01.するどい指摘

 ――え? なんですって?



 教壇に立っている私の頭の中は、突然のことに真っ白になった。



 さっき鋭く投げかけられた啓一くんの指摘。

「京子さんの御報告ありがとうございました。よく調べられていると思います。……ですが、それって論考になってないですよね。いかがですか?」



 まさか日本史演習の講義で、そもそも論のこんな指摘を受けるとは思わなかった。

 確かに私は調べたことを「紹介」し感想を述べただけであって、新たな自分の意見は何もない。でも他の人の発表だって同じようなレベルだったのに――。



 まるで裁判の被告席に座っているように、教室にいる人たちの視線が私に集中し緊張で体がこわばる。……ど、どうしよう。



「え、ええっと」と言いながら必死でどう答えたらいいのか頭を巡らせるけど、何も浮かばない。

 視界の隅で親友の紀久子キッコが心配そうな目で私を見ているのがわかるが、気持ちがあせるばかりで言葉が出てこなかった。



 パンパン。

 いたたまれなくなった教室の空気を、先生が手を叩いて元に引き戻す。



「はいはい。そこまで。……啓一君もいいね」

 そう言いながら、教壇に向かって歩いてくる吉見先生が私を見てうなづき、

「北野さんもよく調べましたね。もう席に戻っていいですよ」

 先生の指示に私は内心でほっとしながらも、何だか悔しさで泣きそうになりながら教壇を降りる。



 そのままキッコの隣にすとんと座ると、すぐに顔を寄せてきて、「大丈夫? 何もみんなの前であんな風に言わなくてもいいのにね」とささやいてきた。

 うなづきながらも目尻に涙がにじむのを手でこすり、壇上の先生を見る。



 先生は苦笑いしながら、

「さて、今、啓一君から大変鋭い指摘がありました。これは北野さんだけじゃなく、ほとんどの方が該当すると思います」

と黒板の方に向いた。

 チョークを取り出して、予め黒板に書いてあった「テーマ『上杉本 洛中洛外図屏風』」のとなりに、

 ・研究論文

 ・研究ノート

と二つの単語を書いた。

「みなさんは、この違いがわかるかな?」



 私たちに問いかけながら、先生がぐるっと教室を見回す。手を挙げる生徒は……、たった一人。私を批判した啓一くんだ。

 当てられた啓一くんがよどみなく答える。

「研究論文は先行研究を踏まえ、資料をそろえて新知見を客観的に論証したもので、研究ノートはそこまでに至らない中間報告や資料的内容のものです」



 先生はそれを聞いてうなづいた。

「まあ、文系や理系、学会や編集する人によっても意見が違うだろうけど、おおむねその通りです」



 そして、再び黒板に向かい、一番左に「レポート」「説明・紹介」と書き加えた。

「レポートはもう説明の必要はないですね。みなさんがよく書いているものです。

 そして今日、みなさんがおこなったのは厳密には、この説明・紹介になります。調査したことを整理して、そのまま報告する」



 ……まったくその通り。

 私がしたのは、屏風の中に描かれている「桂女かつらめ」と呼ばれる女性たちの歴史を辞典を参考にしてまとめただけ。



 この演習では、それぞれが『上杉本 洛中洛外図屏風』から、自ら課題を設定して見解を発表するのが課題だったわけで、説明で終わってしまったのは私がよくわかっていなかったってことだ。

 しかも、私が卒論でテーマに選ぼうとしているのもこの『上杉本』なんだから、穴があったら入りたいやら、情けないやら……。



 そう思いつつも、やっぱりみんなの前で問い詰められて悔しいことは悔しいし、妙に涙がこみ上げてくる。こんな状態で、大学生活の集大成である卒論で、満足できるものを書くことは到底できないだろう。

 緊張の汗でじとっと湿っているキャミソールが冷たく、まるで濡れそぼった迷子の子犬みたいだと、思わずそう自嘲した。



 ちらりと横目で啓一くんを見ると、向こうもちらっと私を見た。

 その表情は得意げでもなく、私を気づかう風でもなく。敢えていえば無表情。

 啓一くんの顔を見ていて、やっぱり彼は他の人と違う。見ている目線も、やるべきことも全てわかっているようなできる男だと思う。

 なんでも既に大学の史学研究会で、南北朝期の転戦する足利尊氏に関する研究発表を行ったとか。適当な私ではまったく相手にならないわ。



 ……ただ、もうちょっと周りの人を気づかえば友だちもできただろうにね。



 そう思いながら、私は先生の講義に耳を傾けた。

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