19.キッコとお買い物

 啓一くんとお付き合いを始めたけれど、二人とも恋愛は初めての経験で戸惑うことも多い。

 あれから毎日電話やメールでやりとりをして、一週間後の日曜日に初デートをすることになった。

 翌週の大学の講義から、私はいつもキッコと並んで座っていたけれど、今ではそこに啓一くんも加わった。

 さすがのキッコは、啓一くんですらも、私のことをネタによく弄っている。

 これには啓一くんも戸惑っているけど、それがまたいとしい。

 ――そして、水曜日が来た。

 講義が終わった後で、キッコが啓一くんに、

「悪いけど、今日は私が京子を連れて行くから」

 啓一くんがいぶかしげに、

「はあ? なんで?」というと、キッコが

「だってさ。もうずっと啓一くんが京子を独占してるしさ。たまには私にも京子成分を補充させてもらわないと。……それにたまには女の子だけの秘密の時間も必要よ」

と切り返す。

 私が微笑みながら、

「今日はね。キッコとお買い物なの」

と説明すると、キッコが、

「ああ、だめだって京子ったら、もっと焦らさないと」

と口をとがらせる。

 その様子に啓一くんも苦笑いをしている。

「りょーかい。じゃあ、帰ってきたらメールでもちょうだい」

といいながら、手を振って先に講義室から出て行った。

 キッコが私にささやく、

「ふっふっふっ。それでは恋に落ちた京子を、たあっぷりと堪能しようか」

 私は苦笑いしながら、

「やだなぁ。」

と鞄を持ち上げた。

 私たちは、一路、キッコのおすすめの洋服のある原宿へ。

 今日は穏やかな秋の昼下がりといった一日で、高い空に刷毛で薄く塗ったような秋特有の雲が広がっていた。

 表参道の並木もすっかり秋の装いになっていて、いつもよりお洒落に見える。

「こっちよ」とキッコに手を引かれ、一本の路地に入っていく。

 ブラウンの猫ちゃんが、道の端っこで私たちを見上げているのを見て微笑みながら路地を進むと、いくつかのお店が並んでいる。

 キッコは迷うことなくそのうちの一つに入っていった。

 女性の店員さんがにこやかに、「いらっしゃい」と声をかけてくれるのにうなづいて、早速、二人で服を探しはじめた。

 古着屋さんのようだけれど、一つ一つの状態は悪くない。わざとユーズドというヨレヨレ感を出している服もあるものの、ほとんどが新品のように見える。

 キッコがハンガーをがさごそと見ながら、

「啓一くんの場合はね。ギャル系とか、モード系とかは好みじゃないでしょうね。だからガーリッシュ系もだめ。……まあ、京子もそういうの似合わなそうだし」

と言いながら、フリルの付いたピンクのブラウスを取り出して私に当てる。

「ずばり、目指すはちょっとフェミニンな家庭的な妹系よ!」

 え、え~っと、何かな? そのコアなファッションは? 家庭的な妹系って聞いたことないけど……。

 私が動揺していることなどしらずにキッコが続ける。

「これがデートじゃなきゃ、フリルエプロンでもいいんだけどね」

「――いやいや、さすがにそれは無いでしょ!」と突っ込むが、キッコは「そうでもないよ」と真剣な表情だ。

 その時、私は一つのコートに目が釘付けになった。深いワイン色をしたスエード調のチェスターコートで風合いが落ちついていて好み。

 キッコから離れてそのコートを手に取り体に当ててみると、ちょうどいいサイズのようだ。有名なブランドの「ウィータ」のものらしい。

 タグを確認して、値札を見る。――1万8000円。ちょっと高いかも。でも、いいなぁ。

「おっ。それいいじゃん」

との声にキッコの方を振り向くと、キッコは既にいくつかの服を腕にかけていた。

 思わず頬をひくつかせ、

「あ、あの。キッコ、それは?」

というと、笑いながら、

「京子のよ! さあ、これからお着替えタイムだよ!」

と私の手にしていたコートも追加すると、私の背中をずんずんと押してくる。

「あわわわ~」とわざとおどけて、情けない声を出しながら流されるように試着室に入る。

 キッコがさっそく、

「んじゃ、最初はコレとコレね」

と差し出す服を受け取って、カーテンをシャッと締めた。

 うう。あの量。試着だけでいったい幾つ着ることになるんだろう?

 それから怒濤のファッションショーがつづき、ようやくキッコのOKが出たのは2時間後だった。……つ、疲れた。

 締めて4万円ほど。ちょっと痛い出費だけど、まあ我慢できる。あ、何を買ったのかは当日までの秘密です。キッコからの秘密指令もあるので、今日からその準備もしないと。

 買い物が終わってから、お礼も兼ねて、キッコをカフェに誘う。

「おっ。そういうことなら……」

とキッコお薦めのカフェに。

 そうして入ったお店はカフェではなくティーサロン。白を基調とした清潔感あるお店で原宿らしくとってもお洒落。

 お昼下がりのこの時間。マダムたちの組み合わせが2つほど見える。どのテーブルもケーキスタンドがあって、優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいる。

 私はキッコと向かい合って座り、メニューを広げた。

 う~んと。どうしようかな?

 ダージリン、アッサム、ウバ、アールグレイ。そして、オレンジ・ペコーのランク。……オリジナルのフレーバーティーの紅茶もとても気になる。

 メニューの説明を見ると、甘いバニラの香り、フローラルな香り、透き通るような甘いお花の香りなどとある。うっわぁ。どれにしよう。

 迷いながらも、アールグレイのケーキセットを頼んだ私たちはきっと小市民だと思う。でもアールグレイって一言で言うけど、ブランドによってかなり味わいと香りが違うと思う。

 ピンク色のバラの描かれたティーセットが置かれると、白いテーブルが一転して華やかなローズガーデンになったみたいだ。

 砂時計が落ちるのをワクワクしながら待ちながら、キッコから初デートに臨む私にありがたいお話が続く。

「――ね。男はとにかくほめて、相手の話を受け入れるのよ。啓一くんのお話に対する反論は厳禁。ただし、別視点で見たらこうも見えるんじゃないっていう提案系の話はOKよ」

 あはは。キッコったらまるで自分がデートに行くみたいな気合いの入りようよね。

 ニコニコしながら聞いていると、キッコが、

「ちょっと、ちゃんと聞いてるのかな?」

「うん。聞いてるって。……キッコがいてくれて助かるわ」

「このぅ。調子のいいことを言っても駄目だぞう」

「あはは。ね、それよりさ」と言いながら、もう間もなく落ちきる砂時計を指さした。

「――そろそろだよ」

 ポットカバーを丁寧に取り外し、両手でそっと紅茶を注ぐ。

 やや赤みを帯びた紅茶の色がティーカップの中に大きくなると同時に、甘い香りが立ち上って鼻こうをくすぐる。

 その香りに思わずニンマリしながら、繊細な取っ手をつまんで静かに最初の一口をいただいた。

 ――うん。おいしい。

 一瞬、ミルクティーの方が良かったかなとも思いながら、セットのシフォンケーキをいただく。まるで空気のようなふんわりとしつつも、しっとりとした食感を楽しみながら、さらに紅茶を一口。

 再びティーポットから紅茶を注ぐと、二杯目は渋みの強い紅茶となるけれど、この渋みがまたおいしいのよ。

 二杯目の紅茶をたしなんでいると、キッコが、

「あ~あ、京子はいいよなぁ」

というので、「なんで?」と首をかしげると、

「女子力高いしさ。アピールポイント多いじゃん」という。

「どうだろう。わたし的にはキッコの方が美人でうらやましいよ」

「え~。そうかなぁ。美人? その割には誰からもアプローチがないんですけど」

と愚痴りだす。キッコが、

「どこかに良い男はいないものか……」とつぶやきながら、窓の外をながめる。

 その横顔を見ながら、

「キッコってさ。優しいし頼りになるし、美人だし、なんで彼氏ができないのか不思議」

というとクルッとこっちを向く。

 茶目っ気のある目元をほころばせて、

「やっぱり縁がないのかなぁ。……む? 縁? 良縁結びツアーしようか?」

「え? 私も? いやいや。私はもう啓一くんがいるから」

「くうう。そうだった」

 楽しそうなキッコが私を応援してくれている。ありがとうね。――私の大事な大事な親友マイ・ベスト・フレンド

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