23 出発の朝

――――
 朝が来た。
 ……トントン。

 控えめなノックの音がする。
「ジュン。ノルン。入っても大丈夫かしら?」

 ヘレンだ。……と、別に焦るわけじゃない。俺たちはとうに起きて身なりを整え、汚れたシーツとタオルをノルンの魔法で綺麗に洗濯乾燥しておいた。
「大丈夫よ」
 窓辺のイスに座っているノルンがヘレンに声をかける。

「お邪魔しまーす」
 といって入ってきたヘレンは、ニヤニヤしながら俺とノルンを見つめた。ノルンが照れくさそうに笑いながら、
「……ヘレンってば、もう!」
と言うと、ヘレンが、
「うまくいったみたいね。背中を押したかいがあったわ」と言った。

 え? そうなの?

 ヘレンは笑顔で俺を見る。
「だって、ノルンってば寝室でなんだかイジイジしてたしさ。……それにノルンがオッケーなら、次は私の番でしょ?」
 そういってビシッと人差し指を立てたヘレンの目が、ぎらりと輝いていた。

 気を取り直して三人でダイニングに移動すると、サクラとシエラが朝食の準備をしていた。

「あ、おはようございまーす! マスター! ノルンさん!」
「おはようございます。ジュンさん、ノルンさん」
「ああ、おはよう」
 なぜか二人ともニヤニヤしているのが気になるが、サクラが、
「昨日はおたの「あ、そうそう」でしたね」
というのに無理矢理、言葉を重ねた。俺はコホンと咳払いをして、
「そうそう。食事を終えたらトルメクさん、警備本部、ギルドに挨拶してすぐに出発しよう」
と言った。あからさまに話題を変えた俺を見てサクラがニヤニヤして、
「これでようやく私の番も回ってくるわけですね」
と不穏なことを言った。

 パン、ジャム、バター、スープ、サラダ、ベーコンとスクランブルエッグ。料理がテーブルに出され、全員が席に着く。

「さ、ジュン。食べましょうよ」と、ヘレンに脇から突っつかれる。
「ああ、っていうか。俺が言うのか? ……まあいいや。じゃ、いただきまーす」
 ちなみに「いただきます」はこの世界でも一般的に使われていた。かつては信仰との関係で「神の慈悲に感謝して食事をいただきます」というようなことを言っていたらしいが、そのうち省略されてきて、今では一般的に使われているとのこと。

 朝食を終え身支度をすませると、俺たちはシエラの家を出た。

 家を出る時、エイシェントドラゴンメイルに身を包み、神竜の盾を背中にしょったシエラは、玄関の外から家を見渡し、しばらく黙祷すると一つ大きく頷いた。

「お父様。行ってきます!」
 明るいシエラの声が響き渡った。

 トルメクさんのところに挨拶に行くと、トルメクさんはシエラの恰好を見て固まった。が、すぐに、
「……そ、そうか。たしかにその鎧が必要になるだろう」
と言った。シエラが申し訳なさそうな表情をしたが、トルメクさんは首を横に振って、
「いいんだよ。シエラ。骨董品よろしく飾っておくのがいいわけじゃない。お前の旅にきっと必要になる。竜王のご加護がお前にありますように」
と言って、笑顔で送り出してくれた。

 その後、警備隊本部、ギルドと挨拶を済ませ、最後に墓地のギリメクの墓に挨拶をしてから、俺たちはいよいよドラゴニュートの集落を出発する。
 アルの街へと続く西側の入り口では、オステル家をはじめとする多くの竜人族たちが見送りに来てくれた。
 声援を受けながら門をくぐり、一路めざすはアルの街だ。

 晴れ渡ったデウマキナの山道からは広々とした景色を見下ろすことができる。遠くにかすんで見えるのがアルの街だ。
 ノルンと結ばれてから心に充足感がある。デウマキナの下山でも、隣にノルンがいる。そして、みんながいる。

 さあ、アルに帰ろう。
 山道を下っていく俺たちの歩みは、しっかりと、そして軽やかだった。

22 求め合う2人

 明日はいよいよこの町を出発する。
 体が冷える前に家の中に戻ってみんなで温かいお茶を飲むと、疲れが出てきたのか眠気が襲ってきた。
 明日に備えて寝ることにして、「おやすみ」と言ってそれぞれがあてがわれた寝室へと入っていった。

 不思議といざ寝ようとすると今度は目がさえてしまう。そこでランプを灯して窓辺に座っていると、みんなは寝ついたのだろう。家の中に静寂がおりているのが感じられる。

 ――トントン。
 不意にドアを控えめにノックする音がする。

 静かにドアを開けると、そこには夜着のローブを身につけたノルンが立っていた。
「どうした?」と尋ねると、
「ジュン、……いいかしら」と言って部屋に入ってきた。

 ノルンの美しい白い肌がランプに照らされている。どことなく緊張しているようだが、それは俺も同じだ。
 俺は窓辺のイスに座ると、ノルンは落ちつかなげにベッドに腰掛けて向かい合った。

「ヘレンはもう寝たのか?」とノルンと同室のヘレンの様子をきくと、
「う、うん。もう寝たわよ」
とぎこちなく返事が返ってきた。
「ね、ちょっと一緒に飲まない?」
とノルンは言うと、アイテムボックスから果実酒の瓶とグラスを二つ取り出して、俺の近くのテーブルに並べた。

 二人で小さな声で乾杯する。
 グラスに口を付けて果実酒を口にふくむと、フルーティな味わいと華やかな香りが鼻腔にあふれた。……これはおいしい。日本でもこんなお酒を飲んだことがない。

「これ。すごく美味しいな」
「でしょ? これねフレイ様のところのエルフがくれたのよ」
「へえ。エルフの秘蔵のお酒かな」

 ……会話が続かない。ノルンの顔に朱がさして、ものすごい色気がにじみ出している。その顔を見ているだけで俺の心臓がバクバクとしてくる。
 こんな夜に、一人で緊張しながら俺の部屋に来た。なぜかなんて言わなくてもわかるよ。ソウルリンクからも熱い気持ちが伝わってきている。
 俺は立ち上がってノルンの隣に座り直した。ノルンがビクッとして俺の顔を見つめる。

「なあ。ノルン。戦闘中だったけど、あの時はじめてお前を見たとき、俺はドキッとしたんだ」
「うん」
「今までヘレンやサクラが一緒にいたけど、どうしようもなく寂しいって時があった。体の中を風が通り過ぎていくような感覚。……ノルンもあるだろ?」
「ええ」
「だけどお前を一目見たときわかったんだ。あっ。この人だ。俺が探し求めていたのはって」
「……ジュン。それは私も同じよ。妖精王フレイから魂を分かちあう人がいるって教えてもらって、しかもエストリア王国のアルの街の近くで見たって言う」

 ノルンが熱を持った目で俺を見つめる。
「一年前だな。カローの森の妖精の泉だ」
「もう暗くなるってのに急にフレイが今から転移するぞっていうから、おかしいと思ったのよね。転移してみたら雨が降ってるし」
「あはは。そうだったな。降っていたな」
「……でもね。あなたに会えてわかったのよ。フレイのお節介だったんだって」
 俺はグラスをテーブルに置いて、そっとノルンの肩を抱き寄せた。ノルンもグラスを置いてゆったりと体を寄せてくる。
「感謝だな。妖精王フレイに。こんなに早くノルンと出会えた」
「本当ね」

 ぐいっとノルンを抱いたままベッドに押し倒して覆い被さる。俺の下のノルンを見て、
「愛してる。絶対に離さない」
と言うと、ノルンは下から俺の首にしなやかな腕を回して、
「私もよ。愛してる」
と言った。ランプが照らす寝室の中で二人の唇が触れあった。最初は軽く、すぐに情熱的に。

――――。
 求め合った後、並んでベッドに寝転びながら、俺は、
「……なあ、またちょっと飲まないか?」
「いいわよ。……でも。その前にそこにあるタオルを取ってくれない? ……その、シーツが汚れちゃうから」
「あ、ああ。ちょっと待ってろ」
 俺はノルンにキスをすると、ベッドから出てタオルを取って手渡した。
 ノルンはタオルを受け取ると、ベッドの中でごそごそしている。
 その様子を横目で見ながらグラスに果実酒を注ぐ。
 ノルンは器用にタオルを足の付け根に挟みながら、ベッドから下りて床に放り投げていたワンピースを拾って裸身の上にかぶる。

 ノルンのなめらかな素肌、Fカップと思われる形の良い乳房。それらがワンピースに隠されるのを惜しみながらも、その様子にたまらなく愛しい気持ちが湧き起こってくる。
 俺がじっと見ているのに気づいたノルンは、照れくさそうにハニカミながら、窓辺のイスに座った。ワンピースの裾から伸びる素足が色っぽい。

「はい、どうぞ」と言ってノルンにグラスを手渡して、窓枠に寄りかかる。
「ありがとう」と言ってグラスを受け取ったノルンが、俺を見上げる。

 二人で2回目の乾杯。
 俺はグラスを空にするとサイドテーブルにグラスを置き、ベッドの端に腰掛けながら、グラスに口をつけるノルンを見ていた。
 ノルンはいたずらっぽく微笑むと、おもむろに白銀でできた透かし彫りの美しいの髪飾りを取り外してテーブルに置き、まとめていた長い髪を解放する。そしてグラスを持って立ち上がると、俺の前にやってきて、グラスに指を入れて残った果実酒に指をつけ、その指で俺の唇をなぞった。
 ノルンは俺と目を合わせたまま手を伸ばしてサイドテーブルにグラスを置き、そのまま前屈みになってきてキスをしたまま、今度は俺がノルンに押し倒された。

21 星天の夜

 葬儀を終え、俺たちはシエラの家に行った。
 父一人、娘一人が生活していた家も、明日からは無人となる。この家はシエラが相続することになるが、管理はトルメクさんが請け負ってくれて、たまに掃除しにくるが中は手をつけないとのこと。いつでもシエラが帰ってこれるようにとの気遣いだ。

 ちょうど昼食時であったので、ノルンとヘレンが台所を借りて食事の準備をしている。シエラはいない間の事を考えてギリメクさんと自らの荷物を整理している。サクラはそのお手伝いだ。
 俺だけ何もしないのも嫌なので、裏の倉庫から旅に役立ちそうな物を取りに来ている。
 ドアを開けて倉庫の中に入ると、思いのほか整理整頓がなされていた。手前の棚から順番に見ていくと、農具、掃除道具、模擬剣や鉄の盾などの訓練道具が続いている。さらに奥の棚を眺めていると、

――エイシェントドラゴンメイル――
 デウマキナに生息していた古竜のうろこでできた鎧。
 価格:12億ディール。
 リキッド家伝来の一品。見た目より軽く、魔法や物理、腐食に耐性を持つ。

――竜血――
 デウマキナで死亡したドラゴンの血。
 価格:1億ディール。
 あらゆる怪我や病気を一瞬で治す万能の霊薬。腐らない。10倍に希釈して使用する。

――竜牙――
 デウマキナに生息する古竜の牙。
 価格:12億ディール。
 生え替わった際に抜けたものでリキッド家に授けられた。あらゆる物を穿ち、魔を滅する力がある。

 おお! これは凄いものを見つけたぞ。
 しかし、これらのアイテムを見るとリキッド家は竜人族のなかでも有力氏族で竜王達の加護も強かったんだろうな。鎧はシエラが使うべきだろうし、竜牙は素材として加工すれば強力な武器となるだろう。
 俺はこの三つの品をリビングに運び込んだ。上機嫌でアイテムを眺めていると、ノックの音がして、
「ご飯できたよ」
と言いながらヘレンがやってきた。持ってきたアイテムを見てヘレンの目が点になる。

「これあったの?」
と指を指すのでうなづくと、「すごい鎧ねぇ」と言いながらしげしげとアイテムを見ている。
 すると後ろからぞろぞろとみんなが入ってきた。シエラが並べられたアイテムを見て、
「あっ! そういえば倉庫の奥にあったっけ」
と思い出したように言う。俺は、
「シエラがこの鎧を使うべきだ」
と言うと、しばらく「う~ん」と考え込んでいて、
「お父さんが絶対に触らせてくれなかった鎧だけど、いいのでしょうか?」
ときいてきた。……ええっと、それって家宝ってことか? そう言われると迷うが……。
「どうせ出発前にトルメクさんに挨拶に行くから、その時に着て行ってみれば?」
と言うと、納得して「そうします」と言った。

 ノルンが残りの二つを見て、
「こっちは竜の血で万能の霊薬、こっちは竜の牙で強力な武器に加工できるけど、この二つはいいのか?」
とシエラにきいた。するとシエラは、
「これは大丈夫だと思います。貴重な物ですけどトルメクおじさんの所にもあるから」
と言う。それを聞いて今ごろになって竜人族はあなどれないと心底思った。こんなのがいくつもあるのか。

 気を取り直してみんなで昼食を取り、午後も作業の続きとなった。
 俺たちの中で冒険者登録をしていないのはノルンとシエラの二人だったので、今日中に登録のために一緒にギルドに向かった。二人ともランクF、そしてフェニックス・フェリシアは従獣として無事に登録が済んだ。ついでにチームのメンバー更新の申請も行った。

 ギルドで手続きをして帰ろうとしたとき、警備隊本部で保護されていた三人の人間族の冒険者「流浪の剣」が俺たちにお礼を言いにきた。
 無事に疑いが晴れ、三人を糾弾しにきたアリアさんたち竜人族からも謝罪があったそうだ。特にアリアさんは無事にライムちゃんが戻ってきたこともあって平謝りだったそうだ。

 これからどうするのか尋ねてみたが、しばらくはここを拠点にして活動するそうだ。それを聞きながら、おそらくこの三人は竜素材の入手が目的なんだろうと推察したが、間違いないだろう。
 俺たちはアルで活動していると告げ再会を約束してギルドで分かれ、再びシエラの家に戻った。

 それから午後はオステル家が親子三人でお礼に来たが、仲の良い三人を見てライムちゃんを助けられてよかったと実感した。シエラは遠い昔を思い出すような懐かしそうな目で、帰って行く親子の背中を眺めていたので、そっとその肩を抱き寄せてやった。

 とまあ、そんなこんなで竜人族の町で過ごす最後の夜になる。
 夕食の時に今後のことを相談し、当面はアルの街を中心に冒険者として活動してランクCを目指すことを目標にすることにした。ランクCに上がって以降は活動範囲を広げつつ、グラナダの情報収集をする。

 夕食の後、少し一人になりたかった俺は裏庭に出てきて満天の星空を眺めていた。さすがに高度が高い町なので吹く風が肌寒いが、酒を飲んでほてった肌には気持ちがいい。家の中では女子会が続いていて賑やかな声が聞こえてくる。

 トウマさんたちにさんざん鍛えてもらったけど、まだまだ経験も力も足りない。今回も相手の力量を読み誤って、ギリメクさんを助けることができなかった。もし助けられていたら、シエラも仇討ちをする必要も無かったろうに。

 しかし、シエラは強い娘だ。父親を目の前で亡くしたというのに、しっかりと目標を見定めている。
 まあ、俺たちが一緒だからかもしれないけどね。家に一人きりだったら、こうはいかないだろう。
 ……その意味でも、俺たちと一緒にこの家を離れることには意味があるのかもしれない。

 目の前には見渡す限りの星天のもと、世界がどこまでも広がっている。はるか遠くにぼんやりと明かりが集まっているところが見えるが、あそこがアルの街だろうか。
 地球も広いがこの世界も広い。地球を一周することはできなかったが、この世界なら自分の能力を駆使して見て回ることができるだろう。
 広い星天のもとで風に吹かれていると、今、自分も確かにこの世界の一部分なんだという気持ちが起きてくる。

 その時、裏口のドアが開いてノルンが顔を出した。
「あ、ここにいたの?」
「……ああ。星を見ていた」
 つづいて他のメンバーも出てくる。
「うわぁ。綺麗な星空だわ」「あ、本当!」「すごいすごい! って、さむっ」
 俺がいないのに気づいて、結局、みんな来てしまったようだ。自然と俺の顔に笑みが浮かぶのが自分でもわかる。ホントに俺にはもったいない女性ばかりだ。

 丁度いいから、しばらくみんなで星空を眺めることにした。ヘレンが、
「……世界は広いわねぇ」
とつぶやくと、ノルンが、
「そうね。……私は世界中を旅してみたいわ」
と言った。
「私もよ。ノルン。ジュンと一緒にね」とヘレンが言うと、すかさずサクラが、
「はいはい! 私もマスターと一緒に世界一周したいです!」
と言った。シエラが、
「そんな風に星を見たことはなかったけど。そうかぁ、世界ですか。……でもグラナダの奴もこの星空の下のどこかにいるのね」
と言った。
「……そうだな、シエラ。だがもう俺たちは仲間だ。一人で背負い込むなよ」
「はい。ジュンさん。ふふふ。ありがとうございます」
 そういうシエラの顔がどこかすっきりしたように見えた。

20 神竜王バハムート

 さてライムちゃんだが、朝食の準備ができる頃に目を覚ました。
 最初は混乱していて周りを見回し叫び続けていたが、シエラが抱きしめてやると落ち着いてきたようだ。
 詳しく事件のあった日のことを聞いてみると、確かに父親のタイストさんと母アリアさんに挨拶をしてベッドに入ったところまでは記憶にあるそうだ。
 夜中にふと目が覚めると真っ暗闇の中で不気味な白い顔の男の姿が一瞬見えたそうで、そのまますぐに気を失ってしまったようだ。そのまま眠り続けて、さっき目が覚めたらしい。

 眠り続けてきたためか、心配された体力の低下とか瘴気の影響はないようで安心した。しかし、寝室からそのまま連れ去られたのでライムちゃんは素足だ。そこで同じ竜人族のシエラがライムちゃんを背負っている。かわりにギリメクさんの遺体は俺が背負うことになった。

 帰りの道中はフェリシアの気配感知を頼りに、ヘレンの結界に加えてノルンの隠形の魔法ステルスのお陰で敵との遭遇もなく。スムーズに帰ってくることができた。

 竜人族の町では騒ぎになったが、とりあえずギルドに行ってギルマスのレンシさんに報告する。
 ノルンとフェリシアを見て目を丸くしていたレンシさんだったが、報告内容を聞いて深刻な表情になっていた。
 ライムちゃん救出の報を聞いてタイストさんとアリアさんが駆けつけて来て、何度も頭を下げていった。

 しかし、一方でギリメクさんの死去を聞き、重い空気が広がる。族長のトルメクさんも慌ててやってきて、レンシさんと同じようにノルンとフェリシアを見て目を丸くしたが、すぐにギリメクさんの遺体と面会した。

 しばしギリメクさんの頬に手を触れ、
「よくやった。ギリメク。誇り高き竜人族の戦士よ。我が弟よ……」
と言って、無言で涙を流していた。
 俺たちは、シエラとトルメクさんを残して部屋から出る。

 警備隊本部からカリタさんも慌ててやってきて遺体の安置してある部屋に入っていき、次の瞬間、女性の泣き崩れる音が聞こえてきた。しばらくすると顔を押さえるカリタさんを支えながらトルメクさんが部屋から出てきた。

 ギルドのリルさんにカリタさんを預け、俺たちはトルメクさんとレンシさんに改めて詳細な報告をする。
 犯人は暗黒の天災グラナダを名乗る者。種族不明、魔法使いと思われるが、手がかりは砕け散った祭壇のみ。
 レンシさんは、そのグラナダは魔族の中の邪悪な魔法使いではないかと想像した。

「話を聞くその能力は聞いたことがない。魔族の一種族かもしれねえ」
 魔族といえば、機工王国アークの東部に自治区を持っている種族だったはず。
 寿命は人間とほぼ同じだが、体内に宿す魔力量がエルフより多く魔法知識にも造詣が深い種族といわれる。別に異形ではなく見た目は人間とほぼ一緒。ただかつての魔族は真紅の髪をしていたが、ある時を境にまったく見られなくなったとか。
 ちなみにヘレンは真紅の髪をしているが、ナビゲーションでもちゃんと人間族と表示されている。

 俺は、
「魔族?」
と聞き返すと、レンシさんは、
「ああっと、そうだな……、お前たちは魔族大乱って知ってるか?」
と言った。俺は知らないが、ヘレンが、
「今から一〇〇〇年前に起きた大乱で、魔族を統率する魔王が他の種族や国家に対して起こした戦争ということしか知らないわ」
と言う。ついでサクラが、
「その戦争でかなりの魔族が亡くなったそうです。異世界からきた勇者と聖女も参加したそうですが、最後は魔族の中の反魔王軍の協力もあって魔王を倒すことができたとか。……ただその戦争のことは、おじいちゃんに尋ねても詳しく教えてくれなかったですね」
と言った。たしかに勇者の従者だったスピーなら詳しいことを知っているはずだ。

 レンシは、
「ほう、よく知っていたな。概ねそのとおりだ。今の魔族は、当時の反魔王軍の人々が中心派となっていて、他の種族とも協調関係にあるんだ。ただ昔っからの噂で、敗れた旧魔王軍の残党が世界中に散り散りに潜伏し、力を蓄えて再び戦乱を起こす準備をしているといわれている。……グラナダはその一人かもしれない」

 グラナダの言動から、冒険者ギルドでは危険人物として全ギルド支部に通達をすることに決定した。
 シエラはトルメクさんにギリメクさんの仇討ちのために、俺たちと一緒に旅に出ると報告。トルメクさんは、
「……わかった。シエラ。ギリメクの敵、必ず討ち取れ。しかし、お前はあいつの忘れ形見だ。俺にとっても家族同然だ。絶対に死ぬな」
と言った。そして俺に、
「ジュンさん。シエラをどうかよろしくお願いします」
と言って頭を下げた。

 ギリメクさんの葬儀は明日となり、シエラはその日はギリメクさんの遺体と最後の夜を過ごすことになる。俺たちもそれを見守りながらギルドで一泊した。
 その晩は、ランプの明かりに照らされながら、ノルンからは隠者の島での生活を聞いたり、逆に俺から一年前のアルの街でのエビルトレント事件を話したりした。
 一番気になった地球の記憶だが、ノルンにはうっすらとコンクリートのビルとか自動車の光景が脳裏に浮かぶ程度で、人間関係とかはまったく記憶が無いそうだ。実質的には記憶喪失と変わらないわけだが、その分、隠者の島で一緒に生活したパティスという老女とセレンという人魚はかけがえのない家族と思っているとのこと。

 いつか俺もその二人に会ってみたい。……別に人魚に会いたいってわけじゃないよ。

 シエラは、小さい頃に母親を亡くしずっとギリメクさんと暮らしてきたことを教えてくれた。竜人族の成人年齢は18才だが、シエラは、警備士になるためと称してギリメクさんに鍛えられており、来年、試験を受けるつもりだったようだ。
 ……その話を聞いたとき、おそらくギリメクさんの娘への溺愛の裏返しじゃないかって思ったが、そのためにシエラは箱入り娘として育てられているようだ。
 ずっと彼氏はいなかったが恋愛には興味があったようで、おそらく今朝の言葉も――俺の称号の影響もあるが――、未だに恋に恋している状態のように思える。

――――。
 次の日は再び雨だった。
 町の北部にある町の墓地の一角で、しとしとと雨が降るなかでギリメクさんの埋葬が行われた。
 墓石にはこう刻まれている。

「妻を愛し、娘を愛し、闇と戦いし勇士
  ここに眠る。
  ギリメク・リキッド」

 墓石の脇に族長とシエラが立ち、その前に一人ずつ献花する。

 ギリメクさんは警備隊長として、多くの人々から慕われていたようだ。
 集落の人々が途切れることなく献花の列に並ぶ。なかには例の三人組の冒険者や他の種族の冒険者も並んでいる。
 俺達は、その献花の列をずっと見ていた。

 献花の間に雨はやみ、雲間から太陽の光が差し込んでギリメクさんの墓を照らし出した。

 町の人々の最後に俺達も献花をし、トルメクさんを先頭に並んで全員で黙祷を捧げた。

 その時、ぶわっと一陣の風が吹き抜けて空がかげった。
 空を見上げると、そこには大きな白銀のドラゴンと緑のドラゴンがホバリングしていた。

 トルメクさんとシエラは慌てて片膝をついたので、俺達もシエラの後ろに並んで膝をついた。
 トルメクさんが顔を上げて、
「神竜王バハムート様! わざわざここまでおいでくださるとは感謝致します」
と言った。

 あれが神竜王バハムート。偉大なるドラゴンの帝王にして世界の守護者たる聖なる竜。輝く白銀の鱗が雨上がりの陽光に美しく輝いている。
 頭上から荘厳な声が降ってくる。
「トルメクよ。シエラよ。すまぬ。私がいない間に、かような事態となっていようとは思いもしなかった」
 神竜王の言葉にトルメクさんは慌てて、
「いいえ。バハムート様。我々の力が及ぼなかったのです」
「詫びの代わりに、ギリメクの魂は我が天に送ろうぞ」
 すると、シエラが顔を上げて、
「バハムート様。……父を。父の魂を…。ありがとうございます」
「シエラよ。気を落とすでない」
「はい。……私はここにいるジュン様とパーティーを組んで、父の仇を討つ旅に出る決意をいたしました」
「そうか。誇り高き竜人族の古き掟に従うというのだな」

 そこでバハムートが俺たちを見つめ、「うむ。そういうことであるか」とよくわからないが、一人で何かを納得していた。
「シエラよ。そなたに餞別を贈ろう」
 バハムートが指をかざすと、その指先から一条の光がシエラの前に伸びる。と、そこに大きな白銀に輝く盾が現れた。
 シエラが目を丸くしている。

――神竜の盾――
 神竜王バハムートの力を宿せし大盾。使用者とのつながりによって形態と性能が変化する。
 価格:――
 物理攻撃、魔法攻撃ともに耐性を持ち、瘴気を防ぐ。ある特定のキーワードによって更なる力を発揮する。
 使用者限定によりシエラ・リキッドのみ装備可能。

「我が加護を加えし盾だ。使いこなせるよう精進せよ」
「ありがとうございます。お礼の申し上げようもございません」
「よい。……ジュン。それにノルンとその仲間たちよ。そなたらのことはシン殿や妖精王フレイより聞いておる。くれぐれもシエラを頼むぞ」
 え? シンさん? あの人、まさか神竜王と面識あるのか?
 俺は驚きながらも、
「はい。必ずやシエラと共に仇を討ってみせましょう」
と答えた。
「それでは、そなたらにも武具を贈ろう」
 再びバハムートの指から光が伸びて俺の胸元に当たり、ペンダントに変化する。シルバーのチェーンに大きな赤い宝石をはめたペンダントだ。

――神竜のペンダント――
 神竜王バハムートの加護のこもったペンダント。対のペンダントと互いに呼び合う。
 価格:――
 瘴気を防ぎ、体力を回復し、状態異常を防ぐ。
 効果:浄化、自然回復、状態異常無効、対のペンダントへの次元通話

 じ、次元通話? もしかして世界を超えた念話ができるのか? ってか、こんな機能何に使うんだ? ……ただ対のペンダントってあるが。
 もしかしてと思って隣のノルンを見ると、その胸元にも同じペンダントが輝いている。目を見合わせて微笑み、反対側を見ると、どうやらヘレンとサクラには手首につけるブレスレットのようだ。

――神竜のブレスレット――
 神竜王バハムートの加護のこもったブレスレット。
 価格:――
 瘴気を防ぎ、体力を回復し、状態異常を防ぐ。
 効果:浄化、自然回復、状態異常無効

「では。我はギリメクの魂を天に送らねばならぬ。……族長よ。何かあればいつものようにな」
「はい。バハムート様」
 そういって神竜王バハムートが再び手をかざすと、ギリメクの墓から小さな光が空に昇っていく。
 そして、その光を守るように、バハムートとタイフーンがくるくると回りながら天に向かって飛んでいった。
 二匹の竜王の翼の先から雲のような水蒸気の筋、ペイパーが発生して螺旋を描き、あたかも天に続く二重螺旋の軌道のように見える。

 遙かなる天空よりバハムートの声が響いた。
「さらばだ。また会おうぞ」

19 デウマキナの朝日

 俺はライムちゃん、シエラさんはギリメクさんを運んでいるために戦闘は他の3人にしてもらうことにした。
 洞窟を出口に向かいながら、みんなにノルンとフェリシアを紹介した。ヘレンとサクラは微妙な顔をして二人でごにょごにょと話をしていたが、納得したようだ。
 小さく「これで……してもらえる」「一夫多妻ですね」とか聞こえてきたが気のせいだろう。

 洞窟の出口から、外の窪地の様子を確かめる。
 フェリシアの気配感知にもノルンの探索魔法にも異変は感じられない。
 外は雨がやみ、不思議とあの分厚い雲もすっかり姿を消して晴れ上がっていた。

 その時、
「くくくく」
と笑い声が響き渡り、目の前の空中にぽつんとお面のような白い顔だけが浮かび上がった。
「グラナダ!」

 慌ててライムちゃんを下ろして前に進んで剣を抜きは放つ。が、グラナダは、
「まあまあ。ここは負けました。またお会いしましょう」
と言い残して、笑いながら消えていった。

 あいつの馬鹿にしたような笑い声が耳底に残る。シエラが険呑な気配でグラナダが消えた場所をにらみつけていた。

 地面を渡る風が俺たちを通り抜けていく。
「どうやら倒しきれなかったみたいね」
とノルンがつぶやいた。

 ぐいっとシエラさんが俺たちの方を振り向いた。
「ジュンさん。皆さん。お願いがあります。……私を皆さんのチームに入れてください」
 俺は真剣な表情を見て、
「予想はつくが、なんで?」
と聞くと、即座に、
「お父さんの仇を討つためです」
と言い切った。

 鬼気迫る様子のシエラさんの顔に、みんなの方を見るとうなづいている。
「わかった。それならもう敬語はいらないし、チームとして仲良くやろう」
と言うと、シエラさんは「ありがとうございます」とだけ言って、再びグラナダの消えた方向をにらみつけていた。

 ……どうやらグラナダは完全に撤退したようだ。となれば、今夜はこのまま野営をした方が安全だ。
 俺はそう判断し、みんな手分けして準備をする。

 俺たちの周りにヘレンが結界を張ると、その外側にノルンがステルスの魔法を掛けて目立たなくし、俺とサクラは石をどかしたりして横になれそうな場所を作る。
 シエラは、ギリメクさんの遺体を毛布に包んで横にすると、まだ気絶しているライムちゃんを見張り、拾ってきた木材にヘレンが火をつけてお湯を沸かす。
 みんなで火を囲んでお茶を飲み、一息つくと俺とサクラが交替で見張りをすることにして、みんなには休んでもらった。サクラにも先に寝るようにいって、俺は火の前に座り込んだ。

 ふと見ると、ギリメクさんの遺体のそばに横になったシエラの肩が震えている。俺はそばに行って座り、
「シエラ。つらい時は我慢しなくてもいいんだぞ」
と声を掛け、髪をすくように優しく頭を撫でてつづけた。

 シエラはギリメクさんの遺体を見つめながら、押し殺すように泣き出す。俺はそのままシエラが泣き疲れて寝入るまで頭をなで続けた。

――――。
 朝が来た。山の冷気に目が覚めると、ちょうど雲海の向こうから朝日が昇ってくるところだった。

 その雄大な光景に、たちまちに目が覚めた。体を起こして周りを見回すと、
「おはようございます。マスター」
と見張りのサクラが挨拶をしてきた。「おはよう」といいながらコートの前を合わせながらサクラの隣に座る。

 サクラが「むふふ」と体をすり寄せてきたので手を肩に回してやる。べたべたと甘えてくるサクラと一緒に朝日を見ていると、
「ふわわぁぁ。よく寝た」
と言ってヘレンが起き出してきた。ヘレンは毛布で体をくるんで「おはよう」といいながら俺の隣に密着して座る。

「あの朝日。とても神々しいわね」
「そうだな」

 しばらく黙っていたヘレンだが、
「ねえ。ジュン。あのノルンさんってあなたと同じく「聖石を宿せし者」「分かたれし者」の称号を持っているのね?」
と聞いてきた。俺はヘレンの方を向いて「そうだ」というと、ヘレンは、
「そっかぁ……」
と言って黙り込む。

「どうした?」
ときくと、ヘレンはひょいっとサクラと目を合わせて、くすっと笑うと、
「ということは、私とサクラは第二夫人と第三夫人になるわけね」
と言った。思わず、
「へっ?」
と聞き返すと、今度はサクラが、
「やだなぁ。マスターったら。私たちの気持ちを知ってるくせに」
と言い、ヘレンが、
「というわけで頑張ってね。あ、な、た」
と言って両左右から頬にキスをされた。慌てて立ち上がり、「な、ななな」とうろたえると、その背後から、

「あら。私もそれでいいわよ。みんなで仲良くしましょう」
と言う涼やかな声が聞こえた。ギギギギとさび付いた関節を動かすように振り返ると、そこには神々しい朝日をバックにフェリシアを肩に載せたノルンがにっこり微笑んでいた。

 俺は、
「え、え~と、どういうことかな?」
と言うとノルンが俺の首に腕を絡めて、耳元で、
「みんな、貴方にお嫁にもらってくださいってことよ」
とささやく。そのままノルンも俺の頬にキスをする。ノルンは俺を解放するとサクラとヘレンの間に座り、
「このヴァルガンドじゃ一夫多妻もオッケーだしね。よかったわね」
と微笑んだ。ヘレンがぱっと後ろを振り向いて、
「シエラはどうする?」
ときいた。俺は「えっ? シエラ?」とつぶやきながら、そっちのほうを向くと、シエラが頬を染めて俺たちの様子を見ていた。
「え、え~と」とシエラは言いながら、隣のギリメクさんの遺体をちらっと見る。
「わ、私はまだその……、仇も討たないといけないし……」
と言いながら上目遣いで俺を見る。

「でも、お父さんは最後に幸せになれって言ってた。……まだそういう気持ちにはなれないですけど、席を予約させてもらえば」
 シエラはそういって俺を見た。

 おいおい。まじか? これってどういうことだ? なんでこんなことに。……ステータス補正でもかかってるのか?

 俺はそう思って自分のステータスを確認して思わず、「げっ」と言ってしまった。
「い、いつのまにか称号とスキルが増えてる」
 なぜか称号に「愛をもたらす者」「へたれ」が増えて、スキルに「恋愛体質」が増えている!? なぜに? っていうか「へたれ」ってなんだ! 「へたれ」って!
 その時、

――ピコーン。
 称号「ハーレムの主」を得ました。

とナビゲーションのアナウンスが脳裏に響いた。は、ハーレムの主? ……おかしい。昨日までのシリアスはどこいった?

 一人で混乱していると、いつの間にかノルンが俺のそばに立っていてぽんと肩に手を載せた。
「一同を代表してお願いするわ。よろしくね。未来の旦那様」と言った。
 俺は、みんなの顔を順番に見つめる。

 美しい紫がかった銀髪を持ち俺と魂を分かつ女神のようなノルン。ブロンドの髪から可愛い猫耳がぴょこんと出ている快活な美少女忍者拳士サクラ。そして、真紅の髪を持ちすばらしいプロポーションの勝ち気な美人修道女ヘレン。それに金髪から巻角を持ちヘレンに負けず劣らずのプロポーションを持つ竜人族の美少女シエラ。

 朝日に照らされて、みんなの顔が期待に満ちた表情で俺を見ている。俺は深く息をついた。
「……おいおい。俺にはもったいない美女ばかりじゃないか。後で嫌だっていっても別れないぞ?」
と言うと、ヘレンが、
「当たり前でしょ」
と言いい、みんなうなづく。それを見て俺はフッと笑い、
「よし! みんな俺が幸せにしてやる! 俺の嫁になれ!」
と言い放った。
「「「「はい!」」」
 抱きついてきたみんなにもみくちゃにされながら、もうこれ以上嫁が増えませんようにと願った。

後半部分の旧バージョンを載せておきます。
――――――――
 俺とヘレンはしばらく朝日を見つめていた。

 それからしばらくすると、みんな起き出してきた。
 シエラは大丈夫かなと思って、顔を見ると、何故か少し頬を赤らめて、こちらを見ている。

 「さて、朝食を取りながらでいいけど…ジュン、約束よ。説明をしてもらいましょう。」
 「っていってもなぁ。」

 「まずは、私か(わたくし) らお話しましょう。昨夜は時間もなく、きちんとお話できませんでしたから。」
 「そうね。」

 「私は、ノルン。隠者の島でパティスと一緒に暮らしていたの。それから、パティスの運命読みの力に導かれ、運命の人を探すため旅立ったのよ。それから、ヴァージ大森林のフェアリーガーデンで、妖精王フレイ様にお会いして、フレイ様の依頼でデウマキナ山脈の神竜王バハムート様に謁見するためにここにきたの。昨夜はちょうど窪地のあそこで野宿をしようとしたんだけど、強い力の波動を感じて確認に行ったら、ジュンに……あなたたちに会ったのよ。」
 「フレイ……か。一年くらい前にカローの森の奥の泉で、そんな名前の少女に会ったな。」
 「それがフレイ様です。…フレイ様はおっしゃっていたわ。一年前に、エストリア王国の妖精の泉で私の運命の人に会ったって。」
 「そうか。…口調が男の子っぽかったが…妖精王…。」

 「そ、それより、マスターが運命の人ってどういうことですか?」
 「うん…。それは私とジュンの称号を明かさないといけないんだけど……。ジュンはいいのかしら。」
 「こいつらは俺の仲間だから信頼している。後はシエラか……。」

 「実は、ジュンさん。私からお願いがあります。」
 「お願い?」

 シエラは、真剣な表情になって一歩近くに来ると片膝をつく。

 「私をあなたのパーティーに入れて欲しい。」

 「理由を聞いてもいいか?」
 「はい。……私の願いは父の敵討ちです。グラナダはきっとあなたの近くに再び現れるでしょう。それに私には何もできませんでした……。ぜひ一緒に旅をする中で、力をつけて敵討ちをしたい。」
 「敵討ちか……、俺としてはいいと思うが。ヘレンとサクラはどうだ?」
 「……いいわよ。」「いいです。」
 「よし。ならいいだろう。これからもよろしくな。シエラ。」
 「感謝します。」
 「まあ、俺たちがダメっていうと、一人で行っちゃうんだろ?それは見ていられないしな。」
 「お見通しですね……。」
 「さっきのお前の目を見ればな……。それに気持ちもわからなくもないし。俺たちもお前の敵討ちの手伝いをさせてくれ。どっちにしろアイツはやっつけないといけない。」

 話が一段落したところで、ノルンが口を開く。
 「では、ジュン。称号について説明してもいいかしら。」
 「ああ。ノルン。いいよ。」
 「私とジュンは、ある称号を持っているの。……「分かたれし者」。そして、「聖石を宿せし者」。パティスによれば、私たちの他にこの称号の持ち主はいないらしいわ。」

 「え?聖石を宿せし者?聖石?」

 ヘレンが、わけがわからないといった様子だ。…聖石って、きっとこの世界に来るときに触ったあの石だよな、多分。
 「分かたれし者は引かれ合う運命。互いが運命なのよ。……その証拠に、今まで感じてきた喪失感、寂寥感が、今は充足感、幸福感に満たされているわ。」

 「む、むう。それは私としては心穏やかじゃないわねぇ。」
 「私もです。マスター。」
 「い、いや、二人とも俺にとっては大切な人だぞ。」
 「で、ジュン。これからノルンはどうするの?」
 「私もシエラとともにパーティーに入れて欲しいわ。せっかく運命の人に巡り会えたんですもの。もう離れたくないわ。」
 「正直にいうと、俺もだ。ただみんなも大切だ。だからノルンをパーティーに入れるのを許してほしい。」

 「そうじゃなくて、ジュンはノルンをどう思ってるの?」
 うっ……。ヘレンの容赦のない指摘が入る。
 「俺は、…ノルンを一目見た時から惚れている。確かに俺にとっても運命の人だ。」

 「……そう。ジュンの気持ちは決まっているのね……。」
 ヘレンとサクラは下を向く、が、ヘレンは決意したかのように顔を上げる。
 「わかったわ。私はノルンを認める。……悔しいけどね。ただし条件があるわ。」
 「条件?」

 「そうよ。あれだけ私やサクラがアプローチをしても答えてくれなかったあなたが、ノルンは選ぶんでしょ?だけどね。修道院長がいったように、私にとってもあなたは運命なのよ。それに、私もあなたが好き。負けないくらいにね。……だから……将来、ノルンを伴侶にするなら、私を第二夫人にして大切になさい。……それが条件よ。」
 「あ、はい。私もです。マスター。」

 そう。確かに修道院長様は運命だって言っていた。それに俺も二人が好きだ。だが、ノルンは……ノルンはそれでいいのか?

 「ごめんなさいね。……二人は私より先にジュンとパーティーを組んでいるし、二人ともジュンを愛しているのね……。だけど、私も譲れないの。これだけは。……だから二人が第二夫人になるというなら、受け入れるわ。」

 「悪いな。三人とも……。確かに俺はノルンが一番だ。だが、ヘレンとサクラも大事だ。それに話が先走りしているけど、俺と結婚してくれるっていうんなら。その時も気持ちが変わっていなければ、結婚してくれるか?」
 「こちらこそよろしくお願いしますわ。」「ええ。もちろん。」
「もちろんです。マスター。」

 微妙に話に加われなかったシエラが、能面のような顔をしていう。
 「……えっと、話はまとまりました?これからは5人でパーティーということでFA?」

 「ああ!悪いシエラ。お前の気持ちも考えずに……。」
 「わかってますから大丈夫です。私も父の敵を討った暁には……。」

 やばい。シエラの前で色恋の話なんて。するべき状況じゃなかったのに。

18 戦場の出逢い

――――。
(あれれ? 急に雨がやんだみたいですね)
 フェリシアの念話に私も空を見上げた。
「本当ね。やっぱり山の天気は変わりやすいのね」
と言った瞬間。私の全身に衝撃が走った。どこかからか強力な力のほとばしりを感じる。これは……。
「い、今のは?」
(マスター。ここから10時の方角です)
「10時の方角ね? 行ってみましょう。――飛翔フライ
 風魔法で体を浮かび上がらせて鳥のように10時の方向へ飛んでいく。暗視のお陰で夜の闇でも物がくっきりと見えるわ。

 その時、前方の地面から天空に向かって光の柱が立ち上った。
「あ、あれは……、もしかして」

 その力を見た瞬間、私の魂が震える。あれは、あの力は……、もしかして私と同じ力?

 しかし、その力の波動からなぜか嘆きと悲しみが伝わってくる。そして、怒りの感情も。
(あの力はマスターと同じ聖石の力ですよ!)
 フェリシアの念話にうなづきながらノルンは、より深くその力を感じる。

「そう。敵と戦っているのね。……ならば私もそばに行きましょう」
(マスター?)
 いつもと様子が異なり、半分トランスしているようなノルンの様子に、フェリシアが怪訝そうな声を上げる。
封印リミット解除。真魔覚醒。神衣光輪」

 空を飛ぶノルンからまばゆい光があふれ、その肢体を覆う光の衣となる。あふれた力が白銀の炎となって周囲を旋回し、あたかも闇を光の矢が貫くようにデウマキナの夜の闇を突き進んでいく。
 フェリシアの炎も激しく燃え上がり、脈動するように真紅の光をたぎらせている。

 地面から光の柱が立ち上ったところには、大きな穴が開いていた。
「今、行きます。あなたのそばに」
 そう言って、ノルンはためらうことなく、穴に飛び込んだ。

――――。
 俺の全身から光があふれ輝く光の衣となって我が身を覆う。圧倒的な力の奔流に大気が震え、立ち上る光の柱が洞窟の天井を突き抜けていった。

 グラナダが俺を見て驚いている。
「その力は……」

 俺はグラナダの方を向きながら背後にいるシエラさんに語りかける。
「すまない。シエラさん。俺があいつの力を見誤っていたばかりに、ギリメクさんが……。だがもう誰も傷つけさせない」
 手にしたミスリルソードを聖石の力でコーティングする。
「行くぞ。グラナダ。――パラレルラッシュ!」

 俺は24分身でグラナダを囲み、光の速度で四方八方から斬りかかった。俺の斬撃がいくつもの光条となってグラナダを切り裂いていく。

「ぐぐぐうぅぅ」
 ボロボロになっていくグラナダは祭壇の上に膝をついた。俺はヘレンたちの前に降り立ち、グラナダを見据える。

 グラナダはゆっくりと立ち上がるとおもむろに両手を掲げて天井を向いて笑い出した。
「くくくく。さすがですな。その力――。では、そろそろ私も封印を解かせていただきましょう」
 その言葉と共に周囲の空間に漆黒の雷撃が烈しくほとばしり、グラナダの足下の祭壇に収斂しゅうれんしていく。

「さあ我が主を呼ぶために、まず一つ目のくさびを破壊しましょう」
 ピシッピシッと祭壇にひびが入った瞬間、黒い閃光と共に祭壇は木っ端みじんに粉々になった。
 祭壇のあった場所から濃密な瘴気が溢れ出し、グラナダの体に集まっていく。
「んん~。これはなかなかイイですな。くっくっくっくっ」

 その時だった。
「私もともに戦いましょう」
という涼やかな美しい声が響き、俺の封印解除の余波で開いた天井の穴から強い光が差し込んできた。

 その光の中を、燃えるような真紅の鳥とともに、光の衣を身にまとった一人の女神が降臨する。

 白銀にやや紫色がかった美しい髪を後ろでまとめ、神々しい力を感じるハルバードを持っている。

 ゆっくりと宙を舞い降りた女神は俺のすぐそばに着地する。
 俺の目にナビゲーションが彼女の情報を表示した。

――ノルン・エスタ――
  種族:人間族、半神半人
  年齢:26才   職業:隠者の弟子
  称号:当選者、聖石を宿せし者、分かたれし者
  加護:創造神の祝福、魔道神の加護
  ソウルリンク:フェニックス・フェリシア
  契約:サラマンデル、ウンディーネ、ノーム、シルフ
  スキル:言語知識、自然回復、マナ操作、マナ無限、魔法の才能、破邪の力、召喚魔法、妖精視、魔力視、精霊視、無詠唱、魔方陣の知識、気配察知、魔力感知、危機感知、暗視、体術4、回避5
  魔法:火魔法7、水魔法7、土魔法7、風魔法7、海魔法7、雷魔法7、神聖魔法7、空間魔法7、無属性魔法7
  ユニークスキル:ナビゲーション

「私はノルン。分かたれしあなたの半身。これよりは共にありましょう」
 その言葉が終わったとき、光が∞を描きながら俺と彼女を結んだ。

――ピコーン。
 分かたれし者ノルン・エスタとソウルリンクしました。
 称号「響き合う者」を得ました。

「「響き合う者……」」
 二人の声が重なる。ナビゲーションのシステム音声が同時に伝えたのだろう。

 その時、
「……そろそろいいですかねぇ。暇なんですけど」
とグラナダが言うと、奴の全身から瘴気が溢れ周りに紫電を帯びた2メートルくらいの黒い光珠が5つ浮かび上がる。

「ダークサンダー」
 5つの黒珠が烈しく紫電を発して回転しながら飛んできた。

 俺の後ろにはみんながいるから避けるわけにはいかない。するとノルンさんが、右手を挙げて、
「ライトウォール」
と言うと、俺たちの目の前に光の壁が生まれ、5つの黒珠とぶつかって激しい衝撃が伝わってくる。

 俺は聖石の力と炎の魔力を混ぜ合わせ、白銀の炎を生み出すとそれをミスリルソードにまとわせる。
 それにあわせるようにノルンさんの前の空間に二つの魔方陣が浮かび上がり、それにノルンさんが手を添えた。

 俺とノルンさんの周囲に小さな光の粒がいくつも浮かび上がる。
「メルトブレイク!」
「メギドフレイム!」

 剣閃と魔法、二つの力が合わさり巨大な光の奔流となり、グラナダを飲み込んでそのまま洞窟の壁を突き抜けていった。

 閃光と轟音がおさまると背後から、
「す、すごい! 何あれ?」「凄すぎますよ」
とヘレンとサクラの声が聞こえる。

 しかし、俺の目は隣に立つ女性に向けられている、ノルンと名乗る美しい女性を。
 どこか懐かしくも、心の底から引きつけられるようで、そばに立つだけで満たされていくような気持ちになる。
 ……これが一目惚れって奴か?

 なんて考えていると、ノルンさんは俺の方を向いてにこっと笑うと、ぱっと俺の胸の中に飛び込んできた。
 未だに光の衣をまとっているせいだろうか。ものすごい衝撃が俺にかかってくるが、それを受け止める。やっぱりこれは俺と同じ聖石の力なのだろう。

「見つけたわ! フレイの言う通りね!」
 俺は、ノルンさんの背中に手を回して抱きしめるが、すぐに背中をぽんぽんと叩いてシエラさんの方を指さす。ノルンさんはそちらをちらっと見てうなづくと、さっと離れてくれた。

 二人とも聖石の力を再び抑えて封印し、ギリメクさんの遺体を抱きしめているシエラさんのところへ向かう。
 ヘレンとサクラはシエラさんを守って、そのそばに立っていたが目がちょっと怖い。
(マスター。後でヘレンさんと一緒にいろいろとお話を聞かせてもらいます!)
(あ、ああ。わかった)と返事をして、少しびびりながらシエラさんのそばにしゃがみ込む。

 シエラさんはギリメクさんの遺体を抱きしめて泣き続けていた。
「お父さん……お父さん」
 ヘレンの方をちらっと見上げるとヘレンは黙って首を横に振る。……そうか。間に合わなかったか。
 俺はシエラさんの肩に手を回す。シエラさんは涙で濡れた目で俺を見つめると、がばっと抱きついてきた。ビックリしたがそのまま胸を貸してやり頭を撫でてやる。
 ノルンさんが、
「フェリシア。この方の傷を」
と言うと、俺の脳裏に、
(ですが、もう助けられませんよ)
と中性的な声が聞こえてきた。
(この念話はそのフェニックスか?)
と返すと、
(あら、ジュンさんにも聞こえるの? そうよ。フェリシアって言うの)
とノルンさんから返事が来た。
(ジュンでいいよ。で、ギリメクさんの傷は治せるのか?)
(ええ。生き返らせるのは無理だけどね。……で、私もノルンって呼んで)
(了解。じゃあ、フェリシア。頼めるか?)
(わかりました。マスター・ジュン)

 フェリシアはさっとギリメクさんの遺体のそばに降り立つと、頭を掲げてその瞳から涙をこぼした。
 ギリメクさんに涙がかかると、ギリメクさんを貫いていた黒い槍がすうっと消えていき、傷跡が赤く光りながらじわじわと消えていった。

 シエラは俺の腕の中からその様子を見ていて、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「ジュンさん。ありがとうございます。……もう大丈夫です」

そういって目をごしごしとこすって、
「お父さん。帰ろう。私たちの町に」
といってギリメクさんの遺体を抱き上げた。俺はまだ気を失っているライムちゃんを抱き上げて、
「みんな。竜人族の町へ戻ろう」
と告げた。

 広間から出る前にもう一度ふりかえって見渡す。それにしても暗黒の天災グラナダの正体は結局なんだったのだろう。
 邪悪な魔法使い? 悪魔の神官? それに粉々に砕け散った祭壇は何だったのだろう。グラナダは「封印」とか「くさび」といっていたが。

 一つの戦いは終わり事件は終息したが、どこかで何かが動き始めているような不気味な予感がする。

17 救出の代償

――――。
 洞窟の通路の通路を慎重に進んでいくと、奥の方から誰かが戦っている音が聞こえてきた。
 気配感知からは、片一方からはどす黒い嫌な雰囲気を、もう片方からは力強い雰囲気を感じる。

 通路の先は大きな広間に繋がっていた。
 こっそりとのぞくと、そこでは激しい戦いが繰り広げられていた。
 片一方は不気味な黒いローブを来た真っ白い顔の男、もう一方は黄金色のオーラをまとったギリメクさんだ。

 ギリメクさんの姿を見たシエラが、
「お父さん!」
と叫んで通路から飛びだした。

 すると、ギリメクを襲っていたいくつもの黒い魔力の塊が一斉に動きを止めて、ローブの男の周囲に戻る。
「ふん!」
という声と共に、ギリメクさんは膝まで埋まっていた足を引っこ抜いて、地面に立ち上がる。

――暗黒の天災・グラナダ――
 種族:?? 年齢:??
 称号:??の使徒
 加護:??の加護
 スキル:???????????

 ナビゲーションではほとんど名前しか表示されないが、暗黒の天災とは何かの称号か何かだろうか?

 グラナダは宙に浮かんだ姿勢のままで、面白そうにギリメクさんとシエラさんを見比べ、そして俺たちの姿を見た。
「くくくく。さらに面白いお客さんがきたようですな。……あなたの娘さんですかな?」
 それを聞いてギリメクさんが、シエラさんに怒鳴る。

「なぜここに来た! この馬鹿が!」
「でも! でもお父さん!」
 怒鳴り合う二人を、グラナダはおかしそうに笑いながら見つめた。
「くっくっくっくっ。面白いことを思いつきましたよ」

 そういうとグラナダは指をぱちりと鳴らすと、祭壇の上のライムちゃんとシエラさんがふわっと宙に浮かんだ。
「な、何をする!」
 シエラさんが宙でもがきつづけるが、グラナダは鼻で笑うと、
「私は生け贄を一人必要としています。この少女か、あなたの娘か、どちらか選ばせてあげましょう」
とギリメクさんに告げた。

「貴様。卑怯な!」
とギリメクさんが詈ると、グラナダは、
「くくく。それは我らには褒め言葉ですな。目的さえ達成できればよいのです。さあ、選びなさい」

 ギリメクさんが一瞬俺の方を見た。
「ヘレン。俺が飛びだしたらシエラさんの周囲に結界を張れ。サクラはあのローブに遠距離攻撃だ」
と俺は指示を出し、自らの気配を殺しながら体内の魔力を練って身体強化をする。
 空間把握で広間内の人の動きを感じながらタイミングをはかり、――今だ!

 サクラがグラナダに十本のクナイを放つと同時に、俺とギリメクさんが跳び出す。俺がライムちゃん、ギリメクさんがシエラさんを助ける手はずだ。

 俺の方がギリメクさんより早くライムを抱き留めて、祭壇の向こうに飛び込み、ギリメクさんがシエラさんを抱き留めて、飛びすさった。

 グラナダは自らの周りに結界を張って、微妙にタイミングをずらして投げているサクラのクナイを笑いながら弾く。そして、結界内で指を弾いた。

「くくくく。生け贄は一人いればいいのです。代償はいただきますよ?」
 次の瞬間、ギリメクさんの体内から漆黒の槍が何本も体を突き破って現れる。

「ぐふっ」
 大きく血を吐いて倒れるギリメクさんに、目を丸くして叫ぶシエラさん。
「い、いやあぁぁぁぁ!」

 ヘレンが即座にギリメクさんに駆け寄る。グラナダが腕を突き出したのを見て、俺は即座にヘレンの前に割り込むと、5本の黒い槍が飛んできた。左手にライムちゃんを抱えながら、ミスリルソードに魔力を流してすべてをはじき落とす。

 それを見てグラナダが、おやっというような顔をする。
 次の瞬間、その背後にサクラが瞬間移動のように現れてグラナダに斬りつけるが、そのグラナダは幻のように消え去った。

「くくくく」
 祭壇の上にグラナダの姿が現れて面白そうに俺たちを見ている。

 ヘレンが、ギリメクさんのもとに行き、連続で回復魔法をかけている。いくども浄化の光と癒やしの光がギリメクさんを覆うが、その体から生えた黒い槍は消えることがない。

 俺とサクラはグラナダの動向に気を遣いながら、ヘレン達のそばに行く。
「どうぞ。最後の瞬間をお楽しみ下さいな。邪魔をするような無粋なまねはしませんよ」
とグラナダが冷たく笑って告げる。俺は、
「どうかな。お前は信用できない」
と言って、サクラにライムちゃんを預けて一人で前に出る。

 それを見て、ますますグラナダの笑みが深まった。
「まあ、最後まで見させて下さいな」

 その時、背後でギリメクさんが、
「し、シエラよ。俺はここまでだ。どうか、どうか幸せになってくれ」
と絞り出すような声を出した。空間把握で俺の背中越しに、シエラさんが泣きながらその体を抱きしめるのがわかった。ギリメクさんの目から涙がこぼれ落ちる。

「あ、愛す、る我が、む、娘よ。しあ……わ……せ」
 その言葉と共にギリメクさんの体から力がこぼれ落ちた。ギリメクさんの命の炎が消えていく。
「お、おと、お父さん! おとうさんー!」
 シエラさんが泣き叫ぶ。

 グラナダはその一部始終を眺めると、パチパチパチと拍手をした。
「う~ん。すばらしい。実にすばらしい愛情ですな」
 こいつめ。人の命を、ギリメクさんの命をなんだと思ってやがる!
 俺は、封印を解いた。

封印リミット解除。真武覚醒。戦闘モード:神装舞闘!」
 光があふれた。

16 ギリメクの闘い

 ギリメクは突如として目の前に現れた洞窟に自分の目を疑った。
 ……誘われているのか?

 今日の午前、ギリメクはドントと分担して町の西側外壁の内側を調査していたとき、小さなクマの人形を見つけた。
 その人形を目にしたとき、今まで見えてこなかった点と点が結びつき、一本の線となって浮かび上がったのだ。

 オステル家、西1番通りの瘴気の結晶発見場所、そして、クマの人形。竜人族の町を上空から見たとき、この3カ所は綺麗に一本の直線で結ぶことができる。……つまり、犯人は何らかの方法でライムをさらって、一直線に街の外へ出たのだ。おそらくは空を飛んで。

 すると敵は魔法使いの可能性が高い。ならば誘拐の目的は何らか実験に使うか、儀式の生け贄の可能性が高いだろう。ドラゴンを祖先に持つ竜人族の生け贄はさぞかし価値のある生け贄であるに違いない。

 気がつくとギリメクは自宅の倉庫から先祖伝来のミスリルの長剣を持って、カリタに一方的に告げて町を飛びだしてきていた。
 手に持つ発光石に誘われて雨の中を襲い来る魔獣を倒しながら、一本の直線の伸びる先へと歩みを進めた。
 おおきな窪地を底まで下りたとき、ふいに地面が揺れ、正面の岩肌に洞窟が生まれていた。

 ギリメクは慎重に洞窟に足を踏み入れる。剣を抜いて五感を澄ましてどの方角から敵が来ても対処できるように慎重に進む。

 竜人族最強の戦士であるギリメクであるが、一人では限界がある。それに何より、この洞窟は相手のホームグラウンドだろうから不利なのは当たり前だ。それでも、生存のタイムリミットが近づいているであろうライムを救うには今しかないだろう。
 ギリメクの脳裏にはライムの顔と自らの一人娘シエラの顔が重なって見えていた。

 洞窟は途中からたいまつが掲げられていたので、敵に見つからないように発光石を解除して進んでいく。道は一本道で脇道はない。やがて巨大な広間に突き当たった。

 広間への入り口から慎重に中の様子を確認する。広間は一辺が約200メートルはあり、天井の高さも10メートルほどあるようだ。その真ん中に漆黒の祭壇のようなものがあり、その上に一人の少女の姿が見えた。
 ライムだ。しかし、ギリメクはいきなり飛び込まずに広間の中を慎重に確認する。

 壁には一定の間隔でたいまつがついているが、人影は一つもない。……洞窟の主は外出しているのであろうか。そうならばチャンスなのだが。

 ギリメクは意を決して、音を立てないように中央の祭壇に向かった。
 近づくにつれ、その祭壇の異様な雰囲気に肌が粟立っていく。
 ……いったい何の祭壇だ? 竜人族の町からもそれほど遠くもなく、神聖な山デウマキナの中腹にあるこの祭壇は。

 祭壇まであと10メートルほどというとき、広間に笑い声が響いた。
「くっくっくっくっ。お客さんが御出ましになりましたね。これはおもてなしをしなくては」

 祭壇から黒い霧が吹き出すと空中に集まり、もやの中に白いお面のような人間の顔だけが浮かび上がった。

「お初にお目にかかりますな。暗黒の天災グラナダと申します」

「貴様がライムを連れ去ったのか?」
「おやおや。お名前をいただけませんか?……ギリメクさん?」
「っ貴様! 俺の名前を……、鑑定持ちか?」
「くっくっくっくっ。さあてどうでしょうかねぇ?」

 ギリメクは剣を構えグラナダの動きを注視する。やがて黒い霧はローブを着た人形ひとがたに収束していき、ゆっくりと地面に下りていく。
 ギリメクは、
「ライムを返して貰うぞ」
と言って祭壇に近づこうとするが、グラナダは、
「それは駄目ですね。その子は大事な生け贄ですからね」
と言う。ギリメクは、
「ふざけるな! 貴様の勝手な儀式にその子をやるわけにはいかん! なんとしても連れ帰らせてもらおう」
と言って、グラナダに斬りつけた。

 グラナダはスーッと地面を滑るように後退すると、その手から二つの火の玉を放ってきた。
 しかし、その火の玉は二つともギリメクの斬撃によって二つに切り裂かれる。
 グラナダは目を細めて、
「ほう。その剣はミスリルの剣ですな。どうやらふつうのお客さんではないようだ」
と面白そうに言う。ギリメクは、黙って剣を構える。

 この剣は先祖伝来のミスリルの長剣。己の魔力を剣に纏わせれば、さきほどのように魔法を切り裂くことができる。もっともよほどの技量が無いと余波を喰らってしまうのだが。

 グラナダが右手を高く上げた。
「ではこれはどうですかね?くくく」
 掲げた手のひらのうえに黒い炎が渦巻いて小さな竜巻のように見える。それを見た瞬間、あれはヤバイ魔法だと確信する。

 ちらりと祭壇上のライムを見る。……絶対に助ける。我が身にかえても。ギリメクの心の中で闘志が燃え上がった。
 グラナダが右手を振り下ろすと同時に、ギリメクは、
「おおおおぉぉぉ!」
と雄叫びを上げた。その瞬間、ギリメクの体を薄い黄金色のオーラが覆った。次の瞬間、グラナダの放った黒炎竜巻がギリメクを飲み込んだ。

 グラナダを自らのあごをさすりながら、その様子を見ている。「うんんん? どうですかねぇ」
 突如、黒炎竜巻に黄金の剣閃が走り、竜巻が霧散していった。
「しっ!」
 短い吐気とともに、黄金のオーラをまとったギリメクが弓矢のようにグラナダに一直線に斬りかかる。

 ギリメクの袈裟斬りの一撃がグラナダを襲うが、ガンッという音とともに、グラナダがいつの間にか取りだした黒い杖によって防がれた。
 至近距離でグラナダとギリメクがにらみ合う。

「くっくっくっ。これだから竜人族は面白い。……土壇場で竜の血に目覚めましたか?」
 つばぜり合いの反動を利用して距離を取る二人。

 再びギリメクはグラナダに一直線に迫る。しかし、今度はその足下から黒い鞭のような影がギリメクを捕まえようと伸びてきた。
「ちぃ」
 舌打ちをして、ギリメクは地面を蹴って大きく飛び上がって影の鞭を避ける。その着地の瞬間、ギリメクの足下がずぶりと沈んだ。あっという間に影に膝まで飲み込まれるギリメクに、グラナダは再び宙に浮かびながら、
「捕まえましたよ。どこまで捌けるか見せてもらいましょうかねぇ」

と言うと、グラナダの周囲に数十ものこぶし大の黒い魔力弾が浮かび上がった。いくつもの魔力弾が、まるで指揮者のように動くグラナダの手の動きに呼応して、縦横無尽に動き回ってギリメクを襲った。
「うおおおお!」
 ギリメクは再び雄叫びを上げ、剣や拳で魔力弾を切り裂き、はじきつづける。

 その様子を見ながら、グラナダは含み笑いをもらした。「くくくく。なかなか続きますなぁ」

 その時、洞窟の通路からシエラの叫び声が響いた。
「お父さん!」

15 洞窟の中へ

 デウマキナに住む魔獣の多くは夜行性だ。
 雨の中をナビゲーションの示すままにギリメクさんを追いかける俺たちだったが、さっきからひっきりなしにランドウルフなどの群れに襲われている。暗視のできないシエラさんが発光石を使っているせいもあるのだろう。
 遅々と進まないことに苛立ちながらも、また一つの群れを切り捨てた。

 やがてギリメクさんが倒したのだろう魔獣の遺体がちらほらと見られるようになった。
 それを見てシエラさんがほっと安心している。
「よかった。方角は間違っていなかったのね」
 あと1キロメートルほどで追いつけるというとき、不意に地面が揺れた。

「きゃっ!」とみんな驚いて立ち止まる。その時、ナビゲーションからギリメクさんの反応が消失した。
「!」
 思わずびくっとした俺に、3人が怪訝そうな表情になる。

(マスター。どうしました?)
 サクラからの念話に、俺はしばらく沈黙し、
(ギリメクさんの反応が消えた)
と返すと、サクラは哀しげに目を伏せた。ヘレンはその様子を見て何事かを悟ったようだ。
 シエラさんは急に変わった俺たちの雰囲気に戸惑いながら、
「あ、これは……」
といって、ウサギの人形が落ちているのを見つけた。

 濡れそぼった人形を拾いながら、シエラさんは、
「なぜこんなところに人形が……?」
といって首をかしげている。それを見たヘレンが、
「それは多分ライムちゃんのよ」
といって、前に拾ったクマの人形を取り出した。
「お友だちが言っていたわ。お父さんとお母さんのプレゼントとしてウサギとクマの人形を隠れて作っていたんですって」
 ヘレンの説明を聞いたシエラさんは無言のままウサギの人形を見つめると、手で汚れを払って大切そうに腰の鞄にしまった。

 俺は、
「ギリメクさんを追いかければ、ライムちゃんもきっと見つかる」
と言うと、シエラさんは無言で頷いた。その目に強い意志が宿るように気迫に満ちていた。

 それから500メートルほど進むと、大きな窪地に出た。
 窪地を下にさがりながら対岸を見ると、暗闇の中に岩肌が崩れて洞窟がぽっかりと口を開けているのが見える。
「洞窟があるわね」
 ヘレンの声にうなづいて、俺たちは窪地の底を進む。

 洞窟に近づいてきたので、シエラさんの発光石を消してサクラとヘレンに手を引いて貰いながら、岩陰から岩陰に移るように近づいていく。
 なにがいるか分からない洞窟だ。用心を重ねなくてはならない。

 俺は岩陰から洞窟前を眺めるが、特に気にかかるものはない。
 ……そう、ギリメクさんの遺体もない。ならば場所的にみて洞窟に入ったと考えるべきだろう。
 なぜナビゲーションから消失したのか。ライムちゃんが探索できなかったのか。……あの洞窟に結界のようなものが張ってあるのではないだろうか。

 そう思いつつ、瘴気の流れを見ると、洞窟からもうもうと濃密な瘴気があふれ出して山肌に広がって行くのが見えた。その光景におぞましさを覚えていると、後ろからヘレンが俺の手をぎゅっと握ってきた。

 振り返って小さな声で、
「あの洞窟から瘴気があふれ出している。このままここにいるのも危険だが、犯人とライムちゃんはあの洞窟にいると思う。……おそらくギリメクさんも」
と言うと、即座にヘレンが、
「行きましょう」
と言った。シエラさんはもちろんサクラも異論は無いようだ。

 ヘレンが、
「我がマナを資糧に我らを浄化し守り給え、セイント・ライト」
 セイント・ライトの魔法は瘴気を消し、しかもしばらく邪悪な気より対象を保護する魔法だ。浄化の光が俺たちを包み瘴気から守ってくれる。
 俺たちは再び岩陰から岩陰へと移動し、洞窟のすぐ脇から中の様子を探る。

(マスター。近くに何の気配もありません。私が先頭になりますから進入しましょう)
(わかった。サクラ。頼むぞ)

と念話を交わし、俺はサクラと場所を交替して洞窟の中に入っていった。
 その時、魔力と瘴気の波動が洞窟の奥から放出される。

 これは強力な魔法使いがいるな。
 体を通り抜ける魔力の大きさに、俺は気を引き締めた。

――――。
 私がフェアリーガーデンに来て四大精霊と契約をしてから2日が経っていた。
 フレイは毎日「宴だ、宴だ」と騒ぎ、ドジっ子エルフのナターシャは相も変わらず何もないところでつまづいて転んでいた。
 宴には近くに住むエルフたちも参加して、私はフレイ様の隣で食事と少しばかりのお酒を飲んだ。エルフたちの作った果実酒はフルーティな香りがしてとても美味しかったわ。

 フレイ様は、がははははと、どこかのおじさんのような笑い声をあげ続け、宴の後もお酒の瓶を抱えながらも朝まで寝ていた。……見た目6才の幼女がワンピース一枚で酒瓶を抱えて眠る姿はとてもシュールだったので、私はその上に毛布を掛けてあげた。

 そして、今日、いよいよ出発することになった。
「ノルン。気をつけていくのだぞ」
 魔方陣の前にたたずむ私に、妖精王フレイが声をかけて下さった。
「お世話になりました」
といってお辞儀すると、フレイは手を横に振って、
「そんなのはいい。さあ魔方陣を起動するぞ」

 その言葉と共に魔方陣が光を放ち始める。ブウゥゥゥンという低周波の音が聞こえる。
「それでは。またお会いしましょう」
 私はそう言うと、フェニックス・フェリシアを肩に載せたまま魔方陣に足を踏み入れた。
 次の瞬間。激しい光の奔流に包まれ浮遊感と共に私とフェリシアは転移した。

 光がおさまるとそこはゴツゴツした石の並ぶ山の中だった。時間にして今は17時くらい。雨が降っているせいで真っ暗になっている。
 予定通りならここはデウマキナの山の中、竜人族の町からやや離れた場所のはずだわ。

 なぜこんな時間に、こんなところに転移したかって?
 もともと次の目的地はデウマキナ山脈の神竜王バハムートの所だったけれど、妖精王フレイがここに行けと強引に転移先を変更したのよ。しかも夕方になっていきなり。

 でもまあ妖精王のすることですもの、きっと理由があるはず。
 けれど、フレイ。雨の中にいきなり放り出されるのはちょっと困るわよねぇ。
 私はコートのフードをかぶり周りの気配を探った。

 気配感知にも危機感知にも反応はない。
「フェリシア。周りに魔獣とかの反応は?」
(東に500メートルほどに15匹くらいの大型の狼の群れが……、移動して私の気配感知区域から出ていきました)
「そう。ならいいけど、念のため結界を張っておきましょうか」
 そういって私はハルバードを掲げ自分を中心に半径10メートルの空間魔法「結界」を張った。私を中心に半球状のドームが現れ、雨すらも結界に阻まれている。
 時間にして今は17時くらい。まずは竜人族の町を目指しましょう。

「探索 竜人族の町」
 ナビゲーションを起動するとぐるりと矢印が回転し、どうやら東の方向へ10キロメートルほど行くと到着するようだ。

 私の持つ空間魔法の中には転移魔法があるけれど、あれは視認したところか一度でも行ったことのあるところでないと転移することはできない。さらに普通は一緒に転移する人数や転移する距離によって消費魔力が変わるらしい。まあ私の場合、称号「魔道神の加護」とスキル「マナ無限」のお陰で、人数や距離は無制限で使用可能というチートだけどね。

 ともあれ、今の状況では転移で竜人族の町へ行くことは不可能。今から行っても町の入り口は閉められていることでしょう。仕方ないけどどこかで一泊する必要があるわけ。

「ま、いっか」
 気持ちを切り替え、周囲探索用の空間魔法「リサーチスフィア」と隠形の無属性魔法「ステルス」を発動し、町へ向かって東の方へ歩き始めた。

14 シエラ救出

 空気が薄い高所ではあるが、身体強化のお陰で平地と同じように進むことができる。
 コートが雨を吸い込んで体にまとわりついてくるが、それを気にしている場合ではない。

 すでに辺りは暗くなっているが、トウマさんたちとの訓練で三人とも暗視スキルを身につけており苦にはならない。
「あそこです!」

 サクラの声がする。前方を見ると、窪地で盾を構えているシエラさんが見える。……上空には3匹の鳥のようなものが旋回している。明らかにシエラさんを狙っているぞ。

――ワイバーン(瘴気中毒)――
 飛竜の一種。勝れた飛行能力を持ち空からの急襲が得意。一方で竜種の持つブレスは使えず、竜種の中では一番弱い。
 瘴気に犯されて凶暴になっており、毒の息を吐く。

「ワイバーンだ!油断するな!」
 俺は声を張り上げて速度を上げた。

 目の前で一匹のワイバーンがシエラさんに向かって急降下する。
 だめだ。間に合わない!

 ワイバーンの口から緑色の呼気が吐き出されてシエラさんをつつみ、さらに大盾に鋭い爪の一撃を加えた。シエラさんは大盾で受けたものの、勢いを殺しきれずに後ろに吹っ飛ばされる。
 それをチャンスと見た2匹目のワイバーンが急降下の姿勢を見せた。
「行くぞ!」

 俺は走りながら戦闘モード「火炎舞闘」を発動。手足に魔法の炎がまとい、高速機動とともに赤い閃光となって一瞬のうちにシエラさんの前に跳び出す。雨の水滴が俺の炎に近づいて一瞬で蒸発していく。

 迫るあぎとを開いて迫るワイバーンの横っ面をぶん殴る。
 そのインパクトの瞬間。ボゴンという響きと共にワイバーンが直角に吹っ飛んでいき山肌を転げていった。
 その顔は陥没していて、すでに絶命している。

「まずは一匹」

 俺は腰からミスリルソードを抜き放ち、空を飛ぶ2匹のワイバーンをにらんだ。
 スキル「空間把握」により、背中越しにヘレンがシエラに駆けつけて回復魔法を使っているのがわかる。柔らかい光がシエラを包み込んだ。どうやら大丈夫みたいだな。ヘレンはその場で結界を張りシエラを守っている。

 サクラはヘレンとシエラの背後の大岩の上で待機している。
 その時、2匹のワイバーンが同時に急降下してきた。一匹は俺の方へ、もう一匹は背後のサクラの方から挟み込むように襲いかかってくる。

「火炎剛剣」

 剣技レベル2の剛剣だが火炎舞闘によって炎が付与されるとレベル5の剣技となる。ミスリルソードの剣身を俺の魔力で強化すると同時に炎がまとわりつく。
「はっ!」

 目の前に迫るワイバーンの顎を下から切り上げてその巨体を打ち上げると同時に、立体機動で上空に移動し、今度は上から叩きつけるように剣を振るう。ワイバーンはなすすべも無くデウマキナの山肌に叩きつけられ、直径20メートルほどのクレーターができた。

 サクラの方を確認すると、サクラの双剣技「飛燕連斬」によって五体が細切れになったワイバーンがバラバラになって落っこちていった。
 サクラの武器はネコマタ伝来の忍刀青竜と白虎だ。かなりの業物で、日本人の俺としては刀へのあこがれから、いつかサクラの故郷で刀を打ってもらいたいと思っている。

 他に魔獣の気配が無いことを確認して俺とサクラはヘレンとシエラさんのところへ向かった。

「シエラさんはどうだ?」
 俺はヘレンに尋ねると、ヘレンは、
「怪我と猛毒と麻痺になっていたからハイヒールとキュアをしといたわ。今は気を失っているけど大丈夫なはずよ」

 ナビゲーションでシエラさんの状態を確認するが気絶だけになっていたので一安心だ。
 とりあえずシエラさんの意識が戻るまでここで待機とする。サクラは岩陰を利用して布を張って、簡単な休憩所を作っている。
 その間に俺は、今度はギリメクさんを探索する。

「探索 ギリメク・リキッド」
 どうやらさらに西の方へと進んでいるようだ。瘴気の流れを見ると同じ方向に続いている。距離はさらに3キロメートルだ。
「もっと西か。何かあるのか?」
とつぶやきながら、ヘレンとワイバーンの素材をはぎ取りに向かった。

 ワイバーン素材は竜種のものということもあって、かなり優秀な装備に加工できそうだ。とはいえ3匹分となるとさすがにマジックバックには入りきらない。有用そうな部分をできるだけ切り取ってマジックバックに入れ、残りの部分はヘレンの空間魔法「ガレージ」に入れてもらうことにした。

 ガレージは魔力量によって容量が変わるが、出し入れに魔力を使うので普段はあまり使用はしていない。収容している間も時間は経過するので食料品の保管には向いていない。
 まあ、こういう素材なら問題は無いけどね。ちなみにワイバーンの血液も液体保管の革袋に入れて、俺がこの世界に来たときから持っている特殊な道具袋に収納している。清浄化のかかったこの道具袋は便利なんだが、容量の拡張がないのが惜しいところだ。
 後に残った血だまりは、今なお降り続く雨が綺麗に流してくれるだろう。

「マスター。シエラさんが意識を取り戻しましたよ」
 留守番のサクラの呼びかけで俺とヘレンが戻ると、まだ気分が優れないのだろう、青白い顔をしたシエラさんが座り込んでいた。

「大丈夫ですか?」
 俺の呼びかけにシエラさんは弱々しい笑みを浮かべる。
「助けてくれてありがとう。……まさかこんなところで三匹ものワイバーンに襲われるとは思わなかったわ」
 俺は無限の水筒からコップに水を入れると、シエラさんに手渡した。
 受け取ったシエラさんは水を飲むと少し落ち着いてきたようだ。

「それにしてもお父さんと特訓を続けてきたのに、こんなにも手も足も出ないなんて」
と弱音を吐くシエラさんに、俺は、
「相手が悪かったですね。ワイバーンですと単体でもランクB冒険者6人ぐらいで戦う相手ですよ」
「……それを皆さんは倒してしまうなんて」
「修業の成果ですよ。さ、気分はどうですか?」
 俺はそういって空になったコップを受け取った。

 なぜ竜人族の町を飛びだしたのか。その理由は予想の通りだった。一人でギリメクさんが飛びだしていったことを知ったシエラは、いてもたってもいられなくなり後を追いかけて飛びだしていってしまったそうだ。

 俺はシエラさんに二つの選択肢を提示した。
 一つはこのまま俺たちと一緒にギリメクさんの後を追いかける。もう一つは俺たちと共に竜人族の町に戻ること。
 いずれにしろ、すでに夜中なのでうかつに動くことは危険を伴う。
 ちなみに現在のギリメクさんの位置はほとんど移動していない。戦闘中か、何かを見つけたのかもしれない。

 ライムちゃんの体力を考えたら、このままギリメクさんの後を追いかけるのも手だ。ただし、その場合はシエラさんにも危険があるとの覚悟を決めてもわらないといけない。
 戻る場合は、俺たちはとって返してギリメクさんを追いかけることになるだろうがタイムロスが大きくなる。

 シエラさんは――、このまま追いかけることを決断した。