04 正体は……

 メイドが進んだ先は少人数がダンスを踊れるようなスペースだった。メイドが近づいていくと天井からスポットライトが照らされる。

 メイドはそのライトの下に進み出て、美しく一礼した。
「本日、我々の結社に特別なお客様がお見えになりました」

 フロアにいた人々は「特別な」を聞いて感嘆の声を漏らし、いまだ暗がりにいるサクラの方を期待を込めて見つめているようだ。

「さきほど、私どもの方で準備が整いました。美しくもシルクのようになめらかで、瑞々しく弾力のある黒毛種であられます」

 メイドの紹介に俺は「いったい何の紹介だ?」と首をかしげたが、フロアの人々は大きな拍手を始めた。拍手を聞いてメイドはにっこり笑って一歩下がる。
「どうぞお客様」
とメイドがサクラに前に出るように手で案内すると、白い仮面をつけたままのサクラがおずおずとライトの下に進み出る。
「おおー!」「まだ若いではないか!」「すばらしい!」
 フロアの人々が興奮して、拍手をしながら口々にサクラを讃える。

 その時、奥の席から一人の少女が歩いてきた。
少女はやはり白仮面とつけており、その腕に白い毛並みの猫を抱えている。
 ……ん? どこかで見たことがあるような?
 俺は気になって少女を凝視するとナビゲーションが少女の正体を教えてくれた。

――シルビア・エスターニャ――
 種族:人間族 年齢:12才
 職業:エスターニャ男爵令嬢
 称号:幸運の運び手
 スキル:礼儀作法3、直感4

 おいおい! シルビア嬢じゃないか! ってことはあの白猫はスピーか?
 俺は驚いて、思わず「なんだと?」とつぶやいた。ヘレンが、
「誰? 知ってる人?」
と聞いてきたので、俺はヘレンの耳元で、
「あの猫。サクラの祖父だ」
と言うと、ヘレンは「は?」と聞き返してきた。俺は黙ってうなづく。

 白仮面をつけたシルビア嬢はライトの下に出てサクラの横に進み出て、一礼してからフロアの方へ振り返った。
 さすがに男爵令嬢とあって、一つ一つの所作が美しい。もっともその腕の中のスピーは目を丸くしながらサクラの方をじっと見ている。
 シルビア嬢が一歩前に出て、

「皆様。本日は我が秘密結社。「モフリニスト・クラブ」の集会への参集、ご苦労様です。また特別なお客様もお見えになられ喜ばしい限りですわ。どうぞお時間の許す限りごゆるりとお過ごしください」

と挨拶して下がっていった。
「「え?」」
 俺とヘレンの小さな驚きの声が重なる。

 モフリニスト・クラブ? ……ま、まさか。この結社って。

 そう思って改めて周囲を見渡すと、フロアの人々は実にいとおしそうに大切そうに猫や犬を撫でている。
 俺とヘレンは思いっきり脱力した。「な、なにこれ……」。ヘレンのつぶやきが聞こえる。

 そこへサクラが戻ってきた。
「あっ。マスターが浮気してる!」
 小声であるが、いきなりそう言ってサクラは俺の膝の上の猫を指さした。
「この泥棒猫! 駄目よ。マスターはあげないんだから」
といって、俺の膝の猫を取り上げて床に下ろし、俺のすぐ横に密着するように座った。
 なんだかサクラの方からいい香りがする。心なしか、猫耳もフロアの光を反射して妙にキラキラして見える。
「うふふふ。触ります? いいですよ。モフっても」
といってサクラが頭を俺の方に下げてきた。なぜか近くのソファの人々が俺たちに注目している。白仮面でよくわからないが、うらやましそうだ。
 俺は、「お、おう」といいながら、ゆっくりサクラの耳を触った。しっとりと艶がありつつも弾力がある。実はサクラの耳はたまに触らせて貰っているが、120%増しでさわり心地が良くなっている。
 サクラが頭を起こすと、えへへと笑いながら、
「さっきの部屋でお手入れしてもらったんですよ。香油とかつけてもらって」
そういって猫耳をぴょこぴょこと動かした。

 それにしても、さっきの挨拶を見るに、この秘密結社はシルビア嬢がホストのようだ。ということは男爵家執事のセバスさんとかもいるのかもしれない。

 そう思いつつ、ナビゲーションでフロアに集まっている人々を調べてみると、
「おいおい。宿の親父がなぜここに。何が赤鬼だよ。……奥さんまでいるし。娘さんはどうした? ………げっ、あっちにはケイムじゃないか。やたら猫を侍らせて……、どんなプレイだっつうの。っとと、あれはマリナさんか……」
 なぜか知り合いがたくさん見つかった。
 ……まあ、危険な結社じゃあないよな。俺は気を取り直して、しばらくしてからヘレンとサクラを連れて退出した。
 ちなみに病気だったマチルダも白仮面をして、シルビア嬢とスピーと同じテーブルで楽しそうにしていた。

――――。
 白仮面を路地裏に放置していた人々に帰し、その日は宿に戻った。ちなみに娘さんはカウンターでぐっすり眠っていた。俺は、そばに落ちていた毛布を娘さんの肩にかけてやり、自分の部屋へと戻ったのだった。

 次の日、俺たちはいつもより遅めに目を覚まし、朝食を取ってからギルドへ向かった。
 時間帯からして、すでに朝の忙しい時間は終わっているはずだ。
 エミリーさんの依頼も、結社が危険の無いものということもわかっている。明るい気分で勢いよくギルドのドアを開けた。

「おはよう」
 明るく挨拶するエミリーさんに近寄り、小声で「例の御報告があります」と言うと、うなづいて依頼をした部屋に行っていてと言われた。
 俺たちが部屋に向かうと、背後からエミリーさんがマリナさんに、
「ちょっと例の個人的な用件で行ってくるから、ここお願いね」
と言う声が聞こえた。マリナさんが、なぜか「がんばってね」と言っているのが聞こえた。
 まったくあの二人は仲がいいよな。そういえば禁断の関係だっけ、知られたらヤバイよね。俺たちだけが二人の秘密を知っていることに、内心でほくそ笑みながら部屋に入った。

――――。
 エミリーが、ジュンさんの待つ部屋に向かった後、私は急いで手元のベルを鳴らした。
 すると外から沢山の冒険者、――エミリー親衛隊の人たちがギルドに入ってくる。
「くそっ。いよいよ我らが女神があいつのものになっちまうのか」
 どの冒険者の顔も苦々しげだけど、そのファン心理はわからなくもない。
 それでも私は、エミリーが幸せになるんならそれでいいと思う。たとえ相手が美人を侍らしている男性だったとしても。
 そう思って、私はエミリーの告白が上手くいきますようにと祈った。

――――。
「――というわけで、確かに集会に参加していましたが、怪しいとか危険なことをする集会じゃなかったですよ」
 俺の報告を聞いて、エミリーさんはその表情を明るくした。
「そう。それならよかった」
 そう言って、肩を落として安心しているエミリーさんに、俺は、
「いやあ。最初はどうなるかと思いましたけどね。まさかモフモフ好きの集会だなんて思いませんでしたよ」
と言うと、エミリーさんは、フフフと笑いながら、
「そうね。私も聞いていてまだ信じられないわ。……私もマリナにお願いして入れて貰おうかな」
と言ったので、俺は思わず猫にまみれる二人を想像してしまった。それはそれであやしい気がする。主に性的な方で。
「じゃ、後日、報酬は渡すから。今回はありがとうね」
 そう言って、エミリーさんはにこにこしながらドアを開けた。

 ギルドの受付前に戻ると、なぜかさっきまでいなかった冒険者達がそこにいた。
 あれれ? みんな依頼に行ったんじゃ……。それに男ばっかり残ってる?
 首をかしげたが、その時、マリナさんが拍手をしながらエミリーさんのところに駆け寄っていった。
「その表情じゃ、上手くいったみたいね! おめでとう! エミリー」
 何のことか分からないが、ついでマリナさんが俺の方へやってきて、俺の両手を握る。
「ね、ジュンさん。くれぐれもよろしく頼むわね!」
と言うマリナさんの笑顔につられて、俺は、
「え? ええ。任せてください?」
と変なイントネーションで答えた。一体、何のことだろう? 俺は説明を求めてエミリーさんの方を見たが、エミリーさんも訳が分からないという表情だ。
「くっそおおお!」
「みんな! 女神の幸せのためだ! 我慢しろ!」「くっ。今日はやけ酒だ!」
 途端に周りの冒険者達が叫び出す。中には隣の者と抱き合って涙を流しているのもいる。

「こ、これは一体なんなのかしら?」
 俺の後ろでヘレンがそう言うと、マリナさんが、
「これでエミリーとジュンさんがお付き合いするんでしょ? あなたたちも仲良くしてね!」
と返事した。

「「「「は?」」」」

 慌ててエミリーさんがマリナさんの肩に手を掛けて、
「ちょっと何のこと?」
と言うと、マリナさんはちょっと首をかしげて、
「まったくエミリーったら相談してくれたらいいのに。真剣な表情でジュンさんたちのいる部屋にこもっちゃって……」
と言い出した。ま、まさか。俺がエミリーさんとマリナさんの関係を壊そうとしているのか? それをマリナさんは笑って見送ろうとしているのでは。

 俺は慌ててマリナさんに駆け寄って、
「いや。マリナさん。それは誤解です! 俺とエミリーさんはそんなんじゃないですよ!」
と言うと、エミリーさんも、
「そうそう。あれは別なのよ! 別!」
と言って援護射撃した。俺は思わず、
「だから安心してください。マリナさんの恋人のエミリーさんを奪ったりしないです!」
と言ってしまった。言ってからハッとしたが、周りに静けさが戻る。ヘレンとサクラが「あ~あ、言っちゃった」という顔で俺を見ている。

 徐々に、エミリーさんの右手がぷるぷる震えだして、
「んなわけあるかー!」
「おぶぐろおおぉ!」
と言って、打ち下ろしの右チョッピングライトが俺に炸裂し、俺は気を失った。

――――。
「な~んだ。そうだったの」
「私たちの勘違いだったんですね」
 間の抜けたヘレンとサクラの声に、俺は意識を取り戻した。首を振って顔を上げると、俺はカフェスペースの一角に転がっていた。……おかしいな。俺には「自然回復」があるはずなのに。
 そんな場違いなことを考えながら立ち上がると、マリナさんと冒険者たちが申しわけなさそうに、
「ご、ごめんなさいね。私たち勘違いしてたみたい」
「そうだ。俺たちも悪かったよ」「ああ。そうだな」
 いまだに状況がよく分からないが、ヘレンとサクラを見るとうなづいているので、
「いえ。大丈夫です」
と言うと、エミリーさんが鼻を鳴らして、
「ふんっ。いいの! あんな、あんな勘違いしてたんだから! もう!」
と言って腕を組んだ。エミリーさんは俺と目が合うと、「うっ」と言って、ぷいっと顔を背け、
「まあ、殴ったのは悪かったわよ」
と言う。すかさずサクラが「ツンデレ、キター!」と叫び、ヘレンに口を押さえられていた。

 ううむ。どうやらエミリーさんとマリナさんがレズビアンな関係というのは勘違いだったようだな。
 俺はそう思いながら、エミリーさんに殴られた頬をさするのだった。

03 潜入

 月に照らされた町並みが、まるで墨絵の中に入り込んだように錯覚を起こさせる。
 静寂が支配する街に、昼間の熱気が今もなお残っている。

 エミリーさんから依頼を受け、その日はヘレンとサクラと作戦を話し合った。
 人知れずの尾行となれば、忍者のサクラを主軸に行うのがベスト。やり方はこうだ。
 ギルドの裏口側に分かれて隠れ、マリナさんの近くにはサクラが、そして、路地の間を抜けながら俺とヘレンが監視する。集会の場所を確認し潜入できそうなら潜入する。

(あ、マスター、出てきました)
 サクラが念話で教えてくれる。俺は見つからないようにそっと通りをのぞくと、ギルドの裏口から出てきたマリナさんがそっと右の方へと歩いて行った。黒い忍び装束に身を固めたサクラが、少し離れた位置から物陰に隠れながらついていく。

 俺はヘレンと合流し別ルートでマリナさんの向かう方向――東街へと向かう。身体強化で音を出さないように注意しながら路地を駆け抜けていく。
「!」
 前方に人の気配を感じた俺は、左手を挙げて後ろのヘレンに「止まれ」の合図を出して、すぐに近くの物陰に隠れた。ヘレンと路地の先をのぞくと、そこには白い仮面をかぶった壮年の男性がいた。身なりは普通の町人のものだ。

 俺はヘレンに合図をする。ふところからサクラからもらった眠り香を慎重に取り出し、高速機動で町人の後ろに移動して即座に口と鼻に眠り香を当てる。
「うっ」
 白仮面の男が一瞬、小さくうめくとすぐに意識を失う。力の抜けた体を受け取ってヘレンに合図すると、ヘレンがちかくにやってきた。二人で路地の端に男を寝かせると白仮面を取り外した。下からは顎髭を生やした壮年の男性の顔が表れた。よかった。知っている人ではない。
 サクラがいうには眠り香は6時間ぐらい効果があるとのことだ。俺とヘレンはマジックバックから粗末な布を取り出すと男の上に掛けた。
 これで白仮面一つ目をゲットだ。
 それから再び身体強化で進み、同じように年配の女性、まだ年若い男性を眠らせて白仮面を入手することに成功した。

(サクラ。俺たちの分の白仮面が揃った)
(了解です。マリナさんはまだ例の目撃情報のあった建物に向かっています)
(了解。そっちに向かう)
 俺とヘレンは、サクラと合流すべく路地を急いだ。

――――。
 通りから路地へと入り込んだマリナさんは、左右を確認すると鞄から白い仮面を取り出してかぶり、迷路のような路地を迷い無く進んでいった。
 その先に一つのドアが見えてくる。俺たちはサクラと合流してその様子を注意深く見ていた。

 マリナさんがドアを三回ノックする。
 するとドアのスリットががっと開き、誰かが中から外を確認する。
「…………」
何かを男が言うと、マリナさんが何かをつぶやいた。すると再びスリットがしまって、ドアが開く。
 マリナさんは左右を見て誰もいないことを確認して中に入っていった。

「合い言葉があるみたいだな」
 その様子を見て俺は二人に小さくつぶやいた。
 どうしたものかと考えていると、別の路地から、白い仮面をかぶった男が歩いてきた。身なりが整っていてどこかの貴族の子供かもしれない。

 男はマリナさんと同じようにドアを三回ノックすると、再びすっとドアのスリットが開く。
「…………」
 ところが男は首をかしげて、
「…………」
と何かを言った。するとスリットがさっと閉まり、離れたところのドアが開いて白仮面をした5人の筋肉隆々の男達が出てきた。男達は貴族らしい男を取り囲む。囲まれた方はテンパったように両手を突き出して、
「す、すまん。思い出した! 「どちらも最高」。な、これでいいだろ!」
 すると男たちの中の一人が低い声で、
「……入れ」
と言うと、ドアが開き、貴族らしい男が慌てて中に駆け込んでいった。囲んだ男たちもそれぞれ出てきた扉から中へと入っていった。

 それを確認した俺は、
「さ、行くぞ」
と言って、ヘレンとサクラとともにドアの前に立った。
 後ろの二人を振り返ってうなづくと、マリナさんと同じようにノックを三回する。
 すると、すっとドアのスリットが開いて、中から誰かの鋭い目がのぞいた。
「犬耳、猫耳どちらがお好みだ?」
 ……もしかしてこれが合い言葉か? 先ほどの男は確か……、
「どちらも最高」
 俺がそういうと、2秒くらい沈黙が訪れて緊張が高まる。スリットがすっと閉じてドアが開いた。
 俺は気づかれないように安堵のため息をついて、中へと足を踏み入れた。

 俺たちが中に入ると、背後ですぐにドアが閉まる。目の前には地下へと潜る階段があった。
 ドアの影にいた男が俺たちをちらりと見る。俺はゴクリと唾を飲んで階段を下りていった。
 地下に着くと、そこには厚い絨毯が敷かれたサロンになっていた。

 白仮面をつけた年配の執事が、
「ようこそ。我らが結社へ。どうぞあちらから中へお入りください」
といって、左手のドアを指し示す。礼を言ってそちらに向かおうと執事の前を通り過ぎると、急に、
「おお! これはこれは。……あなたさまはこちらでございます」
と、執事がサクラに言った。サクラはちょっと戸惑っている。
「あ、いや。そいつは俺たちと一緒なんで」
と俺が言うと、執事は、
「いえ。ご心配なく。後でお席にきちんとご案内します」
と言う。サクラは仕方なく、
「はい。こちらですね」
と言って、右手のドアへと歩いて行く。
(ま、マスター。どうしましょう?)
 サクラから念話が送られてくる。
(今は流れに任せるしかない。案内しもらえるみたいだから後で合流だ。……危なくなったら先に脱出していい)
(わかりました。それしかないですよね)
 執事がサクラの方のドアを開け、サクラは一瞬、俺の方を向いてうなづき、そのドアの中へと入っていった。
 俺とヘレンも案内されたドアを開けて中に入る。

 中に入ると、銀座の高級クラブのように高そうなソファがいくつも置いてあり、そこに白仮面の人々がゆったりと座っていた。そばのテーブルには洒落たデザインの酒瓶やグラス、つまみなどが置いてある。
 しばし呆然としていると、
「初めての方ですね? どうぞこちらへ」
と若い男性と思われる白仮面の執事に声を掛けられた。そのまま案内にしたがってコーナーのソファに座る。

 俺の隣にはヘレンが座り、
「ねえ、ここってどういうところなの?」
と聞いてきた。俺は返答に窮した。見た目は高級クラブだが前の部屋の執事が言っていた「結社」の言葉が気になる。……やはり何らかの組織。それもあまり良くなさそうな組織と見るべきだろう。
「まだ静かにしていよう」
と小声で伝え、二人で周りを見回していると、やはり白仮面をしたメイドがワゴンを押してきて俺たちのテーブルにお酒とつまみを並べていった。
 これってお金がかかるんじゃ……、と心配しながらも不自然に思われないようにグラスに酒をついだ。
 その時、
「にゃ?」
と猫の声がして、俺の膝に一匹の猫が飛び上がってきた。
「なっ」と小さく驚きの声を上げたが、見るとヘレンの膝の上には犬が前足を掛けていた。周りを見ると、フロアの人々がそれぞれ思い思いに猫や犬を撫でている。

 ……これが高級サロンってやつか。
 そう思って唾を飲み込み、不自然に思われないように膝の上の猫を撫でてやった。サクラの方が気になり、
(サクラ。お前の方はどうなってる?)
と念話を飛ばすも返事はかえってこなかった。

――――。
 マスターと違うドアに入ると、そこには白仮面をした4人のメイドさんがいた。部屋の中はさっきの部屋とは異なって照明が煌々と照らされており、タイル張りの床にいくつかのシンプルな寝台が用意されていた。寝台といってもマットレスや毛布はなく、ただ台があるだけだ。
「こちらへどうぞ」
 近くのメイドさんが、その一つの寝台に私を案内した。
「仰向けになってください」
と言われ、私は困惑した。仰向け?縛られたり、何かの実験に使われたりしないだろうか?

 私の困惑が伝わったのだろう。メイドさんは、
「お手入れをするだけですのでご安心ください。終わりましたらお連れの方の所へご案内致します」
と言った。……お手入れ?
 いざとなればネコマタに戻ればいいか。そう思っておそるおそる寝台に仰向けに横になる。
 すると寝台の両サイドにメイドさんが並んで立って、まるで手術前の医師のように両手を前に出し、
「それでは始めさせていただきます」
と言った。
 一人が頭の乗っているところの寝台を操作すると、頭部の方の寝台が後頭部の乗っているところを残して下に下がっていった。
 ガラガラっと音がして、別のメイドさんが白い陶器製の手洗いの流し台のようなものを押してきて、私の頭の下に添える。
 そして、――。

――――。
 しばらくして俺たちの入ってきたドアとは別のドアから、一人の白仮面をしたメイドさんができた。メイドさんは部屋に入るなりフロアに一礼し、後ろに続く人物の先導をして部屋の中央へと歩いて行った。

「ね、あれ、サクラじゃない?」
 ヘレンに言われなくても、後ろの人物はサクラだった。
「何かあったらすぐに飛び出るぞ」
 俺はヘレンにそう告げた。

02 エミリーの依頼

 俺たちがいつものようにギルドにやってくると、
「あ、ちょっとこっちに」
と言って、いきなりエミリーさんにつかまった。

 ……俺、何かしたっけ? エミリーさんは周りに聞かれないように小声で、
「貴方たちに私から指名依頼したいから、今日の夜、受付が落ち着いた頃にギルドに来てちょうだい。誰にも内緒にね」
と言った。
 なんだろう? 秘密のお願いか? 俺はうなづいて、その日は簡単な森への肥料をまく依頼を受けることにした。

 ちなみに現在、ノルンとシエラは二人だけランクが低いために別行動をしていて、今は近隣のフルール村に討伐依頼で行っている。ここにいるのはヘレンとサクラの二人だ。
 東側の門から街の外に出て、焼け野原に若木がぴょこぴょこ生えている森に踏み込んだ。
 一年前のエビルトレント戦後、結局、この森はすべて焼き払われた。植樹をし、エルフの力を借りて元の森にするように生育しているようだ。俺たちの肥料まきの依頼もその一環で、依頼主はアルの街の領主様だ。現在、この森は危険はないので低ランク冒険者の多くが従事している。
 俺たちはなるべく森の奥の方へ肥料をやろうと、身体強化を駆使して奥へ奥へと進む。
「この辺りにするか」
といい、俺とサクラとで手分けして肥料を根元にまいていき、ヘレンが今日の日付を記入した木札を枝に引っかけていく。

 単調作業をしながら、ヘレンが、
「エミリーさんの依頼って何かしらね?」
とつぶやいた。サクラが耳をぴょこぴょこ動かして周辺の状況を確認しながら、
「彼氏の素性調査とかだったりして」
と言う。それはどうかなぁ。エミリーさんに彼氏がいるって聞いたことないけど、付き合う前の信用調査とかならあり得るのか?

 夕方になってギルドに戻って今日の報酬を貰い、エミリーさんから声がかかるまでカフェで待機する。
 俺たちの周りが酒飲みでがやがやと騒がしくなる頃、エミリーさんがこっちに歩いてきた。なぜか周りの冒険者が険呑な視線で俺を見る。
 エミリーさんが、
「おまたせ。じゃ、あっちの部屋にいくわよ」
と言うので、その後をついて行く。なぜか後ろから、チッという舌打ちの音や「エミリーさんもか」とかいう声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。

 部屋に入ると、エミリーさんが、
「悪いわね。実はちょっと調べて貰いたいことがあるの」
と言った。サクラが、面白そうだといいたそうな顔で俺を見る。きっとあれは「やっぱり彼氏の調査ですよ」といいたいんだろう。
「詳しい内容を言う前に、これは秘密厳守でお願い。いい?」
と言われたので、俺は、
「秘密厳守って、俺たちに何をさせる気ですか?」
と言った。これは安易に受けて大丈夫なのか? エミリーさんは、
「とある人物の素性調査よ。尾行も含めてね」
と言った。

 サクラがますますどや顔になる。マジで? 本当にサクラのいうとおり、彼氏の調査なのか? 俺はエミリー親衛隊の面々を思い浮かべながら、ショックを受けるだろうなぁと思った。だがまあ、お世話になっているエミリーさんのために一肌ひとはだ脱ごうじゃないか。
「わかりました。秘密厳守。お引き受けします」
と俺が言うと、エミリーさんが、
「そ、そう。助かるけど、依頼内容も聞かないで引き受けたら駄目よ?」
と言う。俺は、安心させるように笑みを浮かべ、
「もちろん。わかっていますって。でも今回はエミリーさんの幸せのために俺たちが力になります」
とそう断言した。隣のヘレンもサクラもうなづいている。
 エミリーさんはぎこちなく笑みを浮かべながら、
「し、幸せ? ……ま、まあいいわ」
と言った。

 さて、それでは見事エミリーさんのハートを射止めた相手は誰なんだろう。気を取り直して、エミリーさんは、
「調べて貰いたいのはマリナよ」
「「「はっ?」」」
 相手の名前を聞いた途端、俺たちは異口同音に聞き返した。横を見ると、ヘレンもサクラも口を開けてぽかんとしながら互いに顔を見合わせている。ま、まさか。この二人は禁断の関係なのか?
 明かされる衝撃の事実に、俺たちはしばし呆然としながらエミリーさんの説明を聞いた。

 なんでも最近のマリナさんが、とある怪しげな集会に参加している疑いがあるらしい。もちろん健全な集会なら趣味もあるのでとやかくは言わないが、問題はその集会が夜中に白い仮面をかぶって集まるというもの。最近、噂で耳に入ってくる例の集会だ。危険な宗教か、反政治の地下組織か……。
 何にせよ、大切な同僚であるマリナさんの身を守るためにも、尾行してどこに行くのか。そして、集会に参加しているならば、その集会はどのようなものかを調査して欲しいとのこと。当然だが、くれぐれもマリナさんに気取られてはいけない。

 俺たちは依頼内容の重さに驚きながらも、ギルドの正当性と何より二人の幸せのために尽力することを決意した。
 エミリーさんは普通の依頼ではないことを承知しつつも、妙にやる気を見せている俺たちにとまどっていたようだが、俺たちの堅い決意を見て安心した様子だった。

 部屋から出た俺たちは、そのまま何事も無かったかのようにギルドから出て宿に向かう。

――――。
「ね? ジュンさんたちに何か用だったの?」
 受付にもどったエミリーにマリナが尋ねた。エミリーは、
「ううん。何でもないわ。ちょっと個人的な用事をお願いしたのよ」
と答え、「ちょっと休憩させて」と言った。

 もしかして告白? でもそんなそぶりは今まで見せたことがなかったけど……。それにあの美女軍団に割り込むなんて、エミリーならおかしくないけど……。
 そんな風に思ったマリナは、とっさに、
「ええ。いいわよ。っていうか、何だったら今日は先にあがってもいいよ」
と言うと、エミリーは笑いながら、
「そこまでじゃないわよ」
と言いつつ休憩室に入っていった。

 その後ろ姿をぼうっとマリナが見ていると、カフェにいた冒険者が数名やってきた。
「なあなあ。マリナさん。エミリーさんはあいつらに何のようだって?」
 そう聞かれたマリナは、彼らが「エミリー親衛隊」を名乗っていることを知っていたので、その心配はわかる。
 マリナは、少し彼らを哀れみながら、
「……なんでも個人的な用事だったみたいよ」
と言葉少なげに言った。
 それを聞いた冒険者たちは愕然がくぜんとした様子で、
「マジか?」「くそっ!」
「な、なんであの野郎ばっかり」
「お、俺たちの女神が……」
と口々にいいながら、肩を落としてカフェに戻っていく。マリナはその背中を見ながら、まるでお葬式みたいだなって思った。

 その日のギルドカフェの夜は、やけ酒を飲んだ冒険者が何人もぶっ倒れていた。

01 疑惑

 ――夜。
 人々が寝静まり街の通りが閑散とするころ、薄暗い路地から一人の男性が現れた。
 月の光に照らされたその顔には真っ白い仮面がつけられている。
 風もなく静寂のとばりがおりている通りを男は進み、また一つの路地へと入っていく。

 すると別の路地から今度は女性が現れた。その顔にはやはり白い仮面がつけられている。
 ほぼ同時に別の路地からは白髪の男性が、また別の路地からは腰の曲がった老婆が現れ同じ路地へと入っていく。
 彼らのつけた白い仮面が月の光を反射して、夜の闇に白く浮かび上がっていた。

――――。
 エストリア王国商業都市アル。
 早朝の冒険者ギルドは、多くの冒険者が押しかけて依頼を吟味していた。
 一日でもっとも忙しい時間帯で、受付嬢の二人も次々にやってくる冒険者の応対をてきぱきとこなしていた。
 もう何年も同じ時間帯に同じようなことをしている。二人にとっては意識せずとも半ば自動的に依頼の受注処理をこなしている。

 2時間ほどして、寝坊してきた冒険者たちも出払ってしまえば、一気にギルド内は閑散とする。
 受付嬢のエミリーは一仕事を終えたとばかりに背伸びをして、同僚の後輩マリナを労おうと振り向いた。
「ふわああぁぁぁ」
 ちょうどその時、マリナが大きな口を開けてあくびをした。
 それを見てエミリーは、
「ふふふ。お疲れ。ちょっと休憩したらお掃除しよっか」
と声をかけた。マリナは「はい」と返事をしながらも、またあくびをする。
 受付カウンターのイスに並んで座り、
「今日はやけに眠そうね。昨夜は遅かったの?」
とエミリーは聞くと、
「ちょっと考え事をしていたら寝付けなくなってしまったんですよ」
とマリナが言う。
「そう。掃除が終わったら奥の休憩室で少し仮眠とってきなさいよ」と言うと、マリナは微笑んで、
「悪いけど、そうさせて貰おうかな」
と言った。

 お昼ごろになると数日かけて依頼に行っていた連中がぼちぼちと帰ってくる。
「エミリーさん。無事に終わったぜ」
 その中でも最近腕を上げてきたチームが充実感を漂わせてやってきた。トーマスという剣士がリーダーの「草原を渡る風」だ。彼らは剣士2名、レンジャー1名、魔法使い2名というバランスの取れたチームで、今でこそランクDだがそろそろランクCの昇級試験を受けて良さそうだ。

 冒険者となっても大成する者は少ない。ある程度は昇級したりしても、魔獣や盗賊と戦った怪我で引退したり、旅先の農村で農家の跡取りにおさまったりして引退していく者も多い。腕を見込まれて貴族の警備員や騎士団に入れるなんて幸運の者もいる。
 そうしたなかで「草原を渡る風」は、とても冒険者になって一年ほどとは思えないスピードで依頼を達成し続けている。……そういえば去年、彼らと一緒に初心者の合宿を受けた三人の男女は、しばらく顔を見せなかったけれど、最近、また冒険者として活動を再開したようだわ。

「お帰り。トーマス。今回も無事に達成できたのね」
と声をかけると、「ああ!」といって元気な返事が返ってきた。
 今回は、西側の森に出没したオーク退治だ。目撃情報では4体ということでランクCの依頼かランクDの依頼か微妙なところだったが、チームでの討伐という条件でランクD依頼となった案件だった。こうして無事に達成して戻ってきたところを見ると、すでにランクCの実力はあると見て良さそうだ。ギルドとしても、あの森にはランクEやFの冒険者も行くので緊急性が高かったから助かった。

 達成の手続きと報酬の準備をしていると、彼等のメンバーの一人、犬人族の女性セレスが「そういえば」といって話しかけてきた。この子はがさつなんだけど、よく私のことを「あねさん」と呼んでくる。

「姉さんは知ってます? ……なんでも夜中に白い仮面をつけた人がどこかで集会をしているってうわさ
「えっ? 知らないわ。ごく最近なのかしら?」
うわさですよ。うわさ。ここ1ヶ月くらいですかねぇ」
 夜中に集会? 白い仮面? ……それは怪しいわね。サブマスターのアリスさんの耳に入れておいた方がいいだろうか。なにしろ去年のエビルトレント事件以降、アルの街の治安はやや悪くなっているのだ。新しい宗教か? ……それとも反王国の地下組織か。はたまた街の裏で活動するマフィアか。
「もし詳しいことが耳に入ったら教えてね」
 私はセレスにそう言った。他にも信頼できそうな冒険者にも声を掛けておくべきか悩む。

――――。
 夕刻になると依頼を終えた冒険者が帰ってくる。
 エミリーとマリナは忙しそうに依頼の報告を受けていた。
 二人に報告を終えた冒険者は、そのままギルドから出て行ったり、またギルド内のカフェで乾杯する。今日の依頼はどうだったとか、他の冒険者の動向、また森に出た魔獣の情報やエストリア王国内の動向など。こうした場を利用して彼らは情報交換をしているのだ。

 エールをぐいっとあおった壮年の冒険者が、
「そういえば妙な話があったろ?」
と隣の頬に傷のある冒険者に話しかけた。
「ええっと、……夜中に集まる白仮面の話か?」
「ああ。何やら怪しい儀式をしてるって噂だ」
 傷のある冒険者が、
「街の警備兵はなにしてんだろな」
と言ったとき、大柄でそばかすのある女の冒険者が話しに割り込んできた。その腰には使い込まれた長剣がぶら下げてある。
「それが、どうも警備ルートと時間を把握されてるみたいで、決まっていない時間に集合してるみたいよ」
「カタリナ。お前、詳しいじゃないか」
と最初の冒険者が言うと、
「こないだ酒場で警備兵の奴がそんなことを言ってたのさ」
とカタリナと呼ばれた女冒険者が答えた。
「それで、ランディ。その噂がどうしたんだ?」
 カタリナが最初の冒険者にきくと、
「どうも一人二人じゃないらしい。貴族の中にもいるらしい」
と言う。傷のある冒険者が椅子に座り直して腕を組む。
「そりゃ、やばそうだな」
と言うと、カタリナが、
「でもさ。エド。お金になりそうじゃないかい?」
 即座に傷のあるエドと呼ばれた冒険者が、首を横に振った。
「やめといた方が良い。下手に首を突っ込んで殺されたらおしまいだぞ?最悪、アンデッドにされて使役されるかもしれん」
 それを聞いてカタリナは「それもそうだね」と言った。しかし、ランディは、
「どうも東街の商店街の一角に集まってるらしいぞ」
とさらに情報を漏らすと、エドがぐっとランディの腕をつかんだ。
「……それ以上はやめとけ。ここにもどんな耳があるかわからん」
と言った。

 その時、落ち着いてきた受付をマリナに任せたエミリーが、
「エド。ランディ。それにカタリナ。ちょっとこっち来て」
と言って、三人を奥の一室に呼びつけた。
 部屋に入るとエミリーが、
「ちょっとさっきの話だけど詳しいことを教えなさい。サブマスターに報告するから」
と言った。エドは、
「いや、俺とカタリナは詳しいことは知らねえ。ランディに聞いてくれ」
と言う。エミリーはランディをじっと見ると、ランディは、
「俺が知ってるのは、奴らが夜に東街の商店街に集まってるってことぐらいだ。奴らが何者で何をしているかなんて知らないよ」
と言った。エミリーは、
「本当に?」
と言うと、ランディは急に周りを気にしだして、
「実は、これは俺が見かけたんだが、その中の一人に黒い髪をポニーテールにした若い女性もいる。顔は白い仮面で隠れてたからわからないが」
と言った。その場が凍ったように静かになる。エミリーは、
「それをここの外で絶対にいうんじゃないよ」
と語気を荒げて言った。ランディは、
「わかってるって、今はじめていったんだ。……まさかマリナさんじゃないと思うけど」
と言った。エミリーはぎょろっとランディをにらんで、
「本当にわかってるんでしょうね?」
と言うとランディはこわごわとうなづいた。
「ならいいわ。三人とも今の話は絶対に内緒よ。いいわね?」
と言った。

 その日のギルドの業務が終わったとき、マリナが、
「じゃ、お先に」
と言って裏口に向かった。エミリーは、
「気をつけて。また明日ね」
と言うと、マリナがふふふと笑って手を振って歩いて行く。
 それを見送ったエミリーは二回にあるサブマスターのアリスの執務室に向かった。

 この時間、まだアリスはいるはずだ。
 ドアをノックすると中から、
「いいぞ。開いてる」
と声がかかりエミリーは中に入る。アリスは、エミリーが言い出しにくそうにしているのを感じて、
「どうした? 何か問題でもあったのか?」
と声を掛ける。エミリーは、
「サブマスターは、近頃、白仮面をした人々がどこかに集まっているという話をご存じでしょうか?」
と切り出した。アリスは、しばらくじっとエミリーの顔を見て、
「ああ。それについては知っている」
と言った。
「その内容については?」
「さて、そういった話は警備隊のすることだろう」
 エミリーの両手にぎゅっと力がこもる。
「実は……、マリナが、マリナが参加している可能性があります」
「……本当か?」
「本人には聞いていません。その、怖くて」
「……」

 アリスはしばし考えて、
「あの、ほら何といったか。聖女の弟子をチームに加えた奴がいたろ?」
 エミリーは急に話が変わったので、とまどいながら、
「え、ええ。ジュンさんのチームですね」
「そいつらにこっそり指名依頼してはどうだ?」
「指名依頼ですか? なぜそのチームに」
「聖女の弟子がいるからだよ。もし何かの儀式なら彼女の方が我々より詳しいだろう。危険かどうかについても」
「なるほど。……確かにそうですね」
「報酬は私に請求しておけ。それと3日に一度は進捗を報告させろ。いいな?」
「はい。ありがとうございます」