39 ノルンの目覚め

 私は夢を見ていた。

 オレンジ色の光りに包まれ、穏やかな気持ちで、ここではないどこかで座っている。
 突然、まぶしい光が私を照らすと、私の身体がぐんぐんと空に昇り、オレンジ色の光が足元に小さくなっていく。
 私は、急に寂しくなった。何かが身体から抜け出たように。
 空を昇っていく私の頭上に、ひときわ大きな光が近づき、私は光の中に飛び込んでいった。

 ……ここは?

 私は無意識の海底から浮かび上がり、意識を覚醒させた。目を開けると木の天井が見える。

 コトコトコトコト。どこかでお湯が湧いている音がする。
 木の匂いとわずかに海の匂いがする。

 キュキュキュキュ。
 不意に鳥の声が近くからする。どうやらベッドの上に横になっているようだ。

 ヘッドボードから真紅の小鳥が私の顔を覗きこんでいる。さっきの鳴き声はこの鳥のようだ。

(ようやく目覚めましたね)
「ん? だれ?」

 ベッドの中から身体を起こして見回すが、部屋には私のほかには誰もいない。

(こっちですよ。ここ。うしろです)

 振り向いたら鳥と目が合った。

「あなたなの?」
(そうですよ。マスター・ノルン)
「ノルン……」
 そう。それは私の名前。そして、この子は……。

 ――フェリシア――
  種族:フェニックス
  年齢:――
  称号:トリスティアの加護
  契約者:ソウルリンク(ノルン)
  スキル:超感覚、治癒の力、怪力、浄化の力、マナ吸収
      飛翔6、火魔法6、風魔法6、結界6、転移7
  ユニークスキル:不死、再生の炎、癒やしの涙

 そう。フェリシア。私と魂の絆を持ちしガーディアン。

「ここはどこなのかしら?」
(ここは隠者の島ですよ。マスターはこの島に転移して来たのです)

 ベッドから出た私は自分の姿を見る。

 下は七分の黒いスパッツに黒い靴。セルリアンブルーのワンピースの上を来ている。
 そばの椅子には黒いフード付きのコートがかけられていて、机には白銀のハルバードが立てかけてある。
 そう。これらは私のコートと武器だ。
 左手の人差し指には大きなルビーの指輪をしている。これは魔力タンク兼アイテムボックスだ。
 すべてマジックアイテム。個別化の魔法がかかっていて私しか使えない。

 部屋の壁に鏡が掛かっているのを見つけたので、覗き込んでみた。
 淡い紫色の髪を長く伸ばした女性の顔。光の具合で透き通るような髪が輝き、目の虹彩がオレンジ色に見える。
「これが私……」
 そうつぶやいて頬に手を添えると、鏡の中の女性も手を頬に添えた。

 その時、ピューっ! と音が響いた。
 音のする方を見ると、マジックコンロの上でヤカンが湯気を出していた。

 突然、ドアからおばあさんが入ってきた。
「ああ、あぶない。あぶない。火をかけていたのを忘れていたわ」
 コンロを止めてヤカンをおろしたおばあさんは、私の方を見る。

「おやまあ。ようやく目を覚ましたのね。わたしはパティス。……あなたは三日前に急にうちの前に転移してきてずっと寝ていたのよ」
 どうやら、このおばあさんが私をベッドに寝かしてくれたみたいだ。
「私はノルンです。お世話になりましてありがとうございます」
 私は深く頭を下げた。

 おばあさんは慈愛に満ちた笑顔で、安心させるように、
「それはいいのよ。……身体に違和感はない? 大丈夫?」
と尋ねてきた。私は、
「はい。特になんともないようです」
と言った瞬間、お腹がくうぅって鳴ってしまった。思わず顔が赤くなってしまう。
「ふふふ。お腹減ってるのよね。……ちょっとまってて。今、スープをよそってあげるわ。それと、はいこれ。マニ茶。活力が出ると同時にお腹の調子も良くなるわ」
「は、はい。何から何までありがとうございます」

「いいのよ。そこに座って。……はい。どうぞ。ゆっくり召し上がれ」

 おばあさんのよそってくれた温かい野菜のスープは、不思議な味わいがあって、全身に魔力が染み入っていくようでとてもおいしかった。
 おばあさんはマニ茶を飲みながら、私がスープを飲み終わるのを待ってくれていた。

「ありがとうございました。とてもおいしかったですわ」
「おいしいって随分と久しぶりに聞いたわね。ふふふ。よかったわ」

 おばあさんはスープ皿を流しに持って行くと、戸棚から水晶の玉を持ってきた。

「さて。あなたがどこから来たのかはわからないけれど、これからどうするべきか。あなたの未来を見てあげましょう」
 おばあさんは、私の正面に座り、水晶玉を机の上に置いた。そして、私を見て、
「……驚かないでね」
と言った。

「……!!」
 私は息を飲んだ。水晶玉に意識を集中するおばあさんの額に、もう一つの目が開いたのだ。
 額の目の虹彩が七色に光る。

「あなたの魂は見たことがないくらい強い光を放っているわね。……分かたれた魂はひかれあう。その周りにも5つの輝きが見える。ふむ。……ええと、どうやら私があなたを鍛えることが私の定めでもあるみたい」

 つぶやくようなおばあさんの言葉を聞き終えたが、私には何のことやらわからなかった。
「あの……。どういうことでしょうか?」
 素直にそうきくと、おばあさんはにっこり笑って水晶をしまいながら、

「ここは隠者の島よ。あなたはここで私と出会い。そして、ここから出て行くさだめ。
 でも、それはまだほんのちょっと先のこと。……あなたは長い旅をしなければならない。けれどひとりぼっちじゃないわ。あなたと魂を分かち合う人と仲間が現れる。
 その旅のため、明日からあなたを鍛えます。あなたに宿る力を自由に使えるようにしなければならないわ。きっと必要になるから」

「はあ……」
 やっぱりよくわからない。けれど、明日からおばあさんが私を鍛えることと、将来は旅に出なきゃいけないということはわかったわ。
 その時、フェリシアが、 
(マスター。三つ目族は不思議な力を持ち、精霊や神霊に近い存在です。その彼女がいうのでしたらそのとおりなのでしょう)
と念話で教えてくれた。するとパティスにも念話が聞こえたようで、
「……その子がいうとおりよ。私は、最後の三つ目族。世界を見つめる者よ」
と言った。

「……わかりました。ですがお世話になってばかりはいられません。お家のこともお手伝いいたしますわ」
 私がそう言うと、パティスはにっこり笑って、
「なんだか孫ができたみたいでうれしいわね。ではこの家と島の案内をしましょう。ついておいでなさい」
「はい。よろしくお願いします」

――――。
 私はそれからパティスから魔法を学んだ。それも普通の魔法の使い方ではなく、魔力の巡らし方や無詠唱、実戦的な使い方、数々の強力な魔法を。……パティスがいうには、私には全属性魔法に適正があるそう。
 そして、私に宿る秘めた力の引き出し方と使い方も。

 一方で料理から掃除を一緒にしたり、野山の薬草や果物の見分け方、古い神話を教えてくれたりした。まるで自分の孫にするように、そして、おばあさんに色々とおねだりをするように。

 この隠者の島は外周が30キロほどの小さい島だけれど、その入り江の一つには人魚たちが暮らしている。今のところの住人はパティスと私とフェリシア、そして人魚たちだけ。
 たまにパティスと一緒に人魚たちのところへ行って歌をきかせてもらったり、一緒に泳いだり、海の伝説などを教えてもらった。
 そうそう、人魚のセレンが白銀でできた透かし彫の美しい髪飾りをくれた。私のお気に入りの髪飾りよ。

――そして一年が過ぎ、旅立ちの時が来たのよ。

38 シンの屋敷

 エビルトレントの討伐から5日目となり、街も少し活気を取り戻してきているように見える。
 亡くなった人も多かったが、そこから立ち上がる人間って強いな。

 さて、これからトウマさんのいるシンという人の屋敷へ行かなければならない。
 貴族街へ向かって歩いていると、隣のヘレンのお腹がぐうぅぅと鳴った。
 ヘレンがお腹を押さえて赤くなったのを見て、可愛いと思いつつ、
「そろそろお昼だからどっかに入ろうか?」
と言うと、ヘレンが「そ、そうね」と言った。サクラは、
「あ、それでしたら前から行ってみたいところがあったんです。そこにしませんか?」
と言うので、そこで昼食を取ることにした。
 サクラの後をついて行くと、ちょっとおしゃれな雰囲気のある区画で、貴族街に行く途中のオープンカフェだった。

「ここか? えっとベルローム?」
「うわぁ。オシャレじゃない。ちょっとドキドキするわ」
「早く入りましょうよ。マスター」

 サクラに背中を押され、俺たちは店に入った。店員の若い女性が、
「いらっしゃいませ。三名様ですか?」
「はい」
「では、こちらへどうぞ」
と俺たちを案内してくれた。
 外の景色のよく見える席に座る。頭上にはタープが設置されて日陰になっており、時折、気持ちの良い
風が通り過ぎていく。

 ヘレンが感無量といった感じで、
「いいわね。ここ。素敵じゃない」
と言い、俺も「なかなかいいな」と言ってサクラの頭を撫でてやった。
 サクラは、機嫌良く尻尾を右に左に振りながら、メニューを開いた。

「マスター。私は、これが食べてみたいです」
「ん? ベルローム・スイーツスペシャル? ……ま、いいか」
「あ、それおいしそうね。私もそれにするわ」
 え? ヘレンも? でもこれって馬鹿でかいパフェだよな? さすがに昼飯代わりにはならないんじゃないのか?
「俺は、こっちにするよ。本日のランチA」

「ご注文は決まりましたでしょうか?」
 丁度いいタイミングで、若い店員さんが注文を取りに来てくれた。
「じゃあ、ベルローム・スイーツスペシャルが二つに。本日のランチAが一つ」
「はい。かしこまりました。お待ち下さいませ」
 俺は、二人に、
「二人とも、スイーツスペシャルだけでいいのか?」
ときいたが、二人とも、
「ええ」「もちろん」
と言う。「それならいいけど」と他愛もない話をしていると、店員さんがケーキワゴンを押してやってきた。

「お待たせしました。スイーツスペシャルと本日のランチAです」
「あ、ありがとう」
「おお!」「うふふふ!」

 スイーツスペシャルは、ガラスのボウルに盛られた大きなパフェだった。ところどころに果物とかが入っている。その大きさもそうだが、こっちの世界にも生クリームとか、砂糖とかがあることにびっくりだ。
 本日のランチAは、プレートにサンドイッチとサラダ、ウインナーにスープのセットだ。

「へぇ。砂糖とか生クリームとかって、手に入りにくいって思ってたけど、そうでもないのかな」
とつぶやくと、それを聞いていた店員さんが、
「はい。通常は手に入りにくいのですが、当店では特別な仕入れのルートをもっております。場合によっては、当店を通して街中の商店に限定ですが、おろしも行っております」
「ああ、ありがとう。なるほどな」
 なるほどね。仕入れルートがこの店の強みなんだろうね。……そういえば、この世界で商売するのも良さそうだよね。地球の知識を使えば色んな商品が開発できそうだ。

 パフェを目の前に、二人の目がキラキラしている。早く食べよ早く食べよという無言の圧力を感じる。
「じゃ、じゃあ、さっそく食べよう」
と言った途端、二人はフォークをパフェにさした。
「……うわぁ」「この甘さがとろけるわ」
 二人は口に入れる度にうっとりとしている。とろけそうな二人の顔を見ながら、この店にしてよかったと一人ほくそ笑んだ。
「お。このサンドイッチもいけるな。この肉とサラダの組み合わせがいい」
 あっという間に、スイーツもランチも食べてしまったが、みんな心も体も幸せ一杯の気分だ。
「そういえばジュンは、シンって人の家を知ってるの?」
「それは大丈夫だ」

 食後の紅茶を飲みながら、ナビゲーションで「シンの屋敷」を調べると、ピコーンという音と共に赤と青の矢印が視界に映った。
 お店を出て青の矢印の示すとおりに進み、貴族街に入る。左右に並ぶ屋敷を眺めながらナビゲーションの示すとおりに歩いて行くと、青と赤の矢印が二つとも一軒のこじんまりとした屋敷を指し示していた。
「あれがそうだよ」
と言って指を指す。
 他の屋敷と異なり、入り口の門の前には誰もいなかった。さてどうしようかと思ったとき、建物の玄関からトウマさんが出てきて門を開けてくれた。
「よく来てくれたな。ま、とりあえず中へこいよ」
 やはり貴族の家に入るのには緊張する。俺たちはキョロキョロしながらもトウマさんの後をついて行った。

「この部屋で待ってろ。今、シン様を呼んでくるから」

 客間に通された俺たちを残して、トウマさんが出て行った。俺たちは周りの調度品を眺めて待っていた。
 この客間はそれほど広くはないが、調度品から品の良さが感じられる。
 特に暖炉の上に海原を描いた大きな絵が飾ってある。雲間から光が差す様子が神々しく、さぞ名のある人の作品だと思われた。
「……いい絵だな」
「そうね」
 みんな絵に見入っていると、ドアが開いた。

「やあ。待たせちゃったね。……初めまして。私がシンです」

 年の頃は30半ば。金髪で身長は180センチくらいだろうか。
動作はゆったりとしているが引き締まっていそうだ。整った顔をしていて穏やかな目をしている。

「いえ。はじめまして。俺がジュンです。こっちがサクラとヘレンです。先日は、トウマさんに助けていただき、本当に助かりました。今日は、何かお話があるとか……」
「ええ。ま、そんなに急ぐ話でもないので……。どうぞお座り下さい」
「はい。では失礼します」

 やわらかいソファーに俺たちは座ると、その対面にシンさんが座り、その後ろにトウマさんが立っている。
 俺たちが座ったタイミングで、イトさんが紅茶を持ってきた。

 出された紅茶を一口のみ、ダージリンに似た香りを楽しむ。
 シンさんがようやく口を開いた。

「さて、お話というのは他でもないのですが、ジュンさん。どうやら、あなたは様々なスキルを高レベルでお持ちのようだ。……ですが、そのレベルに見合った技は使い切れていない様子ですね」
 そういってシンさんは紅茶を一口飲んで、再び、
「……ジュンさん。あなたの剣術や拳闘術などはレベル7ですね?」

 シンさんの説明を聞いて、ガタッと、サクラとヘレンが腰を浮かして俺を見た。
「どうした? 二人とも?」
 二人の顔は驚愕に固まっていた。
「れ、レベル7?」

 一瞬早く我を取り戻したサクラが、
「あ、あの。レベルは5までではないのですか?」
と尋ねると、シンさんは、

「いいえ。サクラさん。……実は世間には知られていませんが、その上にレベル6、レベル7があるのです。まあレベル7となりますと、どんな英雄や勇者でも到達しませんがね。これについての説明は省略します。ただ、あなた方の想像を絶するとだけ言っておきましょう」
 ついで俺が尋ねる。
「……なぜ、俺がレベル7だと?」
「私は、特殊なスキルを持っておりましてね。わかるんですよ」

 むむむ。この人は一体……。思わず俺は、シンさんをナビゲーションで見てみた。

 ――シン――
 ステータス表示不可。

 やはり無理か。トウマさんたちと一緒だ。

「私は、単なるおせっかいな隠居人ですよ。……別に貴方たちを陥れようというわけではないですから、ご安心下さい」

 普通なら怪しいと思うところだが、不思議とその言葉に偽りはないと信じられた。
 見ると、サクラとヘレンも、緊張を解いている。

「……よろしいですかな。それで本題ですが、あなたとサクラさんにはトウマのもとで修業をしていただきたい。それとヘレンさんは、このイトが修業をつけます」
「えっ?」「うん?」「は?」

 俺たち三人は口をぽかんとあけ、間抜けづらをさらしてしまった。
「どういうことでしょうか? 修業をつけるとは? ……目的をお聞きしても?」

「ああ、そう構えないで下さい。私は、先ほどもいったとおりおせっかいな隠居人でしてね。最近も、とある人をご招待したんですがね。私の部下が案内に失敗しましてね。……まあ、それはそうと気ままな生活をしております。それで、こうして才能のあるお三方を見ましてねえ、その才能を眠ったままにするのはもったいないと思ったわけです」
「はあ」
「というわけで、別に裏ごころは何もありません。強いていえば親ごころでしょうか」
 シンさんは後ろのトウマさんとイトさんを指さす。

「こういっては何ですが、このトウマは剣術も体術も刀術もレベル6です。イトは、回復魔法が6だし、その他の魔法もレベル6。これほどの達人に修行をつけてもらえる機会はまずないでしょう。皆さんにとっても悪い話ではないと思います」

 えっ。レベル6っていったら勇者級ってことだよな?
 俺の脳裏にはブラッド・ワイルドボアを一瞬で唐竹割りにしたトウマさんの剣技が思い浮かんだ。
 一体、この二人は何者なんだろう?

 トウマさんが一歩前に出た。俺を見て、
「ジュンくん。君がレベル7なのにスキルを使いこなしていないのはきちんと鍛錬していないからだよ。それに君にはとある強い力が眠っている。だけど、まだまだ使いこなせていない。そういった力の使い方を教えてあげよう。……サクラくんもね。ネコマタ種最強の忍びに鍛え上げよう」
 次にイトさんが一歩前に出る。
「ヘレン。あなたもよ。いずれくる予言の時のために私が鍛えてあげるわ」

「……わたしは、お願いしたいと思います。マスター」
「む。サクラ……。そうだな。俺もお願いしたい。ヘレンはどうする?」
「そうね。普段だったら信用しないし、なぜ私の予言を知ってるのか聞いてみたいけど。……いいわ。お願いします」
「ふむ。それではお三方ともによろしいですな?」
「はい。シンさんの好意にのっかってしまいますが、ぜひお願いします」
「よろしい。では話を詰めましょう」

 それから詰めたことは、約一年間、トウマさんとイトさんからの合格が出るまで、俺たちは修行に励む。その間、依頼を受けられないが、生活全般についてシンさんがお金を出してくれる。
 そのかわり、修業後、たまに冒険の話をしに来て欲しいとのこと。たまには依頼を出すこともあるが、その時は優先して欲しい。ただし、無理な依頼や法に触れる依頼は拒否してくれてかまわない。
 思いっきりうまい話でしかないが、どういうわけか俺たち三人とも素直に納得したのであった。

37 聖女の祈り

 朝の光が、窓のすき間から入ってくる。

「う~ん……」
 ぼんやりしていた意識が次第にはっきりしてくる。
 そのままベッドの中で伸びをしようとしたが、体ががっちりと柔らかいものでロックされていた。

 なんだ?
 目を開けると、そこにサクラの顔があった。
「おわっ」
 びっくりして反対側を向くと、柔らかいものに顔が包まれた。
「な、ななっ」
 慌てて離れるとヘレンの胸だった。
 おかしい。昨夜、俺は端っこで寝ていたはずなのに、なぜ真ん中で挟まれているんだ?

 俺は二人に挟まれたまま上半身だけ起こして、額に手をやって思い出そうとした。
 すると、ヘレンとサクラが目を覚ましたようだ。
「う、んん。はぁ。おはよう。ジュン」
 ヘレンが色っぽくため息をつきながら、俺の腰に抱きついた。大きな胸がぎゅうっと押し当てられる。
「あ、おはようございます。マスター」
 反対側からはサクラが抱きついてくる。こちらもヘレンほどじゃないが充分な大きさの胸が押し当てられ、しかもすべすべした足を絡ませてきた。

「んふふふふ。これは何ですかな?」
 サクラが笑いながら俺の股間を指さした。
「朝の生理現象だ。俺の意志ではどうにもならん」
と俺が言った途端、
「見せて」「見たい!」
と二人が言うので、ぱこんと二人の頭にチョップを打ち下ろした。

 頭を抑えながら、ヘレンが、
「なかなか我慢するわね」
というと、サクラが、
「二人がかりでも駄目ですか? ……マスターはヘタレですか?  据え膳を食う勇気が無い?」
とか言っているので、もう一発チョップをくらわせた。

「いたっ。うう。ひどいです」
「まったく。今日は忙しいぞ。朝食をとって早く準備するぞ」
 そういって俺はベッドから下りて着替えを始めるが、ベッドの方から四つの目がじぃっと見ている。
「おいおい。お前らも早くしろよ」
と言うと、ヘレンとサクラも下りてきて、なにやら鼻歌を歌いながら舞うように夜着を一枚一枚脱いでいく。
「何してんの?」
「「誘惑」」
「……お前ら、デコピンな」
と言うと、慌てて二人とも急いで着替えを始めたので、俺は窓辺に立って二人に背中を向けた。

 はぁ。これは俺もどこかで発散しないと襲ってしまいそうになるな。

――――。
 朝食の後、俺たちは早速、修道院へ向かった。

 まだ朝の早い時間。修道院のそばの畑では、農作業をしている人が見える。
 大広間に入ると、正面に大きな翼を広げた女神トリスティアの像に、ステンドグラスから色とりどりの光が差し込んでいた。早速、礼拝している人が何人かいるようだ。

 勝手知ったる修道院なので、ヘレンがちょっと待っててといって、一人で奥に歩いて行った。
 しばらくして戻ってくると、
「……じゃ、ついてきて」
というので、あとに続いて、祭壇脇のドアを通って廊下を進んでいく。
 一つの観音開きのドアの前に行くと、ヘレンは、ドアを開けて手招きした。

「さ、入って」
「ああ。わかった」

 中には20人ぐらいが入れるくらいのスペースがあって、その中央に大きなテーブルとその周りにイスが並んでいる。
「どこでもいいから座ってちょうだい。もう少ししたら聖女様が来るから」
といって、ヘレンは俺の隣に座る。

 ヘレンは室内を眺めながら、自分の身の上を話し出した。
「実は、私ね。孤児だったんだ。この修道院の前で聖女様に拾われて、それからずっと聖女様を母親にして育ってきたのよ」
「そっかぁ。……俺はさ、実は記憶喪失なんだよ。気がついたら草原にいてさ。歩いている内にゴブリンに襲われている行商人がいてさ。それに加勢して、それでその人がアルまで連れてきてくれたんだ。で、生活するなら冒険者がいいって言われてね。ま、得体の知れない人間じゃ、冒険者ぐらいしかなれないしな」
「なにげにディープな過去をもっているわね。それをさらっと……」
「時々、無性に寂しくなるんだよ。こう、なんていうか。体の中を秋風が吹き抜けていくみたいな」
「ああ、私も孤児だったからわかるわ。世界にたったひとりぼっちだっていう気持ちがするのよね」

 その時、サクラが俺の左手を引っ張り、自分の顔を指さした。あ、そっか。同じチームになるんならサクラのことを話しとかないとな。
「それでサクラなんだが……」
と、説明しようとしたら、サクラが自分から、
「はい。ヘレンさん。私は猫人族じゃないです。妖怪のネコマタなんですよ」
と言った。ヘレンは目を白黒させている。
「はい? 妖怪? ネコマタ?」
「そうです。珍しいでしょ? レジェンドスーパーレアですよ」
「で、妖怪って何?」
 ヘレンがそう言った途端、サクラがその場でガタッと崩れ落ちた。

「よ、妖怪を知らない。ショックです」
と言うので、俺が、
「まあ、普通は知らないんじゃないか? そうだなぁ。妖精のもっとおどろおどろしい力を持っているようなもんだな」
とフォローすると、サクラが、
「え、え~と、確かにどう説明して良いのか……。あやかしのたぐいっていってもわかんないですよね」
「……よくわからないけど、とりあえず猫人族じゃないってことね。それでそれを内緒にしてると」
ヘレンが自分のなかで上手くまとめたので、
「まあ、そんなものだな。……それで、サクラは忍者だから忍術で変身できるんだ。黒猫になったり美少女になったりね」
「は? 変身?」
「あははは。実際に見た方が早いですよね?」

 そう言うと、サクラは人化の術を解いて黒猫に戻り、さらに再び人間の姿に戻った。
 ヘレンは驚いたようで固まっている。ギギギギと首を俺の方に向けたので、
「ま、そういうもんだと思えば良いさ」
と言ってやった。
 ヘレンはようやく納得したのか、
「ふうん。なるほどね。このチームは色々と規格外ってことがよくわかるわ。普通の人間は私だけなのね」
とつぶやいた。

 すると扉の方から、
「あなたも充分、普通じゃないわよ」
といたずらっぽい声がして、聖女ローレンツィーナ様が入ってきた。
「聖女様!」
 慌ててヘレンが立ち上がり、それに遅れて俺とサクラが立ち上がる。
 聖女様がニコニコしながら席を勧める。そして、サクラを見て、
「あの夜の猫ちゃんね。やっぱり人間の姿は美少女なのね」
と言う。そして、俺の目をじっとのぞき込んで、
「ジュンさん。ヘレンをよろしくお願いします。予言を聞いたと思いますが、この子には大きな宿命が立ちふさがっています。あなたのお力で導いてやって下さい」
「聖女様。それはちょっと私には重すぎます。せめて、ともに歩くメンバーとして接したいと思います」
「ふふふ。そうね。……それとこの子はまだ赤ちゃんの時に私が拾い、育て上げました。言わば娘も同然です。この私の娘をあなたに差し上げますわ。大事に扱き使ってやってください」

 思わずそんなことを聖女様は言い出した。俺はなんと言って良いのかわからず、
「は、はあ」
と、なんとも気の抜けた返事をしただけだったが、聖女様はにっこり笑って、
「まだ今は、そんなに重く考えなくてもいいのよ。……いずれ時がくればわかるから」
と言う。
「そういうものでしょうか?」
「ええ。そういうものです。……予言ですから」

 聖女様は、急に聖母のように優しい笑顔でヘレンの方を向いて、
「さあ、おゆきなさい。ヘレン。忘れてはだめよ。何があっても、ここがあなたの生まれ育った家。あなたのおうち。いつでも私たちは歓迎するわ」
と声をかけた。ヘレンは、やはりこみ上げてくるものがあるようでしばらく黙っていたが、
「聖女様、ありがとうございます。……今まで、本当にありがとうございました。きっと自分の道を見つけ、また報告にきます」
と言った。すると聖女様は、
「ふふふ。ジュンさん。ヘレン。そして、サクラさん。まだ見ぬ人々も含めて、貴方たちの結婚式は私が執り行います。楽しみにしているわね」
と言った。

 ……うんうん。きっと娘を嫁に出す親の気持ちなんだろうな。
 と思っていたが、ふと、「まだ見ぬ人々も含めて」?「貴方たちの結婚式」? なんのことだ? と首をかしげた。
 その様子を見て聖女様はクスクス笑っている。
「それまで長生きしなければね……」

 挨拶を終え、聖女様は大広間まで俺たちを見送りに来てくれた。
 ヘレンは、改めて大広間で女神トリスティアの像に礼拝すると、みんなで聖女様に一礼して修道院を出たのであった。

――――。
 ……行ったわね。あの子たちが折れずに、まっすぐに信じた道を進むことができますように。トリスティア様。どうぞお守りください。

 二人を見送った聖女は、一人でいつまでも祈り続けていた。

36 打ち上げ

「お前たちの前途に! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」

 ルイ教官の音頭でみんなで乾杯する。

 地球の居酒屋ほどではないが、やや冷えたエールが染み渡る。
 くうっ。いいねぇ。

「ほら。お前たち、これは俺からのお祝いだ。どんどん食べろ!」
「おおっ。親父さん、ナイスだぜ」
「どんどん食べて下さいね」
「……ん、娘さん、ありがとう」

 みんなで、合宿中のあれこれを話し合う。

「いやあ、カロットさんもいいですが、ここの娘さんもいいっ」
「おいおい。ケイム。もう酔っ払ってるのか? それに後ろ。う、し、ろ!」
「えっ、ええっ」
「ふふふ。ケイムさん、酔っ払ってますねぇ」
「カロットちゃん! こっちこっち」
「はあい。ヘレンさん。今行きますよ.」
「ははは。ケイム。目が白黒してるよ」
「う、うるさいですね。トーマスこそ、どうなんですか!」
「いや、どうって言われてもな」

 周りの冒険者も、合宿帰りと聞くと、それぞれ「お疲れ」と挨拶をしてくれた。

 ふと気がつくと、セレスと目が合う。
 と、次の瞬間、ほんのり顔が赤く。
「ん、んんん? どうした?」
「……いや、何でも無いよ。トーマス」
「…………ん、さっき水浴びの時にラッキースケベ」
「おいっ。ルン! お前、なんで知ってる?」
「……私も水浴びしてた」
「んだとぉ。ジュン。ラッキースケベだと!」
「いや、ルイ教官も絡まないで下さい」

 ふと、背筋が寒い。リューンさんの目が笑っているけど笑っていない。

「いや。リューンさん。あれは…そう、事故なんだ。やましいことはない!」
 俺は慌てて弁明する。
「……じーっ」
「ホントだってば、な」
 セレスに助けを求めると、セレスも、
「そうそう。リューンちゃん。何でも無いからね」
と言った。が、ルンが爆弾を落とす。
「……無防備な姿を見られてた」
「こらぁ。ルン! 追い打ちをかけるな!」
「そ、そう。別に裸を見られたわけじゃないんだから」
「ふうん。そういうことですか」
「いや、娘さんも落ち着こうな」
「別に。私は落ち着いています」

 いや、目が怖いんだが……。

 リューンさんの目におののいていると、トーマスが助け船を出してくれた。
「そういえば、俺たちチームを組むことにしたんだ。……ジュンさんは?」
 おおっ! グッジョブだ。トーマス! よく話題を変えてくれた。心の友よ。

 トーマスに感謝しながら、俺は、
「ん、いや実は、ヘレンもチームに入ることになった」
と言った。それを聞いた瞬間、教官もトーマス達も、
「「「やっぱり!」」」
と声を揃えて言う。

 俺とヘレンは目を白黒させている。その隣でサクラがニヤニヤしているのが見えた。
「え? どういうこと?」
 ヘレンが聞くと、トーマスが、
「だってさ、最初っから仲よさげだったでしょ?」
つづいてランド教官が、
「夜の見張りの時だってな。二人っきりでこそこそ話してたしな」
と言う。
 なんだこれ。折角、ラッキースケベから話が変わったというのに……。
 俺が内心で一人で黄昏れていると、セレスがぼそりと、
「サクラにヘレンか。美女二人つれてじゃ妬まれそうね」
とつぶやいた。ケイムがそれに同調して、
「そうですよ! なにしろ修道院のヘレンさんっていったら警備隊にも人気ありますからね」
と言い、さらにルイ教官も、
「冒険者にだってそうだぞ? ヘレンの姿を見に信仰心もないくせに修道院にいく奴もいたからな」
と言ってエールを飲んだ。

 ヘレンが、
「へぇ。それは初めて聞いたわね」
と言うと、ランド教官が笑って、
「何しろそういう奴らは聖女様に排除されたからな」
と言った。ああ、確かにあの方の目にはお見通しかも知れない。

 ルイ教官はランド教官の言葉にうなづきながら、俺を見る。
「つまりだ。ジュンは聖女様のお眼鏡にかなったってことになるな」
「「「そりゃ、妬まれるわ」」」

 なぜか俺がいじられる展開がつづいたが、やがて合宿の疲れが出始めてお開きとなった。

 最後に、みんなで改めて教官にお礼を言う。
「ルイ教官、ランド教官。本当にありがとうございました」
「いいんだ。俺たちも依頼だしな。……いいか、何かあったら相談しろよ。お前たちは、もう俺たちの後輩も同然だからな」
「ありがとうございました」

 そして、トーマスは自分の宿に、ケイムは自宅へと戻っていき、今にもダウンしそうなセレスとルンがフラフラと階段を上っていく。教官達はさらに二人で飲みに出かけるらしい。
 俺は、サクラとヘレンを連れて部屋に戻った。

35 合宿の終わり

――――。
「いやあ。あんなのが出てくるとは思いもしなかったな」

 ルイ教官がため息をついた。ランド教官がルイ教官の肩を叩く。
「ルイ。とりあえず助かったんだからいいじゃないか。それにあの討伐戦の後だからな。しばらくは何が出てくるかわからんよ」
「そうだな。無事だったから良しとするか」
「そうだ。……いつまでもここにいても仕方ないぜ。アルに戻ろう」
「そうだな。……よし撤収準備は終わってるな? じゃあ、帰るぞ」
「「「はい」」」

 俺たちは疲れた体にむち打ち、それぞれの荷物を背負ってアルへ向けて歩き出した。

 ようやくアルの西門に到着するとトーマスがため息をつきつつ、荷物をドスンと下ろす。
 ケイムはその隣に倒れ込むようにお尻をついた。疲れすぎて動けないようだ。

「ほらほら。男性陣、なさけないぞ。ギルドはまだだよ。しっかりしろ!」

 セレスの声に振り向くと女性陣はまだまだ余力があるようだ。

「……早く戻ろ」
 ルンの声に、トーマスがまた荷物を背負って歩き出す。
「もう、しょうがないな」
 俺がケイムの分の荷物も背負って歩き出すと、セレスがケイムを無理矢理立たせて歩かせる。
「みんな、もう少しだ。ギルドへいったら、いったんカフェに集合だぞ」

――――。
 荷物から解放され俺はギルドカフェのイスに腰掛けた。

「お疲れ様です。はい。これ。ギルドからですよ」
 カフェの女性店員が冷たい飲み物をみんなに配る。

 ――カロット――
  種族:猫人族
  年齢:20才 職業:冒険者ギルド・アル支部併設カフェ店員
  能力:肉体強化、体術3、調理3

 ほほぉ。この人がケイムの言っていたカロットさんか。
 ブロンドの髪をボブカットにし、カフェ店員の制服がよく似合っている。どことなくサクラと雰囲気が似ているのはやはりねこだからかな。

「おおっ。生き返りますよ!」
 さっきまで死人のように白くなっていたケイムが、急に元気を取り戻した。その目はカロットの姿を追っている。……疲れているのに現金な奴だ。

 カフェでみんながぐったりしているうちに、ルイ教官とランド教官が報告を終えて戻ってきた。

「みんな、合宿はこれで終わりだ。この二日間は、なかなかタフだったが、いい経験になっただろう」
「このパーティーもここで一旦解散となる。だが今後も何かあれば俺たちに相談してくれ。それとここにいる7人は同期だ。パーティーを組む組まないに関わらず、そのことを覚えておいてくれ。……じゃ、最後にルイ」
「それではこれで合宿を終わりにする。みんな、御苦労! 今日の夕方、冒険者の憩い亭で打ち上げを行うから、みんな参加するように。では、解散!」
「ルイ教官、ランド教官、二日間、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」「……ありがとう、ございました」

 みんな一様に、二人の教官にお礼をいう。
 そして、互いに「また後でね」といいつつ、それぞれギルドから出て行った。

「さて俺らも帰るか。って、そうだヘレンは宿は?」
「もちろん、一緒の宿をとるわよ。……その前にチームの届け出してくれないかしら?」
「あ、そっか。じゃあ宿代もチームとして払うようにするか」
「ふふふ。お金の管理はジュンにお任せするわ」
「俺? まあいいけど。なんで?」
「……そのうちわかるわ」
「そうか? じゃあ、手続きしよう」

 そういってヘレンを連れて、受付に向かった。
 夕方のまだ早い時間なので並んでいる冒険者は少なかった。
 受付には、いつものようにエミリーさんとマリナさんが座っている。
 俺は、
「チームのメンバーが増えたので届け出をお願いします」
というと、エミリーさんとマリナさんの視線がヘレンに集まる。
 エミリーさんが、
「もしかしてヘレンさんが?」
と言うので、
「そうです」
と返事をすると、マリナさんがじぃっと俺を見つめる。
「え? どうかしました?」
「……まあ、仕方ないですね。それにしてもまさかヘレンさんが同じチームになるとは」
 マリナさんがやれやれといった表情で淡々と手続きを進める。

 ううむ。どういうこ……、もしかしてヘレンって有名人だったりするのか?
 聖女様に育てられたみたいだし、有望な修道女だったのがいきなり冒険者になって俺のチームに入るとなれば、それは確かに驚くだろう。妬まれそうだな。

 そう思って一人で納得していると、俺の横でサクラとヘレンが、
「マスターって天然ですかね」「う~ん。確かにとろいわね」
「お金の管理を任された意味、わかってないですよね?」「ふふふ」
とこそこそ話をしている。一体、どういう意味なんだろうか。

(おい。サクラどういう意味だ?)
(お金の管理の話ですか?)
(ああ。深い意味でもあるのか?)
(やっぱりとろいですねぇ。……つまりですね。宿のお部屋はお任せするってことで、同じ部屋でも構わないって意思表示ですよ)
(は? そ、そうなのか?)
(ちなみに私も同じ部屋でお願いしますね)
(おい。ちょっとまてよ)
(ほらほら、手続き終わったみたいですよ?)

 手続きが終わり、エミリーさんとマリナさんにお礼を言って、冒険者の憩い亭に向かった。
 今晩の宴会がここだということは、教官達も同じ宿なんだろう。
 道すがら、ヘレンが、
「ジュン、ちょっといいかしら?」
「どうした?」
「明日、修道院に行って聖女様に報告したいんだけど」
「あ、そうか。わかったよ。……ついでに二人に言っておくけど、トウマさんに呼ばれているんだ。だから、明日は修道院に行った後でトウマさんの主人の屋敷に行くよ」

 俺の言葉に二人はちょっと驚いたみたいだが、了解してくれたようだ。

――――。
 カランカランっ。

「ただいま」
「ジュンさん!お帰りなさい。……無事でよかっ、たわ?」
 リューンさんが俺の後ろのヘレンさんを見て言葉が詰まった。
「メンバーがもう一人増えたんだ。よろしくね」
「え、ええ!? わ、わかりました」

 リューンさんはカウンターの中から鍵を持ってきて、震える手で渡してくれた。
「で、では。そちらの部屋をお使い下さい。三人で1泊1万2000ディールです」
「お、ちょっと安いね。ありがとう。……でも大丈夫? 何か様子がおかしいけど」
「大丈夫です。ちょっとショックなことがあったので」
「そう? 何かあったら相談してね」
「ぐっ。は、はい。そうします」
 俺は鍵の番号を確かめる。三階の部屋か。
 階段を上りかけて、
「あ、そうだ! ……早速だけど水浴びしたいけどいいかな?」
ときくと、
「ええ。どうぞ。今の時間なら裏の井戸に誰もいないと思います」
「ありがとう。じゃ、また後で」

 三階まで階段を上り、鍵と同じ番号の部屋のドアを開けた。
「えっ?」
 中に入って俺は固まった。
 部屋の中には大きなベッドが一つあるきりだった。
「し、しし、しまった!」
 てっきり今までの感覚だったけど、今日からヘレンもいるじゃないか! シングルとツインで二部屋にしないと!
 俺は慌てて廊下に戻ろうとしたが、ヘレンとサクラが勝手にベッドに飛び乗った。
「ふふふ。三人で寝るのって楽しそうね!」
「ホントですね! ……あれ? マスター、どうしました? 変な顔していますが」
「い、いやだってさ。同じベッドじゃまずいから、シングルとツインに換えて貰うぞ」
「「え~。嫌」」
「な、なぜに二人でハモる?」
 ヘレンとサクラが二人してベッドの上で首を横に振っている。
「一緒でいいじゃん。お金もかかるしさ」
「ヘレンさんの言うとおりです! ここは多数決で同じ部屋にしてもらいます!」
「おいおい。だってヘレンは修道女だろ? 俺みたいな男と同衾しちゃまずいだろ?」
と、俺が聞いたら、ベッドの上でヘレンは手を組んで祈りだした。

「ふっふっふっ。トリスティア様の教えでは修道院から出たら、修道女も恋愛OK! 結婚OK! ああ、トリスティア様の慈悲に感謝します」
「なぬ? そうなのか?」
「そうよ。というわけで、この部屋から動きません!」
「そうじゃなくて、俺が気にするんだよ!」
と、その時、女将さんのライラさんがやってきて、
「ちょっと失礼するよ。……痴話げんかもいいけど、今晩はこの部屋しか開いてないからね」
と教えてくれた。

「じゃ、決まりね!」
 うれしそうにヘレンが言い放った。

 気を取り直し3人で水浴びに向かった。本当は風呂に入りたいところだが、王侯貴族の屋敷くらいにしかないらしいので諦めている。
 トントントントンと階段を降りて、裏庭へ通じるドアを開ける。
 裏庭には井戸があって、その脇には衝立で六つのシャワーブースが造られている。これは水浴びをする人のために用意してあるそうだ。
 娘さんは、今の時間なら誰もいないって言ってたけど、すでに2つのブースに人がいるようだ。

 今日はサクラもヘレンも水浴びに来ているので、井戸から水をくみ出して、三つの桶を満タンにする。
 それぞれ一つずつ桶を持って、開いているブースに入り内鍵を閉める。シャワーブースといっても完全個室タイプなので除かれる心配は無い。
 棚に着替えとタオルと脱いだ服を置き、桶から水をすこしずつ汲んで頭から浴びる。

 ふう。気持ちいいなぁ。汗とともに疲れが流れていくようだ。
 布に水を浸して体を拭く。また水を頭から浴びる。
 一通り終わったところでタオルで水滴をふき取って、新しい服に着替えた。

「あ、水が無くなっちゃった」

 隣から女性の声が聞こえる。うん? どこかで聞いたような……。

 それはさておき先に部屋に戻るか。
 ガチャ。ブースから出た俺は、目の前に大きめの布を体に巻き付けたセレスとばったり鉢合わせした。
 目が丸くなる。と、視線が自然と下がっていって……。うん。思ったよりスタイルいいじゃん。

「○×△●○×……!」
 セレスは、急に真っ赤になると、意味不明のことを言ってブースに立てこもる。

「わ、わりい。わざとじゃないんだ……」
「……いや、その、言わなくていい。っていうか言わないでちょうだい」
「あ、ああ。俺は先に部屋に戻るけど、こっちの桶に水を汲んで、そこの前に置いとくよ」
「あ、あ、ああ。ありがとう」

 ドギマギしながら部屋に戻ってしばらくすると、ヘレンとサクラが戻ってきた。
 ヘレンは機嫌が悪そうだが、なぜかサクラは鼻歌と歌っている。
「どうした? ふたりとも?」
ときくと、ヘレンが、
「セレスを覗くくらいなら、私も覗きなさいよね!」
と言う。サクラは、
「ぐふふふふ。見ましたよ。さっきのラッキースケベっていうんですよね」
と鼻息が荒くなっている。それに顔も赤い。

 そうだった。気が動転していたけど、こいつらもいたんだった。
「あ、あれは事故だ! 事故なんだよ!」
と言うが、ヘレンのジト目とサクラのグフフ笑いは続いた。
 サクラが、
「いやあ。さすがにマスターはいい体していますねぇ」
とつぶやいた。……何か重大なことをポロッと言いましたね?
「なぬ? 俺を覗いたのか?」
 サクラの顔がますます赤くなる。
「いかに完全個室のブースとはいえ、私の忍術にかかれば覗けないところはないのです! ……いやぁ。眼福でした。マスター。ごちそうさまです」

「あのなぁ。お前も食ってやろうか。この野郎」
「いえいえ。私は女ですので。野郎じゃありません。……それにいつでも、ヘレンさんと一緒にお召し上がり下さい。くふっ」
「…………」
 お前らな……、はあ、これは駄目だ。明日は絶対に部屋を分けよう。俺は堅く決意するのだった。

「はあ。アホなこと言ってないで、準備ができたら下にいって、みんなを待つぞ」
「はい。じゃ、ヘレンさんも行きましょう!」「そうね」

 なぜこうなった?

34 合宿4 忿怒の襲撃

――――。
「おい。そろそろ起きてこい。朝食の準備をするぞ!」

 テントの外からランド教官の声がする。
 もそもそと起き上がり、テントから出た。それからも特には何事もなく俺たちは朝食の準備を始める。
 ……朝食は、干し肉と山菜を使ったスープとパンだ。山菜はセレスが採ってきてヘレンがスープを作る。

「このスープはうまいな」
「そう。ジュン、ありがと」

 俺とヘレンの会話を聞いて、トーマスが、
「なんだかお二人さん、昨日より近くなっているような……。見張りの時に何かあった?」
「いやいやいや。何もないさ。だってこのスープ旨いだろ?」
「ま、たしかに旨いのはそうなんだけど……」

 やめて、ジト目で見るのはやめてくれ。と、サクラもニヤニヤして見るんじゃない。
 ヘレンも、
「そうそう。何もないのよ。ホント」
と弁明した。トーマスは、
「ふうん。ま、いっか」
といってスープを飲んだ。なんだか、みんなの目線がイタイ気がする。

「さて片付けも終わったし、これから午前の訓練を行う。ランド、たのむ」
「ああ、今日はこれから森に入る。森の探索は基本中の基本だ。隊列を組んで進むが、それはダンジョンでも一緒だ。昨日と同じく前衛はジュンとサクラ。真ん中がケイムとヘレン。殿がトーマスとルン。セレスは索敵と周辺警戒だ。
 この森の中に小さなほこらがあるから、そこまで行ってまた戻ってくる。道は俺が先導する」
「準備はいいか? ……じゃ、行くぞ」

 こうして俺たちは森の中へ踏み出した。みんな無言で進む。
 途中で、何度か教官が薬草や毒草、森に出てくる魔物や獣の習性や、注意が必要な地形などを教えてくれる。

 やがて、中継地点の祠がみえてきた。祠は、高さは約100センチメートル。小さな家をかたどったような石組みの建造物で、地球でいう道祖神のようなものというか、石造りの小型の社というか……、そんなものだ。
 祠の前でランド教官が説明する。
「ここだ。この祠が何を祀って、いつからあって誰が作ったのかはわからない。もしかしたら祠でもないのかもしれない。ただみんなは森の祠って呼んでいる。森の中のこういう建造物を知っておくと、ここを拠点に活動したりできるから便利だ」
 なるほどね。確かに。と納得しているとき、さわさわさわと何かのささやき声が聞こえた。

 ……わあ。すごい人が来てるよ。
 ……本当だ。祝福持ちだ。
 ……うん? 僕たちの声がきこえてるっぽいね。

 慌てて周りを見回すが、俺たちのほかは誰もいない。
 もしかして妖精か? と思い、目をこらすと、祠の周りに漂っている沢山の羽妖精が見えた。
 ……見えた? 見えたね。
 ……すごい! すごいよ!
 妖精達が一斉に俺の体にまとわりつく。
 ……人間で見えた人って初めてだね。
 ……ふふふ。ここモシャモシャで面白い。
 一匹の妖精が俺の頭に座り、髪の毛で遊んでいる。
 おいおい。止めてくれと念じると、
 ……や~だよ。楽しいもん!
と言う。

 と、その時、みんなが俺を見ているのに気がついた。
「うん? どうした?」
ときくと、ランド教官が、
「ジュン。疲れたか? なんだかぼうっとしていたみたいだが……」
と言う。
「あ、ええ。ちょっと考え事をしていて。すみません」
「大丈夫ならいいんだ。少しここで休憩するが、警戒だけは怠るなよ?」
「はい。わかりました」

 ……怒られちゃった。
 ……私たちのせい? ごめんね。
 ……確かに危険が近づいてるね。
 ……気をつけてね。

 なに? 危険が近づいている?
(サクラ。何か周りに魔物とかいるか?)
(え? え~と、……いないですね。っていうか、獣も鳥もいないですね。おかしいな?)
(……サクラ。警戒しておいてくれ)
とサクラに念話で指示をした時、教官達も異変に気がついたようだ。

「ふむ。この森はこんなに動物が少なかったかな?」
「たしかに生き物の気配がしないのは変だな」
「湖まで戻った方がいいかもしれんぞ」
「……そうだな。空気がちょっと変わってきたな」

 教官達の警戒度があがっていく。俺たちはそれからすぐに湖にとって返した。
 背後で妖精達の声が聞こえる。
 ……またね!

――――。
 湖に出た俺たちは、教官達は森を観察している横で、撤収準備も兼ねてテントを片付けはじめた。
 同時に、ヘレンとセレスで昼食のサンドイッチを作っている。

 ふい森から一斉に鳥が飛び立った。
 鳥に気づいたルイ教官の目つきが鋭くなる。と同時にサクラから念話が届いた。

(マスター! 何か大きなものがこっちに来ます! 御注意を!)
 ランド教官も警告の声を張り上げる。
「何かおかしいぞ! みんな戦闘用意!」

(……マスター! 真紅猪ブラッド・ワイルドボアです。きっと昨日の)
「……ブラッド・ワイルドボア?」
 思わずつぶやくと同時に木々の間から、どす黒いオーラを身にまとったブラッド・ワイルドボアが跳び出した。

「ぐるるぅ」
「な、なんだあれ? ブラッド・ワイルドボアか?」

 ルイ教官がつぶやく。そう。そのブラッド・ワイルドボアは黒いオーラを全身にまとっている。見るからにおどろおどろしい。
 ナビゲーションが情報を表示する。

――浸食された憤怒の真紅猪ブラッド・ワイルドボア――
 手負いのブラッド・ワイルドボアが、狂乱のまま、怒り、恨みを黒いオーラにして身にまとったもの。
 エビルトレンントの胞子に浸食されている。

「浸食された憤怒のブラッド・ワイルドボア……」
 俺は呆然とつぶやきながらブラッド・ワイルドボアの背中に映えている蔦を見た。まさか。まだエビルトレントの悪夢が終わっていないのか?
「何。ジュン、知ってるのか? 浸食された? 憤怒のブラッド・ワイルドボアだと?」
「おいルイ! 背中を見ろ! あの蔦!」
「あの蔦は! すでに森から拡散していたのか? くそが!」
「やばいぞ! ルイ! こっちにくる!」

「みんな、よけろおぉ!」

 ルイ教官の叫びとともに、ブラッド・ワイルドボアが地面を蹴った。
 ……は、速すぎる! 一瞬のうちに目の前に迫る。

「ぐ、間に合えっ」
 俺は目の前のヘレンの背中を思いっきり押した。次の瞬間。俺の体はまるでトラックにはね飛ばされたように宙を舞い、地面に打ち付けられた。
 全身が衝撃で打ち抜かれ、空気が肺から出されて息が詰まる。
「がはっ……」

「マスター!」
「ジュン!」
 慌ててサクラとヘレンが近寄ってくる。自然回復で体の痛みがすうっと消えていくのがわかる。
「これくらい大丈夫だ!」
 俺はすぐに立ち上がって近づいてくる二人を手で制すると、ミスリルソードをマジックバックにしまって代わりにフレイムエレメント・ソードを取りだした。
 立っているのは俺たち3人だけで、みんな地面に叩きつけられて倒れている。

 魔力を込めると刀身が火をまとう。
「ヘレン、みんなに回復魔法を!」
「わかったわ!」
 サクラは俺の隣でブラッド・ワイルドボアに向かって構えている。
 俺とサクラがブラッド・ワイルドボアを引きつけ、その間にヘレンが回復させてみんなを逃がすしかないだろう。
 くそっ。こっちの分が悪いな。

 俺たちをはね飛ばしたブラッド・ワイルドボアは、遠くまで直進して、再び俺たちの方へ向きを変えた。
「来るぞ!」
 全身に力を込めてブラッド・ワイルドボアの突進を待ち受ける。
 ブラッド・ワイルドボアは、まるで闘牛のようにこっちを睨んで前足で地面を削っている。と、走り出した!

 その時、ブラッド・ワイルドボアの進路上に一人の男が飛び込んできて、跳躍してブラッド・ワイルドボアをよけると同時に剣を一閃させた。
「ふんっ!」

 次の瞬間。ブラッド・ワイルドボアの鼻先からピシィッと一条の光が放たれ、目から光が失われ鼻先から唐竹割りに左右に分かたれる。
 ずうぅん。

 ――ピコーン。
「閃光斬」を覚えました。

 脳裏でナビゲーションが告げるが、それどころじゃない。

「す、すごい。あの巨体を、一瞬で……」
「す、すごいです。マスター。一体だれ……」
 サクラと二人でハモる。

「い、いや。それどころじゃない。サクラもみんなに回復魔法を!」
「はい。マスター」

 茫然とこちらを見ていたヘレンだったが、サクラが来るのをみて、あわてて回復魔法をかけだした。

 剣を鞘に収めた男がこちらへ向かってくる。
 年の頃は、30前後。黒い短髪。日に焼けて精悍な様子で、身長は180センチくらいの長身だ。

 ――トウマ――
 ステータス表示不可。

 な、なに? ステータス表示不可? そんなの初めてだぞ?
 名前しかわからないナビゲーション表示に愕然としていると、男が、
「無事か?」
と聞いてきた。
「あ、ありがとうございました。助かりました」
「たまたま居あわせて良かったな。後ろの人たちも大丈夫そうだな?」

 見ると、回復したみんながフラフラしながらこちらへやってくる。
 ルイ教官が、代表して男に礼を言った。
「ありがとう。たすかったよ。危うく全滅するところだった」

「いやいや、なんの。……俺はトウマ。剣士だ。っと、連れがいるんだ。ちょっと待っててくれ。おーい。イト! 早く来いよ!」

 見ると、森から一人の女性がやってきた。同じ黒髪でショート。群青色のローブを羽織って、大きな杖を持っている。急いできたのか、息がきれている。

「も、もう。早すぎんのよ。あんたは」
「こいつらが危なそうだったからよ。……こいつはイト。魔法使いだ」

 ――イト――
 ステータス表示不可。

 この人もか。……俺たちは、それぞれ挨拶を交わした。

「ま、無事で何よりだ。……じゃ、俺たちは俺たちで用があるから、これで失礼するぜ。そのブラッド・ワイルドボアは例の胞子に汚染されてるから、悪いが焼却するぞ?」
 そういうトウマさんの向こうで、イトさんが巨大な魔法の火柱を出して両断された猪を焼却していった。
「ああ。……もしかして貴方たちはエビルトレントの胞子に浸食された魔物を退治してるのか?」
「まあな」
「そ、そうか。……助けが必要な時は言ってくれ。今日の借りは必ず返す」
「あんまり気にすんな。ま、そん時はよろしくな。……あ、そうそう。そこのジュンだっけ。ちょっといいか?」
「え? 俺?」

 手招きしているトウマのところへ行くと、
「俺の依頼にも関わってるんだが……俺はアルの貴族街にいるシンという方の家にご厄介になっている。そっちが片付いたら、一度来てくれ。用があるから」
「なぜに俺を?」
「それは来た時に説明する。チームのメンバーも連れてこいよ」
「ええっと、わかりました」
「絶対だからな。頼むぜ」
 トウマさんはウインクをすると、イトと呼ばれた女性と一緒に再び森の中に入っていった。

33 合宿 3 セバン湖の夜

――――。
 それからは何事もなく、無事に湖に到着した。

 ゴブリンとブラッド・ワイルドボアの襲撃で時間を取ったため、到着した頃はすでに日が傾きはじめている。
 慌てて、ルイ教官の指示にしたがって野営の準備を始める。

「いいか。野営地は、水場に近すぎても駄目、森に近すぎても駄目だ。水はけにも注意しろ。料理のできる奴は誰だ?」
 ルイ教官の問いかけに、ヘレンとセレスが手を上げた。
「よしヘレンとセレスは料理の準備だ。テント設営は、ジュン、ケイム、ルンでかかれ。トーマスとサクラは木を拾ってこい。……ランドはトーマスとセレスの様子を見てくれ。……じゃ、取りかかれ」

 まずケイムの魔法で設営地の地ならしをする。次にケイムはそのままかまどを作りに行った。
 俺とルンで、順番にテントを立てる。ルイ教官は湖と森の様子を確かめつつ、俺たちに一つ一つ指示を出す。
 テントを立てるのもこれで2回目だ。2張のテントを立て終えるころにトーマスとサクラも戻ってきて、かまどで火起こしをしている。
 火が起きると、ヘレンさんとセレスがぱぱぱっと料理を始める。手際が良いと褒めると、ヘレンさんは修道院でよく調理当番をしていたらしい。セレスさんはお袋さんからサバイバル料理を仕込まれたようだ。

「いいか。今時分は満月を過ぎた頃だから夜といっても月明かりがある。とはいっても、こないだの襲撃の夜みたいに雲のせいで真っ暗な夜もある。
 そういう状況を見て、どこで設営するのかの判断も重要だ。……それとこの様子だと明日も天気はいいだろう。それは安心してくれていい」

 みんなで焚き火を囲んで食事をしながら、ルイ教官とランド教官は、野営の際の注意や豆知識を教えてくれた。

 その後は、二人の教官のいるパーティー「烈風の爪」の話や、様々な冒険談をしてくれた。
 成功もあれば失敗もある。お馬鹿なこともあればヒヤリとすることも。いやな依頼人の話やダンジョンに入った話。……この世界にはダンジョンがあるんだそうだ。

 ランド教官がルイ教官の失敗談。女にだまされて有り金を巻き上げられたことを暴露したと思えば、お返しにランド教官がアタックしていた女性がその裏で別の人と逢い引きしていた話を暴露する。
 俺とサクラがすでにチームだというと、教官達はソロの冒険者とチームの冒険者について説明し、チームの利点をとうとうと述べた。

 それから、トーマスのいた農村の話、ヘレンは修道院にやってきた面白ろおかしいおじいさんの話、ケイムがギルドカフェのウェイトレスのカロットが可愛いというと、男性陣から「手を出すなよ」と脅されたり、セレスがたまにマリナさんからの視線を感じるといえば、カロットはたまにモフモフされてるようだと教官が暴露する。

 俺は、オリバ兄弟との出会いとマチルダの病気が治った話をすると、みんな涙ぐんでいた。よかったと思える依頼に出会えるのは、幸せだとは教官の言だ。
 黙ってみんなの話を聞いていたルンが、剣術4の叔母に憧れて冒険者になったことを、ぼつぼつと話した。
 どうやらルンも、みんなにだいぶ慣れてきたみたいだ。

「……さて、そろそろ寝るぞ。お前たちは2人ずつ3交代で見張りだ。俺とランドも交代で見張りをする。もしもの時の戦力を考えると……そうだな。ジュンとヘレン、トーマスとセレス、サクラとケイムとルンだな。見張りの順番はお前たちで決めろ」

「みんな、どうする?」
「ジュンに任せる」
「えっ。いいのか。じゃあ、最初はサクラとケイムとルン、次は俺とヘレンさん、最後にトーマスとセレスでいいか? ……ヘレンさんにはまとまって寝られなくて悪いけど」
「それはジュンも一緒でしょ。いいわよ」
「俺たちもいいぜ」「私たちもいいわ」(マスター、美人シスターと二人っきりですね! チャンスですよ! ぐふふ)
「……じゃ、決まりだ」

 一人、変な念話が聞こえたので、だまってサクラにデコピンをくらわせる。
(サクラ! しっかり見張りをしてくれよ!)
(ええ! もちろんです! ちゃんとマスター影で見張っときます!)
(たのんだぞ)
 念話を終えてから何か違和感を感じたが、さっそくサクラとケイムとルン(とルイ教官)に見張りを任せて、男女に別れてそれぞれのテントで毛布にくるまる。

「……おい。ジュン。交代だぞ」
「……ん、ああ。わかった」

 ケイムに起こされた俺は、テントの外に出ると大きな伸びをした。
 今日も月が綺麗だ。湖上を渡ってくる風が少し強い。
 どうやらサクラとルンも、さっさとテントに入っていったようだ。

「……おう。起きてきたか」
「ルイ教官。お疲れ様です」
「俺も、途中でランドと交代するからな」
「はい。……ヘレンさんも来たみたいですね」

 眠そうなヘレンさんがフラフラと歩いてきた。
「…おふぁようございます」
「おいおい。僧侶がだらしないぞ」
「すみませんね。教官。私って寝起きは弱いんですよ。ふわあぁ」
とあくびをしながら、ヘレンさんが俺のすぐ隣に座った。
 苦笑して見つめていた俺とルイ教官だったが、ルイ教官が、
「さて、それじゃ見張りだ。今日は月の光があるからここにいても森の様子がわかるだろう。新月の夜は真っ暗だからな。野営の必要がある依頼を受けるときは、月の満ち欠けも計算に入れておけよ」
とアドバイスしてくれた。

「ジュンは、野営の見張りの経験があったんだっけ?」
「ええっと、はい。教官。もっともカローの森だったので何事もなかったですよ」
「ああ。あそこは魔獣はめったにいないからな」

 交代時間をはかる砂時計の砂がちょうど半分落ちたところで、ルイ教官はランド教官と交代しに行った。

「ねぇ。ジュンさん」
「どうしました?」
「私に敬語を言うのはもうやめて」
「え? でも修道女ですから……」
「ううん。そうじゃなくて、もう一人の冒険者だし、それに……」
「それに?」
 ヘレンさんが俺の顔を見つめる。
「……以前、私自身についての予言があるっていったでしょ?」
「ええ」

「それはね、こうよ。
 ――聖女に育てられし真紅の髪の少女。人魔の戦争にて邪悪な影に殺される。
 ――創造神の祝福を持ちし黒髪の男に導かれ、1000年の悲しみをとめるだろう」

 俺はつぶやく。
「創造神の祝福……」
「そう。そんな聖人みたいな人はいないと思っていたけど。その祝福を持った男性が私の前に現れた。……あなたがね」
 急にヘレンさんが俺の手を握りしめる。

「私が修道院から出ることになったのはローレンツィーナ様の指示よ。――修道院を離れ、貴方のもとへゆけ。そして自らの宿命と対峙しなさいと」
「し、しかし、それだと。殺されるって……」
「そうよ。……確かにそれは怖いけど。予言だからといって必ずしもそうなるとは限らない。その予言と対峙してあがいてみせるわ」

 俺はヘレンさんの目をじぃっと見つめた。月明かりに照らされたヘレンさんの頬が少し赤らんできたように見える。

「わかった。俺のチームに入ってくれ。敬語もやめる」
と言うと、ヘレンは安心したようにため息をついた。
「ふうぅ。よかった。なんて切り出そうって思ってたから」
 俺は安心させるようにヘレンの手をさする。ちょっといたずらっぽく笑う。
「サクラにつづいてこんなに美人なシスターといられるなら願ってもないさ」
「そ、そう? 私ってそんなに美人かしら?」
 狙い通りドギマギしているヘレンに、
「美人だよ。それに……スタイルも良いしね」
と言うと、
「ちょっと。どこみてんのよ!」
と小言を言われて手をつねられた。二人で目を合わせて、「「ふふふ」」と笑う。
「これから、よろしくね。……こんど二人っきりの時に見せてあげよっか?」
とヘレンが言った。ちょっと期待しつつも、もしかしてサクラ2号か? と嫌な予感がした。

(マスターったら女たらしですねぇ。私にも甘い言葉をください! うらやましいなぁ)
とサクラからの念話が届いた。
(うるさいなぁ。ってか、街に戻って解散したらお前のことも言わないとな)
(そうですね。うふふ。創造神の祝福ですか? まさかマスターにそんなものがあるとは!)
(あ、そっか。言ってなかったか)
(秘密のあるマスターも素敵ですが、これで秘密を共有する仲になれたわけですね)
(……まあ、とにかく人に言うなよ)
(もちろんです。こんな規格が……すばらしい称号の事は言えませんよ! さすがは私のご主人様!)
(わかったから。早く寝ろ!)
(はぁい。ではお先にお休みです)

 その時、ちょうどランド教官がやってきた。
「ふわあぁ。おうっ。ちゃんとやってるな。俺はちょっと顔を洗ってくるよ」
といって、ランド教官は昨日汲んだ水で顔を洗っていた。
 三人で月下の湖と森を見ながら、あの襲撃の夜のことなどを話していた。
 幸いにも、何の異変も起きることなく交代の時間となった。
「教官。そろそろ私たちは休ませてもらいますわ」
「……教官。俺も失礼します。トーマスと交代してきます」
「おう。わかった」
 ヘレンと二人でテントの近くまで行く。
「じゃ、ジュン。お休み」
「ああ。ヘレン。お休み」
と言って別れた。

32 合宿 2 セバン湖に向かって

 昼食を終えて、修練場の休憩スペースで一息ついてから再び中央に集まった。
 一番手は俺だ、ランド教官と対峙する。

「ほらほらっ。足下がおろそかだぞっ。次は左っ、右ってフェイントだよっ」
「くっ。ほっ。……はっ」
「む? よくなってきたな。……よし。ジュン、もういい。お前はセンスがあるな。これからも油断せずに鍛錬を続けろよ」 
「ありがとうございます」

 スキルでは俺の方がはるかに上まっているが、徐々に回避ができなくなっていき、気がつくと追い詰められていた。これがランクが上の冒険者って奴なんだろう。スキル外の経験にもとづく組み手は非常にためになった。

「じゃあ、次はセレスだ。構えろ。行くぞっ」
「はい。よろしくお願いします」
「はっ。……ほらほらどこを見てる。いいか、ナイフはリーチが短い。回避、受け流し、体術を駆使しろっ。お前ならできるだろ。ほらっ足下っ」
「きゃあっ」
「ははは。まだまだだな。だがまあ、お前は犬人族だ。鍛錬すればナイフだけでも強くなれるぞ」

 ランド教官は充分に手加減してくれているようだけど、みんな打ち据えられて、へばって倒れている。俺とサクラ以外は、だけど。

「ジュン。お前は体力もあるな」
「はあ。はあ。ホント。……なんだかうらやましいわ」
 息を弾ませているセレスに、俺は苦笑いでこたえた。トーマスが、
「それにサクラも強い! 二刀流なんて初めて見たよ」
とサクラにいうと、サクラは、
「おじいちゃんに鍛えられましたから!」
と元気に返事をしていた。

 ルイ教官の方はどうかな?

 ケイムの方は、魔法なしで護身術としてなので、回避、受け流しがメインのようだ。……もっとも体力が無かったようで、地面から起き上がれないみたいだけど。大丈夫か?

「はっ。……くっ。このっ」
「ははは。こっちだっ。それっ。右っ、右っ」

 ヘレンも回避がメインのようだが、一生懸命メイスを振るって、とうとうスタミナ切れのようで全身で息をしている。うん。回避のたびに胸が揺れるのが気になって、思わずチラ見してしまう。

「ケイムよりは体力があるようだな。………よしっ。ここまでにしよう」

 教官相手の組み手が終わり、まだみんな呼吸を整えているが、一度、全員が集まる。
 ランド教官が、
「さあて。みんな一通り組み手をしたわけだが、まだまだだな。この修練場はいつでもあいているしギルドで用意した指導者もいるから、これからも鍛錬を続けるように」
と言うと、つづいてルイ教官が、

「ランドのいうとおりだ。それにジュンとサクラ以外はへばっているが戦闘技術のほかに体力をつけることが大切だ。どんなに技術があっても体力がなければ、今のお前たちのようにすぐに動けなくなってしまう。動けなければすぐにやられるぞ。いいな」
とアドバイスをする。

 ランド教官が、
「それでは息を整えながら聞け。これから小休憩の後で野外訓練に向かう。その途中で商店街により屋外に行く準備をする。
 一つ一つ指示するが、依頼に取りかかる前には必ず入念な準備を整えなければならない。特に護衛や討伐、数日にわたる依頼など、準備が足りなければ依頼達成も格段に難しくなる。それに命にも関わるからな。それとまだ初心冒険者セットを購入していない者は購入するか、レンタルしておけ」
 つづいてルイ教官が、
「野外訓練として薬草採取などの採取依頼を受けておくが、この報酬はギルドに入ることを了承しておいてくれ。そのかわり合宿期間の食事はギルドから出る。……ランド。俺は準備して門で待っているから、みんなを連れてきてくれ」
「おう。わかった」
 ルイ教官は、俺たちを残して先に修練場から出て行った。俺たちにランド教官が説明する。
「さて今更いうまでもないが、この商店街には武器屋、防具屋、薬屋、道具屋、食料品店などの専門店。それから銀行。レストランなどの料理屋や屋台。それと総合商店のフランツ商会などがある」
「ランド教官。俺はこの町に来たばっかりで、どんな店があるのかよく知らないんですが……」
「ああ、そうか。じゃあちょうどいい。準備をしながらギルドと協定している店を紹介しよう」

 それから俺たちは、ランド教官に連れられながら武器・防具屋や薬屋、道具屋へ行き、品物の見方や注意点を細かく教えてもらった。そしてその都度、初心冒険者セットに入っていない物品、回復薬、毒消し、飲料水、雨具などを購入した。
 最後にフランツ商会で支店長に挨拶を行って顔つなぎをしたあとで、みんなで町の門へ向かう。

「おうっ、きたな。じゃあいくぞ」

 待ちくたびれた様子のランド教官と合流する。
 ルイ教官は、3食分の食料や飲料水などを用意していてくれた。俺たちは手分けして用意された食料等を荷物に加えた。

 準備ができたのを確認したランド教官は、
「これから北にあるセバン湖までいく。今日はそこで野宿だ。そこまでは道があるが森林探索の練習を兼ねて隊列を組むぞ。前衛はジュンとサクラ。真ん中がヘレンとケイム。殿しんがりがトーマスとルンだ。セレスは、一番前で索敵と周辺警戒を頼むぞ。俺は左、ランドは右の後方に分かれる。殿の二人は後方の警戒を頼むぞ。……では出発だ」

 指示通りに俺とサクラはセレスの後ろを並んで歩く。隊列と言っても軍隊の行進みたいにくっついているわけでなく、ある程度離れて互いにフォローできる間隔をたもつように歩いている。
 アルからセバン湖までは約10キロメートルである。道もあるので2時間から3時間ほどで到着の予定で到着次第、野営の準備にとりかかる手はずだ。

 まだまだ戦後の空気の漂うアルの街を出発し、晴れた昼下がりの街道を歩いて行く。

「こんなことを言うと不謹慎かもしれないが、街の外にいる方が日常を感じるな」
と俺が言うと、すぐ後ろのケイムが、
「街はまだまだ陰鬱だからね」
「そういえばケイムの親父さんは警備隊の人だっけ?」
「そうです。あの夜は大変だったみたいです」
「その時ケイムは?」
「僕は、ちょうど後ろにいるトーマスさんとルンさんとで西町の通りで警備をしていたんですよ」
「そうか。俺は修道院の警備だった」

 ここで俺とケイムの会話にヘレンさんが入ってくる。
「ジュンさんがいてくれて、本当によかったわよ」
「ははは。まあ無事でよかったってところだな」
 思い出したようにケイムが、
「そういえば、あの夜に連れ去られた町の人で無事に戻って来れたのは三人だけだったみたいですね」
と言った。俺は前を向きつつ苦笑いしていると、隣のサクラが、
「マスターもその一人ですよ」
と明るく言った。ケイムは、
「えっ? マスター? っていうか、ジュンさんが?」
と驚いている。しかもサクラとヘレンさんを除いた全員が俺を見ている雰囲気だ。

 左を歩いていたルイ教官が、
「お前も苦労したんだな。無事に帰って来れてなによりだ」
と言う。ランド教官は、
「今回の討伐防衛の依頼では、俺たちのチームはフルール村に詰めていてな。被害状況はだいたい把握している。よく戻って来れたもんだ」
としみじみと言った。
 その時、
(マスター! 前方左、ゴブリンの群れが来ます!)
とサクラから念話が届いた。気配が変わった俺にみんなが怪訝な顔をするが、セレスとルイ教官が同時に警告する。

「前方左から何か来るっ」
「前方左注意!」

 ガサガサっ。薮の中からゴブリンが跳び出してきた。その数は15匹だ。
「キキキィっ!」
 俺たちを見て、ゴブリン達は勢いのままに襲いかかってくる。
 とっさに俺はみんなに指示を出した。
「セレス。お前は周辺を警戒しろっ」
「ええ」
「いくぞ! 俺とトーマスとルンが前。ケイムは魔法を頼む。ヘレンとサクラは補助を!」
「おおっ」「はいっ」

 前衛は俺を中央に、左にトーマス、右にルンが陣取っている。節くれ立ったこん棒やさび付いた剣を振り回しながらゴブリンが殺到した。
 ルイ教官から注意が促される。
「いいか! たかがゴブリンだがまずは敵を観察しろ! ランドはセレスと一緒に警戒を頼むぞ」
「ああ」

(……動きはそれほど早くはない。だが、おびえた目をしているな。それも急いでここから逃げたいといった感じの恐慌状態。隙だらけだ。ただし逃げる理由が気になるから急いだ方がいい)

 ゴブリンの動きと目からそう判断した俺は、目の前に一歩踏み出して剣を一閃させる。
「ぐぎゃっ」
 目の前のゴブリンを逆袈裟に切り上げた剣を切り返し、隣のゴブリンを切り捨てる。
 隣のトーマスとルンは、それぞれさびた剣を持ったゴブリンと打ち合っている。

「加勢するぞ!」
 一声かけてから、左前のゴブリンの左腕を切り落とし、右前のルンと打ち合っているゴブリンの首を刎た。

 その後ろから新たなゴブリンがやってくるが、ヒュッヒュッヒュッと三本の矢が飛んできて正確にゴブリンの目から脳に突き刺さる。その場でもんどり打って倒れたゴブリンが細かく痙攣しているが、もはや死んでいる。

「我がマナを資糧に、敵をうがて! クレイランス!」
 トーマスの詠唱が終わり、奥にいたゴブリンの足下から土の槍がニョキッと飛びだした。1匹、2匹と槍に体を貫かれたが、他は交わしたようだ。
 俺たちが手強いとみたのだろう。一匹が背中を向けて逃げ出すと残りの6匹も逃げようとする。

 その時、音もなく、背中を見せたゴブリンの後頭部に黒い何かが次々と突き刺さり、すべてのゴブリンが倒れたままで動かなくなった。
 ちらっとサクラの方を見ると、サクラは手に手裏剣を構えさらに敵がいないかを警戒していた。
 なるほど。手裏剣ね。……ますます日本じみてるな。

 俺たちは警戒を緩めずに、目の前で死体となったゴブリンを見下ろした。

「何だかおびえた目だった。何かから逃げようとしていた。警戒は緩めない方がいい」
と俺が言うと、トーマスとルンが驚いて、
「えっ。ジュンさん。よく見てたね。俺はそんな余裕がなかったよ」
「……ん、確かに」
 えっと、ルンはどっちの「確かに」だ?

 ルイ教官が、
「お前達、初心者にしては強いな。あれだけのゴブリンの群れをなんなく撃退するとはな」
と感心して言うが、俺は、
「いえ。奴らはおびえて恐慌状態だったからですよ」
と言うと、少し考え込んで、
「ふむ。相対したお前たちの判断だ。信用しよう。……できるだけ早く、ゴブリンの耳を切り落とし、死体を焼いて、慎重に先に進むぞ」
と言う。ランド教官は、
「それとセレス。周辺警戒だ。少し森に入って様子を見てくるから一緒に来い」
と言って、セレスと共に左側の森へ向かう。
「頼むぞ。ランド。お前の鼻なら安心だ」
「ああ。任せとけ、ルイ」

 サクラに森の警戒をさせたまま、俺たちはすぐに討伐部位のゴブリンの耳を切り落とし、死体を道の脇につんだ。
 とその時、サクラがピクッと耳を跳ね上げると、
「マスター! 真紅猪ブラッド・ワイルドボアです。ランクDの魔物です。さっきのゴブリンを追っかけて来たんでしょう!」
と叫んだ。

 俺はサクラの警告に、慌ててゴブリンの出てきた方を警戒する。

 と目の前で、ランド教官とセレスが森から跳び出してきた。
「ルイ! 急いで撤退だ、ブラッド・ワイルドボアだ!」
「なんだと……。む。間に合わないぞ! 隊列を整えろ! 迎え撃つぞ。……ケイム! 急いで土壁を作れ!」
「はい! 我がマナを資糧に我らを守る土壁となれ。クレイウォール!」
「みんなは土壁の後ろだ。急げ!」

 クレイが土壁をつくるが、まだスキルレベルが低いために脆そうだ。しかし、猪相手ならこれでも充分だろう。
 俺たちが土壁の後ろに回った瞬間、ごばぁっと木を吹っ飛ばしながら、体高3メートルはある赤い猪が跳び出してきた。

「いいか。ブラッド・ワイルドボアはランクDのモンスターだ。俺たちなら対処できるが、お前たちでは危険だ。このまま土壁の後ろにいろ!」
 と言い捨てるや。ルイ教官とランド教官は土壁から跳び出した。

「ぐるる……」
 ゴブリンを探しているように周りを見回していたブラッド・ワイルドボアが、二人に気がついてこっちに向きを変える。と、次の瞬間、突っ込んできた。

 ブラッド・ワイルドボアがランド教官をはね飛ばすかと思った瞬間、ランド教官はひらりとかわしざまにブラッド・ワイルドボアを切りつける。

「すごい。…まるで闘牛士だ!」
 戦いを見ていたトーマスがつぶやいた。
 向きを変えたブラッド・ワイルドボアが、再び突っ込んでくる。少しでも当たったら、はね飛ばされてしまうだろう。
 ルイ教官がブラッド・ワイルドボアと対峙したままで命令した。
「ケイム! 合図を出したタイミングで落とし穴だ!」
「はい!」
「……今だ!」

 ルイ教官の指示の通りケイムが呪文を詠唱すると、ブラッド・ワイルドボアの前に深さ20センチメートルほどの穴が現れた。

「ぐぴぃぃっ」
 足を取られたブラッド・ワイルドボアは、凄まじい勢いで転がっていく。

「今だ!」
 この時とばかり、ルイ教官がブラッド・ワイルドボアの眉間に渾身の突きを繰り出す。
「ぶぐぅっ……」

 ブラッド・ワイルドボアの動きが緩慢になり、そのままぴくぴくと痙攣をはじめた。
 それを確認してルイ教官が、
「ランド。トドメを」
「ああ」
というと、ランド教官はブラッド・ワイルドボアの頭に近づいていった。
 しかし、次の瞬間。ルイ教官の体がはじき飛ばされた。
「!ぐはぁ……」

「こ、こいつ」
 ブラッド・ワイルドボアは意識を完全に失ってはいなかった。近寄ったランド教官を吹っ飛ばしたのだ。

 そのままよろよろと立ち上がり、今度はルイ教官を睨むブラッド・ワイルドボアは、突然、元来た森の中へ駆け込んでいった。
「しまった! 逃げられた。ちぃ……ランド、大丈夫か? ヘレン! 回復魔法を!」

 ランド教官はよろよろと立ち上がると、こっちへ歩いてきた。
「あ、ああ……なんとかな」
 ヘレンが、ランド教官に駆け寄り回復魔法をかける。
「教官、少しそのままで……身に宿りしマナの力よ。癒やせ。ヒール」
 ランド教官の全身が淡く光ると、楽になったようだ。
「ヘレン。助かったよ。回復魔法の使い手がいて良かった」
「いえいえ。それが私の役目だから」

 ルイ教官が森を見ながらつぶやく。
「……しかし、まいったな。手負いのブラッド・ワイルドボアを逃がしてしまった」
「そうだな。ルイ。だが今はどうしようもない」
「わかってるさ。……よし、ゴブリンの死体を片付けたら予定通り湖に向かうぞ」

31 合宿 1 参加者たち

 さすがに宿の朝は忙しい。
 しばらくぶりでリューンさんが元通りに食堂で働いている。

「あ! おはようございます! ジュンさん!」
 俺の顔を見て、うれしそうに微笑んでくれた。
「おはよう。もう大丈夫なの?」
「ええ。おかげさまで。……ジュンさん。あんなにボロボロになっても助けてくれて、本当にありがとうございました」
「いいって、この宿からリューンさんがいなくなったら、みんな悲しむよ」
「そ、そうですか。ふふふ」

 その時、俺の背後からサクラが顔を出す。
「あれぇ。マスター、浮気ですか? 私という者がありながら、浮気なんですか?」
と言った。リューンさんがサクラを見てピキーンと凍る。

 俺は振り返って、サクラにデコピンをかました。
「あううぅぅ」
 おでこを押さえてうづくまるサクラに、やり過ぎたかなと思い、
「誤解されるようなことを言うなよ」
といいつつ、立ち上がらせてやった。

 そのころ、ようやくリューンさんの氷が溶けたようで、
「え、え~と」
と言い出したので、
「同じチームのサクラですよ。よろしくお願いしますね」
と紹介した。サクラは、
「同じのサクラです。よろしくです」
と言うと、リューンさんが「お、同じ部屋?」とつぶやいていた。

 おいおい。いつになったら食事がとれるんだと思いつつ、俺はサクラを引っ張って、手近なカウンターに座った。
 リューンさんが慌てて厨房に入っていくと、入れ替わるように女将さんのライラさんが俺とサクラの分の朝食を持ってきてくれた。
「はいよ! 二人分ね。……あ、そういえば今日から合宿だって?」
「ええ。そうです」
「懐かしいなぁ。昔はよく引率したもんだよ」
「へぇ。女将さんは引率する側だったんですか?」
「そうさ。うちらのチームは3人だけだったからね。人数的に丁度良いって、よくギルドからお願いされたもんさ。ま、がんばってきなよ」
「はい! がんばります!」

「間違っても、うちのロクデナシみたいに可愛い女冒険者にちょっかい出したり、水浴びを覗いたり、セクハラしたり……するんじゃないよ」

 お、女将さん。だんだん威圧が増してきてるんですが……。床板がミシリと音を立て、周りの空気が3度ほど下がってますよ。
「だ、大丈夫です。そんなことしないですよ」
と俺が言うと女将さんは照れくさそうに笑って、
「あらいやだ。ついね。昔のことを思い出してね。ほほほほほ」
と笑って厨房に戻っていった。横を見ると、サクラが恐怖に固まっていた。
 俺はサクラの背中をトントンと叩いて落ち着かせると、さっさと朝食を食べた。

 朝食後、さっそくギルドに向かう。幸いにして俺たちの部屋は宿泊費なしでそのまま取っておいてくれるとのことだ。娘の命の恩人にそれくらいさせろとのことで、ありがたくお願いしておいた。
 昨日、ターレンのおっちゃんから貰った2本の剣だが、とりあえずミスリルソードを腰に差しフレイムエレメント・ソードはマジックバックに収納した。
 正直、ロングソードがカバンに入るところが非常にシュールな画に見えた。この2本は状況次第で使い分けをすることにしている。

 ギルドに入ると、朝の混雑のピーク時間だった。
 がやがやと騒がしい中で、俺を見つけたマリナさんが、
「あ! ジュンさん! 合宿参加者は修練場に集合です!」
と声を張り上げた。周りの冒険者は何事かとこっちを見たが、合宿と聞いて納得したようだ。
 俺は返事代わりに右手を挙げて、サクラを連れて修練場へ向かった。
 奥の扉を開け、短い廊下を進んでいく。
 広い修練場に出ると、そこには男性冒険者が2人、女性冒険者が2人、そして、見知っている女性が一人いた。

「あれ? ヘレンさん?」
 そう。そこにいたのは修道女のヘレンさんだった。どこか緊張した面持ちで、俺を見た。
「今日は修道院の方はいいんですか?」
「ええ。何しろ修道院から出ることになったから」
「はっ? どうして?」
 ヘレンさんはじぃっと俺の顔を見つめた。
「ぼ、冒険者になるためよ」
「だって! ……聖女様はなんと?」
「その聖女様がそうおっしゃったのよ」
「……まじで?」
「本当よ。それでさっき登録を済ませたの。……そちらの若い子は?」
 と、その時、ギルドの建物の方から人間族と犬人族の男性がやってきた。

 人間族の男性が威勢の良い声で集合を命じる。
「さて、これから初心者合宿を行う。俺はルイ・ラングース。烈風の爪に所属している。今回の教官を務める。こっちは同じ烈風の爪のランド・イルミタリ。同じく教官をしてもらう。
 今回の参加者は全員で7人だ。まずは順番に自己紹介からだ。……そうだな。端のおまえからだ」

 指された俺は一歩前に出る。
「はい。俺はジュン・ハルノ。武器はバスタードソード。こっちはチームメンバーのサクラだ。よろしく」
 次にヘレンさんだ。
「私は、ヘレン・シュタイン。僧侶よ。武器はメイス。治療魔法と回復魔法が使えるわ」
 一礼したヘレンさんは俺の隣に下がった。小さく「サクラ?」とつぶやくのが聞こえた。

「次は俺か、俺はトーマス・ラクロー。バスタードソードを使う。剣士だ」
 ナビゲーションでステータスを確認しておこう。

 ――トーマス・ラクロー――
  種族:人間族
  年齢:14才 職業:冒険者
  能力:剣術1、体術1、農業の心得

 ブラウンの髪をしていて、身長は170cmほど。がっしりした体つきだ。農業の心得? ……まあ、後で本人に確認してみるか。

「僕の順番だね。僕は、ケイム・キルギス。土魔法を使う魔法使いです。父はこの町の衛士をしています」
 金髪。175cmほど。身長もあるのでほっそりしている。

――ケイム・キルギス――
  種族:人間族
  年齢:18才 職業:冒険者
  能力:土魔法2

「はいよ。私はセレス・ドッケンよ。見ての通り犬人族だけど、よろしくね。武器はメインが弓。偵察とか得意よ」

 ――セレス・ドッケン――  
  種族:犬人族
  年齢:18才 職業:冒険者
  能力:肉体強化、嗅覚強化、気配感知、凝視、弓術2、体術2

 金髪ショートのスマート美人だ。犬人族だけあって、嗅覚に勝れ、格闘の能力を持っている。垂れている犬耳と、ぴょこんと立っている尻尾がかわいい。

「……ルン・ロドス。剣士、武器、バスタードソード」

 ――ルン・ロドス――
  種族:人間族
  年齢:16才 職業:冒険者
  能力:剣術2

 金髪の長い髪を頭の後ろで一本にしばっている。ほっそりしているがトーマスよりも剣術レベルが上だ。ずいぶんと無口なようだ。

 ついでに、今のうちに教官のステータスも確認してみよう。

 ――ルイ・ラングース――

  種族:人間族
  年齢:35才 職業:冒険者
  所属:烈風の爪
  能力:肉体強化、剣術3、槍術4、体術3、生存術3

 ――ランド・イルミタリ――

  種族:犬人族
  年齢:34才 職業:冒険者
  所属:烈風の爪
  能力:肉体強化、剣術4、体術3、生存術3、嗅覚強化、気配感知

 おおっ、ランクB冒険者で能力も高い。ルイ教官は槍術、ランド教官は剣術がレベル4だ。

「さて、それでは最初にスケジュールを説明しよう。
  本日これからは、それぞれの武器にあわせた基礎訓練を行う。
  昼食を挟んで、午後からは屋外訓練として北の湖へ出発し、そこで一泊する。明日は午前中は森の探索訓練を行い、昼食の後、町に戻ってきて反省会をして終了だ。……最初の基礎訓練について、ランド、説明してくれ」

「ああ。それでは、続いて基礎訓練を行うぞ。基礎訓練では近接戦闘の訓練だ。ケイムは魔法使いだが、敵が前衛をくぐり抜けてくる場合もある。そのための護身術を身につけてもらう。剣術は俺が、杖はルイが指導する。弓のセレスは俺のところへこい」

 俺とサクラ、トーマス、ルン、セレスはランド教官、ケイムとヘレンがルイ教官のところへ行く。

 ランド教官は武器の種類と特徴を説明し、ついで刃をつぶした練習用の武器を持たせて型と素振りの練習をする。
 次に、戦闘スタイルの違いと場面ごとの戦術についての講義があり、ペアになっての回避主体の組み手となった。武器それぞれに特徴がある。ナイフは持ち方を変えることにより、戦闘方も変わるし体術が必要になる。

 ランド教官が、
「さあ、実際の戦闘スタイルを意識しながら組み手を行うぞ。
 この訓練ではジュンとルン。トーマスとサクラ、セレスと俺とでペアとするから並んでくれ」
「「「「はいっ」」」」
「いいか。はじめのうちは、攻撃よりもまず相手の攻撃を回避し、いなし、防ぐことを重点的に教える。
 一番大切なのは、自分のできることと相手のできることを見分けることだ。そのため、日頃から訓練を欠かさないことと、相手の動きを観察する癖をつけろ。相手の武器は何か、利き腕は右か、左か、視線の使い方、息づかい、足さばき……とにかく相手をよく知ることだ。それから相手が一匹とは限らない。周りの状況もよく観察しろ―――――――」

 とまあ、こんな調子で午前中は、武器の構え方、基本的な動作、体さばきを繰り返し練習した。
 昼食前にもう一度集合し、お昼の後は一人ずつ教官と組み手を行い、それから屋外訓練に出発することになった。
 俺たちはギルドのカフェへと移動し、みんなで用意された昼食を取る。
 初めてギルドのカフェで食事をしたが、思ったよりもおいしい。ちなみに昼食は卵と肉のサンドイッチにスープ、サラダとなっている。
 食べているときにトーマスが、
「ジュンさんって、剣の使い方とか体さばきとか、とても初心者に見えないんだけど……鍛錬してたの?」
「ん……いや、別にただ自主練ばっかりだよ」

 まあ、称号と加護とスキルが普通じゃないせいですがね。
と思っていたら、ランド教官が、
「俺もトーマスと同じ意見だ。まあお前たちの中では一番の年長だ。長い鍛錬の期間があってもおかしくはない。基礎があってこそ、すぐに適応できるはずだ」
「いやいや。ランド教官まで。おだてないで下さいよ。………そこそこには鍛えてましたから」
「そうだろうな。冒険者だから詮索はしないが、まあ慢心しないことだ。無理をすると、すぐに命を落としてしまうことも多いからな」
 ランド教官の言葉にルイ教官は無言で頷いている。
「そうそう、ルンも思ったよりできるな。トーマスも良くなってきている。このまま鍛錬を欠かさなければ、すぐに剣術のレベルも上がるだろう」
「ありがとうございます。教官。がんばります」
「……ありがとう」
「しかし、何だな。ルンは無口だな。緊張してるのか?」
「ん、少し」
「冒険者も人付き合いだ。今回の合宿でできるだけみんなを話をするようにした方がいいな」
「はい」
「ケイムの土魔法は応用範囲も広いが、スタッフを使った防御、回避はこれからも鍛錬した方がいいぞ」
「はい」
「ヘレンは、メイスはその重さが攻撃の際に役に立つが、かえって振り回されることがある。だから、体術の訓練も欠かさないことだ」
「ええ。ルイ教官。わかりましたわ」
「午後は、俺たちと組み手を行うから心しておけよ」
「「「はい」」」

30 討伐の後で

「討伐完了!」
 前線基地から報告がもたらされた。
 俺は修道院に設置された警備用の休憩スペースで眠っていたが、人々の歓声に起こされた。

「そうか。よかった」
 目をこすりつつベッドから身を起こすと、同じ場所で仮眠を取っていた他の冒険者も起き上がってきた。
 膝の上に乗っかってきた黒猫サクラを撫でながら、しばし話し込む。

 これでようやく平穏に戻るな。
 そう思いつつ伸びをして大広間へと行くと、聖女ローレンツィーナ様ほか修道女たちを先頭に、避難してきた人々が感謝の祈りを捧げているところだった。

 しばらく見ていると祈りが終わり、人々は安心したような顔つきでざわざわと話し合っている。
 人々の合間を縫ってヘレンさんがやってきた。

 少しヘレンさんと話をした。
 どうやらまだ討伐部隊は帰ってきていないらしいが、明日か明後日には合同葬儀並びに鎮魂式を行う予定のようだ。また冒険者ギルドから今日の夕方まで警備を続けるようにと指示が来ているとのことだ。
 亡くなった方も大勢いるが、少しずつ平穏を取り戻すだろうとのこと。
 そして、最後にお礼を言われた。

「あの時、守ってくれて、あの子を無事に連れ帰ってくれて本当にありがとう」
「いやいや。それが俺の仕事なんで気にしないでください」
「……あの晩、連れ去られた人で戻ってきたのは3人だけなのよ。あなたがいなかったら、あの子ももう一人も戻ってこれなかったわ」
「偶々、運が良かったんですよ。それにリューンさんの両親のパーティーが救助に来てくれたし」
 俺はそう言ったが、ヘレンさんは俺をじぃっと見つめている。
「……大丈夫。わかっているから」
と、ヘレンさんは言うと一礼して去って行った。

 その日の夕方、無事に警備任務を終えた俺たちは、退出する前に聖女ローレンツィーナ様よりお礼を言われ、さらに直々に祝福を与えられた。
 他の面々とギルドに戻ると、詳しい状況の説明があった。

 森の異変の正体は、やはりエビルトレントというモンスターが原因だったらしい。このモンスターは危険度はS級で、発生は歴史上、今回で2件目だそうだ。

 森に住んでいた魔物や獣、そして、何人かの冒険者はモンスターの胞子に侵食され、操り人形となっていた。連れ去られた街の人はエビルトレントの養分にされていたらしく、脱出した俺たち3人以外の生存者は0。森の木々も侵食され、もはや森全体を焼き払うしかないらしい。
 エビルトレント戦では数多の魔法の飛び交う激戦となり、侵攻部隊にも死傷者が出たが無事に討伐を完了した。また救援に来た4つの騎士隊はそのまま森を焼き払う作業を行うので、しばらくは駐留するらしい。

 思えば、俺がこの世界に転移して、最初の戦闘がゴブリンだったが、あの時すでにエビルトレントによる浸食がはじまっていたのだ。あれから二週間も経ってはいないというのに、こんなにも大変な事になるとは思いもしなかった。
 本来、S級モンスターは、それ一匹で国を滅ぼせるほどの力を持ったモンスターらしい。エビルトレントの場合は、本体自体は強力な魔法を使うとはいっても、動けないためにS級ほどの脅威とはならないが、他の生物に胞子を取り付けて浸食して手駒にする点でS級に認定されるらしい。

 森を焼き払い、安全が確認されなければ警戒態勢は解除されないらしいが、後の仕事は騎士団が請け負うらしく、冒険者の出番はここまでとなった。
 疲れた体に鞭を打ってサクラと一緒に宿に向かう。っと、その前に、路地裏でサクラに人化してもらった。
 すでに人型で認知されてしまったので、こっちの姿をデフォルトにする必要があるのだ。
 なぜかウキウキしているサクラを連れて、その日は宿に戻るなり親父さんの指示した部屋のベッドに倒れ込むように眠った。

 次の日は曇りだった。俺は外に出る気がせず宿で休ませてもらい、その次の日には合同葬儀に出席した。
 前日と同じく曇天で街全体が悲しみに沈んでいるようだった。
 外で亡くなった人は遺体や遺品を棺に入れ、東門から修道院まで葬列が組まれた。道の両脇にいる人々はみな帽子を取り頭を下げて黙祷する。
 修道院の裏に広がる墓地の一角に棺が並べられ、その手前の祭壇で聖女ローレンツィーナが祈りを捧げ、その後、埋葬となった。

 その次の日にはようやく晴れとなり、俺はサクラと共にギルドへと向かった。報酬をもらうためだ。

「おはようございます。エミリーさん」
「あら、おはよう。……そういえば大活躍だったんですって?」
「え? なにがですか?」
「森に連れ去られた人を魔物から一人で守っていたって聞いたわよ?」
「ああ、あれは……まあ、そうですが、宿の親父さんとかが救援に来てくれなければ危なかったですよ」
「ふぅ~ん。そう? っと、今日は報酬の受け取りね? 今回の報酬は王国と領主様から出ているわ。ジュンさんの場合は修道院の護衛に加え、連れ去られた人の救出で特別報酬が出ていて、合計で30万ディールね」

 その金額を聞いて、思わずおおっと声が出てしまった。これでしばらくは楽ができる。いや壊れた武器の買い換えをしないといけないか。
 早速の報酬の使い道を考えていると、エミリーさんが、
「ね、それでそっちの少女は誰かしら?」
ときいてきた。
「あっ。そうだった」と言って、俺はサクラを振り返る。サクラはにこっと笑って、

「はい。サクラです。ジュンさんの従者兼愛人です!」

と爆弾を落とした。思わず「ぶっ!」と吹き出して、慌ててサクラの口をふさぐ。
「ちがうちがう! 愛人じゃない!」
と必死に弁明する俺を、エミリーさんが白い目で見ていた。
 思わず冷や汗が出るが、サクラが俺の手を払いのけて、
「愛人は将来ってことで」
と言いやがった。エミリーさんはため息をついた。

「はぁ。……まあいいわ。別に複数の奥さんがいても変じゃないしね」
と言う。……えっ。この世界ってそうなの?
 エミリーさんの言葉に逆に驚いたが、彼女も気を取り直したのか、いつもの様子に戻った。そこで、俺はサクラの冒険者登録を依頼した。
「で、ついでにチームの申請もしておく?」
とエミリーさんにきかれた。

「いやむしろカップル申請で」「……チーム申請?」
余計なことをいうサクラの頭にチョップを落としながら聞き返すと、
「チームとしてギルドに登録しておくと、知名度が上がるとか、指名依頼の候補とか、自分のランクの一つ上の依頼まで受けられるとかあるのよ」
「ふ~ん。そうですか」
「ま、ギルド登録はソロだけにしておいて、実際はチームって変わり者もいるけど、だいたいの冒険者はチームで登録するわね」
「なるほど」と頷いていると、エミリーさんが俺の耳元に口を寄せて、
「かわいい子ばっかり集めた時に、チーム申請しておくと、他の男どもへの牽制にもなるわよ」
と言って、俺にウインクした。サクラがムッとうなる。
「そ、そうですか。じゃあ申請しとくかな」

 というわけで俺とサクラとでチーム申請の手続きを行った。
 ちなみにチーム名は今のところ空白だ。なにしろ、
「ジュン様と愛人ペット達」「ハーレムナイト」
「ご主人ジュン様と下僕アタシ」「マスターを愛でる会」
愛欲の家ラブラブホーム」「快楽のねこじゃらし」etc……。
 ……サクラの案は禄なのがない。ってか、こいつの頭はどうなっているんだろう?

 俺もこれといって思いつかず、空白となったのだ。エミリーさんは笑いつつ、「まあ、そのうち二つ名がつけば、自然とそれがチーム名になるかもね」と言っていた。

 無事に登録が終わり、依頼の張ってある掲示板を見ようとすると、エミリーさんが、
「ああ。そういえば、例の事件で延期になっていた初心者の合宿が明日からあるけど、どうする?」
 初心者の合宿?
 ……ああ、そういえば前にマリナさんがそんなことを言っていたな。明日とは随分と急だな。
 と思っていると、エミリーさんが、
「今回の件で、なるべく多くの低ランク冒険者に早くランクアップできるようになってもらいたいのよねぇ」
と言った。ははぁ。なるほどね。……こいつもどこまで基礎知識があるか心許ないしなぁ、と疑念の目でサクラを見るがスルーされた。訊かれたくないのかもしれない。
 ため息をついて、俺は二人分の申し込みをお願いした。

「マスター。武器を買いに行かなくていいんですか?」
 ギルドからの帰り、サクラにそう言われて慌てて冒険者の憩い亭の隣の武器屋に駆け込んだ。
「おっちゃん! 悪い! 明日から合宿なんだ! 武器を見繕ってくれ!」
「うおっ!」
 カウンターでうつらうつらと居眠りをしていたおっちゃんが、勢いよく入っていった俺の声に驚いて、ひっくり返った。
「いてててて。……なんだ。お前さんか。武器か? ちょっとまっとれ」
 そういうと、ターレンのおっちゃんは腰をさすりながら奥の部屋へと入っていった。
「そういえばサクラはいいのか?」
 振り向いてサクラにきくと、サクラは2本の小太刀を取り出した。
「私の武器は一族に伝わる2本の忍者刀があるから大丈夫です」
「ほほお。忍者刀か。……もしかしてサクラのいた屋敷に行けば刀とか手に入るかな?」
「え? マスターは刀を知ってるんですか?」
「ああ。昔に憧れていたことがある」
「なるほど。両刀使いと……。ふむふむ」
「……おい! 絶対誤解してるだろ! 俺はノーマルだぞ!」
「え? だって手を出されないから、てっきり」
「んなわけあるか! ってか刀の話はどうなった?」
と騒いでいると、ターレンのおっちゃんが、
「んだぁ。騒がしいな。両刀使いがどうした?」
「い、いや何でも無い。忘れてくれ」
「そうか? ……まあ、いいけどよ。俺は勘弁してくれな」
「俺はノーマルだ!」
「はいはい。わかったわかった。で、こいつはどうだ?」

 おっちゃんが持ってきたのはバスタードソードとロングソードだった。
 俺は順番に抜いて刀身を眺める。バスタードソードの方はうっすらと青みを帯びている。

――ミスリルソード――
 ミスリルでできたバスタードソード。
 価格:1000万ディール
 迷宮の宝箱から発見された剣で、魔力伝達に勝れ、魔法発動体にもなる剣。
 自動魔素吸収式の魔法回路が仕込まれており、自然界の魔素を吸収して、自動的に状態保持と自己修復の魔法を発動する。そのためにさびないし、刃が欠けても一晩で元に戻る。

 ナビゲーションの説明をみて、その価格と剣の特性を見て俺は目を疑った。震える手で剣を鞘に戻し、つづいてロングソードを抜く。

――フレイムエレメント・ソード――
 ミスリル合金でできたロングソード。
 価格:1200万ディール
 迷宮の宝箱から発見された剣で、火の精霊サラマンデルの加護が付与された剣。
 魔力を込めると炎が刀身を多うほか、その炎を打ち出すこともできる。
 自動魔素吸収式の魔法回路が仕込まれており、自然界の魔素を吸収して、自動的に自己修復の魔法を発動する。そのためにさびないし、刃が欠けても一晩で元に戻る。

 俺は剣を鞘に納めるとおっちゃんに返した。
「おいおい。いくらなんでも、こんなに高い剣を持ってこられても支払えないよ」
と言うと、おっちゃんが驚いたように俺を見上げた。

「ほう。価値がわかるのか。……この2本はな。昔、冒険者をやってたときに迷宮で見つけたものだ」
 おっちゃんはニヤリと笑った。
「なにしろ、俺のチームに剣を使う奴はいねえからな」

 その言葉を聞いて納得する。確かに宿の親父さんは鉄根だし、女将さんは魔法使い、おっちゃんは大斧だ。
「何かあったときのために取っといたんだがな。昨日、あいつらと相談して、この2本をお前さんにやることにした。リューンのお礼だ」
「いやいや。こんなに凄い剣は受け取れないって」
「くっくっくっ。ライラの言うとおりだな。あいつはお前が受けとらねぇって言ってやがったぜ」
「そうさ。たかがランクFの冒険者が使うような剣じゃないよ」
「まあな。だがなこれは俺ら3人のお礼だ。受け取ってくれ。あとで処分しようがかまわねえが、価値がわかるお前さんだ。できたら使ってやってくれた方が剣にとっても幸せだろう」

 そういって、おっちゃんは俺に無理矢理剣を押しつけた。俺は受け取らないとばかりに押し返す。しばらく、2人で押しつけ合っていたが、
「お前が受けとらねぇんなら処分する。……だから、頼む。受け取ってくれ」
 懇願するようなおっちゃんの目を見て、俺は観念した。

「こんなに凄い剣。どう使えってんだよ」
 そういいつつ剣を受け取った。
「なに。お前なら使いこなせるだろう。……何があったかはきかねぇ。だが、あの森の破壊の跡を見て、しかもリューンから話を聞いて思ったんだよ」
「何をだよ?」
「…………まあ、そういうこった」
 あからさまに話題をそらせたターレンのおっちゃんだったが、俺には何もきくことはできなかった。

「あ、そうだ。すぐじゃなくて良いんだけどさ。籠手を造ってくれないか?」
「籠手だと?」
「ああ。こないだの戦いで、途中で剣が折れてからは素手だったんだ。いざっていうときの為にさ拳を保護する籠手が欲しいんだ」
「ううむ。そうか……。残念だが、俺は武器屋だ。防具はつくれねぇ。そんでな、知り合いに人族のくせに優秀な鍛冶師がいる。だからそいつに頼んでやる。……いつがいい? お前の好きなときに来て貰うからよ」
「マジで助かるよ。……そうだな。明日から合宿だから、明後日ならいいかな?」
「おお、合宿か。懐かしいな。そうか。帰ってきてからまた声をかけてくれ」
「わかった。おっちゃん。何から何までありがとうな。この2本は大切に使わせて貰うよ」
「いいってことよ。俺らが持っていたって宝の持ち腐れだ。その2本だって使い手を待っていたんだろうさ」

 俺は何度もお礼を言いつつ、武器屋を出た。そして、そのまま宿に戻り親父さんと女将さんにお礼を言う。が、二人からはリューンさんのことで逆にお礼を言われてしまった。
 まあ、そんなこんなで部屋に戻り、明日の早朝の集合時間に間に合うように早く寝ることにした。
 ……サクラが俺のベッドに潜り込もうとしてきて色々と台無しだったが。