03 潮騒のバカンス 3

 「シエラ……。勇気をだしてね」
「はい。ノルンさん。……あの、ありがとうございます」
「いいのよ。早くしてもらわないと、私たちの番が回ってこないしね」
「う、が、頑張ります」

 ここは宿屋マリンブルーの廊下である。そこにはノルンとシエラがコソコソと話をしている。と、ノルンが自分の部屋のドアまで戻り再びシエラの方を見る。大きく頷いてそのまま自分の部屋に戻っていった。

 廊下に一人残されたシエラは緊張した面持ちで、ジュンの部屋のドアをノックする。その背後では、わずかに開けた部屋のドアの隙間からノルンがじっと見ていた。

――――。
トントン。
部屋のドアをノックする音がする。

 俺たちはジャズバーから戻ると、すぐにそれぞれの部屋に戻った。
俺はまだ飲み足りなくて、窓の近くにイスを運んで外の景色を見ながらグラスを傾けていた。

 「はい。誰だい?」

 ドア越しにそう呼びかけると、小さい声で、
「……シエラです。ちょっといいですか?」

 そういう声が聞こえた。……シエラだ。ということは…。
俺はすぐさま無人島での約束、宿に泊まったらシエラを抱きたいという約束を思い出し、にわかに緊張してしまった。
ドアの鍵を開けると目の前には薄手の寝間着を着て、緊張にガチガチになっているシエラがいた。
「……どうぞ」
そういって部屋の中に入れて窓辺のイスに座らせる。

 「なあ、シエラ。今日はどうだった? 楽しかったか?」
シエラの緊張を少しでも紛らせたい。俺はそう思って尋ねた。
「はい。今日は本当に楽しかったです! 無人島パラディーススの海も楽しかったですけど、こうしてお店巡りをするのもいいですね」
シエラはまだ緊張が取れないようが、ニコニコと微笑んでいる。
「それにお昼の屋台の焼き鳥も美味しかったですし、砂浜でみんなで食べるのもいいですよね。……さっきのジャズも、なんていうか、大人の雰囲気って感じで楽しかったです」
「ふふふ。楽しかったか。それは良かった。……ちょっと飲むか?」
「あ、はい。いただきます」
俺はもうひとつグラスを用意して、お酒をついでシエラに手渡した。ノルンがいれば氷も出せるんだが、残念ながら俺には魔法が使えないからそこまではできない。せいぜい魔力付与の応用でグラスの温度を下げてやるくらいだ。
「ほい、どうぞ」
二人でグラスを手に乾杯をする。
シエラは水割りとはいえウイスキーは初めてなので、チビリと舐めるように飲んでいる。
と、外から風が潮の香りを運んできた。
俺はもう一つのイスを窓の側に引き寄せて、二人並んで窓から外の風景を眺める。
月に照らされた穏やかな夜の港。昼間の熱気がまだ残っているが、騒いでいた人たちも宿に帰り静けさが支配している。
俺は、不意に外を歩いてみたくなった。
「なあ、シエラ。ちょっと外を歩いてこないか?」
「え?今からですか?寝間着ですが……」
「ああ、なら俺の上着を貸してやる」
「あ、ありがとうございます」
上着をふわっとシエラにかけてやると、恥ずかしそうに赤くなってもじもじとしていた。
シエラの手を取って、ドアの鍵をかけ静かに階段を下りていく。一階のカウンターではまだ何人か飲んでいたので、宿のおっちゃんに夜の散歩に行くと伝えた。

 宿のドアを出ると、道路を挟んで静かな港が見える。月の光に照らされた一幅の絵のような世界。色は失われ、光と影のモノクロームの世界。

 俺とシエラは手をつないだまま、ゆっくりと港の方へと歩いて行った。
船の停泊しているアリーナを過ぎ、桟橋さんばしにたどり着く。俺たちはその桟橋の一つまでくると、二人並んで桟橋から足を投げ出すように腰掛けた。

 足下を波が上下している。暗くて見えないが、昼間だと魚影をいくつも見ることができるだろう。
仰ぎ見れば天球には月が輝き、その光が万物に降り注いでいる。
――月光世界。
思わずそういいたくなる。町の方を見れば、宿や酒場はまだまだ明かりがついているようだ
が、道行く人はわずかに二、三人だ。

 俺は、海面を見つめながらシエラに語りかけた。
「……なあ。シエラ」
「はい?」
「あの時、……ギリメクさんを助けられなかったことをな、いまだに後悔しているんだ」
「……………………」
シエラはうつむいて、ただ黙って聞いている。
「それで、お前が仇討かたきうちに出る。……俺は甘いのかもしれないが、最初はお前を守ろうと思っていた。罪滅ぼしの意味も込めてな」
「……………………」
「でも、今は違う」
うつむいていたシエラは、俺の顔をのぞき込む。と、俺もシエラの顔を見つめる。
「違う?」
「ああ。……俺たちは仲間だ。支え、支えられ、守り、守られ。だから、シエラの仇は俺たちの仇でもある。だから、……がんばろう」
「…………ジュンさん」
ゆったりした波の音をBGMにして、俺はシエラに語りかけた。
「その……、無人島ではありがとうな」
すると、シエラはじっと俺の目を見ている。俺もシエラの目を見つめた。と、シエラは急に楽しそうな笑顔を見せた。
「……ジュンさん。さっきの一つ間違っていますよ」
俺はシエラと見つめ合いながら、首をかしげる。
「うん?……」
「ええ。仲間じゃありません。家族、いや未来の夫婦ですよ。……みんな、ジュンさんの婚約者です。だから、頼ってください。私も頼ります」
「……ああ、そうだったな。俺の居たところでは結婚式の時にこういうんだ。健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、相手に寄り添い、神聖なる誓いを守ることを誓いますか?と」
「……死が二人を分かつまで」
「そうだ。二人きりとはいかないがな。……だから俺は一人ずつ尋ねた。俺と一緒にいてくれるか?とね」
「……はい」
「今、改めてシエラにきこう。いついかなる時も、俺のそばで、俺と共にいてくれるだろうか?」
俺はシエラの目をじっと見つめる。モノクロームの世界の中で、時が止まったような世界の中でシエラの美しい金髪が輝いている。
「……はい。死が分かつまで、共にあることを誓います」
シエラは、小さく、しかし、しっかりとそう言った。
俺とシエラは、そのままキスを交わす。

 部屋に戻った二人は、言葉もなく抱き合い。そのままベッドにもつれ込んでいくのであった。

 穏やかな月の光だけが、愛し合う二人を見守っていた。

02 潮騒のバカンス 2

 照りつける太陽と青い空が広がっている。
眼下には一〇〇〇メートルものビーチが広がり、多くの人々が泳いだり、砂浜で椰子の木のようなパラソルの下で思い思いの時間を過ごしたりしている。
ノルンの肩にいたフェニックス・フェリシアがばっと飛び立ち、ビーチを一回りしてくる。青い空に深紅のフェリシアが美しく映えている。

 俺たちも近くの店で購入した海水浴セット……木製のパラソル、スコップ、シート、サンダル……を持って、これから砂浜に繰り出すところだ。すでに水着を着て、その上から白いパーカーを羽織っている。
ここはルーネシアのセイルビーチ。この世界では一、二を争うほど有名なビーチだ。
日本の海水浴場と同じく管理されており、海の奥の方には遊泳区域の限界を示すブイが浮かんでいる。
さらに沖には何艘なんそうかの船が浮かんでおり、いくつかはビーチ管理者のもののようだが、他は魚釣りをしたり優雅にドリンクを楽しんでいるような姿も見える。

 「きゃっほー!」

 うれしそうな声を挙げて、サクラとシエラが駆けだしていく……、っとシエラがど派手に転んだ。……砂に足を取られたんだろう。起き上がったシエラは、半身がすでに砂まみれになっていて、サクラがそれを見て笑っている。
「うぅ。砂まみれになっちゃいました」
「慌てていくからよ」
ノルンがシエラに笑いかけて、水魔法で砂を洗い流してやっている。
「まあ、すぐに砂まみれになるでしょうけどね」
幸いに人が少ないところをサクラが確保したようだ。
「マスター!ここにしましょうよー」
と、両手をブンブン振りながら、大きな声を出している。
「おう!今行くぞ」
俺は返事をすると、サクラの所まで行き早速パラソルを立てた。

 砂に穴を掘り、木製のパラソルのポールを固定する。パラソルを開いて、その下にシートを敷いて荷物を下ろす。異世界だから物の材質は違うとはいえ、やることは変わらない。
同じように三つのパラソルを立てると、喉が渇いた。まだ午前だというのに、完全に三〇度は超えていそうだ。
「ノルン。飲み物ちょうだい」
ドリンク類は、ノルンが冷えた状態でアイテムボックスに収納していた。
「はい。どうぞ」
そういって、ノルンが渡してくれたのはアイスティーだ。水筒の中でよく冷えており、熱を持った体が内側からクールダウンしていく。
みんなが、いそいそとシートの上の荷物をがさごそとしている。何をしているんだろうと見ていると、サクラが「ありました!」と何かの瓶を取り出した。
くるっと一斉に俺の方に振りむくと、それぞれ水着の上から羽織っていたパーカーを脱いだ。
にこにこと満面の笑みを浮かべているノルンが、
「ねぇ。ジュン。みんなの分、日焼け止めを塗ってね」
お、おお! これですよ、これ。日本では経験が無かったけど、うちのパーティーのような美人に塗るシチュエーション! とはいえ、そんな下心があらわにならないようにクールに、
「任せろ! 順番にシートの上に横になってくれ」
と指示したが、ヘレンが笑いながら、
「鼻息荒くなってるって」
と教えてくれた。いけないいけない。あやうく鼻血も出すところだった。
ノルンがさっそくシートに横になり、
「じゃ、まずは私からね」
俺はノルンのなめらかな肌を堪能しつつ、日焼け止めを伸ばしていった。ふふふ。夜には何度も身体を重ねているとはいえ、こういうシチュエーションは別だな。
ノルンは、かたわらでその様子を見ているフェニックス・フェリシアに向かって、うっとりとした表情を見せていた。

 こうしてみんなに日焼け止めを塗った後、今度は俺の分をノルンにお願いして塗ってもらった。その間、先にみんなはボールを持って波打ち際に向かっていた。
「みんな、楽しそうね」
俺の背中に塗りながら、ノルンがつぶやく。
「ああ。来てよかったな」
「本当。……ねぇ。ジュン」
「なんだ?」
「私ね。本当にジュンに出会えて良かったわ。あなたと会えて、あなたに抱かれて、みんながいて、そして、こんなにも色んな冒険をして……。いつもあなたのそばにいると満たされているわ」
ノルンが塗り終わった俺の上に上体をかぶせて、俺の耳元で、
「みんなもそう思ってるわ」
とささやいた。
「ノルン。俺だってそうさ。……ノルンに出会う前は何度も心細さっていうか。孤独をかんじていたからなぁ」
そう言いながら、波打ち際で輪になってボール遊びをしているみんなを眺める。
塗り終わって仰向けになって上半身を起こす。そばのノルンに、
「……ノルン。こんな幸せがずっと続けばいいな」
と言うと、俯せだったのに、急にぐるんっと体をひっくり返されて仰向けになる。と直ぐにノルンが唇を重ねてきた。男女の位置が逆だろうと思ったが、ジュンはノルンの背中と頭に手を回して身体を起こすと、ノルンの方がくるんとひっくり返っておれの腕の中に収まった。
横でそれを見ていたフェリシアが、
(ごちそうさまです。マスター)
と念話でつぶやいていた。
立ち上がってみんなの方へと合流しようと二人で砂浜を走った。

 「あ! ようやく来た!」
俺とノルンが走って行くと、それを見たヘレンがそういうとボールをこっちにはじいてきた。
ボールについた海の水がほてった素肌にかかる。
「ひやぁっ。……えーい。お返しだぁ!」
ノルンがかわいらしくそう言って、ヘレンに向かって足下の海の水を引っかける。すべすべした白い足を蹴り上げると、海水がバシャッとヘレンにかかった。
「きゃっ。……やったなぁ」
そういって、ヘレンとノルンはボールそっちのけで水のかけあいを続けた。思わず揺れる二人の胸に視線がくぎづけになる。

 それを見ていたジュンの顔にサクラのはじいたボールがぶつかった。
「ぶっ」
「ほらほらよそ見してないでボール遊びしましょう」
足下のボールを拾って、真上に放り投げてバレーのサーブの要領でシエラにボールを打った。そのまま腰くらいの深さのところまで入っていく。
シエラが下からボールをえいっとはじくと、その胸もぶるんとふるえ、ボールがサクラの方へと飛んでいった。
サクラが海水をまといながらジャンプして、「とやぁ」とアタックする。ボールは順番のとおり俺の方へ飛んできた。それをはじこうとした瞬間、横からノルンが掛け声と共にかっさらうように飛び込んでシエラめがけて打ち返した。
「ノルン!」
笑いながら抗議するような声を上げると、シエラが俺にボールをはじき返してきた。
「ほらっ。サクラ行ったぞ!」
「はい! マスター!」
サクラは再びタイミングを計って少しかがんでジャンプし、ボールを打とうと手を振り下ろす。
スカッ
しなやかな手はボールをかすめ、ボールはサクラの背中の向こうへと着水する。
「あり?」
サクラが慌てて後ろを見ると、その腰のところにボールが寄ってきていた。
そのとき、俺は急に何かに足を取られて海中に沈みこんだ。
ゴパァッ。
頭上から「マスター!」「ジュンさん!」と慌てた声がする。
視界のはしに大きな魚の足ひれが見えたと思うと、何か柔らかなものに抱え込まれるように、俺は海上に顔を出した。
「ぶはぁ。……セレン! 急に引きずり込むなよ!」
「ごめん。ごめん。びっくりしちゃった?」
ここぞとばかりにセレンが胸を押しつけてきて、俺の耳元で、
「うふふ。どう? 私の胸は?」
「……とってもいいな」
ジュンは、いやがるそぶりを見せながらも、ぼそっと正直に返事をすると、セレンはよりぎゅっと抱きしめて、
「正直な男性って好きよ」
と耳元でささやいた。しっかし、なんでこいつはこんなに扇情的なんだろう。……そういえば前に言っていたな「人魚は肉食なのよ」って。
くっついていた俺とセレンの後ろから、
「……ジュン。お仕置きね」
とノルンの暗い声がすると、ジュンはビクッとなって振り向いた。すると、そこにはジト目のノルンとヘレンが、腰に手をやって待ち構えていた。
「あんたねぇ。そういうことをする前に、私たちの水着姿を見てどうなのよ? ほら。感想を言いなさい!」
ヘレンの厳しい声が飛ぶのだった。

 そうして俺たちは、しばらくボール遊びをみんなでした後、昼食の時間が来たので、浜辺に出ている屋台に食べ物を買いに向かった。

――――。
屋台では、鉄板がジュージューと音を立てている。おいしそうな匂いがただよってくる。
日本の海の家ほど立派ではないが、屋台がずっと並んでいる。
冷たい飲み物を売っているところ。イカとか貝を焼いているところ。焼き鳥を作っているところ。さすがに日本のように、焼きそばとか焼きもろこしはないようだ。……思い出したら食べたくなってきたが。

 屋台が結構な数あるので、適当に食べたいものを買って仲良く食べることにした。
「とりあえず。イカ焼きを四つ。……でそっちの貝のも適当に。それとその芋の奴も三つくれ」
そばの屋台で注文をして、できあがりを待つ。と、シエラが何かを発見したようだ。
「あ、あれおいしそう!」
そういってシエラはサクラを連れて、少し先の焼き鳥の屋台へ走って行った。その後ろ姿に向かって、
「適当に頼んどいて! こっちできたら直ぐに行くから!」
ヘレンがそう呼びかけた。サクラが一瞬こちらを向いてコクンとうなづいた。
お会計をすませて二人を追いかけると、焼き鳥の屋台のケースをじっと見ていた。
「ねぇ。サクラちゃん。これ美味しそうだよね。どうかな?」

 シエラの目の前の屋台では、何種類もの焼き鳥が並んでいる。炭で焼く香ばしい臭いとたれの甘いにおいが漂っており、否応なく食欲がかき立てられる。
「うん。ヘレンさんが適当に頼んどいてって。シエラちゃん。たくさん頼もう!」
「了解よ。じゃあ……」
シエラはそういうと、鳥肉、鳥皮、豚串や牛串らしきものをそれぞれ数十本単位で注文する。
「へ、へい。ちょっと量があるんで、ちょっとお待ちを!」
屋台のおっちゃんが、一度に百本以上の注文に手早く串を火に掛ける。おっちゃんの顔に汗が浮かぶが、それに構わず団扇で火を調整している。
それを興味深そうにサクラとシエラが眺めていた。

 みんな、それぞれ買ってきたものを持ち寄って、俺たちは浜辺の一角で食事をはじめる。
目の前には大皿でイカや貝の焼き物、焼き鳥などの串焼き、サラダ、果物、サンドイッチなどが並んでいる。
ノルンがアイテムボックスから白のワインとビールの入った樽を取り出し、氷魔法で冷却する。
それぞれコップに入れて配ったところで、
「じゃ、乾杯!」
と宣言して、食事をはじめた。
早速、サクラとシエラの買ってきた焼き鳥をほおばる。ぱりっとした外側は香ばしく、かみしめると肉の旨みが口にあふれる。塩をベースにしたタレがよく合っていておいしい。
ヘレンはイカをどうやって切り分けようか四苦八苦して、結局そのままかぶりついた。その様子を見ていると、俺の視線に気がついてちょっと恥ずかしそうに、
「な、なに?」
とイカをくわえたままで器用にしゃべる。俺は笑いながら、
「ほら、切り分けてやるからちょっとよこせ」
とヘレンのくわえたイカを小皿に受け取ると、手持ちのナイフに魔力をまとわせてスパスパと輪切りにした。
ヘレンに小皿を返すついでに一切れ口に放り込む。
「あ~、これはショウガと醤油が欲しくなるな」
とつぶやくと、ノルンが、
「醤油だったらまだあるわよ?」
と言って、アイテムボックスから以前に妖鬼の料理人ロンギさんより分けてもらった醤油とマヨネーズをとりだした。
残念ながらショウガはないが、醤油マヨを作ってイカ焼きにつけて食べる。
サクラは必死の形相で一生懸命焼き魚に醤油をふってかぶりついていた。
「うまっ」
その隣でシエラがサクラを見て心配そうに、
「サクラちゃん。すごい顔してるよ」
と指摘しながら、自分も肉串をほおばっている。
人魚族のセレンが、はじめて見る醤油をおそるおそる炙った貝に書けて、串でほじくってッ口にした。感心したように貝の殻を見つめ、
「へぇ。この調味料。すごく合うわね」
とつぶやいた。
どうやらミルラウスにもない調味料のようで、興味津々の様子だ。こんどロンギさんに会ったら紹介してもいいかもしれないね。

――――。
午後も目一杯あそんでリフレッシュした俺たちは、荷物を片付けると、近くのバーに入った。
海側を大きく開いて半ばオープンテラスになっている。そこから見える海に、今まさに夕日が沈もうとしている。
俺たちはテーブルに着き、オイスターを人数分頼んだ。
グラスにきつめのお酒を入れてもらって、みんなで乾杯する。レモン汁をかけたオイスターがうまい。
バーの奥では楽器が用意されていて、これから演奏が始まるようだ。

 人々のさざめきの中、5人の男性がやってきてそれぞれの楽器の音合わせをしている。準備ができたところで、一番中央の帽子をかぶったイケメンがうなづくと、ジャズセッションがはじまった。
トランペットの音と弦楽器の音が重なるように響き、店内から外の町へと音が広がっていく。店の前を通りかかった男女が、その音にひかれて店先で足を止め、店内をうかがっている。

 パッパラ、パッパッパ、パッパー

 二曲目はスイングのようにリズミカルな曲だ。
お酒の入ったグラスを片手に、自然とリズムに合わせて身体が左右に揺れる。みると他のみんなも同じように身体を揺らせていた。
ふと気がつくと、演奏しているステージとテーブル席の間にやや広めのスペースが空いている。あれは? と思っていると、とある男性の客が連れの女性の手を引いて出てきた。どうやらダンススペースのようだ。
俺はみんなの顔をちらりと見ると、全員が期待するような顔をしていた。
微笑んで立ち上がり、
「ノルン。踊ろうぜ」
と言って手をさしのべると、ノルンが笑顔で俺の手を取って立ち上がった。
そのままダンススペースにエスコートし、ノルンと向き合ってその細い腰に手を回す。決められたダンスなどない。ただ曲に会わせて身体を動かすだけだ。周りで一緒に踊っている人たちも相手と話をしながら、思い思いに身体を揺らしている。
ささやくように、
「たまにはこんな日もいいな」
と言うと、ノルンもそっと微笑んで、
「ずっとバタバタと巻き込まれていたからね。これからはこうしてゆっくりとバカンスも楽しみましょうよ」
と言い、俺の胸に頭を寄せてきた。
そっと抱きしめながら一曲を終え、つづいてヘレン、サクラ、シエラ、セレンと一曲ずつパートナーを交替しながら踊った。

01 潮騒のバカンス

 太陽が燦々(さんさん)と照り輝く、ルーネシアのカフェのオープンデッキで、俺たちはくつろいでいた。
花柄のマキシワンピを着たノルンが、
「……ねぇ。今日は街で水着を選んで、明日は海水浴をしない?」
と提案する。

 もうヴァルガンドは|獅子の8月
俺たちは休暇も兼ねて、ルーネシアに来ていた。今、みんなでランチを終えたところだ。
あれ? 水着ってもう持ってなかったけ? でも新しい水着ってのもいいな。
しっかり者のヘレンが、
「水着はもう持ってるじゃない?」
「ふふふ。ヘレン。女子たるもの、水着も服もいくつあったっていいじゃない? ……それにジュンは見たがっているわよ」
ノルンとヘレンが俺の顔をチラリと見る。ポーカーフェイスをたもちながら、内心で動揺していると、ヘレンがうなづいて、
「そうね。あれはエッチなことを考えている顔ね」
とノルンに言った。
「な、なに? 俺は別にそんなことを……」
と慌てて言い訳しようとすると、それを見ていたサクラが、
「マスターったら、顔に出さなくても私たちにはバレバレですよ」
俺はびっくりしてサクラを見た。なぜ?
ノルンがクスクス笑いながら、周りに聞こえないよう小さな声で、
「もう。……いくど体を重ねたと思ってるのよ」
いや、まあ。そういうことなのか? だが、そうすると……。
俺はシエラの方を見た。というのも、シエラとはまだそういう関係になっていないからだ。
「……」
シエラは赤くなりながら俺を見ていた。ううっ。視線が痛い。
サクラがシエラの後ろからしなだれかかり、シエラの耳元で、
「ね? シエラちゃんも色っぽい水着でマスターを落とすのよね?」
とささやくと、シエラは熱い視線で俺を見たままうなづいた。
すると人魚族のセレンが、
「あら? そういえば、次の順番はシエラ? それとも私?」
とノルンにきいている。俺が見ているのを意識してか、ゆっくりと足を組み替えた。スカートの裾から伸びた白い足が、実になまめかしい。
ノルンが含み笑いしながら、「後で相談ね」とつぶやいた。

――――。
気を取り直してカフェを出て、ジェラートというアイスクリームみたいな名前の水着のお店に向かっている。なんでも流行の水着があるばかりでなく、豊富な品揃えを誇っているらしい
俺の隣を歩くノルンが、
「もちろん、ジュンが選んでくれるのよね?」
とにっこり笑っている。俺はその笑顔にドキッとしながら了解した。
カフェで教えてもらった道を進むと、「ジェラート」の文字と椰子の木の絵がある看板が見えてきた。若い女性のお客さんが多いようだ。
店に入って、ノルンが、
「うわぁ。かわいい」
と思わず一言つぶやいた。結構な広さのあるフロアの約7割が女性の水着コーナーになっているようだ。みんなが目移りしているので、とりあえず、それぞれでお気に入りの水着を探してもらうことにし、俺も男性用水着のコーナーへ向かった。

 男性用も色々ある。いわゆるブーメランといわれるもの、ショートボクサーのもの、七分ほどのサーフのものなど、色もデザインも様々だ。
まあ特にこだわりもないし、売り場にいる男性の店員におすすめを聞いて、それにしてしまおう。
「すみません。今年の流行はどんなのですか?」
「いらっしゃいませ。……最新の流行は、こちらになります」
といって、店員が示した棚には、ほとんど紐で男性器を隠すほどの布地しかないものだ。これって、ほとんどヌードって感じだよね。
……予想外に過激なデザインだ。これが流行しているだと? さすがにこれは無いな。こんなのを着たら、すぐさまみんなに襲われそうだ。
「うん。俺としてはもうちょっと大人しいのがいいな。」
「そうですか。お客様なら似合いそうですが……。ではこちらの棚はいかがでしょうか。ショートボクサータイプのもので、デザインは比較的オーソドックスといってよろしいでしょう。ですが素材が特徴的でして、シーサーペントの皮を利用していたり、布地にミスリル粉を溶かしこんだ合成素材であったりするものです」
なるほど。デザインよりも素材で勝負しているわけだな。こっちの方が俺にはあっているだろう。
「ふむふむ……。なるほど。微量の魔力を感知して色が変わるのか。おもしろいな。これ」
「ああ。それに目をつけられましたか。そちらは先ほど申したミスリルを練り込んだものでして、ルーネシアきってのデザイナーのトラボルタ様によるものです。着用者の魔力、または自然界のマナに反応して、その強さによって様々な色に変化いたします。また柔軟性を備えつつも強靭な素材でして、水の抵抗も少ない逸品でございますよ」
俺が手にしたのは、ショートボクサータイプでホワイトを主体としつつも、セルリアンブルーを大胆に取り入れ、かつ細やかな黒の文様が入っているものだ。しかも魔力を感知して、ホワイトとセルリアンブルーの箇所がピンクになったりパープルに変化する。
俺は結局その水着に決めた。

 さてみんなの方はどうかな? 俺が選ぶって言っちゃったから様子を見に行こう。

 店内は視界をさえぎるほど水着の棚が並んでいる。
気配感知で探ってみると、どうやらノルン、ヘレン、セレンは一人で選んでいるようで、サクラとシエラは二人で一緒に選んでいるようだ。それぞれのグループにきっちりと女性店員が一人ずつ付いていて、アドバイスや説明をしている。

 俺は、まずノルンのところに向かった。
ノルンは居るのはビキニのコーナーだった。
ノルンは、店員さんの説明を聞きながら二つの水着を見比べている。
一つはオレンジの花柄の水着で、もう一つはピンクの水着だ。そして、今、店員さんから青紫の竜胆りんどう色の水着の説明を受けている。

 「ノルン。どう?決まった?」

 「あ。ジュン。……ええとね。この三つので迷ってるのよ」
そういって、ノルンは一つずつ水着のかかったハンガーを見せてくれた。
オレンジ色の水着は、大きな花柄、ひまわりの絵柄のもので、ワンピース型だが両サイドと背中が大胆に開いている、モノキニの水着だ。
健康そうで元気な女性にとってもよく似合いそうな水着。うちのメンバーでいうと、申しわけないがノルンよりもサクラが似合いそうだ。

 次の水着はピンクのビキニでレースのパレオがついている。パレオは裾が花のレースになっていて、全体的にシースルーになっている。ビキニ本体にも白のラインが入っていて、おしゃれな感じで、ぐいっと胸を寄せるタイプでこっちが緊張してしまいそうだ。
……これはこれでアリだな。ピンク色が、ノルンの可愛いさを引き立ててくれそうだ。

 三つ目の水着はさっきまで店員さんの説明を聞いていたもので、ビキニスタイル。ノルンの髪の色にあわせようとしたのだろう。竜胆の美しい色だ。ボトムスはサイドが紐になっていて、とてもセクシーだ。……うわぁ。これを着たノルンも見てみたいな。

 「お客様。いかがでしょうか。美しく輝く淡い紫の髪。白いお肌。きっとこの水着はお客様の魅力を引き出してくれることでしょう」
女性店員が自信を持ってお薦めしている。
ノルンは、あごに手を当てて、うんうんとうなりながら決めかねているようだ。と、チラチラと俺の方を見て、何かを期待しているような目をしている。

 「ね。ジュンは、どれがいいと思う?」
「そうだな。ノルンは美人は当然だが、かつ清楚で可憐だから……。その上品さと明るさを表現するなら、このピンクのかな? ただし、三つ目の竜胆色の水着も捨てがたい。自然なセクシーさがノルンの新しい魅力を引き出してくれそうだ」
ノルンは少し照れながら、
「清楚で可憐か。面と向かってそう言われると照れちゃうわね。ふふふ。ピンクか竜胆色、……う~ん」
俺のアドバイスを聞いたノルンは、候補を二つに絞り込んだようだが、再び考え込んでいる。ま、後はノルン次第だな。俺が全部選んでしまっては驚く楽しみも無くなるし。
「じゃ、ノルン。俺はヘレンの方も見てくるよ。……楽しみにしてるよ」
最後にボソッと耳元でささやいて、その場を離れた。

 さて、次はヘレンだ。順番はお約束って奴だな。この順番を守らないと争いの元になりかねない。
ヘレンは、……いた。ちょうど反対側のブースだ。すらっとした美人の店員が一緒にいる。
「ヘ~レ~ン。どう?決まった?」
「あ、ジュン。……そうね。私はこれとこれかな」
そういうヘレンの腕には二つの水着が抱えられていた。
両方とも黒い色だ。どんな種類かはちょっとわからない。
「お客様は、真紅の髪をお持ちで整ったお顔をされております。そして、うらやまけしからん胸。その魅力を引き出すためにはスタイリッシュなもの、または野性味を醸し出すようなものがお薦めです」
これまた自信を持った店員だ。だが、言っていることは納得できる。
「ふむ。確かにヘレンにはそのどちらかが似合いそうだな」
「でしょ? それでね。結局、決められないから、……両方買うから」
「ん? 両方?」
両方買うのか。そんなに海で遊ぶような機会もないように思うが……。そう思っていると、ヘレンは上目遣いに小悪魔的な笑みを浮かべてささやいた。
「そ。……だって、ジュンだって両方見てみたいでしょ?」
「見たい! 許す!」
「思った通りね」
うん。やっぱりね。見たいですよ。……あとでノルンにも両方買っていいと伝えておこう。むふふ。楽しみが増えたぞ。
いつのまにか思考がエロ親父である。

 「次はサクラとシエラのところで見に行くか。どこかな」
そう思って売り場を見渡していると、お店の中央付近でキャッキャッと楽しそうに話している声がする。そこだな。
近づくと、楽しそうな声が聞こえてくる。
「うっわ。シエラちゃん。ちょっと大胆じゃない?」
「やっぱり? 本当はもっとこういう感じのがいいかなって。」
「お客様。これはお客様にお似合いでございますよ。大丈夫です」
「……これならジュンさんもグッときますかね?」
「はい。お客様。どんな男性でもグッと来ますよ」
「ふむふむ。なら、これは買いね」
シエラの目がランランと水着を見つめているのを、遠目に見つつ、俺は会話に割り込んだ。
「どうだい。いいのあった?」
ビクッ! シエラがビクッとした後、ギギギと音が出そうなぎこちなさで俺の方へ振り向いた。
「シエラ?」
思わず大丈夫か? と声をかけそうになるが、シエラは真っ赤になって下着を抱きしめた。
……うん。見なかったことにしよう。サクラに話を降っておこう。
「どう? サクラは決まったの?」
「はい! マスター。私はこれでーす!」
キャピっという音が出そうな元気良さで、サクラが見せてくれたのはセルリアンブルーのモノキニだった。肩紐がなくてチューブトップのようなトップス。……サクラに似合いそうだ。
おや? よく見ると変わった布地だな。
「おや?お客様は気付かれましたか?この生地は細かいドットが入っておりまして、光の加減によって色合いを変化させます」
「へぇ。面白いな」
「ですよね! ね! マスター! 私もう楽しみです!」
大興奮のサクラだ。この裏表のない性格って可愛いよな。
思わずサクラの頭をよしよしと撫でてしまった。見ると、サクラはふにゃぁっと幸せそうな顔をしている。
「いいなぁ。サクラちゃん……」
ぼそっとシエラの声が聞こえて、慌てて撫でている手を止めてシエラの方を見る。
「で、どうだ?シエラの方は?」
「は、はい。……こっちとこっちで迷ってるんですけど」
ふむ。シエラはやっぱり二つで迷っていると。……だが、シエラ。両方買えばいいんだぞ? 俺のためにもな。
「なあ。シエラ。両方買っても……」
ところが、俺が言いかけたところを遮って、シエラが水着を掲げて聞いてきた。
「ジュンさん!どっちがいいですか?」
「あ、ああ……、あ?」
俺は、シエラの選んだ水着を見てびっくりした。
なぜなら、一つはどう見てもスクール水着だからだ。あの紺の女学生が着るやつである。一体どうしてこんなものがこの世界にあるのだろう?
「こちらは一見するとどこが魅力的なのかよくわからないかもしれません。しかし、当代きってのデザイナーの手によるもので、その真価は着用した時におわかりになることでしょう。……特に意中の男性がいる方にとっては」
むむう。Gカップはあるシエラがこれを着る?そりゃあ、ぐっとくるかもしれないが……、でもなぁ。
そして、もう一着は真っ赤なかなりきわどいマイクロビキニだ。……こりゃイカンだろ。
「あのなぁ。シエラ。悪いとは言わないが、お前の良さはそのスタイルと無邪気なところだ。こっちの赤い奴は止めといた方がいいんじゃないか?かといって、こっちはこっちでアリだが、……もう一着別のを探した方がいいな」
「あ、そ、そうですか。わかりました!」
「サプライズがないとつまらないから、もうちょっと探してごらん」
「はい!」
シエラに話しかけた後で、そばにいた女性店員にこっそりと話しかける。
「すみませんが、シックな黒の三角ビキニのちょっと色っぽいのを選んでやって下さい」
「……かしこまりましたわ」
店員は澄ました顔で一礼している。……でもあの水着、あんたが薦めたんだよな? 大丈夫か? と不安にもなるが、まあ楽しみにしておこう。……別の用途に使えるかもしれないし。

 さてと、後は……セレンか。あいつはさっき見たところでは、角の方にいたな。
セレンがいた方を探してみると、試着室の前に一人の店員が待ち構えているのが見えた。セレンと一緒にいた人だ。きっとあそこだろう。
「どうですか?セレンのはいいのがありましたか?」
俺は近寄りながら、店員に話しかける。
「……ええ。思ったよりも独特の感覚をお持ちの方のようですね」
うん? どういうことだ? ちょっと疑問に感じていると、試着室の中から声がかかった。
「あれ? ジュン。そこにいるの?」
「ああ。ここにいるよ」
「丁度よかった。今、試着したところ。どうぞカーテンを開けて評価してね」
「うん? いいのか? ……じゃ、失礼しまーす」
そういって、試着室のカーテンを開けた俺は、中を見て固まった。
それを見てセレンが蠱惑的な笑顔を見せる。
「どうかしら? 感想はいかが?」
そういうセレンはトップレスで乳房が露わになっていた。さらにボトムスは赤い色でサイドが紐になっているセクシーな奴。
「う、わ、あわわわ。な、なんでトップレスなんだ?」
思わず変な声が出るが、俺の視線はセレンの胸にロックオンしている。色白でなめらかな肌。ピンクの先端が上を向いている。ボリュームはノルンと同じくらいだ。
「あら? だってジュンの気を引くなら、こういうのがいいんじゃないかしら?」
そういうと、セレンはふざけて手で乳房の先端を隠してポーズをとる。……マーメイド族ってこんなのばっかりなのかな? 人魚のイメージが壊れつつも、俺はカーテンを閉めるとセレンに話しかけた。
「それだと他の奴にも見られちゃうだろ? 違うのにしとけ」
……その時、さっきの俺の変な声が聞こえたのだろう。ノルンがやってきた。
「大丈夫? ジュン。……ここ、セレン? ねぇ。セレンはどんなの選んだの?」
そういうとノルンはカーテンをちょこっと開いて、頭を潜り込ませた。
「ああ! これをジュンに見せたの?」
そういうとカーテンを閉めると俺の方に詰め寄ってきて、無言で頭をぽかりと叩く。そして、耳元でこそこそと話しかけてきた。
「こんな店の中でイチャイチャしない!」
可愛らしくしかめっ面をつくるノルンに、俺は、あははと笑いながら誤魔化した。
俺から離れたノルンは右手で拳を作ると、こつんとかわいらしく俺の胸を叩いて、
「セレンが決まったら、一度レジの前で集まるわよ」
と言って離れていった。
「じゃ、俺もレジの方へ行ってるから。楽しみにしてるぜ」
「はいは~い! 私の魅力にメロメロにしてあげるわよ!」
セレンはそういうと試着室の中でクフフと笑っていた。

 結局、俺が一着、みんなは二着ずつ水着を購入した。……明日が楽しみだ。