季節外れの桜は狂い咲く

「由美子! おはよう!」

 駅のホームで電車を待っていると、急に肩をたたかれた。驚いて振り向くと、親友の麻美がにっこり笑っていた。

「おはよう。麻美」

 挨拶をすると、麻美が私の顔をのぞき込んで、

「あれぇ? 何かあったの?」

ときいてくる。

 表情に出ちゃってたかな? そう思いつつ、無理矢理に笑顔を作った。

「ううん。何でもないよ」

 心配そうに私の顔をのぞきこむ麻美だったが、ちょうど電車がホームに入ってくるところだったので、おとなしく隣に並んだ。

 私は何食わぬ顔をして電車に乗り込む。……向かい側のホームを見ないように意識して。

 隣に並んでつり革を手にした麻美が、「何でもないんならいいんだけどね」と言ったので「大丈夫だって」と笑って念を押す。

 そう。大丈夫。気づかれていないわ。向こうの地縛霊の男性に。

――いつから見えるようになったのだろう。

 小学校高学年のころには、私だけに見える人がいた。

 校内にいつもおんなじ服を着ている女の子をよく見かけた。友達に聞いてもそんな子はいない、知らない。見間違えじゃないかと言われた。

 けれど、そういう友達のすぐ隣にその女の子がにっこり笑っていたのだ。

 その女の子の口が「見えるのね」と動いたのがわかって背筋が凍ったのを覚えている。

 幸いにして、その子が自宅についてくることはなかった。きっと彼女らには彼女らの何らかのルールがあるんだろう。

「あら? そのストラップ。大事に使っててくれたんだ?」

 ポケットから出ている桜の花びらを模したストラップを見て、麻美がうれしそうに言った。

 麻美は小学校からの親友で、同じ高校に合格したときは私の家でパジャマパーティーなんてことをしたっけ。

 残念ながら別々のクラスなので、登下校の時をのぞいて会うことが減ってきたのよね。

「由美子さ。ほら、和人君にはもう告白したの?」

 突然、麻美がそんなことを聞いてきて思わずぎょっとした。

 こんな電車の中でやめてよ!そう言いたい気持ちを抑えて、ドキドキしながら周りを素早く確認する。

 ……どうか同じ学校の人がいませんように。

 そんな私の願いが届いたのか麻美が確認済みだったのかわからないが、周りに知り合いはいなかった。

 そんな私の様子を見て麻美が笑いをかみ殺している。

「くく。ごめんごめん。大丈夫。誰もいないわよ」

 私は、わざと、

「んもう! 麻美ったら」

と口をとがらせて、声を潜めると、

「……まだよ」

と言った。

 和人君は私の好きな人。顔がいいとか背が高いというわけではないし、細身で運動は苦手のようだけど、頭が良くて優しい。おとなしくてシャイなイメージがあるせいか、和人君に恋しているのは私くらいのものだろう。なかなか告白する勇気が出ないというか……。

 2年生になり、ラッキーなことに同じクラスになった。是非とも今年の内に告白したい。

 私の気持ちを知ってかどうかわからないが、麻美が優しげなまなざしで見ている。

 そんな生暖かい目で見なくても。そう思っていると、麻美は私の耳元で、

「あのね。恵美には気をつけて。……和人君を狙っているわよ」

と小さく呟いた。えっと声が出そうになり慌てて口元を押さえる。

 恵美はどこにいても人の目を惹くような目立つ女子だ。よく言えば華やか、悪く言えば派手な子。取り巻きがいて、個人的にはできれば近寄りたくない。

 恵美が和人君を好きになってる……。内心で焦る気持ちが湧いてくる。

 その時、電車が駅に着いた。ホームに下りると、

「あ、由美子。私ちょっと用事があるから、先に行ってて」

と麻美が言った。

「わかったわ。また今度ね。」といって、麻美に手を振って改札に向かった。

 2学期が始まり、今日で早2ヶ月。10月も半ばを過ぎ、あと一月もすれば紅葉のシーズンとなる。

 まだまだ暑い日が続くが、今日の昼休みもクラスの男子がサッカーの練習をしている。うちの学年のサッカー大会が来週あるのだ。どのクラスも時間を見つけては練習をしている。

 教室の窓からその様子を見ていた私だが、視線は自然と和人君を探す。う~んと……、あれ? いないな?

 おかしいなと首をかしげつつ、和人君の姿を探す。プール、弓道場、野球のバックネット、校舎脇の桜の木……。そして、ようやく、グラウンドの端っこにある運動部の倉庫の裏から、体育着の和人君が出てくるのが見えた。

 あんなところに何の用があったのだろうと見ていると、和人君に遅れて恵美が出てきた。取り巻きの女子と合流して、校舎の玄関に向かって歩いて行く。

 それを見たとき、私の胸が苦しくなった。……もしかして、先を越されたの?和人君は何てこたえたんだろう?

 午後の授業はまったく集中できなかった。私の斜め前に座っている和人君の様子をそっとうかがうが、いつもと同じだ。

 ……やっぱり告白だったの? 和人君の気持ちは?

 和人君の背中を見ながら、問い詰めたい気持ちがぐるぐると胸の中にうずまいた。

 放課後になったけれど帰る気持ちになれず、渡り廊下の窓から校舎脇の桜をぼんやりと見下ろしていた。

 昼間の光景が頭から離れない。気分が憂鬱になっていく。

「ゆーみーこ。なにやってるの?」

 背中をぽんぽんとたたかれた。麻美だ。私はむすっとしたまま振り向いた。

「あらら~。御機嫌ななめ? どうしたの?」

 微笑む麻美に、私は詰め寄った。

「麻美。ちょっと聞いてくれる?」

 私がそういうと、麻美も真剣な表情になった。

「うん。わかった。そんな顔で言われたら断れないよ。……私たち親友だしね」

 その麻美の言葉に、私は少しほろっと来た。「実はね。昼休みにね…………」

 すべてを聞き終わった麻美は考え込んでいる。

「そっかぁ。……ねえ由美子。私たち友達よね? 何があっても友達よね?」

 突然の麻美の言葉だったが、私はしっかりとうなづいた。それを見た麻美はにっこり笑う。

「ありがと。由美子。……そっかぁ。それは辛いよね」

 麻美のつぶやきが耳に入ってきた瞬間、何故か私の目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

 麻美が優しく私の肩を抱きしめる。

「でもね。きっと和人君の好きなのは恵美じゃないよ。……だから頑張って。由美子。和人君のためにも」

 耳元で麻美が優しく慰めてくれた。まだ和人君を好きでいていいのかな。それが和人君の為にもなるのかな。

 そう思っていると、急に私の全身が金縛りになったように動けなくなった。

 凍り付いた時間のなか、麻美が、

「彼女らには私も言いたいことがあるわ。……私にまかせて」

と言った。と同時に時間が戻り金縛りが解けた。

 いつにない冷たい麻美の様子に思わず背筋が凍る。

 麻美は一体なにをするつもりなのか?わからないけれど、有無を言わせない何かを感じて、私は首を縦に振った。

 それから2週間が経った。

 和人君の周りに恵美がつきまとっている。それがとてもうざいし、苛立ってしまう。

 ……やっぱりあの時、告白してつきあい始めたのかなぁ。

 そう思うと、なおさらイライラして私の心が焦げ付いていく。こんなに近くにいるから、諦められない。恵美のヘラヘラ笑っている顔を見ると、まるで私のことを負け犬と馬鹿にしているように見える。

 放課後、なんとはなしに桜のそばで、ぼんやりと校舎を見上げていると、後ろから急に男子に呼びかけられた。

「あれ? 由美子さん? ぼんやりしてどうしたの?」

 この声は……。振り返るとそこには和人君がいた。私は、和人君の顔を直視することができずに顔を下げた。

 それを見ても気にしないとばかりに和人君が私のそばにやってくる。

「そういえば知ってる?」

 何を? とはきけない。顔を上げると、和人君は桜を見上げていた。葉っぱは次第に枯れてきて、そろそろ葉っぱが落ちてしまうだろう。木漏れ日が和人君と私に降り注いでいる。

「この桜って結構な老木みたいでさ。春になってもちょびっとしか花が咲かないんだって」

 言われてみて思い返してみると、確かに今年の春も花のつきが良くなかった気がする。けれど和人君もよく知っているものだ。

「そういえば、由美子さんは信じるかな? 桜の木の下には死体が埋まっているって」

 その言葉に私の脳裏には、月の輝く夜に妖しく照らされた満開の桜と、その根元に埋まっている白骨の光景が浮かんだ。――美しくも妖しげな桜の姿。

「僕は思うんだ。根は魂、木は気。きっと死んでしまった人と会うために埋めるんだよ」

 桜を見上げていた和人君が、くるっと振り返って私の方を向いた。目が合って、ドキンと胸が苦しくなる。

 「由美子さんって最近元気ないよね。笑わなくなったし」

 ああ。和人君。貴方のせいですよ。いや、それは私の思い上がりか。独りよがりか……。

「……僕で良かったら、相談に乗るよ。ね?」

 そういって和人君はにっこり笑って歩いて行った。私は無言でその後ろ姿を見送った。

 それから教室に戻り、カバンを持って下校しようと玄関に向かった。もう外はあかね色に染まりつつある。

 階段を降りていると、

「ちょっと由美子さん。いいかしら?」

 私を呼び止める声がする。見ると、恵美とその取り巻きが下りた先で私を待ち受けていた。嫌な予感がする。

 何も言わないでいると、取り巻きの女の子がやってきて強引に私の手を取った。その子に引っ張られるままに、私は階段脇の自販機コーナーに連れてこられた。

 昼ならまだしも、この時間にここに来る人はまずいない。恵美たちはそれを知った上で私を連れてきたんだろう。

 立ち尽くす私の前に、恵美が腕を組んで仁王立ちになる。

「あなた、どういうつもり? 和人と何を話していたの?」

 私は顔をそらし、ぶっきらぼうに、

「別に」

と言った。

 次の瞬間、

 ぱあん!

 私の頬がひっぱたかれた。

「恵美がきいてるんだよ! なにその態度!」

 見ると、取り巻きの女子がギラギラした目で私を見据えていた。

 叩かれた頬がじんじんと熱を帯びる。……何で。何でこんな目に遭わないといけないの? 悔しさで涙がにじんでくる。

 恵美が私に言い放った。

「ふん! 私の和人に二度と近寄らないでよね。この泥棒猫!」

 そういうと恵美と取り巻きの女子達は私を置き去りにして、一度も振り向かずに廊下を歩いて行った。

 ただちょっとだけ、少し桜の木の下で話しただけだというのに。なぜ? なぜ? どうして? ……理不尽さと怒りと、悔しさに嗚咽が漏れる。

「ううぅ」

 その時、横からハンカチが差し出された。

「ごめんね。由美子さん」

 見上げると和人君だった。だめ。一緒にいるところを見られたら……、また。

 和人君は、私を安心させるように、

「大丈夫だよ。彼女たちは行っちゃったよ。……本当にごめんね。僕が来たときにはもう君は叩かれてて……」

 私はハンカチを握りしめた。もう駄目。我慢できない。ここのところの鬱屈した気持ちがあふれ出す。

「和人君は、恵美さんと付き合ってるの?」

 思いのほか大きな声だったみたいで、和人君がビクッとなる。幸いに誰にも聞かれなかったみたいだ。

 周りを見回した和人君が、安堵のため息を一つつき、改めて私と向き合う。

「僕は……」

 私の中で緊張が高まる。

「恵美さんと付き合ってはいないよ」

 ほっと私は肩の力を抜いた。「付き合っていないよ」の言葉が耳にリフレインする。だから、気がつかなかった。和人君が、私をじっと見ていて、何かを告げようと口を開いたり閉じたりしていたことを。

「そう。……」

 私はそう呟いた。良かったとも何とも言わずに、ただそれだけ呟いて、私は和人君にお礼を言って別れた。……もう頬は痛まなかった。

 それから2、3日後。学校である現象が話題になっていた。

 急に、桜がつぼみをつけだしたのだ。確かに季節外れの秋口に桜が咲くことはある。それは気温の差の関係で、桜が春と勘違いするからとも言われているみたい。

 しかし、今年はその条件に当てはまらない。誰もが不思議、不思議と言ってあらぬ憶測を呼んでいた。

 放課後、私は再び桜の下に行った。枝を見上げると、確かにつぼみが少し膨らんで来ている。

 桜を見上げていた私の背後から、聞きたくなかった女子の声が投げつけられる。

「ふん! 性懲りも無く桜の下で和人を待とうというのね!」

 振り返らなくてもわかる。恵美さんと取り巻き達だ。だからといって、振り返らなければ余計に激怒するだろう。

「そういうつもりじゃないわ」

 そう言いながら振り返ると、案の定、イライラした様子の恵美さんが、手下の女子を引き連れていた。

 恵美さんが近寄ってきて、私の胸元のシャツを右手で絞るように握る。体が押されて、背後の桜の幹に押しつけられる。

「あんた目障りなのよ」

 彼女はどうして私を目の敵にするのだろう。和人君とああして話したのは数えるほどしかないというのに。

 その時、強い風がざざあぁっと吹いてきて桜の葉が一斉に舞い落ちた。その光景に私は思わず息を飲んだが、目の前の恵美さんは苛ついていて気がついていない。

「あなた一人で何ができるっていうの! 人望もないくせに! 和人の周りをうろつかないで貰いたいもんだわね!」

 偏執に満ちた恵美さんの目が狂気をはらんで私を見ている。

 私は、自分でも驚くほど冷静に、

「桜の葉っぱが散ったわ」

と告げた。恵美さんが怒りを爆発させる。

「はあ! なに言ってんの! 馬鹿じゃないの! それがどうしたっての! ……あんたも前の泥棒猫みたいにしてやろうか!」

 その恵美さんの言葉に、取り巻きの女子たちが一斉に体をこわばらせた。慌てて恵美さんに近寄り手や肩にすがりつく。

「え、恵美。それくらいにしときなよ。……あれはまずいよ」

 後半はひそひそと告げていたが、私にははっきり聞こえた。あれ?一体何のこと?

 その時、幹の後ろの方から、よく知っている声がした。

「そりゃそうよね。あれが知れたらお終いよね」

 麻美だ。隠れて見ていたんだろう。

 親友が来てくれたことが私はうれしかった。これで彼女らが諦めてどこかにいってくれればいいのだけれど。

 ところが、彼女らの様子が変だ。

「な、なんで!」「あんたがここにいるの!」

 何を言っているんだろう。彼女らは顔を青くしてこちらを指さしている。

「どうし――」

 声をかけようとした私の声は、恵美さんの叫びでかき消された。

「だって! あんたは確かに私たちがリンチして学校裏の林に捨ててきたのに!」

 その言葉に、私の視界は真っ暗になった。――リンチして林に捨てた?

 ふうっと意識が遠のいていく。

――――。

 闇の中で私の耳元で父さんと母さんや、先生たち、同級生の話し声がする。

「――おい! 麻美さんが行方不明だそうだ!」

「由美子。お前、麻美がどこへ行ったか心当たりはないか?」

「どこに行ったのかしらね?」「由美子? あなた大丈夫? 顔色が悪いけど」

「このストラップ。麻美さんのお母さんがお前にって――」

「――――」「――」

その声の最後に、私の叫び声が、まるで第三者の声のように聞こえてきた。

「麻美はどこにも行っていないわ。何をいっているの!」

――――。

 気がつくと、私は保健室のベッドに横になっていた。

 窓が開いているのだろう。カーテンが風に揺られている。オレンジ色の光に染まった保健室。

「あっ」

 意識が覚醒した私は、がばっと起き上がった。

 夕暮れ時の、すっかり冷たくなってきた空気が窓から入ってくる。思わずぶるっと体を震わせて、体にかかっていたタオルケットをたぐり寄せた。

 ベッドの脇のテーブルには、私の携帯が置いてあり、麻美から貰った桜のストラップが揺れている。

 風に揺れるストラップを眺めていると、涙がこぼれてきた。大切なものを失った哀しさがあふれてくる。

 ――そっかぁ。麻美は……。

「あら。目が覚めた?」

 シャーっとベッドの周りのカーテンが開かれて、保険医のおばちゃんが心配そうな顔で私を見ていた。

 おばちゃんが、泣いている私を見てちょっと驚いた様子だった。

「どこか痛いところとかない? 大丈夫? ……そう。ならいいわ」

 私の状態を確認したおばちゃんが、ベッド脇の丸いイスに座った。握ってくれる手がやさしくて温かい。

 何とか落ち着かないと……。

「……あなたは桜の木の下で倒れていたのよ。運動部の男の子が気がついて、連れてきてくれたのよ」

 私は、保険医のおばちゃんの顔を見上げた。

「あの。彼女ら……、恵美さんたちは?」

 おばちゃんは首をかしげて、「え? いいえ。誰もいなかったみたいよ」

「そうですか……。もう大丈夫です」

 私はそう言って、ベッドから降りようとしたが、心配そうなおばちゃんにとめられた。

「だめよ。お母さんを呼んだから、ゆっくりしてていいよ」

 その日は、心配した母に連れられて一緒に車で帰宅した。

――――

「ゆ~み~こちゃん! あそぼ!」

 夢の中に小学生低学年の頃の麻美が出てきた。

「うん! 何して遊ぶ?」

 幼い麻美があごに指を当てて考えて、

「おままごとにしようよ。お隣さんごっこ」

「え~またぁ?」

「いいじゃん。ほら、ここからそっちが由美子の家、こっちが私の家よ」

 そういって、麻美は目印代わりに座布団を二枚敷く。

 しょうがないなと言いつつ、片っぽの座布団の前に座ると、麻美が早速なりきって、

「お宅のご主人ってやさしそうでいいわよねぇ。新婚さんだなんて、もう幸せ一杯そう」

 ……む? そういう設定か? ようし、それならこっちも、

「いえいえ。そちらも新婚さんじゃありませんか。それにあんなに格好いい旦那さんでうらやましいわ」

 ないなぁと思うような、無理矢理上品ぶった口調でそういうと、麻美がぶっと吹き出した。

 しばらくそうやって遊んでいると、麻美が、

「ねぇ。由美子?」

「うん? どったの?」

「私たち、ずっと友達でいようね! こうやって結婚してもお隣さんでさ」

「うん。もちろん友達だよ。ずっとね」

 にっこり笑った麻美の顔が、不思議とどこか哀しそうに見えた。

 次の日、学校に登校するといきなり桜が満開になっていた。

 どこか学校全体がざわついているような気がする。

 朝のホームルームになっても先生方はなかなかやってこない。しばらくして、全校放送が鳴り、全員が体育館に集められた。

「なんだろ?」「う~ん」

「学校休みになったりして?」「マジで? そしたらラッキーじゃん」

「なんかさ。――って噂だよ」「えっ? 嘘でしょ? それってやばくない?」

 おしゃべりしながら体育館に集まり、クラスごとに整列すると、教頭先生が壇上に立ってマイクを取った。

「みなさん。落ち着いて聞いて下さい。……昨夜。我が校の女子生徒数名が自ら警察に行き、犯罪行為を自白しました。同級生を――――」

 それから先は、教頭先生が何を言っているのかわからなかった。周りのみんなは驚き、女子生徒は口を押さえたり、泣いている子を周りの子が慰めているところもあった。

 ああ、やっぱりそうだったんだ。……麻美は、今どこにいるんだろう?

 まるでテレビの向こう側を見ているような気分で、ぼうっと周りを見ていた。

 生徒はすぐさま下校となった。なんでもこれからマスコミの説明会を行うから、その前に帰れとのことだ。

 だけど私は、一人で満開の桜を見に行った。

 ――美しい。

 和人君が、この桜は最近の咲きが良くないと言っていたが、こんなにも美しく咲いている。私は、一人で意味もなく感動していた。

 その時、誰かが歩いてくるのがわかった。振り返ると、和人君がにこやかに歩いてくる。

「和人君」

「やあ。由美子さん。……綺麗に咲いたね」

 私は、にっこりと笑った。「本当ね。こんな時期に、満開の桜を見られるなんて思いもしなかったわ」

 電車の中での麻美の言葉が蘇る。――もう告白したの?

 ……今がチャンスかな。

 私は隣で桜を見上げている和人君の横顔を盗み見た。その優しそうな笑顔に、胸がきゅんっとなる。

 由美子、頑張って!

 どこからか麻美の声が聞こえた気がした。

 私は和人君の方を向いた。

「……ねえ。和人君」

 和人君がゆっくりと私の方を向く。

 私は、心の中で深呼吸しながら和人君の目を真っ直ぐに見つめた。和人君の表情が、緊張でこわばっているように見える。これから私が言うことを待ち受けているように。

「私は、和人君が好きです。……どうか付き合って下さい」

 私はそう言って、頭をぺこりと下げた。

 しばらくそのまま時が止まる。二人の間を、ひんやりした秋の風がやさしく通り抜けていった。

 永遠の時間が過ぎ去ったように感じたとき、和人君の手が私の肩に置かれた。

 私はゆっくりと顔を上げると、和人君が泣き笑いのような変な顔をしていた。

 まっすぐに私を見て、

「――ごめん」

 そういって目を落とした。

 一呼吸置いて、和人君が再び私を見つめる。「僕は――」

 私は和人君の言葉を待つ。

「僕は、麻美が好きなんだ。愛してるんだ」

 そう言う和人君の目から光が失われていく。目の前の和人君の表情に、私は恐怖した。それに!

「で、でも和人君。麻美は……、麻美はもう」

 和人君の手に力が入り、肩に指が食い込んだ。

「何を言うんだい。麻美ならここにいるよ。親友の君ならわかるだろ?」

 呆然とした私から和人君が離れた。

 光のない目でにっこり笑うと、和人君が両手を広げる。

「僕は、麻美が好き。ずっと僕は麻美を見つめていたんだよ。――それなのに麻美ったら僕を無視して君とばかり話をしている。いつも、いつも、いつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも……。だから僕は――。あいつらに捨てられた麻美をここまで運んで……、この桜の下に埋めたんだ」

 えっ? ……和人君。今なんて?

 和人君の虚ろな目が私を見つめていた。

「でももう、ここにくればいつでも会えるんだよ。僕だけの、僕だけの、僕だけの麻美!」

 首をかしげた私の隣にどこからともなく麻美が表れた。でも和人君はそれに気がつかない。まるで見えないかのようにブツブツと呟いている。

 麻美が私の方を振り向いた。その顔は哀しげだ。

「由美子。あなたになら和人君を託せると思ったんだけど。……ごめんなさい。やっぱり駄目みたいね。それに私も満更じゃないのよ。死んでからもこんなに愛されちゃったら、ね?」

 …………ああ。私は今、どんな表情をしているんだろう?

 私の後ろで、和人君が「ああ! 麻美! 愛してる!」と叫びながら、桜の木に愛おしそうに抱きついていた。

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