29 遺跡の壁画

 ニフラムさんが、そのまま王宮の廊下を進んでいく。
 「では、このまま遺跡の方へご案内します」
 廊下を抜け階段を降りて小さな庭園を通り抜けていく。庭園の奥には小さな泉がありそこに下に降りていく階段があった。

 ランプを持ったニフラムさんは、その側まで行くと一度立ち止まる。
 「ここが海神の洞窟です。王家の聖地ですので、あちこち触られませんように」
 「はい。わかりました」
 「では、壁画の間までご案内します」

 ニフラムさんを先頭に階段を降りていく。階段の脇には泉から流れこむ小さな水路があった。
 階段を降りると約二十畳ほどの広間になっていて、その壁際の水路を水が流れていく。

 正面の壁には、魔法の光に照らされて大きな壁画が描かれていた。
 壁画は、向かって左と右とで構成が変わっている。
 左側は晴れた空が描かれており、海の中を様々な魚たちが泳いでいる。しかし、対する右側には、空は暗く稲光がひかり、海には波が渦巻いている様子が描かれている。その海の中には、どす黒く描かれた魔物が牙をむいている。
 壁画の中央付近では二人の人物が描かれている。左には海神セルレイオスと思われる引き締まった身体を惜しげもなく露わにして、三叉の銛を構える人物。右側にはボロボロの黒いフードをかぶった人物が対峙している。

 ニフラムさんが壁画の側に進んで説明をしてくれる。
 「この壁画はルーネシア建国以前よりあったものです。もともと現王家が代々守ってきた壁画だそうです。こちらの人物が海神セルレイオスです。対する不気味な人物は、残念ながら失伝しており、いかなる存在であるのかわかっておりません。セルレイオスと対峙していることから、海に生きる生物にとっても、我々にとっても敵となる存在。海の悪魔であろうと思われます」
 黒いフードの人物を見て、セレンが呻くように言葉を漏らした。
 「海の悪魔フォラス」
 フォラスか。……たしかにナビゲーションで名前だけは確認できた。「呪恨の天災フォラス」と。

 俺達は壁画の中央のセルレイオスと海の悪魔の絵に近寄って、じっくり見た。
 セルレイオスは背を向けており、顔をうかがい知ることはできない。だが、輝く金色の巻毛、広い背中、手に持つ三叉の銛。実際に会った姿より、壁画の方が若く描かれているようだ。
 対する海の悪魔には、どこか底しれない不気味さと悪意とが感じられる。……あたかもこの世のすべての生き物を呪うような。
 壁画を見ていたセレンが、フォラスについての伝承を説明してくれた。

 「はるかな昔に、海を汚し、多くの強力な魔物を生み出した存在があった。それがフォラス。……一体、どこから来たのか。いかなる力を持ち、何のために魔物を従えて海を汚したのか。一切不明な存在。こいつによって、海に生きる生物が魔物に駆逐されて行った時、セルレイオス様が降臨されて激しく戦ったと言われているわ。
 その結果、セルレイオス様がフォラスを封印し、海には生き物が戻ったとされている。きっとこの壁画は、その戦いを描いたのでしょうね。
 ちなみに、同じような壁画が、私の故国、海底王国ミルラウスにもあるわ。我がトリトン家のご先祖様も、おそらくルーネシア王家の先祖も、セルレイオス様とともに戦ったのでしょう」

 その説明を聞いたニフラムさんが、セレンにお礼を言う。
 「セレン様。ありがとうございます。この黒いローブの人物は海の悪魔フォラスというのですね。早速、陛下にお伝えいたします」
 「いいのよ。そんなに大したことでもないから」
 しばらくその壁画を拝見して、俺たちはニフラムさんにお礼を言って王宮を辞した。

――――。
 夕刻。宿には昼間の復興作業に疲れた人々が集まり、思い思いに食事を取っていた。

 俺たちも王宮から真っ直ぐにギルドに行き、ベルトニア・ギルドへの生存報告をお願いするとともに、掲示板にあった復興手伝いの依頼を受けていた。
 ……まあ、ノルンの魔法が大活躍したとだけ言っておこう。

 ビールを片手にみんなで夕食をとっていると、上品なエンジ色に金の縁取りのあるフードをかぶった若い女性が、俺達のテーブルにやってきた。

 「こんばんは。……ちょっといいかしら?」
 「ん……?。ああ。いいよ」

 女性は、一声ことわって隣のテーブルに座った。フードからのぞく顔はノルンたちに負けないくらい美しい。歳の頃は二十二、三才だろうか。
 光沢を帯びた銀色の長い髪。色白のほっそりした指に、宝石のついた指輪をいくつもしており、金色の腕輪を手首にかけている。

――占い師????――
 妙齢の女性の占い師。??が世を忍ぶ仮の姿。

 誰? この人。
 「貴方たちが、うわさのハーレムパーティーね。……私は、占い師。名前は何でもいいわ」
 占い師はそういっていたずらっぽく笑いながら、俺の顔を見つめた。そして、なぜかノルンに笑いかけた。
 「それにしても、本当に美しい女性ばっかりね。……みんな、あなたの愛人? 夜の方も凄いのかしら?」
 「い、いや。愛人っていうか。……婚約者さ」
 「へぇ……。でも、いい子ばかりね。それに仲が良くて、あなたを愛しているのね……。ふふふ。ご馳走さま」
 そう言って、占い師はあでやかに笑った。
 「ああ、ありがとう。……で、何の用かな?」
 「ええ。英雄・・の運命を占ってみたくてね。お代はいらないから、占わせてくれないかしら?」
 その一言に俺は警戒した。英雄だと? 俺たちがムシュフシュと戦ったのは誰も知らないはず……。この占い師は一体?
 俺は思わず、みんなの顔を見ると、サクラが元気よく、
 「はいはーい! 占って欲しいです!」
と手を上げた。思わずガクッとなってしまったが、まあ、いいか。
 「じゃあ、お言葉に甘えて占ってもらおうかな。……お代は?」
ときくと、占い師は、
 「あら。こんなにお嫁さんを持つくらいだから、それくらいの甲斐性はあるのね。……ふふふ。これはサービスよ。私も別にお金に困っているわけじゃないのよ」
 「そうか。なんだか悪いな」
 占い師は微笑みながら、肩からかけていた鞄から水晶玉を取り出した。

 ノルンがその水晶玉を見て、女性の顔を不思議そうに見ている。
 「ふふふ。なあに? 私の顔になにか付いているかしら?」
 ノルンの視線に気づいた占い師が、ノルンに笑いかける。
 「い、いいえ」
 ノルンは口ごもり、それでも占い師の顔を見つめていた。占い師は微笑んで、
 「ふふふ。まあいいわ。じゃあ、みんなでこの水晶玉をじっと見つめてね」
 「あ、ああ」
 俺は水晶玉をじっと見つめた。六人の男女が一つの水晶玉をじっと見つめる。きっと他の人からは異様な光景に見えただろう。
 占い師も反対側から水晶玉をじっと見つめる。
 「ふむふむ。……なるほどね」
 占い師はしばらく考えこんで、ふいっとヘレンの方を向いた。その目は真剣だ。
 「ここで私があなたたちに言えるのは一つだけね。……ヘレンちゃん。いい? よく聞いてね。あなたの運命の時が近づいているわ。アークに行きなさい。絶望の中にあっても愛を忘れては駄目よ」
 ヘレンだけ? と一瞬思ったが、占いの内容を聞くと俺は気を引き締めた。
 聖女ローレンツィーナ様の予言を思い出す。

――聖女に育てられし真紅の髪の少女。人魔の戦争にて邪悪な影に殺される。
――創造神の祝福を持ちし黒髪の男に導かれ聖女となり、一〇〇〇年の悲しみをとめるだろう。

 「アークか……」
 ヘレンが遠い目をして、アークのある東のほうを向くのだった。
 あの向こうにヘレンの運命の地がある。

 じっと東を向くヘレンを見ながら、俺は改めてヘレンを守り抜くぞと決意を新たにした。

28 パトリス国王との謁見

 朝食を採っていると、突然、宿の娘さんが慌てたようにやってきた。
 「ジュンさん! 王宮から使者が来ています!」
 「お、王宮から?」
 俺達は突然の知らせに思わず腰を浮かせる。
 「はい! 一緒に馬車にのって来て欲しいそうです。」
 昨日、入国管理局で説明したばかりというのに、思ったより早いな。驚きながらも、娘さんの後ろからやってきた男性を見上げると、
 「ジュンさんですね? ルーネシア王宮の侍従長をしております。ニフラムと申します。恐れいりますが、ギルドカードを確認させてください」

 俺たちはギルドカードを提示すると、ニフラムさんの案内の通りに馬車に乗り込んだ。
 本格的な復興は今日からだろう。いまだに惨状の生々しい街なかを馬車が進んでいく。
 俺は不安になって、ニフラムさんに、
 「謁見なんて初めてなんですけど、こんな服装でいいんですか? ……それに礼儀作法もさっぱりですが、大丈夫ですかね?」
 ニフラムさんは微笑みながら、
 「ああ。大丈夫ですよ。ルーネシアの王族の方々は、そういうことを気にされないというか、フレンドリーですので」
 「そうですか。それならありがたいですね」

 そうして俺たちはルーネシアの王宮に案内された。
 どうやら王宮内には結界が張ってあったようで――ノルンが感知した――、街とは対照的に王宮内は美しいままだった。
 南国ムードのただよう美しい中庭を見ながら、ニフラムさんの後について回廊を歩く。
 とはいえ、謁見を控えて緊張に包まれた俺たちには、王宮の景色や調度品を味わう余裕など無く、まっすぐ歩くだけで精一杯だ。

 大きな扉の前に来ると、ニフラムさんが衛士に合図する。
 「それでは……これから陛下と謁見します。私と同じように膝をついてください」
 「わかりました」

 外の衛士が中に合図すると、内側で待機していた衛士が、
 「冒険者ジュン殿の一行が入ります!」
と言っているのが聞こえた。
 目の前で、扉がゆっくりと開いていく。ニフラムさんが一礼して部屋に入っていき、俺たちもそれにならって中に入った。
 謁見の間の王座には一人の壮年の男性が座っており、その隣には同じくらいの年頃の美しい女性が座っていた。
 手前でニフラムさんにしたがって、俺たちも膝をつく。

 「陛下。ランクC冒険者ジュン殿の一行です。……さ、ジュンさん。お一人ずつ、お名前を申し上げてください」

 「はい。お初にお目にかかります。リーダーのジュン・ハルノです」
 俺は膝をついたまま顔を上げて言上する。つづいてノルンたちが一人ずつ挨拶を申し述べた。
 一通りの挨拶を終えると、国王が、
 「うむ。よく来てくれた。私が国王のパトリス・ルーネシアだ。こっちは妻のサマンサ。……時にセレン殿はもしやトリトン王家の者では?」
 やはりこの方がトリスタン船長の兄だ。あの船長が年を取ったらこのような顔になったのだろう。
 それに、セレンの名前を聞いただけでミルラウスの姫と看破かんぱするとは、この王様はなかなかするどい。……いや、同じく海の国だ。知っていてもおかしくはないか。
 セレンは優雅に微笑み、
 「はい。そうですわ。陛下」
 「やはりそうであったか。この出会いを海神セルレイオス様に感謝しよう。……我が国を苦しめていたあの化け物を、海竜王様とミルラウスの軍が退治したと報告が来ている。ありがとう」
 そう言って国王はわずかに頭を下げた。それを見たセレンが慌てて、
 「いいえ。私は姫の一人にすぎません。陛下が頭を下げられる理由はございませんわ」
と申し上げるが、国王は笑いながら、
 「いや。これはそなただけでなく、ミルラウスの全ての方に対する私の率直な気持ちだ。……あのままだと我が国が滅んでいたかもしれぬ。本当に感謝しているよ」
 「陛下。海に生きる者は互いに助け合うものです。ですが、そのお気持ちはありがたいと思います」
 セレンの言葉に、「うむ」とうなづいた国王は俺の方を見て、
 「今日呼んだのは他でもない。入国管理局より報告があり、是非とも我が弟トリスタンの話を直接聞きたかったのだ」
と述べられた。俺は、
 「かしこまりました。あれは私どもがエストリアのベルトニアで鮫退治に出発した後のことです。――――(説明中)――――最後に私どもは、殿下よりイリーシャに殿下の日記を渡すように依頼を受けてございます」
 経緯を申し述べると、パトリス国王はまるで黙祷するかのように、目をつぶってしばし沈黙した。
 やがてゆっくりと口を開き、
 「そうか。そうであったか。トリスタン……。三十三年もお前は海を漂っていたのか」
と寂しそうにつぶやいた。
 ノルンが、アイテムボックスから日記を取り出し、
 「陛下。トリスタン殿下の日記はこれでございます」
と言って、ニフラムさんに日記を渡した。
 ニフラムさんは日記を押し戴き、ぱらぱらっと中を確認してから、壇上の陛下のところへ持って行った。
 パトリス陛下は目を細めて、大切そうに表紙をなで、
 「確かに、この日記帳は私とトリスタンが子供の頃に母よりもらったものだ」
とつぶやき、そっと中を開いた。
 しばらく日記に目を通されているうちに、陛下の目から涙があふれる。
 「トリスタン……。私たちは待っていたのだ。お前がイゾルデ嬢を連れてくるのを。……だが、まだ終わってはおらぬ」
 陛下は日記の最後を読むと、再びニフラムさんに手渡し、ニフラムさんがノルンに日記を渡した。
 「その日記は、そなたたちがトリスタンより預かったものだ。……どうか、そのイリーシャという方に渡してくれ。そして、イリーシャ殿にルーネシアに来ていただきたい」
 陛下は、そばの侍従に何事かを告げ、俺たちに依頼をした。
 「そなたたちに私たちからも依頼をしよう。明日までに手紙を預けるので、それをイリーシャ殿にお渡しして欲しい」
 俺は頭を下げ、
 「陛下。謹んでお受けいたします。……我々もトリスタン殿下とイゾルデ様の物語を、最後まで見届けたく思います」
と申し上げた。国王は微笑みながら、鷹揚ようようにうなづき、
 「うむ。頼んだぞ。……おっと、そうだ何か報酬を渡さねばならないな」
 報酬。その言葉を聞いて、俺達は思わず隣に並んでいるみんなの顔を見た。小さい声でノルンがつぶやく。
 「ジュン。遺跡にある壁画」
 ノルンの声が聞こえたのだろう。みんなも小さくうなづいている。
 「陛下。一つお願いがあります。この王宮の北側に遺跡があると聞きます。そこにある壁画を拝見したいのです。」
 「む? 北側? 海神様の洞窟か? ……あそこは王家の聖地とされていて、立入禁止となっているんだが……、よかろう。それほど広い遺跡ではない。ニフラム。後ほど案内せよ」
 「はい。かしこまりました」
 「うむ。ではな。よろしく頼んだぞ」
 「ありがとうございました」
 俺たちはパトリス陛下にお礼を申し上げると、ニフラムさんの後について謁見の間から退出した。

27 ルーネシアの夜

 ギルドカードを提示すると、俺たちの所属がエストリア王国だったので驚かれたが、結局、この後でまとめて説明することにした。ちなみにセレンはギルドに登録していないのでカードの提示はできなかったが、(外行き用の)ミルラウスの身分証明書があったので問題はなかった。
 管理局の受付を通り奥の会議室の一つに案内されると、早速、いままでの経緯を説明することになった。

 ベルトニアでサメ退治の依頼を受けたこと。漁師の船で海に出てサメと戦ったこと。
 一匹目のサメを退治したら、バカでかいサメが現れたこと。
 そして、その後、霧に包まれて幽霊船セルレイオスと遭遇したこと。船での幻影と船長トリスタンとの会話。そして、トリスタンの日記のこと。それから、いつのまにかボートに乗っており、嵐に遭難したこと。
 ここからは事前にみんなと打ち合わせたとおりに、無人島パラディーススのことや海神の聖域のことは内緒にして、かわりに嵐の中でたまたまテーテュースに乗るセレンに助けられたことにして、トリスタンの最後を伝えるためにルーネシアに向かったことにした。

 管理局の人は、船喰いと呼ばれるバカでかいサメの話を聞いて、心底驚いた様子だった。どれくらいの大きさで、どの辺りに出没したのかをしつこく質問されたが、どうやら超大型のサメで、正式にはギガシャークというらしい。通常は深海にいて、めったに浅いところには出てこないそうだが、暴れ出したら深刻な被害が出てしかも生存者がほとんどいないために襲われたことすらわからないことが多いらしい。

 そして、セルレイオスの話になると、管理局の人はひどく神妙な面持ちとなった。……特に船長。ルーネシア現国王の弟であるトリスタンとの会話になると、しばしばと遠い目をしていた。

 「トリスタン様は三十年近くも海をさまよって……」

 管理局の男性はそうつぶやいて、ノルンが証拠として見せた日記の表面を大切そうに撫でていた。

 「この日記は、トリスタン様から君たちが預かったものだ。是非、トリスタン様の依頼を達成して欲しい。……それとこの件はすぐに王宮に報告することになる。まず間違いなく、君たちにも呼び出しがあると思うから、できたら滞在先を教えて欲しい」
 管理局の人の言うことはもっともだ。王宮への報告となればトリスタンの日記に出ていた壁画を拝見するチャンスがあるかもしれない。こちらとしても願ったりだ。
 「申し訳ないですが、俺たちはルーネシアのことを知らないので、むしろおすすめの宿を指定してもらえればそこに泊まりますよ」
と言うと、マリンブルーという一軒の宿を紹介してくれた。別の管理局の人に知らせて、先に宿の部屋を予約してくれるらしい。ラッキーと思ったが、よく考えたらトリスタンの日記を持つ俺たちを粗末に扱うわけにはいかないのだろう。

 特段、船から積み荷を降ろして商売するとかはないので、入国に当たっての審査はこれで終わった。
 早速、おすすめの宿マリンブルーに向かって港前大通りを歩いた。

 「おや? 宿屋マリンブルーへ、いらっしゃい!」
 宿の扉を開くと、よく日に焼けた若い女性が一階の食堂の掃除をしていた。暴風と高波が襲ったのだろう。あちこち土砂やら、吹っ飛んだイスやらでひどい有様だ。
 こんな時に悪いなぁと思いつつ、
 「ああ。宿泊を頼む。……これ。よろしく」
と管理局でもらった書状を手渡した。
 「管理局の……。わかったわ。今日の分は費用も管理局持ちとなるわ。でも食事代は別。それと明日以降は一泊二日朝食付きで、一人一万ディールになるわ」
 「わかった。とりあえず……そうだな、二週間分を先に支払おう」
 俺がお金を渡すと、若い女性――娘さんらしい、が、
 「あの嵐の中をよく無事に航海できたわね」
と感心していた。

 二週間分を支払った俺たちは、食事を済ませた後、部屋に備え付けの風呂で体を洗った。お風呂から出た後は急激な眠気に襲われ、何をすることもなくベッドに突っ伏した。

 この街の惨状では観光とは行かないだろう。とりあえず明日はゆっくりしてからギルドに挨拶に行こう。
 俺は、そんなことをぼんやりと考えながら、深い眠りに落ちていくのだった。

――――。
 夜半過ぎ。ジュンの部屋。

 今日は疲れているだろうからということで、ノルンの采配により、珍しくジュンは一人部屋だった。

 窓からは嵐の後の澄み切った夜空が広がっている。
 空には半月が浮かび、港大通りに面した宿屋マリンブルーからは、月の光に照らされて眠る夜の港を見渡すことができる。
 ようやくの晴れ間となったが、今日ばかりは人々も復興よりも、ようやく訪れた平穏な夜に安堵して静かにしている。今はただ波の音と波止場に停泊している船が揺れる音だけが聞こえる。

 不意にジュンの部屋の中で何かが動いた。

 体長五十センチくらいの黒い猫だ。暗がりの中でその瞳だけが浮かぶように光っている。
 猫はゆっくりとベッドの側まで来ると、ひょいっとベッドの上に飛び乗る。
 ベッドの上では、風呂上がりのジュンがシャツとパンツの下着姿で仰向けになっている。マッチョというわけではないが、しっかりと筋肉のついた胸が寝息とともに上下している。

 猫はジュンの顔の側まで進むと、しばらくじっと寝顔を見ている。
ゆっくりと両目を閉じ、再び目を開くと、ジュンの顔をピチャピチャとめだした。

――――。
 「う、う~ん。……ん? ひゃっ」

 何かが顔を撫でている感触に、眠りに沈んでいた意識が浮かんでくる。ぼうっとしながら何となく目を開け、はっと跳ね起きた。そっと顔をさわるとれている。

 俺がゆっくりと振り返ると、そこにはちょこんと一匹の黒猫がたたずんでいた。
 「ニャー」
 黒猫が一声鳴く。優しく黒猫を抱き寄せて膝の上に座らせると、。黒猫と目が合った。
 「どうした? サクラ? 突然びっくりしたぞ」
と声を掛けるながら、黒猫サクラの喉を撫でてやる。サクラは気持ちよさそうに目を細めると、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 (マスター。……私、発情期が来ました)

 サクラの念話に、一瞬、ジュンの指が止まる。その止まったジュンの指を、サクラはぺろぺろと舐めだした。
 俺はサクラのつややかな毛をそっと撫でると、サクラはブルブルッとふるえる。俺はそっと微笑んで、サクラを床に下ろす。
 「おいで」
と短く言うと、喜びに満ちた念話が送られてくる。
 (はい! マスター! ……変化!)
 サクラはいつもの美少女の姿に変化する。今は、薄い長襦袢のような寝衣を一枚だけ羽織っている。広く胸元が広げられており、月の光に照らされた胸元が艶めかしい。
 サクラはゆっくりとベッドの上に乗ると、俺の隣できれいな正座をした。そろえた膝の前に両手をついて、
 「ふつつか者ですが、末永くご寵愛ちょうあいたまわりますようにお願い申し上げます」
ときれいな姿勢で「真」のお辞儀をしてきた。
 ふふふ。やっぱり妖怪には日本の礼儀作法やら文化が伝わっているようだ。俺は感心しながらも、
 「こちらこそ。よろしく頼む」
と言うと、サクラはゆっくりと顔を上げた。その顔は発情期を迎え、すでに赤く興奮しているようだ。
 そのままサクラを抱き寄せてベッドの上に倒れ込み、ゆっくりとその唇を奪う。
 唇を離し、組み敷いたサクラの上気した顔を見ながら、
 「サクラ。これからも俺のそばにいてくれ。ノルンたちとともに」
というと、サクラはにっこり笑い俺の首に腕を回し、
 「はい。マスター。私の身と心はマスターのために」
と俺を引き込んだ。
 再び唇を重ね、窓から差し込む月の光が見守る中、俺はサクラと結ばれた。

 行為の後のどこかけだるい雰囲気のなか、サクラがいとおしげに俺の胸に頭をすりつけ、
 「マスター。……大好きです。愛しています」
と言う。
 「サクラ。俺もだよ」
 俺の言葉を聞いたサクラは、えへへと笑いながら、恥ずかしそうに鼻から下を布団で隠した。
 「私。人族と比べると長く生きてきたんですけど、そのぅ。本番は、初めてで……」
 普段のエロに走りがちな雰囲気とは違うサクラに、
 「かわいいよ」
と、再び強く抱き寄せて唇を奪い、そのまましなやかな体を求めた。

――――。
 部屋に朝の光が差し込んできた。

 「コンコン」
 部屋のドアを誰かがノックする。

 しかし、俺とサクラは気づかずに、穏やかな寝息を立てて眠っていた。

 ノックの音が止まると、鍵がかかっていたはずのドアが静かに開き、四人の女性がゆっくりと入ってきた。
 ベッドを取り囲んだ四人はそっと掛け布団をつかむと、

 「起きなさい!」「起きろー!」
 大きな声とともに掛け布団が引きはがされ、俺とサクラは裸のままでビクッと飛び起きた。
 「うわっ!」「きゃっ!」
 跳ね起きた俺たちは慌てて体を掛け布団で隠そうとするが、手元には見当たらず、あわあわと手で大事なところを隠した。
 顔が真っ赤になっているのがわかる。

 ノルンとヘレンは俺たちを見て楽しそうに笑い出し、シエラは「キャッ」と言いながら、両の手で自分の目を覆い、真っ赤になって、指の間からチラチラとのぞき見ている。
 セレンも顔を赤くしつつも、「うふふ」と声を漏らして舌なめずりしながら、俺の体をじっくりと観察していた。
 な、なんだこの見世物は。
 「早く布団をとってくれよ!」
とノルンに訴えると、ノルンとヘレンが布団をかけてくれた。
 サクラは真っ赤になって、鼻から下を布団で隠して、目の前にいる四人の女性をキョロキョロと見渡している。

 「サクラったら、昨夜は抜け駆けね」
 ノルンが、目をキョロキョロさせているサクラに笑いながら話しかける。サクラはそれを聞いて、すぽんと頭から布団を被り、布団の中から返事をした。
 「ふわぃ。すみません。……発情しちゃいました!」
 それを聞いたノルンは笑いながら布団をめくり、サクラの顔を出すと目を合わせる。
 「ふふふふ。……いいのよ。どうせ貴女の順番だったしね」
 横から、ヘレンが笑いすぎて目尻から出ていた涙をこすりながら、俺に、
 「ノルンも私もご無沙汰だから、早いうちにお願いね」
 それを聞いていたシエラが慌てたように、割り込んでくる。
 「あっ! ジュンさん。約束です。宿に着いたら抱いてくれるって!」
 シエラ! ここでそんなことをばらすな!
 思わず、浮気がばれた駄目男のように落ち着かなくキョロキョロしている。と、ノルンが俺の頭にチョップをしてきた。
 ……ポスッ。
 「はいはい。落ち着きましょう。貴方はどっしり構えていなさいな。……いいわね」
 「あ、ああ。……悪い」
 その様子を見て、また四人の女性は笑い出した。
 ヘレンが背伸びをして、
 「さあってと、じゃあ先に食堂に行っているから。着替えて来てね」
と先に部屋を出て行くと、ノルンたちもそれについて出て行った。
 ベッドの中で取り残された俺とサクラは、真っ赤になったままでお互いを見つめ合い、そして、ふへぇぇと大きなため息をついて、脱力するのであった。

26 ルーネシアへの入国

――――。
 ルーネシア国王パトリスは、突如として何かが爆発するような音がして慌てて執務室の窓から空をのぞいた。
 「な、なんだあれは!」
 王国をずっと覆い尽くしていた雨雲が吹き飛ばされ、晴れ間が見えたと思ったら、その真ん中に翼を持った巨大な蛇の化け物がいたのだ。

 「陛下! 危険です避難して下さい!」
 慌てて侍女や騎士たちが執務室に入ってくるが、パトリスはそれを手で制した。騎士団長と侍女長も急いで部屋に入ってくる。
 「よい。あのような化け物がいてはどこにいようと無駄だ」
 「しかし!」
 「よい! それより皇太子らを避難させよ。……私はここで何が起こるのか見届けたい」
 パトリスがそう言うと、侍女長も騎士団長もぐっと唇をかんだ。騎士団長が、
 「お前たちは皇太子殿下らを急いで避難させよ!」
とそばの騎士に命じる。「「「はっ!」」」と短いいらえがかえり、三人の騎士が執務室から出て行く。
 騎士団長が、
 「陛下。では私もご一緒申し上げます」
と言うと、陛下は苦笑いしながら、
 「うむ。まさかあのような化け物が頭上にいたとはな」
と言って、イスを窓際に持ってこさせて座った。
 ここからではよく見えないが、まばゆく光る何かが蛇の化け物と戦っているようだ。時たま赤い炎がきらめいているのがわかる。
 突如として、海の方から凄まじい光線が放たれた。
 その衝撃がビリビリと王宮の窓を揺らす。それを見て騎士団長が驚いて、
 「な、なんだあの魔法は!」
と小さく声を漏らした。
 すると、今度は巨大な蛇の化け物が何かに吹っ飛ばされるように、一直線に海の方へと吹っ飛んでいく。いつの間にかその身の半分ほどが断ち切られている。
 「まさかあれと戦っている者がいるのか?」
と騎士団長が呆然とつぶやいた。パトリスは祈るように、
 「もしそうなら神であろう。……ならば我らはまだ見捨てられてはおらんということよ」
と言った。
 しばらくすると王宮の上空から幾重いくえもの光輪が、まるで波紋のようにどこまでも広がっていく。その神々しい光景に、パトリスと騎士団長、その場の人たちが一斉に床の上にひざまづく。
 「「おお! 神よ!」」
 手を組んで祈りを捧げると、ひときわまばゆい光が世界を覆った。
 「へ、陛下! あの化け物がいなくなっておりますぞ!」
 騎士団長の言葉に海の方へと視線を向けると、確かにそこにいたはずの黒い蛇の巨体は姿形すがたかたちを消していた。
 「たすかったのか?」
 呆然としながらそうつぶやいたパトリスは、慌てて侍女長に命じる。
 「宰相の所へ行き、状況の確認と被害状況を調査しろと命じておいてくれ!」
 「はいっ!」
 慌てて走って行く足音を背中に聞きながら、パトリスは空を見上げた。
 「はは、は。……奇跡だ! 神の奇跡だ!」

――――。
 まだ嵐の影響で濁った海の上に純白のテーテュースが浮かんでいる。

 ノルンと一緒にその甲板に降り立つと、すぐに船長室からサクラを先頭にみんなが飛びだしてきて抱きついてくる。
 「マスター! お帰りなさい!」「心配したじゃない!」「良かったです!」
 出遅れたセレンが笑いながらやってきて、
 「ふふふ。私も。えいっ」
 その様子をノルンが横で微笑みながら見ていた。

 船長室に戻って、俺は仰天した。
 なにしろ船舵が無くなっていて、代わりにスクリーンの前にイスが並んでいるんだよ。
 あとでサポートシステムに確認すると、船長室が戦闘指揮所に展開したとのことで、思わず遠い目をしてしまった。
 空を飛んだのはヘレンたち三人の持つ神竜王のブレスレットのお陰らしい。
 エネルギー残量が一〇%を切ったということで、ノルンが宝玉に聖石の力を充填するために中甲板へ向かった。
 嵐と戦闘の余波で、海は時化しけ状態だが、立ちこめていた暗雲がきれいに晴れ、風も穏やかになっている。
 目標のルーネシアもすぐそこ。早速、サポートシステムに命じて帆を張ってルーネシアに向かった。

 船長室でみんなとムシュフシュとの戦いを振り返っていると、メインマストの一番上にいるフェニックス・フェリシアから念話が入った。
 (マスター・ジュン。三隻の船が近づいてきます)
 (船? わかった。ありがとう)
 早速、窓から正面をのぞくと確かに三隻の帆船がルーネシアの港からこっちに向かっている。
 広げられた帆には南十字星にしゃちの紋章がついているようだ。あれがルーネシアの国旗だろうか。
 不意にノルンが、
 「ねえ。ちょっと思ったんだけど。ムシュフシュと戦ったのが私たちだと知られたら大騒動にならないかしら?」
とぼそっという。途端にその場が静かになった。

 ……ヤバイね。間違いなく大騒動になるね。っていうか、こんな船に乗っている時点で騒動になりそうだ。俺たちは自由な冒険者でいたい。決して勇者とか英雄にはなりなくないんだ!
 ノルンに、
 「見られたかな?」
ときいてみると、ノルンは右手の拳を可愛らしく握って額に押し当てて考え込んだ。
 「……私とジュンは大丈夫だと思うわ」
 ヘレンが、
 「テーテュースは?」
とおそるおそる言うと、ノルンはにっこり笑い、
 「見られてる可能性あるわね」
と言った。まずい。まずいぞ。それは! しかも急いで対応を決めないとルーネシアの船が来てしまう。
 黙り込んでいたセレンが、
 「じゃ、こうしましょ。……この船はミルラウス王家所属ってことにしといて、何か聞かれたら国防機密ってことでどうかしら?」
 「おおう! ざっくり来たな!」
と突っ込むと、セレンは、
 「大丈夫だと思うわよ。ムシュフシュも海竜王さまとミルラウス軍が退治したことにすればいいじゃないかしら」
と笑った。ううむ。そうか? 確かに海竜王とマーメイドたちが戦ってくれたが……。
 俺が言いよどんでいると、ノルンが俺の肩を叩く。
 「それしかないわね。みんなもいい? この船はミルラウス所属にしておくこと。ムシュフシュは海竜王とミルラウス軍が退治したことにします」
 「わかったわ」「「はい! ノルンさん」」
 ヘレンたちも納得したようだ。俺も「わかった」と言う。
 セレンは思い出したように、
 「あっ、それから私がミルラウスの姫だってのは内緒でね? めんどくさいから」
と言う。ああ。それはわかる気がする。だが……、
 「それなら船長はセレンにしておいた方がいいな。俺たちは所属がエストリア王国になってるから」
と言うと、セレンが少し考えて、
 「仕方ないわね。でも代理にしておいて。海神様があなたに与えられた船だから、船長は秘密でもいいけれどジュンがなるべきよ」
と肩をすくめた。一連の会話を聞いていたサポートシステムが、
 「それでは本船の船長代理をセレン様に設定します。なおミルラウス王家のトライデントの紋章を船首と船長室に設置し、メインマストに旗を掲げます」
と告げる。すると、船長室の後ろの壁がガコンと引っ込み、そこにトライデントをかたどった銀製のプレートがせり出した。

 それから少しして、ルーネシアの船が近づいてきて、
 「こちらルーネシア王国入国管理局です。そちらの船は停船して下さい」
と呼びかけられた。拡声の魔法か魔道具だろうか。
 俺が指示するまでも無くサポートシステムが船を停船させると、一隻の管理局の船がすぐ横までやってきた。残りの二隻はテーテュースを挟むように少し離れた位置で待機している。……って、これ警戒されてるよね?
 船長室から甲板に出ると、管理局の船の船べりに制服を着た男性が現れ、
 「失礼する。さっきまで化け物が暴れていたが、そっちの船は大丈夫か?」
と声を掛けてきた。
 どうやら俺たちが戦っていたとは悟られていないようだ。
 俺は内心で胸をなで下ろし、
 「ああ。かなり揺れたが大丈夫だ。……まさか海竜王様が現れるとは思いもしなかったよ」
というと、男性はうなづき、
 「そうか。あの攻撃は海竜王様だったのか。……すまぬが所属を教えてくれ」
 「こっちはミルラウス王家の所属だ」
 「な、なに! ミルラウス王家所属? ま、まさか王族の方が?」
 「いや。乗船はされていないよ。ただちょっと用件があってね。ルーネシアに入国したいんだがいいだろうか?」
 男性は慌てた様子で、
 「ちょっと待ってくれ。すぐ港に連絡するから!」
と引っ込んでいった。ばたばたと甲板を走る音が聞こえ、すぐに戻ってきた。
 「了解だ。この船が先導するからついてきてくれ。……君が船長でいいのか?」
 そこへセレンが割り込んできた。
 「船長代理は私よ」
 優雅な足取りで俺の隣に歩いてきたセレンは、男性を見上げて、
 「船長代理のセレンよ。先導をよろしくね」
 そういってセレンが笑いかけると、なぜか男性は頬を赤らめて、
 「わ、わかった。ではついてきてくれ」
と言って再び甲板に引っ込んでいった。

 ルーネシア入国管理局の船に囲まれながら、テーテュースが首都ルーネシアの港へ入っていく。
 三日間も暴風雨にさらされて、街全体はすさまじい被害を受けたようだ。道路にはどこから飛んできたわからないような木材や土砂が積もり、街路樹が折れ、建物の屋根が吹き飛んでいるところもあるようだ。
 ムシュフシュを倒してようやく嵐が終わり、人々がおそるおそる街中に出てきている様子が見えた。
 これは復興するのに時間がかかるな。

 指示をされた桟橋に停泊し、タラップをみんなで降りていくと、先ほどの入国管理局の男性が待っていた。
 先ほどは急用だったのでセレンの恰好も上はビキニトップだったが、今はノルンから古代ギリシア風のゆったりした服を借りて身につけている。

 ちなみに俺たちがいない間のテーテュースは小さくしてアイテムボックスに収納というわけにも行かないので、サポートシステムに命じて封印状態としてある。ごく狭い範囲の結界を張り俺たちのほかは誰も乗船できないようになっている。

 俺たちは男性に連れられて、入国管理局の建物へと入っていった。

25 響き合う力

 「大丈夫か!」
 海に落ちたテーテュースに念話を送ると、サポートシステムが、
 「こちらの損傷はありません。乗員も無事です」
と伝えてきた。

 海竜王リヴァイアサンが現れたことにも驚いたが、どうやらミルラウスの人魚たちも応援にやってきたようだ。
 戦いが終わったらゆっくり話をしたいところだが、まずは呪恨の天災フォラスとムシュフシュをどうになしなくてはならない。
 俺の横にノルンとフェリシアがやってきた。その時、リヴァイアサンのブレスを受けたフォラスが、
 「面白くなってきたところで邪魔な奴が来たな。……この場は失礼しよう。相手はこいつに頼んでおくから、楽しんでくれ! ふはははは!」
と笑い声を上げ、
 「瘴呪!」
 フォラスからひときわ濃い瘴気の塊がムシュフシュめがけて放たれた。ムシュフシュが瘴気を浴びて、不気味に赤黒く脈動しながら光る。
 あの現象は……、フルール村のオークキングの時と一緒か?
 慌ててノルンが二つの魔方陣を空中に作り上げると、即座に、
 「逃がさないわ! ……メギドフレイム!」
 銀光を帯びた真紅の炎が上空のフォラスに飛んでいくが、炎が到達する直前に、フォラスは姿をすっと消えた。
 「ふははははは」
 虚空こくうに笑い声だけが響き渡った。

 いまだに吹き荒ぶ風の中を、俺とノルンはムシュフシュと対峙した。
 眼下の海では、海竜王リヴァイアサンが再び海に潜り、人魚たちの光を率いて南方へと遠ざかっていった。
 って、まだ敵がいるんですが? ……まさか俺たちに任せたってことか?
 そう思いながらフレイムエレメントソードを構え直して、ムシュフシュに向き直った。
 カッ!
 ムシュフシュから黒い光が周囲に放たれ、その咆吼ほうこうが音の波動となって響き渡る。
 「くるっ!」
 黒い瘴気を口から吹き出しながら、顎を開けて俺たちの方へと突進してくる。俺とノルンとフェリシアは左右に分かれてそれをかわす。
 フレイムエレメントソードに聖石の力をまとわせ、切りつけるが斬撃がことごとく鱗で跳ね返される。
 「どんだけ固いんだよ!」
と悪態と付きながら距離を取る。反対側ではノルンが魔法を連発しているが、こちらも衝撃は与えるが思いのほかダメージは与えられていないようだ。
 一端距離を取り、少し高いところまで昇った。
 「もっと力を!」
 フレイムエレメントソードにまとわせた力を、さらに一段階上げた。全身からあふれ出る光が剣に集約していく。
 ピキッ。パリンッ。
 次の瞬間、剣が粉々に砕け散り粉々になって空に散っていった。
 くそっ。耐えきれなかったか! ……どうする? 
 動きを止めた俺の脇を、フェリシアが炎の矢となって突進してムシュフシュの後頭部に襲いかかり、そのままルーネシアの上空から海上まで押し込んでいった。
 隣にノルンがやってくる。
 「ジュン。海神セルレイオス様の言葉を思い出して」
 「セルレイオス様の言葉?」
 そう聞き返すと、ノルンは、
 「――聖石の力を共鳴させて、と」

 目の前では海面のテーテュースから、魔法の対空ミサイルが次々に発射されムシュフシュに襲いかかる。爆風が次々に上がり、その煙に紛れてフェリシアが四方八方から攻撃を加えている。

 「しかし、どうすれば……」と言いよどんだ俺だったが、ノルンが俺の左手をとって、
 「私にもわからないけれど、やってみましょう!」と言った。
 ノルンと向かい合って浮かび、両手をつないで目を閉じる。
 俺の中の聖石の力がまばゆい光を放っているのが見える。そして、同じ光が向かい側のノルンからも感じられる。
 俺の中の聖石とノルンの中の聖石が互いを照らす。神力が波動となってあふれ出すと、同じようにノルンの聖石も波動を放つ。互いの波動と波動とが重なり合う度により強い波動となって増幅する。無数のさざ波が集まり、重なって大きなうねりとなっていく。
 ゆっくりと目を開けると、俺とノルンを中心に光の波紋が幾重にも広がっていた。
 長い時間そうしていたように感じたが、一瞬にも満たない時間しか過ぎていない。
 「世界が輝いて見えるわね」
 ノルンがつぶやいた通り、空や海、雲に島々……、あらゆる存在が光り輝いて見える。その光の中で一箇所だけ黒い染みが広がっている。ムシュフシュだ。
 ……これが、聖石の共鳴。

 俺は右手をノルンから離してムシュフシュの方へ差しのばす。ノルンが左手を同じように差しのばした。
 「「浄化せよ!」」
 ノルンと異口同音に世界に命じる。俺の右手とノルンの左手から増幅された聖石の力がらせんを描く光線となって巨大なムシュフシュの体を覆い尽くす。
 黒い染みのように見える瘴気がどんどん浄化され薄くなっていく。
 「ギョ、ギョイィィ……」
 ムシュフシュの鳴き声が徐々に消えていき、その姿が消えると同時に完全に途絶えた。

 俺とノルンは光の放出を止めて、もとのように手をつなぐ。
 向かい合って微笑みながら、
 「「世界に祝福を」」
と宣言すると、光の波動が俺とノルンから周りの天地に広がって行った。

 空の暗雲は消え去り、雨上がりのように空気がキラキラと輝いているなかを、俺とノルンはフェリシアとともにゆっくりとテーテュースに帰還した。

24 発進! テーテュース!

――――。
 「ああ! マスター!」
 スクリーンでジュンたちの戦いを見ていたサクラが叫んだ。

 ヘレンは胸の前に両手を組んで祈っている。シエラはただじっと上空にいるローブの人物をにらみつけていた。
 三人の様子を見ながら、セレンはぎりぎりと歯をかみしめる。
 「私たちにできることはないの?」
 誰にともなくそうつぶやくと、サポートシステムが、
 「支援手段を模索します。処理中……。処理中……。神竜王のブレスレットを船内に発見」
 にわかにヘレンとサクラとシエラのブレスレットが光り始めた。
 「な、なに?」
と戸惑う三人だったが、サポートシステムは、
 「神竜王のブレスレット励起。空戦モードへ変形します」
と続ける。
 船体の両側からドラゴンのような翼が伸びていき、船体全体が海面より浮かび上がる。
 セレンが驚いているうちに、
 「変形トランスフォーム。テーテュース、浮上します」
とシステムが告げる。
 「ちょ、ちょっと船が浮いてるわよ!」
 ヘレンが驚きの声を上げると、セレンがにっこり笑って、
 「そうみたいね。あなたたちの神竜王のブレスレットのおかげみたい」
 「どういうこと?」
 セレンは楽しそうに、
 「ふふふ。私にもよくわからないわ。……何しろ神様のすることですもの」
 「そう。……それもそうね」
 妙に納得した様子のヘレンに、スクリーンを見ていたサクラとシエラが、
 「す、すごい! 飛んでる!」「あわわわ。落ちたりしないかな」
と騒いでいる。ヘレンが、
 「大丈夫だから、二人ともしっかりしなさい」
と強く言うと、二人とも「「はいぃ」」と返事をして改めてスクリーンのムシュフシュを見つめた。
 サポートシステムが、
 「船長室を戦闘指揮所に展開します」
と言うと、正面の舵が床下に引っ込んでいき、代わりに四つのイスがせり出してきた。中央に一脚、正面と左右のスクリーンの前に一脚ずつだ。
 「各イスに着席願います」
というサポートシステムのアナウンスに従って、中央はセレン。正面のスクリーンにはヘレン、左はサクラ、右はシエラと分担して座った。
 「戦闘指揮はセレン様。火器管制はヘレン様。航行制御はサクラ様。周辺警戒はシエラ様となります」
 アナウンスとともにそれぞれの正面のスクリーンに担当する情報が表示される。
 シエラが、
 「敵影。五キロメートル先みたいです。気圧低下。八五八、八五〇、八四七……」
 つづいてサクラが、
 「結界に異常は無いです。残エネルギー八〇%。……うふふ。これは興奮しますね!」
 するとヘレンがあきれたように、
 「サクラったら……。そんなことよりさっさと二人の支援に行きましょう」
と言うと、セレンが、
 「その通りね。テーテュース、発進!」
と告げる。
 シエラがレーダーを見ながら、
 「敵影を補足。……これはドラゴンでしょうか?」
と言うとサポートシステムが、
 「いいえ。やはりヴァルガンドのデータベースに一致なし。船長ジュンとのソウルリンクに干渉。……該当データ発見。暴風竜ムシュフシュ」
と告げる。
 正面のスクリーンにムシュフシュの姿が大きく映し出され、ヘレンが、
 「火器武装、表示。……はぁっ? なにこのリストは」
と驚きつつ、「波動砲装填」と指示すると、サポートシステムが、
 「波動砲。チャージします」
と告げる。スクリーンには船首がぱかっと割れてそこから巨大な砲口が現れる様子が映し出される。
 サクラが、
 「エネルギー注入。全エネルギーの二〇%を回します」
と言うと、船全体が不気味に振動をはじめ、キュウゥゥゥゥゥと低周波の音が聞こえてくる。
 ヘレンが、
 「波動砲。エネルギー充填、七〇%、八〇%、九〇%、一〇〇%! セレン! トリガーを渡すわよ!」
と言うと、セレンが、
 「了解。照準をムシュフシュに固定。……波動砲。発射!」
と叫ぶ。ものすごい揺れが船をおそい、船首から真っ直ぐに極太の波動砲が青白い光となって発射され、正面のムシュフシュに襲いかかっていった。

 「ギュイイィィィィ!」
 悲鳴をあげながらも、その波動砲はムシュフシュの体を半ばから断ち切った。尻尾の方が下の方へと落ちていく。
 もだえていたムシュフシュのあぎとがこちらを向き、その喉の奥に黒い光が集まっていく。
 モニターを見ていたシエラが、
 「行けない! 瘴気の波動が高まっていきます! 攻撃、来ます!」
と叫ぶと、即座にセレンが、
 「結界出力一〇〇%!」
と言い、サクラが復唱する。
 船を覆う光が強くなっていくと、そこへムシュフシュの放った黒いドラゴンブレスが押し寄せてきた。
 船が不気味に振動しつつも結界がムシュフシュの攻撃を耐えている。スクリーンが明滅し、衝撃が船体をビリビリと揺らしている。
 サクラが、
 「損傷箇所0。防ぎきったけど、残エネルギー四〇%に低下!」
と叫ぶ。

 正面のスクリーンには、体を断ち切られながらもテーテュースの方を向くムシュフシュの姿が大きく映し出されている。
 サポートシステムが、
 「ジュン様より念話。つなぎます」
 「おい! 大丈夫か? 下で待機してろって言ったろ!」
 そこへヘレンが、
 「見ているだけなんてできるわけがないでしょ!」
と怒鳴り返す。
 「いいから、ここは俺とノルンに任せろ!」
というジュンに、セレンが、
 「残念だけど、その命令にはしたがえないわ」
とつぶやくと、ヘレンたちも、
 「そうよ!」「あったり前です!」「もちろん」
と同意する。が、そこへムシュフシュが突進してきてテーテュースの結界に激突する。
 船が旋回しながら勢いを殺しきれずに海へと落ちていった。
 「「「「きゃああぁぁぁぁぁ」」」」
 しかし、サポートシステムが、
 「船体損傷率一〇%。体勢を安定化させます。……自動修理開始。安定化処理完了。ゆっくりと着水します」
と告げ、テーテュースは海へと着水し、大きな水柱が空まで吹き上がった。

 降り立った海域には波間からいくつもの光がのぞいていた。嵐の暴風でよく聞こえないが、海の中から歌が聞こえる。
 テーテュースから離れたところで、海竜王の巨大な頭が海より出てきて、ドラゴンブレスのチャージに入る。
 「ゴオオオォォォ」
 海竜王リヴァイアサンのドラゴンブレスが、ムシュフシュとは別の空の一点へと伸びいていき、何かにぶち当たった。
 海面を飛び出して、何本もの光の槍が上空のムシュフシュに向かって飛んでいく。
 叫ぶムシュフシュが蛇身をくねらせた。

23 嵐の主

 ルーネシア本島に近づくにつれ、嵐と雷が激しくなっていく。
 結界の外に見える世界の終焉しゅうえんのような光景に、船長室に集まったみんなは言葉もなく、ただ荒れ狂う海と空を見つめている。
 フェリシアもノルンの肩に止まって、じっと外の風景を見ている。

 「本島の上空に敵影を発見しました」
 「敵影? 映し出してくれ」
 「了解しました」

 舵を握りながら指示をすると、正面のスクリーンにルーネシア本島上空の分厚い雲がアップで映し出された。雲間から黒い蛇身がうねるように蠢いている。
 「なんだあいつは?」
 「該当生物を検索します。――――、該当0件。正体不明です」
 俺はうなりながら船長室の正面の窓から、遠くにかすかに見える黒い何かを見つめる。

――暴風竜ムシュフシュ――
 黒い鱗をした、この世のものならざる巨大な蛇の魔物。嵐を呼び、不幸をもたらす。
 神話クラスの怪物。瘴気に犯されている。
 ランク:――

 「ムシュフシュだと……」
 シュメール神話に出てくる神獣ともいえる巨大な化け物。そんなのが一体なぜここに?
 サポートシステムの音が聞こえたのだろうか。ノルンが船長室にやってきた。
 「ジュン! あれは人の手には負えないわ。……あなたと私でないと!」
 ……おいおい。いくら聖石の力があるからって、俺たちの手に負えるのか?
 俺はスクリーンをじっと見つめた。いや、あれは無理だろ……。

 その時、突然、ピピピピッとアラーム音が鳴りひびいた。
 「なんだ?」と問いかけると、サポートシステムが、
 「時限式メッセージの開封時間です」
 時限式メッセージって何だ? いや文字面からなんとなくわかるが、なんでこんな時に?
 そんな疑問を横に置いておいて、「内容を教えてくれ」と指示をすると、
 「かしこまりました。『聖石の力を共鳴して退治せよ。――海神セルレイオス』」
 なに? セルレイオス様から? ……まさかこの事態を予測して?
 メッセージを聞いたノルンがすぐさま封印術式を解除する。まばゆい光がノルンを覆い、その肩のフェリシアの全身が赤く光り始める。前より強力な波動。これは海神の聖石のせいだろうか。
 そうだな。何を弱気になっているんだ、俺は! 海神からも力をもらったじゃないか。倒せなくともルーネシアから追っ払うくらいはできるだろう。
 俺はヘレンたちの方を向く。
 「みんな。俺はノルンと行って大蛇退治をしてくる! みんなは危険だから待避して欲しい」
 ヘレンたちが心配そうな顔で、
 「本気であれと戦うの?」「そうですよ! いくらマスターだって、あんな化け物をどうにかできるんですか?」「さすがに無理があるんじゃ……」
ただ一人セレンだけが真剣な目で何も言わずに俺とノルンを見ている。
 俺は安心させるように笑いかけ、
 「大丈夫だ。海神様より力もいただいた。さっきのメッセージは俺とノルンなら倒せるからセットされていたんだろうさ」
と言いつつ、封印術式を解除する。内部から激しい力が光りの奔流となってあふれ出て、体に満ちる。二つ目の聖石を取り込んでより強くなった力にまだ慣れない。
 ただ一人セレンだけが真剣な目で、
 「海神様からの使命。私は行くなとは言わないわ。……だけどやばそうだったら絶対に逃げてきて。二人とも私たちにとって大切な人なんだから!」
と言うと、ヘレンたちもうなずいた。
 俺とノルンはうなずいて、
 「「じゃあ、行ってくる」わ」
と行って船長室から甲板に出た。

 二人でルーネシア本島上空の暗雲を見上げる。
 ノルンの方に左手を掲げ、
 「行くぞ!」
と言うと、ノルンがハイタッチし、
 「ええ!」
と返す。俺とノルンが甲板から空に浮かびながら、抑えていた力を少しずつ解放していく。ノルンの肩から飛び立ったフェリシアが赤く光りながら徐々に大きな鳥の姿へと変化していった。
 二人を中心に風が渦巻き光りの衣がはためく。俺はフレイムエレメントソードを鞘に入れたまま左手に持つ。ノルンは力の解放によってまばゆく輝くハルバードを両手に持った。
 グンッと二人でテーテュースの結界の外に出て、そのまま荒れ狂う雷雨を切り裂き、一条の光となって本島の上空へと突き進んでいく。

 (雲が邪魔だ。……ノルン。頼む)
 ノルンに念話を送ると、ノルンはすぐにハルバードを前に突き出した。その先端に巨大な火球が生まれ、まっすぐに雲の中へと飛んでいった。
 一瞬の後、凄まじい閃光とともに雲が吹き飛ばされ、その中から翼を持った巨大な黒い蛇の姿が現れた。爆風におくれてズズズンと音が聞こえる。蛇は火球に焼かれあちこちから煙を立ち上らせたが、あまり効いていないようだ。
 俺とノルンを敵と認識した蛇が鎌首を俺たちに向ける。その身をくねらせ、鞭のように尻尾が飛んでくる。
 俺とノルンは上下に分かれてぎ払いをよけ、俺はそのままフレイムエレメントソードに聖石の神力を込める。剣身から神炎ともいうべき炎が立ち上った。
 ムシュフシュのかみつき攻撃をよけて、頭の後ろに斬りかかる。
 ギャリギャリギャリ。
 剣がムシュフシュの鱗の上を滑った。
 「ちぃっ。まだ力が足りないか!」
 悪態をついてムシュフシュから離れると、背後で四方八方からムシュフシュに向かって光弾が放たれた。
 ボゴォッと、一発一発が当たる度に鈍い音を立ててムシュフシュを打ち据える。
 「ギョイィィィィ」
 痛みにのたうつムシュフシュだったが、その目が赤く光るとその身から凄まじい雷撃を放った。
 バリバリと空気を切り裂いて雷撃が迫る。瞬時に気を張り巡らすと、俺の体が薄い光のベールに包まれた。雷撃がその表面を流れるように後方へと通り過ぎていくが、俺には何の痛痒つうようもない。
 ノルンの方はと見ると、光の防護魔法ライトウォールでフェリシアともども雷撃を防いだようだ。

 (ジュン! 仕掛けるから時間を稼いで!)
 (わかった!)
 魔力と聖石の神力を高めるノルンを感じながら、俺は分身二十四身と共にムシュフシュに斬りかかる。
 「ミラージュ・スラッシュ!」
 ガガガガと斬りつける度にムシュフシュが踊るようにのたうつ。かみついてくるムシュフシュをかわし、今度は頭を殴りつける。
 ドゴンと音を立てて、ムシュフシュが吹っ飛んでいった。
 空中で体勢を立て直したムシュフシュが口を開くと、そこから紫のブレスが放たれた。
 ――毒の息アシッド・ブレスか?
 俺はフレイムエレメントソードに再び神炎をまとわせると、その炎で紫のブレスを切り裂いた。散り散りになった紫のブレスが神炎に焼き尽くされていく。
 (準備できたわ)
 その時、ノルンの念話が届く。……見ると、周囲の空域にいくつもの魔方陣が浮かんでいた。巨大な立体魔方陣だ。
 後は、ムシュフシュに一撃を与えて気をそらすだけ――。
 俺は一気にムシュフシュに近づき、その横っ面を思いっきりぶったたいた。
 「ギイイィィ」
 ムシュフシュは、きしんだような鳴き声を上げながら、口からよだれを出しながら頭をふらつかせる。
 俺は待避しながら、
 「今だ!」
とノルンに向かって叫んだ。
 ノルンが魔法のトリガーを引く。
 「神雷業火ケラウノス
 ムシュフシュを囲んだ魔方陣から雷や炎が吹き出して、内部で荒れ狂う。ムシュフシュはなすすべもなく叫びながら雷や火に焼かれていく。
 これでどうだ!
 しかし、思わず、
 「倒したか?」
と言った言葉がフラグになったように、さらなる上空から一条の黒い光が魔方陣を貫いてムシュフシュに届き、瘴気が流れ込んでいく。
 「なんだ?」
 思わず上空を見上げると、そこに黒いぼろのローブに身を包んだ人物がいた。
 「グラナダか?」
と叫ぶと、
 「ふはははは! 邪魔な奴らめ!」
と良いながら、瘴気を集めた黒い槍を放ってきた。

――呪恨の天災フォラス――
 種族:?? 年齢:??
 称号:?????
 加護:??の加護
 スキル:???????????

 「ちぃ。呪恨の天災だと? グラナダの仲間か!」
 グラナダではないようだが、天災の一派。名前しかわからない。空に渦巻く瘴気をその体に集めていやがる。
 奴に斬りかかろうとすると、
 「気を取られていていいのかな?」
と馬鹿にしたように言われる。
 「何を――!」
 言い返そうとした時、ムシュフシュの尻尾が横殴りにおそってきた。慌てて両手でブロックするが、俺の体ははね飛ばされた。
 「ぐわぁ!」

翼のある蛇だとケツアルコアトルのイメージが強く、あんまりムシュフシュのイメージはありませんが、ヴァルガンドのケースとお考え下さい。
(名前を流用しました)

22 激嵐

 あと二日ほどでルーネシアに到着するという時、にわかに天候が崩れ始めた。

 俺たちは船長室に集まり、サポートシステムの映し出した天気図を眺める。
 「ううむ。ルーネシア全体が巨大な台風に包まれているな」
 目の前のスクリーンの特徴的な渦巻きを見ながらそうつぶやく。
 「……あ、あの。ジュンさん。台風ってなんですか?」
 後ろのシエラからそう質問が飛んだ。振り返ると、どうやら他のメンバーも何のことかわかっていないようだ。……サクラよ。得意げな顔をしてもダメだぞ?
 俺は微笑んでスクリーンを指さす。
 「気圧とかの説明は面倒だからしないが、つまりは巨大で烈しい嵐ってことだ。空から見ると、このように特徴的な渦巻き状になるんだ」
 みんなが感心している間に、サポートシステムに、
 「この台風の中心気圧と予想進度はわかるか?」
 「はい。……中心気圧は八六〇ヘクトパスカル。瞬間最大風速一三〇メートル」
 おいおい。なんだその猛烈な強さは? 思わず開いた口がふさがらなくなる。
 「予想進度は……、過去三日間の観測からその場に滞留する見込みです」
 「……は?」
 「その場に滞留する見込みです」
 改めて気を引き締め、目の前の天気図をにらみつける。
 「過去三日間の気圧配置の移動を表示してくれ」
 「かしこまりました」
 うんうん。どうやらヴァルガンドも地球と同じく西から東へと気圧が移動しているようだ。が、ルーネシアの台風はそれを無視して居座り続けている。
 これは間違いなく何かの原因、もしくは誰かの仕業だろう。……もしかして俺たちが遭難したのも同じ原因か?
 「セレン。俺とシエラが漂流したとき、海竜王とミルラウスの人魚族が何かと戦っていたろ?」
 「……ええ。そうよ。瘴気を海に垂れ流していた奴がいて、そいつを追いかけていたのよ」
 「瘴気、か」
 俺は瘴気視で船の前方の雲を眺めるが、風が強くてよく見えなかった。瘴気だとすれば、あの嵐は暗黒の天災グラナダの仕業かもしれない。もしこの台風も奴の仕業なら……。
 そう考え込んでいると、サポートシステムが、
 「表示の図面に瘴気の観測データを重ねます」
 「って瘴気の観測できるのかよっ!」
 それなら早くやってくれ。そう思いつつ目の前の天気図を見ると、台風の中心部に瘴気だまりが発生しているのがわかった。
 台風の目の位置は……、ルーネシアの首都だ。
 「みんな聞いてくれ。現在、ルーネシアは猛烈な台風に包まれている。おそらく多くの人々が被害を受けているはずだ。……しかもこの台風は暗黒の天災グラナダの仕業の可能性がある」
 俺の説明に、ノルンたちの気が引き締まっていくのは感じられる。
 「これから速度を上げてルーネシアの首都に向かう! 接敵次第で戦闘になると思われるからそのつもりでいてくれ」
 「「「「了解!」」」」

――――。
 海洋王国ルーネシア。その王宮。

 国王パトリス・シエル・ルーネシアは、その執政室で宰相や大臣たちと会議をしている。どの表情も暗く、外からは猛烈な風の音と何かがぶつかる音が聞こえる。
 「おかしいぞ。この台風は移動する気配がない。過去にこのような事例はあるか?」
 中央の席の国王の諮問しもんに、宰相が、
 「過去の記録を調査しましたが、このようなことは初めてでございます」
 渋い顔をする国王は、
 「……今日で三日目。国内の被害状況を説明せよ」
と命じる。再び宰相が、
 「把握できておりますのは、土砂災害十六箇所。猛烈な風のため歩くこともできない状況です。各島はおろか本島内の町や村との連絡手段も断たれております。首都ルーネシアの被害は建物損壊が四十八件、死者・行方不明者は不明です。多くの国民が結界の張ってある教会へと避難している模様です」
 「つまり、具体的な状況はまったくわからないというわけか。この王宮も結界があるが、このままだと台風はしのげても食料は飢え、疫病が蔓延まんえんする危険がある。……宰相よ。遠距離通信の魔道具で各国に物資支援要請を頼む」
 「ですが、到着する頃には。……いえ到着できるのかさえ」
 言いよどむ宰相に国王は、
 「あきらめてはならぬ。海神セルレイオスさまの加護を信じようじゃないか」
と言い聞かせる。
 その時、会議の席に座っていた一人の男が、
 「恐れながら、陛下、よろしいでしょうか?」
 「うむ。マール海洋大臣か。いいぞ」
 「はっ。……これは王宮の天文官からの未確認情報ですが、この首都の上空に邪な気配を持つ巨大な何かがいるのではないかと」
 「なんだそれは?」
 「未確認なのでなんとも申し上げられませんが、上空の雲間から黒い鱗に覆われた生物らしきものの目撃例がございます」
 それを聞いていた海洋大臣の正面にすわった体格の良い男が、
 「もしや、そいつがこの台風の原因か?」
とつぶやいた。海洋大臣は、
 「将軍。気持ちはわかるが、それ以上の情報は無いのだ。もっとも原因だったとしてもどうにもなるまい」
と答える。それを聞いていた国王が、
 「いや。そうでもない。原因がわかれば少なくともこの国から移動させる手段があるかもしれぬ。……宰相よ。上空の監視を強化してくれ」
 「かしこまりました。陛下」
 国王は全員の顔をながめ、
 「この国の存亡の時だ。どんな小さな情報も見逃さないようにしてくれ」
 「「「はっ」」」

――――。
 荒れてうねる海上を純白の船が突き進む。
 帆はたたまれているが、その進路にゆらぎも遅滞もない。
 「結界機能作動。天候操作機能は妨害されています」
 この船長室から結界の外を見ると、強風で海水が竜巻のように巻き上げられている様子が見える。いや、そもそも見える範囲で竜巻が六本発生しているのが見える。
 雷が鳴り、雨だけでなくひょうが降っているところもあるようだ。
 波が逆巻き、三〇メートルを超えるような巨大な波が幾重いくえにも押し寄せている。

 遠くに見える島が激しい雨でかすんでみえる。
 だが俺の瘴気視ではその上空に渦巻く瘴気と、そこにいる巨大な蛇の影を映し出していた。

21 海洋王国ルーネシア

 次の日の朝。俺たちはテーテュースに乗り込んで、いよいよ海洋王国ルーネシアに向けて出航することになった。
 この島にはノルンの手で転移魔方陣が設置されており、もういつでも来ることができる。将来、エストリア王国アルにある俺たちの拠点ホームからあちこちへ転移することを考えて、この島に楽園パラディーススと名前をつけた。もちろん転移可能なのは俺たちのチームだけだ。
 サポートシステムが用意した指輪を仲間に配った。ナビゲーションで「サポートリング:テーテュース」とあるこの指輪は、テーテュースの操船者の証でもあり、サポートシステムとリンクしている指輪だ。これを利用してサポートシステムに念話を送り指示を出すことができる。
 なおこの船にも転移魔方陣を設置してあるので、船に乗りながらエストリア王国アルへもパラディーススへも行くことができる。オート航行システムとあわせれば実に快適な船旅ができるだろう。

 ノルンたちも昨日のうちに船を確認にきて、さっそく船室キャビンの割り振りをしていた。俺は昨日の船の確認で妙に精神的に疲れてしまって、正直、早く誰かに癒やしてもらいたい。……ちなみにみんなには詳しい機能はそれほど説明はしていない。特に武装関係は。

 朝から暑く湿った風が吹いているが、気持ちが良い青空の下で、俺たちはお世話になったこの島、パラディーススを出航した。

 早速、オート設定でルーネシアに向かう。
 「目的地設定海洋都市ルーネシア首都。主動力を魔力、サブ動力を風力に設定。海流を利用し、到着予想十三日後の二三時です」
 船長室で俺と一緒にいるセレンが驚いて、
 「へぇ。結構な速度が出るのね。ここからルーネシアって七〇〇キロぐらいあったはずよ」
と言うと、サポートシステムが、
 「セレン様。その通りです。急ぎであればワープ機能で一瞬で行くことも可能です」
 「は? ワープ機能?」
 俺は苦笑いしながら、
 「長距離転移のことさ」
と言うと、目を丸くして、
 「さすがは海神様の船ね」
とつぶやいた。

 まあ、十四日間の海の旅だ。優雅にクルージングと行こうじゃないか。

――DAY-01 14:00

 デッキにベンチを出して、みんなで海を眺めている。
 濃い青の空には太陽が輝き、遠くに白い雲が浮かんでいる。吹き抜ける風がとても心地よい。
 「あっ! 見て見て!」
 ノルンが指を指した先を見ると、イルカの群れが波間をジャンプしていた。
 回転ジャンプ、数匹で一緒にジャンプ。まるで波と戯れるようにくるくる回転しながらジャンプを繰り返している。
 ヘレンたちは初めて見るイルカのジャンプに興奮しながら見ている。
 「また跳んだ!」「かわいいわ」「くるくるって気持ちよさそう!」
 その様子をセレンが優しく見守っている。
 「イルカたちね。ジージー。キュキュキュキュ。ミミミミ……」
 セレンがイルカの鳴き声をまねる。
 「セレン。それは?」
とノルンが聞くと、セレンはウインクしながら、
 「イルカの鳴き声よ。見てて」
としばらく鳴き真似をした。
 「あっ! こっちに来るみたい!」
 イルカを見ていたサクラが叫ぶ。すると、イルカの群れが確かにこっちに向かっていて、船と平行するように泳ぎだした。
 「ふふふ。良い子たち」
 セレンも立ち上がってイルカたちを見てそういった。
 なるほどね。セレンが呼んでくれたのか。

――DAY-02 10:30

 今日もおだやかな天気で、昼間はサポートシステムに相談して釣り具を創造した。
 そう。トローリングだ。
 サポートシステムの助けを借りながら、ルアーを海に放り込みタックルを流す。
 仕掛けが小さなしぶきを上げながら海面を走り出す。
 みんなは後ろで俺が何をするのか興味津々の様子で見学をしていた。

 少しすると、グインッと魚がかかる。
 「来た!」
 ギュイィィとラインがどんどん持って行かれる。グリップエンドを腹に当てて竿を立てる。リールを巻きつつ、魚が弱るのを待つ。
 「結構重いな」
 魚との駆け引きをすること約一時間三〇分。ようやく魚も力なくリーリングするのが楽になってきた。俺は、ノルンに、
 「網を頼む!」
と言うと、柄の長いタモを持ってノルンが俺の隣にやってきて、海面を見下ろした。
 ようやく魚が見えてきた。……って、あれはカジキか?
 「ちょ、ちょっと! この網じゃ入らないわよ?」
 ノルンが焦ったように言うが、確かにその通りだ。むむむ。どうする?
 困っていると、どこからかモリを見つけてきたセレンがやってきて、
 「えいっ」
とカジキに刺す。それを見てノルンがハルバードを取り出して、斧の部分をカジキにたたき込んだ。
 「「重いぃぃ。……よいしょっと」」
 二人とも身体強化をして、息を合わせてカジキを船縁から甲板に取り上げた。
 「「「うわ! でかっ!」」」
 カジキを見たヘレンとサクラとシエラが驚きの声を上げた。
 俺は額の汗をぬぐいながら釣り上げたカジキを見下ろす。取り上げてくれたノルンとセレンと一緒に「よしっ」とガッツポーズをした。
 全長約三メートル三〇センチ。胴回り約一四〇センチ。重量約二三〇キロ。文句なしの大物だと思う。
 ヘレンがしみじみと、
 「すごいね。こんなのが釣れるなんて」
とカジキを見てつぶやく。サクラが目をキラキラさせながら、
 「さすがはマスターです! にひひ。お刺身! お刺身! うっれしいな!」
と叫ぶ。確かに旨そうだ。ベルトニアでロンギさんから醤油とわさびをゲットしておいて良かったぜ。

――DAY-03 18:30

 船の後部にあるダイニングデッキにみんなが集まっている。

 ゆったりと穏やかな時間。
 遠く海の彼方には雲が出ており、その雲の向こう側に太陽が沈もうとしている。そのダイナミックな光景を見ながら俺たちはゆったりとお酒を飲んでいた。
 ワインの入ったグラスをかたむけ、ある人物の準備が整うのを待つ。
 「皆様。そろそろ準備ができたようです」
 サポートシステムのアナウンスが聞こえて、みんなで船室に通じるドアを見ると、白い生地に銀糸をあしらった美しいナイトドレスを着たセレンがやってきた。手には金色の竪琴を持っている。
 「おまたせ」
と言いながらセレンは俺たちの正面のイスにゆったりと腰掛ける。大きく開いた胸元からなめらかなバストがのぞいて見え、ドレスの裾からは白くしなやかな足が伸びている。
 「それではまず一曲」
 ポロロンと竪琴を弾き鳴らし、セレンの美しい歌声がつむぎだされる。
 最初の一曲はのどかな船乗りの歌、バルカローレ(舟歌)。本来は野太い太陽のような印象を受けるはずの歌も、歌姫セレンの美しい声と旋律では透き通った月のような印象を受ける。
 つづいてミルラウスに伝わる恋の小夜曲セレナーデ。バラッド。そして、アリアとつづいていく。
 サンセットを背に、美しい歌声が体を通り抜け海風に乗ってどこまでも響いていく。
 ワインを飲むことも忘れ、じいっと聞き入っているうちに自然とセレンが愛おしくなっていく。
 歌が終わりみんなが拍手をすると、セレンはにっこり笑いながら俺のそばにやってきた。
 「私の歌はいかが?」
 少し紅潮した頬をしているセレンを見上げながら、
 「魅了されたよ。美しすぎてなんて言ったらいいかわからないよ」
と言うと、うれしそうに微笑んだ。そこへノルンがイスを持ってきてくれて、セレンも座った。
 俺はセレンにグラスを渡してワインをついだ。
 そこへノルンが、
 「まさか本当に魅了の効果を乗せてくるとは思わなかったわ」
というと、セレンはいたずらがばれたように小さくホホホと笑い。
 「あら? ばれた? これで今晩はご寵愛をいただこうかと」
 ……え? 本当に魅了を受けてたの?

 こうして俺たちのクルーズは穏やかに過ぎていった。

20 神船テーテュース

 「のわあぁぁ」「きゃあぁぁ」
 転移先は拠点とした砂浜近くの海上の空中だった。
 いきなり空中に放り出された俺たちは、ばしゃばしゃと海に落ちる。
 幸いに水深1メートルほどなので怪我もおぼれることもないが、全身がずぶ濡れになってしまった。
 なぜか脳裏にセルレイオス様の笑い声が聞こえた気がするが、それを無視して立ち上がると、ちょうど目の前を小さくなった神船テーテュースが浮かんでいた。
 「とにかく砂浜に上がりましょ」
 ノルンの指示を受けるまでもなく、俺たちはとりあえず砂浜に上がっていった。
 抱え持った神船テーテュースをとりあえず砂浜の上に置く。

――神船テーテュース。
 神聖な力を秘めた不壊属性の船。
 使い方次第で海上も海中も航行することができる。様々なギミックや魔法が秘められているが、中に入ってのお楽しみ。
 使用者制限により、ジュンとその仲間しか操作できない。使わないときはアイテムボックスに入れておこう!

 「中に入ってのお楽しみって何だよ!」
と、ナビゲーションの説明を見た俺がつぶやくと、ヘレンがおそるおそるやってきて、
 「すごいわ! まさか海神様に謁見がかなうなんて!」
と興奮しながら俺の前に置いてあるテーテュースを見つめた。めずらしくテンションの高いヘレンを見て、俺は苦笑しながらもとりあえずミニサイズの船をノルンのアイテムボックスに収納してもらった。

 落ち着いてからみんなでテラスに集まり、これからのことを話し合う。
 「さてまさかの海神様から船をいただいた」
 俺の言葉にみんなが神妙にうなずく。
 「ということは、もういつでもこの島から出航することができる」
 するとノルンが、
 「もちろん。転移魔方陣を設置してアルに戻ることも可能よ」
 うん。ノルンの言うとおりだ。
 「その上で、最後にセルレイオス様がおっしゃっていたとおりに、海洋王国ルーネシアを目指したいと思う」
と提案すると、まっさきにヘレンとセレンが同意する。
 「もちろんよ」「行くべきだわ」
 他のみんなも特に異論は無いようなので、さっそく明朝に出発の予定とし、今日はその準備をすることとした。
 まずノルンには、テーテュースを停泊するための桟橋をノームに作ってもらい。岩壁に新たな洞窟を作って、転移魔方陣と精霊が精霊界と行き来するための精霊石の設置をお願いする。
 ほかのメンバーは再び食料の調達。および洞窟の寝室を快適にするための改造をお願いした。
 俺はというと、さっそく作ってもらった桟橋から大きくしたテーテュースに乗り込み、船内設備の確認をしているところだ。

 テーテュースは全長四十六メートルの帆船で、二本のマストを持っている。船体は純白であちこちに銀色の装飾が施され、翼を持った女神が船首像になっている。
 船長室にはいくつかのスクリーンが備え付けられており、舵を繰りながらも海や船の状態がわかるようになっているようだ。
 なんとなく気分が乗ってきたので舵に手を添えて構えてみる。すると、スクリーンに次々に光りがともり、女性の声で、
 「アクセスを確認……、聖石の波動パターン登録。船長ジュン・ハルノ登録完了しました」
と、どこからともなく声が聞こえる。
 「な、なんだ?」
 ブウゥゥゥン……。
 何かが動きだす音がして、船舵の周りの空間に透明なスクリーンが浮かび上がった。
 「テーテュース・サポートシステム、起動します。ガイダンスを聞きますか?」
 「サポートシステム? たのむ」
 「それではスクリーンをご覧ください」
 サポートの声とともにスクリーンにテーテュースの全体像が映し出される。
 「テーテュースは全長四十六メートル、一八〇トンのブリガティン型の帆船です。しかし、海神セルレイオス様の力が込められている神船であり、動力源は風力、魔力、神力となります」
 映像のテーテュースがワイヤーフレームになり、船長室の下の空間にズームアップした。
 「風力はマストの帆で受けますが、それ以外の動力はこの船の心臓部にある宝玉に貯蔵され、必要に応じて消費されます。このサポートシステムもここから動力を得ておりますので、宝玉のエネルギーが枯渇しないように注意してください」
 ワイヤーフレームに映し出された宝玉がズームアップすると、左にある別のスクリーンにバーが表示される。
 「宝玉に貯蔵されたエネルギーの状況は左側のスクリーンのこのバーで確認できます。ちなみに貯蔵するのには宝玉に直接力を注ぐのが一番わかりやすいですが、それ以外にも乗船して人から少しずつ集まる方法、自然界から補充する方法など複数の手段があります」
 ふむふむ。便利なシステムだ。ちなみに今は……。左のスクリーンを見るに九八%となっている。
 「今は九八%となっているが、どれくらいの頻度で充填するんだ?」
 「はい。結界を張りつつ海上を一一〇ノット、約時速二〇〇キロで航行した場合、七九八年、連続航行できます。枯渇状態からフル充電まで、魔力ならファイヤーバレットなら一億発分、神力ならセルレイオス様基準でおよそ一〇秒の照射が必要となります」
 ……ううむ。それが多いのか少ないのかよくわらかん。だが当分の間は必要ないみたいだな。
 「次に航行システムの説明に移ります」
 サポートの声と共に画面が船長室に移り変わる。
 「海上航行モードの場合、マニュアルとオートがあります。右側のスクリーンにマップが表示され、現在地と目的地、ならびに周辺の生物等が表示されます。マニュアルには舵を利用しますが、オートは私に行き先を登録していただければ目的地まで自動で航行します。なおその際、速度は正面のスクリーンに映し出されます」
 「へぇ。便利だな」
 「次に海中潜行モードの場合、船全体が結界で覆われます。マニュアル操縦の場合は、舵ではなく操縦桿に変わります」
 説明と共に舵が下に引っ込んで、かわりに飛行機の操縦席にあるようなイスと操縦桿がせり出してきた。
 海中潜行モード? この船、まさか潜水艦になるのか?
 ヴァルガンドの常識を打ち破るこの仕様に思わず頬がひくついた。
 「つづいて客室キャビンなどの船内設備の説明をします」
 再びワイヤーフレームがズームアウトして船の全体を映し出した。
 「画面をご覧ください。まず居住空間には個室、食堂、厨房、浴室、ダイニングバー、そして倉庫があります。この居住空間を拡張し、新たな設備が欲しい場合には私に相談していただければエネルギーの消費と引き替えに設置をすることが可能です」
 これも至れり尽くせりだな、拡張可能と。あとでインテリアを確認しよう。
 「……ああ。セルレイオス様からの指示で船長の寝室は他の部屋より広く大きなベットを用意しました。なお、船長室の隠しスクリーンで女性陣のお風呂の「いや、それはいい」見ることができます」
 おいおい。海神様。油断ならないな。一体どこに地雷を仕込んでいるのか不安だ。
 「そうですか? ご趣味に合わせて女子トイ「そんなサービスは廃棄しろ!」」
 自分で額に青筋が浮かんでいるのがわかる。やめてくれ。俺は変態じゃない。

 「……では続いてサポートシステムの説明にまいります」
 今度は船首方向からの画像に移り変わった。
 「武装としては、神の裁「ちょっとまて!」……はい」
 「説明をいちいち聞いていると俺の心臓に悪そうだから、一覧でスクリーンに映し出してくれ」
 「かしこまりました」
 中央のスクリーンに、この船に用意された武装のリストが長々と映し出された。

 神の裁き(雷撃)、大陸破壊ミサイル、長距離弾道マジックミサイル、波動砲、プラズマレーザー、遠距離操作機雷、小型ブラックホール発生装置、天候操作機能、絶対零度ポイントミサイル、神結界、超電磁バリア、次元潜行機能、時間転移、ワープ機能、決戦用巨大ロボ機神セルレイオス変形機能、非常識結界、問答無用破壊砲、次元歪曲……。

 セルレイオス様。あなたは私になにをしろとおっしゃるのでしょうか? なんだこの武装、軽く世界を滅ぼせるんじゃないか?
 しばし呆然としている俺にサポートシステムが説明を続けているが、聞こえても認識には至らなかった。
 「このほか、新兵器、概念兵器、びっく……失礼しました。有効なギミックの創造には私に相談の上で神力消費で可能となります。極力、お望みの機能を搭載することが可能ですので、船長好みの船にしてください」
 ……はっ。俺は今なにを? きょろきょろして、目の前のスクリーンの武装の一覧を見なかったことにした。
 「以上でひととおりの機能ガイダンスとなります。なお、本船の機能は登録された方のみが利用可能です。現在は船長ジュン・ハルノ、ほかチームのメンバーが登録されています。ご不明の点はいつでも私、サポートシステムに聞いてください」
 「う、うむ。わかった。ありがとう」

 俺はとりあえず桟橋に戻った。さて、この船。本当に俺たちが使って大丈夫なのか?
 おののきつつ桟橋に戻った俺だが、この船に隠されたトンデモ機能を俺はまだ知らなかった……。