4.夏の女王の城館

 アーサーたちは小舟こぶねに乗って川をくだっていきます。次第に川はばが広くなっていき、気温も上がり、お日さまの光もギラギラと強くなっていきます。川ぞいの林からはたくさんのセミが鳴いています。
 川べりの近くで漁をしている人たちや、せんたくをしている女性じょせいもうすになっていきます。アーサーとエリザベスもすでにコートをいでいました。

 エリザベスが手でぱたぱたと風を作りながら、
「なんだか急に暑くなってきたね」とアーサーに言うと、横からキツネが、
「もう夏の女王の城館じょうかんが近くなってきたからね。」
と言いました。
 エリザベスが何かに気がついたように指をさしました。
「見て! お兄ちゃん! 海だよ!」
 その先には大きな海が広がっているのが見えます。アーサーが思い出したように、
「そうか。そういえば夏の女王の城館じょうかんは海岸ぞいだったっけ。」
とつぶやきました。

 しばらくすると飛んでいるカモメのすがたが遠目に見えてきました。かなり海に近いところまで来たのです。
 川の流れもゆるやかになり、小舟こぶねは自然と川岸の方へとちかよっていきました。小さな砂利じゃりになっているところでふねは停まり、キツネが器用にひょいっと飛びおりました。
 つづいてアーサーがおりて、両手でエリザベスを抱っこしてふねからおろします。

 ちょうどそこから道がのびています。キツネがその道の入り口で、
「さあ、こっちだ。」
と先を歩いて行きます。
 アーサーは歩きながら、
「それにしても、春の女王は大丈夫なのかな? なんだか黒いきりにおおわれたみたいだけど……。」
とキツネに話しかけます。
 キツネは前を向いたままで、
「今、この国には危機ききがせまっているんだよ。……くわしくは夏の女王に聞いた方がいい。」
と言いました。

 冬の女王がとうから出てこない。そして、黒いきりに包まれた春の女王の城館じょうかん。あわてて指輪ゆびわをわたした様子から、何か大変な事が起きている。それは2人にもよくわかりました。

 道は海に面して切り立ったがけに出て、その先は夏の女王の城館じょうかんに続いています。
 こい青色の空にモクモクとした白い雲があざやかです。

 城館じょうかんとびらにあるノッカーをたたくと、中から小さなティアラをした女性じょせいが出てきました。夏の女王です。夏の女王はあざやかな青色のドレスを着て、2人を見てニッコリと笑いかけました。
「あらあら。小さなお客さんね。……さ、入って!」

 夏の女王の案内のままに、アーサーたちは見晴みはらしのいいテラスへ行きました。
 イスにすわると、夏の女王がそばのサイドテーブルからティーセットを持ってきて、アイスティーをいれてくれました。
 2人がアイスティーを飲んでいる様子を、夏の女王がうれしそうに見ています。
「それで2人はどうしてここへ?……もしかして、春の女王がここへ来るように言ったのかしら?」
 2人はコクリとうなづきました。夏の女王は、
「季節めぐとうにはもう行った? 冬の女王には会えた?」
とたずねましたが、2人はそのようなとうには行っていません。
 アーサーが、
「いいえ。女王さま。ぼくたちは春の女王のところにしか行っていないのです。」
とこたえると、キツネが女王を見上げて、
「女王よ。うつろの王が目を覚ましたのだ。」
と告げました。

 それを聞いた夏の女王は急に真剣しんけん表情ひょうじょうになりました。女王はじいっとキツネを見つめ、一つうなづくと、
うつろの王が目を覚ました、か。ほろびをうつろの王が……。」
 アーサーがたずねます。
「女王さま。そのうつろの王というのは一体なんなのですか?」

 それから女王は2人におそろしい王の話をしてくれました。
「人はだれもがゆめ希望きぼうをいだいて生活しているのよ。だけど、やがて現実げんじつの生活にすり切れ、努力してもかべにぶつかってゆめを失ってしまう。
 ゆめを失えば、想像力そうぞうりょくつばさも折れてしまう。そして、物語のつむぎ手がその力を失う時。――うつろの王が人々の心のやみからやってくる。
 うつろの王は、この世界の時を止め、すべてを石にして……、返り見られなくなった物語は永遠えいえんに止まってしまうの。」

 夏の女王はいたましげな表情ひょうじょうでテラスの向こうを見ました。
「あなたたちの話を聞いてわかった。……すでに冬の女王も春の女王も石となってしまったと思う。」
 そして、自分の指から青い指輪ゆびわを取り外してエリザベスにわたしました。
「私はここをはなれることはできない。あなたたちは秋の女王の下へ行きなさい。」

 その時、不意に強い一陣いちじんの風がけました。テラスから見える遠くの海に数本の竜巻たつまきが生まれました。
 夏の女王はピューッと指をき鳴らすと、おくの部屋から一本のつのを生やした白い馬のユニコーンがあらわれました。
「ユニコーンのセディナよ。2人を秋の女王のところへ連れて行きなさい。うつろの王がここに来る前に!」

 遠くの空にあらわれた黒い雷雲かみなりぐもが見る見るうちに広がっていきます。その黒い雲を見ていると、なぜか世界の終わりが来るようで急にこわくなりました。
 2人はまるで金縛かなしばりにあったように、その黒い雲から目がはなせません。そこへキツネが、
「急ぐんだ。手おくれになる前に!」
と強く言うと、はっとしたアーサーがエリザベスの手を引いてセディナのせなかに乗せ、自分も急いでその後ろにまたがりました。
 女王がさけびます。「さあ! 行きなさい!」

 2人は一生懸命いっしょうけんめいに「女王さまも!」とびかけましたが、テラスからきこんでくる強い風にさえぎられて女王までとどきません。
 セディナが2人を乗せて走り出します。城館じょうかん回廊かいろうを通りぬけ、とびらを けり開けて、強い風の中をキツネとともに。

 アーサーたちがいなくなったテラスで、夏の女王は黒い雷雲かみなりぐもに乗って近づいてくるうつろの王を見ながらも、そっとほほえみました。「――二人とも、たのんだわよ。」

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