35 穏やかな時間

 あたりはすっかり暗くなり、道の脇に等間隔で設置されたガス灯が柔らかな明かりを灯している。
 どの家も、戦さが無事に終わったことに感謝し、和やかな夕食をとっている。

 暗闇の中にまるでスポットライトに照らされたように、ぽっかりと明るい駅のホームが浮かび上がっている。
 ここは大陸鉄道の魔族側の駅。
 そこに黒い金属でつくられた列車が止まっている。昼間の混乱で運行停止していた鉄道が、大幅に遅れて出発することになったのだ。

 もう時期は初冬にさしかかり、夜にはかなりの寒さになる。
 吹きさらしのホームならば、なおのこと寒い。そのホームのベンチに、厚手のマントで風を防ぎながら、ノルンがじっと座っていた。
 ……じっと誰かを待っていて動かないでいる。

 コツコツコツコツ……。
 ブーツの音が聞こえる。

 駅の改札から、一人の銀髪の女性が、やはりマントを羽織って歩いてきた。

 「……あら。お見送りかしら。ノルン」
 銀髪の女性は、ノルンの手前で立ち止まると、にこやかに話しかけた。
 声を掛けられたノルンは顔を上げて立ち上がり、そっと女性に近寄る。
 「まあ。そんなものよ。……元気そうでよかったわ。パティス・・・・

 ノルンの声を聞いて、ニコニコしていた女性が、一瞬驚いた顔をするが、すぐに笑顔に戻る。その銀髪の女性は、ヘレンと共にここに来た女占い師ティティスだった。
 「くすっ。ノルンには、やっぱりわかっちゃうわね。どう?この姿は」
 いたずらっぽく笑うティティスのひたいに第三の目が開かれる。
 そう。このティティスと名乗っていた若い銀髪の女性の正体。それはノルンと一年間過ごした三ツ目族の老婆パティスだった。
 「もちろん綺麗だわ。それが若い頃の姿なのね。……いつ、隠者の島を出たの?」
 「くすくす。あなたが出発した後、一ヶ月後くらいかな。再びこの世界を見て回りたくなってね。魔力を循環させて身体を若返らせたのよ。……それに、あなたの運命の人にも会いたかったし」
 そういってパティスはノルンをハグすると、そっとベンチに座った。すぐにノルンもその隣に座る。
 ―運命の人―。その言葉を聞いて、ノルンはなんだか照れ恥ずかしい表情をする。そんなノルンに、嬉しそうなパティスが言葉を続けた。
 正体がわかった途端、急に親子のような雰囲気になる二人。

 「……ジュンさんね。なかなかの才能を秘めた男性ね。ノルンとお似合いよ。……まぁ、他に三人も若い娘がいるのが気にはなったけど」
 「あ。パティ。でもね。みんな、仲良しなのよ。それに……、私が第一夫人ってことになってるわ」
 「うふふ。ノルン。あなたのお婆ちゃんとしては、気にはなるのよ。って、主導権は女性陣が握っているみたいだから、しっかり尻に敷いておきなさいよ」
 「え、ええ。それは大丈夫」
 「それにしても、あなた、ますます綺麗になったわね。やっぱり彼のお陰かしら」
 パティスが、ノルンの全身を眺める。
 「もう! パティったら。……ねぇ。パティはこれからどうするの?」
 「私? ふふふ。あなたと一緒に居たいところだけど、いつまでもお姑さんがいると、お邪魔になっちゃうしね。……それに、世界を見て回りつつ、とある方から依頼も受けているのよ」
 「ふ~ん。依頼?」
 「そ。大事な依頼をね。ノルン、大丈夫よ。またいつでも会えるわよ」
 「う、うん。そうね」

 その時、駅舎に発車の近いことを知らせるアナウンスが響いた。
 「まもなく発車となります。お乗りになる方はご乗車ください。お見送りの方は白線の内側に下がってください」

 アナウンスを聞いて、パティスが乗車口に入ってから、ノルンに振り返る。
 そのパティスを見つめるノルンは、どこか寂しそうだ。
 「はいはい。ノルン。私も若返って、この世界を楽しむわ。うふふ。どこかにいい男性がいたら恋に落ちるかもね。……次に会えるのを楽しみにしているわよ」
 「うん。パティ。元気でね。あ、そうだ。結婚式挙げる時には来てよ!」
 「もちろんよ。占いで時期は分かるから、必ず行くわよ」

 リリリリリリリリ……。
 駅のホームにベルの音がなり、パシューと音が鳴って、ゆっくりとドアが閉まった。
 ドアの窓から、パティスがにこやかにノルンを見て、手を振っている。
 それを見て、ノルンも笑顔で手を振りかえした。

 「「じゃあ。またね」」

 二人同時に、同じ言葉を送った。ノルンの目の前を、ゆっくりと鉄道が動き出す。
 暗闇の中を列車の光が駆けていく。ノルンは、見えなくなるまで手を振り続けるのだった。

――――
 「ただいま」
 俺たちが宿の食堂でだべっていると、ノルンがドアを開けて帰ってきた。
開いたドアの隙間から、すっかり冷えてきた空気がわずかに入ってくる。
 ノルンは寒そうに両手をすりながら、俺の前の席に座った。
 「お帰り。ノルン」「「おかえんなさい。ノルンさん!」」
 ヘレンが、ノルンに温かい紅茶のカップを手渡した。
 「寒かったでしょう。……はい。これ」
 「ありがと。ヘレン。ふぅぅぅ。寒かったぁ」
 そういうとノルンは、おそるおそるカップに口を付ける。
 ……ああ、ようやく日常が戻ってきたなぁ。これが幸せって気持ちだよね。
 俺は、周りにいる将来の嫁たちを見て、胸の中で一人つぶやく。きっと知らずのうちに、穏やかな顔をしていたのだろう。俺の顔見てみんなもほほ笑んでいる。
 突然、ヘレンが何かを思い出したように、口を開いた。
 「あっ。今晩は、私がジュンと一緒ってことでいいわよね」
 何を言い出すかと思えば……、それに周りに聞こえているよ? 特に男どもの視線が突き刺さる。
 声が聞こえたのだろう。カウンターの向こうからは宿の女将さんが、ニヤニヤとして見ている。
 視線を感じたのか、ヘレンが、あうぅとか言いながら縮こまった。恥ずかしいなら言うなって。
 それを見て、ノルンがヘレンの頭をなでた。
 「もちろんよ。今晩はゆっくり甘えたらいいわ」
 そういって、俺の方をチラッと見て微笑むノルン。
 ……任せたわよ。
 そのノルンの視線から、メッセージを読み取る。これくらいは念話じゃなくてもわかる。
 サクラとシエラもニコニコしてうなずいていた。
 宿の暖かい空気のなか、俺たちは他愛もないおしゃべりをもう少し続けるのだった。
 この穏やかな時間がいつまでも続けばいい。そう思いながら。

34 戦いの後で

 二人を見送った俺たちは、ギルドに向かった。
 ノートンさんは、誰かを見つけたみたいで、カトリーヌと見知らぬ男性騎士と何ごとか話し合っている。そのまま、ノートンさんは後のことをカトリーヌにまかせると、俺たちと一緒にギルドまで同行することにしたようだ。
 気を失った人々は、副団長のカトリーヌさんたちが何とかするんだろう。

 そうか。……操られていたとはいえ、アーク王国からの侵攻だ。ノートンは、族長との停戦会談をしないといけない。
 ギルドの建物の前には、族長を筆頭として、冒険者や警備隊の人たちなど、多くの魔族の人たちが集まっていた。
 「ノルン様。そして、皆様。この度は、本当になんといっていいか……。本当に、本当に、ありがとうございます。今、闇の神殿に避難に向かった皆を連れ戻しに行っております」
 族長の挨拶に、ノルンがにこやかに返事をする。
 「族長様。私たちはできることをしたまでですわ。……それより、ここにいるアーク機工騎士団長のノートン様と停戦交渉をお願いします」

 そのノルンの声に族長の顔が厳しくなり、ノートンさんを見上げた。後ろにいる魔族の人たちは、防壁の上でノートンさんと共に戦ったので、それほど厳しい表情ではない。
 しかし、族長の厳しい顔を見て、ノートンさんも難しい顔をする。はたから見れば、今回は完全にアーク軍の侵攻にしか見えないから、言い訳などできるはずがない。……たとえ操られた結果だとしても。
 どうやら真実を知る俺たちが間にたつしかないようだ。
 「族長様。とりあえずギルドの一室で話しあいましょう。今回の事件について、私どもからも報告せねばならないことがありますので……」
 「ふむ。……そうですな。ノルン様がいうのでしたら。ただ、ここにいる皆も知りたいと思いますので、一階のカフェスペースでもよろしいですかな」
 ここのギルドのカフェスペースは、それほど広くもないが、確かに一緒に防戦した人たちも知りたがるだろう。
 「感謝しますわ。族長様。……では中に入りましょう」

 族長とノートンさんが対面で座り、俺たちはその横にイスを並べて座った。その周りには、魔族の人たちが集まっていて、入りきれない人は入り口から顔をのぞかせている。
 まずノルンが、パーティーメンバーの俺たちを族長に紹介してくれた。
 続いてノルンから説明が始まる。闇の神殿での出来事は俺が説明をする。

 「――というわけで、今回の事件は、ある一人の魔導師のような人物の陰謀によるものです。残念ながら、アークの国王も軍勢も操られていたのです」
 長い説明が終わったが、すぐに口を開く人は誰もいなかった。沈黙が続いたが、やがて族長が口を開いた。
 「……あなた様のいうことでなければ、にわかに信じられない話です。ですが、いろいろと符合する。戦さの前に空に浮かんだ幻影。あれがそのピレトとかいう人物ですか……。一体、何が目的だったのでしょう」
 族長の疑問は、俺たちの疑問でもある。魔族を滅ぼして何をしようというのか。ピレトの目的がさっぱり見えてこない。
 しかし、その疑問に答えたのはヘレンだった。

 「おそらくは生け贄でしょう」
 「生け贄? ですか?」
 「ええ。族長。……私は、闇の神殿の奥にある祭壇で、本当の大司教が殺されているのを見たわ。あの祭壇。きっと何かの封印だと思います」
 「最奥の祭壇のことですな。しかし、何かの封印のような伝承は残ってはおりませんが。それに闇の精霊様が守られるかと……」
 「私たちは、あれと同じ祭壇をデウマキナ山脈で見てるのよ。……あの時は、シエラの父が生け贄代わりに殺されたわ」
 ヘレンはそういうと、シエラをそっと見やった。シエラは、その時のことを思い出したのだろう。感情を隠しているが、口元を固く結び、両手をぐっと握っている。
 俺はだまって手を伸ばし、シエラの左の握り拳をやさしく握ってやる。
 ノルンが、族長に申し出た。
 「闇の精霊アーテルに聞いてみましょうか? ……召喚。アーテル」
 ノルンがぼそっと呟くと、テーブルの直ぐ脇に魔方陣が現れて、ゴスロリ少女が出てきた。
 「うん? なんじゃ。せわしないが、何かあったか?」
 召喚されたアーテルが、キョロキョロと自分の周りの人たちを見回す。
 魔族の人たちは、自分たちの信仰する闇の精霊が突然あらわれたので驚き、慌ててイスから立ち上がると、床の上に膝をつく。
 「あ、アーテル様。このような所へ御出ましになられるとは恐縮でございます」
 「うん? 族長か。……ノルンよ。妾は何をすれば良いのじゃ?」
 「アーテル。お願い。あなたの所の祭壇には何が封じられていたのか、教えて欲しいのよ」
 「ふむ。あの祭壇か……。今回は、妾が寝ている隙に、封印が解かれてしまった。あの祭壇はな、闇の神殿より古い。故に詳しくは知らぬ。だがの、この世界を守る要石かなめいし?の役目を果たしていると聞くぞ」
 「要石?」
 「そうじゃ。詳しくは創造神さまにうかがうがよい」
 いや。それができれば苦労はないんだが……。
 「ねえ。アーテル。あのピレトって何者なの? 天災って奴らは何なの?」
 そう。俺たちは妙に天災と名乗る奴らと縁があるようだ。最初はグラナダの一人だけと思ったが、どうやら何人かいるようだし、果たして何者なのか。
 俺たちはアーテルの答えに期待していたが、それはあっさりと裏切られる。
 「知らぬ! 知ってそうなのは……、創造神様や三柱の神くらいじゃあるまいか」
 ぬぬぬ。いきなり話が大きくなった気がする。まさか神が出てくるとは。もしかして想像以上にやばい奴らなのか?
 いやまてよ。三柱の神ということは、セルレイオスに会いに行けばいいのか? でもなぁ、無茶ぶりされそうだよな……。
 ノルンも同じことを考えたのか、
 「……それは。ちょっと嫌な話ね」
と押し黙った。
 アーテルは、自分の子孫に会えて嬉しいのだろう。族長に話しかける。
 「こたびは大変だったな。……だがまぁ、アークも操られていたようだしの。それに別の意味もあって、終わってみれば丸く収まったという所かの」
 そういいながら、アーテルはヘレンをチラッと見る。族長は、その言葉をかしこまって聞いていたが納得したようだ。
 「アーテル様。では、我らはわだかまりなく、アークと和睦をいたそうと思います。アーテル様のその言葉があれば、皆も納得するでしょう」
 「うむ。それでよい。……ではノルンよ。妾は戻る。またな」
 アーテルはノルンに一声掛けてから、すうっと消えていった。

 それからの停戦交渉は、何事もなくまとまっていった。魔族側としては、アーテルの「丸く収まった」との言葉を受け、特段何かを求めるでもなく、停戦に合意し、従来通りの和睦を結ぶことになった。
 これに一番安心したのは、ノートンだろう。

 そうこうする内に、避難していた魔族の人たちが続々と戻ってきて、町のあちこちで家族と再会したり、自宅を見て安堵している風景が見られた。
 その日の夜は、族長とノートンとカトリーヌさんに加え、俺たちで晩餐会をすることになった。

 それまでの時間、ノートンさんは陣に戻り、通信の魔道機械で王城と連絡を取り、報告をするそうだ。俺たちは晩餐会の時間まで、宿の一階でみんなでお茶を飲みながら、とりとめの無い話をして過ごすのだった。
 途中で、ノルンが用事があるとのことで一時出かけたが、俺たちはまったりと時間を過ごしていた。

33 2つの魂

――――。
 ノルンとヘレンの見事な連携で、俺の目の前のピレトは地面に膝をついている。
 俺は漆黒の大剣テラブレイドをピレトに剣を突きつけた。
 「ここまでだ。ピレト。お前の野望、討ち果たさせてもらうぞ」
 それを聞いたピレトは、再び笑い出す。
 「ククク。ふふふ。はっはっはっは。……確かに、今回は私の負けのようだ。退散するとしよう」
 そういいながら、ピレトは少しずつ空に浮かび上がり、その姿がすぅっと消えていく。

 「……させない! フレアボム!」

 今、消えていこうとするピレトに向かって、ヘレンがすばやく豪火球を放った。火球が、ピレトのいた所にあたり、爆発音を響かせる。
 爆煙が風に吹かれて消えていくが、そこには誰もいなかった。
 笑い声だけが響いている。

「また会いましょう。ククク」

 ヘレンが悔しそうに、ピレトの消えた空を睨んでいる。
 「くっ。逃したか……」
 その表情は悔しそうだ。そのヘレンをノルンとサクラがなだめており、その向こうではガイアとシエラが何か話をしている。
 どうやらピレトが消えたと同時に、町へ侵攻していたアークの軍隊も止まったようだ。
 ……これで一安心といったところか。

 俺は、みんなを連れて町へと戻っていった。
 ガイアは竜の姿のままだと大事になるので、初めて会った時の男性の姿に変身している。
 町を守っていた防壁はまだ残っていた。
 その上には魔族の人たちがいるが、ノートンたち騎士の姿が見えない。もしや何かあったのか?
 しかし、即座に俺の気配感知内でそれらしき反応を感じ取った。どうやら、がむしゃらに侵攻していたアークの騎士たちの間を歩き回り、誰かを探しているようだ。

 精霊たちは防壁の前で、俺たちの到着を待っていた。
 ノームの力で、防壁に出入り口となるトンネルを作ってもらって、中に入る。
 ここまできて、ようやく戦いが終わったと実感した俺は、ノルンに、
 「さてと。まず、ノルン。心配を掛けたな。……ヘレンを無事連れて戻ってきたぞ」
 ノルンもうれしそうに、
 「お帰り。ヘレン。……もういきなり一人で行っちゃったらダメよ」
 「ええ。ただいま。ノルン。……そして、みんな。ありがとう」
 みんな、笑って順番にヘレンとハグをした。
 ノルンが微笑んで、
 「……それにしても、ヘレン。魔力量が随分と増えたんじゃない?」
 「ノルンにはわかるの? ……これもベアトリクスのお陰よ」
 くるっとノルンは俺を見て、
 「ねぇ。向こうで何があったのか教えてちょうだい」
 俺たちは石壁に寄りかかりながら、闇の神殿での出来事をかいつまんで説明した。ヘレンがデスサイズの一撃を食らって倒れている間のことは、ヘレンが説明をしてくれる。

 「爆炎の魔王ベアトリクスか……」
 ヘレンの説明を聞いて、俺は、前にクロノに見せて貰った一〇〇〇年前の一人の女性を思う。
 一〇〇〇年前の魔王ベアトリクスの生まれ変わりがヘレンで、今は記憶も能力もヘレンの中に統合されている。
 その時、ガイアがおもむろに話しかけてきた。

 「ヘレンよ。そなたの称号に『爆炎の魔王』が増えているはずだ。後で確認するが良い。それにピレトの奴は逃したが、町を守ったんだ。ベアトリクスは喜んでいるだろう」

 「はい。地竜王ガイア様。私の中のベアトリクスは喜び半分、残念半分といったところです。ですが、一〇〇〇年前の悲劇の再発を防げたのでうれしいですわ」
 「……ならば、こやつらもそろそろ輪回の流れに帰るべきだろう。よいか?ソロネ。エクシア」
 ガイアが誰もいないはずの空間に語りかけると、そこから若い男女のカップルの姿がうっすらと現れた。
 それを見て、ヘレンが勢いよく立ち上がって駆け寄る。
 「ソロネ! エクシア!」
 ソロネを抱擁しようとするヘレンだったが、その手はむなしくソロネを通り抜けた。
 「ははは。姉さん。……いや今はヘレンさんか。久しぶりだね」
 ソロネから語りかけられたヘレンは、今にも泣きそうだ。きっとベアトリクスとしての意識が表面に出ているに違いない。
 ……それにしても、この二人の幽霊があのソロネさんとエクシアさんか。悲劇で結ばれなかった二人。陰謀に利用された二人。だけど、魂になってずっと一緒にいたのだろう。
 「ソロネ。あなた! まったく何をやっていたのよ!」
 そういって泣きながら、ソロネに軽く殴りかかるヘレン。それをひょいっとかわすソロネの幽霊。
 「姉さん。本当にごめんなさい。……俺も守りたかったけど、守り切れなかった。エクシアにもずっと謝ってきたよ」
 ソロネは、そういって隣のエクシアを見つめる。
 「ベアトリクス義姉さん。私からも謝罪を。……私の父とその仲間たちがしでかした悲劇と罪を。本当にすみません」
 ヘレンは、謝罪を告げるエクシアをじっと見つめると、にこっと笑いかけた。
 「もう過ぎたことよ。それにあなたは何にも悪くないわ。元凶はピレトの奴よ。……死んでからも、こんなできぞこないの弟の面倒で大変だったでしょ? ふふふ。……それに今回はちゃんと守ったわ」
 「姉さん。僕らは、今、うれしいんだ。生まれ変わったとはいえ、こうして再び姉さんに会えたし、それに今の魔族のみんなを守ってくれて」
 「義姉さん。私もよ。ただ、生きているうちにこうして話がしたかった……」
 「ソロネ。エクシア。それは私も一緒よ。でもよくずっとその姿でいられたわね」
 ヘレンの問いに答えたのは、その側に現れた一人の少女、いや精霊だった。
 「ふふふ。ヘレンよ。死んでしまったこやつらの魂を確保し、怨嗟えんさの浄化をしておったのはな。妾とガイアよ」 
 どや顔で胸を張るのは、ゴスロリ少女の闇の精霊アーテルだ。アーテルは、俺たちの顔を見渡すと、ノルンのところで視線を止めた。
 「ふむ。そなたは初めてじゃな。妾が闇の精霊アーテルじゃ。そなたと同じくジュンの伴侶となるヘレンをよろしく頼むぞ」
 ノルンがかしこまって返事をする。
 「ええ。アーテル。もとからヘレンと私。それに、ここにいるサクラとシエラも仲良しですわ。ですからご安心ください」
 それを聞いて、アーテルがニヤニヤして俺を見る。
 「のう? ジュン。そなたは果報者かほうものじゃぞ? こんなに素敵なおなごを幾人いくにんはべらせおって」
 俺はニヤリと笑って、サムズアップして、
 「ええ。みんな、俺を尻に敷きやがる。素敵な女性たちですな」
と言った瞬間、ノルンとヘレンが同時に俺の頭をどついた。
 「あなたは、もっとしっかりせえ!」
 そんな夫婦漫才を見て、アーテルもガイアも腹を抱えて笑い出した。
 「ははははは…………。おっと、そうだった。ノルンよ。妾もそなたと召喚契約を交わそう。いつでも呼び出すが良い。楽しみにしておる」
 そういうと、アーテルはすうっと消えていった。ノルンの腕の妖精王の腕輪にある6つ目の宝玉が黒色に染まった。これで残りは一つ。光の精霊との契約だけが残っている。
 ガイアは、アーテルを見送ると、その場にいる二人の幽霊に語りかける。
 「お前たちも、そろそろ輪廻に戻る時だ。俺が天まで送るぞ」
 「「はい。ありがとうございます。ガイア様」」
 それを見て、ヘレンが寂しそうな顔をする。
 「姉さん。俺たちも、いつか姉さんみたいに生まれ変わってくる。だから、お別れだよ」
 「義姉さん。本当にありがとうございました」
 つづいてソロネの幽霊が、俺に、
 「姉さんをよろしくお願いします」
と一礼したので、俺は右手を挙げて、
 「もちろんだ。お前たちも、次は幸せな人生を送れるといいな」
 「はい。ありがとうございます」
 別れを済ませた二人の霊は、ガイアと共に空中に昇っていく。それをヘレンと俺たちは手を振って見送った。

 「二人とも、来世でこそ。一緒になれるといいわね。……この世界は美しく、そして喜びで一杯よ。だから、いつか必ずここにおいで」

32 荒野の決戦 4

 ノルンのハルバードが光の残光を残しながら、狂死の天災ピレトのデスサイズと打ち合う。
 一合打ち合わせるごとに離れ、また接近して一合というヒット・アンド・アウェイで、近接戦を行う。
 もちろん、ノルンにはジュンほどの直接戦闘力はない。こうしてピレトと打ち合っているのも、魔法を使ったステータスアップと隠者の島でのパティスとの修行の成果だ。

 「ファイヤーバレット!」

 ノルンは、三十を超える火弾とともに突進し、ハルバードを横凪ぎに振るう。その一閃を、ピレトは後ろに下がって裂けるが、火弾の集中を受ける。

 「ふはは! まさか近接もやれるとはな! 面白い女よ」

 ピレトは火弾を受けているはずが,物ともせずにノルンに向かって笑みを浮かべる。その頭上から、ピレトを囲むように炎のサークルがおりてくると、次の瞬間、その内部が業火で満たされ、螺旋を描いて空に火柱が上がる。まるで炎の竜巻みたいだ。
 その魔法を放ったのは、ノルンの後方にいるヘレンだった。ヘレンは続いて、両手を頭上に掲げると、それを地面に振り下ろした。

 すると立ち上った炎の竜巻が、力のベクトルを上から下へと変換し、炎の滝となって下に落ちていく。しかも、炎の音度が高温になり青白い火となる。
 火の消えた後には、全身から煙を出すピレトの姿があった。
 「……今の魔法はベアトリクスのものだな。くくく。次はこちらの番だ」

 ピレトはそういうと、おもむろにデスサイズを構えた。ピレトの周辺の空気が震えたかと思うと、デスサイズの刃が青紫の光を発する。
 「狂刃乱舞」
 その場でピレトが縦横無尽にデスサイズを振り回す。絶対に当たることのない距離で、いわば素振りをしているかの様子であるが、降られたデスサイズから青紫の斬撃が飛んでいく。
 その一刃一刃が致死の攻撃だ。

 ヘレンは、すぐさま結界を展開する。今までにない強さの結界がノルンとヘレンを包む。
 同時にノルンは、自分の周囲に直径1メートルほどの光の珠を30個浮かべる。
 「ホーリーバレット・ストローク」
 一言、ノルンがつぶやくと、その30個の光球が小刻みに揺れながら砲台と化し、凄まじい数の小さな光の弾丸をマシンガンのように撃ち出していく。
 こうして作られた結界と光の弾幕が、ピレトの狂死の刃をはじき打ち落としていく。
 ダダダダダダダッ
 相殺し合った魔法の余波が落ち着いた後、気がつくとピレトの姿を見失っていた。
 「いけない!」
 あわててノルンが気配感知を発動し、ヘレンは結界を維持した。
 その結界を囲むように何人ものピレトが現れる。その数は、10人、20人、30人、50人と増えていき、とうとう周りを囲まれてしまった。
 ノルンとヘレンは背中を会わせあって死角をなくす。

 「「「ふふふふ」」」

 そんな二人をあざけり笑う声が、いくつも重なり合って響く。50人のピレトが、円の中心にいる二人に向かって左手を突き出すと、その手の先から青紫の光線が放たれた。
 全周囲からの攻撃魔法、それも致死の魔法が二人に襲いかかる。
 その時、二人の上空から螺旋をえがくようにフェリシアが舞い降りると、二人を守るように高速で周りを旋回する。そのスピードは肉眼では見えず、赤い帯のようにみえる。
 そのフェリシアに青紫の致死魔法がぶち当たる。その瞬間、赤い帯がより大きく太く見える。実際は、致死魔法が当たる度にフェリシア自身が再生の炎によってよみがえっていたのだ。
 (再生の炎環フレイム・サークル
 二人の周りを飛びながらフェリシアの体が光ると、大きな炎の輪が生まれ、まるで水面に生じた波紋のように外に向かって広がっていく。
 ……ちなみにこれは魔法ではない。ガーディアンであるフェリシアのスキルだ。生命の象徴であるフェニックスの炎は、特に死に特化したピレトにとって天敵も同然である。
 50人のピレトがフェリシアのフレイム・サークルを受けて、次々に燃えて崩れ落ちていく。
 しかし、次の瞬間、結界をも通り抜けて、ノルンの頭上に瞬間移動したかのようにピレトが現れ、ノルンめがけてデスサイズを振り下ろした。

 「マスター!」

 飛び込んできたフェリシアが、そのデスサイズの刃をそのくちばしついばんで受けとめる。そのまま、フェリシアの体が強く光って炎を吹き出すと、デスサイズの刃にヒビが入った。
 ガキィッ!
 デスサイズの刃が途中から折れた。それを見てピレトが呆然とする。その一瞬をついて、ヘレンが魔法を放った。
 「今度は私の勝ちよ! 燃えさかれ! ヴォルケーノ!」
 炎の奔流が空中のピレトの足下から吹き上がり、なすすべも無く巻き込まれていった。
 そのピレトを、今度は見失わないように、ノルンとヘレンは距離をとる。
 炎の奔流が通り過ぎた後、ピレトは刃の折れたデスサイズを持ちながら、ふらふらと地面に下り、そのまま膝をついた。
 「くふっ。……まさか、このデスサイズが壊されるとは」
 ピレトは立ち上がると、壊れたデスサイズを無造作に地面に投げ捨てた。

 その時、影を打ち倒したジュン、サクラ、木の葉天狗、ガイアとシエラが到着しピレトを包囲した。

31 荒野の決戦 3

――――。
 上空では、雲の間を二つの影が入り乱れ、ぶつかり合っていた。
 一つは影のグリフォン。もう一つは、ガイアとその背に乗るシエラだ。
 ガイアの背に乗るシエラが強い風に包まれている。
 時には強いGがかかるが、竜の眷属である竜人族のシエラはそれに耐えている。

 二匹の戦いは拮抗していた。
 パワーのガイアに、スピードのグリフォン。
 もともと体格が違う上、ガイアは地竜王の名前が示すとおり、他の竜王に比べて空を飛ぶのが得意ではなかった。……パワーならば強いのだが。
 対するグリフォンはスピードがあり、巧みに空を飛んでガイアの攻撃をよけ、鋭い爪で反撃をしていた。
 しかし、いかな鋭い爪とはいえ、ガイアの竜鱗を切り裂くことはできない。

 ガイアが、細かなブレスをタイミングをずらしながら五連発する。
 しかし、飛来するブレスを縫うようにグリフォンは空を飛ぶ。外れた五つのブレスが、遠くの山に当たり、爆発が大きな柱のように立ち上る。

 「こいつめ! ちょこまかと……」

 ガイアはうなりとともに影のグリフォンをにらみつけた。
 その視線の先で、影のグリフォンは激しく翼をはためかせると、力を込めるように前足をかがめた。
 怪訝な顔でその様子を見たガイアは、すぐさま警戒する。

 「ぬ?」

 すると、グリフォンは、先ほどのブレスのお返しとばかりに、そのくちばしから大きな火球を放った。タイミングをずらして五連発。

 「こしゃくな奴め!」

 その火球を避けようとするガイアであったが、その巨体があだとなったようだ。ガイアの右脇腹と左足に大きな爆発が起きる。すぐに煙が風に吹き飛ばされるが、むろん竜鱗には傷一つついていない。
 しかしわずかな隙を突いて、グリフォンがすさまじいスピードで突進してくる。
 嘴を先頭にらせん状に回転し、あたかもドリルのように一直線にガイアの腹部に激突した。

 ギイイイイイイィィィ!

 何かをうがとうとするような、すさまじい音がする。と、そこから赤い血潮があふれた。

 回転し続けるグリフォンをめがけて、ガイアが横から右手で殴りつける。
 ドゴオオ!
 その衝撃に、ガイアの体に穴を開けようとしていたグリフォンは吹き飛ばされた。
 ガイアの腹部には、砕けた竜鱗と血が流れている。とはいえ、それほどのかすり傷程度のわずかな傷で、それも見る見るうちに回復して行っている。
 ガイアは忌々しげではあるが、面白くなってきたといわんばかりに口元をゆがめて笑っている。

 「ふん! いまいましいが、スピードは奴が上か」

 互いに離れ、牽制しあいながら次の一撃の機を待つ二匹。
 シエラは、何もできずにガイアの背中にしがみついているだけだ。

 「丁度よい機会だ。シエラよ。竜王の本当の戦いを見せてやろう」

 その言葉が終わった途端。ガイアの雰囲気が一変した。
 全身から黄金色のオーラが発し、威圧感が倍加する。いいや、実際にパワー、スピード、回復が倍加しているのだ。
 この黄金色のオーラをまとった姿こそ、本来の竜王の戦闘モードなのだ。

 「シエラよ。これが竜闘気ドラゴニック・バトルオーラだ。……本来、我らの子孫でもあるお前たちにも使えるはずの能力だ」
 「竜闘気ですか?」
 「そうだ。……俺の竜闘気をお前にも送るから、その感覚を覚えておけ」

 ガイアの言葉とともに、黄金色のオーラがシエラの体を包む。その力の奔流に、シエラは驚くと共に、自らの体が活性化しているのに気がつく。
 その力は、ガイアをつかんでいる両の手と足から伝わり、一度、丹田の位置に集まると、一回り力が大きくなり、そこから全身の細部のあちこちまで力が行き渡り、ふたたび丹田、手足を通ってガイアへと戻っていく。まるで、ガイアの血液の流れに取り込まれたかのようだ。
 シエラの脳裏に、デウマキナの洞窟での戦いの時、父ギリメクの体をおおっていた黄金色のオーラが浮かんだ。あの時、父は竜闘気に目覚めていたのだ。

 「この竜闘気は竜魂が源だ。竜魂とは、心臓のような臓器ではない。魂の一部とでもいうか、竜の竜たる遺伝子の根源ともいうべきものだ。……おそらく俺のオーラがお前の体内で集まる
一点があるだろう。それが竜魂だ。お前は、まずこの竜闘気を自由に発動できるように修行せよ」

 ガイアは、簡略にシエラに語った。
 竜闘気。竜魂。シエラの知らない能力が明かされるが、どのようなものかさっぱりわからない。しかし、どうやらシエラの場合は丹田に位置するのであろう。修行のヒントは与えられた。後はシエラ自身の努力が必要だ。憧れた父の背中に追いつき、そして、追い越すために。

 「……必ず。発動できるようになります!」

 シエラは、力強くガイアにこたえた。ガイアは、満足そうにすると、油断することなくグリフォンを見やる。
 ガイアの雰囲気が一変し威圧が増したことから、グリフォンは警戒して様子をうかがっていたようだ。

 「さて、と。では竜闘気の闘いを見よ。……まずは奴の動きを止める。ストーン・ストーム」

 無詠唱というわけでもない。たとえて言えば、単なるイメージによる超常現象の発動だ。
 ガイアの目がきらりと光る。影のグリフォンの周りに大小さまざまな石つぶてが現れ、グリフォンを中心としてランダムに暴れ回る。
 グリフォンは四方八方から飛んでくる石つぶてに、思うように空を飛べなくなっている。 グリフォンの苦し紛れの声が響く。
 その声を尻目に、ガイアは一つ空高く飛翔すると、眼下のグリフォンをにらんだ。

 「そしてこれが俺の技。大地の力を顕現する技だ。……メテオ・ストライク!」

 技の名前を言い放った途端。ガイアは体をかがめる。そのガイアを中心に圧力が高まるように、魔力、いや竜闘気が集まる。あたかもガイアをおおい尽くす彗星のように濃いオーラを身にまとい、一気にグリフォンへ突進する。
 ガイアは、グリフォンもろとも数百メートルはある地面へと一直線に急降下し、そのまま大地に激突した。
 ドドドドドドドド……。
 ものすごい地響きと、激突の衝撃で土が巨大な柱のように立ち昇る。
 土煙が風で吹き飛ばされた後には、直径100メートルほどのクレーターの中に、何ごともなかったかのようにガイアが鎮座し、影のグリフォンは塵と消えてしまっていた。
 そして、一帯には、ガイアの勝利の雄叫びが響き渡る。
 「グオオオオォォォォ!」

30 荒野の決戦 2

 「ふふふふふ。すばらしい! デスサイズの一撃を乗り越えたとは!」

 俺たちの目の前には、ボロのローブを身にまとった人物が大きな鎌を構えている。その目は狂気をはらんで見開かれ、不気味なオーラを全身にまとっている。
 この雰囲気。まちがいない天災の一派だ。
 そして、その目は、俺の後ろにいるヘレンに向けられていた。

 「いくぞ! お前を倒して、みんなを止めてみせる!」

 俺の宣言を聞いて、ピレトはますます凄惨な笑みを深くした。
 その全身から禍々しい瘴気があふれ出し、あたり一帯が曇天のように薄暗くなる。
 不意にピレトの周りに魔法陣が現れたかと思うと、そこから三つの影が現れた。
 一つは影のように真っ黒なグリフォン。一つは長剣を持った影。最後の一つは影の大虎ともいうべき四足獣の影。
 「くくく。さあ、楽しもうじゃないか!」
 ピレトの掛け声と共に、あらわれた影の生物たちが飛びかかってきた。

 俺は、とっさに長剣を持った影の剣士を相手取る。抜き打ちに放ってきた影の剣士の一撃を、テラブレイドで受け止め、一瞬の隙をついて剣士の胴を蹴り飛ばして間合いを取る。

 その頭上には、影のグリフォンと空を舞いながら戦う地竜王ガイアの姿が見える。
 四足獣の影を相手取るのはサクラとカラス天狗。旋風を巻きながら木の葉手裏剣が四足獣を襲っている。
 ピレトに対しているのは、ノルンとヘレンだ。
 俺はそれだけを確認すると、目の前の影の剣士に意識を集中する。……早く切り捨ててノルンとヘレンの元へ行かねば!

 間合いを取った相手を見つめるが、人の気配がしない。
 テラブレイドを八双に構え、瞬時に間合いを詰めると七連突きを放つ。ほぼ同時に放たれた七連の突きが、冷気をまとって影の剣士を襲う。
 剣士は素早く剣を払って、中心線に近い四連突きを外側に弾き、三連をかわしながら一歩踏み込んできて左下から切り上げてきた。
 俺は、剣筋にテラブレイドの刃を垂直に当て、斬撃の勢いを利用して後ろに飛びすさる。
 ……こいつ、強いな。
 気を引き締めた俺は、ギアを一つ上げる。
 闘気を全身に循環させると、俺の全身がさらに光り輝く。
 あいも変わらず、何の気配も感じられない剣士。
 こういう敵に、後の先は取りにくい。行くならば先の先だ。

 分身24身パラレルラッシュ。飛燕斬。
 空を飛ぶ斬撃が怒濤のように影の剣士に襲いかかる。剣士は、あるいは剣ではじき、あるいは身をかわす。
 瞬間ともいえない僅かな隙を突く。次の瞬間、俺の体がぶれるように消え、一瞬の後に剣士の向こうに現れる。

 「瞬動一絶」
 剣を鞘に納めると同時に、影の騎士はバラバラに切り裂かれて散り散りに消えていった。

――――。
 「木の葉旋風!」
 木の葉天狗が印を結ぶと、影の大虎を中心に竜巻が起こる。その竜巻の中に木の葉っぱが幾つも紛れ、手裏剣となって影の大虎を切り刻もうとする。
 「があぁぁぁ!」
 影の大虎の咆吼が空気を振るわせる。と、竜巻を突き抜けて、大虎が飛び出して木の葉天狗に襲いかかった。
 ガキィィィン!
 木の葉天狗は、錫杖で大虎の噛み付きを防ぐが、鋭い爪で斬りつけられ、地面にたたき落とされる。
 ドスッと大虎は地面に降り立つと、同時に木の葉天狗に向かって飛びかかっていった。
 しかし、まっすぐに進む大虎の左手から、白い光の線を描きながらサクラが渾身の一撃を加え、大虎が直角に吹っ飛ばされる。

 「四神結界」

 いつの間にか四足獣のまわりに四本のクナイが打ち込まれ、そのクナイを結ぶように結界が形成される。
 「いいぞ! サクラ。腕を上げたな。」
 木の葉天狗が立ち上がってサクラを誉めるが、サクラは印をゆるめない。

 「まだです。五行背理ごぎょうはいり!」

 結界内で、土槍が影の大虎を貫き、次の瞬間に凍結。大爆発――そして、幾つもの風の斬撃が吹き荒れ、空間が圧縮されて影の大虎を押しつぶす。
 地水火風空の五行による攻撃が発動し、収束と共に結界が解除されると、空間圧縮によってへこんだ地面から、よろよろと大虎が立ち上がり頭を振った。

 「これで終わりです。灯籠流し!」

 サクラが、白虎と青竜の忍者刀を両手に構え、大虎に向かって走り出す。
 それを見た大虎が、大きな顎を開けて、サクラに向かって飛びかかる。
 一瞬のうちに、サクラが赤、黄、青の光を帯びた三つの分身に分かれ、そのいずれもが大虎の突進を通り抜けていく。
 大虎が困惑したように三つの分身をにらみ、本能のままに近くの分身に襲いかかろうとしたとき、斬撃が大虎を切り刻み、その体がバラバラになっていった。
 まるでシュレッダーされた紙のようになった大虎が風に吹かれて散っていく。

 気をゆるめること無く、ノルンとヘレンの方へ走り出したサクラを見て、木の葉天狗がつぶやいた。
 「サクラよ。強くなったな……。お前なら、あの試練を乗り越えられるかもしれない」

29 荒野の決戦 1

 一心不乱に、無表情のままで歩き続けるアークの騎士たち。
 その間を、馬に乗ったノートンたちが大声を上げながら、駆け抜けていた。
 「止まれぇ! 全軍! 止まれ!」
 しかし、その声など聞こえないかのように、いや、そもそもノートンたちの姿が見えないかのように、もくもくと騎士たちは歩き続ける。
 ノートンが舌打ちをした。
 「ちぃ! らちがあかん! セドリック! どこだ!」
 ノートンの叫びが虚しく響くが、何の反応を示すことなく、騎士たちは進み続ける。
 ただひたすらに、魔族の町をめざして。

――――。
 町の入り口では、続々と魔族の若者たちが集まってきた。が、その顔は青い。それもそうだ。目の前には4万の大軍勢。対する自分たちは一五〇名ほどだ。勇気じゃない。蛮勇でもない。無謀でもない。ここにいる魔族たちの目的はただ一つ。自らの命をとして、仲間が避難する時間をわずかでも稼ぐこと。その決意が、どの魔族の顔にも現れていた。

 その前でノルンは、
 「……召喚。シルフ。サラマンデル。ウンディーネ。ノーム。クロノ」
と精霊たちを召喚する。
 ノルンには、後ろにいる魔族の若者たちの決意がわかっていた。だが、ノルンは最後まで
諦めない。
 「ノーム、お願い。防護壁を作って。クロノはもしもの時、魔族の人たちを助けてほしいわ。ほかのみんなは、迎撃を。……真魔覚醒」

 ノルンは、精霊たちに指示を出すと、そのまま封印術式リミッターを解除する。ノルンの体に光輝く衣が現れた。
 そのノルンの周りには、フェニックス・フェリシアが飛んでいる。
 ノルンにはわかっていた。もう間もなくジュンたちがやってくることを。
 それでも4万の軍勢を被害なしに止めることは困難だ。

 その時、アーク軍の群れの中からノートンたちが飛び出して、こっちに向かってくる。きっとノートンやカトリーヌさんたちだろう。……あの様子だと、やはり止められなかったのだろう。
 やはり何らかの洗脳か、魅了状態のようなもので自分の意識もないと見ておいた方がいいだろう。

 ノームの力により、魔族の町を囲むように、高さ5メートル、幅3メートルの石壁が次々に建っていく。その現実離れをした光景に、魔族の人たちは驚いている。
 ノルンは後ろを向いて、
 「さあ、この防壁を利用してちょうだい」
と指示をすると、魔族の若者たちは次々に階段を上っていく。アロネさんともう一人の魔族の男性が若者たちに色々と指示を出している。きっとあれがギルマスなのだろう。
 その時。待望の人がやってきた。
 「ノルン! 待たせた!」
 ジュンたちが、おおきなシャボン玉のような光球に包まれて、空から下りてきたのだ。

――――。
 ノルンが自重しないで精霊たちを使役して石壁を作り上げた。
 ガイアが、「ほお」とつぶやいて、
 「お主ら。ついたぞ」
と言うと、俺たちを運んでくれた光球がノルンのそばへ下りていった。

 下ではノルンが笑顔で、
 「ジュン! よかった! ……ヘレンも無事ね」
と待っていてくれた。ノルンがヘレンの方をみる。
 「ごめんなさい。ノルン。心配をかけて」
 「いいのよ。無事なら。……それより、そんなことを言っている暇はないわよ」
 ヘレンはうなづいて、
 「わかってるわ。……ベアトリクス、いくわよ」
とつぶやいた。
 その途端、膨大な魔力がヘレンから発せられた。ヘレンの体を赤い魔力が包みこみ、小さな炎がチラチラと飛んでいる。その中でヘレンは、強い意志を込めた真剣な表情をして、アーク軍を見つめていた。
 俺もつづいて封印術式を解除する。
 「……真武覚醒」
 いつものように光り輝く衣が俺を包む。そして折れてしまったミスリルソードの代わりに、漆黒の大剣テラブレイドに左手を添えた。
 サクラも妖力を身にまとい、シエラは神竜の盾を構えている。
 サクラが、おもむろにしゃがんで右手を地面に添えた。

 「来臨急々! 口寄せ! 木の葉天狗!」

 サクラの目の前の地面から光が立ち上り、錫杖を持った一人のカラス天狗が現れた。
 「おう! サクラ! 元気かって……、なんじゃこりゃ。戦場か?」
 「兄ちゃん。そうなの。だから、力を貸して!」
 「わかった。……ふむ。あの彼が、噂のサクラのパートナーか」
 ほほぉ。カラス天狗とは、またサクラは不思議な妖怪を口寄せしたな。この緊迫した状況だが、いずれは妖怪の里のようなものがあれば、行ってみたいものだ。
 カラス天狗は妖術に優れた妖怪だったはず。戦う力のある妖怪で頼もしい。
 そのカラス天狗は飛び上がって、空中でホバリングしている。

 俺たちの準備ができたところで、俺はみんなの顔を見渡した。
 「いいかみんな。防衛は精霊たちと魔族の人たちにまかせて、俺たちは元凶を叩くぞ」
 そのまま、俺は自らの頭上を見上げる。そこにはガイアがホバリングして、何かを探している。
 「どうやらガイアも探しているようだ。俺たちも、ピレトの奴を叩く」

 その頃、ようやくノートン騎士団長らが石壁の外側に到着した。
 「すまぬ! 止められない! どこか魅入られたようで、何の反応もないんだ」
 ノームが石壁にトンネルを作り、俺たちはそこを通って石壁の外側に出た。
 ノートンがヘレンを見て、あわてて馬を下りる。
 「君たちは! いや、君は! ……すまない。こんなことになってしまって。すべて俺たちの責任だ」
 ヘレンのもとに近づき謝罪するノートンを見て、ヘレンは微妙に顔をひきつらせている。
 「いいんです。これも私の運命だったのです。……それに貴方たちも操られていたのです。あの大司教は偽物でした。本当の大司教はすでに殺されています。あの偽物の大司教こそ、連続殺人事件の犯人。私たちの敵……、狂死の天災ピレトだったんですよ。だから、まだ終わっていません」
 ノートンさんやカトリーヌさんたちは、その言葉を聞いて愕然とする。まさか司教が偽物。しかも陰謀の根本だとは思いもしなかったろう。
 「ほ、本当か! あの司教が犯人……。狂死の天災? なんだそれは?」
 ノートンさんたちは、愕然としたまま思考停止状態だ。
 「しっかりしろ! ここは戦場だ!」
 怒鳴りつけると、ノートンさんたちはビクッとして我に返ったようだ。
 「すまん! そうだった」
 「いいか。ノートンさん。ここの防衛は精霊たちと魔族の人たちに任せる。ノートンさんたちも一緒に頼む。……俺たちはピレトを探す」
 「うむ。わかった。俺たちも防衛戦に合流しよう」
 ノートンさんたちは、そういうとトンネルをくぐっていった。通り過ぎた後は、ふたたびノームによってトンネルがふさがれていく。

 「さあ、みんな! いくぞ」
 俺たちはアーク軍を右側に迂回して走りだした。
 「ノルン! フェリシア! 感知最大で頼む!」
 「了解!」(了解です!)
 空にはフェリシアとカラス天狗がついてくる。
 ピレトめ、今度こそ倒す!

――――。
 ジュン達が走りだしてから二〇分後。ついにアーク軍の第一陣が石壁に押し寄せてきた。

 どの鎧も縁取るようなオレンジ色の光が浮かび上がっている。何か特殊なギミックがありそうだが、騎士たちは一心不乱に石壁を殴りつけて削ろうとしている。
 それを見ながら、ノートンは、
 「どうやら思考能力もないようだ。身体強化ぐらいしか使っていないな」
と眼下の騎士たちの状況を分析した。
 「だが、自動防御機能も働いているはずだ。要注意だ」

 その頭上から、矢の一斉射撃が降り注ぐ。続いて、火の矢、そして、下からは冷気が吹き出して足元を凍らせようとする。
 不意に土埃をあげて大きな竜巻がいくつも作られ、兵士たちをふっ飛ばしていく。
 しかし、残った兵士たちによって、少しずつ防壁が削られていく。もっともノームの力で、削られる側から再生していくのではあるが。無表情で、一つの声を出すこともなく、ただ黙々と壁を削ろうとする兵士たち。あり得ない様子に魔族たちの気力はすり減らされていた。

 ゴオオオオォォォ!

 その時、空に大きな吠え声が響いたかと思うと、ガイアのブレスが吐き出された。
 ブレスの白い光がスパークをまとわせながら、空の一点で何かにあたって拮抗するかのように砕ける。
 突然。ブレスがそのまま突き抜けて空の向こうまで伸びていった。
 そこから黒い人影が地面に降りてきた。
 ボロのローブを纏わせ、大きな鎌を手にした人影が。

 「見つけたぞ! ピレトだ!」
 その人物めがけて、俺たちは一直線に走る。強化された身体で飛ぶように速く。
 そして、空からは地竜王ガイアが降りてきた。
 さあ、決戦の時だ。

28 地竜王ガイア

 ノルンの叫ぶような念話が、あせる心を伝えてくれる。

 (ノルン! どうした!)
 (アーク軍が、何かに操られているかのように、押し寄せてきてるのよ!)
 (アーク軍が?)
 (とてもこっちにいる魔族の人たちでは守りきれないわ!)
 (わかった。俺たちも向かおう! ヘレンもいるし。……行くまでたのむぞ!)
 (急いで! お願い!)

 念話に集中して、黙り込んだ俺をみんなが見ている。
 「ジュン。ノルンでしょ? どうしたの?」
 ヘレンが心配そうに俺の顔をのぞきこむ。俺は、今の念話の内容を説明しようとしたが、先にティティスが口を開いた。
 「アーク軍が来たのね。魔族を滅ぼすために。……でも、どうやらおかしな具合になっているようね。狂死の天災ピレトに操られているわ。その数は……4万くらいかしら」
 すごいな、この人は。占いでそこまでわかるのか。
 「うぬぬ。妾の眷属を滅ぼすだと?」
 ゴスロリ少女、闇の精霊アーテルが怒りに拳を握る。こうしちゃいられない。直ぐに行かなきゃ。
 「ティティスの言うとおりだ。みんな。ノルンが待っている。……いくぞ!」
 俺が、ヘレン、サクラ、シエラの顔を見ると、みんなは真剣な顔をしていた。
 ヘレンが決意を込めた目をしている。

 「させないわ。今度こそ……守ってみせる。」

 そうか。今のヘレンはベアトリクスの記憶もあるのだろう。
 「よくぞ申した! ベアトリ……じゃなかった、ヘレンよ! 行くが良い!」
 アーテルが祭壇に上ると、ビシィッと神殿の出口を指さした。
 「アーテル様。ありがとうございました。今度こそ。止めてみせます」
 ヘレンがアーテルにお礼を言うと、続いてティティスにもお礼を言った。
 「ティティス。ここまでありがとう。もう行かなきゃいけないわ。また今度ね」
 「ええ。……また今度ね。ノルンにもよろしく」
 「わかったわ。……さあ、ジュン。行くわよ!」
 ヘレンに促され、俺たちは神殿の出口を目指して走りだした。

 廊下を走り抜け広間を通り抜ける。神殿の出口を飛び出した俺たちは、馬に飛び乗ろうとした。
 その時、一人の男性が立ちはだかる。
 「おっと。ちょっと待て」
 グレートキャニオンの谷底で出会ったガイさんだった。

 「ガイさん! こんなところでどうした? っていうか、急いで戻らなきゃいけない。止めないでくれ!」
 そういってガイさんの隣を通り抜けようとするが、ガイさんが俺の肩をつかんだ。

 「まあ待て。……そっちが、お前の探していた仲間か。運命は乗り越えたか……。よかったな」
 ガイさんはヘレンの方を見て大きくうなづいた。運命だと? なぜこの人がそれを知っているのだろう?
 俺の疑念をよそに、ガイさんは、
 「……状況はわかってる。任せろ。アーテルの奴にも頼まれてるしな。俺が送ってやろう」
 「ガイさん?……何を?」
 怪訝な顔をする俺たちをよそに、ガイさんは何も言わずに空を見上げた。
 ガイさんの体が光りに包まれ、みるみるうちに大きくなっていく。そして、そこには一匹の巨大なブラックドラゴンが現れた。
 「ドラゴン?」
 呆然とつぶやいたサクラの方を見ると、神殿の入り口に、いつの間にかアーテルとティティスがいるのが見えた。
 「地竜王ガイアよ。妾の眷属を頼むぞ」
 アーテルの呼びかけに、巨大なドラゴンが器用に右手を挙げた。
 「アーテルよ。一〇〇〇年前の悲劇を終わらそうぞ。……お前たち。私が地竜王ガイアだ。さっさと行くぞ!」
 めまぐるしく変化する状況に驚く間もなく、俺は、
 「ああ! 頼む。……俺たちをノルンのもとへ!」
 ガイアが右手を俺たちの頭上に掲げると、俺たちの体がそれぞれ光の球に包まれた。
 ガイアが谷間から大空へと飛び上がると、それに続いて光りに包まれた俺たちも空に浮かんでついていく。
 ガイアの大きな翼が風をきる。風が俺たちの周りで、びゅおおおおと音を立てる。
 ぐんぐんと空を翔けて、グレートキャニオンが眼下にものすごい勢いで通り過ぎていく。

 空を飛びながら、ガイアがシエラに話しかけた。
 「シエラよ。そなたはまだ弱い。その盾の力を完全に引き出せるようになったならば、再び我のところにくるのだ」
 「はい。ガイア様。必ずや」
 「よい返事だ。……どれ、一つそなたにも力を貸してやろうぞ」
 ガイアがそういった時、シエラの体が光り出した
 「あれ? 体が軽い?」
 「ふふふ。我の加護を加えておいた」
 「ありがとうございます。ガイア様」
 「だが油断するな。シエラよ。これから先の戦場で、いかに我の加護を与えようと、気を抜けば危険だ」

 シエラに向けたガイアの言葉だったが、俺たちもその言葉を聞いて、気を引き締める。
 そう、これから先の戦場には、狂死の天災ピレトがいる可能性が高い。奴のデスサイズは驚異だ。……そういえば、このテラブレイドならば切り結ぶことができるだろうか。
 不安を覚えつつも、俺たちの眼下には魔族の町が見えてきて、その向こうの荒野をわらわらとやってくるアーク軍が見えてきた。
 まるで軍隊アリの行軍のようだ。その進む先に……いた! 
 封印術式を解除し、光の衣をまとったノルンが俺たちを見上げていた。

27 戦いのはじまり

 「団長! カトリーヌから連絡がきました!」

 そういって天幕に飛び込んできたのは、今回の軍事行動のために副官に任命したセドリックと呼ばれる騎士だった。
 アーク軍は、400台を超える輸送車による移動を終え、今、魔族の集落より50キロの地点に、約4万の軍勢がそろい陣地を作っていた。
 ノートン騎士団長は、内心で、魔族の調査をおこなっているはずのカトリーヌからの連絡を心待ちにしていた。魔族の実情を調査しているカトリーヌを、今回の愚かな軍事行動を水際で止めるためのカードと考えていたのだ。……もっとも、同行している大司教のラウムを説得できるかどうかは自信がなかったが。
 けれど、その大司教のラウムは、この荒野に到着してから確認したところ、どこかに行ってしまっているようで姿が見えない。それがノートンにとっては不安ではあったものの、一方でホッとしていた。
 「そうか! で、なんだと?」
 「まず、連絡は、例の秘匿回線を利用した魔道具で暗号化されています。報告内容ですが、「ガセ。話し合い求む」です」
 「……そうか。やはりな。おい、セドリック。どうやらこの戦は無意味のようだ。ラウムがいない今のうちに、気取られぬように撤退準備をしておけ」
 「は!」
 「それと、俺はカトリーヌのところへ行ってくる。戻るまで、指揮はお前に預けるが無断で軍を動かすことはならん」
 「は!」
 「何かあれば通信魔道具で連絡をくれ。……では、頼んだぞ」
 天幕を出たノートンは2人の護衛の兵士を引き連れて、馬に乗ると陣地を飛び出した。

 一方、ノルンは、カトリーヌと族長と一緒に、魔族の町の入り口にいた。
 アークの侵攻の連絡がギルドに入るや、直ちに族長へ一報。そして、老人、女性、子供は直ちに闇の神殿に避難となり、警備隊、冒険者、独立派、そして有志の若者が町の入り口で防衛の準備をすることになった。
 カトリーヌが、不思議なカードのようなものに話しかけている。
 「報告。……ガセ。話し合い求む。オーバー」
 しばらくカードに向かって話しかけていたカトリーヌが、こちらを振り向いた。
 「族長。私のツテにより、アーク騎士団長ノートンがこちらに向かっています。話しあいましょう」
 族長が怪訝な顔をしていたのだろう。そりゃそうよね。「ツテ」なんていわれたらね。カトリーヌが申しわけなさそうな表情をする。
 「ごめんなさい。実は、私は……、アーク騎士団副団長。それが私の正式な肩書なんです」
 「えっ? 副団長ですと? そんなに偉い方だったのですか?」
 「いいえ。そうかしこまらないで下さい。でも。今回はこの肩書で、何とか軍を押しとどめてみせます」
 その時だった。
 急に、ノルンの心に喜びがあふれてきた。……ソウルリンクから歓喜が伝わってくる。光に包まれたヘレンの姿が見えるような気がした。
 ジュンから念話がとどく。
 (ノルン。……一時は危なかったヘレンだが、トリスティアと闇の精霊の力で復活したよ)
 (本当? よかった。本当によかったわ!)

 カトリーヌと族長は、今度は急に涙を流し出したノルンを見て不思議そうな顔をする。
 そんな二人を見てノルンがはにかむように笑顔を見せた。
 「えっと……。ノルン? 大丈夫? 泣き笑いしているけど?」
 「ええ。今、とてもうれしい知らせが届いたの。ジュンからね。死んだと思った仲間が命を取り留めたの」
 「それはよかったわね。でも、通信魔導機もなく、どうやって……」
 「うふふ。ジュンと私は心がつながっているから、どこにいてもわかるのよ」
 「そ、そう。……こんな大変な時になんなんだけど……ご馳走さま」

 そういったカトリーヌの表情は、微妙にひきつっていた。
 そりゃそうだ。どうやってアーク軍の侵攻を止めるかって時だ。けれどヘレンが命を取り留めた。それは見つかって戻ってくるということでもある。
 何があったのか、後でしっかり問い詰めよう。そう心に誓うノルンだった。
 「うぬ? どうやら来たようだの」
 族長さんが荒野の向こうを指をさした。その方向には、近づいてくる三人の騎士が見える。
 先頭はヘレンを捕縛しに来た大柄の男性。団長のノートンだ。また別の一人はアーク王国の旗を持っていて、三人が公式な使者であることを示している。
 少し離れたところで馬から下りた三人の騎士は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。それを見たカトリーヌも近づいていき、ノルンと族長もついていった。
 カトリーヌはビシッと敬礼をして、
 「団長。もうお聞きと思いますが、魔王復活の動きはまったくありません。ガセです。少なくともこちらは、いつもどおり平和でのんびりとしたものですわ」
 その報告をノートンがうなづきながら聞いている。
 「そうか。ご苦労だったな。カトリーヌ」
 ノートンはカトリーヌさんの労をねぎらうと、族長の方を向いて挨拶を交わす。
 「私はアーク機工騎士団団長のノートンです」
 続いてノートンはノルンの方を見る。何かを言われる前にノルンが、
 「……事情を話していただけるんですよね」
 ノートンさんが苦笑しながら、
 「ああ。もちろんだ。ただし、あまり時間をかけられないから、かいつまんで話そう」

 ノートンが今までの状況の説明をはじめた。
 王都マキナクラフティで変死事件が続き、不思議な呪印が確認された。その時、過去にもたらされた魔王復活の予言と合致する星見が現れたこと。
 ラウム大司教の強い要請でヘレンに嫌疑がかけられたこと。しかし、ノートンはそれに反対であった。そもそも入国事前から殺人事件が起きているから、犯人とは考えられない。
 ともあれ、国王の命令でカトリーヌを使わして、魔王復活の動きを調査させた。
 そして、突然、国王が軍事行動を命令したということ。普段は冷静な国王だが、何か様子がおかしく、ラウム大司教があやしいと考えていること。
 これからについては、潜入捜査を指示していたカトリーヌさんの帰還と証言をもって、一旦、軍事行動を停止し、通信魔導機を利用して、リヒャルト国王に建言する予定であること。
 一方で族長さんからは、魔族側としては、アーク軍が撤退するまでは防備は継続することが告げられた。

 カトリーヌが、
 「じゃあ、行ってくるわ。今までありがとうね」
と、ノルンと握手をしながら言うと、
 「いいえ。こちらこそ。……しっかりね」
と別れた。
 その時だった。
 「くはははははは」
 空から急に、大きな笑い声が一帯に響き渡る。
 「何だ!」
 ノートンたちが当たりを警戒する。よく見ると、その鎧にオレンジ色の光線を浮かび上がっている。これが魔道鎧なのだろう。
 全員が空を見上げると、そこには巨大なラウム大司教の幻影が現れていた。

 「さあさあ、宴の始まりよの。狂い、殺し、滅するがよいぞ。……ほうれ!」

 その言葉が終わると、ずっと向こうのアーク軍の陣地が黒い光に包まれた。
 それを見たノートンや騎士たちがいきどおる。
 「奴め! 一体何をしやがった。……みんな急いで戻るぞ!」
 「「「はっ」」」
 ノートンたちが馬に乗ろうとしたとき、アーク軍の陣地から、何だかよくわからない声が聞こえてきた。土埃が立ち、何か異変が起こったのは確かだろう。
 と、その時、土埃の中から、アーク軍の人々が隊列を組むこともなく、まっすぐに進軍してきたのが見えた。次々に土埃の中から、オレンジ色の光線の浮かび上がった鎧を来た騎士たちの姿が現れる。
 その光景を見た全員が息を飲み込んだ。
 誰かが、
 「……えっ? 何あれ?」
とつぶやいた。
 空中でラウムの幻影が、
 「バカな者どもよ。本物の大司教などとっくに生け贄として死んでいるというのに。くっくっくっく。……ようやく魔族も今日で最後。さあ、我が手先となって進軍じゃ」
と哄笑をあげている。
 ノルンが、
 「どうやら洗脳か暗示をかけられたようね」
とつぶやき、族長に、
 「族長様。まずいかもしれない。防衛ラインまで下がりましょう」
と提案した。
 アロネが族長の指示を受けて、すぐさま魔族の町の中に戻っていく。防衛の指示のためだ。

 こうして、ラウム大司教の姿をした狂死の天災ピレトに踊らされて、一〇〇〇年ぶりの戦いが始まろうとしていた。

26 よみがえりしもの

 ヘレンの体があわく光る。体を包み込むように、ぼんやりとした光りが明滅する。
 その周囲をホタルが飛び交うように、いくつもの小さな光が舞い踊る。
 幻想的な風景のなか、ジュンの腕の中のヘレンが、ゆっくりと目を開いた。

 「う、うぅ……。ここは……、ベアトリクスは?」

 ヘレンの口から言葉がつむがれた。
 俺は、その声を聞いて喜びと愛しさがこみ上げる。……ああ! ヘレンが、戻ってきた。
 強く抱きしめるとヘレンは俺の顔を見上げた。
 「……おかえり。ヘレン」
 「ただいま。ジュン。……それに、みんな」
 そういうと、ヘレンは俺の首の後ろに手を回し、俺たちは口づけを交わした。
 遠巻きにしていた占い師のティティスが、やれやれといった様子で、
 「まったく。……若いっていいわねぇ。ノルンともあんな感じなのかしら?」
とつぶやいている。
 その声に、俺とヘレンがティティスの方を見る。さすがに他人の前では恥ずかしいかも。
 俺の隣では、サクラとシエラがうるうると涙を流しながら、うれしそうにヘレンを見ていた。
 「ヘレンさん……」「よかった……ううぅ」
 ヘレンは微笑んで二人の頭を撫でる。
 「ごめんなさいね。心配をかけて」
 「いいんです」「「おかえりなさい。ヘレンさん」」

 不意に、ヘレンの魔力が高まっていく。高まった魔力に、再びヘレンの体がぼんやりと光り、あふれた魔力が幻想的な炎となって周りを舞う。
 すごい。まるで俺とノルンの封印解除の時みたいだ。魔力の大きさ、強さも今までのヘレンとは圧倒的に違う。

 「ふふふ。ベアトリクス、いや、ヘレンよ。よくぞ戻ってきた。よくぞ決断したの」
 ゴスロリ少女の闇の精霊アーテルが、近づきながらも大きな声でヘレンに呼びかける。

 「その魔力。ようやく魂に刻まれた力を呼び起こすことができるようになったようじゃの。今度こそ、奴を打ち滅ぼし、悲劇を止めるのだ。……死より蘇りしそなただ。只今より『爆炎の聖魔王』を名乗るが良いぞ!」
 「いやです」
 ば、爆炎の聖魔王?
 しかし、アーテルの申し出は、ヘレンに一蹴された。断られたアーテルは信じられないものを見るように、目を見開く。と、2、3秒ほどして再起動したようだ。
 「なぬ? いやと言うか。何故じゃ?」
 「アーテル様。恥ずかしいです」
 理由を聞いたアーテルはなんだか悔しそうな顔をするが、気を取り直したようで、ドヤ顔で続ける。
 「ぬぬぬ。では仕方ないのう。な、ならば、闇の巫女に任命しようぞ」
 「それもいやです」
 再び断るヘレン。
 アーテルはショックを受けたように、顔に縦線が入っている。
 「なんと! 妾の巫女も嫌じゃと? なぜ?」
 「ジュンと一緒に行きますから」
 ヘレンはわずかに頬を染める。その様子を見たアーテルは納得したように、うんうんうなづいている。
 むう。何やら俺を置いてきぼりにして話が進んでいる。色々と突っ込みどころはあるものの、別に文句はないし。むしろヘレンには一緒に来てもらわないと困るんだが。
 俺はアーテルに、
 「ヘレンは俺の女の一人ですから。俺が連れて行きます」
というと、
 「そうか……。なら仕方ないの。お主は妾の力を強く受け継いでおるからの。娘みたいなもんじゃ。……これが娘を嫁にやる親の気持ちというもんじゃろう」
 アーテルはポケットから一つの指輪を取り出すと、それをヘレンに手渡した。うっすらと青
みを帯びた銀色の金属に黒い宝石がいくつもはめられている。
 「本来ならば、指輪は旦那からもらうべきじゃがの。妾の力がこもっておる指輪じゃ。右手の人差し指にでもするがよいぞ。……それと、これはそなた、というよりベアトリクスがしていたスーツじゃ」
 アーテルはそういうと、右手の指をパチンと鳴らした。
 すると周囲の黒い霧が、再びヘレンに前にあつまり一つ衣装になった。
 「えっ。これ……。なんで水着?」
 そのスーツを見て首を傾げるヘレン。
 違うぞ?ヘレン。それは……。SMの女王様ファッション。黒のボンテージだ。
 「違うぞ。ヘレンよ。なんでも、「ぼんてぇじ」の「びすちぇ」とか言うらしい。それと、妾の加護をこれでもかっていうほど与えておこう」
 ヘレンは、その服を見て、何だか恥ずかしそうな顔をする。
 「アーテル様。ちょっと刺激的というか。恥ずかしいですよ。これ」 
 アーテルは、俺の方をちらっと見てニヤニヤしていった。
 「そうじゃろう。妾からみても刺激的じゃ。ま、夜には役立つんじゃないのか?」
 いやいやいやいや。俺。そんな趣味SMないから。いや、むしろSっ気はあるかもしれないが……、って、ちがーう!
 俺は即座に、
 「いや。俺にはその趣味はないんで、できれば白くて可憐なビスチェにしてもらえないですか?」
というと、アーテルが、
 「ふむ。そろそろ自分の神力で創造してもいいだろうと思うが、まあいいだろう」
と指を鳴らす。するとヘレンの手にした黒皮のビスチェが白く、銀糸で模様の入った美しいビスチェに変化した。
 俺は満足しながら、
 「これならいいですね」
と言うと、ヘレンが下から、
 「……あのねぇ」
とじとっとした目で見上げてきた。
 サクラは本領発揮とばかりに、
 「くふふふ。ノルンさんにお願いして、今度は全員分の可憐な下着と過激な下着を用意してもらおっと」
 「さ、サクラちゃん? でも、いいなぁ。私の胸のサイズだと可愛い下着とかないんだよなぁ」
 「大丈夫だよ。シエラちゃん。私にいい考えがあるから」
とシエラとトークを始めた。
 いや、もう、なんだかシリアスな雰囲気がぶっ飛んだよ。

 ヘレンがそそくさとビスチェをたたんで、俺に渡してくる。それをマジックバッグに入れると、シエラがティティスに、
 「あっ。ティティス。ありがとう。お陰で、どうやら運命を乗り越えられたようだわ」
 ティティスは、ヘレンに向かってにっこり笑顔を見せる。
 「いいのよ。また貴方たちの絆を見ることができたし。……ただ、そうのんびりはしていられないわよ」
 ティティスの言葉が終わるか終わらないかという時、ノルンのあわてた念話が飛び込んできた。

 (ジュン!! 大変よ!)