15.家庭の味

 食後のお茶を飲みながら、啓一くんが、

「いやあ。久しぶりに家庭の料理を食べた気分だ」

としみじみ言う。

 私は食器を片付けながら、

「あれ? 啓一くんも一人暮らし?」

とたずねると、

「ああ。といっても、実家も都内なんだけどね」

という。

 そういえば啓一くんの家族のことって聞いたことがないな。と思っていると、

「俺の家はさ、小さい頃から両親が忙しくってさ。学校から帰ってもほとんど一人だったよ」

 私は食器を脇に置いておいて、湯飲みだけもって啓一くんのすぐ隣に腰を下ろした。

 そんな私とは目を合わせずに啓一くんは話し続ける。

「だいたいお夕飯は冷蔵庫に用意してあってさ。自分で温め直してたりしたんだよね。今日みたいに誰かとこういう料理を食べた記憶なんて、もうずっとないなぁ」

 そう寂しげにつぶやいた啓一くんは、深くソファにもたれて天井を見つめた。

 いつもは何でもできそうな啓一くんだったけれど、今はごく普通の男の子に見える。

 私だけに弱さを見せてくれたと思うとうれしくもあるけど、なんだか無性に支えてあげたいっていう気持ちが強くなる。

 気がついたら、

「また今度、料理作ってあげようか?」

といっていた。

 言ってしまってから、「あ」と急に恥ずかしくなる。私、なに言ってんだろ。

「あ、あはは。ごめん。やっぱ今の無し。恋人でもないのに迷惑だよね」

と自重しながら微笑むと、啓一くんは首を横に振って、

「いいや、うれしかったよ……ありがとう。」

と素直に私にお礼を言った。

 その様子にドキンと胸が高鳴るけど、照れ隠しで、

「やだなぁ。なに言ってるのよ。もう」

と言いながら、啓一くんの左肩をパシンと叩く。

 啓一くんは、その時、はっとして、

「あっ。そういやこないだ、俺、おごるっていったっけ?」

と私の顔を見た。

 確かに言ったけど、別に気にはしないよ。でも……。一度くらいは。

 少しの間、私たちの間に沈黙が訪れる。

 やがて啓一くんが意を決したように、

「あ、あのな。今度の例会が終わったら……。デートしないか?」

と私の顔をのぞき込んだ。

 で、デートぉ? 男の子から申し込まれたの初めてよ! ど、どうしたらいいのかしら?

 返事をしない私を見て啓一くんの顔が、意気消沈したようにくもっていく。私はあわてて、

「ち、違うの! デートって誘われたことなかったから!」

と両手で、啓一くんの手を握った。

「デート。いいよ。行こうよ」と見つめると、啓一くんがほっと安堵しながらも、

「おう。か、感謝しろよな。俺が誘ってるんだから」

といつもの強気発言が出た。

 次の瞬間おかしくなって、二人で一緒に笑い合う。

「「あははははは」」

 こうしてデートの約束をした後、啓一くんは「じゃ、そろそろ帰るよ」と言いながら立ち上がった。

 片付け途中の食器を見て、

「悪いな。片付けも手伝わないで」というので、「いいや、今日は私の方がお世話になったんだから」というと、「そうか」とつぶやいて玄関の方へ歩いて行く。

 見送るために玄関まで急いで行くと、ふいっと振り返った啓一くんにぶつかった。

「おっと」

 大きな胸に抱き留められ、かああぁっと顔が赤くなる。や、やだなぁ。急に立ち止まらないでよ。

「がんばれよ」

 頭の上から啓一くんの声が降ってくる。見上げると、啓一くんは少し頬を染めて優しそうな目をして私を見ていた。

「俺も……、がんばるから」

 そういって私を離す啓一くんは、靴を履きはじめた。

 俺もがんばる……か、それってあの図書館で読んでた手紙と関係があるのだろうな。何か私にできることがあれば……。

 でも多分、それを言ってしまっては啓一くんのプライドを傷つけるかもしれない。なら、今、私が言えるのは――、

「ねえ。啓一くん。いつでも言ってくれたら、ご飯作ってあげる。だから……、がんばって」

 ね。いつか私に話してもいいと思える時が来たら、その時は話してね。絶対に力になるから。

 そう願いを込めてそう言うと、啓一くんはしばらく固まっていたけど、

「ああ。……京子っていい女だよな。っと、じゃあ、帰るけど。身の回りに気をつけろよ」

といって、そのままドアを開けて外に出る。

 私もサンダルを履いて、ドアから顔だけ出して「じゃあね」と手を振ると、啓一くんはうれしそうに手を振って、まっすぐに駅に向かって歩いて行った。

 その背中が曲がり角の向こうに消えていくと、私の口から自然と「またね」とつぶやきが漏れた。

――――。

 リビングに戻って食器を台所に運び、先にレジュメの手直しをして、メールで吉見先生に送付する。

 それから食器を洗っていると、テーブルの上のスマホがなり出した。

 あわてて手を拭きながらリビングに行くと、電話はキッコからだった。

「もしもし~。キッコ?」と電話に出ると、受話器の向こうから疲れたキッコの声が聞こえてきた。

「おおう。京子の声を聞くと元気が出るよ」

「あはは。どうしたの」

「自宅でさ、卒論のやってたんだけど、眠くなっちゃってさ。……なんか面白い話ない?」

 あのねぇ。私に何を期待しているんだ、この友人は。

「何にもないって。今、食器洗ってたところ」

「ああ、ごめんごめん。で、例の発表は順調なの? 確かあと一週間だっけ?」

「うん。今日は啓一くんに発表を聞いてもらってチェックしたよ。手直ししたレジュメを先生にメールしたし、後は見直ししながら――」と私が言いかけると、突然、

「ちょっと待った! 二人だけで啓一くんに聞いてもらったの?」

「う、うん。さっきまでうちにいたよ」

「な、なにぃ! っていうか、詳しい話プリーズ!」

 急に元気になるキッコに苦笑いしながら、私のアパートで二人だけの発表会を行い、夕食をご馳走したことを伝える。

「むふー! むふー! 京子ったらやるじゃん!」

「ちょ、ちょっとキッコ。鼻息が荒いよ」

「これが興奮しないでいられますか! おっしゃぁ。目が覚めたぞ!」

「まったく……、じゃあ、もういいかな? まだ洗い物が残ってるから」と言うと、

「いやいや。ちょっと待って」と今度は真剣な様子の声が聞こえてきた。

「京子は、啓一くんのことどう思ってるの?」

 突然、私の心にまっすぐ切り込んでくるこの質問。私は――、

「……あのね。キッコ。笑わないでね」

「うん」

「私、啓一くんに恋してる」

「……そっか。やっぱりね」

「ばれてた?」とおそるおそる尋ねると、キッコはあっさりと、

「う~ん、そうでもないけど。最近のあんたたちを見てて、こうなるかなって思ってた」

「そう……」

 キッコは明るい声で、

「でもいいんじゃない。結構お似合いだと思うよ。で、啓一くんになんていって告白したの?」

 その言葉に再び胸の鼓動が高まる。途端にしゃべれなくなる私。

「そ、そのさ。う~んとね」と言いよどんでいると、

「あ、そうか。もしかして啓一くんから? なんて告白されたの?」

 どこか面白がっている雰囲気だ。

「いや、まだなんだけどね」というと、

「はあ? 告白はまだなの?」とキッコが大きな声を出した。

 いくら部屋の中だとはいえ、ここは安アパートだから周りに音が聞こえちゃうよ。

「キッコ。ボリューム下げて! ね? 外に聞こえちゃう」

「ああ、ごめんごめん」

「告白はまだだけど、今度ね。デートすることになったよ」

「ほお。それはまた興味深い。行き先は?」

「やだなぁ。発表も終わってないし、まだどこに行くかとか決まってないよ」

と恥ずかしげに言うと、キッコは決意に満ちた声で、

「よし! ここはキッコさんにお任せしなさい。デートまでに男心をくすぐる勝負服を買いに行きましょう! がっちり啓一くんのハートをつかみ取るのよー!」

と叫んだ。

 ――もう! だから、声が大きいんだって。

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