例会があと三日となった日。
次第に落ち着きをなくしていく私を心配して、キッコと啓一くんが珈琲を飲みに行こうと誘ってくれた。
なんだか二人に心配ばかりかけちゃってて申し訳なく思いながらも、苦笑いするしかない。
『南風堂』に入ると、今日は珍しく三人で入ったので、彼女さんスタッフが驚いていた。
私とキッコが向かい合って座ると、キッコが啓一くんに私の隣に座れと命令する。
女性二人の中に男一人だと緊張するのかな?
啓一くんの方を見ると、なぜか照れている。
視線を感じて正面を見ると、キッコがニマニマして啓一くんを見ていて、
「ほお。なるほど、なるほど」と意地悪そうに微笑んでいた。
彼女さんスタッフに、珈琲とケーキのセットをお願いしてから、早速、キッコは啓一くんに、
「ずいぶんと京子のために頑張ってくれたみたいね。ありがとうね」
というと、啓一くんは、
「俺がしたいからしただけさ。別に感謝されることでもないよ」
するとキッコは意味ありげに、
「ふうぅぅん。そっか。……でもさ。京子はすっごく感謝してるみたいだよ。ね?」
と微笑みながら、私に話を振る。
「うん。キッコの言う通りよ。ありがとうね。啓一くん」
じいっと啓一くんの顔を見ると、啓一くんは照れたようにあわてて視線をそらして、
「いや。その。……俺もこないだはご馳走になって、ありがとう」
とお礼をいう。
その様子を面白そうに見ていたキッコが、
「で、いつデートするの?」
と切り込んでくる。啓一くんが驚いて、
「え? なんで知ってるの?」
と私の方を見たので、あわてて両手を合わせて、
「ごめん。言っちゃった……」と謝ると、啓一くんはちょっと挙動不審になりながらも、
「う、まあ。そうだなぁ。こんどの例会が終わってから日程を考えるつもりだけど」
という。
そこへ彼女さんスタッフと、厨房の彼氏さんがやってきて、私たちに珈琲とケーキを配ってくれた。
「「どうぞごゆっくり~」」
といいながら歩いて行く二人に、キッコがため息をつきながら、
「あの二人ってば、本当にラブラブオーラを振りまいているよね」
とつぶやく。
それには同感。特にいちゃいちゃしていない時でも、不思議と甘い空気が漂っている気がする。
啓一くんもキッコの言葉にうなづきながら、カップをとって一口飲んだ。
「……またブレンドの配合が変わってる」
そうつぶやく啓一くんに、私も珈琲を一口ふくんで、舌の上で転がしてみる。
確かに前とはちょっと違う気がする。
キッコは一口飲んで首をかしげながら、
「そうなの? 私にはわからないけど。京子は?」
「うん。多分ね。モカの配分が少し減らしていると思うよ」
「え? そんなことまでわかるの?」
「ほら、モカって飲んだときに喉に空気感が残るでしょ? それが無くなっているから……」
と私が説明をはじめると、隣で啓一くんがうんうんとうなづいていて、キッコはあきれ顔で、
「ああ、そう。……なんかご馳走さまっていう気分」とつぶやいた。
キッコの顔を見ながら、私は微笑んだ。
私の緊張をほぐすために、二人もこうしてカフェに誘ってくれる。
とってもうれしい。素直にそう思えるわ。
ふと気がつくと、微笑んでいる私をキッコがじいっと見ている。
「え、ええっと何か?」
というと、キッコはフフッと笑って啓一くんの方を見て、
「そういえばさ。京子の手料理をご馳走になったんでしょ? どうだった?」
啓一くんはちょっと恥ずかしそうに、
「すごく旨かった。もうそれしかない」
と言う。その言葉を聞いて思わず、にへらっと頬がゆるんでしまう。
キッコが、
「あらあら。だらしない笑みを浮かべて、そんなにうれしいのね」
と言うけど、作った料理をおいしいと言ってもらえるのは、至福の喜びだと思う。それが好きな人からなら尚のことね。
キッコが私の鞄を指さして、
「そのガーベラの刺繍も京子が自分でやったのよ。知ってた?」
と啓一くんに言う。
「……へえ。これはいいデザインだな」
キッコが、
「すごいでしょ?」
と自慢すると、啓一くんが、
「ああ、京子がね」と私に微笑みかけてくれた。
「えへへ」と照れていると、キッコが、
「京子ったら可愛い! ね。啓一くん?」
と言う。啓一くんもうなづいて、
「ああ。……こう。撫で撫でしたくなるよな」
と同意していた。
ますます照れて赤くなっていると、キッコが、
「というわけで、啓一くん。――京子を。よろしく頼んだわよ」
と意味ありげに言う。
啓一くんは、すっと真剣な目でキッコを見て、
「ああ。任せろ」
と短く返事をしていた。
その二人のやり取りに、私にはわからないメッセージが込められていたようだけど……。
ともあれ、三人でのお茶会で私はいつもの調子を取り戻したように思う。
あとは本番を待つのみ。
もうやるしかない!