25.啓一くんと陽子さん

 翌日のお夕飯に、私は啓一くんを招待した。

 もちろん、私の方の準備は万端。

 今日は会席風というか、順番に少しずつ料理を出すつもり。

 本当は家庭を求める啓一くんに、料亭のような出し方はよくないけれど、陽子さんのロールキャベツのために、敢えてそうする予定。

 あ、あと、あのロールキャベツのレシピ。後から陽子さんのお姉さんに聞いたらわかるんじゃ? とは思ったけど、二人で頑張ったんだから無粋なことはいわないことにした。

 その陽子さんの作ったロールキャベツもお鍋で待機していて、後は温めるだけだ。

「こんばんは」

と言いながら啓一くんがやってきた。

「悪いな。今日もご馳走になるよ」という啓一くんに、私は微笑んで、

「一人分も二人分も変わんないから、大丈夫よ。っていうか、毎日でも食べに来る?」

と茶目っ気を出して言うと、啓一くんの顔がかあーっと赤くなった。

「お、お前な。それは普通、男がいうプロポーズの言葉だろ」

「――あ、そうか」

「そうかじゃなくってさ。ううむ」

と考え込む啓一くんの背中を押しながら、

「ほらほら、いいから座って、座って!」

とソファに無理矢理座らせた。

「あのね。今日は、ちょっと趣向を変えて、少しずつ料理を出すから」

「え? 一緒に食べないのか?」

「もちろん一緒に食べるよ」

「それなら別にいいよ。任せる」

 ふっふっふっ。任されたよ。

 早速、一品目はお通しとして、茹でたささみをほぐしてキュウリと梅肉と和えた一品と、お口直しのお吸い物。

「へえ。なんだか料亭みたいだね」

といいながら、ささみの梅肉和えを食べる啓一くんに、

「あ、そういえばさ。もし啓一くんがよかったらだけど。私、家族にお付き合いしてる人がいるって報告したいんだけど」

というと、途端に啓一くんがのどに詰まらせたように目を白黒させた。

 あわてて啓一くんはお吸い物を飲んで、胸をとんとんと叩く。

「ご、ごほっ」

 その様子に私はわざと怒ったように、腰に手を当てて、

「むぅぅ。何かな? それは。何か問題でもあるのかしら?」

とジト目で見ると、啓一くんが息を整えながら、

「い、いや違うんだ。そういう事じゃなくってさ。まだ食べ始めたばかりなのに、いきなり重要なことをいうから……」

 その必死な様子を見て、思わず「ぷっ」と吹き出した。

「怒ってないって。ね? でも、報告はしておきたいの」

「ああ、もちろんいいよ。だけど、そうすると俺も挨拶した方がいいのか?」

「それは……、私が様子見てからでいい? 弟の暴走が心配だし」

「そ、そうか。暴走か……」

 とまあ、さらっと大事な話をしつつ、いよいよメインのロールキャベツにうつる。

 ちょっと待っててもらって、慎重にロールキャベツを温めて深皿によそう。

 私と陽子さんの努力の結晶。……そして、なにより陽子さんの思いの詰まった思い出の料理。

 どうか、上手くいきますように。

 そう祈りながら、リビングに向かった。

「じゃじゃ~ん。今日のメインディッシュ。ロールキャベツだよ!」

 わざと明るい声で、啓一くんの前にロールキャベツのお皿を置いた。

「おっ! ロールキャベツ? へえ……」

 そのロールキャベツを見た瞬間、啓一くんがぴくりと止まる。

 私は気にしない風にして、自分の前にもお皿を置いて、

「お料理に合わせて和風にしてみたの。どうぞ、召し上がれ」

と進めた。

「……」

 啓一くんが無言でお皿を手に取り、しげしげとロールキャベツを眺める。そして、ゆっくりと箸で取って一口食べた。

 お願い。気がついて……。そう祈るように啓一くんを見つめる。

 すると――、啓一くんの目から、みるみる涙があふれ出した。

 私はそっとハンカチを渡すと、啓一くんは、

「あ、あれ? なんで俺、泣いてんだろ? おかしいな……。せっかく、京子が作ってくれたのに」

といいながらも、箸を止めてじいっとロールキャベツを見つめていた。

 私はすっと息を吸い、心の中で「よし!」と気合いを入れる。

「啓一くん。ごめんなさい」

 そういって頭を下げると、啓一くんが驚いたように、

「どうした? 突然?」

と怪訝そうな声を上げる。

 私は緊張で胸がバクバクしながら、啓一くんに真実を告げた。

「そのロールキャベツは、私が作ったものじゃないのよ。

 ……陽子さんが、啓一くんのために作ったの」

 それを聞いた啓一くんは目を見開いて、そのままの姿勢で固まった。

「私ね。黙っていたけれど、陽子さんとお話ししたの。……啓介さんも陽子さんも、啓一くんを孤独にしてしまったことを後悔してるわ。啓一くんに最高のものを与えるために仕事に没頭したけど、それが反って駄目だったって」

 啓一くんが私を見る。私はにっこり微笑んだ。

「私ね。思うの。啓一くんとお付き合いすることを、きちんと、啓一くんのご両親にも許可をもらいたいって。――崩れかけた絆だけど、もう一度やり直して欲しいって」

 啓一くんが再びロールキャベツを見つめる。

 沈黙がしばらく続き、心配になったころに、ようやく啓一くんが、

「この味なんだよ。……母さんのロールキャベツ。ずっと……、ずっとこれが食べたかったんだ――」

とつぶやいた。

 思いが、届いた。

 陽子さんの思いが、今、確かに啓一くんに届いた。

 私は啓一くんに、

「あのね。今、近くに陽子さんが待っているの。啓一くんともう一度家族としてやり直すために。……呼んでもいいかしら?」

と尋ねる。

 啓一くんはロールキャベツを見たままにうなづいた。

 すぐに私はスマホで陽子さんにメールを送る。

 ――思いが届きました! すぐに来てください!

 外から慌ただしく走ってくる音が聞こえて、ドアをノックする音がした。

 私はすぐに玄関のドアを開け、陽子さんを向かい入れる。

 陽子さんの目は、すでに赤くなっていた。

 私の後に続いてリビングに入った陽子さんは、啓一くんのそばの床に座ると、

「啓一。ごめんなさい」

と謝った。

「ずっとずっと寂しい思いをさせて。本当にごめんなさい。……私も啓介さんも、貴方のためと思って、ずっと仕事を頑張ってきたの。それこそが、貴方のためだって思い込んで」

 ソファに座っていた啓一くんが、陽子さんと同じく床に座る。

 そして、固く握って震えている陽子さんの手を包み込むように持ち上げて、

「母さん。俺、わかってるんだ。今はわかってるんだよ。……でも、俺は、ただ一緒にいて欲しかったんだ」

といった。

 互いに涙を流しながら見つめた啓一くんと陽子さんは、

「啓一」

「母さん」

とぎゅっと抱きしめ合った。二人の背中が嗚咽の声とともに震えている。

 それを見ている私の目からも、次から次へと涙がこぼれ落ちる。

 ――よかった。本当によかった。

 ただただ、安堵と、二人の愛情に、私も満たされていた。

――――。

 しばらく泣いていた二人だったが、ようやく落ち着いてきたようなので、並んでソファに座ってもらい、夕食の続きを楽しんでもらうことにする。

 折角の家族団らん。何年ぶりの母子の食事だろう。

 啓一くんの方から、

「次は父さんも一緒に食事ができるといいな」

というと、陽子さんがうなづいて、

「その時は、京子さんも一緒でないとだめよ」

と私を見た。

 そして、啓一くんにはっきりと告げた。

「啓一。あなたの結婚相手は京子さん以外、私は認めないから」

 え、えええ! ちょっと話が何段階か飛んでませんか?

 内心でそう思っていると、啓一くんが笑いながら、

「ははは。当たり前だろ、母さん。俺もそのつもりだよ」

と私を見る。

 ちょ、ちょっと待って。今のってプロポーズになるのかしら?

 うれしいんだけど、私、何て返事したらいいの?

 戸惑う私を見る二人の目は同じで、やっぱり親子だった。

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