26.ご挨拶

 あれから2ヶ月がたった。

 もうあと少しで私たちも4年生になる。

 年の暮れに、私は電話でお付き合いしている人がいると家族に報告した。そして、正月休みに挨拶に来るとも。

 私に彼氏ができたと聞いた弟は、「な、なに! 京ねえに彼氏?」とすっとんきょうな声を上げて、「天変地異の前触れだ」と騒いでいたけれどね。

 帰省した私に根掘り葉掘り聞かれたので、やんわりと説明しておいたがどうにも信憑性がないらしい。

 ところが、正月に啓一くんが実際に挨拶に来て、ようやく信じてもらえたみたい。……考えてみたらひどい話よね。

 両親は驚きでぽかんとしているし、弟は「げっ。イケメンじゃん。なぜに平凡な京ねえと?」なんて失礼なことを言ったので、夕飯はわざと弟の嫌いなおかずにしてやった。

 啓一くんは一泊二日していったけれど、夜にはお父さんとお酒を交わしながら色々と話をしていたらしい。

 そして、今日は、啓一くんの家に挨拶に行く予定だ。

 啓一くんと待ち合わせをして、向かった先は、田園調布の一等地にある邸宅だった。

 立派な門に「新井」の表札がかかっている。

 啓一くんがインターホンを鳴らし、

「啓一だけど、ご挨拶に」と言っている。

 しばらくして、陽子さんが出てきて門扉を開けながら、

「ようこそ。京子さん。……あまり緊張しなくていいからね」

とにこやかにいった。私はお礼をいって、啓一くんの後に続いて玄関に入った。

「やあ、京子さん。初めまして。啓一の父の啓介です」

 玄関では、まるで啓一くんがそのまま年を取ったような見事な銀髪の男性が待っていた。

「北野京子です。今日はよろしくお願いします」

と頭を下げると、啓介さんは微笑みながら、

「貴女には感謝していますよ。ね? 緊張せずに、中へどうぞ」

と言ってくれた。

「最初は応接間にと思ったんだけど、もう家族みたいなかたちでいいかなと思ってね。リビングでどうだい?」

という啓介さんに、啓一くんがうなずいた。

「そうだね。そっちの方がいいね」

と二人で話しながら廊下を歩いて行く。私はその後ろを陽子さんと並んでついて行った。

 うわぁ。外観も立派だけど、やっぱり廊下や照明、インテリアの一つ一つが質の良いものだとわかる。

 そんなことを内心で思いながら、おずおずと歩き、奥の方の部屋に案内された。

 案内された部屋も20畳ほどの開放的な部屋で、大きな窓からは手入れをされた立派な庭が見える。

 リビングセットのソファに案内された私は、

「失礼します」と言って啓介さんの向かい側に、啓一くんと並んで座った。

 陽子さんは啓介さんの隣に座り、啓一くんにアイコンタクトをとっている。

 啓一くんが、

「父さん。改めて、こちらがお付き合いしている北野京子さん。同じ大学のゼミを取っていて、先日も『上杉本洛中洛外図屏風』について発表してる。そして、――我が家の救世主だ」

と私を紹介する。

 我が家の救世主? 驚いて頭を下げるのも忘れて啓一くんの顔を見ると、向かい側の啓介さんと陽子さんもうなづいて、

「ああ。確かに我が家の救世主だ。京子さん。本当にありがとう」

と私に頭を下げた。

 え、えええ? なにこの展開?

 あわててて、

「そ、そんな。頭を上げてください。私はただ料理を作っただけですから……」

というと、啓介さんはおだやかに微笑んで、

「いやいや。貴女は我が家の家族の絆を取り戻してくれた。感謝しています」

という。

 となりの陽子さんも、啓一くんもうなづいていて、啓一くんは、

「それでだけど、まあ、タイミングの関係でプロポーズはまだなんだけどさ。俺、京子さん以外の人と結婚するつもりはないから」

と言い出した。そして、懐から前に見たお見合いの手紙を取り出して啓介さんに返した。

「だから、これはお断りしてほしい」

 啓介さんはその手紙を受け取って陽子さんに渡すと、

「それはもうお断りしてあるよ。それに――」

と私を見て、「私たちも京子さん以外は認めないよ」。

 あ、あのう。私の意思は……。いや、別に啓一くんと結婚するのが嫌ってわけじゃないんだけど。

 そう思いながら、

「え、ええと、まだお付き合い始めたばかりですので、ちょっとそのお話は早いかなぁって」

というと、啓一くんはすかさず、

「そうそう。だから、まだ京子に正式な・・・プロポーズはしないよ。俺も、もっと恋人としていちゃいちゃ気分を味わいたいしね。ただ、予約だけはしておこうと思って」

 ……まあ、あの夕食の時から覚悟はしておりますけどね。

「あ、あはは。そういうことなのね? ええっと、わかりましたでいいかしら?」

というと、啓介さんは、

「じゃあ、末永くよろしくだ。で、もう挨拶はいいだろう? 私も娘のつもりで接するよ」

と急に砕けた様子になった。

 陽子さんも笑いながら、

「そうそう。じゃあ、京子ちゃん、お茶を入れてくるからちょっと待っててね」

と立ち上がって奥へと歩いて行った。

 急に空気が変わって、戸惑っていると、啓一くんが、

「あとでこの家も、京子に案内しないと。……あ、そうだ。父さん。開いてる部屋を一つ、京子の部屋として確保しておいてよ」

と啓介さんに言っている。

 啓介さんはうなづいて、

「そうだな。じゃあ、お前の部屋の隣に用意するか? あそこの部屋を移して……」

となにやら啓一くんと相談を始めた。

 あはは。

 どんどん私、流されているような気がする。ついて行けるかな……。

 でも、不思議と悪い気はしないし、なんだかワクワクしてきた。

 陽子さんがお茶を戻ってきてから、私は鞄から二つの包みを取り出した。

「これは?」

という啓介さんに、

「マフラーです。陽子さんとおそろいで、市販のものに私が刺繍をしました」

というと、陽子さんが目を輝かせて、

「ありがとう。あなたたちがしていたマフラーと同じもの?」

とうれしそうにきいてきた。

 そう、あの夕食の日の帰りに、私と啓一くんのおそろいのマフラーを見ていた陽子さんの様子に、私はこのマフラーのプレゼントを思い立ったのよ。

「私と啓一くんのは桜の花ですけど、お二人のはオリーブの木です」

というと、さっそく二人が包みを開ける。

 啓介さんが、

「ほお? これはこれは。素敵じゃないか」

と感嘆の声をあげ、うれしそうに首に巻いた。そして、陽子さんの方を向いて、

「どうだ? 似合ってるだろ?」

というと、陽子さんも、

「私だって似合ってるでしょ?」

と二人で見せあいっこしていた。

 グレーのマフラー生地に銀色のオリーブが輝き、私の想像したとおりにお二人の雰囲気にマッチしている。

 そのまま啓一くんの家を案内してもらい、どうやらお手伝いさんはお休みにしたそうで、お昼を陽子さんと一緒にスパゲッティを作った。

 三人とも上機嫌で、そこには家族の団らんの姿があったと思う。

 あ、そうそう。啓一くんは大学卒業後に一般社員としてお父さんの会社に入社するらしい。特別待遇ではなく、他の人と一緒に一から、人脈を作りながら仕事をする。

 そして、私にはどうする? と尋ねられたので、私の出した答えは――、

「大学院に行って、研究の続きをしたいと思っています」

 できれば、あの『上杉本』の研究の続きをしたい。そう思っている。

 啓介さんと陽子さんはうなづいて聞いていたが、啓介さんが、

「うん。いいんじゃないかな? きっとその先のことはその先で。一生懸命にやった経験は必ずどこかで活きてくるから。……もし私たちにできることがあったら、相談してほしい。京子さんはもう娘も同然だからね」

と微笑んだ。

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