02.手配書

 数日後。
 よく晴れた空の下、セシルたちは冒険者ギルドに向かって歩いていた。

 緊張しているフリージアにセシルが笑いかける。
「別に野蛮人ばかりじゃないわよ。……まあ、見てくれは怖いかもしれないけど」
「そ、そうですか」
「貴女の後ろに私たちがいるってわかれば、変なちょっかいも出されないでしょ」

 そうはいっても、貴族の令嬢が冒険者ギルドへ初めて行くのだから、普通は不安でたまらないことだろう。
 しかも、セシルとロナウドがランクSとは聞いていても、フリージアにはそれがどれほどすごいことなのかもわからなかったのだ。

 ギルドに到着して、セシルが勢いよく木の扉を開ける。

 その瞬間、

 ピシィィィ!
「うひゃぁ!」

と、ムチの音と男の悲鳴が響きわたった――。

 ギルドのカウンターの前では、白いブラウスに革のスカートをはいた女性が、怒気もあらわにムチを振り上げている。
 受付嬢のマリナだ。ライカンスロープである彼女の耳は怒りでピンッと立っている。
 スカートからすらりと伸びた脚の先にはごついブーツがある。その下には土下座している男の頭があった。

 衝撃的な光景ではあるが、セシルは平然と中へ入っていく。
「ただいま!」
 マリナが振り向いて笑顔を向ける。
「おかえり! セシル!」

 セシルはカウンターに背中をもたせかけながら、
「達成報告に来たんだけど、今はお取り込み中みたいね。……ねえ。これで今月何度め?」
「3度め、よ!」と言いながら、マリナは足に力をこめる。下で男が「おおぅ」と変な声をあげた。

 ロナウドが男のそばにしゃがみ込んで、苦笑しながら言う。
「お前もこりないな。今度は何をしたんだ?」

 しかしそれに返事をしたのはマリナだった。
「私のお尻をさわったのよ。この変態は」
 そう言いながら再び男の頭をぐりぐりと踏みつけている。

 しかし、男はまったく痛くないようで、
「ぐへへへ。これだよ。これがいいんだ」
こうこつとした表情を浮かべていた。
 フリージアが口に手をあてて、「ひぇぇ。へ、変態だ」と息を呑む。

 ピシッと青筋を立てたマリナは、手許のボタンを押して、思いっきり男にムチを振り下ろした。
「……死ね」

 バリバリバリバリッとものすごい音がして電撃が男を襲う。「あばばばばば」

 セシルはやれやれと肩をすくめて、ちらりとカウンターの内側をのぞいた。
 マリナは今、とても忙しい。
 ほかに誰か手続きをしてくれる人はいないかしら。

 するとカウンターの奥で、帽子をかぶった中年の男ギルマスが、黒いボックス型の魔導具に耳をそばだてているのが見えた。
 血走った目で何枚かの紙を握っている。その時、魔導具から興奮した男の声が流れ聞こえてきた。

「――打った! 伸びる! 大きい! これは……入るか? 入った。入りました! さよなら満塁ホームランです! 大洋鯨団、劇的な大勝利ぃぃ!」

 とたんに崩れ落ちるギルマス。
「の、のおおぉぉぉ……。これで5連敗かよぉ。さようなら。俺の昼ごはん……」

 けの半券がヒラヒラと舞い落ちる。

 セシルが苦笑いしながら呼び出し鈴を押そうとした時、横をゴゴゴゴとおんを立てて怒気を放つ人物が通り過ぎていった。
 ……マリナだ。目をつり上げて、ムチを握りしめ、ヒールの音を響かせながら歩いて行く。

 びしぃっとムチをギルマスに突きつけ――、

「ちょっとお父さん! また賭けをしたわね! 1ヶ月おこづかい抜きよ!」
「ま、マリナ。違うんだ。これは……、そう。投資だ。ちょっとでもお前に楽な暮らしを……」
「言いわけ無用! 反省しなさい!」

 そういって電撃のスイッチを入れるマリナ。ギルマスが床に尻もちをついて、うしろに後ずさっていく。
「マリナ。話せばわか「知るかぁ」。――あぎゃぎゃぎゃぎゃ!」

 カウンターの中でスパークする電撃。もはやこのギルドの名物である。

 セシルはため息をついた。これでは話にならない。
 ロナウドもやれやれと肩をすくめ、フリージアに到っては目を丸くして放心状態になっている。
 ……無理もない。緊張して初めてのギルドにやってきたら、想像以上の変人ばかりだったのだから。

 ギルマスへのお仕置きが終わったようだ。マリナが肩で息をしながらやってくる。
「お待たせしたわ。達成報告だったわね」
「え、ええ。……マリナも毎日大変ね」
「わかってくれるのはセシルだけよ。マイフレンド。……おおっと。さすがは白の女帝ホワイト・エンプレスね。情報だとランドドラゴンの成体もいるって話だったけど?」
「私とロナウドにかかれば雑魚も同然ね。輪切りにして美味しくいただいたわ」

 セシルは鞄から油紙の包みを取り出した。
「はい、これ。おすそ分け。凍らせておいたから今晩にでもどうぞ」
 マリナがうれしそうに微笑む。「ドラゴンのバラ肉ね。いつもありがとう」

「あ、それと。この子の冒険者登録をお願い」
「……その子は?」
「ちょうど海賊にさらわれてきたところを救出したのよ。しばらく修道院に預かってもらうわ」
「ふうん。……まあいいわ。じゃあこれに書き込んでもらって」

 セシルは登録用紙をそのままフリージアに渡した。
 フリージアの横顔を見たマリナが、セシルに顔を近づけてひそひそと話しかけてくる。

「美人ね。訳ありっぽいけど、よくライバルの面倒を見る気になったわね」
「ライバル?」
「そ。あなたと、彼女」

 順ぐりに指をさすマリナに、セシルは抗議する。

「ちょっとどういうこと? 私とロナウドはそういう関係じゃないわよ」
「ふふふ。……そういうことにしておいてあげるわ」

 マリナが笑っているのも無理はない。
 2人は決して他の冒険者をパーティーに入れることなく、ずっと2人だけで活動してきた。まるでお互い以外はまったく不要だというように。
 それにロナウドに言い寄る女がいるとセシルがすかさず割ってはいり、セシルに言い寄る男がいるとロナウドがすかさずブロックする。

 そんな光景を何度も目にしていたため、どう見ても2人が恋人同士にしか思えなかったのである。
 実は、セシルとロナウドの仲は、すでにギルド内公然の秘密となっていた。
 知らぬは本人たちばかり。いやそれとも、事情を知らないのは周りなのか……。

「本当だって。あいつには心に決めたロケットペンダントのきみがいるんだから。……ね? ロナウド」

 聞こえない振りをしていたロナウドは困ったように頭をかきながら、
「さあな」
と言葉少なく返事をする。
 そのぶっきらぼうな様子を見たマリナは、クスッと笑って、
「まあ、いいわ。貴女たちの問題だからね。……あ、そうそう。これ、手配書が回ってるから見かけたら教えてね?」

 そういって別の紙を取り出して、セシルに手渡した。
 その紙を見たセシルが表情を固まらせる。

 そこには「セシリア・スタンフォードをマナス王国の王城まで連れてきた者には報酬として金貨500枚を渡す」と書かれていた。
 金貨500枚といえば5年は豪遊できる大金だ。

 けれどセシルの目は報酬ではなく、そこに書かれた名前。――セシリア・スタンフォードの文字をじいっと見つめていた。

 なぜ。今ごろになって……。

 セシルの脳裏に、楽団の奏でる舞踏曲とともに5年前の記憶がよみがえっていく。

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