間章 恋人の日

 今日は、獅子の月8月の7日。真夏の青い空に、太陽が煌々と照り輝いている。

 この日は、ヴァルガンド世界では恋人の日ラヴァーズ・ディとされていて、恋人や夫婦が互いに相手にプレゼントを渡す日となっている。

 一種の祭りとして、街の商店街ではカップルの姿がちらほらと見える。

 「失礼。美しい方。私と一緒に買い物などいかがですか?」

 街を歩いていると、俺の背後でどこかの男が声をかけてきたようだ。

 振り向くと、声をかけられたのはシエラだった。シエラは一瞬、困惑した表情だったが、すぐに、

 「いえ。私たちには決まった方がいるので結構です」

とすげなく断った。

 ……悪いな。青年。

 そう思いながら、俺は前を向いて再び歩き始めた。

 やっぱり、もうちょっと早くにお揃いの装飾品を用意しておけばよかったな。

 地球だったら婚約指輪というものがあるのだが、ヴァルガンドではそれに類した習慣は無かったのだ。ただ、個人的に気にかかっていたので、ノルンたちには内緒でフランツ商会にとある品の加工をお願いしておいた。

 ノルンたちが今日は内輪でパーティーをしたいというので、許可をするとそのための買い物に市場に行くという。丁度良いからちょっと修道院に行くと言って、途中まで一緒に歩いているのだ。

 隣を歩いているノルンが、

 「ふふふ。恋人の日だから、町の雰囲気が違うわね」

と上機嫌で微笑んでいる。

 ちなみに相手のいない独身の男女は、複数の男女でパーティーをして出会いを求めるという、いわゆる合コンをするのが恒例の行事らしい。ギルドでは、エミリーさんとマリナさんとを囲んで、冒険者たちがパーティーをすると言っていた。そっちはそっちで楽しそうだが、俺たちは資格無しとしてシャットアウトされている。

 市場に向かうノルンたちに、「変なのに声かけられてもきっぱり断れよ」と言うと、何故かみんなニコニコと笑っていた。

 みんなと別れ、一人でフランツ商会に向かう。

 ここは三階建ての建物で、今日は売り上げ時として、カップルにターゲットを絞った商品を売り出しているようだ。噂で聞いたところによると、予算別に、スイーツ、衣類、装飾品、魔道具とラインナップを揃えているらしい。

 店の中に入ると、一階の売り場にはカップルや、相手に渡すプレゼントを選んでいる男女がわんさかと詰めかけていた。

 まるでスーパーのタイムセールのような混雑に、

 「うっわ~。すっご……」

と思わずつぶやきが漏れてしまった。

 壁側をすり抜けて階段を三階まで上がる。

 三階はオーダーメイドの商品の受け付けであり、いつもはガラガラに空いているのだが、今日は四組ほどの身なりの良いカップルがいた。

 あいているカウンターに行き、執事のような男性に用件を切り出した。

 「リングの加工を依頼した、ステラポラリスのジュンです」

 男性は一礼し、

 「少々お待ち下さいませ」

と言って、奥に向かった。

 カウンターの前に待つこと5分。男性が細長い化粧箱を持ってきた。

 恭しく差し出されたその箱を受け取り、カウンターに置き、慎重に蓋を開ける。

 中には、ダイヤモンドに似た輝く宝石を埋め込んだミスリルの指輪が7つ、赤く染められた絹地の台座に鎮座している。

 一つを手に取って眺める。宝石こそ0.3カラットの大きさだが、実はこの宝石には大きな秘密がある。店員さんが、

 「失礼とは存じますが、当店でもこのような宝石は初めて拝見いたします。お客様は魔力を込められてプレゼントされるとうかがいましたが、これは何という宝石なのでしょうか?」

と丁寧にきいてきた。

 「……すまないが、俺にも答えられないんだよ」

と苦笑すると、店員の男性が何か言いたそうだったが、「そうですか」と口をつぐんだ。

 残念だが、教えてあげることはできないんだよ。これはね。

 内心でそう思いつつ、改めて手の中の指輪を見る。

――婚約指輪

 ジュンの神力を結晶化した宝石が埋められた指輪。

 最近、神力の操作がわかるようになって、ダイヤモンドをイメージしながら力を凝縮して作ったのさ。

 指輪を箱に戻し、店員さんにうなづくと、店員さんは綺麗なリボンを取り出して包装し始めた。美しい手つきで作業をしながら、

 「サイズは一度に限り、自動調整できるように魔法をかけております」

と補足するのをうなづいて返事をし、加工代金を支払ってマジックバックに収納した。

 「この度は当店をご利用いただき、ありがとうございました」

 店員の声に見送られ、俺は階段を下りた。

 さあ、次の目的地は、ノルンに言ったように修道院だ。

――――

 今日の修道院は、夕方から恋人の日ということで、院長である聖女ローレンツィーナが合同で祝福をしてくれるとあって、広間の準備が大急ぎで進められていた。

 いつもなら並んでいる長いすが片付けられ、奥の祭壇に鎮座する女神トリスティアの像には花の冠が載せられている。

 慌ただしく作業をするシスターを横目に、約束をしてあった俺は、まっすぐに奥へ向かった。

 院長の部屋の扉をノックする。

 「どうぞ」

と声がかかったので静かに扉を開くと、執務机の向こうで院長さまが座っていた。

 応接セットのソファに院長と対面に座ると、院長自らがテーブルの脇においてあるポットで紅茶をいれてくれた。

 「今日は恋人の日ね。夕方には貴方たちも来るのかしら?」

 俺は頭をかきながら、

 「あ~。申しわけないんですが、今日はホームでパーティーをする予定です」

 院長は微笑んで、

 「別に構わないわよ? そのかわり、こっちの祭典が終わったら、私もそっちにお邪魔していいかしら?」

 「え? 院長様がですか?」

 「ええ。例の物をあげるところに立ち会いたいのよね」

 「あはは。……わかりました」

 俺はそう言いながら、マジックバックから指輪の入った細長い箱を取り出した。

 院長様は箱を手にとって、

 「これね。ちょっと待ってて」

と言いながら、立ち上がり、部屋の奥にある小さな祭壇のところへ安置をした。

 俺も一緒に行き、院長の後ろで膝をついて、静かに目を閉じる。

 実は指輪に祝福を与えてもらえるようお願いしてあったのだ。

 院長さまの祈りの声が聞こえる。

 「女神トリスティアよ。その慈愛をもって、この恋人たちを祝福したまえ」

 そっと目を開けて見上げると、院長さまは祭壇に供えられた水瓶に指先をつけ、しずくを箱に散らした。

 どういう原理かわからないが、箱の中に何かの力が宿ったのが感じられた。俺の耳元で、クスクスと小さい少女の笑い声が聞こえた。

 思わず周りを見回していると、院長さまが箱を手に取り、俺に差し出した。

 「はい。どうぞ」

 それを推し戴いてお礼を言い、再びソファで対面して座る。

 院長様がにっこり笑って、

 「で、どう? 最近は」

 俺は苦笑しながら、

 「先日、ゾヒテから戻ってきたばかりですから。しばらくはのんびりしていますよ」

 「ああ、そういえばお土産ありがとうね」

 ――それからしばらく院長さまと話をしてから、俺はホームに戻った。

 ホームに戻り、みんなも帰ってきたところで、早速、ノルンがヘレンとセレン、シエラを助手に調理に入った。ちなみに途中で院長さまが来るということは、すでに念話で伝えてある。

 俺はサクラとカレンと一緒に食堂の飾り付けをする。

 カレンが、

 「ゾヒテ六花よ――」

と呼びかけると、空中に六人の小さな妖精が現れた。

 「お花を飾りたいの。いいかしら」

とカレンが言うと、代表らしいオレンジ色の花の妖精が、

 「うん。わかってるわ! 任せてちょうだい」

 すると妖精が部屋の隅からクルクルッと舞を踊るように空を飛ぶ。その体から光の粒がこぼれ落ち、何もないところに次々と花飾りが生まれていく。

 思わず「ほお」と感心していると、サクラが、

 「ちょっと、マスター、ここ持ってて下さい」

とせかされた。苦笑しながら、サクラの差し出してきた金と銀の鎖飾りを持っていると、その一方の端っこをサクラが手にして、ふいっとジャンプした。

 「っとと」

 サクラは天井に逆さまに下り立ち、ちょうどデーブルの中央の真上の位置で、鎖飾りを縛り付けて固定する。正直、どのようにやっているのか理解の外だが、妖力かなにかを使っているのだろう。

 次々に鎖飾りでドレープを描きながら、サクラが天井に固定していき、俺はそれを見上げながらサクラの指示で鎖飾りを運ぶ。

 「よっと」

 終わったサクラが、くるりんっと宙返りをして床に下り立った。自分のやった飾りを見上げて、

 「どうです? 良い感じでしょ」

と胸を張った。

 それからテーブルの準備をして、銀の燭台をならべてロウソクを差し込んでいく。厨房から食器を受け取り、綺麗に並べていき、夕方のちょうどいい時間帯に準備も調理も終わったようだ。

 不意にホームの外から、人々が祝杯を挙げる声が聞こえる。

 「「かんぱーい!」」

 それと同時に花火らしき音も聞こえた。子供たちの歓声も聞こえる。

 「こりゃあ、夏祭りだな」

とつぶやくと、ノルンが、

 「さあ、始めましょうか?」

と笑顔で言った。

――――

 「ええっと、今日はなんて言えばいいのかわからないんだが。そうだな。いつも俺についてきてくれてありがとう。これからもよろしくとでも言えばいいか?」

 俺は、小さい声でノルンに相談すると、ノルンはちょっと顔をしかめて、

 「だめよ。ジュン。こういうときは、みんな愛してる! ってはっきり言えばいいのよ」

 う、そうなのか。それはそうなんだが、改まって言うのも恥ずかしい。けど……、そうだな。今は俺たちしかいないしな。

 ノルンにうなづいて、グラスを片手に立ち上がる。

 みんなを見渡してから、俺はグラスをかかげ、

 「まさか俺にこんなに美人の婚約者が六人もできるとは思ってもいなかったよ。だけど、みんなのお陰で、俺は毎日が幸せだ。願わくば、みんなも同じ気持ちであってくれればと思う」

 そして、一人一人に呼びかける。

 「ノルン。……俺の半身でもある俺の女神」

 麗しいノルンの瞳が俺を見上げた。その美しい唇が開く。「「はい」

 つづいてヘレンを見つめる。

 「ヘレン。……美しい真紅の髪を持つ聖女の弟子」

 勝ち気なヘレンの強い意志のこもった瞳が俺を見る。「ええ」

 ノルンの隣のセレンを見る。

 「セレン。透き通った声の海の歌姫」

 まるで海のようなセレンの深い瞳が俺を見つめる。「……はい」

 サクラを見つめて、

 「サクラ。最初の仲間にして、いつも元気な俺の猫娘」

 はつらつとしたサクラの瞳が楽しそうに俺を見る。「は~い!」

 じっと俺を見ていたシエラと目が合う。

 「シエラ。仇を追う気高く強い俺の竜姫」

 巻き角をしたシエラが慎ましげに微笑んだ。「はい!」

 最後に小柄なカレンを見つめる。

 「カレン。緑を守る世界樹の巫女にして俺の教え子」

 どこか緊張したようなカレンの瞳が俺を見つめた。「はい」

 改めてみんなの顔を見渡してから、

 「俺は、みんなを愛している。これからも俺たちの幸せが続くよう祈って。……乾杯!」

 「「「かんぱい!」」」

 グラスの中のビールを一気にあおり、グラスを置いて拍手をする。

 俺たちの頭上を、止まり木にいたフェリシアとゾヒテ六花の妖精たちが飛び回り祝福している。

 俺の婚約者全員が笑顔で俺を見つめていた。

 早速、料理に手を伸ばそうとしたとき、ドアベルが来客を告げた。

 はっとして玄関を見ると、ヘレンがあわてて掛けていった。どうやら良いタイミングで院長さまがやってきたようだ。

 応対するヘレンの声が聞こえ、ぱたぱたという足音と共に食堂に院長さまとヘレンが入ってきた。

 「来たわよ~!」

 にこやかに手を振る院長さまをヘレンが席に案内するが、院長さまは機嫌良くその手前で止まった。

 「うふふ。……ねえ、ジュン。早速あれを」

 うなづいて俺は立ち上がり、みんなにも院長さまの前に集まってもらう。

 そっとマジックバックから細長い箱を取り出すと、みんなの視線が集中する。

 ノルンが、瞳を輝かせながら、

 「そ、それは?」

というので、ウインクをして、院長さまに箱を預ける。

 「さあ、貴女たちの愛する男性から、素敵なプレゼントよ」

 そういって院長さまは丁寧にリボンをほどき、みんなに見えるように箱の蓋を開けた。

 「「「おお!」」」

 みんなの感嘆の声が重なる。

 喜びに満ちた彼女たちの顔を見ながら、俺は、

 「俺の故郷では、男が婚約を交わした女性に指輪を贈る習慣がある。……今日まで遅れてしまったけど、みんなに受け取って欲しい」

 早速、院長さまの手に持っている箱から一つ取り出して、ノルンの左手を取って、その薬指に通す。魔法によって自動的にサイズが最適化していき、ほっそりとした指にぴったりとはまった。小さく宝石が輝いた。

 つづいてヘレンと、一人ずつ順番に呼んで、同じように指輪をはめる。みんながうっとりと指輪を眺め、サクラなどはニマニマしている。

 最後にノルンが俺の左手を取って、残った指輪をしてくれた。……まあ、俺がするのは本当は結婚の時だが、その時はその時だ。

 指輪をはめてくれたノルンと目が合う。俺は微笑んで、そっと抱き寄せてキスをする。

 ノルンが離れると、その後ろにはヘレンが恥ずかしそうに微笑んで待っていた。一人ずつ順番にキスをして、最後にカレンにキスすると、カレンはボッと音が出そうな勢いで顔が真っ赤になった。

 隣で院長さまがウフフと笑っている。

 空になった箱を院長さまから受け取って、マジックバックにしまう。

 院長さまが、幸せそうな笑顔になっているみんなに、

 「もうわかっていると思うけど、その指輪の石はジュンの力の結晶。きっと貴女たちを守ってくれるでしょう。……私も祝福を授けてあるからね」

 みんなの熱い視線が俺に集まる。恥ずかしくなってふいっと視線をそらして、人差し指で頬を掻くと、院長さまが、

 「というわけで、今度はみんなからジュンにプレゼントよ」

と言った。

 「ええ?」

 驚いて院長さまの方を見ると、院長さまはいたずらが成功したとばかりに笑っていた。

 そこへノルンが、

 「ジュン」

 振り返るとその手には一つの腕輪があった。ノルンの妖精王の腕輪に似ている。色のついた六つの宝玉がはめられている。

 おそるおそる腕輪を受け取り、しげしげと眺める。

 ノルンが、

 「七色に光っているのが私の神力を込めた宝玉。赤いのがヘレン、青色がセレン、白色がサクラ、黄色がシエラ、緑色がカレンの魔力が籠もっているわ」

 早速、はめてみると、まるで彼女たちの心が伝わってくるように、俺は幸福感に包まれた。まるで彼女たちに抱かれているような錯覚を覚える。

 「……ありがとう」

 言葉少なく礼を言ったとたん、院長さまが拍手をした。

 「うんうん! あなたたちを見ていると、私も幸せになるわ」

 俺たちは顔を見合わせて、照れた笑顔をする。

 くるりと振り返った院長さまが、

 「さ、料理もあるようだし、ご馳走になるわよ」

と言って席に向かった。

 キャンドルの明かりが優しく揺らめき、恋人の日の夜、俺たちの賑やかなパーティーが遅くまで続いていった。