱の津波が激突してくる。
 ズガガガガッと凄まじい音を立てて、次々に地面から延びた光の柱が結界を貫こうとぶつかっては砕けていった。
 私の背後にいる騎士達が息を飲んで固まっている。

 ハルバードを支えながら、左手を化け物たちに向ける。
「|聖なる鎖にて縛れ《セイクリツドチェイン・バインド》っ」
 さらに魔法陣を正面に展開する。「貴方たちからは見覚えのある瘴気がみえる。――天災に魅入られたのね」

 周囲の空間から延びた光の鎖に身体を縛り付けられる悪魔たち。そのリーダーらしき男が笑った。

「天災など知らぬわっ。我らが神はデーモンさまのみ。――こんな鎖などっ」

 デーモンさま。その言葉も聞き覚えがある。そう。ウルクンツルで。しかも天災モルドが言っていた。居もしない悪魔だと。

「ようやく統一されたこの世界で、なぜそんなものを……」

「知れたことよ! 永遠の命を得て、栄光を我らのものとしつづけるのだ」
「哀れな人……。欲望には果てなどないのに。貴方たちは、自分たちの欲望によって破滅を向かえるのよ」

 そこへ誰かが走って出てきた。この気配。パティだ。
「もしや貴方たちの仕業なの? 今までの事はすべて!」
 血がほとばしるような問いかけの叫び。その声に、多くの感情が込められているのを感じる。

「そうだ! 皇太子を暗殺したのも。皇帝を、バローラムもニンバスも殺したのも、我らの手の者だ。だが喜べ! 彼らの流した血と無念の思いが我らに神への道を開いてくれたのだ」

 興奮している彼らのその声ともに、縛り付けていた私の鎖の魔法が消えていく。

「ふはははは。そのまま我らを縛り付けるつもりだったのだろうが、デーモンさまの加護を得た我らには時間稼ぎにしかならぬ」

「いえ……、違うわ」

 ――封印解除。神威解放。神衣光輪。

 可哀相な人たち。せめてこの力で浄化してあげましょう。

 白銀の光がほとばしる。神力が白銀の衣となって私を覆う。その間にもいくつもの攻撃魔法が私に殺到するが、自働展開された結界に傷をつけることすらできない。

「鎖は自分で解いたのよ。瘴気に犯され、その姿になってしまった貴方たちは、もう元には戻れない。デーモンなどありもしない悪魔に取り憑かれた貴方たちにはもう居場所はない。ならば、せめてこの力で送ってあげましょう」

 彼らの足元に彼ら全員を納めるほどの魔法陣を構築する。何人かの異形の悪魔がその魔法陣を破壊しようと執拗に攻撃を加えている。けれど無駄。

「浄化なさい。詠唱も祈りもなく。光よ。聖石よ。彼らを救いたまえ」

 無意識のうちに言葉を紡いでいた。
 多くの戦乱があったことでしょう。沢山の犠牲の果てに統一された世界。ようやくこれから長い安定の時を迎える。それを彼らの欲望で破壊させはしない。

「これから帝国は2万年にも及ぶ統治の時代を迎える。平和のうちに人々がかつてない繁栄をむかえる。――あなたたちの願ったようにね。だから安心して眠りなさい」

 魔法陣から猛烈な光が吹き上がった。彼らの身体がその光に飲み込まれる。
「ぐわあぁぁぁ。なんだこの光は! で、デーモンさま。そのお力を我らに!」
「無駄です。そのような悪魔など存在すらしないのだから」

 けれど私の声はすでに届いていないようだ。光に飲み込まれた彼らはすでに影となって踊っているようにしか見えない。
 やがてその影も少しずつ薄くなっていき、やがて完全に光に飲み込まれていった。

 光が消えた魔法陣を前に、私も神力を再び封印する。
 振り返ってパティを見ると、彼女は両の眼からぼろぼろと涙を流していた。「ノルン……」

 許せないという無念の思いが伝わってくる。私は彼女の身体を抱き寄せた。
「まさかあの化け物たちが……、兄を……」
「パティ」
「……悔しい! とても、悔しい!」
「もう終わったのよ。だから泣いていい」
「ごめんね。でも、ルザミア姉には聞かせられないから。今だけお願い」

 その言葉の途中から、彼女は我慢できずに嗚咽を漏らし始めた。
 近衛騎士たちは気を遣ってか、何人かは部屋の扉を閉じ、また何人かは倒した悪魔の痕跡を調べに散っていった。
 残ったのは近衛騎士団長らしき人だけ。

 パティを支えながらその人を見上げると、その人は右の拳を自分の胸に当てて頭を下げた。
「感謝する。殿下たちの仇を討ってくれて」
「本当はあなたが自分の手で仇を取りたかったでしょうに。すみません。出しゃばってしまって」
「いや、あのままだと深刻な被害が出ていたし、俺たちは第一に陛下や殿下を護るのが使命だ。私怨は二の次にすぎぬ。……正直にはそういう気持ちが無いではないけれど、それでも感謝している」

 どうやら本当に近衛騎士団長だったらしくテオドアさんというらしい。副団長たちも操られていたらしく、近衛騎士団内も混乱しているという。

「統一したからと安心していたツケが回ってきた。次は内なる敵を警戒すべきだったのだ」

 そういってテオドアさんは皇帝陛下の元へ戻っていった。化け物は退治したが、黒幕のことは今は伏せておいてくれるらしい。彼もわかっているのだ。ルザミアさんにショックを与えてはいけないことを。

◇◇◇◇
 パティスが落ち着いてきた頃、突然、彼女に神託が降りた。

 ――目覚めの時は来たれり。彼の屋敷にて彼らと出会うであろう。

 その神託を受けて、パティは神殿騎士を引き連れて財務大臣ダリウスの屋敷に行くというので、私もそれに着いていくことにした。
 予感があった。どうしても行かねばならないという。

 そんな私の気持ちをわかってくれたようで、パティはルザミアさんと話して、敵を倒したこともあって護衛依頼は終了としてくれた。

「パティ。お願いがあるの」
 何があるかわからないので、直接大臣の屋敷に転移をすることはしない。そのため馬車に乗って移動しているその最中に、私はとあることをパティにお願いしておいた。きっと必要になるから――。

 そう思いながら傍にいるフェリシアとアーケロンを見る。
(マスター)
 念話を送ってきたフェリシアにはわかっているのだろう。私はアーケロンに言った。

「アーケロン。これから先には危険な敵が待ち受けている。私と同じくらい強い敵が待ち構えている。だから……じっとしていなさい。私の魔法を、よく見て。いずれ、遠い未来にあなた自身も使いこなせるように」
(はい?)

 何のことかわかっていないだろうアーケロンに手を伸ばす。その小さな手を触り、これから彼女が辿るだろう運命を思う。
 その瞬間にも、馬車はダリウス大臣の屋敷へ近づいていった。

 かなり大きな屋敷だ。この空飛ぶ帝都の限られた土地で、ここまでの広さの屋敷を持っているというのは、さすがは大臣といえるだろう。
 そして、屋敷の中からは人の気配が感じられない。それを感じ取れていないパティたちが慎重に陣形を組んでいる。待って、危険だと止められたけれど、私は一番先頭で入らせてもらうことにした。

 神殿騎士に護られたパティが、
「本当に大丈夫なの?」
「ええ。――行くわよ」
 私はそう言って玄関の扉を無造作に開け放った。その瞬間、中から血の臭いがただよってきた。
 玄関ホールにすでに大臣保有の騎士団や帝国魔道士団のものと思われる死体が転がっていた。
 それを見た途端、後ろから誰かが息を飲んだのがわかった。

 凄惨な死の空気。まるで同士討ちをしたかのようで、どの遺体にも切り傷や魔法攻撃の跡が見える。
 遺体をまたぎながらホールを進み、正面にある階段を登って2階にあがる。左右に道が分かれているが、内なる感覚にしたがって左の扉を開け、、廊下を進んでいく。
 騎士たちはホール、そして1階の探索に半分ほど残してついてきた。パティもこっち側だ。

 やがてひときわ立派な扉を見つけた。
「そこは高位貴族用の応接室だったはずよ」
「来たことがあるの?」
「ええ。バローラム兄が結婚するときに」
「そう。――いい? 覚悟しておいて。この先に何があろうと、そこで立ち止まっている時間は無いと思うから」
「どういう意味?」
「おそらく扉を開ければわかる……」

 そう言い置いて、扉を開けた。その途端、パティが「兄さん! 義姉さん!」と叫んだ。
 部屋の中にはやはり既に事切れた遺体があった。それもどこかパティに似た男性と、この凄惨な場にそぐわない女性の遺体が。
 おそらくこれがパティの兄とその妻だった人なのだろう。

 やり方はわからないけれど、あの化け物の口述の通り、皇太子の死から始まる一連の事件に大臣たち悪魔信仰の一派がいたことはほぼ間違いないだろう。
 おそらく近衛騎士団、帝国騎士団、帝国魔道士団、更には第3皇子と第4皇子の派閥にも食い込んでいて、いいように踊らされ、その結果がこの部屋の惨状なのだろう。

 だがそれよりも……。
 私は部屋の一角、本棚に開いている隠し通路を見た。暗くぽっかりと開いているその入り口から重々しい空気が這い出している。
 あの奥だ。

 男女の遺体のそばに行っているパティに、
「この奥よ」
と声を掛ける。振り向いた彼女の指がかすかに震えていた。 
「――まだ事件は終わっていない。それを確認しに行かないといけない。わかってるよね」
「ええ」

 その返事を待って、私は自分たちの周りに障壁を張る。それも物理、精神、魔法の3種の障壁を。
「アーケロン。あなたはパティの傍に」
 そういって水球をパティの傍に移動させ、私はフェリシアを肩に停まらせたままで、その秘密の通路に足を踏み入れた。

 まるで地下室のようなヒンヤリとした空気と暗闇に包まれる。ハルバードの先に魔法の光を点す。廊下はすぐに階段になった。
 コツコツと私の立てる足音。後ろからついてくる騎士たちの装備の立てる音。誰もが息を潜めていた。

 果てしないように思われた階段が終わると、そこには部屋があった。緊張しながらそっと扉を開く。次第に高まっていく何かの圧力。

 だが、その部屋は応接室のようだった。部屋にはランプが点いていて、ソファなどの調度品を見る限り、ここが悪魔信仰者たちのたまり場だったことが容易に想定できる。

 さらにドアが2つあり、1つは転移魔法陣の部屋だった。おそらく、世界各地の悪魔信仰者達が利用していたのだろう。

 となれば……、残る扉は1つだ。

 私は扉を開いた。中は集会場のようになっていて、その中央に不気味な魔法陣が稼働していた。
 濃密な瘴気。普段は目に見えないはずの瘴気が、普通の肉眼でも認識できるほどの濃密な濃さの霧がただよっていた。

「なに、この部屋……」
「しっ」

 あの魔法陣の中央に人影がある。6人分の大小様々な人のシルエット。
 そう。それはとても見覚えのある人たちだ。

 魔力を練る。私の周囲に幾重もの魔法陣が現れ、ぐるぐると回転しながら形を変え、大きな球形の立体魔法陣となる。

 右手をその人影に向けた。
「――はっ」
 短い呼気とともに魔法を放つ。無数の光の弾丸が魔法陣から全方位に放たれ、すぐにその軌道を変えて霧の中のシルエットに殺到していく。

 バチュン、バチュンとその光弾が弾ける音が続く。攻撃は緩めない。だが、その時、女性の声が聞こえた。
「随分な挨拶よね。……けれど無駄ね。そんな普通すぎる魔法は、私たちにはきかない」

 その間にも光弾の攻撃を続けながら、私は口元に笑みを浮かべた。
「知っているわ。こんな魔法では貴方たちにはダメージを与えられないなんてことは」

 どうせここで本格的に戦うわけにはいかない。ただ単に、悪魔信仰者たちが呼び出したのは何かを確認に来ただけ。神託といい、天災がこの世界に顕現したという予感を確かめただけ。

「天災モルド、ゴルダン、グラナダ、ベリアス、フォラス、そしてピレト。邪神の使徒たち――」
「へえ。私たちを知っている。創造神様の使いか何か?」
「それは私じゃなくて後ろにいる彼女ね」
「なるほど」

 霧が急速に晴れていく。目の前の人たちに吸い込まれていったのだ。
 全身鎧の大男、ゴルダンがモルドの肩に手を置いた。
「もう少し状況を楽しみたいところだが、我らは目覚めたばかり。やらねばならぬことが多い。――もうゆこう」
「そうね。……また会うことがありそうだし」

 唐突に風が吹いた。屋内だというのに猛烈な瘴気の風が部屋の中に渦巻き、私たちの視界を奪う。
 私の障壁を突き抜け、それでも視界をふさぐ以外の効果は無い風。吹きすさぶ風に包まれながら、彼らの気配が消えていくのを感じた。
 耳元で「またね」というモルドの声が聞こえ、唐突に風が止んだ。
 ……風が止んだ後には力を失った魔法陣だけが残され、彼らの姿はきれいさっぱり消え去っていた。

 沈黙が戻った部屋。
 私は振り向いた。いまだに警戒している騎士たちの向こうにいるパティを見る。

 私の周囲にぽつりぽつりと小さな光がいくつも現れた。
 どうやら時間が来たようだ。

「パティ。お別れよ。……アーケロンをお願い」
 騎士たちのすき間を通り抜けてパティが前に出てきた。

「どういうこと? お別れなんて」
「大丈夫、また会える。未来の私をよろしくお願い。……アーケロンも、しっかり大きくなるのよ。魔法の訓練を怠けないように」

 どんどん舞い上がる光の粒が増えていく。それと同時に私の周囲でクロノの力が高まっていった。
(そろそろ行くよ)

 おや? 今度はちゃんとクロノが言葉をかけてくれたわ。
 見ていないかもしれないけれど、私は1つうなずいた。

「もう時間だわ。じゃあ――」

 元気でねと言いかけたとき、閃光が視界を埋め尽くし、私はその場から次元跳躍をしたのだった。

 浮き上がる身体。光の中をどこかに運ばれていく。
 これが天災の目覚めだったのか。

 それはきっととても大切な歴史の1つだったのだろう。深刻な出来事なのだろう。……でも、気がつくと私は微笑んでいた。

 パティ。またね。

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