20 アルへの帰還

 チュンチュン……。
 窓の外から鳥の声がする。もうすっかり明るくなったようだ。

 まだぼんやりとする頭でもやもやと昨夜のことを思い出す。
 のぞきをしようとするみんなを何とか止めようと思ったんだが、結局ばれてしまって水弾を浴びせかけられると最悪な結果に……。
 まあ、俺も月光下のノルンとヘレンを他人には見せたくない!という個人的な動機だったわけだが。

 トーマスたちはセレスによって正座の罰を受けており、俺はノルンとヘレンに両側をロックされてサクラとシエラもついてきて、抱きつかれながら事の成り行きを細かく説明するはめになった。

 途中で、ノルンから「で、ジュンは私たちの裸を見たいの?見たくないの?」とか、ヘレンから「私だったらいつでも見てくれていいのよ。今から脱ぎましょうか?」とか、サクラからは「え?マスターはのぞきやってないんですかぁ?のぞけばいいのに」とか突っ込まれてモゴモゴしてしまったりした。
 黙ってみていたのは真っ赤になったシエラだけ。
 うん。俺の味方はシエラだけだ。

 俺の左右の腕は完全に固められて柔らかいものが当たっている。起きようと体を動かすと、
 「ううん」「あふ」と左右から、それぞれ色っぽい声がささやくように聞こえる。
 俺の右にはノルンが、左にはヘレンが、それぞれシャツとパンツだけの恰好で俺の腕に抱きついて寝ている。
 かわいらしい寝顔をいつまでもでたくなるが、二人のいいにおいと胸の感触に俺の体の一部がみなぎる……。いや、男の朝の生理現象だから仕方ないんだといっておこう。

 「うん……。あ、おはよう。ジュン」
 最初に目が覚めたのはノルンだった。ノルンは目が覚めると、ぼうっとした表情で俺にキスをすると、上半身を起こして両手を挙げてんんっと伸びをした。

 「昨日はよく我慢できたわね」
と、ノルンは俺の股間の様子を見てくすりと笑う。
 「まあな。……愛するときは一人ずつ全身全霊でって決めてるんだ」
 俺は照れながらノルンにいう。ノルンは身をかがめると、俺の耳側で、
 「そういうジュンが好きだわ」
とささやくと再びキスをしてきた。「んちゅ」

 その後、ヘレンも起き出してくる。
 「ふわぁぁあ」
 ヘレンは目が覚めると俺の左手をはなして目をこすり、それから俺にキスをしてきた。
 「おふぁよう。ジュン。……ノルンも」
 「ああ。おはよう。ヘレン」「おはよう」

 ヘレンも俺の股間を一瞥し、
 「ふふふ。我慢しなくてもよかったのに」
といって、再びキスをするとベッドからおりた。

 二人が離れたので俺もベッドから出る。ちなみに二人は俺の目の前ということに構いもせず、どんどん着替えて髪を整えていく。二人の着替えを横目で見ていると、ノルンとヘレンはその視線に気づき、クスリと笑ってわざと魅せつけるように着替えを続ける。
 ノルンが、
 「今度から寝るときは、私とヘレンと一日交代でいいわね?」
と言うと、ヘレンが、
 「そうね。平等でいいんじゃないかしら」
と言う。ノルンが笑って、
 「手綱を握っておかないといけないしね」
と言うと、
 「そうそう。ふふふ。しっかりしておかないとね」
とヘレンが言う。俺のあずかり知らないところで、大事なことが決定していっているようだ。
 なんだか今日の二人の様子はおかしいような気もするが、何かあったんだろうか。

 二人の準備が整ったころ、サクラとシエラが部屋にやってきた。
 ん?シエラが赤くなって、何かを探すように部屋の中をきょろきょろと見ている。はっきりいって挙動不審だ。
 「どうした?シエラ?様子が変だが、熱でもあるのか?」
 「えへへ。……そういうわけじゃないです」
 「ふふふ。シエラ。何もなかったのよ」
 「そ、そうですか」
 俺は変な空気を断ち切るように、
 「ま、まあ。ご飯食べに行こうぜ」
と言って、逃れるように食堂に向かった。

 朝食後、ランド教官とトーマスたちと合流してフルール村を後にした。
 出発には、村長をはじめとする人たち、騎士団の人たちが見送りに来てくれ、特にアイリちゃんは俺たちとの別れを惜しんだ。
 来た時と同様に馬に乗り、一路アルの街へ。来た時は張り詰めた空気であったが、帰りは和やかな雰囲気で進み、無事にアルに到着した。

 早速、ギルドに報告に向かい、出迎えてくれたのはマリナさんだった。
 ちょうどギルド内にいた冒険者たちも通りすぎるたびに、「よくやったな」と声を掛けてくれる。
 マリナさんが、
 「よくご無事で。フルール村を守りオークの襲撃を退けたようですね。……こちらからいざ討伐隊が出発するときに、伝書鳩が届きまして代わりに援助物資を輸送したのです」
と言った。「ありがとう。マリナさん」
 「では、ギルドマスターを呼んできますから、みなさんはカフェの方でお待ちください。……ランドさんは私と一緒にご報告に来てください」
 ランド教官はマリナさんについて行く前に、俺たちに、
 「ああ。わかった。……ジュン。トーマス。お前たちよくやった。フルール村を救ったんだ。誇りにしていいんだぞ」
と言う。
 「いえ。こちらこそ。教官、ありがとうございました。」
 ランド教官はお礼を口々に言う俺たちに対し、「いいってことよ」と言って右手を振りながら奥の部屋に向かっていった。

 しばらく待つとギルドマスターのファル老が、サブマスタ―のアリスさんと、ランド教官、マリナさんを引き連れてやってきた。
 「よくやった。そして、無事で良かったぞ。……今、ランドから詳細な報告を聞いた。まず試験の件だが文句なしに全員合格じゃ。この後、受付でランクアップの手続きをするがいい。それから報酬が出ておる。一人につき三〇万ディールじゃ。これも忘れずに受け取るが良い」
 「さ、三〇万ディール?一人につき?」
 セレスが驚いて思わず聞き返す。
 「ふははは。驚いたか?今回は領主より色を付けて手配されておる。実際に討伐軍も必要なくなったしな……。遠慮することはないぞ」
 「マジ?やったあ!」
 トーマスがガッツポーズをとる。よほどうれしかったのだろう。

 「さてと。これでお前たちはランクCとなる。……だがな。こういう時こそ言っておかねばならぬ。今後も油断するな。謙虚にやれ。状況判断が甘かったり、少しの油断で取り返しのつかぬことになることを決して忘れるな。……今後は大型の討伐依頼や、強力な魔獣の討伐依頼も受けてもらうことになるだろう。その時、一人の油断が全滅につながることを忘れてはならんぞ。いいな」
 「「「はい!」」」
 俺たちは、ギルドマスターの重い言葉を胸に一斉に返事をした。

 こうして俺たちは見事にランクCへと昇級することができたのだ。

――――。
 俺たちは、ランクCになったことを報告しようとシンさんの屋敷にやってきた。

 ひゅううぅぅぅ。

 ……しかし、目の前のシンさんの屋敷には誰もいなかった。俺とヘレンとサクラが一年間、住み込みで修業した屋敷であったが、門の外から見るとあたかももう何十年も誰も住んでいないかのように苔むし、雑草で埋もれ窓やドアが欠けて廃墟となっていた。

 「「………………」」
 「マスター。これは……」
 その様子に俺たち三人は言葉もなかった。

 ノルンとシエラは、俺たちの師匠に紹介してもらえるということで緊張していたが、想定外の事態に戸惑っている。
 中町の入り口の詰め所で確認してみるが、不思議なことに誰も「シン」さんや「トウマ」さん「イト」さんのことを知らなかった。……あの屋敷もずっと廃墟であったという。

 俺たち三人は狐につつまれた感じであったが、どうにもならないので冒険者の憩い亭に戻ることにした。
 ノルンとシエラは俺たちが嘘をつくわけがないと信じてくれたが、一体これはどういうことなのだろう?
 シンさんたちはどこに行ったのだろう?

 今は、何もわからなかった。

19 お風呂とガールズトークとのぞきと

 「ふううぅぅ」

 思わず深く息を吐き出す。
 今、俺は宿にある露天風呂に入ったところだ。

 この露天風呂は日本の露天風呂と同じように、湯船の周りに大きな岩を並べ木で屋根を組み上げている。
 湯船の広さは五メートル四方といったところか。お湯の温度はややぬるめだ。本格的に暑くなる季節にかかろうとしており、昼間の熱気が残っているものの裸で洗い場にいても暑くも寒くもなく丁度いい気温だ。
 ここの露天風呂は男風呂と女風呂を木の壁で隔てているだけなので、女風呂の会話も男風呂の会話も互いに筒抜けになっている。

 湯船に浸かりながら空を見上げる。頭上の夜空には大きな満月が明るい光を差し込んでいる。

 「ふいぃぃ」
 俺の向かいにはトーマス。そして少し離れたところにはランド教官が入っていて、ケイムは湯船をすいーっと浮かんでいる。

 「気持ちいいなぁ。お風呂ってこんなにいいものだったんだなぁ」
 トーマスがしみじみと言う。俺も久しぶりなのでとても気持ちがいい。

 「冒険してるとな、屋外で温かいお湯が湧いているのを見つける時がある。川の側とか、湖の湖畔とか、火山の上り口とかな。安全を確保できれば今みたいにお風呂として入ることができるぞ」
 「へぇ。教官。そういうところって結構あるんですか?」
 「それほど多いわけではないな。場所によるから町を訪れる度にギルドで聞いてみるといい」
 「それはいいことを教えてもらいました。」
 うん。確かに火山から近いところとかはありえるな。今度は積極的に探してみるのもいいかも。

 少しすると板塀の向こうから喧しい声が聞こえてくる。向こうは向こうで女性陣が騒いでいるのだろう。

 「……あああっ。ヘレン。お、大きい……」
 「……あっ。シ、シエラ。か、神……神……がここに……」

 シーンとしている男風呂に女性陣の声が響き渡る。
 「う、うん。あれは聞かなかったことにしておこう」
 俺はこっそりつぶやいた。
 仕切りの板の向こうからお湯をパシャパシャする音が聞こえる。
 トーマスが、おそるおそる俺に言った。
 「な、なあ。ジュンさん。やろうぜ?」
 「え? 何を? ……まさか、トーマス」
 「の、ぞ、き、だよ!」
 いやいやダメだぞ。「それはダメだ」と言おうとしたら、お湯に浮かんでいたケイムが、
 「えう!? のぞきぃ?」
と話に割り込んできた。
 「……のぞき。えへ、えへへへ」
 ……こいつは変態か? ケイムの顔が赤くなっていて、鼻血が出るんじゃないか? トーマスが心配そうに「大丈夫か?」ときいている。
 話を聞いていたランド教官も近くにやってきて、
 「おう。のぞきか。……男は度胸だぞ。トーマス」
といってサムズアップする。トーマスも、
 「ええ。教官」と、サムズアップしながら答えた。

 俺が「いや。それはちょっとな」と渋っていると、トーマスが、
 「そりゃあ、ジュンさんはさ。ノルンさんとかヘレンさんの裸を見慣れてるかもしれないけどさ。それはベッドの上だろ? ……風呂は別だぜ?」
 「風呂は別……」
 トーマスの悪魔の囁きに俺は聞き返してしまう。

 「ほら。想像してごらんよ。湯煙の向こうにさ。ほんのりと桜色に染まるノルンさんとヘレンの肌に、温泉の水滴が弾かれててさ。月の光を浴びてキラキラして。……こう。恥ずかしげにタオルで隠してるところを想像してごらんよ?」

 湯けむりの向こうに月の光を浴びたノルンとヘレン……うっ。は、鼻血が出そうだ……。み、見たい! だけど……他人には見せたくないぞ! うう、見たいけど、見せたくない。

 俺が悶々としている間に、男三人は何やらコソコソと板壁の方へにじり寄っていった。

――――少し前。女性の脱衣場。

 「わあ。ノルンの肌って綺麗ねぇ」
 「何言ってるの? ヘレンだって、その胸! 私より大きいじゃない」

 私は服を脱いでいるヘレンの胸を見て、思わず自分の胸と比べてしまった。……小さいわけではないけど、ヘレンの大きい胸には負けるなぁ。

 その隣では、サクラがシエラと話しながら服を脱いでいる。
 「わ! シ、シエラちゃん。お、大きい。やっぱり大きいです!」
 「え、ええっと。そ、そう? サクラちゃんだって可愛いじゃん」

 驚くサクラの声に、私とヘレンもシエラの胸を見る。……さすがは竜人族、大きいわ。ヘレンとどっちが大きいだろう。

 「た、確かに大きいわね」
 ヘレンが思わずたじろぐ。が、サクラがいたずらっぽく、二人の手を引っ張って並ばせた。
 「ね、ヘレンさんとシエラちゃん。ちょっと並んでみてくださいよ」
 「うぇ? えっと」「い、いいわよ」
 私とサクラは並んで立っているヘレンとシエラを正面から眺める。うん。二人とも同じくらい大きいわね。私よりカップ1つぐらい大きい。腰のくびれはシエラの方が上。だけど、人族のヘレンには色気があるわ。

 「の、ノルンさん。二人とも大きいですっ。大きすぎます!」
 「そうね。サクラ。悔しいけど負けたわね」

 サクラはワーッと言って、二人の胸をあれこれ触って確かめようと手を伸ばす。二人は慌ててサクラの手から自分の胸を守ろうとしているが、ネコマタ忍者のサクラには叶わないようだ。

 「くすくす。楽しいわね」
 「こらぁ。ノルン。見ていないでどうにかしなさいよ!」
 その様子を見て笑っている私をヘレンが怒鳴りつける。それを見ているとますます笑いがこみ上げてくるわ。
 まあ、私たちのパーティーではヘレンとシエラがやっぱり大きいわね。次はカップ1つの差で私。そして、サクラの順番。サクラはこの中で一番小さいとはいっても、はっきりいって十分大きいと思うわよ?

 その時ドアが開いてトーマスたちのチームメイトのセレスたちも脱衣所に入ってきた。
 「あらっ? ちょっと遅れちゃった?」
 「いいえ。私たちもこれから入るところよ」

 セレスたちの目には未だに胸をさわろうとしているサクラと、守ろうとしているヘレンとシエラの壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 「ところで……何やってんの?」
 「ええとね。バストサイズの確認ってところかしら」
 「そ、そう。……ふうん」
 セレスたちは争いを横目で見ながら、いそいそと服を脱いでいく。そこにサクラが食いついた。
 「ああっ。セレスさんたち! いつの間にきたの?」
 「サクラ! 声が大きいって!」
 大声で叫ぶサクラにセレスが慌てて注意する。

 服を脱いだセレスたち。そうね、セレスとルンはサクラと同じくらいね。アイスは、やっぱりハーフエルフ補正があって絶壁、いや平原というのだろうか。

 さっそくヘレンとシエラの胸を見たセレスとルンは、自分の胸と比べると、指をワキワキさせながらヘレンとシエラに迫っていく。
 「あああっ。ヘレン。これは是非とも確認しなくてはならないわ!」
 「シ、シエラ。か、神……神の乳がここに」
 ヘレンとシエラは再び胸を隠し、涙目で後ずさる。
 「い、いや。ごめんなさい。勘弁して。マジで」「いやぁ」
 二人に迫るセレスとルンの頭をアイスがコツンと叩く。
 「コラッ」
 私は笑いながら、
 「そこまでにしなさいよ。みんな困ってるよ」
 「うっ」「ん。ごめん」
 ようやく大人しくなったセレスとルンだったが、ヘレンとシエラは私の後ろに隠れた。
 そこへサクラが暢気な声で、
 「ねえ。バカやってないで。早くお風呂はいろうよ!」
と言い、たちまちにみんなからジトッと見られる。
 「お前が言うな!」
 「す、すみません」

 脱衣所からみんな仲良く露天風呂へと移動する。空には満月が煌々(こうこう)と輝き、目の前には風情のある湯船の水面がキラキラと月の光を反射させている。

 「「「おお」」」

 思わず一斉に声が出てしまう。私たちはゆっくりと湯船に浸かった。

 「ああ。いい湯だわぁ」
 うっとりと私がいうと、みんなも同じように「はぁぁ」とか「生き返る」とか言っている。
 月の光の下で、私たちは思い思いに湯船に浸かりながらガールズトークを続ける。

 「あのう……」
 「うん? どうしたの? シエラ?」
 「その……ジュ、ジュンさんとの夜って、どうだったのかなぁって思って……そのう」
 湯船につかっているシエラは、真っ赤になって左右の人差し指の先をつんつんしながら聞いてきた。
 「そうね。……幸せだったと言っておくわ。ね? ヘレン?」
 「……否定はしないわよ」
 うふふと笑いながらシエラを見ると、シエラは鼻から下を湯船に沈めてぶくぶくと泡を吹いていた。
 何この可愛い生き物。と思って見ていると、シエラは顔を上げて恥ずかしそうに、
 「もう私は一人になっちゃったし……。それに命を助けてくれたし……。優しいし……」
とつぶやいている。さっきの宴会でもちょっと気にはなったんだけど、シエラの場合、仇討ちがあるっていいながら、第四夫人の席を予約させて下さいって言ってたのよね。
 ジュンは自分の称号のせいだって気にしていたけど、間違いなくこの子もジュンにれているわよ? ……もしかしたら父親の背中と重ねているのかもしれないけれどね。
 私はシエラに、
 「ふふふ。そうね。ジュンは強いし頼りがいがあるわね。……でもシエラの場合は、まだ憧れといったところかしら? そんなに焦る必要はないわよ。あなたの気持ちなんだから、いずれその答えが見つかるわ」
と言うと、そばで聞いていたヘレンも、
 「そうね。ノルンの言うとおりかもしれないわね。……まあ正直に言って時間の問題と思うけど」
と言った。私もそう思うけどね。
 いたずらっぽく、
 「あら? ヘレンの言葉を聞くと、なんだかジュンの手綱をきちんと握っておかないといけないような気がするわね」
と言うと、ヘレンが慌てて、
 「ノ、ノルンが第一夫人なのは変わらないわよ。……ね、だから落ち着きましょう」
と言った。
 ヘレンと漫才をしている間にシエラはしばらく何事かを考え込んでいる。きっと自分の気持ちについて考えているんでしょう。

 和気藹々わきあいあいと話をつづけていると、急に犬人族のセレスが鼻をクンクンさせる。
 「あぁ? …………」
と、次の瞬間。セレスの顔に青筋がピキッと浮き出る。隣のお風呂からかすかにジュンの声がする。
 「……な、な、やめ……」

 私は、何かな? と思って周りを見回すと、ヘレンは堂々と湯船につかっているが、サクラとシエラは状況がつかめていないようで、ハテナを表情に浮かべながらセレスを見ている。
 セレスはアイスに目配せをする。と、二人ともうなずくと、湯船から出て板塀の方へ近づいていく。

「のぞくんじゃねぇぇぇぇ!」
 セレスの叫びと同時に、アイスがわざと水魔法を暴発させて男性陣は板塀から吹き飛ばされたようだ。
 ……アイス。やり過ぎよ。板塀までぶっ飛んでるわ。
 しかもアイスは、そのまま威力を落とした水弾で男性陣を脱衣所まで追い込んでいった。

「どわぁぁぁ」「ひいぃぃ」「なんで俺までぇぇ」
 最後のはジュンの悲鳴ね。

「後でお仕置き」
 ルンがつぶやくと、せっかくのお風呂に入っているのに氷点下の世界にいるように寒気が伝わってくる。
「ほ、ほどほどにね」
 見ると、赤くなって両手で口を押さえていたサクラとシエラだったが、ルンの言葉を聞いて今度は青ざめてガクガクブルブルしている。

「ほら。サクラもシエラもオタオタしないの」
「ふわぃ! ……ヘレンさんは何で平気なんですか?」
「修道院時代にのぞかれるのに慣れているからよ。別に減るもんじゃないし……」
「さ、さすがはヘレンさんです。大人の余裕ですね!」

 なぜかシエラはキラキラした目でヘレンを見ている。が、次のヘレンの言葉を聞いて、真っ赤になって湯気を出した。
 「ま。ジュンにだったらのぞかれるのは平気だけどね」
 私も笑いながら、
 「ずるいわ。ヘレン。私だってジュンだったらばっちこいってところよ」

 するとシエラはますます赤くなる。
 「うう~。……お二人とも余裕ですね」
というと、そのままのぼせて湯船に倒れ込んでしまった。やだ。のぼせちゃったのね。

 「きゃっ! シ、シエラ! たいへん!」
 私はサクラと一緒に、慌ててシエラを脱衣所に連れ込んだのだった。

 ちなみに板塀はアイスの魔法によって石塀に作り替えられ、お風呂を出たセレスとルンによって、トーマスとケイム、ランドさんは廊下で正座させられていた。
 ジュンは……私たちが引き取って、お部屋で事情聴取という名目でヘレンと二人でべたべたとくっついて堪能させていただきました。

18 感謝の宴

 朝になるとランド教官はすぐさま伝書鳩を飛ばし、アルのギルドにオーク討伐を報告した。

 フルール村のギルドでも詳細な報告をしたが、アルのギルドに戻ってからも報告をすることになるだろう。

 本来は今日はアルに帰還するはずであったが、教官と相談のうえ、村で警備や復興のお手伝いをし、明日、アルに向かって出発することにした。
 騎士団の連中は、昨夜の警備と調査で疲れ果ててしまったようで、今は交代で休んでいる。

 村の被害だが、周囲の柵はかなり壊れてしまっているが、幸いにも民家の方は被害が少ないらしい。
 朝一番でアイリちゃん親子がやってきて、今晩はぜひ泊まってほしいとのこと。なんでも感謝の宴を開いてくれるらしい。
 村人たちは朝になって自分の家に戻っていった。もちろん、食料は奪われ畑や森も荒らされているから復興には時間がかかるだろう。
 ヘレンは教会で怪我をした人々の治療に当たり、ノルンは村の外回りの柵を補強すると言っていた。ほかのメンバーは村長さんの指示に従ってそれ以外の復興作業に従事する予定。俺はサクラを連れて、もう一度あの洞窟を調査したいと思っている。
 なお午後にはアルの街から食料などの支援物資が届く予定になっており、それらの配分も行うことになっている。

 アイリちゃんの宿に泊まれると聞いて、ノルンがうれしそうにしている。
 何でもアイリちゃんの宿の野外露天風呂がお気に入りらしい。俺も前にトウマさんたちと泊まりに来たことがある。たしかに日本の温泉宿みたいで気持ちよかった。
 オークたちに荒らされてはいたそうだが、午前のうちに風呂は使えるように綺麗にするそうで、午後からは村人達に解放し夜は俺たちの貸し切りにしてくれるらしい。貸し切り露天風呂なんて実に楽しみだ。
 それを聞いたサクラが、
 「たしか男女で分かれていたはずですが、今日はチームごとにわけましょうか?それなら私たちもマスターと一緒に入れるし。……たっぷりご奉仕しますよ。くふふふ」
 俺は黙ってデコピンをする。
 「いたぁっ!くぅ。久しぶりのデコピンです」
 「そんなことしなくていいって。トーマスたちもいるんだし男女別だよ」
と俺が言うと、ノルンが、
 「あら?私はジュンと一緒に入りたいな」と言うと、ヘレンも「そうよ。一緒に入ろうよ」と言う。
 「い、いや。他の人もいるんだしさ」
というと、ヘレンが俺の胸に人差し指で「の」の字を書きながら、
 「え~。だめぇ?」
と可愛らしく言う。しかし、ダメなものはダメだ。
 「俺たちの家に戻れば一緒に入れるだろ?それまでは我慢しろよ」
と言うと、ノルンが、
 「よしっ!言質げんちはとったわよ!」
と言った。……それはよろこんでいいのか?

――――。
 「俺たちの村を救ってくれた英雄に!乾杯!」
 「「「「乾杯!」」」」

 夕刻になりアイリちゃんのお宿に戻るとすでに宴会の準備ができており、そのまま食堂の一角に連れて行かれ、教官やトーマス達と並んで座る。
 すでに騎士団や冒険者、村長さんなど二十人ほどが集まっていて、村長さんが代表して感謝の言葉を述べた後、さっそく乾杯をする。
 エールの入ったジョッキを掲げて、ぐいっとあおる。
 「ぷはぁ」
と言ってジョッキを置くと、一斉にみんなで拍手をした。

 残念ながら村長さんと騎士団の人は仕事があると言ってすぐに退出していったが、村人たちがお礼を言いに交替で出たり入ったりしていた。
 アイリちゃんの父親のロックさんが、
 「さあ、今日は俺からのおごりだ。どんどん食べて。飲んでくれ」
と宣言すると、ひときわ大きな歓声があがる。

 そばのテーブルにいた冒険者が、この村を拠点に活動している冒険者のチームを順番に紹介してくれた。
 なかには、すでにこの村で所帯を持っている男三人のチームや、この村出身の若者たちのチーム。そして、たまたまこの村に滞在していた冒険者などもいたが、どのチームも今回の事件で縦横無尽の活躍をしたようだ。
 ヘレンの回復魔法で傷を治癒した人も多く、おしなべて感謝の言葉と賞賛の言葉をちょうだいした。教会の正面での防衛戦で活躍したランド教官とトーマスたちのチームが話題の中心となっており、普段寡黙なルンも照れくさそうに笑っていた。
 ちなみに今日、ノルンが精霊のノームに依頼して村の周囲の柵を強固な石壁に作り替えており、どの冒険者も驚いていた。

 がやがやと騒ぎながら楽しんでいると、アイリちゃんがお酒を持って俺達のテーブルにやってきてシエラの隣に座った。
 「お姉ちゃんたち、本当にありがとう」
 オークキングを目の前に気丈に振舞っていたアイリちゃんだったが、今ここにいるのは可愛らしい一人の少女だった。サクラがにっこり笑って、
 「ううん。アイリちゃん。間に合ってよかったわ」
というと、アイリちゃんは再びお礼を言って、俺たちの一人ひとりにしゃくをしてくれた。
 俺に酌をしてくれたときに、
 「ねぇねぇ。それでジュンさんのお嫁さんって誰なの?」
と言い出す。思わずブゥっと口の中のお酒を少し吹き出てしまった。
 「うわ!きたない……。もしかして聞いちゃいけなかったかな?」
とアイリちゃんが言うと、ほかの冒険者達も気になったみたいで耳を澄ませている。
 サクラが何でも無いことのように、
 「マスターのお嫁さん?くふふ。まだ式は挙げてないけど。ノルンさんでしょ。ヘレンさんでしょ。私でしょ。シエラちゃんでしょ。……あれれ?全員だね」
と指折り数えながらしれっとして言った。するとアイリちゃんは「全員?」と驚いて、段々と顔が赤くなる。どこからか「爆発しろ」「氏ね」とか聞こえた気がする。
 俺が何か言おうとしたらノルンが俺の口を押さえ、俺の耳元で「いいじゃないの、ね?」とささやいた。

 一人の冒険者が、
 「それよりメンバーを紹介してくれねえか?」
と言った。そうか。俺たちは別働隊で動いていたから、みんな知らないんだよな。
 俺は立ち上がり、
 「了解。まず俺がリーダーのジュン。魔法剣士ってところだ」
と言って一礼すると拍手をされた。……なんだか披露宴の時の親族紹介みたいだな。
 「次にノルン」
と紹介すると、ノルンが立ち上がり一礼し、
 「ノルンです。魔法使いで、精霊とも契約しています」
と言った。どこかのテーブルから「村の外壁を造ってくれたぜ」と声が聞こえる。
 にっこり笑ってノルンが座ったのを見計らって、俺は、
 「次はヘレン」
 ヘレンが立ち上がり、
 「ヘレンよ。もう知ってるでしょうけどヒーラーってところね」
と言って一礼する。外野から「いいなぁ。美人の回復役……」とつぶやきが聞こえたが、すぐに「イテッ」と足を踏まれた悲鳴が聞こえた。
 「次はサクラ」
 サクラが立ち上がり一礼する。
 「忍者のサクラです。拳法も使いますね」
と言うと、村の女性たちが「あの子が助けてくれたのよ」と言っていた。
 「で、最後はシエラ」
と俺が言うと、シエラが立って一礼し、
 「竜人族のシエラです。盾役です」
と言ってすぐに座った。照れてるのかな?どこかからか「竜人族の美人だ……」とつぶやきが聞こえる。
 シエラの挨拶が終わると、なぜか女性陣が再び立ち上がって、みんなの方を向き、
 「旦那ともどもよろしくお願いします」
と一礼した。
 キャーという黄色い声と、再び「爆発しろ」という声が沸き起こったが、その喧騒を切り裂いて宿の主人のロックさんが、
 「おい!アイリもか!」
と大声を上げた。急にその場がシーンと静かになる。
 は?何を言ってるんだ?と思ってアイリちゃんの姿を探すと、なぜかシエラの隣で立って一礼している。
 ……何してるの?
 一瞬パニックになった俺だが、ヘレンが落ち着いて、
 「アイリちゃんは、もうちょっと大きくなってからにしましょうね」
と言ってアイリちゃんをなだめて席に着かせた。
 俺が慌てて、
 「いやいや。さすがにアイリちゃんは違うから」
と弁明すると、ロックさんがすかさず、
 「うちの娘のどこが不満なんだ?」
と言うので、「いや。そうじゃなくて――」と弁明する。
 その途中でアイリちゃんが、
 「だって、ジュンさんってすごく強いんだよ。……それにあられもない恰好を見られちゃったからには責任徒って貰わないと……」
と言い出した。ロックさんが動揺して、
 「あ、あられもない恰好?」
と言うと、とたんに険呑な雰囲気に包まれた。俺が慌てて、
 「おいおい!あの場にはランド教官もトーマスだっていたじゃんか!なぜ俺だけっ?」
と叫ぶと、次の瞬間、アイリちゃんがみんなの方を向いて可愛らしくテヘっペロっとした。
 すると誰からともなく笑い声が沸き起こり、ロックさんも落ち着きを取り戻して「まったくアイリは……」とつぶやいた。

 俺たちは飲み食いしながら大いに騒ぎ、求めに応じて洞窟でのできごとを話したりした。
 どうも話を聞いてみると、フルール村の周囲にあんなに突然に強力なオークの群れが現れたことに、誰もが疑問を抱いているようだった。
 もともとあの洞窟は鉄鉱石の鉱山跡だが、たまにゴブリンが巣くうことはあったそうだが、村からも近いのですぐに討伐できていたそうだ。今回みたいに、気づかないうちにあっというまに大きな群れになっているのは初めてということだ。
 俺は話を聞きながら、彼らには言わなかったが瘴気の結晶の影響だろうと思っていた。どうやらノルンとシエラも何かを話し合っていたので、知っていることがあるのかもしれない。

 それからはこの村での依頼や、特産品の他、外から来た冒険者からは外の様子などを聞いた。
 特に興味を引いたのは、王都エストリアと港町ベルトニアの話だ。

 王都エストリアは王城を中心に多くの人たちが住み、商店が軒を連ねている。そして、魔法王国でもあるエストリアは魔法文明が発達していて、王都には王国立の魔法学園と図書館とがあり、図書館には歴史や魔法に関する数多くの蔵書が陳列されているらしい。
 そしてエストリアの王族は悉く魔法の達人らしく、現在の国王第四〇世フィリップ・フォルト・エストリアとその王妃ロゼッタの間には、ルーベルト皇太子、ルイス第二王子、セシリア第一王女、ブレンダ第二王女の二男二女がいる。
 最近、セシリア第一王女が隣のウルクンツル帝国のカール皇太子のもとに正室として嫁ぐことが決まり、一年後の婚姻の儀に向かって両国間では華やかな歓迎ムードがただよっているそうだ。
 一方、ベルトニアは典型的な港湾都市で、他の大陸との玄関口として独特の発展を遂げている。特に音楽が盛んで、町の通りでは楽器を演奏する人が多くいて開放的な雰囲気のようだ。
 海産物が豊富で現地でないと食べられないものがあり、ちょっと楽しそうだ。

 ほかに気になる話もあった。
 この世界は人々にヴァルガルドと呼ばれていて、大きく分けて五つの主要な地域がある。
 一つが俺たちのいるエストリア・ウルクンツル大陸。ここには両国の間にヴァージ大森林とデウマキナ山脈がある。地球でいえばヨーロッパの辺りだ。
 二つ目がこの大陸からはるか東部にある大陸で、アーク大陸。ここには機工国アーク王国があり、東部には大峡谷があってそこには魔族の国がある。地球でいえば北アメリカに当たる。
 三つ目が南アメリカに当たるところで、アーク大陸から南に地続きになっている大陸で、ノーム大陸。大砂漠がある。アーク大陸とノーム大陸の間には火山地帯が広がっており、火竜王ファフニルが住んでいるらしい。
 四つ目がエストリア・ウルクンツル大陸とアーク大陸の中間にある海洋諸島で、ルーネシア地方という。ここには同名のルーネシア王国がある。まあ、ハワイの辺りになるだろうか。
 五つ目がゾヒテ大陸。ルーネシア王国を南にいった海上にあり、獣人たちの国家であるゾヒテ王国がある。この大陸に獣人たちに守られた世界樹があり、地球でいえばオーストラリアにあたる。
 このほか空に二つの島が浮いて世界を周回しているのが見られるらしいが、誰も上陸したことがない。どこかの少年と少女じゃないが、いつか行ってみたいね。
 また北方と南方の海上は極地になっており、地球と同じく雪と氷に閉ざされた地域となっており、詳細は不明のようだ。

 約一千年前にアーク大陸で人間族と魔族の大戦争があったが、それ以来は国家間の小さな紛争はあったものの、大きな戦乱はなく平和な状態が続いている。
 ところが、これは王都エストリアから来ていた冒険者によると、エストリアの観天官――星見によって未来を予知する官職――から、世界を巻き込む戦乱が起きるとの星見があったという噂が流れているらしい。
 本当のところはわからないが、なぜかその星見が気になった。

 賑やかな打ち上げであったが、ここの冒険者達は明日も村の復興のためにがんばるそうで、比較的早めにお開きとなった。

17 村への帰還

 「ジュン!」「マスター!」「ジュンさん!」「ん~!いい男!」
 洞窟の外に出ると、俺はたちまちにヘレンとサクラとシエラと、見知らぬ白い和服の美少女?に抱きつかれた。
 「お、おい。ちょっと……」
と言うが、四人ともしがみついて離さない。
 ノルンがそれを見て微笑んでいる。俺は、
 「ノ、ノルン。見てないでさ……」
 「心配させたんだから、好きなだけ甘えさせてあげなさいよ」
 「う、そ、そうか?というか知らないのが一人いるんだが……」
 「ふふふふ」

 そんな俺たちを見て、ランド教官やトーマスたちも笑っていた。

 落ち着いたところで、サクラが見知らぬ少女を紹介してくれた。やはり雪女で名前をお雪ちゃんというそうだ。
 俺から離れたところで、
 「ねえ。サクラぁ。あなたのマスターって素敵ね。あの強い魔力……、あの人にだったら踏まれてもいいわぁ」
 「ちょ、ちょっとお雪ちゃんったらダメダメ。……っていうか、ふ、踏まれたい?」
という会話が聞こえるが、聞こえないふりをしておこう。

 送還するときに、「サクラ。帰ってきたら根掘り葉掘り聞かせてもらうからね。ろくろの姉さんと首を長~くして待ってるからね~」
と言って、サクラが引きつった笑顔で見送っているのが印象的だった。

――――。
 「お、おお!戻ってきた!戻ってきたぞ!」
 「女たちが戻ってきた!」

 暗くなった頃にようやく俺たちがフルール村に到着するや。俺たちは村人たちに囲まれた。
 連れ去られた女性達も家族と抱き合って再会を喜んでいる。
 シエラと手をつないでいたアイリちゃんも、
 「アイリー!」
 向こうから宿の夫婦が走ってくるのが見えると、シエラの手を離し走り出した。
 夫婦とアイリちゃんが抱き合った。
 「アイリ!アイリ!」「お父さん!お母さん!」
 親子が泣きながら抱きしめ合うところを見て、ノルンとシエラが涙ぐんだ。俺はそっと両手を伸ばして二人の肩を抱いてやると、二人はそっと俺に身を寄せる。
 ノルンが「本当に良かったわ」というと、シエラはだまってうなづいた。

――――。
 その日ははぐれオークを警戒して、避難所の教会で過ごすことになった。それに村の中も襲撃があった状態のままだから、夜になったこともあり家に戻ったところでなにもできないだろう。

 その日の夜は騎士団の人とフルール村を拠点とする冒険者達が後退で警備と巡回を行ってくれるそうだ。俺たちも手伝おうかと申し出たが、この村を守るのは騎士団と村に住む者の勤めだとかたくなに受けてもらえなかった。
 まあ、さすがにあれだけの戦闘をしたから疲れもあり、おとなしく教会の片隅でみんなでかたまって毛布にくるまった。合流したフェリシアも、今ではそばで羽根を休めている。

 教会のステンドグラスから月の光が差し込んでいる。
 礼拝室の女神像の前では今なお村人達が感謝の祈りを捧げている。ヘレンも先ほどまでは祈っていたが、今は俺の隣で毛布にくるまっている。
 俺は何となく寝付けなくて考え事をしていると、トーマスが、
 「なあ。ジュンさん。まだ起きてる?」
 「どうした?」
 「一年間で、俺たちも随分強くなったつもりだったけど、ジュンさんたちはもっと強くなっていて驚いたよ。まさかあの黒いオーク・キングに打ち勝つなんてね……」
 「何を言ってるんだい。トーマス達は俺たちより若いじゃんか」
 「ま、まあそうだけどさ」
 「実際、トーマスはまだ十七くらいだろ?年の割に強いし、冒険者としてしっかりしてると思うぞ?」
 「そうかな?」
 「ああ。だからもっと自信を持てよ」
 「……うん。ありがとう。ジュンさん」

 そこへ毛布をかぶっていたランド教官も話しに加わってきた。
 「ところでお前たち。男女の関係の方はどうなんだ?」
 とたんにトーマスがしどろもどろになる。ランド教官は俺の方を見た。
 「い、いやあ……」
 そこへ寝ていると思っていたノルンが、
 「私たち、全員、ジュンについていきますから」
と言い出した。思わず、「の、ノルン?」と言ったが、ランド教官は、
 「まったくうらやましい限りだな」
と言う。教官はつづいて、
 「トーマスはルンと付き合ってるんだろ?……ケイムはいまだにカロット命か?」
と言うと、ケイムが起き上がって、セレスの方を見ながら、
 「ええっと、まあ、そうでもあるし、そうでもないというか……」
 「なんだはっきりしないな……。ま、いいか」
 今度はトーマスが教官に、
 「で、教官はどうなんですか?いい人は?」
と尋ねた。教官は笑いながら、ステンドグラスから差し込む月の光を見上げ、
 「俺もパーティーに恋人がいてな。引退したらどこかで一緒に暮らそうと約束している」
と言った。それを聞いて、なぜか寝ているはずの女性陣から「おおおっ」と声が上がった。
 教官はつづける。
 「冒険者は危険と隣り合わせだ。いつか引退を考えなきゃならん。俺たち犬人族は人間族より老化が遅いが、それでもいつかは引退を迎える。俺も家族がほしいんだ。里にはまだ両親もいるしな」
 その言葉を聞いて俺もその時を思う。今はまだまだ冒険が楽しい。だがいつかは引退して、みんなと静かに暮らすのもいいと思う。トーマスも教官の言葉に色んなことを考えているようだった。
 教官は笑いながら、
 「まあ、まだお前たちは若いから引退を考えるのは早いだろうがな」
と言った。
 それからも取り留めもないことをおしゃべりしながら、いつしか一人、二人と眠りに落ちていった。

16 黒い結晶

 俺は全身に魔力を巡らして、身体強化の段階を一つあげる。
 封印解除はしないが、高めた魔力で体がうっすらと光を帯びる。

 「行くぞ!」
 「グオオオオ!」
 俺の声にオーク・キングが吠えて応える。
 ……分身二十四身。ミラージュ・スラッシュ。

 オーク・キングの周りを分身が囲み、四方八方より一斉に切りかかる。
 オーク・キングは振り払おうと剣を振り回すが、分身をすり抜けるだけだ。怒涛の斬撃のラッシュに、まるでダンスを踊るようにオーク・キングが前後左右にのけぞり、そのたびに血しぶきが上がる。
 最後の一撃は正面からの七連突きだ。彗星のように光の尾を引きながらオーク・キングの胸元に飛び込み連続突きを放つ。重い魔力が込められた突きがオーク・キングを穿っていく。

 「グアアアア」

 ズドンと重々しい音を立ててその場に崩れるオーク・キングだが、まだその目は死んでいない。
 俺は油断なく剣を構えた。
 全身から血を流すオーク・キングはよろよろと立ち上がると、ステージの奥に歩み寄り、地面から何かを拾い上げた。

 「あれは……瘴気の結晶!」

 ステージ下からノルンの声が聞こえる。……確かにアレは瘴気の結晶。それもかなり大きいぞ。
 オーク・キングはその結晶を自らの胸に突き刺した。ほとばしる血を瘴気の結晶が吸い込んでいく。
 一瞬の静寂の後、ドクンと心臓の鼓動が瘴気の波動となって空気を伝わってきた。
 オーク・キングの体が細かく振動を始め、黒い血管が体表に浮かび上がる。

 「な、なにかまずいぞ!」
 ランド教官が叫ぶ。俺は剣を構えたままで、みんなに、
 「先に待避しろ!」
と叫ぶ。

 しかし、遅かった。オーク・キングの足下から瘴気が柱のように吹き上がって、体に吸い込まれていく。
 見る見るうちにオーク・キングの全身が真っ黒になっていく。

――エビル・オークキング――
 瘴気を「$#&#%&$&”%#

 ナビゲーションでも文字化けを起こしている。
 「さっさと行け!」
と叫ぶと、ランド教官が「みんな待避だ!下がれ!」といって、無理矢理にみんなをつれて下がっていく。
 サクラも雪女の少女と村の女の子を連れて広場の出入り口へ向かった。
 (マスター!必ずお戻りください!)
 (当たり前だ。先に行け!)
 (戻ってきたら、お好みのコスプレで癒やしてさしあげます!)

 空気がオーク・キングを中心に渦巻いていく。……そろそろか。
 「封印解除。真武覚醒!」
 リミットを解除し聖石の力を身にまとう。光の衣が瘴気をはねのけていく。
と、俺の隣にもう一人、同じく聖石の力を解放し光の衣を身にまとったノルンが舞い降りた。
 「ジュン。地脈の力も流れ込んでいるわ」
 ノルンの指摘に俺の魔力視で確認すると、結晶の置いてあったところから地脈の力が引っ張られるように、エビル・オークキングに吸い込まれているのが見えた。

 「グオオオオオ!」

 エビル・オークキングが吠えて、無造作にストレートのパンチを繰り出してくる。しかし、その拳には瘴気やら魔力やら様々な力がまとわりついているのが見える。
 「ちいっ」
 俺は舌打ちして剣をすぐに納めると、聖石の神力を両手に集めてオークキングの拳を受け止めた。
 拳に込められた力が、押さえつける俺の両手をはね飛ばそうと手のひらの中で暴れ狂う。ぶるぶると震えながらも何とか受け止めると、今度は左回し蹴りを放ってきた。
 ノルンと共に飛び上がって回し蹴りを避けると、その延長線上にあった洞窟の壁が崩壊した。地響きがして、ほかの場所でも天井が崩落する。
 俺はすかさず回転しながら、エビル・オークキングの頭にかかと落としをたたき込む。
 スドドドン。
 エビル・オークキングは前向きに倒れ込み、かかと落としを受けた頭が地面にめり込んでいく。

 これで終わるまい。
 すぐさま飛び上がりノルンの横に滞空する。ノルンはすでにハルバードを構えて、自らの周りに四色の魔方陣を浮かび上がらせていた。
 エビル・オークキングが頭を上げた瞬間、ノルンの魔法が発動する。
 四色の魔方陣から、地水火風の四属性の巨大な光の槍がエビル・オークキングに突き刺さり四肢が爆発した。
 俺は剣に聖石の力を込めエビル・オークキングに斬りかかろうとしたが、瘴気の結晶が黒く光り輝くと、にょきにょきとエビル・オークキングから真っ黒な手足が生えてきた。

 エビル・オークキングは空中の俺たちを睨むと、一瞬にしてその姿が消えた。
 「やばい!」「きゃっ」
 俺はノルンを抱えてその場から待避すると、さっきまでいたところの背後からエビル・オークキングが回し蹴りを放っていた。
 あらためて広場の地面に降り立ちエビル・オークキングと向かい合う。
 「ノルン。あの瘴気の結晶に聖石の力を込めて打ち抜けるか?」
 敵から目を離さずにそういうと、ノルンは、
 「やるわ」
 「よし、俺があいつを抑えるからタイミングを合わせて頼む」
 俺はそういうとエビル・オークキングを睨み、
 「お望み通り殴り合おうぜ!」
と言って飛びだし、そのでかい顔に渾身のストレートをお見舞いする。
 聖石の白銀の光が黒い顔を打ち抜くが、今度は圧倒的な質量を持った右フックが襲いかかってきた。
 俺は下からそのフックを跳ね上げて、一歩踏み込んで、左下からリバーブローを打ち上げた。
 エビル・オークキングの巨体がふわっと浮かび上がり、苦悶の表情を浮かべた。

 「今だ!」
 俺の声に、ノルンが手に集めていた聖石の力を光弾にして放つ。まるでレーザーのように光の軌跡が瘴気結晶を打ち抜いた。
 瘴気結晶は白銀の光に包まれて、パリンと割れて粉々になり溶けるように消えていく。

 エビル・オークキングはその場で仰向けにひっくり返り、その全身から吸い込んだ魔力や地脈、瘴気が、まるで風船がしぼむようにシューと吹き出て、体が見る見るうちに小さくなっていく。最後には小さなオークのミイラが残っていた。
 吹き出した瘴気は危険なのでノルンの神聖魔法で洞窟ごと浄化すると、ようやく洞窟にも静けさが戻った。

 俺とノルンは瘴気結晶が置いてあったステージの奥を見に行くと、そこには瘴気結晶が突き刺さっていた穴が開いており、そこから地脈が湧き出し続けていた。
 「これ蓋をしないといけないわね」
 その様子を見てノルンが言った。「このまま地脈の力が漏れ続けると、この当たりは砂漠になっちゃうわ」
 俺はノルンに、
 「できるか?」
ときいたが、ノルンはしばらく考えて、
 「やってみるわ」
と言って両手を穴にかざす。穴の底に白銀の光が生じ、見る見るうちに漏れ出る地脈の力が細くなっていき、やがて完全に漏れが止まった。
 ノルンは一つ息を吐いて、穴の底を確認する。
 「うん。どうやらこの穴自体に封印をかければOKみたいね。もう漏れていないわ」
 後から聞いてみたところ、いわば傷のあるところに絆創膏を貼るようなものらしい。
 それから二人でその穴を埋め、オークのミイラをアイテムボックスに回収。ほかにめぼしいものもなく、二人で洞窟の出口に向かった。
 広場から出るときに、俺は再び奥のステージを振り返った。

 ……瘴気の結晶なんて自然に発生するものなのか?

15 対オーク戦

 俺は、広場に入って目をむいた。
 オーク達がステージ上の一角からの白い鞭の攻撃で悲鳴を上げている。
 見ると、サクラの隣にいる白い少女、雪女か?が高笑いしながら鞭を振るっているようだ。
 ……なんだか俺の持つ雪女のイメージが崩れてしまいそうで、思わず、
 「うお!……サクラ!やり過ぎだ!」
と口走ってしまった。
 すぐにノルンにぽかりと後ろ頭を叩かれて我に返る。ともあれ、どうやら女の子はサクラと共に結界の中に保護されているようだ。

 一番奥がステージになっているようで、そこには一番大きなオークがこちらを睨んでいた。

――オーク・キング――
 オークの王。戦闘力、生命力、知能、繁殖力のすべてにすぐれた個体。体型に似合わぬ機敏な動きで驚異の破壊力を持った攻撃をする。
 分厚い皮膚と脂肪に守られ打撃も魔法も効果を半減する。ランクA相当。

 身長三メートルといったところか?でかいな。
 あれに攻撃を届かせるには、このミスリルの片手剣よりロングソードが良いだろう。
 俺は初めてフレイムエレメント・ソードを抜き放った。剣身から火の魔力がほとばしる。こいつを使いこなすには戦闘モード「火炎舞闘」が最適だ。

 「行くぞ!みんな!」

 俺の狙いはオーク・キングを抑えることだ。
 剣に火の魔力をまとい、力業で目の前の群れに斬りかかる。剣から炎がまるで川の流れのように伸びていき、目の前のオーク達を焼いていく。俺はその火の流れの中を駆け抜けてステージに飛び乗り、オーク・キングと相対した。

――ノルン視点――。
 ジュンが目の前のオークの群れを突っ切って、一気にオーク・キングのところまで駆け抜けていった。
 ならば、それ以外の雑魚を倒すのは私たちの役目ね。
 私はハルバードを構え、
 「アイス!詠唱開始!ヘレンは祝福ブレスを」
と指示し、自らも魔法を放つ。
 「サンダーレイン!」
 オークの群れの頭上の何もない空間から、あまたの雷撃がガガガガと凄まじい轟音を響かせながら群れに襲いかかる。
 「ぴぎゃあぁぁぁ!」
雷に打たれたオークが悲鳴を上げて次々に倒れていく。豚肉の焦げた匂いが漂ってくる。
 つづいてヘレンが、
 「女神の祝福トリスティア・ブレス
と唱えると、仲間達の体が光に包まれ活力と勇気が湧いてくる。
 私の隣のアイスが
 「我がマナをかてに吹きすさび、刃となりて切り刻め。ウインド・カッター!」
と唱えると真空の刃が次々に放たれ、オークの体を切り刻んでいった。

 ランド教官が剣を掲げ、
 「トーマス!ルン!シエラ!行くぞ!」
と叫んで、群れに斬りかかっていった。ランド教官を先頭に、まるでやじりのように三人が後ろに続いて突撃していく。
 すでに雑魚のオークはほとんど倒れているが、四人の前に鎧と剣を装備した五匹のオークが立ちふさがった。

――オーク・ジェネラル――
 剣技を使用し戦闘力の高いオークの将軍。知能も高く軍勢を率いている場合は要注意。ランクB相当。

 私のナビゲーションによれば、あの五匹はオーク・ジェネラルらしい。
 できれば援護してやりたいが、前衛陣が全員行ってしまい、後衛を守る近接戦闘できるのは私くらいしかいない。
 といっても今、私とヘレンとアイスの前には杖を持ったオーク・メイジが一〇匹並んでおり、魔法戦を仕掛けようとしているようだ。
 「――――”#%$・&$&$」
 オーク・メイジが詠唱を終えると、彼らの頭上に二〇本のフレイムランスが現れ、私たちに向かって飛んできた。
 彼らに先手を許してしまい、フレイムランスが迫るなか、私は
 「マナバリア」
と魔法障壁を張り巡らした。マナバリアにフレイムランスが次々に当たり炎をまき散らせる。
 私の背後でハーフエルフのアイスが、「……また無詠唱で」とつぶやいているが、それを無視して、
 「ストーン・バレット」
と唱え、石弾で狙いを済ましてオーク・メイジの額を打ち抜いてやった。

――サクラ視点――。
 広場の中が乱戦になりつつある。
 私は、お雪ちゃんに、
 「アイリちゃんをよろしく。私も行ってくるわ」
と言うと、お雪ちゃんは手を振って、
 「はいはい。この結界があれば私の仕事もないでしょうけどね」
と言う。私は青竜と白虎の忍者刀を両手に目の前のオークの群れに切り込んだ。
 背後から、お雪ちゃんの、
 「……は~い。アイリちゃん。お姉さんが守ってあげるわ。こっちいらっしゃ~い」
という楽しげな声が聞こえてきた。

 棍棒や錆びついた剣を振りかざしてくるオークの攻撃を見切りながら、一撃一殺、舞うように走り抜ける。
 するとオークの影から、フォレストウルフが飛びだしてきた。
 上下左右から一斉に飛びかかってくるのを尻目に、私は分身八ツ身を使う。飛びかかってきたフォレストウルフの間を八つの私がすり抜ける。次の瞬間、フォレストウルフは弾き飛ばされたように跳ね飛ばされ、ことごとく頭から血を吹き出して動かなくなった。

 私は、戦況が有利に動いているのを確認すると、オークたちとアイリちゃんとの間に立って警戒を続ける。

――シエラ視点――。
 ランド教官を筆頭に四人でオーク・ジェネラルと戦っている。オーク・ジェネラルは単体でランクB。ランド教官と呼ばれる人と同じランクの強さを持っている。
 バラバラで戦えばあっという間に押し込まれる。私はみんなの前に出て神竜の盾でオーク・ジェネラルの剣撃を受け流し、受け止め、防ぎきる。神竜王バハムート様にいただいたこの盾は、オーク・ジェネラルの攻撃にも傷一つつくことはない。
 巧みに場所を移動して、オーク・ジェネラルに囲まれないように注意しながら、一瞬の隙を突いて、私の後ろからランド教官が一匹のオーク・ジェネラルの利き腕を切り飛ばした。
 「スラッシュ!」
 すぐさま、別のオーク・ジェネラルがランド教官に襲いかかるが、私が一歩前に出てそれを受け止める。と今度はトーマスが飛びだして、私が攻撃を受け止めたオークジェネラルの首元を狙って、五連突きを放った。
 「五連!」
 オーク・ジェネラルがたまらず後ろに下がる。ルンはその影で、ランド教官が腕を切り飛ばした一匹の首を刎てとどめを刺した。
 これで四対四の同数だ。オーク・ジェネラルが縦に並んで、タイミングを少しずつずらしながら襲いかかってきた。
 私は冷静にその動きを見て、最初のオーク・ジェネラルが剣を振り下ろした瞬間に盾で跳ね返す。
 「シールドバッシュ!」
そのまま体当たりをくらわせると、オーク・ジェネラルはバランスを崩し、その後ろの三匹もタイミングを失って後退する。
 その隙を狙い、ランド教官が戦闘の一匹の首を刎ねると、残り三匹のオーク・ジェネラルが動揺した。

 私は、右手の剣で神竜の盾を叩いて、オーク・ジェネラルを挑発する。
 「そんな軽い剣じゃ。この盾の守りは抜けないよ!」

 私の挑発を受けてオーク・ジェネラルの目に力がこもる。今度は二匹で左右から同時に切り込んできた。
 大きく一歩下がり、左右から同時に来る斬撃を上手く受け流す。ついで、左側に一歩踏み込んで、盾を無防備なオーク・ジェネラルの横っ面にたたき込む。
 脳を揺らされたオーク・ジェネラルがたたらを踏むと、即座に左手からトーマスが、
 「クロススラッシュ!」
と斬りかかった。オーク・ジェネラルは対応に遅れ、その右手をたたき切られると同時に頭をかち割られて崩れ落ちた。

 残り二匹。
 再び挑発しようとした瞬間、横合いから、ノルンさんの「ストーンバレット」の魔法が炸裂し、二匹とも額を石弾に打ち抜かれてその場に倒れた。

 私は、
 「思ったよりあっけなかったですね」
と言いながら、ステージ上に残るオーク・キングとジュンさんの戦いを見上げた。

――ジュン視点――。
 オーク・キングが右上からスラッシュを放ってきた。
 俺はその剣閃にあわせて剣を跳ね上げオーク・キングのバランスを崩し、そのまま魔力を込めて袈裟斬りに切りかかる。
 オーク・キングはその一撃を受け止めたが、魔力はそのまま空飛ぶ刃となってオーク・キングに襲いかかった。
 しかし、オーク・キングはとっさにバックステップして離れると、反対側の手を握りしめ飛んでくる剣閃を横から殴りつけた。剣閃は「バチィ」と音とともにはじけ飛ぶ。
 それを見て思わず、
 「無茶苦茶やりやがるな」
とつぶやいてニヤリと笑う。面白いじゃないか。これがランクA相当か。
 オーク・キングがぐんっと踏み込んできて大上段から剣を振り下ろした。俺はそれを斜めに受け流すとそのまま横一閃の切り払いに切り替わる。バックステップで避けると、その横一閃の空飛ぶ半月状の刃となって飛んできた。無造作に剣を切り上げてその斬撃を断ち切り、距離を取ってにらみ合う。

 ステージ下では戦いが終わったようだ。残るはオーク・キング一人だ。

14 アイリちゃんを救え

 む。この先にたくさんのオークの反応あり。近いわね。

 私の気配感知に、この先の広間にひしめくオークの大群が検知された。
 中には強力な個体がいくつかいるようだが、修業中に対峙したトウマさんに比べれば大したことはない。

 広場の入り口まで到達し、通路から中の様子を確認する。
 広場には見渡す限りのオーク。それに体格の大きなオークや杖を持ったオークが一〇匹ほどいる。一番奥にはステージのように一段高くなっているところがあり、そこに一番大きなオークがいる。威圧感からして、あれがボスだろう。そのボスのオークの前に一人の女の子がいた。
 ボスのオークが無造作に女の子に手を伸ばし、その服を一気に破る。しかし、少女は負けじと声一つあげずにオークをにらみつけていた。少女の服が裂け肌があらわになると、興奮したオークたちの熱気に包まれて騒がしくなる。

 私は、空渡りで弾丸のように一直線に飛び出す。
 「この○リコンめ!」
 ボスのオークにドロップキックをくらわして、少女のそばにヒラリと降り立った。
 ボスのオークはそのまま一直線に吹っ飛んで洞窟の壁に背中を打ち付け、その衝撃で広場全体が揺れた。
 「アイリちゃんね?」
ときくと、少女はうなづいた。私はアイリちゃんを背中にかばうと、四枚の札にクナイをさして周辺の地面に突き刺し、妖気と魔力を練り合わせて手に印を結ぶ。

 「四神結界!」

 札を地面に縫い付けたところを頂点とした光の壁が私とアイリちゃんを囲んで守る。
 この結界は玄武、青竜、朱雀、白虎の四神の力を借りたもの。外からの物理・魔法の攻撃を防ぐ神聖な結界だ。用途によっては逆に封印もできるすぐれもので、オークごときが何百匹こようが破られることはないわ。

 ボスのオークが吠えると、段下のオークたちが結界に押し寄せてきて、結界を殴りつけている。が、四神結界はびくともしない。
 私はそれを見ながら、アイリちゃんに「何があってもこの中にいてね」と声をかけ、自らの右手の親指をわずかにんで血を出すと、再び妖気と魔力を混ぜ合わして血に流し込み、地面にその右手を添えた。

 「来臨急々!来臨急々!口寄せ!お雪ちゃん!」

 私の右手を中心に地面が光り、その光の中から見た目二十歳くらいの美少女が現れた。
 わずかに青みを帯びた白い髪に白い肌、白い和服をきた美しい少女。

 「あらら?サクラじゃないの。どこいってたのよ?」
 この少女は友達の雪女のお雪。とはいえ、今、のんびりとそういう話をする余裕はないのよ。
 私は両手を合わせて、お雪ちゃんに、
 「ごめん。お雪ちゃん。今、それどころじゃないから」
と言うと、お雪ちゃんはオークの方を振り向いて、
 「わかってるって。あの臭い豚をどうにかすればいいんでしょ?」
 そういったお雪ちゃんの右手から妖気が細く伸び、白い冷気をまとった鞭となった。

 「この豚め!ひれ伏しなさい!」
 お雪ちゃんはそう命じながら、次々に鞭を振るう。
 幾度となく白い鞭がほとばしるたびに、極寒の冷気がオーク達を打ち据え、打たれたところからピキピキと凍り付いていく。たちまちにオークの氷像が何体もできると、広場の気温が五度ほど下がったように冷え込んできた。

 お雪ちゃんが、鞭の柄をぺろりとなめながら、
 「ふふふ。豚は豚らしく鳴けばいいのよ!」
と言って、再び鞭を振るいだした。お雪ちゃんの高笑いとオークの悲鳴が広場に響き渡る。

 その時、マスターの声がした。
 「うお!……サクラ!やり過ぎだ!」
 ……あのう。マスター、私じゃなくてお雪ちゃんに言って下さい。

 広場の出入り口で叫んだマスターの頭を、ノルンさんがぽかりと叩いた。
 「それどころじゃないでしょう?」
 そして、ノルンさんはハルバードを構え、
 「アイスバレット・ストローク」
と唱えると、氷弾がバルカン砲のようにオークの群れを襲い、削り、穿うがっていく。

 マスターは一番奥のボスのオークを見て、いつも使っているミスリルの片手剣ではなく、赤く輝く長剣を抜きはなった。よく見ると、戦闘モード「火炎舞闘」を発動しており手足に炎が宿っている。
 「行くぞ!みんな!」
と叫んで、オークの群れに飛び込んで斬りかかる。オークの群れがマスターの突撃によって切り裂かれ、マスターはそのままステージ上のボスのオークに襲いかかった。

 私は、お雪ちゃんに声をかける。
 「お雪ちゃん。マスターが来たからもう大丈夫よ」
 「ハアハア。……ふうん。あれがサクラの彼氏マスターかぁ」
 マスターの姿を見たお雪ちゃんが、らんらんとした目でマスターを見つめる。
 「なんて熱い魔力の質を持っているのかしら。……いい男ね」
 そういうお雪ちゃんの目はまるっきり肉食獣のそれだ。
 私は慌てて、
 「だめよ。お雪ちゃん。あげないよ」と言うと、お雪ちゃんは、
 「うふふ。ペロリ」と舌なめずりした。

13 村人発見

 そのまま三〇〇メートルほど進むと、よりオークの気配が詳細にわかってきた。どうやら二匹のオークは分岐点にいるらしい。通路は緩やかなカーブを描いているが、このまま近づくとどうあっても気づかれてしまうだろう。
 幸いに結構洞窟の天井は高く、たいまつの光もそこまで届いていない。
 「忍術、空渡り」
 私は妖力を足の裏に集めて洞窟の天井まで飛び上がり、そのまま天井付近の空中を走りだした。

 二匹のオークの脂ぎった匂いが強くなり、分岐点が見えてきた。
 まさかここまで侵入者が来るとは思っていないようで、二匹のオークは地面に座り込んで何かをしゃべっている。様子をうかがっていると、一匹のオークが立ち上がって分岐路の一つを歩いて行った。……見張りの場所を離れていいのかな?
 まあ、私にはどうでもいいことね。
 早速、一人きりになったオークの目の前にすっと降り立ち、反応される前に首を刎ねた。
 そのまま周辺の様子を窺うが新たなオークが来る様子は無かった。そして、さっき一匹のオークが歩いて行った分岐路の先に複数の人間の気配を感知。きっと村人たちだね。
 私はとどめを刺したオークの血でやってきた通路に印を残すと、迷うことなくオークの進んでいった通路に入っていった。

 通路の先はゆるやかな下り坂になっている。
 進んでいくほどに人の匂いが強くなり、鉄格子が見えてきた。その前には二匹のオークがいて、さらに一匹のオークが鉄格子を開けて中に入ろうとしている。どうやら若い人間の女性の匂いに興奮して発情しているようだ。
 顔をしかめつつ、私は両手でクナイを放って通路から飛びだした。
 クナイは鉄格子前にいる二匹の目の奥に突き刺さり、のけぞった瞬間、忍者刀でのど笛をかっきる。
 血しぶきを上げて音もなく倒れた二匹のオークに、鉄格子の中の女性が金切り声を上げ、興奮して私に気がついていなかった最後のオークが振り返った。
 そのタイミングで素早くオークの首を刎ると、オークは何もできずに崩れ落ちた。
 私は女性達がこれ以上騒がないように、妖気を放出して金縛りをかけた。

 「きゃ………………」
 叫ぼうとした女性がその表情を固めて私を見た。オークの返り血を浴びている私だったが、なるべく平静を装って、
 「みなさん。落ち着いて。助けに来たから絶対に喋らないで」
という。女性達の目を見てどうやら理解したようなので、さっと金縛りを解除する。すると、女性達はその場にへたり込んで、
 「助かるのね?」「よかった」「……ああ、トリスティア様」
などとつぶやいている。
 オークの血の臭いが充満して吐いている女性もいるが、彼女らの服装を見るに、まだひどいことはされていないようだった。それでも殴られたかぶつけたかで、あざができている人がいるので、順番にけがを確認しながらヒールをかけていく。
 一人、二人、三人……、あれ?
 「もう一人いたと思うけど?」
ときくと、一人の女の子がさきほど連れ出されたという。……まずい!
 私はすぐさまマスターに念話を飛ばした。

 (マスター!村人たちを発見。確保しました)
 (よくやった!サクラ)
 (ですが、一人。女の子が先ほど連れ出されていったみたいです)
 (なにい!)
 (探しに行きます!)
 (待て!お前が行ったらその人たちはどうなる?)
 (それは……)
 (落ち着け。っと、俺の気配感知にも引っかかった。……上の分岐点まで女性を連れてきてくれ)
 (了解です)

 念話の途中で、私の気配感知にもマスターたちが来るのがわかった。
 「みなさん。救助隊が来ました。急いで脱出します」
と女性達に言うと全員がさっと立ち上がった。裸足の人もいるけれど、一刻も早くこんなところを脱出したいのだろう。
 私は女性たちの先頭に立って通路を上っていった。

 通路の分岐点ではマスターたちがすでに到着していた。
 私を見たマスターが、
 「よくやったサクラ」
 「いえ。それより女の子が……」
 「ああ。わかっている」
 マスターはそういってランド教官の方を見た。ランド教官は、
 「……行くんだな?」
とマスターの方を見る。マスターは、「ああ」とうなづいた。教官は、
 「わかった。ならば俺も行こう。……トーマスたちにはこの女性達の脱出についていってもらいたい」
と言った。それを聞いたトーマスが、慌てて自分の仲間達と相談をして、
 「教官。女性達はケイムとセレスに任せ、俺とルンとアイスも行きます」
 ランド教官は、それを見て、
 「まったく。……いいか。今までの感じから、事前情報と違ってオーク・ジェネラルがいる可能性が高い。あれはランクB相当で統率スキルを持っているんだ。……勝てるかわからんがいいんだな?」
と念を押すが、全員が「「「はい」」」と返事をした。教官は、「全員バカばっかだな」と自嘲した。
 マスターが、
 「それじゃ、ケイムとセレス。女性達を頼む。そして、洞窟の状態や俺たちが奥に向かったことも報告しておいてくれ」
と言うと、セレスが、
 「……わかったわ。でも無事で戻ってきなさいよ」
と言い、マスターと拳をあわせた。
 セレスはきびすを返し、
 「行くよ。ケイム。私らは私らの役割をきっちり果たす!」
と行って、女性を先導して通路を歩いて行った。

 彼女らが去って行った後、マスターが、
 「よし。これで後は暴れるだけだ!……サクラ。先行して女の子の安全を確保だ!俺らもすぐに行く!」
と私に命じる。
 「はい!」
 私は返事をして、すぐさま残る一本の分岐路へ突入した。

12 潜入ミッション

 こちら、サクラ。
 現在、ポイントAの岩山頂上に到着。
 これからポイントBへ潜入開始します。

 誰にともなくそう報告すると、なぜかマスターから、
 (了解。気を付けろ。もしもの時は全力戦闘を許可する)
と念話が来て思わず焦る。もしかしたらコントラクトで考えていることが伝わってしまったのかな?

 今の服装はいつもと違って黒ずくめの服装だ。頭も金髪を隠すように黒いずきんで覆い、鉢金を額に当てている。
 頂上から下を見ると、ちょうど見張り台がベランダのようになっていて、そこに二匹のオークがおしゃべりをしている。
 私は森の方へ視線を移し、マスターを確認して手を上げると、マスターがうなづくのが見えた。
 よし行こう!
 私は体を縮めて、すっと下に飛び降りた。見張り台に降り立つ前にクナイを飛ばす。
 ヒュン!ヒュン!
 二本のクナイがそれぞれ狙いに違わず見張りのオークの額に突き刺さった。オークが崩れ落ちるように倒れるのと同時に、私は見張り台に降り立ち中を確認する。するとさらに一匹のオークが驚愕に満ちた目で私を見ていた。
 即座にもう一本のクナイを放って始末する。
 念のため、三匹のオークの首を切ってとどめを刺し、マスターに念話を飛ばす。
 (潜入成功!これから探索に入ります)
 (了解。こっちも行動を開始する。充分に注意しろ!)
 (了解です。……事件が終わったら甘えさせてもらいますから)
 (む。……ま、まあいいか。わかった)
 (ぐへへへ。あんなことやこんなことを……)
 (い、いいから早く行け!)
 (はい!)
 ふふふふ。言質げんちはいただきました。これはやる気がみなぎりますな!
 笑みを浮かべ、気配を殺し存在感を極限まで薄めながら見張り台から廊下に出る。廊下は緩やかな階段となって下に続いており片側の壁に等間隔にたいまつが灯されている。
 私は慎重に下へと進んでいった。

――――。
 「サクラが潜入を開始した。俺たちも行くぞ」
と言うと、トーマスがセレスに合図をした。セレスは弓を引き絞って矢を放つ。放たれた矢は一匹のオークの目に刺さってのけぞる。と、その様子に気を取られた二匹のオークは次の瞬間、土の槍で頭が貫かれた。
 ノルンの土魔法クレイランスだ。その魔力操作の緻密さに同じ土魔法使いのケイムが驚いている。
 ランド教官が「急げ!」と短く叱咤しったし、俺たちは倒れた三匹のオークを端に寄せて洞窟に潜入した。
 トレジャーのセレスを先頭に慎重に進む。幸いに片側の壁に一定間隔でたいまつが灯されており、灯りは充分だ。

 入って一〇メートルの当たりで早くも脇に入る通路があって二手に分かれていた。
 セレスとランド教官が耳を澄ませて気配を探る。二人は正面の通路から風の流れを感じるといい、俺たちは正面の道を進んだ。
 「ストップ!」
 急にセレスがそういって足を止めた。「どうした?」と言いかけて、前方を見て言葉を飲み込んだ。
 この通路は前方の足下に大きな裂け目が開いており、その向こうに通路の続きが伸びていた。裂け目は幅一〇メートルくらいだろうか。到底、飛び越せる距離ではない。
 その裂け目から風が舞い上がる。それを見てランド教官が舌打ちし、
 「チッ。さっきの風はこいつか……。仕方ない。戻るぞ」
と小さく言って、通路を戻り、先ほどの脇道を進んだ。
 脇道は大きく湾曲してT字路に出たが、感覚的に右は先ほどの裂け目の向こうに見た通路の続きに繋がっているだろう。セレスは迷うことなく左に曲がった。

 それからしばらく進むと、セレスが腕を横にバッと伸ばし行軍を止める。気配感知にはこの先の通路に二匹のオークがいる。俺がノルンを見ると、ノルンはうなづいてハルバードを掲げ、
 「ディープスリープミスト」
と言う。前方の空気に霧が立ちこめ、その向こうでオークがへたり込む音が二つ聞こえてきた。即座に風魔法で霧を吹き飛ばして進み、眠り込んでいる二匹のオークの息の根を止める。
 通路は二方向に分かれていた。セレスがオークの血を利用して、入ってきた通路の壁に大きく矢印を描く。確かに、こうして分岐路がいくつもあるなら迷ってしまいそうだ。
 「で、どっちに行く?」
とトーマスがセレスにたずねたが、セレスは迷っているようだ。確かに見た目ではわからないし両方とも俺の気配感知の範囲に生き物はいないようだ。瘴気は洞窟内で渦巻いていてよくわからない。サクラも含めて全員が、潜入前にヘレンの浄化魔法セイント・ライトを受けているから平気だが、この濃さはデウマキナの洞窟に匹敵する。

 と、ノルンが急にしゃがんだ。
 俺は「どうした?」と言って、ノルンのの足下を見ると、そこにはくるぶしたけの小さなこびとが姿を現していた。
 「そいつは?」
と俺が尋ねると、ノルンが、
 「妖精よ」
と言う。……へえ。妖精って羽根妖精だけじゃないんだ。驚いて見ているとノルンが両手で小さな妖精をすくい上げて自分の肩に載せた。

……えっとね。左は行き止まりだよ。
 「村人たちはどこかわかるかしら?」
……うんとね。右の方だけど、結構、奥の方だよ。
 「そう。悪いけど道案内を頼むわ」
……いいよ。でもお願いがあるんだ。
 「お願い?何かしら」
……一番奥の部屋に黒い結晶があるんだけど、それを浄化するか破壊して欲しい。
 「黒い結晶?」
……うん。そこから瘴気が出てるんだ。僕ら、瘴気を浴びてるとおかしくなっちゃうから、その前に何とかして欲しい。
 ノルンが俺を見る。俺はうなづいた。
 「わかったわ。やってみるわ」

 妖精の教えてくれたことをみんなに伝えると、ランド教官は渋い顔をした。
 「黒い結晶か。……その妖精には悪いが、明日来る討伐隊に任せることになるかも知れないが大丈夫だろうか?」
……うん。あと二、三日は大丈夫だよ。
 ノルンが妖精の言葉を伝える。「二、三日はまだ大丈夫ですって」
 それを聞いてランド教官は「ギリギリのラインだな」と言ったが、ともかく妖精の指示で俺たちは進むことになった。

――――。
 こちらサクラです。
 見張り台から思いのほか長い下り階段を降りているけど、どうやらようやく分岐路が見えてきたみたい。
 分岐路にオークの気配はない。が、三方向に通路が延びている。右に一方向、左に二方向。
 これは迷ってしまいそうで危ない。
 私は下ってきた通路の壁に、妖気を練って矢印と「見張り台」の文字を描いておいた。これで一日程度は持つと思う。問題はどっちに進むかだけど……。
 気配感知を強化してそれぞれの通路を探ると、左の一方向は先に二匹のオークが見張りをしているのが感じられた。見張りがあるってことは、重要な通路ってことよね。
 私は、気配感知を頼りにオークのいる通路へと足を踏み入れた。

11 オークの洞窟へ

 教会の北東側に開いた大穴をノルンの土魔法で埋めて硬化する。これでとりあえずは安心だ。

 そのまま教会周辺の警戒を続けていると、どうやら正面の防衛ラインの闘いが終了したようで、トーマスたちがやってきた。
 「あっ、いたいた」
といいながら近づいてくるトーマスたちに、俺は、
 「正面はどうだ?」
ときく。トーマスが、
 「ジュンさんたちのお陰でオーク一四匹を残らず倒して、そのまま騎士団と冒険者とで東南側に侵攻しているところだね」
 なるほど。そのまま村の中から一掃しようというのだろう。
 セレスが、ノルンの補修した教会の壁を見て、
 「ここはどうしたの?」
ときいてきたので、さっきの闘いを説明して連れ去られた村人がいることを言うと、セレスは深刻な表情になった。
 ランド教官が、
 「俺が先に中を確認してこよう。こっちにも人を回して貰うように言うから、交代したらお前達も中に来い」
と言って歩いて行った。
 (フェリシア。村の周囲はどうだ?)
と上空のフェリシアに確認すると、フェリシアが、
 (村の中からは一掃されたみたいです。さっきマスター達が襲撃した村の東南では、マスター達の攻撃の痕跡を見て騎士と冒険者が驚いているみたいですね)
 (……やりすぎたか。まあいい。悪いけど教会の屋根で待機して周囲の状況を警戒しておいてくれ)
 (了解です)

――――。
 もともとフルール村を拠点にしていた冒険者と場所を交代し、俺たちは教会の中に入る。

 中では村人達が家族ごとに固まって、身を寄せ合っている。
 正面祭壇の前では、教会の神父と村長らしき人、そして、一人の騎士とランド教官が話し合いをしている。
 俺たちの姿を見たランド教官が手招きをする。
 「どうやら連れ去られたのは一〇人。女の子もいるようだ」
 気がつくとさらわれた人の家族だろうか。俺たちをすがるように見ている人たちがいる。
 オークに連れ去られた女性は悲惨だ。すぐにどうこうはないかもしれないが、救助が遅れれば遅れるほど危険だ。
 ノルンが青い顔で、
 「ジュン。すぐに救助に」
と言う。しかし、ランド教官が、
 「だが、お前らの依頼は村の状況確認と防衛線の維持だぞ?」
と言う。その言葉にトーマス達も何かを言いかけてやめてしまった。
 俺はすがるようなノルンとシエラの視線を受けながら、
 「ええ。ですから、討伐隊がすぐにオークのねぐらを攻撃できるように、村の周辺・・にある奴らのねぐらの探索です」
と言うと、教官は少し微笑んで、
 「わかった。……個人的にはいい判断だと思う」
と言い、村長さんらしき男性に向かって、
 「村長。奴らの居場所に心当たりはないですか?」
ときいた。しかし、村長さんはかぶりを振って、
 「いいえ。残念ですが……。最近まで目撃情報も何も無かったんです。奴らは突然現れたんです」
と言う。
 ……それはおかしいな。このフルール村は周囲を森に囲まれていて、村人の生活手段は森の恵みによるところが大きい。つまり、普段から森の様子には注意を払っているはずだ。それなのに何の兆候もなかったのは妙だ。
 俺がそう考えていると、ノルンが、
 「なら妖精に聞いてみれば良いわ」
と言った。それを聞いてランド教官が、
 「サブマスターならできるがな……。もしかして妖精と会話できるのか?」
と言ったので、俺とノルンがうなづいた。それを見てランド教官だけじゃなくて、その場にいた人々が驚いた。特にハーフエルフのアイスの驚きはひどく、
 「ええっ?私もできないのに……」
とショックを受けていた。

 村に駐在していた騎士は五人。アルの街にいるゾディアック・クルセイダーズのアクエリアス隊の分隊だ。
 その隊長さんに、俺たちはさらわれた村人の救助に向かうことを伝え、明日、アルの討伐隊が到着するまでに戻らなかった場合は伝えて貰うようにお願いした。隊長さんは、村の防衛があるために救助に行けないことを悩んでいたが、俺たちの申し出を受けてくれた。
 「君らがオークの巣の探索に向かったと必ず伝える。だから、救助は頼んだぞ」

 俺たちは村の南東側から森に入る。スキル「妖精視」の力で妖精を探すとすぐに草の上で休んでいる二人の妖精が見つかった。
 ノルンが妖精のそばでしゃがんで、
 「ねえ。お願い。オークたちの居場所を教えてくれないかしら?」
と言うと、妖精は、
……えっとね。あっちの方だよ。
……うん。岩山だよ。
 「岩山なの?」
……そうそう。でも今は瘴気がすごいから気をつけてね。
 「ちょっとまって。瘴気だって?」
 俺が驚いて妖精に問いかけると、
……最近、急に岩山から吹き出してるんだよ。
……お陰で森の木々も元気なくなってきてる。
……動物も様子がおかしいよね。
 俺は目をこらして森を見ると、確かにうっすらと黒い瘴気が森全体を覆っているように見える。
 「おいおい。まじかよ……」とつぶやきながら、俺はシエラの方を見た。
 妖精との会話が聞こえないみんなは首をかしげている。シエラは、さっき「瘴気」の言葉が出てびっくりしているようだ。
 「どうやら最近になって岩山から瘴気が流れ出したらしい。オークの巣はそこみたいだ」
と言い、シエラに、
 「奴がいるかもしれない」
と告げると、途端にシエラの表情が真剣なものに変わった。
 デウマキナでの事件。シエラの父ギリメクさんの仇グラナダも瘴気を使っていた。
 シエラの変化を見たランド教官が、
 「どういうことだ?」ときいてきたので、俺は、
 「シエラの父のかたきも瘴気を使っていたんです」と答える。
 すると、ランド教官が痛ましそうな目でシエラを見て、「そうか」とだけつぶやいた。
 妖精と会話を続けていたノルンが、
 「ありがとうね。助かったわ」
と言うと、妖精達が、
……うん。気をつけてね。
……瘴気も、オークも何とかしてくれるとうれしいな。
と言った。ノルンは、
 「任せておいて」
と言って立ち上がった。俺の方を向いて、
 「岩山の場所は知っているわ。……急ごう」
と言い森の奥を向いた。俺はその隣に行き「ああ。行こう」と言う。

――――。
 ノルンが先頭になって森をどんどん進んでいく。念のため全員に隠形の魔法のステルスがかかっているが、それ以前に森の動物の気配がほとんどない。
 今回、フェリシアは教会に待機しており異変があったら知らせてもらう手はずになっているから、岩山の偵察は自分たちでやらねばならない。
 しばらく進むと木々の間から岩山の姿が見えてきて、俺の気配察知にはその内部にいる沢山のオークの気配が察知できる。それと同時に濃い瘴気がたなびく煙のように漂っているのが見える。それをさかのぼっていくと、山腹に開いた大きな入り口から漂っているようだ。
 入り口には三匹のオークが見張りをしている。気取られないように木々の間から周囲を調べると、入り口のさらに上の方に見張り台があって二匹のオークの姿が見える。
 ランド教官やトーマス達もそれを確認して、一端、森の奥へ戻り作戦会議を行うことにした。

 「あれは天然のとりでだな」
とランド教官が言う。ノルンが、
 「確か昔は鉄鉱石の鉱山だったらしいわ」
と言う。セレスが、
 「ということは、中は複雑に入り組んでいる可能性が高いわね」
と言う。俺が、
 「最優先は捕まっている村人の救出だ。それを軸に考えよう」
と言うと、サクラが、
 「私が上の見張りを始末しながら潜入します。皆さんは入り口から入って下さい。私とマスターは念話でやりとりできますから、中で村人を見つけ次第、合流して救助、脱出でどうです?」
と言った。……ふむ。悪くはないな。ただサクラの危険度が高いといえるが、トウマさんとの修業を思えばオーク如き心配するものでもないし、こいつには忍術と妖術がある。
 しかし、ケイムが、
 「でもそれじゃ、サクラさんが危険なんじゃ?」
と心配そうに言う。こいつはケモミミ愛好者だから余計に心配なんだろう。
 サクラが、
 「大丈夫ですよ。何しろ私のクラスは忍者ですから。潜入の専門家です」
と言った。普通、冒険者間でも自分のクラスはあまり人に言わないものだが、まあ、ここにいるメンバーなら信用できるだろう。
 ランド教官が、
 「よし。サクラの案を採用しよう。サクラが上の見張りを退治したら、俺たちも下の見張りを始末して中に侵入する。第一目標は村人の救出。第二目標は内部構造の把握だ。……油断するなよ」
 「「「「はい!」」」」