05.国外追放

 ライラは転生者である。

 一人娘だったライラは、幼い頃からちやほやされて育った。中学高校では同級生との間に亀裂も生じたが、ライラを溺愛する両親がしつこく相手の家に抗議し、やがて孤高のお嬢さまのようになった。
 大学卒業後には伝手を利用してとある企業に勤めることができたが、ある日、駅のホームで誰かに突き飛ばされてしまった。
 宙に投げ出されたところで、まるでスライドが切り替わるように気がついたら赤子になっていたのである。

 大きくなってみると、ここが前世でまっていた乙女ゲーム「星降る夜に愛を誓う」、通称「ほしあい」の世界であることに気がついた。
 しかも幸運にも自分はヒロインである。

 残念ながらハーレムルートはなかったが、平民のヒロインが王立学園で様々なタイプのイケメンの中からターゲットを選び、恋の駆け引きをしていくゲームだ。特に王太子の甘いスチルとボイスにれ込んでいた。

 もちろん、目指すは王太子妃ルートだ。
 このルートで邪魔をするのは、王太子の婚約者のセシリア・スタンフォード。婚約者を奪うのだから、本来は邪魔をするのは自分の方なわけだが、そこはゲームの世界。ご都合主義まんさいである。

 元の世界ではしがないOLだったけれど、こっちの世界のライラは文武の両方に才能を秘めた高スペックガール。さらにれんぼうの持ち主だ。

 信じてもいない神様に感謝しつつ、父親の商会の力を利用してどんよくに知識をたくわえるとともに、剣と魔法の修行も積んできた。
 父の商会長はライラの才能を知るや、学園で高位貴族とつながりを得られると喜んで教育をほどこしたのだが、時おりライラの不思議な発言に戸惑うこともあった。
 それもそうである。知識チートならまだしも、ブツブツと攻略ルートがどうのこうのと言っていたのだから。

 ともあれライラは、難関の試験をくぐり抜けて入学を果たした。早速、記憶にある攻略情報のとおりに王太子に接近した。
 初めて見た王太子はまさにゲームのなかでんだとおりの人物で、その周りの友人たちもイケメンばっかりだった。

 うっかりその友人たちのルートも途中まで進めてしまい、親密な友人のポジションに収まってしまった。
 そのため彼らの婚約者から嫌がらせを受けたが、まあこれは仕方がない。のは学園にいる間だけのことだからと、何を言われても無視をしていた。

 唯一の誤算がセシリアである。

 王太子ルートのフラグが立つにつれて、かげひなたに嫌がらせを仕掛けてくるはずのセシリアが、一向にそのような気配を見せないのだ。

 一度は、婚約者のいる殿とのがたに対し恋人のようにってはならないと注意されたが、それ以降はまるでライラなどいないかのように近寄ってこない。

 王太子も優秀な人物だったが、どれだけ努力してもセシリアの学年1位には叶わなかった。そして、そのことを内心で気にしていることをライラは知っていた。
 ライラは自らは3位のポジションに付けつつも、アランのこうした劣等感をくすぐり、セシリアに対する嫉妬をかき立てることに成功した。

 一方で、セシリアが何も行動を起こさないことにジリジリして、一計を案じてひそかにセシリアのハンカチを盗み取った。
 そして、とある日の放課後。まわりに誰もいないタイミングを見計らって自ら階段から転げ落ちた。
 さすがに痛かったものの、ゲームでは本当に突き落とされるわけで、その知識からぼくだけでおわるとわかっていた。……さらに、都合よくそこへ王太子たちが通りかかることも。

 おどろいた王太子たちによって、ライラはしつに運び込まれる。

 転落した原因を尋ねてくる王太子に、両手の拳を握って何かをこらえるようにわざと口をつぐみ、事情があるようににおわせる。
 この演技にまんまと引っかかった王太子は、しつように強引にでも聞き出そうとしたので、セシリアのハンカチをうっかりをよそおってベッドから落としたのだ。
 素早くそのハンカチを拾った王太子は、しゅうされた名前を見て勝手に納得したようにうなずいた。そこで内心でほくそ笑みながら、渋々打ち明けるような態度を取りつつ、実はセシリアに突き落とされたとうそをついたのだった。

 さらに、今までにも(ほかの令嬢から)いじめられていて、このままだと殺されるかもと泣き崩れる。もちろん演技であるが、心配した王太子はますますライラのそばを離れなくなった。

 そのまま関係を深めて、とうとう卒業式の前日には王太子から求婚されることに成功。これもゲームの通りだ。
 求婚されたその場で、王太子主導によって卒業したらすぐに婚約することが内々に決まり、ロベス・マルグリットはくしゃくの養女となることになった。グレイツ商会と親密な取引がある貴族家であり、ライラもよく知っていた。

 そしてその翌日、最後のしょうがいであるセシリアの公開裁判が卒業記念とうかいり広げられたのだった。

 舞踏会の直後にライラは実父に1つのお願いをしていた。

 ――あのむかつく女セシリアがみじめにいつくばってゆるしをう姿を見たいの。どうせ国外追放になるわけだし、捕まえてれいにできないかしら?
 その後は、男どもにりょうじょくさせるもよし、しょうかんにおくってもいいから。

 とてもヒロインがするとも思えない胸くそ悪くなる依頼である。そして、実父は別の意味でもこれを快く引き受けた。……自らの奴隷にするつもりだったのだ。

 今、その悪魔の手がセシリアに迫ろうとしていた。

 ――日はすでに昇り、そろそろお昼が近づいてきた頃合い。

 マナス王国中央州の南部街道。王都から港湾都市に通じる街道である。セシリアを乗せた馬車は、目的地までもう少しの森にいる。

 えいの騎士は全部で10名。彼らには、セシリアを船に乗せて出港するところを見届ける役目があった。

 馬車の四方は鉄格子になっていて中が丸見えになっている。着替えのないセシリアは舞踏会のドレスのままだったが、騎士たちに乱暴されることなく無事にここまで来ることができたのは幸いだった。

「ふむ。このペースだと手回しも間に合うだろう。……よし。全員、きゅうけいだ! 最後の休憩だからしっかり休め」
 隊長の号令で一行は馬を止めてそれぞれが休憩に入る。

 その間に、隊長は馬車にゆっくりと近づいてきてセシリアに話しかけた。

「この先の港から船に乗ってもらうが、行き先がどこになるかはその船次第となる。……今のうちに幸運を祈っておきたまえ」

 突き放すような言い方ではあるが、セシリアは、彼が騎士たちに規律を守るよう命じているのを見ている。そのお陰で暴行されずにすんでいるかと思うと、セシリアにとってありがたいことだった。
 とはいえ王国法では、国外追放となった者は、港に到着後、最初に国外に出港する船に乗せる決まりである。港に到着してみないとどの船に乗せられるのかわからないのだ。

「そうですか。ここまで無事に連れてきてくれたことを感謝します」
 隊長はかすかに笑い、
「これも仕事だ。我らは出航を見届けたら戻る」
と告げた。
 その時、不意に何かを感じたのか、隊長が急に顔を上げた。その視線の先では、1羽の黄色い小鳥が近くの枝からこちらを見ていた。

 隊長はうなずくと、
「君の行く先にさちがあらんことを祈る。――では」
とその場を離れていく。

 隊長が離れていった後、こうのすき間を通って先ほどの鳥が中に入ってきた。
 そばに降り立った鳥が、セシリアを見上げている。つぶらな瞳が何かを伝えようとしているように見えた。

「……なぐさめてくれるの? でもね。もう何にもなくなっちゃった。家も、位も、船に乗せられて出航してしまえば、きっと……。どんな目に会わされるか」

 ここに来る途中、若い騎士が或る話をしているのをセシリアは聞いてしまっていた。

 出港までは騎士団の責任で見届けるが、その先はもはや王国民ではない。
 船に乗った時点でれいしょうに売られればまだマシな方だ。出港したらほどのことがないかぎり、船の中で荒くれ者の船乗りたちにさんざんりょうじょくされるだろうと。

 その話を聞いたとき、セシリアは恐怖に震えあがった。
 密室空間である船の中、周りは荒くれ者の船員ばかりだ。

 何の後ろ盾もなく国外追放になった身であれば、殺されて、ボロぞうきんのように海に捨てられても罪に問われることはない。
 いくら隊長がこうけつな人物だったとしても、船に乗ってしまってはどうなるかわからないのだ。

 小鳥がピピピピとさえずる。
 落ち込んでいるセシリアに元気を出せと言っているようだけれど、それが逆に空々そらぞらしく聞こえる。
 その鳴き声が合図になったかのように、最後の休憩が終わった。

 港湾都市に到着したのは昼すぎだった。交易いちが近くにあり多くの人々が行きかうなかを、馬車が進んでいく。

 せめてもの気遣いだろうか。檻の四方は黒い布で覆われ、外からセシリアが見えないようにしてくれている。
 セシリアは、うすい布しに街のけんそうに包まれながら、まるでだんとうだいにのぼる時を待つ罪人のように、そっと目を閉じていた。

 ――2時間後、隊長を先頭にした一行は真っ直ぐ港の一角を進んでいた。
 そこへ身なりの良い男がやってきて、隊長に話しかけた。その後ろには5人のくっきょうな男たちの姿が見える。

「隊長殿とみえます。……後ろが国外追放になった令嬢ですかな? 私たちグレイツ商会の商船で運びますよ?」

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべながら、さらに男はふところから一通の書状を取り出した。
「ほら。こういう物もあるんですがね?」

 その書状を受け取った隊長は封印を見てまゆをしかめた。そこにはライラが養女となった先のマルグリット伯爵家のもんしょうがあった。
 封を切り手紙を開くと、セシリアの身柄をグレイツ商会の者たちに預けよと書いてある。

 隊長はあごひげをなでつけながら思案する。その様子をふくと見た男は何かの入った袋を隊長に渡そうとした。おそらく賄賂の金が入っていたのだろう。

「ああ、それにはおよばぬよ」
 隊長は笑顔でその賄賂をやんわりと断り、書状を返した。男に向かって、だまって親指をくいっと動かし、後ろの馬車を見ろと合図する。
 男が背後の男たちに黙って指示をすると、屈強な男たちはニヤリと笑って馬車に近寄っていった。

「――な! い、いない! 令嬢はどこだ!」

 布をめくった男が驚きの声を挙げた。身なりの良い男がどういうことかと隊長を見る。

「残念ながら一足おそかったな。罪人はすでに出航したよ」
「なんですと! く! お前たち、行きますよ! すぐに報告です」

 男たちはきびすを返して、あっという間にひとみの中へ走り込んでいった。
 隊長は、男たちの姿が見えなくなると、き捨てるように「げす野郎どもが……」とつぶやく。そして、遠く海の方を振り返った。

 その視線の先。いっせきの外洋船が沖に浮かんでいた。

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