ノルンとシエラの孤児院訪問

 アルの街の私たちステラポラリスのホームで、私、ノルンはジュンと二人でワインを飲んでいる。
もう9月の夜の今ごろは、随分と肌寒くなってきている。他のみんなはそれぞれ寝室に戻っていって、ここには二人っきりだ。……まあ、今日の順番は私なのよね。
ジュンは目の前の皿からチーズをひとかけらつまんで口に入れる。
「ん~。そういえばシエラの勉強ってどうなった?」
私はくすりと笑うと、
「もう一通りの計算はできるようになったから教えていないわよ」
と言うと、ジュンはうなづいてワインを私のグラスについでくれた。
「いやぁ。それにしてもまさかシエラが計算苦手だったとはね」
「私もビックリだったわ。なんでも買い物はツケで、みんなお父さんが計算していたんですって」
「……そういえば、シエラと出会ったとき、職業が自宅警備員だったか」
「ふふふ。そうだったわね」
私がワイングラスを持つと、ジュンもグラスを持ち上げ、二人でカツンと乾杯する。
ジュンは笑って、
「まあ、お疲れさん」
と言ってワインに口をつけた。
私もワインを飲みながら、サクラとシエラと引き受けた最初の依頼を思い返していた。あの賑やかな、そして、大変だった孤児院の依頼を。

――――。
早朝のアルの街を三人の女性が歩いている。
淡く紫をおびた白銀の髪を後ろで一つにまとめている女性、ノルン。そして、その後ろに明るい金髪のボブカットから猫耳が飛び出ているサクラ。そして、同じく金髪から巻き角がのぞいている竜人族のシエラ。
夏場の抜けるような青空の下、三人はおしゃべりをしながら少し坂になった石畳の石を歩いていた。

 今日の依頼は孤児院のお手伝いだ。
私ノルン、とシエラは、ジュンたちの冒険者ランクに追いつくために、一緒に依頼を受け続けている。
今日が三人なのは、募集人員が三人だったのでサクラにお願いして着いてきてもらったというわけ。
一日も早く実績を積んで、ジュンたちの待つランクDになって、一緒にランクC昇級試験をうけるんだ。

 アルの孤児院はいくつかあるけれど、これから行くところはヘレンがかつて暮らしていた修道院が経営しているところで、十五才以下の孤児が男女あわせて百人くらいいるらしい。
孤児の子供たちは十才になると孤児院のお手伝いを始め、十五、六才で町のお店に働きに出たり、冒険者になったりするらしい。そして、自分で生活ができるってなったら、孤児院から出て自立をするんですって。もちろん少数だけど、ヘレンのように修道女となって修道院で暮らす子もいるらしい。

 今まで隠者の島で三ツ目族の女性パティスと二人、……いやフェリシアも入れて三人で暮らしてきた私には、人魚の友人はいたものの、こうして街中で仲間と一緒に暮らすことが新発見の連続で楽しい。
もちろん隠者の島の暮らしが嫌だったわけではないわ。あそこは私の故郷とも言える場所だから。今はまだまだ都会暮らしが楽しくて、望郷の気持ちを抱くのはまだまだ先のことになるでしょうね。
今は、昨夜の飲み会の話をしながら、三人で歩いていて心がウキウキと弾んでいるのがわかる。

 修道院へののぼり坂を歩きつづけ、曲がり角に差し掛かると、
「ああ! どいてどいて! ああああ!」
と子供の叫び声がして、次の瞬間、小さい何かがものすごい勢いでシエラにぶつかっていった。
「きゃい.ん!」
シエラは小さい何かを抱きかかえながら、地面を五メートルくらいごろごろと転がった。
「たいへん! 大丈夫?」
今日は孤児院の依頼だから何の武装もしていないんだけど……。
サクラと一緒にあわててシエラに駆け寄ると、シエラの腕の間に一〇才くらいの男の子が目を回して気絶していた。
「ああ、びっくりした。私は大丈夫です」
シエラは起き上がって腕の中の男の子の様子をそうっとうかがっている。うん。特に怪我はなさそうね。
サクラが、
「この子、どうしましょうか?」
と、男の子の顔をのぞき込みながら言った。

 見たところ粗末な服を着ていて、この先の孤児院の子だろうとは思うけれど、このまま連れて行っていいものかしら?
その時、タイミング良く、
「ん、んっ。……」
と男の子はゆっくりと目を開いた。
どういう状況かわかっていないのでしょう。目をパチパチしているわ。そして、まわりを見回して、私たちを見ると、突然大きな声で叫ぶ。

 「あ、あー! もう! なんで避けてくれないのー!」

 それを聞いたサクラがポンポンと男の子の頭をたたく。
「こら!君が飛び出してくるのがイケナイんだゾ! ……曲がり角の向こうに何があるのかわかんないんだから、あんなに走っちゃ危ないでしょ?」
強気だった男の子だが、サクラに注意されたとたんに縮こまった。
「う、……うう。ごめんなさい」
それを見たサクラは今度はやさしく頭を撫でる。
「わかればいいのよ。今度から注意してね」
シエラが男の子に近づいてしゃがみ込んだ。
「突然、飛び出してくるからびっくりしちゃったわよ。どこも痛くない?」
男の子はシエラの顔を見ると、たちまちに赤くなってうつむいてしまった。
……おやおや?
私はにんまりと笑って、男の子を見つめた。くすくす。可愛いわねぇ。
シエラは心配そうに、
「大丈夫? 熱でもあるかな?」
と、男の子の額に手を当てようとすると、男の子は真っ赤になってその手を振り払い、
「う、うるさいやい! 男の子だから平気だって。……子供扱いすんな!」
と叫んだ。男の子は、慌てたように立ち上がって孤児院の方へ走っていく。

 シエラはぽかんとその小さな背中を見ていたが、私は忍び笑いをしながら、
「あらあら。可愛いわね」
とつぶやいた。
シエラが立ち上がって膝のほこりをぱんぱんと払うと、
「怪我がないみたいで安心しました」
と言う。……あなたが柔らかく受け止めてあげたお陰なんだけれどね。
私たちは気を取り直して孤児院へ向かって歩き出した。

 孤児院につくと、三〇代半ばくらいの女性がうれしそうに話しかけてきた。

 「来てくれて助かったわ。……昨日と今日はスタッフが三人出かけてて、残った三人じゃ子どもたちを見きれなかったのよ!」

 先ほどの男の子を思い出す。ああいう元気な子供ばっかりだと確かに三人では大変でしょうね。
私は、その女性……カトリーヌさんに尋ねた。
「それで私たちは何をお手伝いすればよろしいですか?」
「ええ。あなた達にお願いしたいのは、子どもたちの面倒を見ることよ。
……ここには百二人の子どもたちがいるわ。六歳以下が三十人。それから十歳までが三十三人。十歳から十四歳が二十人。それ以上で自立を目指しているのが十九人よ。
この年齢ごとにグループに分かれているから、あなたたちもそれぞれ分かれて私たちの補佐をお願いしたいの。
六歳以下の子にはスタッフのラト、十歳以下の子には私が担当よ。ここまでは危険がないように一緒に遊んであげればいいわ。
十歳以上の子にはマークが授業を行うから、その補佐ね」
「わかりました。……ちょっと相談させてくださいね」

 私たちは相談の結果、
六歳以下のグループには、ラトさんとサクラ。
十歳以下のグループには、カトリーヌさんと私、ノルン。
十歳以上のグループには、マークさんとシエラ。
このように分かれることになった。

――――。
はい。こちら、サクラ。これから六歳以下のお部屋に突入します。
一緒のラトさんは二〇代半ばの金髪の女性です。
「みんな、おっはよ!」
こういうのは最初が肝心。私は元気に手を振りながら、ちいさい子供たちの部屋に入っていった。
シ~ン……。
え、え~と……、これはどういう状況かしら?
なぜか子どもたちが白い目で私を見ている。男の子の一人がつぶやいた。
「無駄に元気……」
それを見たラトさんが苦笑しながら、みんなに紹介してくれる。
「みんな。今日一日、みんなと一緒に遊んでくれるサクラさんだよ。なんと冒険者だって」
それを聞いた男の子たちは急に目をキラキラさせる。
「まじ?うわぁ。……ね、冒険の話を聞かせてよ!」
歳相応の男の子たちに私はほっと胸を撫で下ろしていると、一方で女の子たちは、
「うん。じゃあ、私たちはいつものようにおままごとをしてるわね」
と、少し離れたところでおままごとを始めたようだ。……女の子だものね、冒険談よりもおままごとの方が好きだよね。うんうん。

 「じゃあ、男の子は、こっちに集まれ.!」
私は手を上げて男の子を集めると、床に座って冒険談を話しはじめた。
「これは一年ほど前の話で、マスター、じゃなかったリーダーとカローの森ってところにいった時のはなし――」
男の子たちは熱心に最後まで話を聞いてくれ、話が終わると、
「へぇ。妖精王ってほんとうにいるんだね」
なんて話をお友達としている。
「サクラお姉ちゃんありがと」
うん。なんてかわいい子どもたちなんでしょう。
どうやら男の子たちはそれから勇者ごっこを始めたようだ。

 とその時、突然、尻尾を握られ耳を触られた。
「っーーーー!」
びっくりして振り返ると、頬を赤らめて鼻息を荒くした三人の女の子が私の尻尾と耳を触っていた。
「え、えっと。……くすぐったいんですけど」
怖がらせないようにちょこんと首をかしげて女に子に言うが、どうも様子がおかしいわ。
「こ、これが本物のケモミミ……」「……この尻尾もくねくね動いて……最高。はぁ」
「ああ、ケモミミ、ケモミミ。どうしてあなたはケモミミなの?」
なんだかうっとりした表情になっている。えっと、どうしよっかな。怖いんですが……。

とその時、私の耳におままごとの会話が聞こえてきた。

 「あらまあ。奥様。おたくの旦那さん、こないだ若い子と腕を組んで歩いていましたわよ」
「な、なんですって.。むきぃぃ!きっとあの女狐ね!こうなったらこの包丁で……」
「いいのかしら?そういうアナタのところの息子さんだって、お隣の若奥様にぞっこんだって聞きましたわよ?」
「ウチのタッくんにかぎって、そんなことをするはずがありませんわ!まったく根も葉もないことを!……ごめん遊ばせ!帰らせてもらいますわ!」

 …………えっと。何のおままごと?

 「ラトさんは俺の嫁!」「いや俺んだ!」「ちがう!俺の嫁だ!」
……どうやら向こうでは、別のバトルが始まったみたい。

――――。
「ではノルンさん、行きましょうか」
「はい。カトリーヌさん。よろしくお願いします」

 私はカトリーヌさんと連れ立って、十歳以下の子どもたちのお部屋に向かった。

 「みんな、おはよう。……今日はお客さんがいるわよ」
「みなさん、おはようございます。冒険者のノルンですわ。今日は一緒に色々とお話とかしましょう」

 私は挨拶をしながら子どもたちの様子を見る。
男の子たちは赤くなりながらも私の顔をじっと見ている。女の子たちは「キャ
ー!」「綺麗!」って声をあげている。ふふふ。小さな子でも綺麗と言われると悪い気はしないわね。

 「……お姉様。私たちとお話しません?」
一人の女の子がそういうと私の手をとって、女の子のグループのところに引っ張っていった。それを見ていた男の子がうらやましそうにしている。

 「ねえねえ。お姉様は何で冒険者をしているんですか?」
「私?そうねぇ。冒険者をしながら世界のあちこちを見てみたいの。だからかしら」

 女の子たちは私の顔をジーッと穴が開くように見ている。何故か悪寒が背筋を走る。
えっと、一体なにかしら?
「本当ですか?男のせいじゃないんですか?甲斐性なしの男に貢いでいるんでしょ?」
「お、おとこ?……いや、別にジュンはそんなんじゃないわよ」
「ジュンっていうんですね?どんな人?カッコイイ?ね、もうヤッちゃったの?どこで出会ったの?」

 あああああぁぁぁ。これはどういうこと?誰か……、ジュン、助けてー!

――――。
「さて、午前は計算の復習だ」
マークさんはアラフォーの男性だ。
私、シエラ、をみんなに紹介したあと、マークさんは黒板を前にして足し算の説明を始めた。
へぇ。なるほどねぇ。
計算ってあんまり得意じゃないんだけれど、マークさんの説明はわかりやすい。
机を並べる他の子供たちもうなづきながら、手元の紙に何かを書き込んでいる。
「はい!それでは、みんなに質問だ。三+六はいくつだ?……レイ」
当てられた男の子が答える。
「はい。九です」
「よし。今のは簡単だな。……じゃ、十二―三はいくつだ?その後ろ」
今度はレイくんの後ろの女の子が答える。
「はい。九です」
マークさんは満足そうにうなづき、
「正解だ。続いていくぞ。その隣り。十五×二はいくつ?」
「はい。三十です」
答えを聞いたマークさんは拍手をした。
「よし。……では、シエラさん。十六+三はいくつだ?」
急に当てられて私はびっくりする。
「えっと、十六+三? 一、二、三、四……。どうしよう。指が足りないわ。……えっと。十?」
「…………………………」
「え?なに?私の顔に何か?」
どうしてかわからないけど、みんなが残念な子を見るような生暖かい目で私を見る。
どうして?間違ったかしら?……計算って難しくて苦手なの!

 その日の夜から、私はジュンさんから計算の特訓を受けることになった。二人っきりでうれしい! んだけど、なんか違う気がする……。

――――。
「ねえ。ノルンさんのところはどうでした?」
とサクラがきいてきた。

 遊びの時間が終わり、厨房でお昼の準備を手伝っているところ。私はお鍋をお玉でゆっくりとかき混ぜている。
お玉を持ったままで、野菜を炒めているサクラの方を向いて苦笑しながら、
「おませな子供たちが多かったわね」
というと、サクラは、
「私のところは好奇心旺盛な子が多くって……」
と、やはり苦笑い。サクラは、お皿を用意しているシエラに、
「シエラちゃんは……」
と言おうとすると、シエラは言いにくそうに、
「随分と高度なお勉強をしているみたいで、ついて行けなかったです」
「高度な勉強?」と尋ねる。
「はい……」
というシエラの返事をききながら、一体なにを教えているのか興味を引かれる。
「なんでも7足す9とか、もう両手の指を越えているのに、よく計算できますよね」
……。えっ?
私はサクラの方を見ると、サクラは駄目だこりゃとでもいうように首を横に振った。まさか竜人族って脳筋なのかな?
ため息をついて、シエラに、
「あなた、今日から私とヘレンと交互に勉強を教えるから。ジュンのチームにいるんだから、計算くらいできるようになってもらうわよ」
と言うと、シエラがとまどいながらも、
「は、はい!」
と背筋をぴっと伸ばした。

――――。
「ノルン、どうした? 急にぼうっとして」
ジュンが心配そうに私の顔をのぞき込んでいる。
私は苦笑しながら首を横に振って、
「ううん。なんでもないわ。……孤児院に行ったときのことを思いだしていたの」
ジュンはうなづくと、
「シエラも頑張ったよな。もう計算はできるようになったんだろ?」
私は困ったように笑みを浮かべ、
「……う~ん。計算はもういいんだけれどね」
と言葉をにごすと、
「何か問題があったか?」
ときいてきた。私は少し迷いながら、
「計算はいいんだけれど、買い物はそれでもダメね」
「というと?」
「すぐにだまされるわ。……あの子、良くも悪くも箱入り娘だったから」
「ああ、……なるほど」
何か思い当たったようにジュンはうなづいた。そして、微笑みながら、
「まあ一人じゃないから大丈夫だろうさ」
「多分、シエラが一人で仇討ちなんて飛びだしたら、あっというまに借金奴隷になっていたわね」
私がそう指摘すると、ジュンがぎょっとして、
「そうだな」
とつぶやいて顎をさすっていた。
「ノルン。……これからもみんなの様子を見といてくれよ」
真剣な表情のジュンに、私は微笑みながら、
「当たり前よ。あなたの第一夫人ですものね」
と言うと、ジュンはうなづいて黙ってワインをついでくれた。

 二人だけの穏やかな時間を過ごしながら、私は幸せをかみしめていたのだった。