11-21 光の回廊

 包み込んでいた光がおさまると、私は幻想的な光のトンネルの中を、まるで重力などないかのように浮かび漂っていた。

 光から透けて見える外側の空間は暗く、上下左右ともに果てのない広大な空間が広がっている。ここは一体どこなのだろう?

 すぐ傍で、フェリシアも私と同じように空間を漂っている。
「今度はどこかしらね」
(マスター。おそらくですが、ここは時空回廊ではないかと)
「時空回廊?」
(ええ。……管理者は時精霊クロノです)

 フェリシアがそう言った途端、明るい声が響きわたった。
「正解!」

 それと同時に、私たちの前方に光が集まって少年姿の時精霊となる。
 ……ため息が出るのは仕方がないと思うんだ。ようやくのお出ましというわけね。

 ニコニコとした笑顔で、
「久しぶり。お姉ちゃん」
というクロノに、自然と据わった目になってしまった。

「……久しぶりね、クロノ。今まであちこちの時代に行かされたのは、あなたの仕業よねぇ?」

 特に凄んだわけじゃないけど、クロノが頬をひくつかせている。
「ええっとね。前の召喚にもすぐに行けなかったんだけど……。色々と忙しくてさ」
「ふうん。色々と。……貴方たち精霊ってさ、個にして全、全にして個の存在だったわよね」

 クロノっていっても同時に複数人の姿で顕現できるわけでしょ? 忙しかったなんてウソよね。

「あ、はは……。あはは。怒ってる?」
「ええ」

 右手に電撃魔法をまとわせて、わざとスパークさせると、クロノは「ひええぇぇ」と叫んで頭を下げた。「ごめんなさい!」

 まあ、これからの私に必要なことなのだろうと薄々感じてはいたので、すっと魔法を引っ込めるけれど、それでもねぇ。何も説明もなしに、あちこちの時代に跳ばされたモヤモヤは収まらない。

「ちゃんと説明しなさい」
「はいぃ! ――あ、でも、もうちょっと待って」
「あなたねぇ……」

 再び魔法を発動しようとしたら、クロノが慌てたように両手を身体の前に突き出している。

「いや、ホント。お兄ちゃんがもうすぐでここに来るから!」

 え? お兄ちゃん?
 ――ってジュンのことよね? ここに来るの?

 ふふ、ふふふふ。……そう。来るの。じゃあ仕方ないわね。少し待ちましょうか。

「……お姉ちゃん。顔がでれてるよ」
「不可抗力よ」
「いや、そりゃあ、抗えない力かもしれないけど」
「それでジュンは今どこにいるの?」
「まだ大変な状況だと思うけど……、見る?」
「ええ! もちろん」

 しょうがないなぁと言いつつ、クロノが光のトンネルの側面に手を当てた。するとちょうど私たちがいる所の光の壁が四角いスクリーンとなって、そこに映像が映し出された。

 初めに映し出されたのは海だった。空は真っ黒な雲に覆われていて、どうやら大きな嵐のまっただ中のようだ。
 空には何かが光の尾を引きながら跳んでいる。あれは何だろう。

「今ね。お兄ちゃんはあの乗り物に乗っているんだよ」
「……あれはなに?」
「魔導飛行機。時代はね。ブラフマーギリー帝国の末期。大破壊の時代」
「は?」

 大破壊の時代? なんでそんな時代に……。まさかジュンも私と同じように?

「ほら。堕ちてくる」
 クロノの言葉が終わるかどうかというときに、突然飛行機の上空から、巨大な龍が現れ、その長い尻尾の一撃で飛行機が真っ二つになった。

「あ、あああ。あ、ジュ、ジュン――!」
 いや! 死なないで!

 知らずのうちに私は神力を解放していた。座標は……
「ちょっと待った! 大丈夫。大丈夫だから、時空間に干渉しないで!」

 真剣にスクリーンに見入っていた私の目の前に、クロノが慌てて飛び込んできた。

「大丈夫だから。――ほら、ご覧よ」
 クロノに促されてスクリーンを見ると、空に散らばる機体の破片の中でキラキラと光を放つ何かがある。「彼の神力だ」

 一筋の光が天地を真っ直ぐに結んだ。その細い光の直線を中心に、その周囲が時間を止めたように、飛行機の破片などが宙に滞空していた。そして、ゆっくりと時計回りに回転しながら下に降りて行く。

 雲間から現れた黒龍。……あれはピレトだ。第2形態となった。
 ということは大破壊ってもしかして……。

「うん。そうだよ。あの天災6人によって引き起こされたんだ」
「でもそれっておかしくない? 大破壊でそれまでに培ってきた文化とか壊滅状態になるまで、ほぼ絶滅に近い破壊があったんでしょ? 人々の絶望や死の恐怖、苦しみで膨大な瘴気が発生したと思うんだけれど、それで邪神が復活しないなんて……」
「答えは1つだよ。まあ、彼らもわかっていて引き起こしたみたいだけどね」
「答え……」
「そう。時が来ていなかったんだ」

 時? ただそれだけなの?

「そうだよ。そして、それは決定的な理由なんだ。だから、この時、邪神の卵はまだ封印の中から顕現はしていない」

 ということは、私たちの時代で邪神が復活しているのは、何かのトリガーとなることがあったということ?

(マスター。動きがあります)

 フェリシアに教えられて我に返り、再びスクリーンを見る。

 ゆっくりと降下していった破片や、乗客らしき人々が海に着水するや、ジュンの放っていた光が消えた。
 クロノがスクリーンの映像をジュンのところまで近づけてくれる。

 あの人は気を失っているようで、波間にただよっていて、そしてそこに人魚が現れた。男性の人魚に抱き留められるジュン。
 ジュンの力に護られた乗客だった人たちも、人魚に助けられ、そして、全員が一斉にある方向に向かって泳ぎだした。

「あの先には水の神殿があるんだ」
 水の神殿といったら、あの海底に沈んでいた……。そういえば、聖女コーラルさんが命がけで結界を張ったのだったか。
「そう。それがこれから」

 やがて見えてきた水の神殿は、海へ突き出た岬の上に建っていた。しかも物々しい雰囲気が見て取れる。
 何かの襲撃に備えているのだろう。神殿騎士らしき男たちが海沿いに詰めていて、さらにその外側に急ごしらえらしき石の防壁が築かれていた。

 そんな神殿騎士たちの前に、海の中から姿を現した人魚たちが、ぐぐっと迂回をするように泳いでいき、救助した人たちを水の神殿の近くの浜辺に運んでいった。その中にジュンの姿もあるが、砂浜に横になった時点で、目を覚ましたようだ。
 そりゃそうよね。自然回復スキルがあるもの。

 そこへ神殿に勤める女性たちが現れ、介抱を始めた。おそらく騎士たちから報告を受けていたのだと思う。

 あ、ジュンだけが立ち上がって、去って行こうとしている人魚と何かを話している。
 やがて話し終えて、去って行く人魚を見送ったジュン。人々を介抱してっくれている女性たちを見て、そして神殿を見上げた。

 その時だ。突然、大きな地震が発生してようだ。激しい揺れに立つことができず、必死の形相で地面にうずくまる人たち。石壁が崩れ、せっかく積み上げた防壁の一部が崩れ落ちた。

「少し神殿内を見ておこう。当代の聖女がいるから」
 クロノがそう言って、スクリーンの映像を神殿内のものに切り替えた。

 神殿内の中央にある泉では、その中央に作られた台座のから、コンコンと水が湧いて出ていた。
 そして、その中央には小さな宝珠、――水の精霊珠が神秘的な青い輝きを宿していた。

 神殿に勤める10人の女性たちが泉を囲むようにしてひざまづき、一身に祈りを捧げている。
 そしてただ一人の女性だけが、泉の中に入り込んで祈りを捧げていた。

「あれが聖女コーラルだよ」
 教えてくれたクロノだけれど、私にはわかっていた。この女性が、かつて海の底で出会った聖女だと。
 たしか、大破壊の時代に神託により、その命を水の精霊珠に捧げ、その対価として水の神殿を守るための結界を張ったといっていた。
 今、目の前のスクリーンでまさにその時の様子が映し出された。
 ふっと力が抜けるように、泉の中で聖女が倒れ、それに続くように他の女性たちもその場に崩れ落ちていく。やがて中央の精霊珠が輝きを増し、そのゆらめくような青い輝きが精霊珠から広がって、神殿内を覆い尽くしていった。

 ここで再びクロノがスクリーンを外に切り替えた。神殿の周囲の海では、海の水がさあっと引いていき、普段は見えない海底が丸見えになっている。
 これは一体どうなっているのだろうか。

 遠く水平線の方で、突然海が盛り上がった。山なりにどんどん大きくなっていく海面。そのような高波が、次々に海岸に押し寄せてくる。
 よく見ると、その波の上に躍り出た魔物が、走ったり飛んだりしているのが見えた。

 しかし、その津波と魔物の大群から神殿を守るように、神殿の敷地の際から青い光が立ちのぼり、神殿を覆うドーム状の光の結界となっていく。
 津波が激しくその結界に激突し、さらに魔物たちが襲いかかっていった。だが、結界はビクともしない。
 それはそうだろう。あれは神託によって指示された、聖女コーラルたちの命と引き替えに発動した結界なのだから。
 だが守るだけではいつまで経っても魔物たちを倒すことはできない。津波が次々に押し寄せている状況ならば、あの中の人が外に出ていくことは不可能だ。

 その時、ジュンがある一点を見ているのに気がついた。その視線の先をたどって見ると、結界の手前で佇んでいる何者かの姿がある。周囲の魔物はひっきりなしに結界を攻撃しているけれど、その誰かだけは波の上にただ黙って立っているだけ。

 突然、再びの地震が起きた。ジュンがバランスを崩す。そして、次の瞬間、神殿のある一帯が、大陸が、ゆっくりと海に沈んでいった。同時に魔物たちも不規則に渦巻く海の水に飲みこまれていく。

 結界は津波は防いだものの、沈下していくことで押し寄せる海の水は防げなかったようで、結果以内に海水が流れ込んでいき、結界内の人々をも飲みこんでいった。叫び、逃げ惑う人たちの姿が見ていられない。
 そして、その波はジュンをも飲みこんだ。

「ジュン!」

 頭が真っ白になった。すぐに助けないとっ。
 焦りのままに封印解除をし、すぐさま転移座標を探る。しかし、その私の目の前にクロノが飛び込んできて、
「だから大丈夫! 大丈夫だから、その力は抑えて! お願いだから、時空間を乱さないでぇっ――」

 さっきもそんなことを言っていたけど、そんなことよりジュンがっ。あの人がっ。

 焦りのままにスクリーンを直視する私の目に、ある光景が飛び込んできた。

 海中に没したジュンが浮かび上がってきたのだ。その身体を燐光が覆っている。そしてなんとその傍に、別のクロノがいた。
「ほらっ。僕が助けに行ったから。大丈夫だから。ね? ね?」

 クロノが何か言っているが、そんなことよりジュンは本当に無事なのかどうかの方が心配でならない。
 そりゃあ、自然治癒スキルとかあるよ。けれどね。それで心配しないということはないわけで。

 燐光に覆われたクロノとジュンは、そのまま空高くまで浮かんでいき、そこから海に沈んでいく水の神殿を見下ろしていた。
 激しい波しぶきを上げながら、神殿の柱が、屋根が波間に消えていく。

 いや、神殿ばかりではない。
 空の暗雲からは幾度も稲光が走り、2人の眼下、いや私たちが見ている角度からも、黒い波に飲みこまれていく大地、突如として噴火する火山が見え、あたかも世界の終わりのような光景が広がっていた。

「これが大破壊――」
 思わずそうつぶやきが漏れた。

 私はまだ、このスクリーン越しだからいいけれど、ジュンは現実に人々が死んでいくのを、また天変の凄まじさを肌で感じていることだろう。
 だが、これでも邪神の卵の封印は解けなかったのだ。ならばこの時、命を落とした人々には、どんな意味があったのだろう。

 もちろん、すべての人々が意味のある死を迎えなければいけないとか、迎えるべきだとは言えない。人の死の価値を私が自分の思いを基準に、意味があるとか無意味だとかいうのは、あまりにも傲慢に過ぎる。
 死は等しくあらゆる人にでも訪れるのだから。

「もうすでに知っているだろうけれど、聖女コーラルが命を捧げて発動した結界は、海底に潜った君たちが訪れ、水の精霊珠を継承することで終わりを告げる」

「このあと世界はどうなったの?」
「うん。今は津波のところを見たけれど、他の所では火山が連鎖して大爆発を起こし、あるところでは幾つもの巨大竜巻に蹂躙され、またあるところでは魔物のスタンピードによって国そのものが消滅したりした。
 生き残った人類は、人魚族を除いておよそ10パーセントほどにすぎない。そして、都市の設備から魔導技術やらは軒並み失われてしまったんだ」
「……なんてこと」

「この時、邪神が顕現していたら、間違いなくこの世界は滅んで無に帰していたね」
「それでも時は来ていなかったと……」

 あのパティスの時代に、悪魔信仰者たちの勘違い魔法陣から現れた奴ら。きっと長い年月、様々な方法で人々を苦しめてきたのだろう。それが大破壊に繋がり、そして大破壊後も……。
 ヘレンの前世であるベアトリクスをはじめ、多くの悲劇があった。それに今は、邪神の卵が顕現している。いよいよ世界の終わりが近づいているんだ。

 はたして自分たちに彼らを倒すだけの力があるのだろうか。この聖石の力でもまだ足りない気がする。まだ自分たちが全ての力を引き出せていないのかもしれないけれど。

 そんなことを思っていると、スクリーンの中の2人の姿が小さくなっていき、そこで映像が終わった。

「……」
 私とは違うヴァルガンドの過去を、ジュンは見て来たのだろう。おそらくは、天災が活動してきたそれぞれの時代を。

 はたしてクロノはどのような理由で、私たちに過去を体験させたのか。私たちがヴァルガンドの過去を、天災のやって来たことを見届けることに、何の意味があったのだろう。

 物思いにふけっている私を、クロノが黙って見守っていた。
 その視線に気がついて顔を上げると、ひどく大人びた眼で、あたかもすべてを超越し、あらゆる物事を知り尽くしているかのような穏やかさをたたえた顔で、クロノが私を見ていた。

「さあ、最後の目的地に連れていくよ」

 その声とともに、私は転移の光に包まれた。

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