07 ロンギさんと魔剣と妖刀

 次の瞬間、子爵だったものと同じ屋根の上に一人の鬼武者の姿があった。
 全身から妖気をみなぎらせている。
 ロンギさんの出現に、ジャック隊長が、
 「新手か?」
と言うので、慌てて、
 「俺たちの仲間です」
と説明した。

――――。
 子爵だったものが、ロンギさんの方を向いて対峙する。
 「キサマからキッテやろう! ちをススラセロ!」
 鈍重そうに見える姿とはことなり、素早い動きで魔剣を抜き放つと、そのまま上段からロンギさんに斬りかかった。
 ガキィ。
 その強烈な一撃を、ロンギさんは無造作に妖刀鬼丸国綱で受け止めた。
 間近で睨みあう両者。
 ロンギさんは、こめかみに血管を浮かび上がらせ、
 「うるさいんだよ。この野郎。……食べ物のうらみ、晴らさでおくものか!」
と叫び、ぐいんと踏み込んで魔剣を弾くと同時に、子爵だったものに横殴りの一閃を放った。
 ……オオヘラジカの恨みですか?
 飛びすさった子爵だったものを追って、ロンギさんが次々に斬りかかる。
 「オラオラオラオラ」
 子爵だったものに幾筋もの斬撃が当たり、黒い血を吹き出すが、次の瞬間ぴたっと傷が治っていく。
 それを見たロンギさんが、
 「めんどくせえな。その魔剣の加護って奴か」
と距離を取って、油断なく刀を構えた。
 子爵だったものが突然吠えた。
 「グガガアアアア!」
 音が衝撃となって響き渡り、それを騎士団員の何人かがすくんで動けなくなった。
 ロンギさんは無造作に構えを八双に変え、
 「刀魂解放。――斬魔封魂」
 鬼丸国綱から清廉の気があふれ、刀身に霞のようにまとわりついた。
 再びロンギさんが切り込み、子爵だったものが魔剣で受けた。
 「グギィ?」
 妖刀が魔剣を紙のように切り裂き、そのまま子爵だったものの肩口から斬った。
 袈裟斬りの斬撃が子爵だったものの体表に現れ、次の瞬間、そこから瘴気が噴水のようにあふれ出した。
 その背後からロンギさんがジャンプして、カブト割りの一撃を振りかざした。
 「鬼斬剣」
 子爵だったものの頭から股間まで一直線の線が走り、さらに屋根まで断ち切る。子爵だったものの足下に見たことのない梵字が現れ、天に向かって光を放った。
 屋根から子爵だったものが滑り落ちてきた。
 不思議と真っ二つに切ったと思ったが、見た目の傷はない。異形と化していた体も頭髪を除いて元の子爵の姿に戻っている。
 屋根上のロンギさんは残心から納刀し、ひらりと屋根から飛び降りた。

 ドシンと降り立ったロンギさんが俺の方へ歩いてくる。
 「まったく。くだんねえものを斬っちまったぜ」
と笑うロンギさんに、
 「さすがは鬼武者」
と言うと、照れくさそうにして、
 「お前だってあれくらいできるだろ? しかも普通のミスリルの剣で?」
 まあね。
 そこへジャック隊長が近づいてきた。それを見たロンギさんが、慌てて、
 「ちっ。めんどくせえから、俺は行くぜ! 何かあったらサクラに言え!」
と言って、子爵邸の壁を飛び越えて夜の闇に消えていった。

――――。
 さて、事件の後の話をしよう。

 子爵は無事に意識を取り戻したが、観念したのか、今までの悪事をぺらぺらとしゃべり出した。
 ロンギさんに断ち切られた魔剣はそのまま教会で封印されることになった。しかし、その入手先は、異形化する原因となった薬とともに旅の騎士から買ったということで、それ以上の情報を集めることはできなかった。
 あのように人間を異形化する魔法はあっても、薬の存在は初めてということで、王国の諜報部がいろいろと動いているらしい。
 ついでにアルの冒険者ギルドの抑えていた盗賊50人も騎士団に引き渡し、さらに子爵から芋づる式に違法奴隷組織がしょっかれた。

 さてロンギさんだが……。
 今、アルの街の俺たちのホームの庭で、肉を焼いてくれている。
 この場には俺たちステラポラリスのメンバーに加え、星の輝きのメンバーが来ている。

 結局、俺の仲間だが、流れの武士と説明した。こっちの世界にない甲冑や刀の説明が面倒だったが、リリーさんの父親老騎士フランク・ブノワ伯爵の援護もあり、特に問題視されずに済んだ。
 そのフランク・ブノワ伯爵がお礼として極上の肉を差し入れてくれた。サクラを通してロンギさんに伝えると、喜び勇んで俺たちのホームにやってきたのだ。
 上機嫌で焼いている肉の様子を見ながら、並行作業で突き合わせの野菜、ソースを仕上げているロンギさんを見て、俺は微笑んだ。
 ジュージューと肉を焼く音と、芳ばしいおいしそうな香りが広がっていく。
 庭に出したテーブルに座っているみんなのお腹が鳴り始めた。
 サクラがお腹に手を当てて、
 「ロンギの兄ちゃん。まだ? おなかがすいて死にそう~」
と言うと、ロンギさんが笑いながら、
 「ははは。まだだ。ここからが腕の見せ所だ」
と耳を澄ませていた。
 その手元をノルンとヘレンがじぃっと見ている。少しでも技を盗もうとしているのだろう。
 向かいに座っているリリーさんがロンギさんを見つめていた。
 どこかあこがれの人を見るような熱い視線だ。
 「リリーさん。いいお肉をありがとうございます。ロンギさんも上機嫌みたいですよ」
と言うと、リリーさんはぱっとこっちを見て首を横に振った。
 「私の方こそ。危ないところを何度も救っていただいて、ありがとうございました」

 その時、ロンギさんが、
 「できたぞ!」
と叫んだ。すると、器用にトングで肉を次々に放り投げていく。放物線を描いて肉が一人一人の目の前の皿に着地していく。
 そこへロンギさんが順番にソースをかけていき、全員分が行きわたるとロンギさんがおもむろに、
 「さあ、召し上がれ」
 早速、肉を切り分け、ソースをからめて口に入れる。
 肉汁があふれ、まるで溶けるようになくなっていく。そのあまりの旨さに、みんな言葉をなくす。
 「……う、うまい!」
 サクラがそう叫ぶとロンギさんはニカッと笑った。

 こうしてロンギさんとの狩りは、予想外の事件を引き落としたが、俺たちは秋の高い空の下で、みんなでロンギさんの様々な肉料理に舌鼓をうち、至福のひとときを過ごすのであった。

06 ロンギさんとお仕置き

 俺はリリーさんの方を向いた。
 「ここからはブノワ家の問題だが……。冒険者おれたちに手を出したらどうなるか、思い知らせるなら手を貸すぞ?」
 「え?」
 顔を上げたリリーさんにニヤリと笑い、
 「腐った貴族を罠にはめる」

――――。
 「な、なんだと!」
 オオヘラジカがデマ情報だと知ったロンギさんの怒りは相当な者だった。真っ赤になって怒り、憤怒の表情を見せるその姿はまさに赤鬼だ。
 怒髪天をつく勢いのロンギさんに子爵への逆襲を持ちかけたところ、二つ返事で協力してくれることになった。

 さて50人の盗賊だが、この人数でアルに帰還すれば、たちまちに子爵の耳に入ってしまう。それに今回はギルドも利用されたわけだ。
 俺はノルンにシルフを呼び出して貰い、アルの冒険者ギルドのサブマスターへの伝言をお願いした。サブマスターのアリスさんはエルフだから使える手だ。
 シルフを仲介にして、アリスさんに報告する。アリスさんはすぐさまギルドで仲介した依頼を精査すると同時に、50人の盗賊を秘密裏に確保するためいくつかの冒険者チームをよこすそうだ。
 もともとギルドは国家とは独立しており、今回の件は見過ごすことができないらしい。俺の計画を話すと、表面上、ギルドはかかわらないが協力するとのことだ。
 ともあれ50人の捕まえた盗賊を連れて、森の入り口にある俺たちのキャンプ地へと戻る。
 2日して、ギルドの手配した冒険者チームとバトンタッチし、俺たちはザンギを連れてアルの街に帰還した。

 さあ、お仕置きの時間だ。

――――。
 深夜の王都エストリア。
 ザンギから聞き出した連絡手段で、事前に子爵と連絡を取った俺たちは、一見なんの変哲もない馬車に木箱を載せてブルータス・ロッソ子爵邸の裏口に来ていた。
 音もなく裏口の扉が開き、中から子爵の部下2人が屋敷に入るように指示を出した。
 静かに馬車を進めると、すぐ後ろで裏口が閉められた。

 屋敷の方からでっぷりした男と、細身の執事らしき人物が警備の兵を連れて出てきた。
 ナビゲーションで確認すると、あの太った人物がブルータス・ロッソ子爵本人だ。
 俺は馬車から下りて膝をついて子爵が近寄るのを待つ。
 子爵が、
 「例の荷物は?」
 俺は顔を上げて、
 「はっ。確かに荷台にあります」
 それをきいた子爵が愉悦にゆがんだ表情を見せ、「屋敷に運び込ませろ」と執事に命令した。
 執事が合図をすると、警備兵4名が出てくる。
 馬車からは3人のフードの人物が木箱をゆっくりと地面に降ろした。その木箱を警備兵が屋敷へと運んでいく。
 それを見た子爵が満足そうに見て、
 「ふん。報酬は約束通り後で届けさせる。ご苦労だったな」
ときびすを返して屋敷へと戻っていった。
 俺は頭を下げて見送りながら、にやりと笑った。

――――。
 子爵は執事と一人の魔法使いを連れて、木箱の運び込まれた地下室へと向かった。
 「くくく。ようやくだな。……おい。今夜は誰もここに入れるなよ」
と子爵が執事に命じる。初老の執事は無表情に、「はっ」と短く返事をする。
 地下室に入った子爵は、警備兵を下がらせて、執事に箱の蓋を開けさせる。
 執事が蓋を持ち上げると、そこには一人の女性が薄いワンピース一枚を着せられて縛られていた。その目は自らの身に起きる運命を知っているかのようにおびえている。
 執事がその女性を持ち上げて床に降ろし、再び子爵の後ろで待機する。
 女性が子爵を見てぶるぶる震える。ワンピースの裾から見える白い足が欲情をそそる。
 子爵がいやらしい目で女性の全身をねぶるように見て、
 「リリー・ブノワ。……貴様は今日から俺の持ち物となる。せいぜい楽しませることだ」
と言うと、後ろの魔法使いがスタッフを掲げた。
 「――――スレイブ」
 赤黒い光がスタッフから女性に伸びていき、女性の体に吸収されていく。女性が身をよじって苦しみ、強くつぶった目から涙がこぼれる。
 倒れ込んで息も絶え絶えな女性を見て、子爵が高笑いをはじめた。
 「くくくく。ははははは」

 ドンッ。
 そこへドアが叩きつけられるように開かれ、警備兵が飛び込んできた。
 「し、子爵様! 大変です!」
 それを見た子爵が激怒する。
 「なんだ貴様! 誰も入れるなといったろう!」
 警備兵は慌ててその場に膝をつく。
 「王都警備隊が強制捜査令状を持って来ております!」
 それを聞いた子爵が目を丸くする。
 「は? なんだと?」
 執事が慌てて、「私が見て参ります」といって地下室を飛びだしていった。
 子爵は訳がわからない様子でぶつぶつとつぶやいている。
 「どういうことだ? 王都警備隊だと? リチャードの奴には賄賂をやっているのになぜだ?」
 そこへ男の声で、
 「まだわからないのか? 貴様には王国奴隷法違反の罪科で逮捕状が出ている」
 子爵が慌てて声のした方を振り向くと、そこには後ろに控えていたはずの警備兵の一人がいた。
 ゆっくりとカブトを脱いだ警備兵の顔を見た子爵が、驚きで目を丸くし、
 「き、きき、貴様は! ジャック・イグドール! ゾディアック騎士団がなぜ!」
 ジャックと呼ばれた警備兵が一歩前に進むと、子爵はわなわなと震えながら一歩下がり、ついに壁に背をつけた。ジャックの隣にいた警備兵が魔法使いのもとに行くと、魔法使いはおとなしくスタッフを床に置いて両手を挙げた。警備兵が魔法使いを拘束していく。
 「ブルータス・ロッソ。……言い逃れはできないぞ? 俺の目の前でリリーのお嬢ちゃんに隷属魔法を使いやがったからな」
 「ふ、ふざけるな! 私を誰だと思っている!」
 「……一人の犯罪者だ。確保しろ」
 ジャックの指示で、ほかの警備兵が子爵に近寄ろうとしたとき、地下室のドアがバアンッと開き、
 「子爵様! お逃げ下さい!」
と叫びながら執事が飛び込んできた。
 警備兵たちがそれに気を取られた瞬間。子爵が右手で壁の一部を押した。
 すると子爵のいたところの壁がグルンッと反転し、子爵の姿が消えた。
 ジャックは、
 「ちぃっ。隠し通路か! 早く捕まえろ!」
と指示を出すと、警備兵たちが執事を捕まえると同時に子爵のいた壁へと殺到した。

――――。
 俺は王都警備のゾディアック騎士団リーブラ隊の1番隊隊長ロナウド・マッカートとともに、ロッソ子爵邸へと突撃した。
 ロナウドは部下に次々に指示を出し、子爵邸の警備兵やメイド、使用人に執務室を確保していく。
 それを横目で見ながら、まさかサブマスターのアリスさんがゾディアック騎士団と繋がりを持っていたとは知らなかった。というか、元ヴァーゴ隊一番隊隊長だとはね。
 リーブラ隊でも水面下で子爵を内偵していて、様々な悪事の証拠を押さえていたようで、話は早かった。
 今回の作戦は、決定的な犯罪の証拠をつかむため、リリーさんにおとりになってもらっている。俺たちがリリーさんをザンギの代わりに引き渡し、リリーさんが隷属魔法にかけられるところを現行犯逮捕するものだ。
 リリーさんには事前にノルン謹製の使い捨て魔法無効化アイテムを装備してもらった。

 地下室から潜入していたリーブラ隊隊長のジャック・イグドールが飛びだしてきた。
 「くそ! 子爵が隠し通路で逃げた! あたり一帯に検問を張れ!」
 指示を聞いて、警備兵に分した騎士団員が飛びだしていった。
 逃がしたのか? ここまで追い詰めておきながら。
 ――その時、頭上から魔力のほとばしりを感知した。かなりの魔力が波となって俺の体を通り抜ける。
 「なんだ! 今のは?」
 どうやら魔力感知を持っていない人も異変を感じたようだ。
 慌てて屋敷の外に出ると、屋敷の屋根上に子爵が立っていた。その手には飲み終わった怪しげな薬瓶と不気味な剣を持っている。
 「くはははは。こうなったら貴様らを一人残らず殺してやる! この魔剣バアルでな」
 ドクンッと空気が脈動し、子爵の体を血管が浮かび上がり、なにかが手にした魔剣に吸い込まれていく。子爵が「ガアアァァ」とうめきながらその体が異形へと変化していく。
 体は紫となり、その額にもう一つの目が現れ、髪の毛が一本残らず抜け落ちた。手が異様に太くなり、細長い尻尾が生えてくる。
 ジャック・イグドール隊長が、
 「人間を止めたか! みんな注意しろ!」
と叫ぶ。

 ……やれやれだ。
 俺はため息を吐きつつ、神力を少しずつ解放していく。白銀の光が俺の全身からあふれ出した。
 「ジュン。俺にまかせろ!」
 その時、俺の脇を一陣の風が通り過ぎた。

05 ロンギさんと尋問

――――。
 互いに戦い合う盗賊たちの意識を奪いながら、そのままキャンプ地を突っ切るように反対側へと進んでいく。
 ここまでかしららしき人物には会っていないことが、俺の胸の中でわずかな焦りを生み出していた。
 前方の光景を見て思わず舌打ちをする。
 「やっぱりか」
 俺のつぶやきにヘレンが、
 「面倒な事になってるわね」
と同意した。
 「よし。俺は奴の裏にまわる。ヘレンとセレンはこのまま真っ直ぐ進め」
 「わかったわ」「了解」
 するとセレンが弾いている曲が調子を変える。セレンがウインクしながら、
 「こういう歌魔法もあるのよ」
といい、小さい声で歌を歌い始めた。俺の魔力視には竪琴に加えてセレンの口からも魔力を帯びた音が響き渡るのが見えた。
 「これは……」
 セレンが短く、「トランス・セレナーデよ」と言い、歌に戻った。
 どうやらこの歌を聴いた者には一種の催眠状態に入るらしく、集中力を欠いた状態になるというわずかな効果だが、かえって気づかれにくいようだ。
 俺はうなづいて、気配を殺しながら二人と別れて頭の裏手にまわった。

 テントを回り込み様子をうかがうと、ノルンたちと対峙する盗賊の頭とベスの姿があった。
 ベスはもちろんだが、頭にも情報を吐いてもらわねばならない。殺すわけにはいかないのだ。
 頭の背中を見ながら、慎重に身体強化を足に施した。
 新たに登場したセレンとヘレンに気がついた頭が顔を動かした。今だ!

 俺は気配を殺したままベスを捕らえている男の首筋にチョップを食らわせると、頭は「うっ」とうめいて意識を失った。崩れ落ちる男の手から即座にナイフを回収する。
 「よっと。これで完了だ」
 救出されたことがわかったベスは腰が抜けたようで、その場にへたれ込んだ。リリーさんが飛びだしてきてベスに近寄っていく。
 俺はそのまま倒れた盗賊の頭に猿ぐつわをして手足を縛りあげる。
 ふところを探って暗器をとりあげて地面に放り投げ、手をぱんぱんと払いながら立ち上がた。

――ザンギ――
 種族:人族 年齢:36才
 職業:暗部 クラス:盗賊
 スキル:気配感知、危機感知、身体強化、恫喝、体術4、小剣4、斧術4、生存術4

 「暗部?」
 お疲れ様といいながらこっちに来るノルンに、
 「こいつ。やはり単なる盗賊じゃないな」
 じっとノルンがザンギという盗賊の頭を見下ろした。おそらくナビゲーションで情報を確認しているのだろう。
 「本当ね。……仕方ないわ。ジュン。この男をテントに運んで。情報を聞き出すわ」
 「なにか手があるんだな? わかった」
 俺は男を抱えるとそばのテントに向かう。みんなにはその間、麻痺や気絶している盗賊たちを拘束するように伝える。50人もいるからしばらく時間がかかるだろう。

――――。
 テントの中でザンギを降ろす。
 今、ここには俺とノルン、そして、リリーさんだけがいる。
 ノルンがハルバードを男の頭の上に掲げ、魔法の詠唱を始めた。
 「我がマナを資糧に、此奴こやつの精神に干渉し、人形とせよ。マリオネット」
 その詠唱を聞いたリリーさんが驚く、
 「も、もしかして精神魔法?」
 俺は人差し指を唇に当てて、「しっ」というと、リリーさんは口をつぐんだ。
 ハルバードから薄赤色の魔力がザンギの体を包みこみ、肌から吸収するように体内に消えていった。
 ハルバードをもとに戻したノルンが、
 「あなたたちの目的を教えなさい」
と言うと、気を失っているはずのザンギの口が開く。
 「盗賊を装って、リリー・ブノワをさらってブルータス・ロッソ様に引き渡すこと」
 その名前を聞いてリリーが驚き、怒りに身を震わせる。
 「ブルータス・ロッソ? あの法衣貴族か!」
 リリーの様子を横目で見ながら、ノルンが質問を続ける。
 「ブルータス・ロッソとは何者?」
 「エストリア王国の財務省商業庁の副長官。子爵位の法衣貴族」
 「なぜそいつはリリーをさらった?」
 「王国西部の鉄鉱石の利権を巡って、ブノワ家参加の商会を排除して自分の手下のロンベルト商会で独占させるための交渉。さらに奴隷にして、監禁して陵辱りょうじょくするつもりらしい」
 「……そう。で、さらった後の手はずはどうなってるの?」
 「箱に詰めたまま、王都のロッソ子爵邸に運び込み。そこで隷属魔法で奴隷にする予定」
 「その証拠はなにかあるの?」
 「ない。だが保険としてロッソ子爵子飼いの商会の裏帳簿を手に入れている」
 「それじゃ、ちょっと弱いわね……」
 ノルンが俺を見た。「どうする? まだきくことはある?」
 リリーさんがかたく拳を握りながら、
 「私たちが受けた依頼はお前たちの罠か?」
と絞り出すような声で尋ねた。
 「そうだ。依頼を出したのは子爵子飼いのロンベルト商会参加の者だ」
 「くそったれ」
 女性にないののしり声を上げるリリーさんに、俺は、
 「リリーさんたちの依頼ってそもそも何だったんです?」
 「オオヘラジカの肉だ」
 「「オオヘラジカ?」」
 異口同音に聞き返した俺とノルンだったが、ノルンが慌ててザンギに、
 「オオヘラジカはこの森にいないの?」
 ザンギは、
 「いない。情報はでっち上げだ」
と答えた。
 「あちゃぁ。俺たちも引っかかったか……」とうなだれる俺だったが、ノルンが、
 「とにかく、一度戻るしかないわね」と言い、再びハルバードを掲げた。
 「マリオネット解除」
 するとザンギの前身から薄赤い魔力がにじみ出てハルバードに吸い込まれていった。

 リリーさんに今の精神魔法を口止めして、俺はテントを出た。
 後ろ手に手を縛られた盗賊たちがテント前に連れてこられている。
 しかし、この人数。どうやって街まで連れて行くか……。
 考え込んでいると、そこへテントから出てきたリリーさんがやってきた。
 「ステラポラリスには何と感謝していいか。本当にありがとう」
 「いや、気にするな。同じアルの冒険者だ」
 「それでも礼を言わせてくれ。この借りはいつか必ず返す」
 「それよりこれからどうするんだ?」
 リリーさんはしばらく考えていたが、
 「残念ながら証拠がない……。父上に情報は伝えるが、打つ手がない」
と悔しそうに下を向いた。

04 ロンギさんと救出劇

 どうやら盗賊たちは今回の襲撃のために、林の中の広場に予め拠点となるキャンプ地を作っていたようだ。
 ところどころにかがり火が燃え、全体を簡単な木の柵が囲んでいる。テントが何張か並び、そのいくつかは食料庫にしてあるようだ。
 当初、襲撃現場では30人の気配だったが、今ここには50人の気配がする。ということは30人ほどはここで待機していたということだ。

 俺は暗い林の中からキャンプ地を臨み、
 「こりゃあ、ちょっとまいったな」
とつぶやいた。
 サクラは黒猫の姿でキャンプ地の中に潜入している。どうやらリリーさんの捕らえられている真ん中のテントのそばにいるようだ。
 見たところ、さすがに夜の森で気を抜くことはないようで、歩哨が立って周りを警戒している。……このなかでどうやって救出するか。
 俺は振り返って地面に木の枝で図を書く、
 「単純に陽動と救助と分ける。陽動は俺、ヘレン、セレン。救助は、すでに侵入しているサクラ、ノルン、シエラにベスさんだ。俺たちがこっちから派手に騒ぐから、そっちはノルンに任せるよ」
 「わかったわ」
 ノルンが気負いのない様子でうなづくが、ベスさんが心配そうな表情で俺を見る。森一帯の哨戒をしていたフェリシアは、今では定位置のノルンの肩にとまっている。
 俺は手をひらひらさせて、
 「俺たちなら心配ないさ。それに……、倒してしまってもいいんだろ?」
と言うと、ノルンが笑いながら、
 「リーダーは生かしときなさいよ。リリーさんの誘拐を指示した依頼人を聞き出さないと」
と苦言を呈する。
 俺は安心させるようにベスさんに微笑み、ヘレンとセレンを引き連れて移動を開始した。
 ……普通の盗賊より練度があるとはいえ、スキルレベル3か4、しかも魔法使いは2人で火魔法、水魔法に回復魔法ともにレベル3程度だ。
 問題は数だ。50人もの相手をどうさばくか。それも殺さずに。

 突入する予定の入り口を遠くからながめ、ノルンに、
 (今から開始する)
 (了解。気をつけてね)
と念話をかわした。
 ヘレンが三人に祝福ブレスを与え、セレンが手にしたさざ波の竪琴をかき鳴らした。
 俺は無造作に二人を引き連れて敵陣に向かって歩みを進める。
 「まて……、きさま、ら!」
 歩哨に立っていた盗賊の一人が俺を誰何しようとしたとき、眼のぼんやりとしたも片方の歩哨が襲いかかった。
 不意を突かれた盗賊はあっという間に地面に押さえつけられている。俺は通り過ぎざまに二人の頭をぽんと叩き、意識を奪った。
 竪琴の音色が響いていくなか、俺たちはゆっくりと進んでいく。セレンの魅了の竪琴を聞いた盗賊たちが、にわかに同士討ちをはじめた。
 あちこちで剣戟と怒声が飛び交っている。それを見て笑ったセレンの表情は、まさに海の男たちを死の淵に誘い込むセイレーンそのものだった。

――――。
 突如として起こる剣撃の音と怒声。
 この盗賊団の頭ザンギの目の前で、突如として仲間に襲いかかる仲間。
 「な、なんだ?」
 困惑しつつ、副長のビハルにリリーの様子を確認させる。
 自分のテントの前から出ると、目の前では仲間同士が戦っている。どうやら片方は何かに魅了されているようで、死んだ魚のような目をしている。
 「ちぃ。なにが起きてやがる」
 困惑しつつも自らの腰に差した得物の柄に手を添える。
 左の奥から三人の男女が無造作に歩きながら、同士討ちをつづける仲間たちを無力化していくのが目に映った。
 奴らの仕業かっ。
 ザンギは歯をかみしめ、来訪者の所へ向かった。
 ……くそったれ。よりによってこんな時に邪魔が入るとは。
 そもそも、財務省の要職にあるブルータス・ロッソ子爵と黒いつながりのあるとある商会が、王国西部の鉄鉱石の利権をめぐって、領地貴族ブノワ家と対立。当主がゾディアック騎士団パイシーズ隊の隊長であることもあり、うかつな手をは打てないということで、その四女リリーが狙われた。
 ザンギがそのとある商会から受けた仕事はリリーの誘拐と、罪状でっち上げによる奴隷化だ。……特に子爵がリリーに興味を示しており、奴隷とした後で商会から子爵へ贈呈される予定になっている。
 ギルドにダミーの依頼を出し、思惑通りリリーを確保し、一安心したものの。まさかその夜に得体の知れない奴らから襲撃を受けるとは思いもしなかった。
 これはたまたまなのか。それともリリーを狙ったものか……。
 ザンギは様々な可能性を考えながら、襲撃者の元へと向かった。

――――。
 盗賊の陣地の向こう側がにわかに騒がしくなった。それにつられてこちら側に待機している盗賊たちも、奥の方へと移動していく。
 「……はじまったわね」
 そうつぶやいたノルンは、そこにいるシエラとベスに隠形魔法ステルスをかける。
 リリーの身柄は、そばにサクラがいるはずだから安全が確保されたも同然だ。ノルンたちとしては、この騒ぎの中、リリーを連れ出すこと。
 「行くわよ」
 小さい声で二人にそういうと、ノルンはゆっくりと盗賊のキャンプ地に侵入する。
 「パラライズ」
 無造作に歩哨のそばまでいき、キャンプ地の反対側の騒ぎに気を取られている歩哨に麻痺の魔法をかける。
 その場に崩れ落ちた歩哨を無視して、三人は中を進んだ。

 セレンの魅了の竪琴により、盗賊たちは混乱している。
 騒がしく盗賊同士戦っている中を、まるで無人の荒野を行くがごとく三人は進む。
 やがて目当てのテントが見えた来たところで、そのテントからリリーを抱えたサクラが飛び出してきた。
 そのすぐ後を、細身の盗賊が曲刀を手に飛び出してくる。
 「まちやがれぇ!」
 「といわれて待つ人はいません!」
 サクラがクナイを盗賊に放つ。追いかけてきた盗賊がそのクナイを曲刀ではじいた瞬間、見えないようにクナイに結ばれた糸が、盗賊に絡む。
 「忍術機雷針」
と片手で印を結び叫ぶと、サクラから糸を沿って雷撃が盗賊にのびていく。
 バリバリバリと音を立てて、盗賊が黒焦げになる。
 「ぐわああぁぁぁぁ」
 全身から煙を立てて盗賊が倒れ伏し、リリーをかかえたサクラが無事にノルンの所までやってくる。
 ノルンはそれを見て苦笑いをしながら、
 「えぐいわね」
とつぶやいた。
 次の瞬間、どこからともなくサクラめがけて矢が放たれた。サクラがそれをはじくが、その裏にもう一本の矢が現れた。
 「か、影矢?」
 おどろくサクラは上体を反らして避けようとするが、リリーを抱えていて上手くいかない。そのとき、サクラの目の前に盾をかまえたシエラが飛び込んで矢をはじいた。
 「ちぃ。やるな。……だが、そのお嬢さんは俺たちの獲物だ。逃がすわけにはいかねぇ」
と盗賊のかしらがショートボウを投げ捨て、両手にナイフをかまえて突進してきた。
 「速い!」
 慌ててノルンとシエラ、サクラが飛びすさる。……が、ベスが逃げ遅れ頭に捕まった。
 ベスの後ろに回り、ナイフを突きつける頭。
 「ベス!」
 それを見てサクラの腕の中のリリーが叫んだ。
 「おっと。近づくんじゃねえぞ」
 「お嬢様! 私のことは気にせずに!」
 ベスが叫ぶと頭は笑みを浮かべた。頭と相対あいたいするかたちでノルンたちが対峙する。
 「困ったわね」

03 ロンギさんと森の追いかけっこ

 魔力を流し込んだミスリルの片手剣が炎を帯びる。
 無造作に薙ぎ払った剣先から炎が、飛びかかってきた盗賊の男たちに襲いかかる。
 俺の背後ではチーム星の輝きのメンバーを押さえつけている男たちが、飛び込んできたロンギさんとシエラによってはじき飛ばされていった。
 すぐさまヘレンが傷を負っているメンバーに回復魔法を唱えている。
 盗賊の頭は一瞬驚きを見せたものの、すぐさまわめくリリーさんの首筋に一撃を加えて気絶させると、肩に負ぶって森の中へと消えていった。
 あとに残ったのは、立ちふさがる10人の盗賊だ。それぞれが剣、斧、短槍を構えている。

 俺の横で神竜の盾を構えるシエラが、
 「ジュンさん。……普通の盗賊じゃなさそうですね」
 確かに手にしている武器は数打ち品でもそれなりの高品質の武器のようだ。それに陣形の取り方がまるで騎士みたいだ。
 ロンギさんがふんっと言いながら全身から妖気をたぎらせると、あふれ出た妖気が煙のようにロンギさんの全身にまとわりつき、武士の甲冑へと変化した。

――八龍はちりょう
 源氏八領の一つ。悪源太義平が使用していた鎧を木曾の山中で拾った物。妖気を長年受けたため妖鎧となった。
――妖刀鬼丸国綱
 天下五剣の一つである御物ぎょぶつ鬼丸国綱の兄弟刀。粟田口国綱の作だが、妖気を長年受けたため妖刀となった。

 おおっ。これがロンギさんの武具か。まさに鬼武者だ。
 異様な妖気に、立ちふさがる盗賊たちが固唾をのんで見ている。
 俺は一歩前に出て、
 「道を開けろ。リリーさんを返してもらう」
と威圧を放った。
 それに耐えきれなかった盗賊が、剣を振りかざして突っ込んできた。
 「うわあぁぁぁ」
 俺は冷静にそれをギリギリで避けると同時に鎧の上からみぞおちを殴りつける。
 「ぐはっ」とうめいて、盗賊は剣を取り落としてその場に崩れ落ちた。
 その時、背後のヘレンが、
 「ジュン。怪我がひどいわ。いちど戻った方が良い」
と叫ぶ。……くそっ。俺は内心で舌打ちして、サクラに、
 (サクラ頼むぞ。こっちはけが人を連れて一度もどる)
 (了解です。任せて下さい)
と念話をして、無造作に盗賊たちに飛び込む。
 切りかかってくる剣をくぐり抜け、そのタイミングを狙った後列の槍の突きもわずかな動きでかわす。即座に剣を払って剣士と槍士を切り捨てる。
 その向こうではロンギさんが相手の攻撃を物ともせずに、強引に盗賊たちを切り捨て、シエラはシールドバッシュで盾を構えたまま相手の体をはね飛ばし、その隙に次々に切り捨てる。
 確かに型にはまった攻撃をしていて、単なる盗賊と言うよりは騎士団を相手にしているようだが、俺たちの敵となりうるほどの強さはない。
 しかし、その間にリリーさんを連れた盗賊たちの姿は見えなくなっていた。森の奥を見て、星の輝きの女魔法使いが青ざめた表情でリリーさんの名前をつぶやいた。

 周りに潜んでいる盗賊がいないことを確認して、武器を納める。
 後ろでは悔しそうにへたり込んでいる星の輝きのメンバーがいた。

――――。
 けが人を連れて、いちど森の入り口に設置した俺たちのキャンプまで戻ってきた。すでに日は陰り、夕闇が近づいている。
 連れ去られたリリーさんにはサクラが付いている。

 連れ戻った星の輝きのメンバーは、サブリーダーで剣士のオットー、同じく剣士のマッシュと、魔法使いのポロム、重傷で倒れていたレンジャーのカル。そして、もともとリリーの従者であった魔法使いのベス・モナハの5人だ。5人とも憔悴しきっているが、リリーの従者だったベスが思い詰めたような表情をしている。

 「ジュン。フェリシアが盗賊を追っているわ」
 ノルンが俺に告げる。森の木々が邪魔で上空からは見えないが、フェリシアには俺に次ぐ気配感知の能力がある。サクラも追っているし大丈夫だろう。
 ロンギさんが面白くなさそうな表情で腕を組んでいる。
 「で、どうするんだ?」
 俺は彼らに貸したテントの一つを振り返った。重傷だったカルというレンジャーの男を横にして、他のメンバーも座り込んでただじっとしている。
 本来、冒険者同士とはいえそれほど親しいわけでもないし、俺たちが介入する必要はない案件だ。それに冒険者は基本的に自己責任だ。
 しかし、俺はリリーさんを救助してやりたかった。甘いのかもしれない。くだらぬ正義感かもしれない。アルの街で見知った冒険者チームだし、よくギルドカフェで彼らが宴会しているところを見かけた。信頼できる仲間たちと笑って酌み交わしている姿。
 誰がクライアントか知らないが、そんな奴のために彼らが理不尽に蹂躙じゅうりんされるのを見ていたくはない。俺たちが手を伸ばせば届くのだから。

 みんなが集まったところで、俺は、
 「ロンギさん、すまない。俺たちはオオヘラジカより先にリリーさんを救出したい」
 ロンギさんは苦笑いしながら、
 「わかった。……だが、俺はシカを追わせてもらうぜ。人と人との争いはこりごりだ」
 俺はうなづくと、ノルンたちに、
 「というわけだ。悪いな」
と言うと、みんなはわかってるよとでも言うように微笑んだ。
 そこへ後ろから、
 「私も連れて行って下さい」
と女魔法使いのベスさんの声がした。俺たちの後ろで話を聞いていたのはわかっていた。
 彼女は他のメンバーと違い、もともとリリーさんの従者だ。いても立ってもいられないだろう。
 ノルンを見ると、彼女もうなづく。俺はベスさんの同行を許可した。
 他の星の輝きのメンバーも来たがったが、重傷のカルさんの傷こそ治っても血は戻らない。悪いが、彼らにはここで留守番をしてもらうことにした。
 サブリーダーのオットーさんは、
 「すまん。……リリーを頼む」
とすがるように、森に出発する俺たちを見送ってくれた。

――――。
 暗くなる森の中、サクラと連絡を取り合いながら盗賊を追う。
 ちなみにサクラはクラスが忍者、さらに黒猫の姿に戻れば怪しまれることもなく尾行調査ができる。
 ひんやりとする空気の中、秋の虫の声がする。道もわからないような山の中を慎重に進んでいく。
 サクラの気配はもう少し先だ。

02 ロンギさんと森の出逢い

――――。
 さて、俺たちの仕事道具や食料はノルンのアイテムボックスに収納してあるため、いつでも出発が可能だ。
 ロンギさんもここに来る前に携帯食料などの準備を整えてきているようだ。
 早速、出発することにして、俺たちは玄関を出てホームに誰も入れないように持続型の結界を張った。
 ちなみにロンギさんのステータスは、

――ロンギ――
 種族:妖怪妖鬼 年齢:1200才
 職業:放浪の料理人 クラス:武士、拳士
 称号:料理の探求者
 スキル:気配感知、魔力感知、危機感知、暗視、空間把握、自然回復、身体強化、剛力、絶対味覚、刀術5、妖術5、小刀5、体術5、拳闘術5、弓術5、食材鑑定4、調理5、状態異常耐性4

 妖鬼の名にふさわしく物理特化、かつ料理人としてのスキルが充実している。個人的には刀術スキルが気になる。やはり日本人の血が騒ぐのだろう。
 鹿肉か。確かに新鮮な鹿肉はかなりおいしいとは聞く。フランス料理いえばジビエのカテゴリに入るのかな?

 俺たちはギルドを通して馬を借り、ロンギさんの案内のもと、目撃情報のあった森へと向かった。
 アルから南へ二日目の朝。ベルトニアに向かう街道の途中から道をそれ、徒歩で馬を引きながら草原を進んで遠くに見える森を目指した。
 森の手前でキャンプできそうな場所を見つけ、そこを基地にすることにした。
 とりあえず今日は、ノルンとセレンに留守番をしてもらってキャンプベースの設営を依頼する。残りの俺、ヘレン、サクラ、シエラでロンギさんと共に森に潜入する。
 草原ならばフェニックス・フェリシアによる上空からの探索が有効だが、森の中だとそうはいかない。
 俺の気配感知だと草場や木の枝にいる小動物がたくさんいるのがわかる。オオヘラジカといいうくらいだから、獲物はかなりでかいはずだが、今日の食材もできれば少しはゲットしたい。
 もっとも最初から血の臭いを漂わせるわけにはいかないだろうから、今は無視をして森の中へと進む。
 俺の前を歩くサクラは、耳をピコピコさせて音や匂いに意識を集中している。シエラは大楯が藪の枝に引っかからないように苦慮しながら俺の後につづいている。
 ロンギさんはところどころで立ち止まり、目を細めて方角を定めながら進む。なにげなく歩いているように見えるが、その体重移動や気の配り方からかなりの実力と経験を持っていることがわかる。今のところ武器は持っていないようだが……。
 不意にロンギさんが鼻を鳴らした。ほぼ同時にサクラが、
 「血の臭いがします。700メートル先です」
 さすがサクラだ。俺の気配感知は通常500メートル圏内を感知しているが、それより遠くの匂いまでわかるのか。
 ロンギさんが鼻をひくつかせた。
 「……人間の血のにおいだな」
と言う。俺はサクラに偵察を命じ、後からサクラの後を追うことにした。
 しばらくしてからサクラから、
 (数人の冒険者が盗賊に囲まれています。一人切られているみたいですね)
と念話が送られてきた。俺は、
 (すぐに行く)
と伝えて速度を上げる。ほかの三人に先に行くと告げ、身体強化のレベルを上げて、木々の間を飛ぶように走り抜ける。
 コントラクトの気配をたよりにサクラの隣に行った。
 目の前では6人の冒険者チームを取り囲む盗賊たちがいる。人数は……、気配感知によれば見えないところにいるのも含めて30人だ。
 輪の真ん中の冒険者チームでは、一人の男の冒険者がすでに仰向けに倒れている。まだ息はあるようだ。
 うん? あれって同じエストリアの「星の輝き」の奴らじゃないか? 確かリーダーはリリー・ブノワ。エストリア西部を管轄とするゾディアック騎士団のパイシーズ隊隊長の4女だったはずだ。

――――。
 「き、貴様ら! よくもカルを!」
 リリーがミスリルの片手剣を強く握りながら、目の前の盗賊のかしらをにらんだ。頭は嘲笑するような笑みを浮かべ、
 「俺らもむやみに殺したくはねえんだ。……お前さえ、俺たちと一緒に来てくれたら、あとの奴らは見逃してやろうじゃないか」
 リリーはギリッと歯をかみしめ、まわりの盗賊と自分の仲間を見回した。切られた男のそばではフードの女性が震えながらも回復魔法を唱えていた。
 サブリーダーと思われる男性が鋭く、
 「ダメだ、リリー! 奴らはそもそも俺らを見逃すつもりはねえよ!」
と叫んだ。それを聞いた盗賊の頭はあごひげをなぞりながら、
 「信じるか信じないかはお前の勝手だ。……まあ、気が変わらないうちに決めな」
わらう。
 「ダメだ! リリー! ……ぐっ」
 なおもリリーを止めようと叫んだサブリーダーの肩に矢が突き刺さり、その場でひざまづいた。
 頭はニヤニヤと笑いながら、右手を挙げた。
 「俺がこの右手を下げたら、お前ら皆殺しだ。……なに、リリーだけはちゃんと生かしといてやるからよ。クライアントのぼっちゃんが調教するのを楽しみにしてるからな」
 リリーは憎々(にくにく)しげににらみ、
 「この外道げどうがっ。……くそ」
と吐き捨てて、かまえていた剣先を下ろした。

 「仲間たちを助けるためだ。……投降しよう」

――――。
 目の前でリリーさんが剣を下げた。
 隣のサクラが、
 (マスター)
と念話を送ってくる。
 (わかっているが、この人数差だ。制圧するのはできても……それに背後に誰かいるらしい)
 (で、どうします?)
 (……サクラは、リリーさんについていけ。俺は星の輝きのメンバーと合流し、後から奪還する)
 (了解です。……ですが、リリーさんに危害が加えられそうになったらやってもいいですか?)
 (もちろんだ。だがリリーさんの安全確保が先だぞ)
 (了解。では――)
 サクラはすっと気配を薄め、木々の間に消えていった。俺はそっと集団の様子をうかがう。

 リリーさんは盗賊の頭の命令で剣を投げ捨て、前に進み出た。仲間たちが止めようとしたとき、その脇から盗賊たちが槍を突き込んで、リリーさんと仲間たちを分断した。
 仲間の方に振り返ったリリーさんの表情は悲しそうだ。その目の前で仲間たちが後ろから盗賊に押さえつけられた。
 「ぐっ」「くそッ」「リリー! 行くな!」
 次の瞬間、リリーさんも押さえつけられて後ろ手に縛られた。リリーさんの顔が悔しそうにゆがむ。
 その時、俺の気配感知に、ロンギさんを先頭にヘレンとシエラがやってくるのがわかった。
 俺はそっとその場を離れて、二人と合流し、三人で静かに茂みに潜む。

 目の前では縛られたリリーさんを連れて、盗賊たちが森の奥へと進んでいった。盗賊たちに武器を奪われた仲間たちが追いかけようとするが、盗賊たちに槍と剣を突きつけられて牽制されている。
 遠ざかった頭が笑顔で別の盗賊にアイコンタクトを取った。
 「足りないな。ぜんぜん血が足りない。……気が変わった。れ!」
 それを聞いたリリーが身をよじる。
 「ふざけるな! 約束が違うぞ! 逃げろ! ベス! みんな、逃げろぉ!」
 しかし、振り返って仲間の元へ戻ろうとするリリーさんの目の前で、彼女の仲間たちに向かって盗賊が襲いかかった。

 「行くぞ!」
 俺は短く二人に言うと飛び込んだ。

01 ロンギさんと食材を求めて

 季節は|天秤の10月。俺たちはエストリア王国アルの自分たちのホームでくつろいでいた。
 機工王国アークへ行く前に、ベルトニアでのサメ退治の報告をする必要があり、ついでにホームで数日の休息を取ることにした。
 なにしろ神船テーテュースに設置した転移魔方陣があるから、こうしてホームへも一瞬のうちに転移できるから便利だ。転移魔方陣の設置ポイントは後は無人島の楽園パラディーススだけだが、いずれは世界の各地に設置して、いつでもあちこち行けるようにしたいところだ。

 「ただいま~」
 隣の玄関からヘレンの声が聞こえる。どうやら修道院から戻ってきたようだ。
 俺は、手にした紅茶のカップを食堂のテーブルに置く。
 がちゃと音がして、ヘレンが腕に薄手のコートを掛けたままで食堂に入ってきた。
 「おかえり」
と、俺の向かいでノルンが紅茶のカップを持ったままヘレンの方を向いた。
 ヘレンがづかづかと大股で歩いてきて、どすんと俺の横に座る。
 「ふぅ。今日は、ちょっと冷えるわ。……あっ、サクラ。私にも紅茶いれてくれる?」
 「いいですよ。ちょっと待ってください」
 サクラが新しいカップを取り出してティーポットから紅茶を注いで、ヘレンに手渡した。
 ヘレンは「ありがとう」と言って、さっそく一口飲んだ。一息ついたところで、
 「さっきね。院長さまから王国内のごたごたの話を聞いたわ」
 「ごたごた?」
 俺が聞き返すとヘレンはうなづいた。
 「そ。ジュンももう気づいているかもしれないけれど、このエストリア王国は歴史が長かった分、腐敗した貴族も結構いるわ。……領地を持つ貴族も、官僚の法衣貴族もね」
 「まあ、な」
 「どこの世界でも多かれ少なかれ管理する側とされる側の癒着はあるとは思うのよ。……でもね」
 「そうだな」
 「財務省のとある有力貴族がね、とある商会と癒着しているらしいの。……で、どうもね。犯罪まがいの手法で犯罪奴隷に堕して、その奴隷を欲しがっている貴族に斡旋しているらしいのよ」
 うん? どういうことだ? つまり、罪のない人を罠にはめて犯罪奴隷にしてるってことか?
 「おいおい。それって……」
 「だからね。院長さんが気をつけろって。……うちは美人ばっかりだから」
 まあな。でもそういう問題じゃないだろう。そんなのがのさばっているとは、何だか暮らしにくい国になりそうだ。
 俺たちだけなら転移魔方陣で転移すればいいだけの話だけだが、この街にも知り合いが多い。一度、ローレンツィーナ修道院長さまに相談しておいた方がいいかもしれない。

 その時、俺の視界に、外の門扉から背の高いがっしりした体つきの男性が入ってくるのが見えた。
 「おや? あれは……」
 たしか港湾都市ベルトニアでお世話になった妖鬼の料理人ロンギさんだ。
 しばらくベルトニアの宿屋にいると言っていたが、急にどうしたんだろう?
 少しして屋敷のドアノッカーを叩く音がする。
 同じ妖怪のサクラが迎えに行ったようだ。玄関前でロンギさんと目が合ったので手を振っておく。玄関のドアが開き、サクラが出てきてロンギさんと二言三言ふたことみこと、言葉を交わし中へと案内した。
 ダイニングのドアが開き、約5ヶ月ぶりのロンギさんが入ってきた。
 俺は立ち上がって、
 「ようこそ。俺たちのホームへ」
と言って、ロンギさんと握手を交わす。ごつい手が力強く握り替えしてくる。この大きな手でいろいろな料理をつくると思うと不思議な気持ちになる。
 「無事に海から帰還したと聞いたんで来たぜ」
 俺は苦笑いしながら、
 「いやいや。タイミングが良かったですよ。俺たち、これからアークへ向かうつもりでしたから」
 「本当か? せわしないな」
とロンギさんも笑いながら、イスに腰を下ろした。
 早速、サクラがロンギさんにも紅茶を入れる。ロンギさんは片手を上げて、礼を言い、早速、紅茶を一口飲んだ。
 「それで、今日はどうしたんです?」
 来訪の目的をたずねると、ロンギさんは、
 「ああ。今日はちょっと狩りに誘いに来たんだが……」
と言葉をにごす。
 「アークに行く前に一週間ほど時間をくれないか?」
 「別にいいですけど……。理由を聞いても?」
 「ああ。実はな。オオヘラジカの目撃情報があったんだ。ありゃあ、肉が旨いんだ。まだほとんど知られていないんだが、……どうだ?」
 オオヘラジカか。確かに食欲の秋っていうもんなぁ。ロンギさんがいうくらいだから、かなり旨いんだろうな。
 ちらりとみんなの顔を見ると、期待している表情をしている。
 ノルンが少しそわそわしながら、
 「行きましょうよ。そんなにおいしいお肉なら食べたいわ」
 みんなもうなづいている。なら決まりだな。
 俺は了承した。