25 豊邑へ

 渭水沿いの街道を10台の馬車が東を目指している。
 一行の目的地は豊邑だ。
 新たに都となる街で、現在は増強拡張工事が行われているという。

 姫昌様の跡を継いで周の君主となった姫発様は、しばらくは「太子・発」を名乗ることにされた。一番最初に手がけたのは人事と遷都計画だった。
 もちろん服喪期間ではあるので、大々的な発表はないが内々に豊邑を整備し、喪が明けると周の都をそこへ遷すという。

 先代には軍師として仕えていた子牙くんは、丞相の地位に就き、宰相の周公旦様とともに周の内政をも担当するという。
 その関係で、豊邑の整備事業の指揮を子牙くんがすることとなり、一家総出で引っ越しをすることになったのだ。

 丞相の引っ越しとあっては警備の兵も必要となる。そこで、タイミングが良いからという理由で、黄飛虎殿の一族のうち数家族が一緒に移動することになったたというわけだ。
 先頭は飛虎殿の長男である黄天化殿の家族。そして黄家の家臣団が、俺たちを前後に挟んで続いている。

 ヤオトンの家から連れてきた俺と春香の馬も、今は子牙くんのところの馬と一緒になって車を引いている。|馭者台ぎょしゃだいには碧霞、丁は荷台だ。
 その横には子牙くんが馬に乗っており、俺と碧霞は馬車に合わせてゆっくりと徒歩で歩いていた。

 それなりの荷物を処分したので子牙くんの家は車1台で済んでいるが、他家は2台、3台の馬車で荷物を運んでいるようだ。
 ちなみに俺と春香の荷物は最低限の衣類と調理道具、そして2人用のテントだけなのでもっと少ない。今は子牙くんの馬のお尻に載せて貰っている。
 もともと大事な荷物は、神通力の修行の際に身につけた亜空間収納に入れているのは内緒だ。

 馭者台の碧霞が、
「ねえ。そろそろ交替しない?」
と言ってくる。さすがに丞相となった子牙くんを歩かせるわけには行かないが、子牙くんにとっては俺と春香が徒歩というのは非常に居心地が悪いらしい。そして、それは碧霞も一緒のようだった。
 他にも歩きの人が多いからゆっくりしたスピードだし、こっちは旅慣れているから歩きで平気なんだけどね。見た目は年老いた親を歩かせるのは気が引けるのだろうか。

「丁ちゃんは寝ちゃったかな?」
「うん。退屈だったみたいだね」
「子どもってそんなものよ。それでね。親がひと休みしようって時に目が覚めるのよ。それから元気になって遊びはじめるもんだから、結局休めなくってさ」
「ふうん。そ、そうなのかな」
「あれれ。もしかして身に覚えがあるのかな~?」
「……もう! マーマったら!」

 馭者台に乗った春香に|手綱たづなを渡して碧霞が降りてくる。俺の隣で歩きながら、ぐうっと伸びをした。
「同じ姿勢だったから肩こっちゃった。お尻も痛くなるし」
 そういって歩きながら肩をトントンと叩いている。まったく……、仕草が春香と一緒だ。

「休憩になったら肩を揉んでやるから、歩くときはちゃんと足元を見なさい」
 でないと転んでしまうぞ。

「うん。……パーパとマーマはいつも元気だよね。病気にもなったことないし」
 俺たちは神様だからね。いかなる病原菌も、俺たちの身体を|むしばむことはできない。ただ感覚は普通の人間のままにしているから、寒さや痛みは感じる。空腹も眠気も。
 まあ、これも程度は調整できるけれど。

「お前が小さい頃はよく熱出していたからなぁ。こっちは病気になる暇もなかったよ」
「あはは……」
「それが親ってもんだ。子どものことだったら辛いことでも辛くない。……お前もわかるだろ?」
「うん。丁が一才ぐらいのとき、急に熱を出してさ。泣き出したと思ったらぐったりしてさ。夜中に起きて、ずっと様子見て。……今ならよく倒れなかったなって思う」

 そうだ。それが親だ。初めての子どもだと色々と心配になるし、余計に大変だけど。それでも子どものための苦労は耐えられるんだ。

 ふと気がつくと、馬に乗っていた子牙くんがこっちを見ている。
「夜中に泣き出して、抱き上げてもなかなか泣き止まないときは、どうしようかと思いましたねぇ」
と言う。

 夜泣きの時期はよくあることだ。少し外の空気に触れさせたり、わざと泣かせて疲れさせて眠らせるなんてこともしたなぁ。ダメなときは何をしてもダメだったけど。こればっかりは子育てをしてみないとわからない苦労だ。
 そう思いながら碧霞を見ると苦笑いを浮かべていた。
 俺は碧霞の時のことを思い出すけれど、きっと丁も一緒だったのだろうね。

 そんなこんなでおしゃべりしながら進んでいると、前の方から連絡が来て、この先の岩場に広いスペースがあるからそこで休憩をするという。どうやら子育て談義は一旦おしまいのようだ。

 前の馬車から順番に広場に入っていき、きれいに整列して駐めていく。一旦、家長が集まり、少し打ち合わせをするそうだ。

 休憩の間、丁が予想通りに起きてきて、他の家の子のところへ遊びに行った。今は馬車と馬車の間で追いかけっこをしている。

 空を見ると太陽はやや西に傾いてきているので、もしかしたら今日はここで野宿かもしれない。
 子どもたちの姿を眺めつつ、春香と碧霞と3人で荷台に座って休んでいると、子牙くんが戻ってきた。
 どうやら案の定、今日はここで一泊をすることになったそうだ。

 となれば早速と、春香と一緒に馬にくくりつけてあったテントを降ろす。
 子牙くんたちは荷台を整理してそこで寝るようだ。
 春香との2人旅なら、今日みたいに天気のいい日ならテントなど組み立てずに毛布一枚で寝るんだが、さすがにそれでは子牙くんたちも心配するだろう。

 ポールを春香に支えてもらい、ロープを張って地面にペグを打ちつける。テントを張って、ロープの緩み具合を確認していると、丁が妙に焦った表情で走って帰ってきた。その|そばには同じくらいの年の男子3人と女子2人がいる。
 どこかの家の子どもたちなんだろう。

「パーパ! ここ危険だよ! 竜がいる!」
 荷台によじ登ってそう叫ぶ丁に、子牙くんが何のことだと言いたげな表情を浮かべた。
「竜? ……何を見たんだ?」
「あのね。大きな骨があったんだ。ここ、竜の住処なんだよ。だから危ないよ」
「竜の骨?」

 脇で聞いていた俺だが、それって……。
「丁。そこに案内してくれ」
「わかってけど。そっとだよ。近くに生きてるのもいるかもしれないから」
「ああ。わかった。……春香も一緒に行こう」
「え? 祖母ちゃんも?」
と驚く丁に、春香は自分の弓を取り出して見せた。
「大丈夫よ。丁。私はこれがあるから」
と笑顔で答えた。

 丁の後ろを歩いて行くと、その周りを子どもたちが恐る恐るついてきた。どの子も何かに見つかったら大変というように、警戒しながら歩いている。

 木々の間から、崖がせり出していて断層がむき出しになっているのが見える。太古の地殻変動の痕跡とも言える。
 うん。発掘調査に行く時のように、少しテンションが上がってきた。実に興味深い。

 それにしても休憩の短い間に、子どもたちよ、いったいどこまで行ったのかと言いたくなる。ちょっと目を離した隙に、盗賊とかに遭遇しなくてよかったよ。

 丁はどうやら正面の断崖に向かっているようだ。

「ね、夏樹。何があるかわかるの?」
「ああ、大体わかってる」

 きっとアレだ。きっとね。
 丁が指をさした。声を潜めて、
「あそこだよ。気をつけて」
 その茂みの先に入ると、岩壁から崩れ落ちた岩盤が落ちていて、そこにはっきりと長い背骨と牙のついた頭部の化石が姿を見せていた。
「恐竜の化石だ」

 ついてきた春香が目を丸くして、
「へぇ。こんなところに。おもしろい!」
「さすがにこれだけだと何の化石はわからないけどね」

 のんきな俺と春香の会話を聞いていた丁が、
「お、お祖父ちゃん。なんでそんな平気なの?」
ときいてくる。
 そこへ子牙くんや他の大人たちもやってきた。
「丁。これはな化石といって、そうだな。少なくとも1万年以上昔のものだ。そのころ生きていたものはもういないよ」

 実際はもっと昔、人類登場以前のものだけどね。古生物学を学んでいれば、この化石も時代と生物名がわかったのだろうが……。さすがに何の骨かはわからない。

「本当? 大丈夫なの?」
「ああ。ここに竜はいないよ」
 もう滅んでいるからね。

 すると子どもたちは一様に安心したようで、「よかった~」と言い合っている。
 まじまじと化石を見ていた黄天化殿が、子牙くんに、
「丞相殿。あれは本当かな」と言っている。
「私も知らないことですが、師父の言うことです。きっとその通りなのでしょう」
「そうですか。いやぁ、竜の目撃情報など初めて聞いたので驚きましたが。ふむ……、これが竜骨という奴ですか」

 そういえば、昔の人はこの化石を削って薬にした人もいたような……。違うか。
 もっとも薬のような効果なんてないだろうけど。

「掘り出す?」
という春香に、
「いいや。このままにしておこう。いつか遠い未来に発掘され、きちんと管理してもらえることを祈っておこう」
「それもそうね。こんな移動中じゃ、無理か」
「春香は持って帰りたい? ほしいってんなら別だけど」
 するとプッと吹き出して、
「いらないいらない。こんなのあっても困る」
と笑い出した。「だよな~」

 男の子じゃあるまいし。欲しいなんてことは――、
「俺欲しい!」
 いたよ。ここに男の子が。丁がえいっとばかりに手を挙げている。
「……丁。こんなの家のどこに置くのよ」
 碧霞が呆れて言った。

 ――夜。
 テントの側で、たき火を前に、春香と2人で酒杯をかたむける。
 子牙くんたちの家族はもう荷台で寝ている。

 ほかの馬車の人たちも既にそれぞれの荷台で寝ているようだ。
 もちろんテントの人もいれば、地面にごろんと横になっている人もいる。警備の人以外でまだ起きている人も若干いるようだが、昼間の歩きの疲れでほとんどの人は寝ているようだ。

 高原の澄んだ空気に、頭上には星空が広がっていた。細い三日月ということもあり、星々がキラキラと輝いていて、今にも降ってきそうな錯覚を覚えそうだ。

「ふふっ。静かになったわね」
 春香がそう言った瞬間、どこかの馬車から大きないびきが聞こえてきた。
 顔を見合わせて、ぷっと吹き出す俺たち。
「こんな時代だけど、楽しいな」
「そうね。毎日色々あって」

 2人旅の時も嫌ではないが、こうして人々とがっつり関わり合うのも楽しい。特に、今は娘も孫もいるんだしね。
 こうしてキャンプ地の夜は|けていく。

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