04.家からも離縁され

 強制的に王都の屋敷に戻らされたセシリアは、大きなクッションを抱えて部屋のすみで声を殺して泣きつづけた。

 悔しい。どうして信じてくれないんだろう。
 私は何もしていないのに……。

 暗がりのなかでどれだけの時間を泣き続けたのだろう。
 泣き疲れた頭がぼうっとしているが、逆に気持ちは少し落ちついてきた。

 暗くなった部屋のなかに、月の光がそっと差し込んでいた。いつもと変わらないはずの月の光が、今日は妙に寂しげに、たよりなく感じられた。

 ……これが単なる悪夢だったら、目が覚めたら、いつもどおりの朝が来るといいのに。

 そう願いつつもそれが叶わないことはわかっていた。

 だけど――。

「やっぱりおかしいわ」

 お父さまとお母さまがきっと何とかしてくれる。
 宰相として王国を支えてきた父。そして、母も貴婦人ネットワークの中枢にいる。愛する父と母に迷惑をかけてしまうのは心苦しいが、きちんと調べればセシリアの仕業ではないとわかるはずだ。
 そうすればきっと……。

 いや、宣言された以上、婚約破棄は変わらないのかもしれない。でも、それならそれでもいいかもしれない。しばらく、領地でゆっくりさせてもらっても。

 泣いてれぼったくなった目でぼうっと月の光を見ていると、ここに近づいてくる複数の足音が聞こえてきた。足音は部屋の前でピタッと止まり、勢いよくドアが開かれる。
 そこにいたのは弟のスチュアートと5人の騎士だった。

 ノックもなく入ってきた弟たちに、セシリアはあわてて立ち上がって涙の跡をぬぐった。

 スチュアートは口角を上げて、セシリアを見ている。なんだろう。また嫌な空気が漂っている……。
「国王陛下のさいだんです。姉上は貴族籍はくだつのうえ、国外追放となりました」

 セシリアの頭のなかは真っ白になった。

 え? 貴族籍を剥奪? 国外に追放?
 そ、そんな……。なんで……。

 私は何もしていない! なぜ追放されないといけないの?

 目の前の光景が、どこか遠い世界の出来事をガラス越しに見ているかのように感じられる。
 ふっとあしから力が抜けて、すとんとその場にへたり込んでしまった。

 もうなにも考えられない。――なにも考えたくない。

 廊下からの逆光で影になったスチュアートの顔が、まるで地獄の亡霊のように見える。
 セシリアはうつむいて両手で口をおさえる。身体がブルブルと震えはじめた。

 そのとき誰かが部屋に飛び込んできた。母親のメアリーだ。

「スチュアート! やめなさい! セシリアは何も悪くありません! あのライラとかいう小娘の言葉に惑わされてはいけません!」

 そういってメアリーはセシリアを守るよう立ちはだかっている。

「それに貴方は姉を信じられないというのですか! 武装した騎士など連れて。恥を知りなさい!」

 母が来てくれた。
 ほっとしたセシリアだったが、スチュアートは薄ら笑いを浮かべている。

「母上。残念ですが、父上も宰相の任を外されました。……なんでも小麦の価格操作をして不当に暴利をむさぼっていたそうですね。他にも塩や鉄鉱石もですか」

「愚か者! それは無造作にばくだいな量を流通させては市場が崩壊するからです。そんなことも……」

「危うくスタンフォード家もお取りつぶしになるところでしたよ。父上は今は取り調べで牢屋に入っていますが、母上と一緒に隠居となるでしょう。それもこれも、殿下の側近である私が当主となることで、かろうじて許されたんですよ」

「なんですって!」
「おい! お前たち! 母上をていちように自分の部屋にお連れしろ!」

 2人の騎士がメアリーの両腕を取って強引に部屋から連れ出していく。抵抗むなしく娘の名前を叫びつづけながら、強制的に連れ出されていった。
「離しなさい。この無礼者! ま、まちなさい! セシリア! セシリアぁぁ!」

 セシリアは呆然と見ているしかできなかった。

 スチュアートがセシリアの顔をのぞきこみニッコリと笑みを浮かべる。
「さあ、お姉様。貴女をスタンフォード家からも勘当いたします。以後、スタンフォードの名前は名乗らないように。……まあ、無事に生きていられればの話ですがね」

 2人の騎士がセシリアの腕をつかんで部屋から連れ出そうとする。必死で抵抗するセシリアの叫び声がむなしく響きわたった。

「い、いやぁぁぁ。やめてぇ!」

 廊下にいた執事や侍女たちが、悔しそうに痛ましげに涙を流しながらそれを見ていた。

◇◇◇◇
 メアリーはせわしなく自分の部屋の中を行ったり来たりしている。

「あの小娘ライラ! まさかここまで手が早いとは。事前に計画をしていたってわけね。……とにかくあの子を助けないと」

 そうつぶやくとひそかに呼んでおいた執事長に、
「すぐにクリス商会の者を連れてきなさい。いいですか。スチュアートに見つからないようにここまで連れてくるのです」
と命じた。「はっ」と短く返事をして執事長が部屋を出て行く。

 メアリーはクローゼットの奥から細長い木箱を取り出した。

 紋章の付いたふたを開けると、中にはビロードの台座に魔法杖と古い日記が鎮座していた。
 空間拡張の魔導具である小さなポーチにその杖と日記を入れると、そのままの姿勢でそっと目を閉じる。

 ……遥かなる始祖ライナード様、聖女マリア様。どうかあの子をお救い下さい。

 再び目を開けたメアリーはカーテンを閉め忘れた窓を見た。満月の光が暗闇に包まれた世界を照らし出している。
 まるで時の止まったような影絵の世界。けれど、世界のすべてが神の愛に包まれているようにも感じられる。

 ……そうね。
 セシリアは私たちの子。きっとどこででも強く生きていけるはず。それを信じましょう。
 今はそれより――、あの子のためにしてあげられることを。

 気を取り直したメアリーは次々に引き出しの中のものをポーチに入れていく。
「あとは、私の宝石も必要となるか……」

 そのころ、屋敷の外では護送用馬車がすでに待機していた。荷台には鉄製のがんじようおりが固定されている。

 屋敷の中から、騎士たちが暴れるセシリアの肩と腕をつかんで引きずるように連れ出してきた。そのまま抱え上げて強引に檻の中に放り込み、すばやくカギをかける。

 セシリアは鉄格子に取りすがって叫んだ。
「スチュアート! 私は無実よ!」

 玄関の所でスチュアートが冷ややかな笑みを浮かべて首を横に振った。
「さあ! もう連れて行け」

 立派な鎧を着た一人の騎士が一礼し、馬に乗って一行の先頭についた。

「どうか信じて!」
 必死に叫び続けるセシリアをよそに馬車が出発する。「ああぁぁぁ」

 幼い頃から過ごしてきた屋敷が遠ざかっていく。父と母とに見守られて、18年間を過ごしてきた屋敷。……幸せな生活そのものが遠ざかっていく。

 やがて馬車は森の道へ入り、暗闇に飲みこまれた。急に強くなった風に、黒々とした枝が幽鬼のようにゆらゆらと踊っている。
 出口のない道。まるで地の底へと続いていくかのような暗い道を一行が進んでいく。

 ああ、さようなら。お父さま。お母さま。
 ……愛する人々。幸せな日々。

 セシリアは涙を流しながら、いつまでも屋敷の方角を見つめていた。

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