03.うら山のお寺

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 久しぶりに歩く故郷の町は、なんだか映画の中の景色のように見えた。

 ああ、ここにこんなのあったな。あっちはどうだっけ?

 昔の思い出を宝探しするように、あちらこちらに視線をめぐらしつつ、ぶらぶらと歩いて行く。

 そんな俺のそばを、自転車に乗った小学生の男の子たちが通り過ぎていった。

 元気な男の子たちを見送り、昔ながらの和菓子屋さんの前を通りかかったとき、

「あ、そういえば何かお土産持って行こうか?」

と無意識につぶやいた。

 しわだらけの顔をニカッとさせるお坊さんの顔が頭に浮かぶ。……そうだな。そうしようか。

 そう思って和菓子屋さんの中に入ってショーケースをのぞく。

 う~ん。時期的には柏餅なんていいだろうけど、子どもたちが遊びに来てないと勿体もったいないかな。とすると少し日持ちがするものがいいだろうか? これから暑くなっていくし……。

 ショーケースを順番に眺めていくと、ふと水ようかんが目に入った。

 あ、これがいいかも。

「あら? いらっしゃい。……うちに若いお客さんなんて珍しいわね」

 不意に声を掛けられて顔を上げると、おばちゃんが奥から出てきていた。

「あ、ども」

 おばちゃんが俺の顔をしげしげと見つめる。何かを思い出そうとしているようだ。

おばちゃんは、手をパンと打つと、

「もしかして、夏樹くん? うちの宏と同級生だった」

「はい。そうです。お久しぶりです」

「ほんと久しぶりね。中学校以来かしら? ……立派になって。今日は連休だから帰省?」

「あ~、まあ、そんな感じです」

 俺は頭をかきながら水ようかんの詰め合わせをお願いした。

「はいよ。のしはつける?」

「あ、お願いします。……ほら、久しぶりにお寺さんに行こうかと思って」

「ああ。昔はよく遊びに行ってたわねぇ。まだまだお元気だから、きっと喜ぶわよ。……はいこれ」

「ありがとうございます。宏は元気ですか?」

「大学行ったっきりよ。たまには帰ってくればいいのにね」

「あはは。僕も似たようなもんですから……。じゃ、これで」

「男の子ってみんな同じなのかしらねぇ。ありがとうね」

 なんだか照れ恥ずかしい気持ちを抱きながら、お店から出るとまだ連休だというのにまばゆい太陽に目がくらむ。

 ふぅ。大きく息を吐いて再び歩き出す。近くに小学校があるせいか、遊びに行く子ども達とすれ違う。それを横目に見ながらしばらく歩くと、お寺に続く石段が見えてきた。

 輝くような新緑のトンネルの下、階段を上っていくと、少し汗ばんだ肌に通り過ぎていく風が心地よかった。正面には昔と変わらないお堂と庫裏くりの玄関が見える。

 お堂の前は広場になっていて、大きな木がそびえている。

 お堂の方の入り口から中にお邪魔することにして、木でできた下駄箱に靴を入れてお堂の階段を上る。

 入り口の障子を開けて中に入り、外陣の中央に進んで、一人ぽつねんと座った。

 静けさに包まれて御本尊を見る。ここの仏様は御釈迦様だけど、なんでもその脇の帝釈天に御利益があるとかだった。

 最近、新しく替えたのだろうか、青々とした畳のいい匂いがする。

 ……子どもの頃、お堂まで入るのは特別なときだけで、そういうときはお爺ちゃんのお坊さんがおもしろい話をしてくれて、そのあとお菓子とかアイスとかもらった。確か子供たちはみんな「お爺ちゃんお坊さん」って呼んでたな。

 その時、庫裏につながる扉が開き、年配のお坊さんが入ってきた。

「おや? こんな時間に若い方がお参りとは珍しい。よういらした」

 あわてて俺は頭を下げる。

「お久しぶりです。あの……これ、おそなえくださいい」

 お爺ちゃんお坊さんは、ニカッと笑う。「これはこれは。どうも」

 続いて俺の顔をじっと見つめる。

「あ、え~と夏樹です。昔よく遊ばせてもらった」

「ああ。そういえば面影がある。大きくなったもんじゃなぁ」

 まぶしそうな表情で俺を見つめるお爺ちゃんお坊さんだった。

「ああ、そういえば君はあの子とよく一緒に遊んでおったの」

 きっと春香のことだ。……しかし、俺たち以外にもたくさんの子ども達が遊びに来ていたのに、よく覚えているもんだ。

「ふむ。あの子も可哀想じゃったの。お墓参りにきたのじゃろ? 案内するぞ」

 えっ。お墓がここに?

「え、ええ。まあ、そうです」

 思わずそう答えると、ついておいでと言われ、お爺ちゃんお坊さんはお堂の玄関から外に出て行った。どうやらお堂の裏の墓地に行くようだ。

 前を行くお爺ちゃんお坊さんが背中越しに話しかけてくる。

「あの子は親戚もおらんでのう。本来ならば無縁仏に入れねばならないんだが、幸いにお父さんとお母さんのお墓があるからそっちに一緒にしてある。……ま、そちらのお墓も後の人がいないからちょっと問題もあるんじゃがの」

「はあ。そうですか。……ご両親も亡くなっていたんですか?」

「おや知らなかったのかい。確かお父さんが五年くらい前で、その一年後にお母さんだったか」

 ということは高校生の時に連続でか。お袋も知らせてくれればいいのに。

 そんな事を考えているとお墓についた。

 お爺ちゃんお坊さんがお墓の前で合唱し、場所を空けてくれた。俺は進み出るとしゃがんで手を合わせる。

 春香……。

 しばらくそのまま瞑想し、再び頭を下げてから立ち上がる。俺はお爺ちゃんお坊さんに深々と一礼した。

「ありがとうございました」

「いいんじゃよ。君が来てくれて、この子も喜んでおるじゃろ。……それはそうと、ちょっと時間があるかな?」

「ええ。大丈夫ですよ」

「ふむ。それならちょっといいかの」

 そういってお爺ちゃんお坊さんは再び歩き出した。迷路のような墓地の通路を歩いて行く。

 ……あ、こっちはもしかして。

 お爺ちゃんお坊さんの目的地がなんとなくわかった。こっちには確か……桜の木があるはずだ。

 予想通りお爺ちゃんお坊さんは桜の木まで来ると、そこにあるベンチに座り隣に座れと言う。

 昔と変わらず、シンボルのように大きな桜の木があたかも町全体を見守るようにそびえている。

 お爺ちゃんお坊さんと一緒に少しの間、無言で眼下の景色を眺めが。

「あの子はの。ここで亡くなっておったんだ。この桜の木の下で睡眠薬を飲んでおってな」

 ぽつりとつぶやくようにお爺ちゃんお坊さんがそう言った。その横顔を見つめると、急にお爺ちゃんお坊さんの体が縮んだように見えた。

「えっ。ここでですか?」

「そうだ。わしが発見したんじゃ……」

 俺たちの間に、再び無言の時間が続いた。

「君のように大きくなって来てくれるのは、わしらにとって本当にうれしい。だけど、あの子のように若くして亡くなるのはやりきれない。……君は何か知ってはおらんか? よくあの子と遊んどったろ」

「実は高校から寮に入ったから何があったのか知らないんです。そうですか。ここで春香が……」

「そうか。それは仕方ないか。……まあ親御さんが両方亡くなって一人になってしまって、いろいろ辛い目にあったのだろう」

 そこまでいうとお爺ちゃんお坊さんは俺の顔を見て何かを言いよどんでいる。俺はじっと待った。

「君に言うべきかどうか迷ってるが言っておこう。あの子はの、昔ここで遊びでつくったおもちゃの指輪を大切に持っておったんじゃよ」

――おもちゃの指輪。それって……。

「きっと一番よかった頃の夢の中で亡くなったんだろう。幸せそうに眠っているような顔をしとった」

――俺の作ったやつか?

「ん? どうした?」

「い、いえ。そうですか。幸せそうな顔でしたか……」

「きっと今頃はお父さんとお母さんと一緒にいると思うと少しは慰められるよ」

――あれって確か、小学校4年生くらいの七夕だったよな。低学年の子と一緒に作ったやつだ。

 気がつくと、お爺ちゃんお坊さんが俺の顔をのぞき込んでいた。

「あ、ああ。ええっと……」

「なあ、夏樹くん。君は生きているんじゃぞ。故人を悲しく思う気持ちはわかる。だがのそれならば回向しなさい。そして、故人の分も君は幸せにならんといかん」

 真剣な顔で俺に話しかけてくる。その目の奥に心配そうな感情が浮かんでいる。

「はい。そうですよね。春香の分も幸せにならないと」

「そうじゃ。忘れるなとはいわんが君がそれにとらわれてはいかん。君には待ってくれているご家族がおるし、わしらも悲しむ」

 俺はお爺ちゃんお坊さんの目を真っ直ぐに見てうなづいた。

「もう大丈夫です。……ありがとうございました」

 俺はそう言って立ち上がり、青々とした葉っぱを茂らせている桜の木を見上げた。

 お爺ちゃんお坊さんも立ち上がり、一緒に桜を見上げる。

「葉っぱが落ちて枝だけになっても、そこからつぼみが出て美しい花を咲かせる。……また来なさい。なんでも相談にのるからの」

 そういってお爺ちゃんお坊さんは庫裏に戻っていった。俺は、頭を下げてその後ろ姿を見送った。

 俺は再び桜の木を見上げた。

 ザザアァッ。

 その時、一陣の風が枝をならしながら通り過ぎていった。

――もし私がどこか遠いところに行っちゃったら……、探してね。

 幼い春香の声が聞こえた気がした。

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