11-22 ヴァルガンド創世期

 光が消えると、そこは何もない空間だった。光さえもなく、見えるのは星々の姿。そして眼下に見える、黒雲と赤茶けた大地と、灼熱の輝きが複雑な模様を描いている星だけ。

「ここは……」
 どこ? とクロノに尋ねようと思って振り向くが、そこには誰もいなかった。
「フェリシア?」
 いない。一緒にいるはずのフェリシアの姿がない。あわててフェリシアに念話を送ったけれど、返事は何一つ無かった。
 頭の中がからっぽになった。愕然とただ目の前の星を見つめる。

 フェリシア……。どこに行ったの? ここはどこなの?

 まさか一人だけ転移座標がズレたのだろうか。冗談じゃない。

「クロノ。あなたなのね。また何かやったんでしょう? どこ! どこなの?」

 心の底から叫んだ声は、あっという間に別の音に吸収されていく。――くっ。

 再びクロノを召喚しようと召喚魔法陣を練り上げようとするが、恐るべきことに魔素がまったく動かなかった。
 こんなことは初めてだ。どうする? どうしたらいい?

 ――その時だった。
「ノルン?」

 背後から、私を呼ぶ声がした。ぴしりと身体がかたまった。
 この声……。

 胸の鼓動が激しくなる。気がつくと神竜のペンダントがうるさいくらいに共鳴していた。
 全身が燃えさかるように熱を帯び、ただ振り返るだけなのに、それがやけにゆっくりと、もどかしい。

「――ジュン」

 そこにいたのは、ずっと探していた人だった。

 定められたる私の片割れ。分かたれし魂の相方である愛しい男。
 最後に見た時のままの服装だけれど、よほど苦労してきたのだろう、どこかヨレヨレになっている。
 それでも、あの穏やかな眼差しが、いつも私の心を満たしてくれるあの優しい瞳が、今まっすぐに私を見ている。

 会えた。やっと会えた。

 気がつくと私は泣いていた。目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち、複雑な感情に胸が一杯になる。
 どれくらいの時間を離ればなれになっていたのだろう。長かった。ただひたすら長かった。

 足を踏み出せないでいる私に、ジュンがゆっくりと近づいてくる。一歩、また一歩と虚空を歩いて。
 目の前にやってきたジュンがそのまま止まらずに私を抱きしめてくれた。
 抱かれるままに胸もとに顔を押しつけると、彼の匂いにつつまれた。背中に回された腕が、もう二度と離さないとばかりに強く私を抱き留める。そっと私も彼の背中に腕を回した。

「ノルン」と声を掛けられ、顔を上げると、息が掛かるくらい近くに彼の顔がある。じっと見つめる瞳に、泣いている私の顔が写り込んでいた。
 そっと微笑む。

「ジュン。――ずっと会いたかった」
「俺もだ」
 そう言ってくれて、私の匂いを嗅ぐように顔を首もとにすりつけてくる。
 ずるい。私もしたい。
 思わず身体を強く抱きしめて、身体をすりつけた。

 ああ、幸せだ。こうして一緒にいられるだけで、もう充分だ。不安もなにも、消え去ってい……。

「ちゃんと再会できたみたいだね」
(おめでとうございます。マスター)

 そんな声がして、ジュンとほぼ同時に空を見上げると、そこには私たちを見下ろしているクロノとフェリシアの姿があった。

「――それで、そろそろ説明してくれるんだろうな?」
 思いのほか、その声に迫力があった。やっぱりジュンにも思うところはあるのだろう。
 いきなり転移つづきだったのだもの。

 クロノが苦笑いをしながら、ゆっくりと降りてきた。

「もちろん。でもその前に……」
 その言葉と同時に私とジュンの身体がほのかな燐光を帯びた。見るとクロノとフェリシアも同じように燐光を帯びている。

「これは?」
「うん。この時代に起きていることを見てもらうには必要な処置だよ」
「どういうこと?」
「すぐわかる。――さあ、行くよ」

 その声と同時に、私とジュンはクロノたちと一緒に、眼下に見える星に降りていった。

 見渡す限りの大地のあちこちから溶岩が噴火し、ガスと熱気が大気に充満していた。
 まるで世界自身の鼓動のように荒々しくも力強い振動が、大地を、大気を振るわせている。
 溶岩の赤い光が、上空に立ちこめる暗雲にも写り込んでいて、世界は赤と黒で塗り尽くされていた。

 炎と黒煙とが渦巻く世界を、クロノに連れられた私たちは空を飛び続ける。地表には見渡すかぎり溶岩が渦巻いていて、森も川も海もなかった。
 いや、ある意味ではこの溶岩が海なのだろう。

 不意に凄まじい熱風が渦巻きながら通り抜けていった。どこかで火山が爆発したかのような音が衝撃となって伝わってくる。

「この時代はね。ヴァルガンドが誕生した時なんだ」
 ジュンが驚いて、
「創世の時代か!」
「そう。だから今から連れていってあげる」
「どこへ?」
「――創造神さまのところへ」

 世界創造。そして創造神。
 クロノは私たちに何を見せようというのだろう。

 やがて溶岩の海の上空を飛びつづける私たちの前に、1つの大きな岩が見えてきた。
 クロノが言う。
「あれが大地のおへそだよ」

 それは、あのゾヒテの聖地にある巨大な一枚岩のことだろうか。
 形は見覚えがあるような気がしないでもないけれど……。

 その大岩の頂上に不思議なオブジェがあり、その前に4人の人影があった。そして、その4人を囲むように各属性の精霊たちと、6体の竜王たちの姿がある。

 あの中央のものは何かの魔道具だろうか。3つの輪っかが組み合わさり、その中央に大きな宝玉のようなものが光り輝いているところを見ると、すでに発動しているようだけれど。

 代表者らしき1人の男性が、なにやらそのオブジェを操作し、ほかの3人はひざまづいて、その作業が終わるのを待っているようだ。

 荒れ狂う大気を通り抜けて、その男性の声が聞こえてきた。
「よし。これで|この世のすべてを記録する装置《アカシツクレコード》の設定はすべて終了した」

 そう言って振り返った男性は、シンさんだった。

 ――え?

「おめでとうございます。主さま」
 そういってひざまずいているうちの1人、大柄の男が顔を上げた。あれは海神セルレイオスだ。……けれど、私の知っているセルレイオス神よりも、どこか声が固く、表情にも乏しいように思う。
 自らの主神を前にしているからだろうか。

「おめでとうございます」「主よ」

 他の2人も顔を上げた。1人は――、いや1柱は天空神ウィンダリア、そしてもう1人は無表情の少女の姿をした誰か、おそらくは地神トリスティアだろう。……随分と、アルの修道院で祀られた美女の姿とは相違があるけれど。

「3柱の我が眷属神よ。精霊たちよ。竜王たちよ。これよりは、それぞれの役目を果たせ」
 シンさんがそういうと、その場に集まった一同が「はっ」と|応《いら》えを返した。

 けれども私にとって、今、目の前にいるシンさんには強く違和感を覚える。
 まるでここにいるシンさんは、感情が無いような、機械か人形のような雰囲気だ。私たちの知っているシンさんはもっと違う。どこかいたずらが好きそうな、そんな男性だった。

「いずれこの世界にも命が生まれる。多くの知的生命体が生まれ文明を築いていくだろう。
 彼らは世界から生まれた神である私をも、きっと楽しませてくれるにちがいない」

 ああ、そうだったんだ。この世界を創造した神とはシンさんだったのか。そして、あの3柱の神がシンさんの従属神。
 そうか。
 真実を知ってみると、なぜか素直に納得してしまえる。今までにもそれを匂わせるようなことはあったのだ。

「――だが、私が世界そのものから生まれた神である以上、私は個にして完結せる者。この世界は|成住壊空《じょうじゅうえくう》の理を免れえない。遥かな未来のことに属するが、いずれ終わりの時は来るだろう」

 トリスティア神が顔を上げて尋ねた。
「主様よ。主様が造った世界の終わりなど考えたくはありません」
 セルレイオス神が続く、
「どうあっても終末を回避することはできないのでしょうか?」

 シンさん、いや、創造神は無機質な眼で3柱の神を見る。
「ウィンダリアも同じ意見か?」
 話しかけられた翼を持つ女性の姿のウィンダリア神も、どこか無機質な声で答えた。
「はい。そのとおりでございます」

「破壊といってもそれは無に帰するわけではないし、世界を存続させる方法も無くはない。だがそれには複数の因子が必要となる。
 それにだ。自らが創造した世界とはいえ、今のところ、そこまでの思い入れはない。故に生まれた者たちが、いかに生き、いかに死のうと、特に心を動かされることはないだろう。
 ――ただ、そうだな。もし遠い未来に、私自身に感情が生まれ、この世界を愛するようになったら……。その時はその時に判断することとしよう」

 シンさんはこちらを見上げた。
「せいぜいが、早くに破壊の使者が目覚めないことを祈ろう」

 私たちが居ることに気が付いている?

 しかしすぐにシンさんは視線を3柱の神たちに戻した。
「それでは奏でよう。創世の歌を――」

 次の瞬間、まるで世界が引き延ばされたように歪む。私たちは別の空間に強制的に跳ばされようとしているのだ。
 それと同時に、不思議な歌が聞こえてきた。3柱の神、精霊たち、そして竜王が歌っている厳かな旋律が――。

 その創世の歌を聞きながら、私たちはどこかに跳ばされた。

◇◇◇◇

「――はっ。ここはっ。ジュンは!」

 あわてて飛び起きて周りを探そうとしたところを、後ろから抱きすくめられる。
「ここにいるよ」
 前に回されたジュンの腕に、ほっと落ち着きを取り戻し、しずかに自分の手を添えた。

「はいはい。イチャイチャするのは全部終わってからにしてね」

 私は声の主の少年をうらめしく見つめる。

「クロノ? もう少しジュン成分を補充させてよ」

「ごめんね。でも、この場の滞在は僕の力でも限界があるから、早くして欲しいんだ」

 そういってクロノは部屋の中央を指さした。そこには台座に安置された八角形の聖石がある。

「ウィンダリア様の聖石だよ。――さあ、許可は出ている。早く取り込むんだ」

 許可は出ているって……。ご本人はなぜここにはいらっしゃらないのだろう。
「あ、ご本人は手が空かないから来られないってさ」
 ああ、そうですか。でも、まだもうちょっと、こうしていたいな。

 「う~ん」というと、ジュンが苦笑いしながら、
「ノルン。――俺もべったりしたいけど、ここは我慢しよう」
と言い、私の耳元に口を寄せてささやいた。「全部終わったら、滅茶苦茶にお前を抱きたい」

「うひゃう!」

 思わず変な声が出たのを誤魔化すように、私はジュンの手を引いて聖石の前に向かう。

 クロノとフェリシアは、そんな私とジュンを見守っていた。

 かつてセルレイオス神の聖石を取り込んだときのように、目の前の聖石を挟むようにして向かい合った。

「始めよう。ノルン」
「ええ。始めましょう。ジュン」

 封印解除。――神衣光輪。

 向かいではジュンが同じように封印解除を行った。
 私たちの神力があふれだし、漏れた神力が光の衣となる。いつみてもジュンの神力はまばゆい輝きに満ちている。

 2人同時に両手を聖石に向ける。
 使い慣れた神力を循環させ、その流れをジュンの流れと繋げる。やがて私の神力とジュンの神力がつながって、1つの大きな流れなり、私の、そしてジュンの身体を駆け巡り始めた。

 そっと目を閉じると、このジュンの力と共鳴しているときだけに聞こえる旋律が、私の体の中を通り抜けていく。

 向かいのジュンと目が合った。――やるぞ。――ええ。
 あうんの呼吸で、意識を目の前の聖石に集中せる。ウィンダリア様の聖石は、わずかに青を帯びた輝きをたたえていた。

 私とジュンの間の神力の流れに、聖石を繋げる。聖石の輝きがどんどん強くなり、やがて目がくらむほどの光となった。
 循環する力の流れに新たな聖石の力が加わり、激流のような力の流れとなっていく。その奔流に、髪が、神衣が激しくはためいた。

 すべてが終わり、力の放出を止めたとき、目の前の聖石は跡形もなく無くなっていた。

そして、向かい合っているジュンに変化が……。

――ジュン・ハルノ――

  種族:神
  年齢:26才 職業:冒険者
  クラス:――
  称号:当選者/聖石を宿せし者/分かたれし者/妖精と語らう者/殲滅者/響き合う者/愛をもたらす者/へたれ/ハーレムの主/ノルンの伴侶
  加護:シンの祝福
  ソウルメイト:ノルン・エスタ
  眷属神:サクラ、ヘレン、シエラ、カレン、セレン
  スキル:――――

 種族が、完全に神さまになってる――。それでも職業は冒険者なのね。すごくミスマッチだけど。たぶん私も同じステータスになっているのでしょう。

 ああ、不思議なことがある。
 前よりもジュンを強く、そして|傍《そば》に感じるのだ。

「ノルン。感じるか?」
 ええ。あなたの言おうとしていることはわかるわ。今なら、今の私たちなら――、
「時間を跳躍できる」

 ただ感覚的にだけれど、私たちがいた時代より未来のヴァルガンドには行くことも、知ることもできなさそう。
 そういう意味では、いまだ不完全といえるだろうか。
 それでも、そう、今ならできるのだ。みんなの元へ帰ることが。

 ジュンがやってきた。
 そして、これからやろうとしていることを感じたのか、フェリシアも飛んできて、定位置である私の左肩に停まる。
 ジュンと手をつないでクロノに振り返った。

「……クロノ。あなたが説明をしようとしていたことが、今なら何となくわかる。だからお礼を言っておくわ。
 ありがとう」

 時代を遡ってきた私の|来《き》し|方《かた》を思うと、それは天災の活動を追い掛ける旅でもあった。
 小国家群戦争、そして1000年前の魔族大乱、ブラフマーギリー帝国初期と。まあ超帝国のは天災がこのヴァルガンドにはじめて登場した経緯を見せること。そして見て来た歴史そのものが1つのことを指し示していると、ようやく気が付いた。

 ――世界の終わり。
 それがもうまもなく訪れようとしているのだ。

 まあ他にも、初代聖女の誕生、若き頃のパティスやアーケロンとも出会えたのは良かったと思う。

 ただ、その旅の果てにヴァルガンド創世を見た。それが意味することは、まだよくわからない。
 確かにシンさんが、名前を失伝している創造神だったことには驚いたし、世界創造を見ること自体に意味があったのかもしれないけれど……。

 私の手をジュンが握ってくれた。
 話すべきことは多い。そして、聞かせてもらうべきことも多い。
 それでも彼の瞳は私に語りかけていた。――まず、みんなの所に戻ろう、と。

 ジュンの目を見て、私は黙ってうなずいた。
 奇しくも言葉が重なった。
「「帰ろう」」と。

 もはや魔法陣は要らない。ただ神力を操作し、私たちを時の彼方に運ぶだけ。感覚を未来に広げ、ヘレンたちがいる時代をマーキングする。

 今、帰るよ。みんな。――――|時間跳躍《タイム・ジヤンプ》。

 

 


第11章 流浪の2人おわり

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